二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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無意識に壁を感じて、一歩を踏み出せないことが多いと思います。
結月はその一歩を踏み出せるんでしょうか。


第8話:ズレ重なる音

練習用の椅子に座って、覚えたばかりのワンフレーズをベースで弾き始めた。

何回も練習して弾けるようになったのに、今日は少しだけピックを持つ指に力が入る。

 

燈ちゃんは床に体育座りをして、じっと演奏を聞いてくれてる。

俺だけ椅子に座って変で、前なら気になってたかもしれないけど、不思議と今はしっくりきてた。

 

演奏が終わると、スタジオにぱちぱちと拍手が響く。

 

「どうかな」

 

返事を待っている間、部屋の空気がひんやりと感じた。呼吸が浅くなって、空いた手をぎゅっと握りしめてた。

 

燈ちゃんはベースと俺を交互に見て、何か考えてるみたい。

ちらっと視線を俺に向けると、こくりとうなずいて胸の前で手を重ね、口を開く。

 

「えっと、ベースって、こういう音なんだ……音楽ってちゃんと知らない。けど、響いてるのに優しくて、結月君らしいと思う」

 

演奏のことを語る燈ちゃんは少しだけ笑って見える。

 

緩めた指で、ベースを壁にそっと立てかけた。

 

「ありがとう。早く曲とか弾けるように頑張る」

 

ベースの先端に視線を向けて、ボディをなでるように触れた。

静かに時間が流れて、小さな声が耳に届く。

 

「私は、何も出来ないから……そういうの、羨ましい。かも」

 

燈ちゃんの方を振り向くと、立てかけたベースを眺めながら丸く縮こまってた。

その目が、石拾いをしてる時の表情にそっくりで、何かを見つけようとしてるみたい。

 

「俺がびしょびしょになったとき、知らないこといっぱい教えてくれたじゃん」

 

着替えをさっと出してくれて、乾燥機も使い慣れてる感じだったし、普段から自分でやってるのかと思ってた。

 

「……簡単な家事とか料理は、お母さんが教えてくれた。夜勤で忙しいと、いないとき困るからって」

 

燈ちゃんは少しだけ視線を落とす。

きっと、家事ができるって本人にとっては当たり前のことなんだろうな。

 

「ほら、できることあった」

 

そのまま天井を見上げて、燈ちゃんは気の抜けたように息を吐く。

視線を戻すと、「そうかも?」と小さく首をかしげた。

 

「変わった特技がすごいわけじゃないし。むしろ、家事を教えて欲しいくらいだよ」

 

そう言うと、なにか言いたげに、じっと見られてることに気づいた。

しばらくして、ためらうように燈ちゃんが口を開く。

 

「結月君が良ければ……教えられる、かも」

 

「本当!?」

 

今まで、睦ちゃんの誕生日はプレゼントを渡して一緒にいるだけで、準備を全部任せっぱなしだった。

これで俺からもお祝いできると思ったら、舞い上がって手を握る。

 

燈ちゃんは一瞬目を丸くして、手元を見て固まる。少ししてから、顔を上げてこくこくとうなずいた。

 

「ご、ごめん」

 

慌てて手を離して、一歩後ろに下がった。

なにやってるんだろう。急にこんなことしたら、燈ちゃんを困らせちゃう……そう思った。

 

「……ううん。大丈夫」

 

嫌な顔ひとつしないで、燈ちゃんはさっきまで握ってた手を、何か思い出すように眺めてる。

気づけば目が合わせられなくて、時計の音がやけに大きく聞こえた気がした。

 

気まずい静けさに耐えられなくて、何か言おうとした、そのとき――

階段の方からどたどたと誰かが駆け下りてくる音が響いた。

 

「祥子さんがなんでここに……!?」

 

勢いのまま俺と燈ちゃんの間に割って入り、しゃがみ込む。

驚きで体が固まって、止めるどころか声もかけられなかった。

 

「あなたが高松燈さんですわね!お話は睦から聞いています。結月さんととても仲がよいと」

 

「あ、えっと……」

 

手を取られて、燈ちゃんがぴくりと肩を震わせる。座ったまま、じわじわと腰が引けていく。

 

「ちょっと、ストップストップ!」

 

大声に祥子さんが気を取られた隙に、燈ちゃんは迷いなく俺の背中に逃げ込んだ。

 

「祥。燈、ちょっと怖がってる」

 

ゆっくりと階段を下りながら部屋を見渡して、俺と目が合うと睦ちゃんは壁へと視線を逸らした。

 

「これは申し遅れました。わたくしは豊川祥子と申します。睦と結月さんの幼馴染ですわ」

 

相変わらずお手本のような挨拶に目を奪われる。

落ち着いていれば、綺麗なお嬢様なのに……

 

「先ほどは驚かせてしまい申し訳ありません。結月さんの異性のご友人とお話しできると考えたら、気分が上がってしまって」

 

まっすぐにこっちを見つめて、頭を下げた。顔を上げても、眉は下がったままで……視線はどこか床の方を向いてる。

 

背中に感じていた小さな重みがふっと消えて、気づけば燈ちゃんが指先で俺の袖をつまみ、そっと隣に立っていた。

 

「あの。私は高松燈、です。結月君の……友達」

 

少しずつ体を縮めながらも、祥子さんを見ていて、頑張って口を動かしてる。

 

「いつも、日陰にいて。明るいところはまぶしくって。でも、結月君がちょっとずつ照らしてくれて……豊川さんは、まだちゃんと見えないから。ごめんなさい……」

 

ぺこりと頭を下げて、また後ろに隠れた。

祥子さんは「日陰?照らして?」と首をかしげて、ちらっと俺の方を見た。

 

「人と話すの苦手なの。俺と話して慣れてはきたけど、祥子さんみたいに勢いのある人と話すのは、まだむずかしいって。そんな感じでいい?」

 

振り返って目を合わせると、燈ちゃんは小さく頷いた。

 

一緒に川で遊んだあの日から、ときどき自分なりに考えた上で、答え合わせみたいにこうやって質問するようにしてる。

 

「それで、どうして二人がいるの?なんか、ずいぶんと大荷物みたいだけど」

 

ピアノ……じゃなくてキーボードだよなあれって。

 

「結月兄さん、逃げるから」

 

「睦にお願いして内緒にしていましたの。私が遊びにくると、毎回いませんので」

 

……二人から刺さるような視線が飛んできて、思わず目をそらした。

会話してるとちょっと疲れるから避けてるだけで、別に嫌いなわけじゃない。

 

「それにしたって、燈ちゃんがいる日に合わせなくても――」

 

そこで、はっと息を飲んで睦ちゃんの方を向いた。

抱えたギターをぎゅっと抱きしめて、顔を合わせてくれなかった。

 

「もしかして、言ってなかった?」

 

そう言うと、肩がぴくりと揺れて、言いかけた言葉を飲み込むように小さくうなずいた。

 

やばい、完全に言い忘れてたのか。

ベースを片付ける手元に集中して、周りの景色がぼんやりとしてくる。

 

「……祥子さんはキーボードを弾きに来たの?もしかして、セッションとか?ピアノめっちゃ上手いよね!」

 

無理にテンションをあげたせいか、声がちょっとだけ裏返った気がした。

勢いだけで押し切ったつもりが、場が一瞬静かになって、祥子さんが目をぱちぱちさせて固まってる。

 

何やってるんだろう、俺は……

演奏スペースを開けて、燈ちゃんと並んで体を丸めるように座り込んだ。

 

そのやり取りを尻目に睦ちゃんがチューニングを始めると、ギターの音で祥子さんが我に返った。

 

「あ、ありがとうございます。結月さんがベースを始めたと聞きまして。わたくしともぜひ一緒に演奏をと、睦と話していたんです」

 

素直にそう言ってくれれば逃げなかったのに。さっきの感じだと信じてくれなそうだけど……

 

「燈ちゃんはそれで大丈夫?」

 

断られたら場所を移すつもりだけど、二人がどんな演奏をするのか気になってしょうがない。

隣を見ると、燈ちゃんの視線は睦ちゃんのギターをじっと見つめてた。

 

「結月君がいいなら、聴いてみたい」

 

「それじゃあ、祥子さんお願いしてもいいかな?」

 

そう言うと、ぱーっと表情が明るくなって「ええ!もちろんですわ」と笑って、キーボードを睦ちゃんの椅子に並べて組み立て始める。

 

準備が終わり、二人が顔を合わせた次の瞬間――最初の音が鳴って、部屋の空気が一変する。

 

―――

 

息はぴったりで、ミス一つない綺麗な演奏……その音が重たくのしかかるように感じた。

詰まった喉が解放されて、大きく深呼吸をする。

 

(こんなに遠かったんだ……)

 

階段を登れば登るほど壁は高くなって、距離が離れていくように感じる。

 

楽しそうに片付けをする祥子さんが、視界の端でちらちらと動いている。

その姿が、胸の奥をきゅっと締め付けた。

 

周りの音が遠く聞こえて、呼吸も浅くなる。

 

「音楽って、すごい。みんな震えてるのに、聞こえかたは全然違って。それでも、ちゃんと伝わってきて」

 

燈ちゃんは、ほんの少しだけ微笑んでいた。

その横顔がどこか遠くを見ている気がして、思わず目を背ける。

 

「二人とも上手かったよね。俺には……あんな演奏、できない」

 

膝を抱え込んで、睦ちゃんと演奏していた祥子さんに自分を被せてしまう。

 

「私は、結月君の音がいちばん響いてて……伝わってきたと、思う」

 

燈ちゃんの声は少しだけ震えていて、ベースを見つめていた。

どういう意味か、聞くことはできなかった。それなのに、不思議と、もうちょっと頑張ろうって思えた。

 

「追いつけるように練習続けないと」

 

自分に言い聞かせるように声に出すと、もやもやが少しだけ晴れた気がする。

 

視線を感じてそちらを振り向くと、睦ちゃんと目が合う。すると、顔を逸らして「紅茶淹れてくる」と言って階段を上っていく。

 

「えっと、睦ちゃんの紅茶、おいしかったから。見てみたい」

 

袖を軽く引きながら、下から燈ちゃんがのぞき込んでいた。

 

「多分大丈夫だよ。キッチンの場所は覚えてる?」

 

小さくうなずくと、小走りに睦ちゃんを追いかけていく。

 

燈ちゃんを見送ってから、椅子に腰かけて休んでいると、祥子さんがそっと隣に座る。

思わず曲がった背筋が少し伸びた。

 

祥子さんは天井を少しの間見上げると、不意に口を開いた。

 

「結月さん。少し変わりましたわね」

 

今までみたいに、ぐいぐいと来ない。こんなふうにゆっくり話すのは、たぶん初めてかも。

 

「そんなことないと思うけど……」

 

返した声が、自分でも頼りなく感じる。

 

ふふっと、祥子さんが口元に手を添えて笑った。

 

「そういうところですわ。前までの結月さんなら『身長は伸びたな~』って流しているところです」

 

言われてみれば、しっかり祥子さんと顔を合わせて話したのはいつぶりだろう。

 

「それに、あのように熱く見られると照れてしまいますわ」

 

ぐっと視線を逸らした。おでこがじんわり熱い。

ばれてたって分かったら、恥ずかしくって、気まずい。

 

「大丈夫ですわ。睦はしっかりとあなたを見ていますもの。一緒に弾きたいと願ったのなら、ベースを選んだことには意味があるはずです」

 

はっと顔を上げると、祥子さんはキーボードを指先でなぞるように触れていた。

自然と、自分の視線もベースへと向かう。

 

ベースを選んだ理由……考えたこと、なかったかも。

 

睦ちゃんは、俺が出来ないこととか、やりたくないことは無理にやらせない。

だったら、俺でも弾けるようになるって信じてるんだ。

 

「やっぱ祥子さんは苦手だな」

 

ぽろっと本音が漏れて、慌てて口元を覆った。

 

「あら、わたくしは結月さんを気に入っていますわよ?」

 

噛み合ってるのかよく分からない会話。

それでも、笑い声が部屋に静かに反響して――お互いにあった壁が少しだけ無くなったように思えた。

 

***

 

階段を上ってリビングに出たら、キッチンで睦ちゃんが棚に手を伸ばしてた。

紅茶を取り出すと、一瞬だけ私の方を見た。だけど、すぐに手元に視線が戻ってカップを並べてる。

 

「あ、えっと。見てても、大丈夫?」

 

茶葉を入れる手を止めて、そのまま少しだけうなずいた。

 

(見てもいいって、ことだよね)

 

隣に立って睦ちゃんのことを見てると、あっという間に準備が終わっちゃった。

結月君、紅茶たくさん飲んでるって言ってたから、慣れてる、のかな。

 

ふつふつとお湯が沸く音だけが部屋に響く。

結月君とは静かでも大丈夫なのに、少しだけ喉がきゅっとする。

 

何か話そうと考えていたら、睦ちゃんがつぶやくように小さく口を開いた。

 

「燈は、結月兄さんのこと、どう思ってるの」

 

なんて答えたらいいのか、分からないのに……でも、気づいたら胸の前でぎゅっと手を握って、叫びが出てきた。

 

「結月君は近くで、受け止めてくれて。分からなくても、一生懸命考えてくれる。初めてのことばかりで、私も分からない。だけど、一緒にいたくて、隣にいてくれる大事な……友達!」

 

言い切ったときには、体じゅうに力が入って目も開けられなくて、顔も上げられない。

返事を待っていても声は返ってこなくて。ゆっくりと睦ちゃんの顔を見た。

目が合っても表情は変わらないで、じっと私のことを見てる。

 

「私は結月兄さんのこと、友達とも……兄妹とも今は思ってない」

 

それって、と聞き返そうとしたら遮るようにお湯が沸騰して、声に出せなかった。

 

***

 

「燈ちゃん、今日はごめんね。疲れてない?」

 

「大丈夫。ちょっと、びっくりしちゃったけど」

 

うまく話せなかったけど、豊川さんもきっといい人。私と話すときは、結月君を挟んでくれてた。

知らないこと、いっぱい感じて。すごく……楽しかった。

 

だけど、キッチンで聞いたあの言葉が、どうしても忘れられない。

 

「あの、結月君って、睦ちゃんと仲良しだよね」

 

もし、気にしてたら、どうしよう……

 

「ん?そりゃ兄妹だし仲はいいと思うよ。なんなら、そこらの兄妹よりずっと仲良いと思うけど」

 

私の想像と違って、何事もないように、あっさりとしてた。

 

「そう、だよね。ありがとう。またね」

 

あれってどういう意味だったんだろう。家までの帰り道、ずっと考えてたけど分からなかった。

 

***

 

玄関からリビングに戻ると、睦ちゃんが晩ごはんの支度を始めてた。

十月にもなると、夕方でも肌がひんやりとする。急いで暖房をつけて、冷えた身体をソファに深く沈みこむ。

 

「来月に燈ちゃんの誕生日があるんだよね」

 

包丁を握ったまま、視線も動かさずに「……そう」とだけ返してきた。

兄妹の友達なんてそんなもんか。そう思いつつも、少しだけ肩透かしを食らった気がした。

 

「睦ちゃんの誕生日も家で祝おうね」

 

一瞬、手元が止まる音がして、振り返ると睦ちゃんは目を伏せて、そっとうなずいた。

 

「母さんもいなくて、準備は任せっぱなしだし。今年は俺も頑張るから」

 

笑いながらそう言うと、睦ちゃんの視線は手元に戻ってた。

遠くてちゃんと見えないけど、耳がほんのり赤くなってるのだけは分かる。

いつも通りに料理をしているはずなのに、まな板を叩く音が少しだけ大きく聞こえた。

 

「片づけるのは……私」

 

「そんなに散らかさないからね!?」

 

不服そうに睦ちゃんが言うから、ついムキになって大きな声を出しちゃったよ。

ため息をついて目を開けると、睦ちゃんはいつも通りの表情でこちらを見ていた。

 

「毎年、楽しみにしてる」

 

俺を見る目はいつもと同じなのに、その口元だけが少しだけ緩んでいるように見える

 

「結月兄さんは居てくれるから」

 

つけたばかりの暖房が暑く感じる。

何を意識してるんだろう……なんて考えながら、気づかれないように暖房の温度を下げた。

 

***

 

『私は結月兄さんのこと、友達とも……兄弟とも今は思ってない』

 

布団に入りながら、燈に言ったことを思い出す。どうしてあんなことを言ったんだろう。

結月兄さんは優しい”お兄ちゃん”で、不満に思ったことなんてない。

 

(……最近、こういうこと増えた気がする)

 

ベースを選んだ時も、一緒に練習した時も、今日も……少しずつ外れていく気がする。

大丈夫。怖い……でも、間違ってないと思う。

 

 




2000UA突破しました!いろんな人に読んでもらえて嬉しいです。
評価、お気に入り登録も増えていて本当に頑張ろうって思えました。
今回の話は内容が厚くなってしまい、描写の仕方を悩んだり、距離感の変化や近さをどう書いたらいいものかと悩んでいました。
これからも、期間が開いてしまうことがあると思いますがお付き合いいただけると嬉しいです。
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