二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
(この石、なんで光ってるんだろう)
たまに、落ちてるけど……なんでだろう、自然じゃないみたいで、集めてない。
「あれ?それシーガラスじゃん。川にも落ちてるんだ」
結月君が隣に屈んで、私の手元をのぞき込んだ。
「シーガラス?」
……聞いたことある、かも。ガラスなのに、どうして透けて見えないんだろう。
結月君は、スマホをいじってる。なにか調べてるのかな。
陽にかざしたり、向きを変えながら眺めてたら、「あっ」って声がして、つられて顔を向けた。
「本当はグラスなんだ。瓶とかのガラスが流されて、長い時間をかけて角が丸くなるんだって」
石じゃなかったんだ。くすんでるのに、光ってる。今は宝石みたいに輝いて見える。
結月君と教室で話してると、いろんなものに色をつけてくれる。
今までは興味なかったことにも、気づいたら耳を傾けるようになってた。
「よーし。俺も面白い石見つけるぞー!」
そう言って水辺に向かう背中が、ちょっとだけ眩しく見えた。
教室で、水族館で、プラネタリウムの時だって、楽しそうに一緒にいてくれる。
話しかけてくれる人はいた。けど、みんな一緒にいると、どこか行っちゃう。
だけど結月君は、私がしたいこととか、言ったことも、受け止めてくれて……返してくれる。
(どうして、よくしてくれるのかな)
初めてちゃんと話せて、そばにいると安心する――でも、結月君は、どう思ってるんだろう。
「あっ良さげなの見っけ!」
声にびっくりして振り返ったら「うわっ!」って、足を滑らせてた。
尻もちをついて、頭の先までびしょびしょになってる。
「えっ……だ、だいじょうぶ!?」
慌てて駆け寄ろうとしたら、結月君が焦ったように口を開いた。
「待って!そこ滑るから危ない!」
ぎりぎりのところで踏みとどまって、靴の裏で目の前の石をこすってみる。
コケが水に濡れて、滑りやすくなってた。
「おぉ、燈ちゃんナイスストップ。二人でびしょ濡れになるとこだった」
顔を上げると、服を絞りながらすぐ近くまで来てた。
「怪我とか、してない?」
「痛いとこはないけど、服どうしよう。着替え持ってきてないんだよな」
……まだ、来たばかりなのに。
でも、このままじゃ結月君が風邪ひいちゃう。
帰っちゃうのかなって思うと、胸の奥がざわついた。
どうして「まだ、帰らないで」なんて思うんだろう。
そんな自分勝手なこと、言えないはずなのに――
「私の家。すぐそこで、乾燥機もある……から」
いきなりこんなこと言って、迷惑だって、思われたかも。
今どんな顔してるんだろう。
顔も上げられなくて、目を開けるのもこわい。見たら何か変わっちゃいそうで、ぎゅっと握った袖を離せなかった。
「燈ちゃんがいいなら家で遊ぼっか。このまま帰るのももったいないし」
その言葉を聞いたら、手の力がすっと抜けるみたいで、ざわざわが消えた気がする。
少しずつ目を開けて、視線を上げる。
結月君はなにもなかったみたいに楽しそうに笑ってて、つられて口元が緩んだ。
「ふふ」
気が付いたら、私も声が漏れてた。
……誰かと笑うって、なんて言ったらいいか分からない。けど、温かい。
結月君は驚いてたけど。何も言わないで、一緒に笑ってくれた。
***
「えっと、どうぞ……」
「お邪魔しまーす」
ここが燈ちゃんの家。月ノ森から、けっこう近いんだ。
なんか、今さら緊張してきた……
「そっちが、私の部屋で、ここがキッチン。お風呂はここ」
脱衣所で乾燥機の説明をしてる燈ちゃんは、どこかよそよそしく見えた。視線も合わなくて、少し落ち着かない。
「結月君、こういうの詳しいかと思ってた」
「いや〜家事とかは睦ちゃんに頼りきりで。ほら、手際がいいからさ」
下手に手伝おうとすると、仕事を増やすだけだし。何もしないのが一番のお手伝いなんじゃって思う。
「覚えたら便利なんだろうけど、そういう機会もないから」
着替えを渡したあと、燈ちゃんは何か言おうとして、何も言わずに行っちゃった。
……もしかして、励まそうとしてくれたのかな。
湯気でぼんやりした視界の中、さっきの燈ちゃんの表情が浮かぶ。
今まで何度か一緒に遊んできたのに、あんな顔見たのは初めてかも。
なんか、この歳で妹に家事も支度も任せて、朝も起こしてもらってるのは情けないな……
普段ならこんなこと、思わないのに。
睦ちゃん以外の同い歳の子が、どれくらい家事出来るかなんて考えたこともなかった。だから、余計恥ずかしくなったのかもしれない。
***
(結月君も出来ないこと、あるんだ)
優しくて、何でも知ってて。だから、私の話もちゃんと聞いてくれるんだって思ってた。
でも、違った。分からなくても、聞いてくれてた。返してくれてた。ちゃんと考えてくれてたんだ。
なんでだろう。クラスの人、他にもいっぱいいたのに。誰かと話してるところ、今はあまり見ない。
誕生日のとき、「興味が冷めたんだよ。毎年こんな感じ」って、笑ってた。
お父さんとお母さんが有名人だと、そうなのかなって、思ってたけど――
ずっと、私とばかりおしゃべりしてるから。結月君も合わせられないの、かも。
「入っても大丈夫?」
ノックの音と一緒に声が聞こえて、石を並べる手がふっと止まった。
「うん。大丈夫」
ドアが開く前に、前髪の先を整える。
――あれ、こんなこと、気にしたことなかった、のに。
「いやー、さすがにサイズがゆるゆるだ」
結月君は部屋に入って、袖と裾を気にしながら私の正面に座り込んだ。
「着替え、お父さんのしかなくて。私のは小さいから」
どうしてだろう……カーペットから視線が離せなくて、目が合わせられなかった。
「飲み物、取ってくるね」
私は逃げるみたいに立ち上がって、キッチンに向かう。
棚からコップを取り出して、冷蔵庫を開ける。伸ばしかけた手が、ふと止まった。
(こういうとき、何を出したらいいのかな)
いつもは牛乳だけど、結月君は嫌いかもしれない。
睦ちゃんの紅茶はおいしそうに飲んでたけど、私は淹れ方がわからない……
横目に、麦茶が見えた。一応、同じお茶……だよね。
ふいに、誕生日プレゼントを選んだ日のことを思い出す。あのときも、嫌がられないかって不安だった。
でも――『ダンゴムシ貰っても嬉しかったと思う』って、笑ってくれた。
麦茶を見ていた視線が、自然と牛乳へと戻る。
……私が、あげたいのは、こっちかも。
―――
「あ、えっと。これ」
カーペットに牛乳を置いて、私はそっと向かいに座る。
「おー、これだけで飲むの久しぶり」
結月君は勢いよく飲み干すと、そわそわしながら部屋を見回してる。
……なんか、変な感じ。
嫌じゃないのに、落ち着かない。
「気になること、あった?」
「あ、いやごめんごめん。勝手に部屋見られたら嫌かなって思ったんだけど、気になっちゃって」
結月君の視線は、棚に置いてある”拾ったもの”の箱に向いてる。もしかして、見たいのかな。
私はそれを手に取って、蓋をあける。
結月君は一瞬ちらっとこっちを見てから、中をのぞき込んだ。
「羽に葉っぱに木の枝に石。なんか、燈ちゃんらしいね。名前とか書いてないけど、どこで拾ったとか覚えてるの?」
その中から羽をつまんで、珍しそうに眺めてる。
「あ、うん……覚えてるよ。それは先週、登校中に拾ったやつ」
声が、ちょっとだけ上ずってた。
恥ずかしいわけじゃない、けど。変に思われたりしないかな……
「これ見てると、俺にくれた絆創膏も、全部大事に集めてたんだって分かるかも」
その言葉を聞いて、届いてたんだって、そう思えた。
きっと、考えて、受け止めてくれたんだろうな。
「結月君は、どうして私の隣に――いてくれるの……?」
自然と浮かんできたことが、そのまま声になった。
急にこんなこと聞いて、迷惑だよね……
結月君も口を開けて驚いてた。
それでも、腕を組んで難しそうな顔をして考えてくれてる。
真面目に悩んでくれて、申し訳ないのに。見ていたい、って思うのはどうしてだろう。
「燈ちゃんは”変わらず”に接してくれるからかな。始業式と誕生日覚えてるでしょ?俺が母さんたちと違って普通だって分かったら、友達になんてなってくれないんだよ」
床についた指先を見る結月君は、気付かないふりしてたのに、見つめ直してるみたいで……初めて見るその顔を見てると、喉が締まるみたいに苦しい。けど――
「結月、君は!普通なんかじゃ。ない!」
小さい声でも、力いっぱい叫んだ。
顔を上げようとしても上がらなくて、目も合わせられない。
「話、聞いてくれて。困っても、考えて答えてくれるから。一緒に遊んで……友達って言ってくれた!」
怖い……けど、ちゃんと伝えないと。
「普通って、よく分からない。けど、悪い外れ方ばかりじゃなくて!ちゃんと、良く外れてると思うから!」
言い切った時には、体中に力が入って、うまく動けなくなってた。
どのくらい、続いたんだろう。なんだか、ずっと長く感じる。
「頭を上げてよ」
いつもと同じ、優しくて温かい声。
少しずつ楽になって、結月君の顔がぼんやりと見えてきた。
「俺はそこまで考えたことなくて、何となくで燈ちゃんと遊んだり話したりしてた」
そう、だよね。また合わせられなかったのかな。隣にいたって思ってるのは私だけ――
「でもね、普通に話せるのが俺にはめっちゃ楽しかった。だから、燈ちゃんが言いたいこと、少しは分かってると思う。ごめん、上手く言えないけど……ありがと」
どうしてだろう、嬉しいのに、目が熱くて痛い。
結月君はポケットに手を入れて、何かを取り出した。
「元々、燈ちゃんに渡すつもりでいたんだよね……お礼になるかな」
そう言って、私の前に一つだけ石をそっと置いた。
「これを拾う途中で転んじゃったんだ。ペンギンみたいだったの思い出して。今見たらそんなに似てないね」
重い腰を上げるみたいに、ゆっくりと手元に戻そうとしてる。
私は手のひらで包むように拾い上げて、胸の前でそっと抱えた。
「今は違うけど、きっとペンギンなんだと、思う。拾った時のこと、覚えてても、違う時があって」
どうすれば、伝えられるのかな。考えたことなかったから、分からない。
「パッと見じゃ分からないもんね」
頑張って考えてくれたのに、違うって言ったら、傷つけちゃうかな。
……だけど、さっきみたいに受け止めてくれる、かも。
「そうじゃ、なくて。探してるときに考えてたこととか、あったことは、変わらないままなのに。でも、ずっとそのままじゃ、ないのかな、って」
感心したみたいに結月君は笑ってた。
「たしかに、俺はあの時ペンギンに見えたんだ。だからこれはペンギンなんだね」
やっぱり、結月君は普通とは違うと思う。こんなふうに、聞いてくれる人、いなかったから。
暖かいはずなのに、カーテンの隙間から射し込む夕日が、ちょっとだけひんやりしてる。
「そろそろ帰らないと。睦ちゃんがごはんの準備してるだろうし、ベースの練習する約束もしてるから」
玄関まで見送って、途中で結月君が思い出したかのように振り向いて大きく口を開いた。
「もっと燈ちゃんの考えてること教えてよ!」
離れていく背中が、遠いはずなのに……近くに感じる。
お気に入り登録、しおり、評価ありがとうございます。
評価バーに色が着くのってやっぱり、凄い嬉しいです。
しかも、赤色で驚きました。
これからも頑張って書いて行こうと思います。