〜同刻 P.M.21時15分 此花区・廃工場資材置き場〜
ルーラーと偽のセイバー、カエサルが激突した同じ頃――
工場跡の一室。
崩れかけた鉄骨と瓦礫の迷路、その奥で稲妻と影が衝突していた。
雷鳴。
爆ぜる光が廃墟を照らし、金属を焼き切る。
アサシンの身体は光そのものとなり、縦横無尽に駆け巡った。
「――はァッ!」
稲妻の脚で踏み込み、鋭い突きが呪腕の死角を抉る。
布が裂け、黒い皮膚が浅く焼け焦げる。
「どうした、呪腕のハサンよォ!!!!
その程度じゃねェだろォよォ!?」
彼は嘲るように言い放った。
背後で鉄骨が弾け飛ぶのと同時に、雷光は次の位置へ跳躍している。
目に映るのは稲妻の残像のみ。
「速い……だが」
呪腕は低く呻く。
巨腕を振り下ろすも、空を切るばかり。
地を穿つ轟音が響き渡り、鉄の床が大きく凹む。
それでも――
骸骨の奥に映る瞳は、確かに何かを捉え始めていた。
「……まだ未熟。
お前の雷、軌道が見えた。」
「なンだとォ……?」
アサシンの目が細まる。
次の一瞬。
雷閃の突きが放たれた瞬間には、呪腕はすでに回避していた。
影が逆襲する。
稲妻の外套を裂き、黒の影が強襲する。
「チッ……!」
初めてアサシンの足が鈍る。
以後、均衡は崩れ始めた。
雷撃の矢は悉く弾かれ、軌道を読まれる。
呪腕の殺意が重く圧し掛かり、狭い鉄骨の迷路が逃げ場を奪っていく。
「“偽り”はどちらだろうな、アーキル。」
呪腕は呻くように笑う。
「
「うるせェ!!!!」
アサシンは怒鳴り、稲妻を全身にまとった。
それは暴風のような電光の奔流。
鉄を焼き、壁を砕き、闇を白に染め上げる。
だが。
その電撃は自らの視界をも遮る。
彼は呪腕のハサンの行動が、見えなかった。
「魂なぞ飴細工よ。」
真名、解放。
右腕に巻かれた黒の布が飛散し、中から赤の長腕が飛び出す。
スキル【自己改造】により移植された悪性の精霊・シャイターンの腕。
それは、人間を呪い殺すことに長けている、呪いの腕。
「苦悶を零せ――
《
呪腕の宝具が解き放たれる。
巨腕が心臓を掴み取るかのように突き出され、死の赤色の線が走る。
音のない衝撃。
それは心臓の鼓動そのものを捕食する死の網。
「……しまっ――」
アサシンの胸を狙う、絶対の一撃。
去来するのは、在りし日の記憶。
〜????年 イラン・とある荒野〜
『お前の物差しで善し悪しを判断するな。
アーキル。』
『ちくしょォォォ!ハナムゥゥゥゥゥゥ!!!!
オレは認めねェェェェッ!!』
赤に染る荒野。
そこで相対する2対の骸骨。
眩い光と、赤の一閃。
その赤は、己の心臓を握り潰す。
ーーー
最悪の記憶がフラッシュバックする。
恐怖から一瞬足が止まった、その刹那。
「
晶が飛び込んだ。
彼の手が、強引にサーヴァントを押し退ける。
その身は迷わず、死の軌道の中へ。
「馬鹿ヤロウ……!!
何を――!」
アサシンが叫ぶが、止められない。
次の瞬間、影の網は晶の胸へ――
「令呪を以て命ずる。
1つ。最大出力で宝具を発動せよ。
2つ。私のことは捨ておけ。
3つ。キミこそが、真のハサンとなれ___!」
閃光。
紅き紋章が灼けるように輝き、世界を塗り替えた。
直後、呪腕の上に心臓が浮かび上がり、それを握りつぶした瞬間、鮮血が辺りを染め上げる。
そして晶は口から血を吐き、床に倒れ伏せた。
「……アキラ……!」
アサシンの身体に、凄まじい雷が流れ込む。
肉体は崩れ、稲妻そのものと化した。
「オオオオオオオオ――ッ!!!
最大出力だァァァァァァッ!!!!!
貫け、我が業!これなるは我が怒り!我が魂!!!
真の暗殺者になれなかったまがい物のォ!!!!まがい物なりのォォォ!!!!
努力の証だァァァァッ!!!!
すべてを焼き尽くせェェェェッ!
――《
電撃の奔流が呪腕を襲う。
空気が焼け、鉄骨が蒸発する。
稲光は無数の蛇のように絡みつく。
そして宙に浮かび上がった鉄骨を雷を纏った拳で撃ち飛ばす。
「ぐ……ぬ…ゥゥッ…!
見事なり……アーキル……!そして、そのマスター___!」
呪腕の呻きが空気に消え、影の体は粉々に砕け散る。
――静寂。
白光が収まり、残ったのは焦げ付いた鉄と、横たわるマスター。
雷を纏ったサーヴァントは、震える手で彼女に歩み寄った。
「……おい、立てよォ……なあ…ッ…!!
オマエのお陰でオレァ………ッ…!」
声は掠れていた。
揺さぶっても、返事は来ない。
そんなことは、誰よりもわかっている。
かつて他の誰でもない自分自身が、その業を食らったのだから。
「そうか……そういうことかよォ……」
アサシンは力なく笑った。
雷が散り、霊基が崩れ始める。
「わりィな晶ァ……
俺は真のハサン・サッバーハにはなれねェわ。
盟友の1人を失っただけでこんなに苦しくなるなんてよォ………!」
彼は膝をつき、マスターの顔を見下ろした。
かすかに震える唇から、言葉がこぼれる。
「……けどよ……
オマエがいたから、オレは……アイツに……
そう言いながら彼はかつての会話を思い出す。
〜10日前 枚方・榊原本拠地〜
『あァン……?
オレが召喚されるたァ、どういうこったァ……?』
アサシンは、魔法陣の上に立つ自分の姿に驚愕していた。
正史に名前を刻まれなかったはずの誰でもない存在がここに立っていていいわけが無い。
そう思ってる時に、影からタバコを蒸かした女が声をかけてくる。
『やあ。ハサン・サッバーハ。
……いや、正確には、ハサン・サッバーハになれなかった、哀れな青年、かな。』
薄ら笑いを浮かべた彼女はどこかミステリアスな雰囲気を惑わせ、彼に1歩、また1歩と近づく。
『……テメェ、どこでオレを知った…?
そして何故わざわざオレを呼びやがったァ……!』
怒りのあまり、彼女の胸ぐらを掴みあげるアーキル。
彼女は目を瞑り、笑みを浮かべながら両手をあげる。
『待て待て。
まずは名乗らせてくれ、私は榊原 晶。キミのマスターさ。
英霊の身でないのにわざわざ呼ばれたことに憤怒する気持ちはよく分かる。だが、この聖杯戦争のバグが、君を呼び寄せてしまった。
君を呼び寄せた理由については、正当なハサンだと、私はこの聖杯戦争で上手く立ち回れないと思ったからさ。堅物は苦手でね。』
そう言いながら彼女は1冊の古びた手記を彼に手渡す。
イスラム語で書かれたその手記に彼は見覚えがあった。
『…呪腕のハサン、ハナムの手記かよォ。
…なるほどコイツがオレと現世を繋いだって訳なァ。
そンでェ?テメェはこの聖杯戦争に何を望むンだァ?』
アーキルは目を細め、手記を憎たらしい表情で見つめる。
それに対し晶は淡々と答える。
『私はこの戦争に何も求めない。
……魔術師情報ブローカーとして知りたいものを知る。それだけの話だ。
だから私はキミの願いのために全力を尽くす。
だからキミはその対価として私の目になって欲しい。』
偽りのない、真っ直ぐな目。純粋な、好奇心。
美しく、引き込まれるようなその目に彼は虜になってしまった。
『ハッ、面白ェ!
なら存分に我が願い"真のハサン・サッバーハになる"を叶えるために大暴れさせてもらうぜェ!!』
バチ、バチと体から紫電を発生させるアーキル。その様子を満足気に眺める榊原 晶。
その様子を見たアーキルもまた、満足気に口角を上げたのであった___
〜現在 P.M.21時20分 此花区・廃工場資材置き場〜
「アキラ、テメェが居たから、まァ、この結末でも良かったと思えたわァ。
これで悔いなく、消滅出来る……。」
涙か、雷光か。
頬を伝うそれを拭う間もなく、アサシンの体は霧に還っていく。
「しっかし、アイツの最期、笑えたわなァ。
まさか、生前殺した標的に殺されるたァ、思いもよらなかっただろうなァ。
……ま、それだけが今回の戦いの収穫かねェ。」
小さな呟きを残し、アサシン・紫電の
「次召喚される時ァねェだろうなァ。
オレァ今回で怨敵も討ち取れたし最高のマスターに出会えて大満足よォ。
…願いもほぼかなったみてェなもんだし、なァ。」
どこか穏やかな表情と言葉を漏らし、粒子となり宙に消えていくアーキル。
廃工場裏に残るのは、満足そうに口元に笑みを浮かべた晶の亡骸と、焼け焦げた鉄屑。
誰に見られることもなく、そこに刻まれたのは――
一組のマスターとサーヴァントの、確かな最期だった。
___アサシン陣営、敗退。