そうじゃない方はお久しぶりです。物書きのKikuです。
ぼーっとしてたら久々に創作Fateが書きたくなったので書いてます。
とはいえ、更新ペースはゆっくりかと思いますので首を長くして待っていただければ幸いです。
…え?Abyss?
知りませんそんなものは。
断ち切れぬ運命
~半年前、東京某所~
灰色の空から静かに冷たい雨が降り注いでいた。
額に収められた両親の穏やかな笑顔が、静かに飾られている。
すすり泣く声。香炉から立ち上る白い煙。重い空気に、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚だけが残っていた。
「父さん、母さん…。」
言葉にならない声が静かな空間にだけ響いた。
理解が追いついていない頭をフル回転させ、何が起こったかを振り返る。
__あれは、ほんの今朝のことだった。
いつもと何ひとつ変わらない、当たり前の日常。
「もう、遼!早く起きなさい!
学校に遅れるわよ!
…全く、誰に似たのかしら!」
「……はは、間違いなく僕の遺伝だな。」
聞こえる母親の声と、同じく寝坊したらしい苦笑する父親の声。
まだ眠らせろ、と体は指示を出してきているが、無理やり体を起こし、リビングへ向かう。
母の作ってくれた和食ベースの朝食を平らげる。
その後、重い体を引き摺り、部屋に戻ると制服に袖を通し、学校に行く準備をする。
ああ、いつもと変わらない日々だ。
学校へ向かいつつそう思っていた。
…そう思っていたのに。
1時間目が始まって中盤に差し掛かった時、教室の扉が開かれ、誰かが入ってくる。
それは担任だった。
「白峰!ちょっと来なさい!」
いつも穏やかな担任からは想像できないほどの慌てた声。
廊下に出た彼は衝撃的なことを耳にする。
「__ご両親が……殺されたんだ。」
ああ、思い出した。
そうだ。両親は、何者かに、殺されたのだ。
その事実を思い出した途端、幼い頃の記憶が波のように押し寄せた。温かい手のひら、笑い声、優しい言葉。
戻らぬ現実に、彼の胸は締めつけられた。
彼は、ポロポロと涙を流す。
「いやだよ、父さん、母さん…!これから僕はどうやって生きていけばいいんだよ…!」
突如すべてを奪われた少年の嘆き。
その瞳の奥には、誰にも明かせない孤独と、言葉にならない不安が揺れていた。
火葬を終え、白峰遼は建物の裏手にある小さな休憩所に腰を下ろしていた。
濡れたように濃い灰色の空。立ち上る煙の匂いがまだ鼻を突く。
目は赤く腫れ、涙はとうに乾いていたが、心の穴は埋まらないままだ。
静寂が包む中。
その背後から、足音。
「……そうか。キミが“アイツの残したもの”か。」
遼が顔を上げると、黒い和装に身を包んだ長身の男が、まるで風のように現れていた。
紋付き袴。見事に貯えられた髭。完璧に整えられた身なり。それでいて、何故か異様な存在感がある。
妖しく赤色に光る目元に張りついた微笑は、悲しみとも慰めとも違う。まるで、薄く冷たい面を貼り付けたようだった。
「……あなたは?」
遼が思わず問い返す。男は一歩、踏み出した。
「
遺言にも従って、これから君を預かることになっている。安心するといい。キミの未来は、私が導こう。」
その口調は柔らかい。しかし、言葉の端々に滲む支配的なものに、遼は小さな違和感を覚えた。
「キミは何も考えずにいればいい。私がすべてを決めるから。」
穏やかなその声音が、なぜか逃げ場のない檻のように感じられた。
遼は無言でその場に立ち尽くした。
そんな彼の手首を御堂と名乗った男は掴めば、無理やり歩かせる。
しばらく歩いた先にあったのは、黒塗りの高級車。
半ば押し込まれるように遼は車に乗り込む。
「……あの、僕は今からどこに連れていかれるんですか……?」
ワイパーが濡れたフロントガラスを律儀に行き来している。
鈍色の空からは、相変わらず冷たい雨が降り続いていた。
そんな雨の温度を示すような声色で運転席の男は口を開く。
「あぁ、キミは今から大阪の私の家に向かう。」
「……大…阪…。」
そうだ。昔母に「お母さんは大阪から来たんだよ」と子供の頃に教えられたことを思い出す。
方言もないし、自分から話すことがなかったので、深く聞くことは無かったのだが。
遼は、後部座席のシートに深く身体を沈めながら、無言で窓の外を眺めていた。
東京の街並みがゆっくりと後方へ流れていく。いつもの通学路、両親と買い物に出かけた道。それらがもう、自分にとって「過去の風景」になっていくことを思い知らされる。
運転席に座る男、御堂の横顔が見える。
礼儀正しい物腰。丁寧な言葉遣い。けれどどこか、皮膚の奥がぞわりとするような雰囲気がある。
「母の兄」だという。
だが、母から一度も聞いたことがない。親戚の話はよくしていた母が、彼のことだけを語らなかった。
それが何より、怖かった。
「ああ、君の母は…そう、とても優しい子だった。人を疑うことも、傷つけることも知らない、綺麗な子だったよ。」
話しかけられているのは分かっているが、返す言葉が見つからない。
嘘か本当か、遼には判断がつかなかった。
だが、ただ一つだけ、強く感じていた。
__この人は、父や母と同じ“匂い”がしない。
(まるで見知らぬ誰かの家に引き取られるみたいだ…。)
そんなことをふと思ってしまった自分が、少し情けない。
何時間経ったか、車は高速道路を降り、少しずつ住宅地へと入っていく。
だが、普通の住宅街とは違う。人通りも少なく、静まり返った坂道。やがて、高い塀と和風の門が見えてきた。
「あれが……僕の、これから住む場所?」
遼は自分でも驚くほど冷静な声で、そう思った。
悲しみも、怒りも、戸惑いもあったはずなのに、感情は今、どこかへ置き去りにされていた。
ただ一つ胸の奥に残っているのは、両親が死んだあの日からずっと消えない、冷たい違和感。
この冷たい違和感が、やがてすべての始まりになることを__このときの彼は、まだ知らなかった。
〜現在 大阪 北区 桜苑学園〜
__あれから、半年が経った。
東京で両親を失い、見知らぬ男に連れられて大阪へやって来たあの日から、白峰遼の世界はすっかり変わってしまっていた。
目の前に広がるのは、まるで西洋の貴族学校のような荘厳な校舎。
赤レンガ造りの外壁に蔦が絡まり、石畳の中庭を囲むように校舎がそびえる__大阪の中でも名門中の名門、「
制服は濃紺のブレザーに銀の校章。品位を重んじるこの学校は、実力主義ながらも門戸は極めて狭く、通常の試験を突破するには高い学力と推薦が必要とされる。
だが、白峰遼は“試験”を受けていない。
彼がこの学園に入学できたのは、ただひとつ__
「
(……楽をしたとは、思ってないけどさ)
遼は教室の窓から見える中庭を眺めながら、そう自嘲気味に思う。
校内の人間関係、異様な距離感、そしてなぜか“最初から”注がれていた奇妙な視線。
恐らくコネで入ってよく思われてないのだろう。
この学園での日々は、お世辞にも居心地がいい、という訳では無い。
そんなことを考えながらぼーっとして数分。
チャイムが鳴り終わった昼休みの教室。
窓際の席で弁当を広げながら、白峰遼はぼんやりと校庭を見下ろしていた。
「……あんた、また一人で食べてんの?」
声をかけてきたのは、
短めのポニーテールに鋭い目つき。強気な雰囲気とは裏腹に、彼女の手には手作りの弁当箱が下がっていた。
「別にいいだろ。一人のほうが落ち着くし」
「ふーん。あたしなら、そんな風に話しかけてくるこーんなにも可愛い子がいたら嬉しいけどね?」
「……それは、どうも」
皮肉のような、本音のような。朱音は隣の席に腰を下ろすと、自分の弁当を開けながらちらりと遼の横顔を盗み見た。
「半年経ったけど、まだ慣れない?」
「……どうだろ。生活には慣れた。でも、“桜苑”って学校は……いまだによく分からないことばかりだ」
「まあ、うちは色々と“特殊”だからね。普通じゃ考えられないことも、案外すぐ起きたりするし」
「……“普通じゃない”って、例えば?」
「ふふ、聞きたい? でも教えてあげない。今はまだ」
朱音はわざとらしく肩をすくめて笑う。
遼は返事をせず、再び窓の外に目をやった。
校庭を吹き抜ける風が、どこか遠くの気配を運んできた気がした。
「次の授業は音楽だっけ。」
「そ。ようやく覚えたのね。
偉いじゃない。」
「…バカにするなよ。」
いたずらっぽく笑う朱音と少し拗ねたように答える遼は弁当箱を片付けると、音楽の授業の準備をし、音楽室へと向かう。
~桜苑学園・音楽室~
木の香りがほのかに残る音楽室には、グランドピアノと譜面台、そして整然と並んだ椅子。
昼下がりの光がカーテン越しに柔らかく差し込み、教室全体を淡く照らしていた。
「はい、それじゃあ今日はグノーの『アヴェ・マリア』を題材にして、声の響きについて学んでいくぞ」
教壇に立つのは、音楽科主任__
落ち着いた口調と所作で、授業の進行を始めていた。
(……妙な緊張感のない人だな)
白峰 遼は楽譜をめくりながら、ちらりと前方の鷹取を見やる。
初めて会ったときから感じていた、ほんのわずかな“ズレ”のようなもの。
それが最近、少しずつ強くなってきていた。
声も優しいし、授業も分かりやすい。クラスの評判も悪くない。
だけど、何かが噛み合っていない。表情と言葉、動きと空気が、わずかにずれている。
「__白峰君。ちょっと来てみなさい」
呼ばれて、反射的に立ち上がる。
「はい」
楽譜を持ったまま前に出ると、鷹取は微笑を崩さずに、ピアノの横で手招きした。
「この一節、君の声でどう響くか試してみようか。ここから、ここまで」
遼は頷き、指示された場所をそっと歌い出す。声は素直に出た。抑揚も息の使い方も悪くない。
だが__鷹取の目が、わずかに細められる。
「……ふむ、綺麗な声だ。けれど、君の“内側”は、少しだけ震えているね」
その一言に、遼の手が止まる。
「……どういう意味ですか」
「いや、深い意味はないさ。ただの“教師の勘”だよ」
にこりと笑って鷹取は言うが、その目の奥が一瞬だけ、ぞっとするほど冷たく光った気がした。
(……やっぱり、おかしい)
言葉にならないざらつきが、胸の奥に引っかかる。
席に戻ると、隣の久我朱音が肘で小突いてきた。
「どうだった? 先生に呼ばれるのって緊張するでしょ」
「……ああ。ちょっと、変な感じだった」
「変? ああ見えて結構マジメな人だよ、鷹取先生。だけどまあ……あたしもたまに思う」
「何を?」
朱音は声を潜めて言った。
「“あの人、どこまでが普通で、どこからがそうじゃないのか”って」
遼は思わず朱音を見た。
彼女は肩をすくめて、すぐに話を終わらせるように笑った。
「ま、気にしすぎかもね。ほら、授業に集中しないと、ね?」
その笑顔はいつもの彼女らしい明るさだったが、どこか含みを持っていた。
そして遼の胸の中にあった違和感は、その日を境に、ゆっくりと形を持ち始めていく。
~放課後・校門付近~
放課後の教室を後にした遼は、ゆっくりと校門に向かって歩いていた。
校門の近くで鷹取紘一が立っているのを見つける。
「白峰君、少し話がある。いいか?」
「はい、先生」
遼が近づくと、鷹取は低い声で告げた。
「君にはこれから、思いもよらぬ“試練”が訪れるかもしれない」
遼は驚き、目を見開いた。
「試練……ですか?」
「……そうだ。おそらく君だけの、避けられない出来事だ」
鷹取の言葉は曖昧で、詳細は明かされない。
「だが、気をつけることだ。誰も助けてくれない時が来る。信じられるのは自分だけだ」
夕暮れの風が吹く中、鷹取の目が一瞬だけ厳しく光った。
「何があっても、決して恐れてはならない。恐怖は道を閉ざすだけだからな」
遼は言葉に詰まり、ただうなずいた。
「分かりました……ありがとうございます、先生」
鷹取は静かに微笑み、
「では、また明日な」
そう言って、校門の影へと消えていった。
遼はその場に立ち尽くし、胸の奥に新たな重さを感じていた。
──去っていく白峰 遼の背中をじっと見つめながら、薄暗い影の中で、鷹取紘一は深く息をついた。その時、頭の中に響く無音の声があった。
『紘一よ__
まだ誰も聞いたことのない旋律が君を待っている。波打つ音の海は深く、そして時に冷酷だ。』
その声は、まるで古の音楽家のように静かで緩やかな調べを帯びている。
鷹取は目を細めて答えた。
「旋律か……欠けている音符が、どこかにある気がするんだ。まだ完成していない曲のように。」
『欠けた音符は、放っておけば永遠に静寂に沈む。しかし、それを拾い集めるのは君の使命だ。新たな楽譜に刻むことができるのか、紘一よ?』
声はまるで静かな指揮者のように、確信と期待を帯びていた。
「だから俺は、答えを探してここにいる。まだ形にならない願いを抱いてな。」
鷹取の口調は硬く、決意を隠せなかった。
『音は時に言葉より雄弁に、時に沈黙より残酷に心を打つ。しかし、君の奏でる旋律はまだ誰の耳にも届いていない。』
「必ず、その時が来る。誰もが聴かざるを得ない音を、俺は鳴らしてみせる。」
拳を固く握り締める彼の声は、揺るぎない強さを帯びていた。
無音の声は穏やかに去っていった。校門の外に静寂だけが残る。
__運命の歯車は、止められないメトロノームのように、刻々と進んでいく。どんなに抗おうと、その音は揺るぎなく響き渡り、誰の手にも止めることはできないのだ。