Fate/Bound Chord   作:Kiku_kz

20 / 25
終幕の前奏

〜P.M.20時45分 四天王寺 神護教会・地下聖堂 出入口付近〜

 

聖堂を出る前の空気は、やけに静かだった。

幾人ものマスターとサーヴァントが集ったはずの空間に、今は足音とわずかな息づかいだけが満ちている。

 

階段を上がる直前、伊庭薫が一同を振り返る。

 

「……目標は、此花区の廃工場群。廃棄指定された区域ですが、まだ魔術的な残滓が濃く残ってるいると思われます。慎重に」

 

「…こんな寄せ集めの軍勢で本当に大丈夫か?」

 

鷹取がポケットから手を抜きながら、低い声でそう呟いた。

どこか抑えた怒りと、疲れのようなものが滲んでいる。

 

「ええ、これだけ集まれば大丈夫です。ですが、慢心は行けません。

敵は不意打ちを重ねています。

……状況を後追いする限り、勝機はありません」

 

伊庭はそう言い切ると、修道服の裾を翻して背を向ける。

 

「ふっ……それでも、“今夜が戦争の本番”って顔してるのは、アンタだけかもな」

 

鷹取が皮肉混じりにそう言うと、晶が小さく笑った。

 

「いや、もう一人いるさ。……彼とか、ね」

 

そう言って視線を送った先――アサシンが黙したまま、工場の地図をじっと見つめている。

その表情に感情は乏しい。ただ、わずかに右手の指がピクリと震えた。

 

「殺意が濃いな。まるで“狩り”に向かう顔だ」

 

鷹取が目を細める。

 

「それはバーサーカーも同じだろう?」

 

晶の問いかけに、蒼の隣でグレーがくるりと体を回しながら返す。

 

「うーん、わかんない。ねえヘンゼ、殺しちゃっていい?」

 

「グレー、静かにしなさい。……でも、どうせ殺されるなら、おかしで釣ってからのほうが楽しいと思う」

 

姉と思しき少女の方は、どこか無邪気に笑っていた。

だがその瞳の奥にある色は、冷え切った鋼鉄のようだった。

 

「……君たち、分かっているのか?」

 

鷹取が思わずそう口にすると、グレーがきょとんとした顔で見上げる。

 

「だって、やらなきゃやられるんでしょ? “おかあさん”が捨てる前に、ぼくらが燃やすんだよ」

 

伊庭が階段の前で立ち止まり、静かに言う。

 

「バーサーカー、あなたたちは“敵”を理解している。

……今夜は、それで充分です」

 

そして、誰に向けるでもなく言葉を続ける。

 

「この先で、何が起きても不思議はありません。

ですが、それを恐れて歩みを止めるなら……最初からこの戦争には加わらないことです」

 

沈黙の中、誰かが小さく息を吐いた。

そのまま一同は、四天王寺を後にする。

 

〜P.M.21時過ぎ 此花区・旧工業地帯 跡地〜

 

かつて製鉄工場や精密部品の製造所がひしめいていた一帯。

今は廃棄され、鉄と油と錆の匂いだけが残された死地――

 

その片隅に、ぽつりと照明が灯っている。

夜の帳に沈む廃工場群。その中心に、異様な霊気の“濁り”が浮かんでいた。

 

車のブレーキ音。

スーツに身を包んだ鷹取が、助手席から降り、眼前の巨大な倉庫を見上げる。

 

「……あそこか」

 

伊庭の示した座標。魔力密度が不自然に集中している“歪み”の中心――

それは、かつて鋳造炉が並んでいた広大な建屋だった。

 

「妙に静かだな」

 

晶がフードの奥で呟いた。

その声に、隣のアサシンが僅かに反応し、視線を走らせる。

 

「敵の気配はある。だが、こっちを“待ってる”感じだなァ」

 

アサシンの声は低く、乾いている。

 

「おあつらえ向き、ってワケか……」

 

鷹取が肩を鳴らす。

その横では、キャスターが静かに懐から指揮棒を取り出す。

 

「おにいちゃんとおねえちゃん、今から遊びに行くんだよね。

準備はばっちり?」

 

蒼が後ろを振り返る。

二人のバーサーカーは、首を同時に縦に振った。

 

「ぜーんぶ燃やせばいいんだよね」

 

グレーは斧を手に持ち、担ぎあげる。

 

「うん。“悪い魔女”をね」

 

ヘンゼは木の杖を地面にコツン、と叩きつけ、そう言い放つ。

それはあまりに無邪気で、そして――異様だった。

伊庭は一同をぐるりと見回し、小さく息を吸う。

 

「この先は、もう交渉の余地はありません。

……敵を視認し次第、各陣営の判断で戦闘に移行してください」

 

その言葉を最後に、伊庭は一歩、影へと退いた。

 

「じゃあ、始めようか。“聖杯戦争”の、もう一つの終わらせ方を」

 

晶の言葉とともに、倉庫の大扉がゆっくりと、軋むように開かれる。

 

その中から、ただならぬ“殺気”と、“敵意”が――ぬるりと漏れ出してきた。

魔力の層が重なり合い、視界すら歪ませるその空間は、既に“異常”の領域だった。

 

「……魔術的結界……!

しかもかなり大規模だ……。」

 

鷹取が眉をひそめながら呟いた。

鋳造炉の残骸が並ぶ床は、すでに異様な赤黒い紋様に塗り潰されている。

まるで廃墟そのものが、誰かの“記憶”を食らい続けているようだった。

 

「これは……《迷いの森》……?」

 

グレーがぽつりと呟いた瞬間、空間の縁が僅かに脈打った。

 

「違うわ、グレー。これは森じゃない。……“檻”よ」

 

グレーの声は、いつもよりも一段低かった。

 

「ッハァ…!

どうやら俺達を歓迎してくれるようだぜェ!」

 

アサシンが警告を放つと同時、奥の壁がぐらりと揺れた。

 

――ギギ……ィィィィィ……

 

錆びた鉄を削るような音。

歪んだ暗闇の中から、“それ”が姿を現す。

 

先陣に立つのは、黄金と赤の軍装――偽のセイバー、カエサル。

 

「……おお!来たか!

昼間の戦闘から退屈でな、そろそろこちらから赴こうとしていたところだ!」

 

陽気な声。だが、その口元には、笑みではなく“嘲り”だけが浮かんでいた。

 

「やっぱり来たね、"ローマの将軍"さんよ」

 

晶が一歩、前に出る。

その隣で、アサシンは既に気配を殺し、暗殺の準備に取り掛かっていた。

 

「ほう、私の真名を見抜いたか。

流石は情報屋!鼻が利く!」

 

黄金の剣を構えるカエサルの背後――そこに、黒衣をまとい、異形の右腕を持った存在が現れる。

 

「……ハサン・サッバーハか。」

 

鷹取が呟く。

そして、何かに導かれるように、キャスターが静かに前に出た。

 

「さぁ、演奏を始めよう。

最初からクライマックスで行こうか。」

 

空間にピアノの鍵盤が浮び上がる。

 

「バーサーカー、監督役。

先へ行け。吾輩の宝具は君達の天敵。

ここは吾輩とアサシンが引き受けた。」

 

「ありがとうございます。

では、先へ向かいましょう。」

 

伊庭が蒼の手を引きながらバーサーカーと共に先の扉へと進む。

 

「無粋な乱入者達にこの鎮魂歌を贈ろう。

それでは御静聴願う。

魔王よ、我が声に応えよ(エル・ケーニッヒ)

 

不気味なスタッカートが鳴り響き、その音色が、空気を裂いた瞬間――

キャスターの背後に悪魔のような姿をした怪物が現れる。

 

魔王よ、我が声に応えよ(エル・ケーニッヒ)

キャスター・真名:フランツ・シューベルトによって作詞・作曲されたバラード「魔王」を元にした精神干渉系宝具。

彼が歌い奏でる旋律は「魔王の声」となり、周囲にいる者たちの精神を侵食し始める。

背後に現れた怪物はなにかする訳でもなく、ビジョンとして可視化されるだけである。

 

空間に鳴り響く旋律――

 

キャスターの指揮棒がひとたび振るわれるごとに、

“魔王”の幻影が歌声を奏で、聴衆の心を侵し、現実すら撓ませる。

 

「さあ……始めよう。“音楽”は人の魂を削る刃にもなると、証明してあげようか」

 

鍵盤が空中に浮かび、無数の音の弾丸となって放たれる。

それはまさに、心を抉る“演奏による攻撃”。

 

しかし――その波を、男は一歩も退かずに受け止めた。

 

「ふむ、なるほど。“音”を武器にするとは、実に興味深い」

 

カエサルは、悠然と足を進めていた。

 

「だが、我がローマに通じる道は、一つとして“耳”からではないのだよ」

 

そう言いながら、彼は外套の奥から一本の黄金の剣を抜き取る。

 

「私は来た。私は見た。ならば次は――」

 

「勝つだけのこと!黄の死(クロケア・モース)!!」

 

鋭く輝く黄金の剣が、空間そのものを切り裂くように振るわれる。

 

魔力で守られた旋律の障壁が、まるで紙のように断たれた。

 

真名解放の一撃――必中の初撃がキャスターの右肩をかすめ、血飛沫が舞う。

 

「……っ、成る程。これが、見敵必勝の“概念”か」

 

鷹取が顔を歪める。

痛みではない。彼の内側に染み込んでいたはずの“リズム”が、

今、あっけなく断ち切られたことへの驚愕だ。

 

「勝利とは、常に“理屈”より先にある。

戦場の真理とは、かくも無慈悲で単純なものだよ」

 

飄々とした口調のまま、カエサルはなおも剣を振る。

だが、鷹取の目はまだ死んでいない。

キャスターは手を再び挙げ、鋭い調子で指揮棒を振る。

 

「ならば――こちらは“声”で圧すまで。

命令を、旋律で殺す。それが我々《作曲家》の魔術だ」

 

空中に新たな譜面が浮かび、再び“魔王”の幻影がカエサルへと迫る。

 

「声を恐れぬのなら、聴いてもらおう――

“生を嘆く子の声と、死を誘う父の歌”をな……!」

 

響く旋律は、古典リート・魔王(エル・ケーニッヒ)の再演。

その波は今度こそ、カエサルの体の周囲に“重み”となって襲いかかる。

 

黄金の将軍と、狂える音楽家。

二つの狂気が、鉄と音の廃墟にて交差する。

 

――戦端は、今まさに開かれたばかりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。