殺意と包囲の気配が戦場を覆うなか、アサシンは低く笑った。
血を流しながらも、彼の双眸には焦りの色はない。むしろ、どこか楽しげですらあった。
「……さてと。冗談は抜きにしてよォ、アンタら“ガチ”過ぎるわ。
なら、こっちも一丁、本気を出すしかねェなァ……!」
黒衣が蠢く。瞬間、空気が震えた。
アサシンの体から、黒と紫の混濁した魔力が放出される。濃密な殺気と呪的な波動が、瘴気に満ちた空間の構造すら歪め始める。
「……来るか、宝具が。」
呪腕のハサンが短刀を構え直す。だが、その瞬間――彼の視界からアサシンの姿が掻き消えた。
「ホンモノの
シビれる一撃をお見舞いしてやるよォ………。」
アサシンの低い声が、雷のように響く。
バチ、バチとアサシンの体から紫電の線が走り始める。
「《
刹那、稲妻が爆ぜた。
高電圧の雷が辺りを青白く照らしながら呪腕のハサンと偽のセイバーに襲いかかる。
「くッ……!」
呪腕が巨大な右腕でカバーするが、衝撃は体全体に伝わる。
「…フン、道化としては充分な出来よ。」
鋭い衝撃が肩と腿をかすめたかと思えば、電圧を帯びた短刀が2本突き刺さっていた。
偽のセイバーも咄嗟に剣を振るい、頭上からの奇襲をはじき返すが、反動で地面が抉れ、後方に数歩押し返される。
「……っふふ、いやはや! これが“暗殺者の宝具”……なるほど、洒落にならん!!」
一閃、二閃――刃のような電撃が次々に襲う。線の一つひとつが実体と遜色ない速度と力を持ち、呪腕とカエサルを翻弄する。
「アサシン、撤退するなら今だが、どうする?」
腕を組みながら壁にもたれかかる晶は微笑を浮かべ、アサシンに問いかける。
「…ここは撤退を、と言いてェだろうによォ…!」
アサシンは骸骨の面を外したかと思えば、後方にそれを投げ捨てる。
長く伸びた黒い髪、痛々しく残る稲妻のような傷跡がなければ美青年に見えるその顔は、愉しそうな笑みを浮かべながら呪腕のハサンをしっかりと見据えていた。
「どこの誰か知らねェが、ありがとよォ……
こんな機会を作ってくれてなァァァ!!」
紫電が疾駆する。
黒い短刀が、呪腕の巨大な右腕へ深々と突き立てられる――
「……私情に囚われるとは、まだまだ未熟。」
呪腕の持つ黒い短刀が、それを受け止める。
だが、それでも。
「十分だァ……」
刹那、短刀が炸裂。爆ぜるのは魔力と幻影、そして“感覚に対する錯覚”。
呪腕の動きが半拍遅れる。
「見えた……!」
その瞬間、アサシンは地を蹴り、偽のセイバーの正面へと転位した。
背後に紫電で作りだした七つの残像を残したまま、本体が“剣の間合い”へと突入する。
「何っ…!?」
呪腕が驚きの声を上げる。
「――未熟だァ…!?
ここまで計算済みだっつうのォォ!!」
笑みを一層深めるアサシンは、偽のセイバーに紫電の勢いで突撃する。
「ならば、ローマの盾が防がねばなるまい!」
偽のセイバーが応じる。剣を振るうが、その軌道を――
「《
晶が再び歪ませる。遅延された情報伝達、視覚情報の再構築。
剣が虚空を裂いたその隙に、アサシンの短刀が腹部の隙間へと――
ザクリ、と刺さった。
「――ッ!」
偽のセイバーが呻く。だが、致命傷には至らない。浅い。アサシン自身もそれを分かっていた。
「……ちッ、やっぱ無理かァ……。でもなァ」
次の瞬間、アサシンは体を反転させて呟いた。
「“当てた”ことに意味がある。
――目眩しと、警告になァ!」
紫電が爆ぜるように再び炸裂する電撃。
今度は周囲を巻き込む雷光の嵐。
目も眩む閃光と魔力の飽和が、工場の内部を白く塗り潰す。
「――今だ。《
晶の詠唱に呼応して、霧が発生し、濃くなり始める。
そのままアサシンが霧の奔流のなかへと跳び込む。
「あばよハナム。
次会うときは殺す。」
雷光が収まった時には、二人の気配はすでに工場から消え失せていた。
呪腕は無言で右肩を抑え、カエサルは自身の腹部の装甲を一瞥してから、微かに笑った。
「……血を流したのは、久しぶりだ。あの殺し屋、やるなァ……!」
「……見直したよ、アーキル。
次は、確実に仕留める」
呪腕が短く言う。
工場の奥に漂う瘴気が、さらに濃く、重く変質していく。
この戦場は、未だ何者かの“巣”であることを物語っていた――。
〜A.M. 13時 此花区・郊外〜
陽の光は真上から照りつけ、崩れかけたビルの屋上を照らしていた。
鉄骨がむき出しになった天井。ひび割れたコンクリートの床。だが、その上で吹く風だけはどこか心地よい。
「……はァァ疲れたわァ。
もうちょっとでオレ、マジで消し炭になってたぜェ……」
アサシンは肩で息をしながら、へたり込むように腰を下ろす。
短刀を床に突き立て、火照った身体を冷ますように風に身を晒す。
彼の肩や脇腹には、鮮血と煤が混ざったような傷痕が残っていた。
あの雷撃と暗殺を両立する“宝具”は、使えば自分も削る諸刃の刃。
「……よくやったよアサシン。
…思わぬ形で君の願いは叶ったかな?」
日差しに晒された屋上の一角。
崩れた壁の影から、晶が静かに現れる。淡いグレーのコートの裾が風に靡き、彼女の瞳はアサシンをじっと見つめていた。
「ハサン・サッバーハ。
君の真名でありながら、偽名。
いや正確には、目指した場所、と言うべきか。」
淡々と晶は続ける。
それに対しアサシン___『紫電の
「ーー生前君を殺した呪腕のハサンを見返し、自分が山の翁になるという願い。
半分、叶ったようだね。」
晶は懐から陰陽魚のマークが描かれた箱を取り出し、中からタバコを一つ取り出し、咥える。
それにアサシンが指を近づけ、指先からバチリと電気を走らせる。
「まさかこんな所で再会できるとは思ってもいなかったわなァ。
だからあの骨面見た瞬間によォ……どうしても、やってみたくなったんだよォ」
アサシンはうっすら笑う。
その笑みには、戦闘を楽しんだ獣の本能と、仕留めきれなかった悔しさが同時に滲んでいた。
「だと思ったさ。
だからこそ君に判断を仰いだ。」
晶の声は、冷たくも穏やかだった。
「……ありがとよ、相棒。」
アサシンはそう呟き、胸元から何かを取り出した。
それは小さな、銀色の魔術結晶。そこには、先程の戦闘で取得した映像と、敵の魔力構造の断片が封じられている。
「あと、仕事はしっかりこなしといたぜェ。
お宝だぜ。“赤いローマ野郎”と、“呪腕のハサン”の挙動、ぜんぶ記録してやった」
晶は手を差し出し、それを受け取る。
「ありがとう。解析には時間を要するけれど、これで次は“仕掛ける側”に立てる」
彼女の指先が結晶を光にかざす。
淡く、魔術式が浮かび上がる――情報の波。構造式。力の流れ。
情報魔術師にとって、これこそが「戦場の地図」となる。
「今回の交戦は、偶発に見せかけた“索敵”と“警告”だ。私たちの存在を示し、同時に敵の対応速度と構造を測った」
「つまり、“第一段階は成功”ってことか?」
「そうだ。」
晶は曇りなく答える。
「この情報を基に、次は他の陣営、そして監督役へ干渉する」
「……へえ。まだ情報もろくに出てねェ連中も多いぜ?」
「だからこそ。彼らが“反応”を示せば、それだけで価値がある
それに、監督役へのささやかなプレゼントも用意しておいた。」
いつの間にか手にしていた赤い結晶を懐にしまう晶の視線は遠く、大阪湾の方角へと向けられる。
ビルから見えるその景色の奥に、どれだけのサーヴァントが潜んでいるのか――その全てを、彼女は“知ろう”としていた。
「戦争は、見えないところで進めるのが一番効率的。目立つより、動かす方が強い。
私たちの役目は、他陣営の“駒”を操作して、戦場を変形させること」
アサシンは口笛を一つ吹く。
「……相変わらず黒いねェ、“参謀さん”よ」
「それが魔術師専用情報ブローカーというものだ。」
短くそう返すと、晶は結晶を懐にしまい、背を向けた。
「しばし休息を取ろう。
次は、“誘導”と“交錯”の段階に入る」
「了解ってねェ……さて、どの陣営が一番先に踊るか楽しみだなァ……
……オレよォ、あの早い乗り物乗ってみてェんだ。
白と赤いやつ。」
「……君、案外子供みたいな趣味してるんだな。
仕方ない。賑やかな場所はあまり得意ではないんだが…。」
屋上に陽光が差し込むなか、2人は微笑する。
そして、2つの闇が光に紛れるように溶けていく。
静かに、次なる情報操作の布石を――仕掛けられたのだった。