〜P.M.16:10 大阪湾・戦域《白雲》周辺〜
大和の主砲が轟き、閃光と爆音が空と海を切り裂いた。
衝撃波が白雲の甲板を撫でるように走り、黒き艦影が重々しく軋む。
その一撃は、的確に“制圧”を狙った砲撃だった。
「――油断するなよ。」
ライダーの声が、甲板上の砲手たちに響く。
「副砲一番、照準合わせ。三番、補正かけろ。斉射間隔、七秒で維持。」
次々と下される指示。
その動きは一糸乱れず、戦艦・大和はまさに“生きた艦隊”として機能していた。
「セイバー……この状況下で戦ってるのか……!」
遼は大和の艦橋から白雲の甲板を見据える。
爆煙の中、黒き双剣が唸り、銀黒の刃がそれを受ける――
二人の“騎士”が、死闘を繰り広げていた。
「くっ……!」
セイバーの頬を、ランスロットの斬撃が掠める。
一撃ごとに重みが違う。ただ力任せではない――かつて騎士王の側に仕えた“技”が、生きている。
「サー・ランスロット………ッ!」
セイバーは斬撃を捌きながら、眼前の獣に向けて叫ぶ。
「貴卿は私の、憧れだ………!
だからこそ超えなければならない……ッ!」
一閃。
刃と刃が交錯し、火花が二人の間に咲いた。
だがその隙を突くように、白雲の艦首が再び砲撃の態勢に入る。
「速射砲、構えたわよ。
それにこの向き、こちらを狙っている…!」
天音が艦橋から警告する。
「遼君、狙われているわ、下がって!」
「でもセイバーが……!」
「信じなさい!あの子は負けない!」
――間髪入れず、白雲の艦首砲が咆哮した。
だが、その砲撃は空を裂く寸前――斜めに逸れた。
「っ……今のは……!」
「私のマスターは、やらせない……!」
甲板を疾走する影。セイバーがランスロットを蹴り飛ばし、砲口に剣先を向けると、黒剣が黒い魔力の光を発射させ、速射砲を破壊した。
「セイバー、闘いの中で砲撃を予測して動いた……!?」
遼が目を見開く中、大和側も応じるように砲撃タイミングを調整し始める。
「セイバーに味方するように照準を変えろ。
敵の死角を作り、そこに一撃を叩き込め。」
ライダーが静かに命令を下す。
――そして、大和の艦首がわずかに旋回。
「砲門三番、修正角度5、低角砲一斉射。」
振動とともに放たれた斉射は、白雲の右舷へ着弾し、黒き装甲を打ち砕く。
ランスロットの足元で火花が吹き上がり、一瞬、その巨躯が揺らいだ。
「今だ……!」
セイバーが踏み込み、横なぎに黒剣を振るう。
だが――
「Gaaaaahh!!」
雄叫びと共に、ランスロットが一瞬にして間合いを詰めた。
互いの剣が交錯し、甲板が沈み込むほどの衝撃が走る。
「はああッ…!!」
再び、黒い魔力がセイバーの体から放出したかと思えば、ランスロットの持つ双剣が弾き飛ばされる。
弾き飛ばされた双剣が宙を舞い、黒い艦の床に突き刺さる。
その瞬間、空気が変わった。
白雲を纏っていた黒が消え、元の灰色に戻ったかと思えば、静かに、しかし確実に――狂戦士の身体を包んでいた瘴気が収束し、傷だらけの黒いフルプレートが姿を現す。
「……来る……!」
セイバーが構え直す。
その眼前、ランスロットの手がゆっくりと腰のあたりへと伸びていく。
《
黒き鎧を纏う騎士の手に、“それ”は現れた。
黒に染まった魔剣。
「アロンダイト……!」
セイバーが名を呼ぶと同時に、その宝具が空気を震わせる。
黒い妖しげな光を放ちながらも、圧倒的な威圧感を放つ、誇り高き湖の騎士の象徴。
「ならばこちらも本気で行く……!
__真名・解放!」
セイバーば堂々と叫ぶ。
そして銀の剣を甲板に突き刺したかと思えば、黒い魔力を纏った黒剣を両手で構える。
セイバーは黒剣を両手で構え、風を纏うように立ち尽くす。
その瞳には決意と悲哀が宿っていた。
風がうねり、甲板の周囲に黒い魔力の靄が渦巻く。
「一振りの剣が運命を狂わせた……
されど、我が手はそれを選び、抜いたのだ……!」
黒剣が脈動する。瘴気が甲板を蝕み、魔力の奔流が空を歪める。
「我が剣は呪いの証。
血に染まり、誓いを砕き、
忠義と破滅の狭間を彷徨う、魂の残滓……!」
セイバーの声が凛として響き渡る。艦上に、異様な静寂が訪れる。
「この呪われし光に、今こそ意味を与えん!」
剣を高く掲げたセイバーが、最後に叫ぶ。
「この呪い、受けるがいい__!
《
その瞬間、黒剣・アロンダイト/オルタナティブが咆哮を上げた。
漆黒の斬撃が空を裂き、重力を捻じ曲げるほどの奔流がランスロットへと解き放たれる――。
「Baaaaaaaaa………liiiiiiiiiiiinnnnnnn!!」
ランスロットが雄叫びを上げる。
彼もまた、黙して受ける騎士ではなかった。
「Overrrrr………Looooord__!」
彼は迫り来る呪いの奔流を赤黒い光を放ったアロンダイトで受ける。
そして、空間が裂けた。
轟音。爆風。
そのすべてが、甲板を一瞬で呑み込み、白雲を戦場の中心に変える。
「うわっ……!?なんだ今のは……!」
遼が思わずよろけるほどの重圧。
天音でさえ、砲撃音ではない“圧”に息を飲む。
「……これは、“騎士”の意地と誇りが交差した……一撃……!」
煙が晴れていく中――
ダメージを蓄積し、沈没しそうになっている白雲の甲板に、二つの影が浮かび上がる。
セイバー、そして甲板に大の字で倒れ込む、兜が割れたランスロットの姿。
互いの剣は、すでにその光を失いかけていた。
「はぁ……はぁ……」
剣を甲板に突き立て、体を支えるセイバーの肩が上下する。呼吸が荒い。
それでも――その瞳だけは、揺らがなかった。
「ーー私の勝ちだ、サー・ランスロット……。」
息を整い終え、剣先をその顔に向ける。
「__成長したな、ベイリン卿。」
地に伏した騎士は低く、静かに声を上げる。
体からは青白い光を発し始めていた。
退却が始まりかけているのだ。
「……まあ君は元々べらぼうに強かったからな。
私なぞ余裕だっただろう。」
「いや全然…!
超キツかったけどね……!」
セイバーは剣を霊体化させるとその場に座り込む。
そしてその答えを聞いたランスロットは僅かに笑みを浮かべる。
「……はは。
さて、ベイリン、勝利を手にした貴卿に伝えなければならないことがある。
時間が無い。手短に話す。」
「…乱入者達のことについて、だね。」
セイバーがそう聞くと、ランスロットが頷く。
「我ら偽のサーヴァント達は、とあるイレギュラーの存在が持つもう1つの聖杯を手に入れるため、君達真のサーヴァント達を襲っている。」
「もう1つの…聖杯だって?
私達になんの関係が…?」
驚いた様子で話を聞くセイバー。
ランスロットは言葉を続ける。
「聖杯の所持者、我ら七騎のマスター、死徒・マーリス・ヴァレンタインは真のアーチャーのマスター、御堂 継宗の協力者だ。
…そちらのライダーに敗北した彼は、捉えていたマーリスを解き放ち、協力させるよう要請した。
結果マーリスが隠し持っていた小聖杯を媒介に我ら七騎を召喚し、君達真の聖杯戦争参加者を始末した後、偽の聖杯戦争を始めようとしていたのだ。
…その聖杯戦争に参加するために、邪魔者を消せという令呪による命を受けてね。」
話を静かに聞いていたセイバーの目が細くなる。
「……なら、あなたたちは……全員、“こちら”を狙ってくるってことか」
「……ああ……だが……君達ならば、大丈夫だろう。」
ランスロットの体が光に包まれていく。
「さらばだ、最強の名を持つ双剣の騎士。
健闘を祈っている。」
その言葉を最後に、ランスロットの体が霧のように揺らぎ、甲板の上から姿を消した。
「……ありがとう、誇り高き湖の騎士。
あなたの背中を、私は今でも……追いかけているよ。」
セイバーが空を見上げながら呟く。
そして訪れる静寂。
波音と風が、白雲の上を流れていく。
「……セイバー!!」
艦橋から、遼の叫びが届く。
顔を上げたセイバーは、立ち上がろうとし――膝をついたまま、深く息をついた。
「……ふぅ。勝ったけど……こっちもボロボロだよ……」
黒剣を霊体化させると、彼女は沈んでいく白雲を尻目に、大和へと戻る。
濡れた髪を肩にかけながら、セイバーが静かに大和の甲板へと戻ってくる。
白雲は遠ざかりながら、沈黙のまま波間に漂っていた。もう、動く気配はない。
「……大丈夫か、セイバー!」
真っ先に駆け寄ったのは、遼だった。
その目には心配と、何かを言いたい感情が入り混じっている。
セイバーは笑った――痛みを押し殺しながら。
「ただいま。ちょっとだけ、大変だったよ」
「“ちょっと”どころじゃないだろ……!セイバー……!
君、すごかった……!」
言葉を失いかけながらも、遼はセイバーの肩に手を添える。
「もちろん、彼女も凄かったわ……
だけど……。」
遼とセイバーから少し離れ、天音は顎に手を当て、呟く。
(セイバーの魔力放出量、とてつもなかったのに、遼君、何ともない。
……魔力量は私と同等、あるいは……。)
彼女は興味深そうな視線を遼に向ける。
「……それより、聞いてもらいたいことがあるんだ」
セイバーは小さく息を吸ってから、遼、天音、ライダーの顔を順に見た。
「彼が最後に教えてくれた。――この戦いの背後には、“もう一つの聖杯”があるって」
「“もう一つ”……?」
遼が眉をひそめた。
「ええ。その聖杯を持っているのは、死徒――マーリス・ヴァレンタイン。
御堂 継宗の協力者だそうだ。
本来この聖杯戦争に関係のなかった者だよ」
「……御堂が……!」
遼の瞳が憤りに揺れる。
「死徒……吸血種を研究の為に捉えてたってことかしら、つまり、あのおじ様が私達に負けた後、躍起になって解放したのね。」
天音が割り込むように口を挟んだ。
「そう。御堂を助けるため、そいつが小聖杯を使って、“偽の七騎”を召喚した。
ランスロットを含めた、別系統の英霊たちを……
恐らく朝に出会ったライダー・メイヴ、昼間にここに来る前に出会ったサーヴァント・織田信長もその1人。
そして、令呪による命令を受けていた。――真の聖杯戦争の参加者を“消せ”ってね」
「…往生際の悪い魔術師だ。」
ライダーが静かに呟いた後、沈黙が訪れる。
波音だけが、誰もいない白雲の残骸にぶつかっている。
「……こんなのって……」
遼が唇を噛む。セイバーは、静かにその肩に手を置いた。
「でも、私たちは生きてる。そして、勝った。
だからこそ、止められるはずだよ。“偽の聖杯戦争”なんてものは」
「……ああ。止めなきゃならない」
遼の目が、覚悟の色を帯び始める。
「……もう逃げないよ、僕は。君と一緒に戦う、セイバー」
その言葉に、セイバーは笑みを返す。わずかに疲れて、それでも眩しい笑顔だった。
「ふふ……頼りにしてるよ、マスター」
風が吹く。
戦いは終わっていない。けれど、希望の始まりが、そこにはあった。