やっぱり『しぃちゃん』な私達   作:春乃遥

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気が向いたらの投稿です。


プロローグ:『私』について

 幸せ。私達が無意識に欲するナニカを指す言葉。

 カタチは人それぞれで、感じる瞬間も人によりけり。天から降ってくるわけでもないし、多分自分で掴み取るものでもない。

 得るのに年齢も性別も関係ないし、何なら私より何十年も生きているけれど、未だに何なのかわからないって人もいる。そんなよくわかんないものなのだ。

 

 

 

 何故人はそんなにもわけのわからないものを欲しがるのだろう?

 

 

 

 ···まぁ、それが理解できたところで現状は何一つ変わらないんだけどね。

 

 

 

「···あっつ。」

 

 すっかり流行が過ぎてしまったタピオカミルクティー(抹茶ラテver.)片手に、むかつくくらいに綺麗な平日の青空を見上げながら散歩する。夏休みに入った高校生だから出来る無駄な時間の使い方ランキング堂々の第一位だろう。

 

 にしても暑い。暑すぎる。

 

 日焼け対策で着ている薄いカーディガンを脱ぐと少しは涼しくなるだろうかと考えたが、ここは宮益坂、東京である。時期も九月に差し掛かっているというのに猛暑一歩手前の気温のせいでアスファルトの地面は鉄板のように熱く、顔に当たる風は熱風になる。ついでに日差しが白い。一応遮光グラスをかけているが、それを貫通して日光が目に集中する。

 そんな中で肌を晒してみろ。あっという間に日焼けして暫くの間ヒリヒリとした痛みと格闘するのは容易に想像できる。

 

「なんでCD一枚のために炎天下の中歩いてんだろ···」

 

 大人しくネットで買えばこんな思いをしなくて済んだのだが、ネットだとどうも買った気にならない、というのが自分の主張だ。やはり実物を手にとってお会計をして、袋に入れて持って帰りたい。              

 少なくない量の労力が必要だが欲しいものがあるなら惜しんではいけない。

 

 目当てのCDを求め、歩いて、歩いて、歩く。

 デジタル地図を頼りに地元の人でも使わないようなショートカットをしてみたり、そのせいで治安の悪そうな通りに出て迷いかけたり。額にうっすらと汗を滲ませながらも、一人の冒険は続く。

 

 えらく目立つ黄色の看板と、見ているだけで首が疲れそうな高さのビル。 間違いない、ここだ。

 

 買った時にはそこそこ冷たかったタピオカミルクティー(抹茶ラテver.)がすっかり温くなった頃、ようやくCDショップに辿りけた。スマホを見ると丁度午後二時を回ったところだった。帰りの時間を加味するとあまり長居は出来ないだろう。

 

 ズゴゴと行儀がいいとは言えない音を立てながらタピオカ(以下略)を飲み干し、冷房が効いているであろうビルの中にさっさと入る。

 因みに汗が一瞬で引く位には冷房が効いていて、くしゃみをしながら目的地に向かう羽目になった。外と中での温度差はどうにかならないものだろうか。

 

「寒っ···」

 

 へくしっ、と可愛らしいくしゃみ。

 

 

 

「ただいま、って言っても誰もいないか。」

 

 戦利品が入った袋をぶらぶらと揺らしながら我が家へ帰宅。誰かいたら空き巣か泥棒だな、と苦笑しながら靴を脱ぐ。相変わらず人の気配がしないというか、温かみが無いというか。一人暮らしの社会人の気持ちがわかるようなわからないような。

 

 自分の部屋(と言っても今は自分しかいないので厳密には自分の部屋だった場所)に荷物を置いてリビングへ。

 コンセントが抜かれたテレビ、誰も座った形跡が無いソファ、ポストに溜まっていたチラシが積まれている机(近所の人でさえ空き家だと思っているのにチラシはずっと届けられている!)。一つを除いて綺麗に並べられた三つの椅子。怪奇現象の一つや二つ起きてもおかしくないくらいに生活感が無い。

 とてもじゃないが高校生が一人で住んでいい環境とは言えない。

 

 夕飯の支度をしているとうっすらと埃を被っている空の写真立てが目についた。本来ならばあそこに何かの写真が飾ってあった筈なのだが、何だったかは思い出せない。さっさと捨ててしまえばいいものを、何故か捨てる気にはなれず、台所のカウンターに置いてある。

 

(にしても、明日から学校か。たしか今日が夏休み最後の日だったっけ。)

 

 コンロに火をつけて、根菜から順に野菜を小さめの鍋に放り込んでいく。昨日の残りの鶏肉を適当なサイズにカットしてこれまた同じく鍋に。冷凍の豆とコンソメキューブを放り込んで蓋をして、根菜が柔らかくなったら完成。

 

 ご飯は冷凍していたものをチンしてお茶碗に移すだけ。二品だけでは少し淋しいが、明日からのお昼の事を考えるとこういう時に節約しておいて損はない。

 

 向かい側に誰もいないテーブルに座って静かに手を合わせる。

 

「いただきます。」

 

 スープを飲んでご飯を一口。味付けはシンプルだけどなかなかどうしてご飯が進む。 

 

 

 でもそろそろコンソメスープも飽きてきたな。明日はパスタにしてみよう。

 

 

 

 

 物心ついた頃、父親が他界。普段から家を開けているわ帰って来たかと思えばお金だけ置いてまた何処かにいくわで、とてもじゃないが親だとは思っていなかったし、今でも思っていない。

 母親は私を産んで直ぐに亡くなったらしい。声も顔も知らないので親という認識が薄いが私にとっては母親がいないのが普通だったので、いたと聞いたときは少し驚いた。

 

 誰か親戚に引き取られるのかと思いきや、どうやら二人共駆け落ちのような形で結婚していたらしく、その時に親や親戚共々全て縁を切ったとか。お陰様で若干五歳にして私、白葉 椿(しらは つばき)は天涯孤独の身となってしまった。

 

 その後暫くは母親の知り合いだった女性···日野森さんが毎日面倒を見に来てくれていたが、本人も家庭を持っているし、琴の先生で教室もあったため小学生の終わり頃から回数は徐々に減っていき、今は週に一回のペースで彼女の娘さん(姉妹のうちお姉さんの方)がちゃんと食べているかのチェックと称して夕飯を作ってくれる。

 

 親がいた時に使っていたであろう家具は全部処分して空き部屋がいくつか出来た。こまめに掃除こそしているものの、何か使う用事があるわけでもなくここ数年間ずっと持て余している。

 家賃や税金、学費はどうしようか、と頭を抱えたが突然両親の親戚達が「大学卒業までは分担して持つ」と言ってくれたのでお言葉に甘えて任せることにした。生活費は自分で稼げ、との事だった。世間はそこまで甘くない。

 

 縁を切った身内の人間の子供とは言え、流石に可哀想とでも思ったのだろうか。ただ助かっているのは事実なので偽善でも有り難い限りだ。

 

 

 さて、こうなってくると心配なのは学業だ。神山高校に入学してから現在、高校二年生の今に至るまで休学している。 

 

 というのも親の遺産はゼロに等しかったので、当然生活費は自分の懐から捻出することになるのだが、こちらも心許ない額で中学校を卒業する頃には底をつき、遂にはアルバイトをすることに。

 

 ここで問題が発生。知り合いに親が自営業の人間がいない。

 そして大体の店は高校生を八時間も働かせない。社会ではそれが正しいんだろうけど、残念なことに私が欲しいのは正論ではなくお金だ。

 

 お金が欲しい。でなければ死んでしまう。

 

 日野森さんの旦那さんがギター奏者で、「助手兼手伝いとして全国各地を飛び回らないか」と本人直々にお誘いを頂いたのだが、普段からお世話になっているのにこれ以上迷惑をかけられないということで断った。

 本人が少し残念そうにしていたのは見て見ぬふりをするしかなかった。すみません。

 

 そこでクラスの陽キャ代表こと白石杏の父親、白石謙さんがカフェをしていると人伝てに聞いたので伺って事情を説明したところ、娘も父親も二つ返事で「いいよ。」とのことで八時間勤務、給料はアルバイトの相場より少し高めの額で働くことになった。それでいいのか白石家。

 

 

 それから一年と五ヶ月が経過。ようやく安定した生活が出来るくらいには貯金が貯まり、明日から復学する。

 入学式以来袖を通していないブレザーやスラックスをクローゼットから引っ張り出して部屋のハンガーラックに掛けておく。

 家やバイトだとストレートにしている髪も、後ろで纏めておけば邪魔にならないだろう。白石さんから貰ったやたらと可愛い装飾が付いているゴムで試しに結わえてみる。うん、悪くない。

 

 カバンは···バイト用のリュックサックでいいか。教科書くらいなら入るサイズだろうし。

 

 制服を着て、鏡の前でくるりと一回転。悪くない···気がする。 紺色のブレザーと黒い髪は合っているし、サイズも問題ない。ただこの見た目でスラックス···ううん、気にしない気にしない。

 

 

 お風呂と明日の諸々の用意を済ませ、ベッドでうつらうつらしていると唐突に鳴ったスマホの通知音でいきなり現実に引き戻された。大方ピクシェアかニュースだろうけど、万一、万一誰かからのメッセージだった場合、未読無視するわけにもいかない。

 大変不本意ながらも起き上がって机の上にあるスマホを取り、再度ベッドにダイブ。メッセージアプリを開くと着信の送り主が表示される。

 

 「日野森 雫」

 

 ···頭が痛くなってきた。あの人が過保護気味なのは今に始まった事ではないが、歳も一つしか変わらないのにいろいろ世話を焼かれるこっちの身にもなって欲しい。

 何を言われるかは容易に想像できたので一言だけ返してさっさと寝ることにした。

 

「明日はお弁当自分で作るから。」

 

 後日こんなメッセージを送ってしまったのを後悔することになるのだが、残念ながらこの時の『彼』はまだ知らない。




次回より神高編(予定)。
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