乱入
〜???〜
まぶたの裏に広がるのは、青く澄んだ海と、緑に覆われた穏やかな島。旅人はその島で、一人の騎士に出会った。
その騎士曰く、「この地方を通るには『島を守る騎士』と決闘をしなければならない」という悪習がある、との事だった。
旅人はその騎士の助言に従い、彼から楯を借り、その騎士との決闘へと挑む。
……次に見えた光景は、その旅人が騎士の亡骸を抱え、泣き叫ぶ姿だった。
既に互いに瀕死の重症だ。もう互いに助かることはないだろう。
だが、それでも。その旅人は騎士と同じ墓に入れてくれ、と遺言を残し、共に息を引き取ったのだった。
〜3日目 帝塚山・久我邸〜
ーー瞼を開ければ、高い天井と、柔らかすぎる天蓋付きのベッド。見慣れない部屋――だが、これまでの出来事を思い出すのに、数秒もかからなかった。
重力に引かれるように身体を起こし、まだ夢の続きを引きずるような意識で、
ここは大阪、阿倍野区・帝塚山の
凄惨を極める戦争に巻き込まれて、2日目。
「……いまのは、一体…。」
呟いた声は、自分の耳にさえ頼りなく響いた。
リビングに降りると、すでに朱音とセイバー、そしてランサーが席についていた。テーブルには紅茶と軽い朝食が並び、セイバーがサンドイッチを手に取っていたが、雰囲気は朝の食卓とは思えないほど張り詰めていた。
「おはよう、リョウ。目が覚めたようだね。」
セイバーが片手を上げて挨拶する。昨日とは違う、カジュアルなシャツにジャケットを羽織った姿だった。朱音の私服を借りているのだろう。見慣れないはずの姿に、どこか落ち着きを覚えるのは不思議だった。
「おはよう、セイバー、それに久我…あとランサー。
……状況は?」
遼の問いに、朱音は頷き、手元のカップをそっと置いた。
「まずはこれを見てちょうだい。 」
そう言って彼女はテレビのリモコンを手に取り、電源を付ける。
すると、ニュース速報が流れており、アーチャーのマスター、
……いや、正しくは、御堂邸だった場所が映し出されていた。
『ニュース速報です。
昨夜未明、第二次世界大戦中の不発弾が数発豊中市、千里の邸宅で爆発する事件が発生しました。
幸い、周りの邸宅には出ておらず、被害はこちらのお宅のみで治まったとのことです。
近隣の住民からは___』
朱音はここで電源を切る。
「聖堂協会の隠蔽工作。
実際には、ライダーとアーチャーがぶつかってこの有様。」
「…ああ、そういや微かに爆発音みてぇな音がしたような気がしたな。」
ランサーがカップの淵を鷲掴みにし、紅茶を啜る。
「どうやら私の使い魔からの報告によると、空からの強襲だったらしいわ。」
「空から……?一体誰が?」
セイバーが訝しむように朱音に問う。
「十中八九、ライダーでしょうね。見事な空中戦だったようだわ。航空機を展開できるサーヴァントなんて、現代の英雄に限られる。
しかも、このライダー。さらに特徴があるの。
ライダーは空に浮かんだ戦艦を宝具として展開した。
その艦の名前は、『戦艦大和』。
それに、空の覇者、戦闘機たちの名前は『零戦』だって。」
「戦艦大和に零戦だって!?
そんなの使役できるのは__まさか、第二次世界大戦中の海軍元帥
遼が勢いよく立ち上がり、朱音の方を見る。
その様子を見たランサーが腕を組みながら口を挟む。
「アーチャーは遅滞戦術を得意とするローマの将軍、クィントゥス・ファビウス・マクシムス
だったらしいな。
…だが、その守りを圧倒的な火力で突破された、というわけか。
アーチャーの奴にとっちゃあ、最悪の相手だったわけだな。」
遼は、2日前のセイバーとアーチャーの戦いとはまた異質な、“戦場”の気配を感じ取る。遠くで起きたはずの出来事なのに、なぜか胸の奥が重い。
「もう、戻れないんだな。」
遼は神妙な面持ちでそう呟く。
「…そう。覚悟を決めたのね。」
朱音の言葉は冷たく、しかし隠しきれない焦燥が滲んでいた。
「……でも、僕は叔父さんーー御堂とは違い、一般人だ。
どうにか、できるのか…。」
思わず漏らした呟きに、朱音が静かに視線を向ける。
「どうにかできるか、じゃない。
私たちに残された選択肢は、ただ一つよ」
遼は視線を落とした。だが、セイバーが不意に立ち上がり、彼の肩を軽く叩く。
「リョウ。君が戦う理由なんて、今は一個でいい。“死にたくない”、でいいんだ。それを守るのが、私の役目だからさ」
言葉は軽やかだったが、そこには確かな力があった。
ランサーが立ち上がり、窓の外に目を向ける。
「……そんじゃオレらァ敵だな。」
空気が一気に張り詰める。
ランサーがおもむろに立ち上がり、金の槍をその手に出現させる。
「…白峰君。聖杯戦争に本格的に参入する、ということは私達は敵同士になるって事。
もちろんその覚悟も、出来てるってことよね。」
目を伏せたまま朱音は冷たい声色で言い放つ。
「……久我………?」
その様子を困惑した表情で眺める。
「外に出ようぜ。ここじゃ暴れらんねぇ。」
誰にともなくそう言い残し、ランサーは庭へ向かって足を進める。
セイバーもまた無言で立ち上がり、遼の前に立つ。
「リョウ、下がっていて。私に任せて。」
カツン、と革靴の音が廊下に響き、セイバーもその後に続く。
朝焼けの光が差し込む中庭で、ふたりの英霊が向かい合う。
「まさかここまで早くやり合うとはなァ、セイバー。」
ランサーが槍を軽く回しながら笑う。
「お前と一ぺん、やっときたかったんだよ。」
「……私も同じ気持ちだ、ランサー。」
ニヤリ、と口角を上げ、黒い剣ーー
ではなく、銀に輝く無機質な剣を両手に構える。
「オイセイバー。いつもの黒剣はどうした。
まさか、自慢の剣を使わず舐めプするなんて事じゃねぇよな?」
ランサーの面に宿るは、狂人の顔。
これから起こる戦闘が楽しみで仕方ないという表情だ。
「…いいやランサー。
これは卿に対しての敬意だ。貴方には全力を出して、いい!」
その剣をセイバーはランサーへ向ける。
より笑みを深めるランサー。
そうして、刹那。
地を蹴る音と、風を裂く衝撃が遼の耳を打った。
斬撃と突きが交錯する。
火花が散り、空気が裂ける。
剣と槍が生み出す衝突は、もはや暴風の如き連打だ。セイバーの剣は鋭く、そして力強い。一撃のたびに地面が軋む。対するランサーの槍は、流麗にして苛烈。まるで舞いのように軽やかでありながら、寸分の隙もない。
踏み込み、跳躍、逸らし、捻る。
一瞬たりとも目を離せぬ攻防の中、セイバーが渾身の剣を振るった。
「はああッ!」
その軌道を、ランサーは紙一重で躱す。髪をかすめるほどの至近。だがその回避は計算のうちだった。身体をひねり、逆手に持った槍を跳ね上げ──
「……甘いな」
囁くように言い放ち、ランサーの槍がセイバーの左脇腹を抉った。硬質な金属音と共に、装甲の隙間から血が飛び散る。
一歩後退するセイバー。腹部を抑え、鋭い視線を槍の使い手へと向けた。
だが、既に流れは動いていた。
ランサーが血に濡れた槍を軽く振り払う。まるでそれが合図であるかのように、槍身が脈動し始める。黄金の光が、槍の表面を這うように奔る。
そして、その光を受けながら、ランサーが静かに詠う。
「──汝は我が血より生まれ、
我が敵を穿つ宿命を負う者。
放たれし後も、我の許を離れず、
疾風の如く、雷の如く、
敵を逃さぬ聖なる刃──」
槍が風鳴りと共に唸りを上げる。ランサーの声が低く響く。
「イヴァル!運命は、固定された。もう逃れることは出来ん!!
往くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい———!!
『
叫びと共に、槍が手を離れる。
放たれた槍は必中の軌道を描き、セイバーへと飛翔する。
だがセイバーはその動きを察知し、心中で呟いた。
(宝具……!ならば回避する……!)
直感が働き、着弾点をわずかに外し身を翻す。
槍はその軌道を変え、追撃を放つ。
放たれた黄金の槍は、まるで意志を持つかのように軌道を変え、空を裂きながらセイバーへと迫る。
迸る衝撃。閃光。
槍は寸分違わず、先ほど負傷させた箇所を正確に撃ち抜いた。既に一度血を啜った穂先が、それを「起点」として追撃を誘発する。
「──ッ!」
セイバーの口から呻きが漏れる。
槍の貫通と同時に、身体の内部で破壊の波が炸裂するかのように、二撃三撃と衝撃が走った。
──終わらせるには、これで十分。
ランサーが小さく息を吐くと、その手元に光が収束し、黄金の槍が音もなく舞い戻る。何事もなかったかのように、彼の手の中へと戻ってきた。
「アスィヴァル」
そう静かに呟くと、槍は主に応えるように光を収める。
戦場には、再び静寂が降りた。
「輝く黄金の槍、そして攻撃を当てた相手に必中の一撃を食らわせるその業…
貴卿の真名はケルト神話における太陽の神、そして大英雄クー・フーリンの父、長腕のルーとお見受ける。」
攻撃を受けたものの、その表情に余裕が残っており、笑みを深める。
「正解だセイバー。
流石じゃねぇか。」
その言葉と表情に対し、ランサーは歯を見せ、笑う。
「フッ…。
ならば私を本気を出さざるを得まい!」
セイバーは静かに呼吸を整えると、銀の剣を左手のみで構えると、空いた右手に黒剣が限界する。
鋼と黒の刃が冷たい光を放ち、まるでこの剣が彼女の戦意を映し出すかのように輝いた。
そして、彼女の身体から凛とした気配が迸り始める
「『
双剣の騎士、今ここに顕現せん!」
呪われた黒剣と無銘の剣が交差し、まばゆい光がセイバーを包む。
その身はまるで闘うために生まれたかのような鋭敏さをまとっている。
「これが……騎士の誇り……!
良いねぇ、セイバー!」
ランサーは楽しそうに一際笑みを深める。
そうして激しい白兵戦が再開された。黒剣と無銘の剣が火花を散らし、鋭い斬撃がランサーの槍を寸前で弾き返す。
その俊敏な動きに押され、ランサーは一歩下がるが、なおも槍を握り直した。
「まだ終わらせるつもりはない……!」
再び槍を振りかざし、遠距離からの投擲を狙うランサーの姿を見た瞬間、セイバーの表情が引き締まった。
彼女は黒剣の柄をしっかりと握りしめ、冷たい決意を込めて呟く。
「……いよいよ、私の本当の力を示す時だ……」
その刹那、黒剣に呪いの魔力が宿り始めた。まもなく、呪いの魔剣、セイバーの真名解放が始まろうとした。
「呪われたこの一撃を以てランサー、貴卿を切り伏せるーー!!」
彼女はその魔剣を真上に掲げる。
魔剣に呪いが集まり始め、黒い光が増大していく。
…その刹那。
久我邸の門が何者かによって破壊される。
「…なんだ!?」
彼らの戦いを見守っていた遼と朱音、そして戦いの渦中にあるセイバーはその真名解放を中断、ランサーも戦いの邪魔をされた苛立ちか、そちらの方を見る。
……するとそこ立っていたのはーー
「お邪魔だったかしら。」
ムチを手に持った銀のティアラを着けたピンク髪で白いコートを羽織った女。
そしてーー
「Arrrrrrrrrrrr………」
鉄パイプのようなものをもっており、闇を纏った輪郭のぼやける顔から赤の閃光を放つ謎の騎士がそこに立っていた。
「なっーー
テメェは……!」
ランサーは女の姿を見て驚愕する。
「あら?アナタ……」
同じくピンク髪の女の方もランサーの顔を見てハッとした様な表情になる。
「コナハトの女王、メイヴ!?」
ランサーは警戒を強めるよう、槍を女ーー
ライダー・メイヴに向ける。
「なるほど、アナタが私を引き寄せたのね!
…若い頃のアナタ…ほんっと、クーちゃんにそっくり!」
メイヴは煌びやかな笑みをランサーに向ける。
女王メイヴ。
ケルト神話のアルスター伝説に登場するコナハトの女王、「メイヴ」。数多くの王や勇士と婚約し、結婚し、時には肉体関係のみを築いた恋多き少女。永久の貴婦人。アルスター伝説最大の戦争を引き起こした張本人であり、自らに逆らい唯一靡かなかったアルスターの勇士クー・フーリンの命を狙った。
ランサー、ルーは負傷したクー・フーリンの代わりにこのメイヴ率いる軍勢と3日間争ったという逸話が残されている。
そしてその隣にいる騎士。
その者は鉄パイプ片手にセイバーへと突っ込んでいく。
「Gaaaaaaaaaaa!!」
真上に振り上げられた鉄パイプは、セイバーの脳天に目掛けて振り下ろされる。
セイバーはその攻撃を両手の剣で受ける。
「…ッ……
この、ただの鉄塊で凄まじい剣圧………!
だが…!」
彼女は両の手に力を込め、それをはじき返す。
だが、影が再び鉄塊を振る。
それに合わせ、セイバーも二双の剣を振るう。
(……!
次の攻撃を……読まれている…!?)
違和感。
セイバーはこの影と戦っているうちに自分の攻撃が通らないことに気がつく。
「待ちなさいバーサーカー。
今回は偵察程度よ。お遊戯が楽しいのは分かるけれど、今回はここまで!正直本気を出したこの2騎に勝てるかは微妙だし。
それじゃあね!"真の"聖杯戦争の参加者さん!」
そう言ってメイヴは2頭の戦車に引かれた戦車を出没させる。
「Baaaaaaaal…………」
連撃を止めた影ーー"偽"のバーサーカーは、その屋根の上に乗り、その場を離脱したのであった。
「朱音、この聖杯戦争、思ったより厄介なことになっているらしい。」
去っていくその後ろ姿を見ながら、ランサーは戦闘態勢を解き、普段着に戻る。
セイバーもどこか浮かない表情のまま、その姿を現代の装いに変化させる。
(…あの黒騎士……
どこかで……。いや、気のせいか……?)
空気がざらつく。戦場の緊張とは異なる、別種の気配が立ち上る。
それは戦いの終わりではなく、さらなる混迷の始まりを告げる兆しだった。
乱入者は、まだ終わらない。