〜P.M. 15時30分〜
キャスターは指揮棒を手に取り、四拍子を刻む。すると赤や青、黄色のカラフルな魔弾がその動きに合わせ、中世ヨーロッパ風の服を着た少年に飛んでいく。
斧を振りかぶった少年バーサーカーがその弾を切り伏せながら、怒濤のような接近。
そして、鷹取目掛けて振り下ろされる巨大な刃。
「——っ!」
鷹取はとっさに身を伏せる。斧が大地を抉り、土が爆ぜ、根が砕けた。
「動きが速い……! 狂戦士の名は伊達じゃないか!」
「下がれマスター。
ここは吾輩に任せよ。」
キャスターが前に出る。指揮棒が虚空を描くと、波打つ空気が少年の動きを鈍らせる。斧の軌道がわずかに逸れた。
「今だ、後退を——」
だが、森の奥から今度は光の弾が飛ぶ。少女バーサーカーが杖を掲げ、無言のまま火炎弾を放ったのだ。撃ち出されたそれは、視界を遮るように周囲へ爆ぜ、陽炎のような火の粉が降る。
「援護に回っているのか……厄介だな!」
鷹取がキャスターの背に飛び込むように隠れると、次は火の粉が舞い、炸裂する。
「まさか、これも……」
「連携が取れている。“狂”とは程遠いな。これは……訓練された戦術だ」
キャスターが低く呟いたとき、炎の幕を突き破り、再び少年バーサーカーが姿を現す。
「見つけたぁ!」
斧を構えた少年が猪突猛進の如く、爆煙の中を突っ切ってくる。
それはもはや獣のような直感。混濁した魔力の渦中で、確実に“音”を頼りに標的を見抜いている。
「っく……!」
斧が閃く、その瞬間——
「《
キャスターの詠唱と同時に、空間が沈黙に包まれた。全ての音が消え、空気が止まり、世界が凍りついたような感覚。
そして、音が戻ると同時に、斧は空を裂いていた。
「……はっ、今のは……」
「《
キャスターの低い声が前方から届く。指揮棒が空を切るたび、周囲の空気が脈動し、世界が楽譜のように揺らいで見えた。
「では、次は……《
唐突に響く、激しい一打。
虚空から生じた音の衝撃が、少年バーサーカーの身体を強かに吹き飛ばす。咄嗟に身を守るよう斧を構えた彼だったが、衝撃は防ぎきれず、背後の木々に突っ込んでいった。
「うわっ、なんだこれ……!」
呻きながら木の葉を払い、ふらつく彼の足元へ、すかさず光弾が着弾する。
「!姉ちゃん、ナイス!」
少女バーサーカーの後方支援が即座に追撃へと転じる。光の奔流、火の玉、歪んだ重力場のような不可思議な魔術――
「全く、油断しないの。」
遠くの方で魔杖を抱えながら少年を呆れた様子で眺める少女。
「近距離と遠距離の両輪……本当に、バーサーカーとは思えない」
鷹取が低く呟いたとき、ようやく異変に気づく。
「……あの少年は、どこに……?」
あの子供たちの“マスター”であるはずの少年の姿が、いつの間にか完全に消えていた。
「姿を見せないマスター。訓練されたバーサーカー。これは単なる狂気ではない、“仕組まれた異常”だ」
キャスターが視線を森の奥へ送る。だが、何も見えない。何も聞こえない。
(まるで、この空間そのものが結界のようだ……)
指揮棒を握る手に力が入る。鷹取もまた、胸元の指揮棒を再び強く握り直した。
「キャスター……別行動だ。俺はマスターである少年を探す。」
「承知した。合わせるよ、マイ・マエストロ」
鷹取は後方に向かって走り出す。
「あっ、逃げるなっ!」
それを見た少年が、鷹取の背中を追おうとする。
「《
空間が音に染まる。キャスターがその旋律に乗って詠唱を始めると、数多くの弾幕が前方に飛び、少年の接近を阻む。
「うわっ……!危ないなぁおじさん。」
再び後方に飛び、斧を振り回してその弾幕を切り伏せる少年は忌々しそうな表情でキャスターを見る。
「さぁ、少年少女よ。残念ながら、相性が最悪だ。
吾輩の奏でる”悲劇”の旋律を聞いてもらおうじゃないか。」
キャスターは不気味に口角を上げ、力強く指揮棒を降り始める。
防衛に徹していた魔術師が、反撃に出たのだ。
木々の間をすり抜けるように鷹取は走る。爆音は背後に遠のき、代わりに、ひどく静かな空間が広がっていた。耳に届くのは、自分の呼吸と、木々を揺らす風の音だけ。
(結界の中心は……この先か)
それは直感だった。だが、確かな感覚だった。結界の気配の源、魔力の渦……すべてが、そこに集まっている。
やがて、森の奥にぽっかりと開けた空間に出た。そこには、カラフルな遊具のような家がぽつんと建ち、その前に、小さな背中が立っていた。
「……君は」
声をかけると、少年は静かに振り返った。薄汚れたシャツには、爪で引っかかれたような赤い筋が三本、足元の靴は片方だけ裏が剥がれている。だが、顔を上げたその瞳は、驚くほど澄んでいた。
「こんにちは、おじさん」
まるで公園で出会った幼子のように、少年は人懐こく笑った。その無垢な笑みに、鷹取の心がかすかにざわつく。
「……この遊びは、単なる遊びじゃない。それを分かってるのか…?」
「うん。でも……ぼくは、続けなきゃいけないんだ」
静かな声。だが、その言葉の奥にあるものは、まるで「覚悟」のように感じられた。
「君が、バーサーカーのマスター……なのか……」
鷹取は思わず呟く。蒼からは、魔術師にあるべき“意図”も“技術”も感じられない。ただ、そこにいるという“存在”そのものが、呪術的で、重たく、悲しい。
「……君は、なんなんだ?」
「えっと……ぼくは、
無邪気な答え。それがあまりにも純粋で、鷹取は言葉を失った。
(あれほどのバーサーカーを従えていながら、この子自身には……何の“力”もない)
だが、次の瞬間——
「でも、だめだよ。おじさん」
蒼の瞳の奥に、わずかに“色”が灯る。まるでその内側から、別の誰かがこちらを覗き込んでいるようだった。
「——ここから先は、きっと……悲しいことになるから」
木々の影が揺れた。まるで、蒼を中心に“何か”が呼応しているように。
鷹取は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
鷹取は、息を殺してその場に立ち尽くしていた。目の前の少年——蒼は笑っている。それなのに、周囲の空気はどこか異様に重い。湿ったような、ぬめつくような、“霊”の気配。
「……悲しいことって、どういう意味だ?」
問いかけながら、鷹取はゆっくりと距離を詰める。威圧しないように、ただ、静かに。しかし蒼は、一歩も引かない。
「ぼくね、いっぱいの声を、聞いたことがあるんだ」
そう言った瞬間、森の木々がざわめいた。風の音ではない。まるで、何かが鷹取の背中をなぞるような、冷たい息遣い。
「夜のゴミ捨て場でね、いつも声がしてたの。『さむいよ』『いたいよ』『どうして』『なんで』って……。ずっと、いっぱい」
鷹取はそこで、ようやく理解した。
(この子……“媒体”だ。憑依でも、召喚でもない。“集合体”……いや、“器”か)
蒼の中に宿るもの。それは、魔術によって制御された力ではない。もっと根源的で、呪いに近い。
「……君の願いは、なんだ?」
「おともだちが、ほしいんだ。ちゃんと、ぼくと話してくれて、一緒にいてくれる人」
鷹取は返す言葉を一瞬、見失った。
そのとき——
「……っ!」
足元の土が、急に沈んだ。いや、吸い込まれた。まるで大地そのものが“呑み込もう”としているかのように。
「やめて、みんな。おじさんは、まだ悪いことしてないよ」
蒼がそう言うと、土の波がすっと収まった。しかし、“何か”が確かに、そこにいた。
「……君がコントロールしてるのか」
「ううん。ちがうよ。ただ、ぼくの近くにいたいんだって。さみしがり屋なんだよ、みんな」
そう言って微笑む蒼。その顔には一切の悪意がない。ただ、心からそれを“当然のこと”として受け入れている。
「君は、聖杯に何を望んでる?」
再度問うと、蒼は少し首をかしげた。
「ねぇ、おじさん……それって、“ほしいもの”のこと?」
「……ああ、そうだ」
「ほんとはね、せいはいせんそう?とかよく分かってないんだ。だけどね、バーサーカーのおにいちゃんとおねえちゃんが何でも願いを叶えてくれる道具が貰えるって教えてくれたの。
だからね、それがもらえたらね!“ほんとうのおともだちを下さい!”ってお願いするんだ。」
ふわりとした笑み。それはあまりにも無垢で、だからこそ恐ろしい。
(この願いを叶えるために、何人が死ぬと思ってる……?)
鷹取は、拳を強く握りしめた。目の前の少年に怒りを向けることはできない。だが、この“戦争”の現実が、あまりに残酷すぎた。
そのとき——
「おじさーん!」
森の奥から、少年バーサーカーの声が響いた。
「おーい、見つけたー!」
次の瞬間、巨大な斧が森を裂きながら姿を現す。斧を構えた少年が、蒼の背後から突如姿を現したのだ。
「お兄ちゃんっ!」
蒼がぱっと振り返り、その手を広げる。
「だめだよ、こわくないの!この人は……」
だが、斧の勢いは止まらない。
(マズい——っ!)
鷹取が即座に反応しようとした、その瞬間。
「《
キャスターの魔術が、空気を押し潰すように干渉した。
その場の全ての音が一瞬で失われ、バーサーカーの斧は、まるで重力が変わったかのように動きが鈍った。木の枝が折れ、空間がよろめいた。
「……間に合ったか。紘一、無事か?」
キャスターが駆け込んできた。
「ギリギリ、だな……。あとは俺が、やる」
鷹取は一歩前へ出る。蒼の前に立ち、目の前の斧を構える少年バーサーカーと対峙する。
「おじさん……」
蒼が、鷹取の背中を見つめながら、小さく呟いた。
「ともだち、つくっちゃだめなの??」
鷹取の背後で、蒼が静かに問いかけていた。
だがその声に返す暇もなく、少年バーサーカーが斧を引き抜き、再び構えた。今度は、迷いもなく、ためらいもない。
その瞳に映るのは、鷹取ただ一人。
(感情が——ない? いや、違う。これは“怒り”だ)
キャスターの魔術で空間の密度が歪み続けるなか、鷹取は呼吸を整えた。音楽室での静寂とは異なる、殺気の音が森にこだまする。
「やるしか、ないか」
呟いた瞬間、バーサーカーが地を蹴った。驚くべき加速。木々をすり抜けるような足さばき、斧は空気を裂き、鷹取の胸元へと迫る。
だが——
「《
キャスターが再び詠唱。空中に浮かぶ見えない音符が激しく弾け、バーサーカーの斧が空中で弾かれた。見えない「音の盾」が形成され、鷹取の体を守るように展開していたのだ。
「ナイスだ、キャスター!」
「長くは保たない、彼の魔力源は“怨念”だ。人間の常識では測れない」
キャスターの声に、鷹取は一つ頷く。
「なら、探る。あの子の“本質”を」
再びバーサーカーが距離を詰めてくる。だが今度は、少女——もう一人のバーサーカーが背後から現れ、杖を地に突き立てた。
——コンッ
まるで鐘の音のように、空間が震える。
(魔術……いや、違う。“霊的信号”……!)
地面に刻まれる幾何学模様。それはまるで、都市の地下に眠る“過去の記憶”を掘り起こすような儀式だった。
「キャスター、あれは?」
「記憶だ。“彼ら”の。名前も与えられず、価値も持たず、ただ消えていった子供たちの残響……!」
そのとき、蒼が鷹取の手を掴んだ。
小さな掌。だがそこから伝わるのは、言葉にならないほどの、哀しみだった。
「ねぇ、おじさん。怒らないで……」
「……怒ってないさ」
鷹取は、静かに答えた。
「ただ、君の“本気”が知りたい。聖杯に願う、その気持ちが、誰かを傷つけるものなのか——それとも、救いを求める声なのか」
蒼の目が、一瞬揺れた。だが、すぐにうつむき、ぽつりと呟く。
「……わかんない。だって、ぼく……ほんとうに、さびしいだけだから」
バーサーカーが再び武器を振り上げる。だがその腕を、蒼が抱きしめるように止めた。
「もう、いいよ。お兄ちゃん……お姉ちゃん。こわがらせたくなかったのに、ごめんね……」
静寂が戻った。
その場の空気が、重く、やさしく、落ち着いたように思えた。
キャスターが一歩前へ出る。
「……マイ・マエストロ。彼は、“本物”だ。私情を挟むなとは言わんが——君の覚悟は?」
鷹取は、答えを口にする前に、そっと蒼の頭を撫でた。
「……さぁな。だが、知る権利くらいはあるだろ。“子供が願いを持ってはいけない”なんて決まりはないんだから」
蒼の目が、大きく見開かれる。
その光景を見つめながら、キャスターは小さく鼻を鳴らした。
「……甘いな、教師殿。」
そう言いながら、キャスターは黒に染った譜面を取り出す。
「だったらこの少年のためにも、ここで終わらせるべきだ。
バーサーカーをここで
その譜面を宙に投げると、キャスターの目は鋭く光る。
「…まさか…!」
少女バーサーカーが驚いたように目を見開く。
「宝具…!?」
続いて少年バーサーカーがそう言うと、斧を構え、キャスターに特攻する。
が、再び音の壁に阻まれ、宙を舞う。
「第一宝具・演奏開始。」
その言葉と共に、何も無い空間に鍵盤が現れ、彼は連弾を開始する。
力強いスタッカートが続く。
「悪意なき子供達にこの鎮魂歌を贈ろう。
それでは御静聴願う。
『
強く、息を吸う。
これから歌い出す、というところで彼は指と言葉を止める。
「令呪を以て我が同士に命ずる___!
宝具使用を止めよ___!」
鷹取が右手を掲げ、そうキャスターに宣言した。
「………ほう。」
黒い譜面と鍵盤が消え、キャスターは鷹取のことをじっと見つめる。
「………まぁいい。それもまた譜面に組み込めばいい。」
呆れたようにふぅ、とため息をつく。
「……なぁんだ。興醒めだなぁ。」
斧を構えていた少年バーサーカーは、斧から手を離す。
「…やーめた。」
同じように魔杖から手を離した少女バーサーカーはパチン、と指を鳴らす。
すると、辺りの風景は元の路地裏に戻る。
「正直キャスターさんと私達、あまりにも相性が悪いと思うの。
だからここはむしろ止めてくれて正解だったわ。」
くすっ、と少女が笑い、鷹取の方を見る。
「優しいマスターさんで助かったよ。」
頭の後ろで手を組む少年バーサーカーとその陰に隠れた蒼の姿が鷹取の目に入る。
「…君達は、ずっとここにいるのか?」
そしてやっと気になっていたことを彼らに聞く。
「……ぼくはもうながいことここにいるよ。
…どれくらいたったんだろう。きがついたらもうここにいたんだ。」
当たり前かのように笑う蒼。
その姿を見た鷹取は胸打たれる。
「こんなにも幼い子が………こんな場所で、長いこと………。」
恐らく物心着く前に親に捨てられたのだろう。
どれほどこの無垢な少年は今まで苦労してきたのか。
そう考えた鷹取が次の言葉を発するのは必然だった。
「蒼君。今のこの状況で悪いおじさんおばさんが来たら危ない。良かったら、おじさんの家に来ないか?」
優しく微笑みかけ、目の前の少年に語りかける。
「…やれやれ、吾輩のマエストロは余程甘ちゃんのようだ。」
キャスターは呆れたように溜息をつくも、その行動までは否定しないのであった。