〜P.M. 16時 阿倍野区・帝塚山 久我邸〜
夕焼けが差し込むリビング。
遼とセイバー、そして学校から帰った朱音、ランサーが席に着く。
「はぁ!?アサシンと接敵したぁ!?」
驚愕したのか、朱音がバン、と机を叩く。
当然だろう。帰ってきてそうそう遼とセイバーからその報告を受けたのだから。
「アサシンのマスターは挨拶程度、とは言っていたけど、アサシンの方は隙を見て殺そうとしてきたね。
さすがに真正面からやり合えば私が勝つだろうけど、ただ気を抜いたらどうなるか分からない。」
落ち着いた様子で紅茶とスコーンを嗜むセイバー。
遅めのアフタヌーンティーといったところだろうか。襲撃があったというのに、どこか穏やかで美しかった。
「セイバーがついてたのに近くに来るのを許してしまったの!?
セイバーってほら、直感スキルがあるんでしょ!?私とランサーの接近に気がついた時みたいに気がつけたんじゃないの!?」
その事を聞いたセイバーは少し罰が悪そうな表情になる。
「……ぅ、その事についてだが……。
……すこし、グルメとアクティビティに夢中になりすぎて……遼から目を離してしまった………。」
彼女は汗を垂らし、少し頬を赤らめて人差し指でその頬を掻く。
「っうははははははははっ!!
マスターを守る剣が?現代をエンジョイしすぎて?
任務、スッポ抜けてんじゃねぇか!傑作だぜ、マジで!!」
ランサーはゲラゲラと笑いながら腹を抱え、大笑いをする。
「……むぅ。」
ぷくぅ、とセイバーは頬を膨らませる。
なにか言い返したいのだろうが、ご最もすぎて何も言い返せないのである。
「……ランサー、控えて。」
朱音はそんなランサーを睨みつける。
「わーったよ。
あー、面白かった。」
そうして青白い光を身体中から発すると、空間の中に溶けていく。
「それで、何か分かったことは?」
真剣な表情に戻った朱音は、遼とセイバーに再び向きやり、問いかける。
「ええと、マスターは確か…
榊原 晶って名乗ってたな。」
「榊原 晶……。
魔術師専門の情報ブローカーだったはず。
確か認識阻害の魔術の使い手だったはずよ。
…なるほど、それで白峰君を誘導したのね。」
朱音は納得したかのように頷く。
「それと、アサシンの方だけど。」
続いてセイバーが口を開く。
「全身黒タイツで、顔面に骸骨の面が張り付いていたね。
使う武器は黒い短刀。
…何かわかる?」
「…なるほど、だったら冬木で起こった聖杯戦争と同じ系統のアサシンだと思うわ。
特徴が当てはまる。
ハサン・サッバーハ。暗殺教団の長とされている歴代の誰かだと思うわ。」
「初めて聞いた…。」
遼は感心したように言葉を漏らす。
「ちゃんと予習はするタイプなのよ。
…あぁそれと、私からも情報共有だけど。」
そう言いながら、朱音は手元のタブレットを操作する。
画面には、鷹取と、見知らぬ少年が手を繋いで歩く姿が映し出されていた。
「15時30分。
梅田の北新地でキャスターとバーサーカーの二騎が激突した。
途中から急に姿が見えなくなったのだけれど、戦闘後の会話から割り出したわ。
…キャスターのマスターはご存知、桜苑学園音楽教師・鷹取 紘一。」
朱音が鷹取を指さす。
「先生、全部わかってて……」
「さあね。
でもどちらにせよ、引き続き警戒は必要よ。
あと手を繋いでる男の子はバーサーカーのマスター。」
「こんな小さな子が…。」
それを見たセイバーと遼は顔を顰める。
「……変な慈悲は捨てた方がいいわよ。
じゃないと、こうなるから。」
朱音は再び鷹取のことを指を指し、続ける。
「さて、あとはライダー陣営の情報だけど、何も入ってない。
徹底的に情報統制がされているわ。
使い魔も全て撃ち落とされている。
おそらく御堂を抜いて最も今回の聖杯戦争で厄介な存在よ。」
「……情報、もしかしたら……。」
情報、と聞いて遼はぴくり、と眉を動かす。
「言っとくけれど、榊原 晶を頼るとか言い出したらぶん殴るわよ。
何を話したかなんて知ったこっちゃないし聞くつもりもないけど、あくまで敵なんだから。」
それを聞いた遼は口を固く閉ざす。
「…あんたねぇ……。」
呆れたように朱音が溜息を付くと__
コンコン。
丁寧な音で玄関の方から扉をノックする音が聞こえる。
「…結界に不自然なところはなし。」
再びタブレットに視線を落とす朱音。
『おう、朱音。
修道服の尼さんが尋ねてきてるぜ。』
ランサーから飛んでくる念話。
二重の確認を済ませた彼女は玄関へと向かう。
朱音が扉を開けると、そこには修道服をまとった女性が立っていた。
「ごきげんよう。突然の訪問をお許しください。私、今回の聖杯戦争における監督役を務めております、聖堂教会から派遣されました、
整った物腰に、遼も思わず身を正す。彼女は柔らかく微笑みながら部屋へと歩を進めた。敵意も威圧もなく、それでいて隠せない只者ではない気配が彼女からは漂っていた。
「どうやら、すでに初戦の火蓋は切って落とされたようですね。お二人とも、ご無事で何よりです」
伊庭の言葉に、朱音と遼はわずかに視線を交わした。遼が答える。
「……監督役……?」
遼は不思議そうに首を傾げる。
それに対し、伊庭はふわっ、と微笑む。
「監督役……聖杯戦争を監視するものです。
よって、私は中立の立場に徹します。どの陣営にも肩入れはしませんし、干渉も最小限に留めます。争いの仲裁や制裁は、ルール違反が明確な場合のみ。皆さんの戦いを正しく記録し、終わりまで見届ける――それが私の役目です」
「それで、その監督役さんがなんの御用で?」
朱音はじっ、と伊庭を見る。
「はい。あくまで顔見せとご挨拶を兼ねて。いずれこの地に関わる全ての陣営に対し、公平に接触するつもりです。ただ……」
言葉を区切った伊庭は、室内を見渡しながら声の調子をわずかに変えた。
「できる限り、民間人や街の被害は少なくお願い致しますね。
ですが、今後は、想像以上の事態も起こるでしょう。ご覚悟を」
そう告げる彼女の笑顔は、どこか哀しみすら帯びていた。
「えーと、伊庭さん、だっけ。
ひとつ聞いていい?」
今度は遼が口を開く。伊庭が促すように頷くと、遼はわずかに表情を引き締めた。
「もし僕たちが、他の陣営に襲われて――理不尽にやられたとしても。あなたは見てるだけなんですか?」
少しの沈黙。やがて伊庭は、穏やかで、しかしどこか突き放すような声で答えた。
「はい。それが”ルール”である限りは」
遼の眉がわずかに動く。だがその隣で朱音が一歩踏み出し、伊庭と向き合った。
「……理解しました。ですが、覚えておいてください。私たちがあなたを頼る時は、きっと“最悪の事態”です。そのときは、見ているだけでは済まない覚悟も――必要になるかもしれませんよ?」
伊庭はわずかに目を細めると、立ち上がった。
「そのときが来れば――
私もまた、覚悟を持って対処いたします。……それでは、今日はこの辺で」
修道服が翻ると同時に、扉が静かに閉じられる。
しばらく沈黙が続いた。
「……やっぱり、変な世界に巻き込まれたな」
遼が苦笑まじりに呟くと、朱音もまた静かに肩をすくめた。
「いまさら、でしょ?」
「まぁ、ここまで色んなことに巻き込まれたら、な…。」
そんな話をしながら、朱音がソファに腰を下ろす。その表情は先ほどまでの緊張を引きずるように、その表情にはまだ険しさが残っている。
「……あの修道女、見た目に反してただ者じゃないわね。気配の制御、完全だった」
「…確かに。無駄な動きが一切なかったかも。」
遼が苦笑しながら呟くと、唐突にセイバーが口を開く。
「アカネ、今日はどう動くんだ?」
その言葉を聞くと、再びタブレットを手に取り、地図を睨みつける。
「今夜はもう動かない方がいいわ。こちらの陣容も読まれている可能性があるけど、ここは鉄壁の城だわ。無理にこちらから攻める必要は無い。」
「……でも敵はいつ殺しにくるか分からない。」
遼の言葉に、セイバーも朱音も頷く。
「その時はその時。
そうなったら次はこちらが迎え撃つ番よ。」
朱音の声には、冷たい火のような強さがあった。
遼は――この流れが、もはや誰にも止められないのだと改めて実感していた。
〜A.M .2時 豊中市・千里 御堂邸〜
深夜の千里。
重く冷たい夜気の中、御堂邸の上空に、光も音もない“死”が忍び寄る。
それは翼を広げたまま沈黙を守る、魔術と霊気の融合体――日の丸を掲げた艦載霊機。
御堂の大結界を持ってしてもその存在を察知できなかった。
「……こんばんは。挨拶に伺わせてもらったわ。」
長く、美しい赤髪が月光輝く夜空に靡く。
なんとその機上に彼女_
「…銃撃開始。」
遠く離れた大阪湾。
戦艦の上で大海原を見つめる後ろで手を組んだ白い軍服の男がそう口にしたと同時…。
__御堂邸に鉛の雨が降り注ぐ。
英霊の武器だ。ただでさえ強力なのにも関わらず、天音の魔術により強化され、正確に、より強力な威力で容赦なく御堂の家屋を壊していく。
もちろん他の民家に、被害はない。
「……何事だ。」
その事に動じずに御堂はアーチャーと共に広い中庭に出て空を眺める。
そしてその前に楽しげな笑みを浮かべながら機上から飛び降り、2人の前に天音が降ってくる。
「こんばんは、御堂さん。
突然だけど殺しに来たわ。」
ずい、と顔を近づける天音。
だが、その体を即座に西洋剣が両断する。
「……何が殺しに来た、だ。
戯けが。」
御堂は地面に崩れた天音だったものを眺める。
……しかし、違和感。
頭上の艦載霊機が、消えないのだ。
「…あまりにも呆気なさすぎる。」
アーチャーもその最期に引っかかり、警戒を強める。
すると、地面に伏した天音の体が不気味に動き始める。
「…なんと……。」
それを見た御堂は驚嘆する。
青い光が彼女の全身に広がる。裂けた皮膚が滑らかに繋がり、断たれた肉が蠢いて再構築されていく。骨の軋む音すら、どこか心地よく響くほどだった。
――再び、赤髪の魔女が笑った。
「んもう、乱暴な人。」
完全に復活した彼女は、口元に手を当て、クスクスと笑い始める。
「名乗る前に殺すなんて、酷いわ。」
彼女はそう言いながら怯えた素振りを見せる。
だが、その表情から余裕は消えない。
「私は
……でも、気軽に“天音ちゃん”って呼んでいいのよ? お・じ・さ・ま。」
「……“冠位”の名を持つ魔術師が、なぜここに……?」
御堂の口調に、はじめて明確な動揺が混じる。
次の瞬間、強烈な衝撃が腹部に走る。
「バン♡」
左手で銃の形をした指から青色の球体が超高速で飛び出し、御堂の腹をそれが捉えたのだ。
結界は破られ、殺意は嘲笑され、攻撃は無意味だった。
誇り高き御堂家が、音を立てて崩れていく。――これが、
理の外に立つ怪物に、御堂継宗ははじめて「負け」を予感した。
…ここに、常識を超えた規格外の戦闘が、冷酷に始まろうとしていた。