〜A.M. 11時 桜苑学園・音楽室〜
教壇に立つ
「……白峰君、今日は休みか?」
彼がそのことを生徒に尋ねると、生徒たちは首を縦に震る。
前日、鷹取は遼に「思いもよらぬ試練が訪れるかもしれない」と事前に察知し、それを伝えた。
その事もあってか、彼は遼何かあったのでは、と考えたが、授業をそのまま遂行する。
(……彼も聖杯戦争に……。
俺の調べによると、彼が引き取られた御堂家は関西魔術師の中でも古参の家系だったはずだ。
……まさか。)
思考の末、最悪に辿り着く。
そして、ある記憶がフラッシュバックする。
ーーー風景が赤に染る。
血溜まりに沈むは、制服を着た彼の妹の姿だった。
「………っ……。」
指揮棒を振る手が止まる。
額に脂汗を浮かべ、目の前が歪む。
「先生……!」
その事にいち早く気がついた朱音が教壇に駆け寄り、倒れかかっていた鷹取の体を支える。
「…ああ、すまない久我さん。
今朝朝食を抜いたせいだろうか。少し立ちくらみがしてしまったようだ。」
頭を抱えながらも、支えられながら彼は再び教壇に立つ。
「さぁ、授業を続けよう。」
鷹取は何事も無かったかのように再び指揮棒を降り始める。
…疑念は振り払えないまま。
〜A.M. 13時 桜苑学園・中庭〜
授業を終え、昼休みに突入した学園。学生らしい賑やかな騒乱の中、1人大きな木の下で弁当を広げ、彼は優雅に佇む朱音を見つける。
「久我さん。少しいいかな。」
鷹取は彼女の隣に座り、口元に笑みを浮かべる。
「あら、鷹取先生。
どうかされましたか?」
人の良い笑みを浮かべ、朱音は返す。
…だが、鷹取は気がついている。朱音から"警戒の音"が鳴っていることに。
「先程は助けてくれてありがとう。
…やはり、朝食をちゃんと摂ることは大事だな。」
「ええ、その通りですよ。
私はどんなに遅刻しそうになっても朝食だけはちゃんと取るって決めてるんですから。」
引き続き彼女は品が良さそうに弁当の中身を食べ続ける。
…だが、その間も警戒の音は鳴り響き続ける。
…そしてそれに加えて、木の上から微量な"殺意の籠った音"
(上を向けば俺は死ぬだろうな。)
冷静に分析した鷹取は言葉を続ける。
「そういえば、白峰君は今日は学校を休んでいるようだが、体調でも悪いのか?」
ーーーより増大する警戒の音。
だがその質問を聞いても尚、朱音は軽く笑みを浮かべ、曖昧な返答でその話題をかわす。
「ちょっと疲れているみたいで。
ご心配なく。」
「そうか……」
言葉に”偽りの音”はない。どうやら、”何か”はあったものの、生命に関わることでは無いと結論付けた鷹取はそれ以上問い詰めることなく頷いた。
彼にとって今は遼に深く干渉すべき時ではないと結論付けたのだろう。
「邪魔したね、久我さん。」
彼はそう言いながら彼女の元から離れ、音楽室へと戻る。
生徒一人居ない音楽室に美しいピアノの旋律が鳴り響く。
それはまるで一つ一つの音が意識を持っており、音が魅了してくるような、素晴らしい音色。
「ーーー遅かったな、紘一よ。」
ピアノを弾く手を止めた男……
キャスターは静かな微笑みを浮かべ、落ち着いた声で答えた。
「白峰 遼が此度の音楽会に乱入したようだ。これでひとつ、吾輩の曲に組み込む音符が加わったな。」
縦線の入った黒いスーツの懐から彼はまだ書きかけの譜面を取り出し、同じく取りだした羽根ペンを走らせる。
「……そうだな。
だけど、旋律に加えるにはまだ彼は青臭いんじゃないか?
そんな状態で加えてしまったら、曲が中途半端になる。」
「………ほう。」
キャスターは興味深い、と言わんばかりにピタリ、と走らせていた羽根ペンを止める。
「珍しいな、紘一。
君が他人を気にするなんて。」
「………別に気にしてなど……。」
鷹取は黙りこむ。
「これから敵となる者に情が湧いたか。
いい。それもまた良い曲へと素材になる。」
嬉々とした声でそう言うと彼は再びペンを走らせ、満足したところでペンを背後に投げ捨て、ピアノへ指を這わせる。
ーーー先程とは違う、壮大で、纏わりついてくるような旋律。
その音符一つ一つが意志を持ったように這い出すように近づいてくる。
不気味。表すならば、その一言だろう。
だが、その音を聞いた鷹取は不思議と勇気が湧いてくるような感覚を覚える。
「……俺は、俺は俺の願いのために突き進まなければならない。
…最悪は………。」
決意したような眼差しで彼は自分の手のひらを握る。
「それでこそ、吾輩のマスターよ。」
ピアノの演奏を止めたキャスターは、蓋を閉め、鷹取の肩にポン、と手を置く。
「今日はもう授業は無いのだろう?
であればそろそろ我らも準備せねばな。」
「…そうだな。
よし、では今日は帰ろう。」
そう呟くと彼は帰宅の準備を進め、音楽室を後にした。
〜P.M. 15時 大阪市・北区 北新地〜
鷹取は仕事を終えた帰路。
彼は街を歩いていた。
路地裏に差し掛かった時、小さな気配を感じてふと足を止める。
そこにいたのは、小学生1年生くらいの幼い子供だった。その服はボロボロで汚れており、靴裏も剥がれそうになっている。
そんな状況であるにも関わらず、目をぱちくりさせて無邪気に笑うその姿を見て、鷹取は思わず呟いた。
「……こんな小さい子が……?」
そんなことは露知らずと言わんばかりにその子供は声をはずませて話しかけてきた。
「ねえねえ、遊ぼうよ!」
鷹取が戸惑いながら視線を戻した瞬間、周囲の街並みがゆっくりと変わっていき、目の前には緑が濃く、霧がかった薄気味悪い森が広がった。
「え……?」
困惑する彼の背後から、あの子供の声が響いた。
「さあ、遊ぼうってば!」
振り返る。
その子供が着ているボロボロの服から覗く腹部に思わず目がいってしまう。
ーーーその腹にまるで爪の鋭い獣に裂かれた傷跡ような三本線の赤い線が見えたのだから。
「……っ!?令呪だと……!?」
鷹取は、その驚愕の事実に反応したからか、音を捉えるのが1歩遅くなる。
背後から向けられる強烈な殺意。
(間に合わない…!
ならば皮1枚切らせる!)
彼は全身の魔術回路を活性化させ、決死の思いで前に飛ぶ。
「ぐぅ…っ!」
体制が悪く、地面をゴロゴロと転がる。
その背中はバッサリと裂けており、スーツが赤く染まる。
「……サーヴァント……!」
体制を立て直し、懐から先が尖った指揮棒を取り出せば、それを自らを襲った存在に向ける。
斧を抱えた中学生くらいの風貌。
中世ヨーロッパ風の服に身を纏った少年がそこに立っていた。
「やぁ。僕はヘ……
あ、言ったらダメなんだっけ。」
うっかりしたかのような表情をその少年がした後、再び鷹取の顔を見ればニカッ、と笑い宣言する。
「改めて!僕はバーサーカー。
マスターの友達だ。」
「バーサーカー、だと……?」
その言葉にまたも気を取られた彼は再び迫る危機に気がつけなかった。茂みから炎の弾が飛んで来たかと思えば、それが鷹取の脇腹を捉えてしまう。
「ぐ……っ!」
痛みに顔を歪め、再び地面を転がる。
直後、飛んできた茂みの方から声が聞こえる。
「『 バーサーカーなのにどうして話せるんだ?』そう思った?」
「……何………?」
理解が追いつかない、というような表情を浮かべ、彼はその正体を見上げる。
同じく、中世ヨーロッパ風の服に身を纏った身長と比べると少し大振りの杖を持った少女が見下ろすようにそこに立っていた。
「珍しい。2対で1人のバーサーカーとは。実に興味深い。」
鷹取を守るかのように指揮棒を掲げた黒スーツの男、キャスターが現れ、2体のバーサーカーを眺める。
「…さぁ、演奏開始といこうじゃないか。」
キャスターは少しニヤリとすると、その指揮棒を頭上に掲げる。
新たな戦いがここに幕開けるのであった。