やっぱり『しぃちゃん』な私達   作:春乃遥

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はい、お久しぶりです。
少しずつ慣らしていきます。


一話 腐れ縁の少女

 朝。多くの人が活動を始めるが、同時に一日の中で最も憂鬱な時間帯。

 さっきまでくるまっていた布団に別れを告げ、堅苦しいスーツを着て行きたくもない会社に繰り出さなければならない苦行。社会人にとってはまさしく地獄と言えよう。

 加えて夏なら尚更地獄だ。爽やかさの欠片もない、うだるような暑さが相手では人間様はやる気を失う。上に広がっている青空とは対照的に心の中には暗雲が立ち込めている方達も少なくないだろう。

 

 無論私達学生も例外ではないが、私の場合ここ二年間の夏はバイトと趣味で出かける時以外冷房の効いた家に引きこもっていた事を考えると、そんなに悪くないことなのかもしれない。

 

 だからといって朝の眠気に勝てるとは一言も言っていないわけだが。

 

 ♪

 

 残暑が猛威を振るう八月下旬。

 

 「はぁ···」

 

 盛大な溜め息をつきながらリビングにかけてある時計を見る。カチカチと規則正しいリズムで時間を刻んでいるソレはぴったり午前七時半を指している。 

 学校に行くまで後三十分も無い。そして私は未だにパジャマ姿のまま。これが何を意味するかは分かっていても頭が理解する事を拒んでいる。

 

 「···はぁ。」

 

 再度溜め息をつきながら時計をもう一度見る。残念ながら一分経って午前七時三一分になった時計の時間が巻き戻るなんてことはありえない。大人しく現実(いま)に目を向けよう。

 

 低血圧のせいでまだ半分寝かけている頭で出した結論は、

 

「お弁当···おにぎりだけでいいや。」

 

 つまりどういうことか。

 

 否、登校初日から盛大にやらかした。

 

 昨日確かに午前六時きっかりに鳴るように目覚ましを設定した筈、だがこのザマだ。原因は目覚まし時計の電池切れだったわけだが、それにしても何の予兆もなしに止まることなんて有り得るのか。運が悪い。

 

 適当なおかずを詰め込もうにも、卵はこの前使い切って無いし、揚げ物は時間がかかりすぎるのもあるが何より私は揚げ物を食べられない。そして冷蔵庫に惣菜の一品すら無い。一応昨日のスープの残りがあるので、お腹が満たされるかどうかはさておき、おにぎりとそれだけでもお弁当という体は整う。

 

 ただ通学時間を考えるとそんなものを用意している暇すら無い。

 

 大人しく姉さんに頼んだ方が良かった気もするが、昨日のメッセージに「いらない」と返信してしまったのは他でもない、自分だ。ぶっきらぼうに断ってしまった罪悪感が今になって襲ってくる。

 

 アイツもこんな気持ちを何回も味わってるんだろうな、とここにいない誰かさんを思い浮かべながら着替えを済ませ、昨日のうちに用意しておいたリュックにスープを入れた容器だけを詰めて家を飛び出す。

 

「行ってきます!」

 

 持ってくれ私の脚。登校初日なんだ、遅刻は流石に不味い。

 

 セリヌンティウスを救いに街を駆けるメロスが如く、無心で全力疾走する。沈む夕陽の十倍も速くないし、そもそも夕方ですらないがここ十年位で一番真面目に走った瞬間を挙げるなら、間違いなく今だろう。それくらい必死だった。

 

 ♪

 

 結論から言うと、ギリギリ間に合った。しかし、

 

「―――で、このザマってわけか。」

 

 おかしいな、私が朝言った台詞と同じじゃないか。

 教室に着いたはいいが疲労のあまり机に突っ伏しているところにこれだ。オレンジ髪の二枚目、東雲彰人が呆れたような口調で辛辣な言葉を吐いてくる。彼とは高一の頃からの付き合いで、謙さんを介して知り合った。初対面なら好印象を持たれること間違いなしだが、付き合いを重ねていくと徐々に化けの皮が剥がれ、遠慮が無く、無愛想な本来の性格が姿を現す。

 

「···それが行きつけの店の店員に言う言葉?」

「いや、休学明けだってのに随分と遅い登校だなと。どうせ寝坊だろ?」

 

 弱々しい声で反撃を試みるも、またも言葉の刃が私の胸に刺さる。何か言い返してやりたいところだが、悔しい事に全て正論なので返しようがない。

 

「それはそうとして椿、あんま無理するなよ。」

「え、もしかして顔に出てたりする?」

「いや。なんとなく、だ。」

 

 おや、珍しい。いつも皮肉に皮肉を重ねた物言いしかしない彼が、珍しく真剣な眼差しでこちらを見つめている。どこか不安そうで、それでいて『私』という人間の本質を見ようとする目。

 いつの日か、誰かが同じような目で私を見たのを思い出す。相手は確か姉さんだったか、或いは

 

『それ、苦しくないの?』

 

・・・・・・いや、アイツか。

 

 それにしても仲間といる時は楽しそうな表情(かお)をしているのに、私と話すといつもこうだ。少しは楽しそうにしてくれたって良いじゃないか。

 

「お気遣いどうも東雲くん。ところで休み明けテストがあるそうだけれど、勉強は順調かい?」

「···その調子だと問題なさそうだな。」

 

 礼ついでにからかってみると「心配した俺が馬鹿だった」みたいな顔でそっぽを向かれる。予想はついていたけれどまさかこうも単じゅ···わかりやすい反応を返してくれるとは思わなかった。

 嗚呼、やはり彼はからかい甲斐がある。

 

 にしてもさっきの質問に答えなかった辺り、今回も山勘で乗り切るつもりだろうか。一年の時から何も変わってないなぁホントに。外した時のデメリットが大きいのは知ってるクセに。

 博打打ちな友人にこれ以上痛い目を見てほしくないので青柳くんに報告しておいたほうが良さそうかな。恨めしそうにこっちを見ながらWEEKEND GARAGEで勉強する彼が容易に想像できる。悪く思わないでくれ、キミが悪いんだから。

 

「ところで椿。お前いつから学校に来なくなった?」

「え?······入学式の次の日だけど。」

 

 唐突な質問に虚を突かれ、一瞬頭がフリーズする。

 分かりきっていることを何故今になって聞くのか。クラスをぐるりと見渡すとその疑問は直ぐに氷解した。

 クラスの全員の視線が私に注がれている。誰だこいつと視線で語りかけてくる者、奇異の視線を向ける者、どのクラスにいたか必死に思い出そうと観察している者など様々。しかしただ一つ、東雲くんとこの場にいない白石さんを除いて共通している点がある。

 

「お前、このクラスで俺と白石以外関わり無いんじゃねぇの?」

「···そういえば。」

 

 そりゃあそうだろう。(入学式を除き)一度も授業に出てないんだから。

 

「まずは友達づくりからってか?」

「···」

「まぁアレだ、今日一日あれば話せるやつは何人か出来るだろ。」

「無理。キミや白石さんじゃあるまいし。」

 

 入学式早々何人かと話していた彼らと(どうせ明日から学校に来ないので話しても無駄と思い)教室の隅っこで本を読んでいた私。どっちと友達になりたいかといえば答えは前者。  

 去年はクラスが違ったとはいえ、ある程度コミュニティが確立している中に誰も知らない人間が放り込まれれば『仲間外れにされる』以外の選択肢は全て消え失せる。

 最近同年代と関わる機会が少なすぎたせいか、何を話題に話せば良いのかさっぱりわからない。ストリートミュージックとかクラシックあたりなら少しは話せるが、これが通用するのはあの連中か店のお客位なので却下。これで持ち得るたった一つの話のタネは尽きてしまった。

 

 つまり?

 

 詰みだ。諦めよう。

 明日から昼休みは屋上で過ごすことにしようか。

 

 ♪

 

 朝にいろいろとあったものの授業はつつがなく進行し、ようやく六限目の終わりを告げるチャイムが鳴る。神高には休み明けは六限授業という謎のルールがあるので普段から不健康な生活をしている自分にとっては割とキツい。漏れ出る欠伸を噛み殺しながら背伸びをすると、バキバキとおよそ人体から出てはいけない音がした。

 

 (はぁぁ···授業ってこんなに疲れるものだったっけ?)

 

 留年だけは何としても避けたかったので補修は欠かさず行っていたが、疲労は六限授業程ではなかった。暫くは夜更かしを控えようと心に決め、さっきまで使っていたまだ新品の教科書を閉じる。

 

 

 きりーつ、礼、ありがとうございましたー

 若干気の抜けた挨拶の後、騒がしくなる教室をさっさと出てしまう。全く、今日一日でどれだけ奇異の目で見られたことか。こっちも休みたくて休んでいたわけじゃないんだ。勘弁してほしい。

 バイトが無いのでこの後は好き放題できる。机の隅に置いてある随分前に買ったゲームは未だに一度も遊んだことがないので折角ならゆっくり遊びたい。寄り道せずに家に帰るとしよう。

 

「ん······眠い。」

 

 昼から抑えつけていた眠気が一気に開放され、身体に強い倦怠感を覚える。幸い休学中も死に物狂いで勉強していたおかげか、授業についていけないということはなかったが···このままでは東雲くんの二の舞になりかねないので大人しく小豆沢さんに教えてもらおう。青柳くんは···東雲くんにつきっきりのほうが良さそうだし···ねぇ。

 

 定時帰りの社会人と学生の喧騒に揉まれながら都心を抜けて住宅街へ。九月とはいえまだまだ残暑は続く。カラッとした暑さではなく少しジメッとした暑さなのがこれまた質が悪い。夕陽らしくない強い日光を背に、触れれば火傷しそうなくらい熱いアスファルトの上を早足で歩く。

 

 こうやって一人で下校するのはいつ振りだろう、と考えてみる。中学の時は仲の良い友達と帰っていたし、小学生の頃はたまに姉さんやアイツと帰ったり、アイツの幼馴染の輪に入れてもらったり、その日その日で変わっていた記憶がある。

 

 「星乃さん達、元気にしてるかな。」

 

 この名前を最後に口にしたのもいつだったか。

 彼女達は中高一貫の宮女へ進学、姉さんはなんとアイドルになった。一方私は近場の神高へ行き、複雑な家庭の事情でここ二年は休学。関わることが無くなってしまった私達が歳を重ねるごとに疎遠になっていくのは自然なことだった。それでも尚、こうして思い出す位には大切な時間だったのだ。

 

 

 現実は無慈悲だ。私たちの願いを置いてけぼりにして未来へ進む。

 それと同じくらいの速度で私たちも進まなければならない。

 生涯の目標、夢と呼ばれているモノの為に。

 星野さん達とアイツ、姉さんは進むことを選んだ。

 

 

 私は、進めているのだろうか?

 

 

 

 

 そんなこんなで家に到着。何故かドアには鍵が掛かっておらず、すんなりと開いた。こういう時は大抵、家に誰かいる時、そして私以外でこの家の鍵を持っているのは日野森家の人間のみ。この時間なら姉さんかアイツの二択だ。姉さんなら一緒にご飯食べられるかな、なんて考えながら靴を脱ぎ、リビングに向かう。

 

 結論から言おう、その予想は間違ってはいなかった。但し二分の一のうち、あまり良くない方を引き当てていることを除けば、の話だが。

 リビングに人の姿は無く、代わりに二階から馴染みのある音が聴こえた。誰が来ているかを完全に理解し、水が入ったペットボトルとコップを二つお盆にのせて階段を登る。自分の部屋のドアを開けると同時に楽器・・・・・・ベースの音は止み、椅子に座っている人物がこちらに視線を向ける。

 

 お互い言いたい事は山程ある中、暫く無言で見つめ合う時間が続く。先に沈黙を破ったのは私だった。

 

「久しぶり・・・・・・志歩。」

 

「久しぶり、椿。」

 

 

 数年振りに会った腐れ縁の少女は以前なら見せなかったであろう、柔らかい笑みを浮かべていた。

 

 

 




更新が止まっていた中、読んでくださっていた皆様に感謝を。
次の投稿はそう遅くならないと思います。
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