夜の帳がゆっくりと下りはじめていた。
焦げた芝の上、対峙する二人の英霊。
槍を構えるランサー。
火縄銃を下げ、刀を抜いた信長。
「先程の槍、骨まで痺れたわ。ええモン持っとるじゃない」
「そっちの魔弾も洒落にならなかったぜ。……痛ぇよ、マジで」
互いに血を流しながらも、どちらも口角を上げていた。
まるで、これこそが本来の姿であるかのように。
朱音は庭の一角に立ち、術式の準備をしつつ、静かに呟く。
(これはもう、ただの勝負じゃない……)
その時、地を蹴る音が響いた。
ルーが踏み込む。
信長も応じるように、刀を横薙ぎに振るう。
金属と金属が激突する、乾いた音。
火花が舞う。
互いに躊躇はない。
ランサーは回避と反撃を同時に行い、鋭い突きを何度も繰り出す。
信長は無駄のない動きで捌き、時折、刃に炎を帯びさせて返す。
連撃、回避、接近。
踏み込み、退き、再び打ち合う。
「ハッ、どうした神の血ィ!その程度かのォ!」
「口だけは達者な魔王様だな……!」
互いの間合いはすでに数度、死を往復していた。
だが、それでも決定打は出ない。
朱音は心の中で焦りながらも、冷静に戦況を見極めていた。
(このまま消耗戦になるのは不利。信長の“神性特攻”が、ジワジワ効いてきてる……!)
その時。
「もう一手、もらうぞォ!」
信長がわずかに肩を落とし、意図的に隙を見せる。
ランサーがその誘いに乗った。だが――
「甘いわッ!」
槍を突き出した瞬間、信長の刀が下から跳ね上がる。
辛うじてルーが槍で受けるが、反動で体勢を崩す。
「……チッ」
「もろうたッ!!」
信長の刀が再び閃く――
だが次の瞬間、朱音の術式が解き放たれた。
空間がわずかに歪み、足元の地形が“ずれる”。
「……!?」
信長の斬撃がわずかに外れ、ルーの横を掠めていく。
「いい連携だ、マスター」
「ここは久我邸。
私の庭よ。魔力的な罠が仕掛けられていないとでもお思い?」
手を前に出し、ニヤリ、と笑う朱音。
ランサーはすぐに体勢を立て直し、逆に踏み込む。
「──返すぜ!」
槍が、今度は真正面から信長の肩口を穿つ。
「ッ、はぁ……良いぞ、良いぞォ!」
血を流しながらも、信長は笑っていた。
「いやァ、痛い痛い……なるほど、“神”の槍ってワケか。効くわけじゃ」
ランサーは肩で息をしながら槍を下げ、視線を逸らさずに睨む。
「もうやめとけ、魔王。冗談抜きで、あんた死ぬぞ」
その警告に、信長は――
「──はっはっは!」
――声を上げて、笑った。
「そうじゃ、ソレじゃ! それが聞きたかったんじゃよ!!
“死ぬぞ”か! よかろう! ではここからは、"今から死ぬ者の姿"を見せてやろう!」
朱音の表情が一変する。
「宝具、来るわ……!」
次の瞬間、信長の周囲の空間が崩れた。
――否、崩れたのではない。
そこに在った“世界の秩序”が、塗り替えられたのだ。
周囲の空気が焦げつき、空が赤黒く染まる。
魔力濃度が一気に跳ね上がる。
ランサーの額から、嫌な汗がにじんだ。
「……これは、やべぇぞ」
信長の衣服が弾け飛ぶ。
だが、それに恥じる様子もなく、笑みを浮かべ続ける。
「これよりは大焦熱が無間地獄。三界神仏灰燼と帰せ――」
信長の足元が爆ぜる。
地獄の炎がメラメラと燃え上がる。
「我が名は『
「ッ──アカネ!」
「……展開中、耐えて!」
朱音がすかさず第二結界を起動。
だが、爆発の中心にいるランサーは、結界の防御を超えた熱と衝撃に膝をつく。
「くそッ……これが……!」
神性を持つ者にとって、これは最悪の相手。
それを知っているからこそ、朱音は叫ぶ。
「ランサー! この宝具、“魔王”そのものよ!
神性を持つあなたには……致命的ッ!」
「言われなくても……分かってる……!」
だが、それでも彼は立ち上がった。
「“神殺し”だろうがなんだろうが、俺は退かねええッ!」
ランサーがゲイ・アッサルを信長に向かって投げる。
だが、虚しくもそれは空を切る。
そして信長は不敵に笑う。
「ならば踊れ、神よ。焼け落ちるまでの最期の舞を!」
庭が、戦場になる。
“神”と“魔王”、二つの異端が、火と光をまとって再び激突する。
――煉獄。
それ以外に言葉はなかった。
信長の宝具《
地面には黒い蓮が咲き乱れ、空は赤黒く淀み、炎の羽を背負った信長が、圧倒的な“魔”の気配を纏って立っている。
ランサーは肩で荒く息を吐きながら、焼け焦げた衣の袖をちぎり、血で濡れた槍を手に構える。
「……こりゃ、完全に“地獄”だな……」
「うむ。神仏すら焼き払った、ワシの地獄じゃよ」
信長は涼しげに笑いながら、一歩を踏み出す。
その足跡は火の粉を残し、熱を撒き散らす。
(ランサー……!)
朱音の顔に、焦燥が浮かぶ。
第六天魔王波旬――その最大の特徴は“神性特攻”。
ルーは神の血を引く存在。最も相性が悪い。
だが、彼は退かない。
「ヘッ、信長ァ。
俺がなんで槍を投げたか分かるか?
ーー俺はセイバーのように二刀流は出来ねェからな。」
その刹那、ランサーの纏う空気が変わる。
それを見た信長が笑う。
「──うははははは!"真の宝具"か!
良かろう。ならばこの第六天魔王に挑み、焼かれて死ね!
三界六道、全ての縁を断ち切る魔王の火にてなァッ!!」
信長が炎をまとい、一気に加速する。
ランサーも、応じた。
だが、神性特攻を受けるランサーの動きは、次第に鈍っている。
(まずい……このままでは……!)
朱音が結界を再展開しようと詠唱に入ったその瞬間。
ランサーが叫んだ。
「アカネ、もう一手、くれ!」
「ええ、用意してるわ……!」
朱音が地面に魔力を集中させる。
刹那、地表が歪み、信長の足元が崩れる。
「──ッ、つくづく厄介な女よ!」
ランサーは迷わず紅槍を構える。
その紅槍は、もう一振りの“災厄の穂先”。
「おい、魔王。こいつはな、“俺の地獄”だ!」
紅蓮の炎が、槍に宿る。
その刹那、空気がピキリと震えた。
「ワシの結界に、ヒビじゃと……?
まさか対界宝具……ッ!?」
初めて信長の面に焦りが浮かぶ。
そして、ランサーが、叫ぶ。
「この穂先、伝承では地をも焼いた。
神の名を冠していなくとも、人の正義を殺すために在る。
だが今、この手にある理由はただ一つ──
お前を、止めるためだ!
真名が解き放たれた瞬間、槍が溶解するほどの熱を帯び、地面ごと前方を灼き払う。
前線に立つ信長へ、一直線に奔流が襲いかかる。
信長は目を見開いた。だが、すぐに口角を吊り上げる。
「……それでこそ神よッ!!」
信長が全身の魔力を一点に収束させ、刀を振り抜く。
「ならばワシも全てを賭けよう!天魔轟臨――
三千の魔弾が空から降り注ぎ、火炎の槍と空中で激突する。
雷鳴のような爆音、地鳴りのような衝撃。
両者の宝具がせめぎ合い、庭がまるごと爆ぜた。
──だが、先に砕けたのは、魔王の炎だった。
「ぐ、うぉおおお……!」
信長の刀が折れ、炎の鎧が崩れ落ちる。
「喰らいやがれェェェェェェッ!!!」
その胸元を、灼熱の槍が貫いた。
「……ッ、は……見事、じゃ……!」
信長の姿が、少しずつ光に溶けていく。
彼女は最後に、静かに目を閉じた。
「是非も、なきことよ……。
『人間五十年、下の内を比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか』
──第六天魔王、ここに敗れたり……」
風が吹いた。
朱音は立ち尽くしたまま、槍を杖にしてうずくまるランサーの姿を見つめていた。
「……勝ったのね」
「……ああ、なんとか……な」
朱音は駆け寄る。
ランサーの肩に手を置き、ふっと息を吐いた。
「ありがとう、ランサー。……あなたがいてくれてよかった」
ランサーは、少しだけ笑って、短く答えた。
「……おう。こっちは命がけだったけどな」
静かに夜が戻ってくる。
だが、燃え尽きた庭の残骸が、今なお“魔王”の存在を確かに物語っていた。