自分を成り代わりサンジだと思い込んでいた一般転生者   作:好きなサンジ発表ドラゴン

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「瞹」

あいまい。ぼんやりしていて、はっきりしていないこと。
かげる、くらい、ほのかな暖かさ、おぼつかない愛などの意。





【第1話】兄弟瞹

 

 

 

 

 ────あぁ、自分を殺しに来たんだな。

 

 

 

 それが、その存在を初めて目にしたサンジが、真っ先に至った思考だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サンジを生まれなかった事にしたい』

 

 

 自分をこの牢に押し込めた兵士伝手に聞いた、出来損ないの息子に対する父の言葉。

 絶望に打ちひしがれ、ただ咽び泣くしかない毎日。

 食事だけは王族らしく豪勢だったが、それ以外の全てにおいて、サンジは大罪人のように扱われた。

 

 

 

 そうして、かび臭い地下牢での生活が4ヶ月程過ぎた頃のある日。

 

 

 

 

 

 

 突然、食事の質が明らかに落ちた。

 

 

 

 

 

 食材からして高級品ばかりで作られていたはずのそれが急に、厨房の料理人たちが賄いで口にするかどうかの質素なものに変わったとあって、当時サンジは酷く狼狽えた。

 

 細切れの安い肉や古くなりかけた野菜ばかりが具材のスープに、硬いパンと水。

 

 決して王族に出すべき料理ではないものを前に、サンジが配膳係の兵士に問い詰めれば、兵士は、ただこう答えた。

 

『……()()()()()()()()()()、だそうです』

 

 その時のサンジは、その言葉の意味する事を正確に推し量れなかったが、少なくとも……元より価値の無い自分が、より無価値になったのだという事だけは強く実感していた。

 

 

 

 

 兵士に持ってこさせた料理本を参考にして、与えられた食事に自分なりに手を加える、たったそれだけの、料理の真似事でしかない、ままごと。

 

 それでもサンジにとっては、小さな地獄の中で得られていた唯一の希望であり、夢を忘れないための光だった。

 

 

 

 

 それからのサンジができた事は、もう手を加えようもない粗末なスープに浸した硬いパンを、何のためにあるのかわからないフォークとナイフで、少しずつ切ってみる事。

 

 

 それだけになった。

 

 

 

 

 

 

 

 投獄されてから6ヶ月も経った頃、兄弟達に見つかった。

 

 ある意味で安全だった檻は、これ見よがしに兄の掌で弄ばれる鍵で簡単に開けられた。

 3人に執拗な暴行を受ける中、サンジは奇妙な事を聞いた。

 

「あいつは見た目はこいつとそっくりだけど、それ以外はみんなあいつの方が上だな!」

「見た目以外は何にも似てねぇ! こいつよりずっと強いしずっと完璧だ!」

「どうして父上はわざわざこいつを生かしてるんだろう? もうあいつがいるのに!」

 

 抵抗できないサンジを痛めつけながら、他愛のない日常の会話でもするような兄弟達のその言葉で、幼いサンジにも合点がいった。

 

 

 どうやってかは知らない。しかし先の食事の件もあり、頭に浮かんだその推測を否定できるのもは何も無かった。

 確信するしかなかった。

 

 

 

 

 

 お父さんは、自分の代わりを手に入れた。

 

 

 

 

 

 最早痛みに悲鳴を上げる余裕すら失われたサンジは、黙々と、兄弟達が飽きるのを待ち、ただ耐えた。

 彼らが去った後に様子を見に来たレイジュに手当てをされても、何かを話すどころか、彼女に目を向ける気にすらならなかった。

 

 

 

 

 何も無い日々が過ぎていった。

 痛みに耐え、涙を流し続けるだけの日々が。 

 

(…………いつまで生きなきゃいけないのかな)

 

 ()()であれば、絶望の中にあっても尚、夢を見る事を諦めずにいられたサンジだったが、唯一夢に繋がるなけなしの時間さえ奪われ、“代わり”を得た事で心底必要なくなったはずの自分がまだ生かされている事は、ひたすらに苦痛でしかなかった。

 

 希望など、とうに捨て去っていた。

 

 

 

 

 

 だから、それが自分の前に現れた時、サンジはどこかホッとしていた。

 

 

 噂に違わぬ瓜二つのその顔は、随分前に見たきりの鏡に映る自分が、そのまま鏡の外に出て来たかのようだった。

 同じ金色の髪。同じ丸い目。同じ鼻と口。同じ背格好。

 唯一、他の兄弟達と違った特徴的な眉毛が、自分のものとは反対方向に渦をまいてた。

 

 

 他の兄弟達と同じように。

 

 

 

 

 『完璧』

 

 

 その言葉が浮かんだ。

 

 

 

 

 完璧な自分が、ゆっくりと牢に近づいてくる。

 失敗作の自分を、完璧なサンジが終わらせに来る。

 この期に及んでまだ溢れてくる涙を、拭う気はなかった。

 どうせ死ぬなら、無駄な事をしたくない。

 

 

 代わりに、この優秀な新しい自分に、最期に何か言うべきか、少し考えて。

 

 

 

「………………ごめ……んな、さい…………」

 

 

 

 何故か、謝罪の言葉が出た。

 何に、誰へ対する謝罪なのか、何もわからなかった。

 

 

 

 

 ただ────何かに許されたかった。

 

 

 

 

 

 

 

「違うッッッ!!!!」

 

 

 

 

 絶叫のような大声が響いて、サンジの体は本能的に恐怖で竦んだ。

 

 何かを否定された事だけを瞬時に理解し、相手の望む答えではなくて不快にさせたのかと考えたサンジは、とっさに再び謝ろうと、牢の外の自分を間近で見た。

 

 

 

 

 今にも泣き出しそうに歪められたその顔は、自分のそれによく似ていた。

 

 

 

 

 

 ────どうして……?

 

 

 

 

 

 

 目の前にいるのは、完璧な兵士としてのサンジだ。自分の代わりである、余計な感情を持たない完璧な兵士であるはずの存在。

 

 

 それがどうして、こんな、自分のような顔をするのか。

 

 

 そして何よりも、一体何に対して、そんな顔を。

 

 

 

 

 

「……よく聞け……サンジ……!」

 

 自分と同じ声が、自分の名を呼び語りかけてくる。

 

「……お前はっ、何も……なんにもッ、悪くない……!!」

 

 告げられる言葉の意味を、サンジは理解できなかった。

 

 

 

 悪くない。

 

 誰が?

 

 “お前”と言った。

 

 つまり、自分。

 

 

「お前が、謝る事なんて……!! 謝らなきゃいけない事なんて……!! 何一つ無いッ……!!!」

 

 体を震わせ何度も声を詰まらせながら告げられるその言葉が、ここにいる自分を肯定しているのだと理解するには時間がかかった。

 

 サンジ自身の時の流れが、突然の事態に混乱し鈍くなっていた。世界から音が消えて、鏡写しの自分の声だけが耳を通し、頭に響く。

 

 

 この城の中で、自分を認めるような事を言う人間はいなかった。

 

 

 父も、姉も、兄弟も。兵士も召使も、誰も。

 

 

 

 ────そんな事を言う人間なんて、あの人以外には、一人も。

 

 

 

 

「…………『約束』するッ……」

 

「いつかお前を、ここから出すッ……!」

 

 

 それはサンジが、あれから一度も言葉にしていなければ、望むことさえしなくなっていた事だった。

 

 

 この牢獄の外へ……或いはもっと。

 

 

 もっと、外へ。

 

 

 

 

「絶対だ……絶対にお前を……! ここから、出してやるからッ……」

 

 

「俺が……必ず……っ……サンジを……!! 『自由』にするッ……!!!」

 

 

 真っ直ぐにサンジを見つめてくるその目には、明らかに涙が滲んていた。

 けれど決して、それが頬を伝う事は無かった。滲む涙は、ただ滲んだまま、留まり続けている。

 

 いつの間にかその綺麗な手が、サンジのボロボロの手を握りしめていた。格子を超えて包み込んで来たその温かさを感じた瞬間、堪え続けて出し方も忘れていた嗚咽が決壊した。

 

 

 

 

 

 どうして、この完璧なサンジは、失敗作の自分の事などを気に掛けるのか。

 どうして、そんなにも辛そうなのか。

 

 

 

 何もかもが、この時のサンジには解らなかったが、それでも良かった。

 

 

 

 

 

 消えかけた未来への火種に風をくれたのは

 

 間違いなく、この出会いだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────なのに

 

 

 

 

「…………なァ」

 

 

 

 気づけばサンジは、二人のよく似た少年を、牢の外から眺めていた。

 

 

 

 あの日のやり取りを見ている自分の身長は、かつてとは比較にならないほど成長している。

 

 

 

 

「…………おれは、お前に感謝してるんだよ」

 

 

 喉から出てくる声は、()曰く“まだ可愛かった頃”から変声期を過ぎ、大人の男の低音へと変わっている。

 

 

「……本当に嬉しかったんだ。おれの事……見てくれるヤツが、ここにいるんだ、ってよ」

 

 

 手を取り合う過去の自分たちの向こうで、同じように成長した自分の片割れが、こちらに背を向けて立っていた。

 

 

 

 

「……なのに…………なんでだよ」

 

 

 呟くような問いかけに気づいたのか、たった一人の本当の兄弟は、静かに振り向いた。

 

 

 

 

「…………どうしたらいいんだよ……?」

 

 

 こちらを見やる彼は、困ったように微笑みながら、その瞳を滲ませていた。

 

 

 

 

 

 

「…………どうしたらお前は…………()()()()()()んだ……?

 

 

 

 

 その頬は、濡れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ────サンジ。

 

 

 

 

 呼びかけるその声は、どこまでも穏やかだった。

 

 

 

 

 ────ごめんな。

 

 

 

「…………やめろよ……」

 

 

 

 ────元気でな。

 

 

 

「……なんでだよ……!!」

 

 

 

 

 

 

 サンジの問いかけに答えないまま、彼は再びその背を向ける。

 

 

 

「なァ……!! もういいだろう!?」

 

 

 

 地下牢の奥へとその背が遠ざかる。サンジがそれを必死に追いかけても、走っているはずの自分と、ただ歩いている彼との距離が縮まらない。

 

 

 

「いつまで気にしてんだよッ!!」

 

 

 

 ────ごめん。ごめんな。

 

 

 

 静かな声色で繰り返されるそれは、サンジの心を容易く引き裂く。

 

 

「謝るなよ!! 『謝る必要なんて無い』って……お前が言ったんだろうが!!?」

 

 

 離れていく。彼の背が。輪郭が。遠く、遠く……地下の奥の、闇へ向かって。

 

 

 

 ────ごめんなさい。

 

 

 

「……やめろよ……!! もう、やめてくれェ……!!」

 

 

 いつの間にか泥に変わっていた地面に足をとられて転んだ。

 最早追いつく事が叶わない程に離れてしまった彼が、一度だけ、闇の向こうで立ち止まった。

 

 

 

 背を向けたままの彼から、“その言葉”が放たれる。

 

 

 

 動けなくなったサンジはただその場に蹲り、それを聞かないために、ただ両耳を塞ぐ事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

     生まれてきて、ごめん。

 

 

 

 

 

 

 

 塞いでいるはずの両手をすり抜けて聞こえた呪いは、当たり前のように穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 ────サンジ。

 

 

 

 ────サンジ。

 

 

 

 ────サンジ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンジ!!」

 

 

「────ッ!!」

 

 

 

 

 聞き慣れたその()()()で、サンジは飛び起きた。

 

 額を流れ落ちた汗が、よれたシャツを濡らした。

 

「……大丈夫か? ……うなされてたぞ」

 

 夢の中では闇に消えていった兄弟が、心配そうにこちらの顔を覗き込む。普段から穏やかな目つきのそれは、不安そうにサンジを見ていた。

 

(……誰のせいだと思ってんだ)

 

 

 

 そんな悪態が頭をよぎったが、決して口にはしない。

 

 

 きっとずっと、お互い様だから。

 

 

 

 

「……オカマの群れに襲われる夢を見たんだよ。もう少しでとっ捕まるとこだった……あぁ夢で良かった……!!」

 

 本当にそういう類の悪夢であればもっと派手に苦しんでいただろうが、幸いサンジはまだそんな夢を見た事はない。

 適当な嘘ではあるが、違いなんて分からないだろうと、そう考えた。

 

「──ハハハ! なんだそりゃあ! 確かに酷い夢だなぁ」

 

 バカみたいな(うそ)の内容に、弟はくつくつと笑う。自分と違い、長く伸ばされ後ろで纏められた金色のポニーテールが、サンジの視界で揺れる。

 

 笑い出す一瞬前に、言いたい何かを飲み込んだように見えたのは、気のせいではないのだろう。

 

 本当はどんな夢だったのかを、弟が気づいている事に、サンジもまた気づいていた。どうあってもこの弟は、自分の事は何でも解ってしまうらしい。

 そして理解した上で、サンジから望まない限り、弟は決して踏み込んでこない。嘘をついたサンジの事を気遣って、嘘に気づかないフリをする。

 

 

 だからサンジも、弟が気づいている事に、気づかないフリをするのだ。

 

 

「さて、起きたんなら顔洗ってこいよ。オーナーがさっさと仕事しろとさ」

「わかってるって。あークソッ……汗がびっしょりだ! なァ、洗濯してあるシャツってまだあるよな?」

「あぁ、そっちの引き出しに……っていうか、シャワー浴びてきたら? ちょっとの間なら俺が穴埋めるぞ?」

「いらんいらん。お前じゃアレの仕込みできねェだろ」

 

 

 

 本当は寂しかった。

 

 

 嘘をつきたいわけではないし、気づいていないフリをされる事も、別に、そこまで望んでいない。

 

 

「いいからさっさと浴びてこいって! 汗臭い体で女性客に引かれたくないだろ? 仕込みは無理でも他の雑用は全部できるし、ちゃっちゃっと済ませて戻ってこい」

「いや、おい……」

「ほれ着替えだ。……ぼさっとすんな! 駆け足ー!」

「だあーー!! わーかった! わかったって! ……ったく相変わらず弟の癖に生意気な……」

「聞こえてんよ」

「聞こえるように言ってんだよ~~~!!」

 

 

 

 

 ……けれど。

 

 そこで自分が、弱さを見せたら。

 子供のようにわがままを言って、本音を吐露してしまったら。

 

 

 それはきっと……互いを傷つける。

 

 

「────なァ、()()()

「ん?」

 

 

 

「………………本当に任せて大丈夫なんだろうな? 勝手に適当な味付けなんかしやがったらオロすぞマジで!」

「しねーわアホ! いたずら盛りの頃のお前じゃあるまいに、俺を何だと思ってんだ……」

「…………口うるせェ母親?」

「はよ行け!!」

 

 

 

 もしもそうなったら……

 

 

 地獄から連れ出されたあの日から、ずっと一緒にいるこいつは。

 

 

 つまらない軽口を叩いてくれる、この弟は。

 

 

 

 

 

 

 

 取り返しがつかない程に遠いどこかへ行ったまま、一人で消えてしまうような、そんな気がするから。

 

 

 

 

 

 

 サンジはずっと、本音を言えないままでいた。

 

 

 

 

 

 どこにも向けられない想いを押し隠して、サンジはシャワールームに入った。

 離れているはずの厨房から、クソジジイと従業員達のギャンギャンとやかましい声に、調理を進める器具の音が聞こえてくる。

 

 

 深い溜息をつきつつ水栓レバーを回せば、賑やかな厨房の喧騒は、流れる水音にかき消されていった。

 

 冷たい水を頭から被りながら、サンジは視線を上げる。

 

 

 

 

 鏡に映る姿は、呆れるほど弟に似ていて

 

 

 

 

 

 

 

 呆れるほど、弟より弱く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厨房に戻って来た俺に、仕込み中のオーナーが声をかけてくる。

 

「サンジはどうした」

 

 手を止めることなくそう尋ねてくる、このレストランのオーナー、ゼフ。

 老いた体に加え、片足というハンデがある事をまるで感じさせない手捌きとその凄みは、歴戦の海賊船長だったかつての姿を今でも彷彿させる。

 こちらを見てもいないのにサンジではないと判断できるのは、偉大なる海(グランドライン)から生還するまでに培われた、勘の鋭さ故だろうか。

 

「先にシャワー浴びてくるように俺が言ったんです。汗まみれだったもんですから」

「……お前はとことんあいつに甘いな」

「あはは……甘やかしてるつもりじゃないんですがね……すみません」

「あいつに寝坊した分稼ぎから減らすと伝えとけ」

「……俺のは減らさないんですか?」

()()()()()()()()()お前への罰だ」

「……なるほど」

 

 ……本当に、この人も俺の事をよく見ている。

 

 

 この不器用な料理長は何かにつけて、俺とサンジが()をするように促してくる。

 なんだかんだ、俺達の様子を一番長く、一番傍で見続けてきたのは、この人を置いて他にいない。

 俺がサンジと、その関係についての話しをする事を避けたがっている事を、そしてそれが確かに『罰』になる事を、この人は理解している。

 その上で言っているのだ。

 

 

 『もっとちゃんと話せ』と。

 

 

 ……それが出来れば苦労は無いんだがな……

 

 

「……伝えておきますけど、どっちみちサンジの方からオーナーと話したがると思いますよ? 多分」

「ハッ! チビナスが文句を言ってきたところで蹴り返すだけだ!」

「……喧嘩しないって選択肢はないんだなぁ」

「てめェもとっとと仕事にかかれ」

「あいあい、オーナー。今足りてないのは?」

「皮剥き」

「了解」

 

 軽口もそこそこに、俺はサンジが選んだ空色のネクタイを締め直した。

 

 山ほど積まれた野菜と果物の前に立てば、騒がしい厨房の作業音にも負けない大きな声がすぐ隣から響く。

 

「おいルナト遅ェぞ! お前が来ねェ内にこっちに使う野菜が尽きそうだ!」

「デザート用のリンゴもだぜ!」

 

 それぞれの作業をしていた従業員のパティとカルネが、その厳つい顔を俺に向ける。一流レストランの料理人というより海賊とかヤのつく人のような人相をしてるが、仕事にはきっちりプロの姿勢を見せる二人だ。

 

「はいはい、お待たせしまたよっと。ここのやつ全部だな?」

 

 言いながら俺は片手に包丁を、もう片方にジャガイモを持ち作業を始める。

 

 包丁の刃を添えたジャガイモを、素早く掌の上で転がし続け、凹凸に合わせて刃の位置を変える。

 それだけの単純な動作を繰り返し、ひとつめの皮無し芋が出来上がる。同じことを続けてふたつ、みっつ、よっつ、いつつ……次から次へと皮を剥き、裸にされた野菜をそれぞれボウルに放り込み、必要な分だけパティとカルネに渡していく。

 

「…………やっぱいつ見ても凄ェな。速すぎだろ」

「しかも正確だしな。見ろよ、削りすぎてるわけでもねェのにツルツルだぜ……」

 

 賞賛半分、呆れ半分というような神妙な顔で二人が言う。

 ……そうは言ってもただの皮剥きだろうに。大した事してないだろ。

 

「大した事あるに決まってんだろこのイカ野郎!?!」

「この量をその正確さ維持して数分で終わらせられるヤツがそうそういてたまるか!!」

「……何も言ってないじゃん」

「顔が言ってんだよ『大した事してないだろ』てな!!」

「こっわ……なんで分かるんだよ」

 

 今更なやりとりをしつつも、手は止めずひたすら皮剥きに勤しむ。

 

 俺からすれば、皆の料理の最終的な味に影響することでもないし、特に頑張って身につけたわけでもないので、あまり持ち上げられても困る、というのが本音で。

 むしろ凄いのは皆の料理の技法であり、そしてそれ以上にサンジは凄いんだからあいつをもっと褒めてやってくれよと。

 いっつも喧嘩ばっかしよってからにお前ら。もっと仲良くしろ。今よりもっと仲良くなれ。

 

「……なァ、お前、他にはやらねェのかよ」

 

 徐に、皮を剥いたニンジンを受け取りながら、パティがそんな事を聞いてきた。

 

 

 返事をしないまま皮を剥き続ける。正確に、素早く。

 

 

 完璧であれと生み出されたから、だろうか。

 俺の手先は、大体どんな事でも、人よりもそつなく器用にできた。

 そういえば昔、皮剥きをする俺の姿を見た誰かが、まるで機械のようだと評していたっけ。

 

「…………『他』って?」

 

 何を言おうとしているのか、分かってはいた。

 それでもあえて、突き放すつもりも込めて俺が意地悪く聞き返せば、パティは怯むことなくはっきりと答える。

 

「決まってんだろ! 料理をだよ!」

「!! おい、パティ……!」

「だってよォ……! ルナトがセンスあるのはもう皆分かってんだろ!? こいつだって鍛えりゃあ、サンジの野郎にも負けないくらい……!」

「俺は料理はしない」

「……!!」

 

 

 同じ事を何度も、いろんな人に言われた。

 他の従業員やオーナーにも、時には店に来たお客まで。

 そして……サンジにも。

 

 

 その度に俺は、こうして冷たく言い放つ。

 

 

「……知ってるだろ。俺はこういう単純な作業の方が好きなんだよ」

 

 

 嘘だ。

 

 

 別に単純作業が嫌いなわけではないんだが、特別好きというわけでもない。

 

 鍛えれば良い料理人になる?

 彼らほど実力がある者が言うなら、そうなのかもしれない。

 

 

 でも、駄目だ。

 

 

「……別に良いだろ? 人には向き不向きもあれば、好みもあるんだ。向いてるからって好きなるとも限らんわけだよ」

 

 

 だってそれは、サンジの役目じゃないか。

 

 

「……やってみてもねェのにそんな事……!」

「ほい、最後の一個おーわり! 開店まであんま時間無いし、ちょっと店内が汚れてないか確認してくるよ」

「あっ、オイ!」

 

 俺は無理矢理会話を終わらせ、引き止めようとする声を無視して厨房から出ていく。

 

 

 悪いとは思っている。こんな場所にいるのに、料理をしたくないだなんて、意味がわからないだろう。

 

 

 

 

 だけどどうしても、料理だけは、絶対に、上手くなりたくない。

 

 

 

 俺はもう、()()()()()()()()を……

 

 

 

 

 

 サンジがサンジで居られる理由(本物のアイデンティティ)を、これ以上奪いたくないから。

 

 

 

 

 俺に、厨房は似合わない。

 

 

 それでいいんだ。

 

 

 

 似合っちゃあいけない。

 

 

 

 

 

 

「……開店はまだ2時間後だろイカ野郎め……」

「お前なァ……! あいつが何か気にしてんの分かってんだろ!」

「……だったらあいつも何を気にしてんのかくらい教えてくれたって良いだろォがよ……!!」

「それは! ……そうだけどよ……」

 

 

 

 

 本当なら、ジェルマからサンジを連れ出し、あの客船に乗った、あの日の時点で、すぐにサンジの前から消えようと思っていた。

 

 だけど……本物のあいつは、偽物の俺から離れることを拒んだ。

 共にいてくれと、泣いて縋られてしまった。

 俺は……それを断れなかったのだ。

 

 

『ならせめて、本当の恩人と出会うまで』

 

 そう思って、気づけばバラティエが出来るまで一緒にいた。

 

『なら、店が軌道に乗るまで』

 

 従業員が増え、繁盛してもここにいた。

 

『サンジが10歳になったら。11、12……13になったら……』

 

 今はもう成人間近だ。

 

 

 

 ずるずる、ずるずると……様々な理由をつけては、俺はサンジから離れられず、つけるべきケジメを先送りにしてきた。

 

 

 

 

 だけどもうすぐ、サンジは自由になれる。

 

 

 サンジは既に、19歳になった。

 

 

 あの麦わら帽子の、自由の体現者が、サンジを迎えに来てくれる。

 

 

 

 それは、俺も持っているものじゃない、サンジだけのものを沢山増やしてくれる。

 

 

 

 サンジだけの仲間を。

 

 サンジだけの冒険を。

 

 サンジだけの出会いを。

 

 

 未来の海賊王とその仲間たちが、サンジだけの夢の道へ、連れ出してくれる。

 

 そうすれば、あいつはやっと、本当の意味で自由になれる。

 

 

 

 俺は、いつか来るその日を、まるで自分の誕生日のように待ち続けていた。

 

 

 この10年間、ずっと。楽しみに待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と言う存在から、サンジが解放される、その日を。

 

 

 

 

 

 

 





クローン君の名前はルナトとなりました。

Q.なんでルナト?
A.まだ秘密です。サンジの名前の元案である某忍者みたいな名前を崩したわけではないです。全く関係ないのかって? ドウデショウネ…

Q.ルナトの高い声はどういう声?
A.某国家錬金術師の兄の方みたいなまんま少年声をイメージしてます。

Q.なんでサンジとそんなに声違うの?
A.ルナトがサンジと違うもの、サンジだけのものを一つでも多く残すことを死ぬほど願ってたからです。
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