自分を成り代わりサンジだと思い込んでいた一般転生者   作:好きなサンジ発表ドラゴン

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前回から大変お待たせしてすみません。体調崩して中々戻せずにいました。
その反動なのかいつもよりちょっと長くなってます。


ところで気づいている人がいるか分からないけど、黙ってると誤字だと思われちゃいそうなのでちょっと情報解禁。

ワンピースにおける一人称、主に男性のそれに使われるのは「おれ」とひらがな表記で統一されていますが、今作主人公ルナトの一人称は、モノローグも含め基本的には「俺」と漢字表記にしています。どうしてかって?
……それはそうと原作者のおだっち曰く「『おれ』という文字にこそ信念を感じる」
だそうです!

原作キャラも俺表記になってることがあったら? それは普通に誤字です。


【第3話】落ちる月

 

 

 

 

 剣撃と蹴り技が交差する。

 

 

 刃と脚が接触し、肉が裂ける音の代わりに、鉄同士がぶつかるような轟音が夜の海上に響く。

 

 焦りに満ちた表情を浮かべつつも、決して諦めが見えない青年のその目に、世界最強の剣士は心を躍らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数年、ミホークは最強たる自身を満足させるような使い手どころか、いずれ大きく成長する事を期待させるような者……言わば、『芯なる強さを内に秘める者』さえ長く見ていない。

 彼が日々この海で目にするのは、弱者から奪うだけの中途半端な力と、口先だけの覚悟しか持たないような、この剣を振るうに値しない俗物ばかり。

 そして性質の悪い事に、そういった半端者ほど自身の力を過信し、相手との力量差も理解できない輩が多い事を、ミホークは嫌というほど知っていた。

 

 その日ミホークの昼寝を邪魔したのは、数と武器の力に物を言わせる以外に何もない、半端者の極みのような木っ端海賊団だった。

 退屈を紛らわすための昼寝を、退屈の原因の最たる例に邪魔されたことで、普段は弱者をいたぶる趣味など無い最強の剣士も流石に腹を立てた。

 圧倒的力量差で蹂躙し続け、艦隊の殆どを沈めてもなお、ミホークの退屈へのいら立ちは収まらなかった。

 

 偉大なる航路を逆走してまで追い回し続けていると、気づけばそこは最弱の海と揶揄される東の海。

 狩り尽くしてしまっては暇を潰せなくなると考えたミホークは、敢えて残りをすぐには追わず、しばし穏やかな海にただ揺られる事を選んだ。

 

 潰した艦隊の残骸が虚しく浮かぶ海を眺めながら、自嘲的な感情を押し流すように酒を煽っていた時、その奇妙な気配を捉えた。

 

 

 まだ若い男が、金色の髪を揺らし、海面を高速で走っていた。

 その肩に担がれたロープの先は、大量の荷物が積まれたボートに繋がれている。

 たとえ車輪をつけた台車を地上で引っ張ったとて、常人にはそうそう出せない速度を維持したまま、当たり前のように海面を生身の足で沈まずに駆けていくその背中に、ヒマつぶしに飢えていたミホークの好奇心が疼いた。

 

(……能力者か?)

 

 可能性として浮かんだのは、なんらかの悪魔の実を食した者であること。

 

 口にすればその実に宿る特性の能力を得た超人になれるが、代償として食べた者は永遠に泳げない身体になる、悪魔の実。

 手っ取り早くある程度の強さを手にできるうえ、鍛えれば隔絶した力を得ることもできる代物である反面、海に生き戦う海賊やそれを取り締まる海兵にとって、海に落ちることが許されないのは決して無視できないデメリットだ。

 

 もし悪魔の実の能力者だったとするなら、海面を走れているのもその力の一端ということで説明できるが、同時に、一度海に沈んだらどうしようもなくなる危険な綱渡りをしている事になる。

 

 

 いずれにせよ、ほんの少し、興味が湧くことに変わりはなかった。

 

 

 青年が緩やかに立ち止まった時も、ボートに移り食事を始めた時も、静かに微笑みながらそれを食べ終える時も、ミホークは遠くから観察していた。

 

 果たして、この青年が何者なのか。

 何より、この剣を振るうに値する者かどうかを、その一挙一投足から見極めようと。

 

 自身もグラスの酒を傾けながら観察を続けていると、青年が何かを見つめるように夜空を見上げているのが分かった。

 その視線に釣られて見上げた先には、淡く輝く大きな光。

 

(月、か)

 

 静かに自分達を照らしているそれから再び青年に視線を戻すと、あちらは彼方の輝きを暫く見つめた後、ゆっくりと瞼を閉じた。

 青い光を受けたその顔は酷く儚げで、確かにそこに居るはずの青年の存在を朧気にしていた。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 どこか脆ささえ漂わせていた、ミホークの望む強さとは相反する気配が、意志を纏ったのを感じた。

 

 そして再び開かれた瞳は、真の強者が必ず持つもの……『確かな芯』を宿していた。

 

 闇に溶けそうな青年の姿に、何故か、先ほど見た満ちかけの月が重なって見えた気がした。

 

 

 

(試してみるか)

 

 直感に従いそう考えた瞬間、ボートから降りて走り出そうとしていた青年が動きを止めた。

 周囲に視線を巡らせ始めたのを見て、ミホークの直感は確信に変わっていく。

 そう時間を掛けずにこちらに気付いたらしい青年に、ミホークは自身の船を近づける。

 

(そうだ。おれはここだ)

 

 こちらの位置が見えた以上、多少強めの一撃でも、反応は出来るだろう。

 

 

 

 出来ないはずがない。

 

 

 

 愛刀をその鞘から抜き放ち、同時に斬撃を青年に向けて飛ばす。

 生半可な者では気がつく前に両断されるであろう速度で放ったそれを、青年は海面を蹴り付け避けたうえに、その隙に背後へ回り込んだミホークの攻撃に対し、カウンターまで狙ってきたのだ。

 

 

(……これは、強い。強くなる)

 

 

 

 こうして、ミホークの興味は退屈な弱小海賊から、奇妙な気配を漂わせる青年へと、完全に移ったのだった。

 

 

 

 

 そして現在、束ねられた後ろ髪を靡かせる青年が、ばら撒かれる斬撃をすり抜け飛び越え、ミホークに迫りながら声を張り上げる。

 

 

「マジでッ……!! 相談なんだけどさァ!! 後にしてくれねェかな!? 今おれ滅茶苦茶急いでんだよあんたの相手してる場合じゃねェんだって本当に!!」

「承諾しかねるな。先ほどまでのんびりと月を眺めていたろうに」

「てめェのせいで急がなきゃいけなくなったって言ってんだよボゲェ!!!」

「成すべきことがあるのなら、力づくで押し通ってみせろ」

「クソ迷惑ッッ!!!」

 

 

 海面スレスレまで身を屈めた青年が、下から潜り込むように斬撃を避けつつミホークに飛びかかる。

 

 予想以上に反応し、素早く動き回り、重い攻撃を放つ青年に、ミホークは感嘆の声を漏らす。

 勿論、それら賞賛の頭に『東の海にいるにしては』という言葉は付くが、それでも、この若さでこの力。

 ミホークからすれば、いずれ並みの強さでは収まらくなる可能性を宿していることの証明でもあった。

 

 

(何よりこの男……読みづらい)

 

 

 放たれる蹴りは決して弱くないが、かといって今のミホークを征するほどでは勿論ない。

 繊細ながらも未だ洗練されてはいない粗削りな動きは、速度と威力が並み以上でも、ミホークにとっては見切るのは容易い程度……その筈だった。

 

 

「──ッ!!」

「クソッ……本当に当たらねェな……!! 格下の一般人に舐めプして楽しいかよチクショウが!!」

「……ああ、愉快だとも。貴様が格下というのも否定はせん。が……貴様が一般人というのは語弊があるだろう」

「あァ!?」

「ただの一般人が、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 意識の外から飛んできた蹴りをギリギリで防ぎつつ、ミホークは若人の悪態を受け流した。

 

 

 一息で次から次へと繰り出される青年の攻撃の中には、どういうわけか、()()()()()()()()()()()()が入り混じっていた。

 

 それらは、ミホークが反応できない速さの攻撃などではない。

 

 蹴りの繋ぎ方が上手く受けづらい、などというわけでもない。

 

 

 

 ただ、気配が読めない

 

 

 

 何度もその刃を避け、蹴り上げ、その合間合間に身体を狙ってくる蹴りの数々。

 

 その内の、約3割程度。

 

 蹴りが放たれるその一瞬、目の前に居るはずの青年の気配が、わからなくなる。

 まるでその瞬間だけ……その存在が世界から消えるかのように。

 確かにその眼で捉えている青年の姿が、()()()()()()()()()()()()という、奇妙な現象が起きていた。

 

 『その瞬間だけ透明になっている』とか、『既に何かの能力を使われた』とか、そういった物理的な事ではない。

 

 何らかの催眠術のような物を使ったのなら、その予備動作に気づけない筈がなく、まして姿を透明にしているだけならば、尚更簡単にその存在を察知し、斬り捨てられる。

 たとえ目を閉じていたとしても、確かにそこに存在している敵の気配を、ジュラキュール・ミホークの覇気をもってして、捉えられない筈がないのだから。

 

「ッ!!」

「チッ……!」

 

 こめかみ目掛けて飛んできていた踵を、ミホークはすんでのところで防ぐ。

 それを見た青年が舌打ちを鳴らすと、再びその存在が、ミホークの第六感からさえも掻き消える。

 

 

 ミホークが不規則に読めなくなる青年の動きを防げているのは、気配を読む代わりに、その蹴りによって変化する一瞬の空気の流れを感じ取ったり、これまで積み重ねてきた膨大な経験による勘で反応しているからだ。

 青年の攻撃は、よく言えば丁寧で真っすぐ。悪く言えば愚直でありきたりな動作。

 そのため、蹴りを受けきる事自体は可能だった。

 

 尤も、()()()()()()()()()()()()()()事も、不可解な事態だ。

 

「……随分と硬い脚だな。こうもおれの剣を刃ごと蹴り返すとは」

「生まれつきこういう身体なんだよ……!! 色々訳アリで──なッ!!」

「…………」

 

 再び無の気配から打ち出された蹴り。

 それを刃で受け止めたミホークがその事に触れれば、青年がうんざりしたように返す。

 その間もガンガンと音を立て刃面を蹴りつける青年に対し、ミホークの中で、それまでの喜びと期待に加え……一つの懸念が浮かぶ。

 

 

 この広い海、どんな奇怪な人間が生まれ育ったとしても、別段驚く事はない。

 

 

 

 だがそれだけだろうか?

 

 

 

 

 ただ峰を叩きつけただけでも、簡単に船の甲板を粉砕できるような、超の付く名刀。

 

 その刃を、覇気も纏っていない、口ぶりからして悪魔の実の能力によるものでもない、ただの、生まれつきの頑丈さだけで。

 

 

 “逆にその脚を両断されずに無事で済む”など、有り得るだろうかと。

 

 

 いくら自分が本気を出して(覇気を使って)いないとはいえ、あまりにも、普通ではなさすぎる。

 

 

(……それに、蹴りと共に伝わってくる、()()()

 

 

 最初に青年が黒刀を蹴りつけた時、ミホークは思わず眉を顰めた。

 

 

 愛刀を蹴られたから、ではない。

 

 

 

 

 その刀身に一瞬だけ残り、そして消えていった、奇妙な“蹴り痕”の不自然さに、だ。

 

 今もその攻撃を受け止める度、妙な跡が付いては消えを繰り返し、刀身を伝いミホークの手へと、その感覚を伝えている。

 

 

(海に沈まない足といい……こいつ、何かある)

 

 

 

 ただ強いだけではない。

 その強さの裏に、戦う前に感じたものが、隠れている。

 

 何か他と異なる、脆さと儚さ。

 

 

 

 ────謎の歪さ。

 

 

 

(見極める必要があるな)

 

 

 であれば、限界を攻め続けるしかないだろう。もしも本質を見る前に相手が斃れてしまうのなら、それもまた運命。

 人間には、極限の瞬間の中でのみ顔を出す本質がある。それを見るためなら、多少の無茶も必要だろう。

 

 飛ばした斬撃に姿が重なったところで、また青年の気配が消える。

 躱した事などミホークも分かりきっている。気配がわからずとも、海面を蹴って移動していることで、その跳ねる水音から着水地点を判別できた。

 

 

(……危険を冒す価値は十分にある。おれにとっても、こいつにとっても)

 

 

 少なくとも世界最強の剣士にとって、他者を理解するための方法は、これが一番手っ取り早かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(マジでふざけんなよコイツほんま!!)

 

 

 黒いマントと帽子のツバをはためかせ、ウキウキで飛ぶ斬撃をばら撒いてくる辻斬りおじさんに対し心の中で毒づく。

 

 本当ならどうにか隙を突いてこいつを振り切って帰りたいところだが……どう考えてもそれが出来そうな相手じゃあない。

 

 

(……つーかなんでこいつは俺に対してこんなに関心があるんだ!! そんなにお眼鏡に叶うような何かを見せたか!!?)

 

 

 最強の剣士が扱う最強の剣を、何度も蹴って、蹴って、蹴りまくる。

 実際はヤツの身体(主にその腹立つ顔)を狙ったものがいなされ続けているだけだが、俺の身体が無事で済んでいるところからして、やはり覇気は一切使用していないらしい。

 

 ……明らかに手を抜かれている。

 そのうえで、ギリギリ今の俺で対応できるかできないか……よりハッキリ言うなら、死ぬか死なないかの境界線をタップダンスするような攻撃を絶え間なく押し付けてきやがる。 

 

 

 本当に俺の何がこの男を引き付けたのか、心当たりが全く無い。

 

 

(どうする……!? どうする!! このままここで時間を無駄になんてしてられない……!!)

 

 

 既にかなり時間が経っている。

 一刻も早くバラティエに帰還するためには、この戦いを終わらせるしかない。

 

 

 だがそのためにはどうすればいい……!?

 

 

 

 『戦って勝つ』

 

 どう考えても無茶だ。今の俺じゃ逆立ちしても勝てる気がしない。

 

 

 『何とか説得して見逃してもらう』

 

 既に何度も提案したが効果なし。そもそも説得して止まってくれるような人間はいきなり他人に斬りかからない。

 

 

 『相手が納得するまで付き合う』

 

 俺の目的を考えると本末転倒でバカみたいな案だが、正直言ってこれが一番可能性があるというのは、なんとも皮肉だ。

 

 

 結局こいつが俺にちょっかい出してきたのは、こいつが期待するような何かを、俺に見出したという事。

 つまりは、今は勝てずとも、その先の成長を確信できるような何かを示せたなら、勝手に満足してくれるかもしれない。

 

 ……ただ、この男が気に入るような強さというのは、単なる腕っぷしの話しじゃない。

 その人間それぞれの、命を懸けてでも何かを成したいという強い願い。

 そしてそのための戦いから、決して逃げ出さないという覚悟こそが、こいつにとっての“強さ”の指標。

 

 この場をやり過ごすためだけに、命を懸けるような事や戦う意思を強調するような事を言ってみたり、或いは単に、「勝てずともこの戦い中で認めてもらおう」といった消極的な部分を見せてしまえば……恐らく逆効果。

 その時点で俺に対する興味は失われ、運が良ければ帰ってくれるかもしれないが……最悪機嫌を損ねすぎて普通に斬られる可能性さえある。

 生か死かのギャンブルなんてするわけにはいかない。下手な策略は考えるだけ無駄だ。

 

 

 ……となれば実質、俺にできる事は、最初から変わらない。

 

 

 

「……ひとつ、提案がある……!!」

「なんだ」

 

 

 返事と共に放たれる斬撃。

 

 縦、横、斜め。

 

 他方の角度から計6回飛んできたその全てを、かすり傷を作りながらもなんとか躱しきった。

 息を切らしそうになりながら、俺は提案の内容を伝える。

 

「……何度も言ったが、俺はこんな事に付き合ってる暇はねぇ。もう時間が残されてないことに、あんたが現れた事で気づいた……!」

「……それで?」

「……あんたは、俺を試してるんだろう? 自分を楽しませられる強者になりうるのかどうかって……だったら、その条件……俺に決めさせろ……!」

 

 俺の言葉に、鷹の目が帽子の影で鋭く細められる。

 

「……何をもってお前が強者かを判断するのはおれだ。手加減を要求する気ならやめておけ。失望させるな」

「誰がそんな事これ以上頼むかよ……その“逆”だ」

「!」

 

 

 

 そうだ。

 

 どの道、こいつとの勝負はもう避けられない。

 

 

 

 それでも、俺は帰らなきゃならないんだ。

 

 バラティエに……サンジの元に……!

 

 

 

 

 だからもう、()()()()()なんてしてられない。

 

 

 

「……これからあんたに……俺の“本気の技”で挑む」

「ほう……? 今まで本気ではなかった、と?」

「文句あるかよ? ……あんたと同じさ」

「……フッ……気づいていたか」

 

 あたりめーだアホ。嬉しそうな顔すんな。

 

「俺みたいなのが世界最強の剣士の七武海相手に手加減無しで生きてるわけねぇだろ……!」

「ならばどうする。勝てぬ相手と分かっていて慈悲を乞う気が無いなら、その本気の技とやらでどうする気だ」

 

 

 

 

「てめェに膝をつかせてやる」

 

 

 

 

 ヤツの目が今度は驚愕の色に染まった。

 

 

「もしも俺の技で、一回でも膝をついたら……もう黙って俺を行かせろ……!!」

「…………」

「海賊でも海兵でもない人間とのハンデとしちゃあ……まだ足りない方だと思うんだが……どうだい?」

 

 この提案を蹴る事は、この男なら決してしないだろう。

 これが対等な真剣勝負であったなら、『相手に膝をつかせたら』なんて約束事は言い出す方が間抜けだ。

 

 だがこれは、『世界の頂点に立つ化け物の一人』と、『東の海でならちょっと強いかもしれない程度の人間』との、力の差がある事が前提の勝負。

 その弱者側である俺から、「遥か格上のお前の膝をつかせたら見逃せ」という、提案と言う名の宣戦布告。

 もしそれを断るとなれば、実際の力関係がどうであれ、“格下相手に膝をつく可能性”を、あの鷹の目のミホークが認めた事になってしまう。

 

「……できると思っているのか?」

「知るかよ……どうにもならなくたってどうにかするしねェんだよ……! できなきゃ、おれは……!!」

 

 

 

 サンジと──サンジの大事なものの、全部を。

 

 

 

「何もッ……守れねェだろうがよォッッ!!!」

 

 

 

 

 既に()()()()で、クリークを追っていくはずのミホークがバラティエに行かない流れになってしまった可能性がある。

 

 なら他の部分は? 本来の流れが変わってしまった可能性は無いのか? これから変わってしまうものは?

 

 その変化する流れの中で、サンジの無事はどこまで保証される?

 

 

 

 そんなもの……分かるはずない。

 

 

 

「……てめェがどれだけ強かろうと関係ねェ……意地でもやってやる」

 

 

 そうだ。

 

 これは、ハンデの要求なんかじゃない。

 

 必ずここから生きて帰るための……俺の“決意”だ。 

 

 

 

 “勝てなかろうが勝つ”

 

 

 

 これが、今出せる精一杯の答え。

 

 

 絶対に認めさせてやるさ。

 

 見たかったんだろ? 俺の力とやらを。

 

 ()()がお前の退屈を吹き飛ばす切っ掛けになるか、測りたかったんだろう?

 

 

 

 あァ、いいさ。

 

 

 

 見せてやる。

 

 

 

「……死んだって膝をつかしてやる……殺してでもつかすッ……!!!

 

 

 楽し気だった先程までと打って変わって、その口をへの字に曲げた鷹の目が呟いた。

 

 

 

 

 

「────哀れなり」

 

 

 

 

 

 その言葉の意味を考える気は、もう()()には無い。

 

 

 

 

 

 

 帰るために、守るために、生きるために。

 

 

 

 思考を消せ。感情を消せ。余計な感傷を。

 

 

 

 “戦うために邪魔な感情(モノ)”を全て。

 

 

 

 殺せ。

 

 殺せ。

 

 殺して殺して殺せ。

 

 

 

 

 サンジを守るために、己の全てを殺しつくせ。

 

 

 

 

 今からおれは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ただの殺戮兵器(マシーン)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決意と呼ぶには痛ましさすら見える青年の言葉に、剣士は哀れみを抱くと共に、僅かに落胆した。

 

 目の前の青年が何を背負っているかなど、ミホークは知らない。

 それでも、期待を抱いた若者の大胆な宣言にミホークが喜べなかったのは、青年が見せた覚悟が、自分のための感情が含まれていない、自己犠牲の精神である事を察したためだ。

 

 どこまでも、己自身が生きようとしていない。

 にも拘わず、そこに宿す意志は固く、確かに“強さ”があった。

 

 

 自分の中にではなく、他者の存在に()()芯を置く者の、歪んだ信念。

 

 そしてそれが逆に、その歪んだ強さに拍車をかけている。

 

 

(……これは、()()()()()()()()()()()()()のか! 『“己の意志を持たない”という強い意志』で……!)

 

 

 『覇気』とは、意志の力。

 

 意志の強さでその強度や性質に差が生じる覇気が……矛盾した理屈の元で無意識に成長し続けたらどうなるのか。

 

 その答えこそ、ミホークの見聞色でさえ捉えられない、気配を絶つ力の正体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『固くひしゃげた“意志の強さ”』

 

 それが引き起こす、今そこに在る筈の“命の気配”が、極限まで霞んだ末の現象。

 

 

 

 

 不可解な力の根源は、あまりにも捻じれ歪み過ぎている在り方であり

 

 ミホークが感じた芯なる強さは……度を越した内なる弱さ故に創られたものだったのだ。

 

 

 

 

 それでもミホークはまだ、失望しきってはいなかった。

 

 それは相手がまだ若く、純粋に力自体はあるという点を見ていたのと──

 

 

 

(……それだけではないのなら、それが全てではないのなら……もう一度見せてみろ。“あの光”を)

 

 

 

 ただ、信じてみたかった。

 

 

 

 天を仰ぐその背に、朧気ながらも見えた、黄金の月を。

 

 

 

 

 

 未だ動かない青年を、ミホークは瞬きひとつする事なく睨み続ける。

 

 どこからどう動こうと、何度気配を見失おうとも関係ない。

 

(────受けて立つ。こちらももう……貴様を斬りにいく!)

 

 形はどうあれ、全力を尽くしこの身に膝をつかせると、相手の方から啖呵を切ったのだ。

 これ以上の加減は無礼。

 

 ここで斬られるなら致し方なし。

 どの道哀れな生を辿るくらいなら、その輝きが残る内に散らせてやるのも、せめてもの情け。

 

 そう考えて、ミホークは刀身に覇気を纏わせた。

 

 

 

 

「────【新月・(オボロ)

 

 

 

 

 感情が削げ落ちたような青年の冷たい声が響いて、その姿と気配が()()()()()()

 

 

 

 ミホークは強烈な悪寒を感じ、黒刀を胸の前に構えた。

 

 

 

 

 

 

 

「────【新月・心突(ハツヅキ)

 

 

 

 

 殆ど同時に、巨大な槍を受け止めたかのような衝撃が黒刀に響く。

 守りが一歩遅れていてれば、間違いなく心臓を刺し貫かれていた。

 

 “蹴り”と呼ぶにはあまりに貫通力と殺傷力に長けているそれを辛うじて防御したミホークの見聞色は、何の動きも捉えていない。

 今まで以上に一切の気配を感じなないまま聞こえた声は、本当に聞こえたものなのかも判然としない。

 

 

 

 

【三日月・輪】

「ッ!!?」

 

 

 完全な無と化していた気配が僅かに戻った頃には、円を描くような回し蹴りが2回、既にミホークの腰の左右へ叩き込まれた後だった。

 気配断ちに加えて更に速度を上げた蹴りは、右と左、どちらが先に当たったのかも分からない。

 鈍く残る痛みを堪え、ミホークは即座に飛び上がり、距離を取りつつ巨大な斬撃を飛ばす。

 

 

 

【半月・水突(ミヅキ)】!!

 

 

 海水に叩きつけられた青年の足元から巨大な水柱が上がり、ミホークへ向かって局所的な津波となって襲い掛かる。

 それは飛んでいく斬撃に割られて、後方へ飛び上がっていたミホークの眼前で弾けた。

 

 

 飛び散る波に視界が覆われている間に、その気配が一瞬、背中側に現れる。

 

 

 

 

 

 

 

「────【満月】

 

 

 

 

 

 耳に届いたその言葉に、ミホークの勘が警鐘を鳴らしまくる。

 宙に浮いたまま本気の速さで振り返り、下から上へ、斜めに切り裂くように黒刀を振るった。

 

 

 

 

 飛んでいく斬撃の先に、青年の身体は無い。

 

 

 

 

 船の瓦礫に着地しようとするミホークの右下に

 

 

 

 

 まるで壊れかけの電球がチカチカと点滅するように、消えては現れてを繰り返す、不安定な気配があった。

 

 

 

 

 

 

「【(フロース)】……!!」

 

 

 

 

 

 咲き開いた花びらのような残像を作り、一瞬の内に放たれる数十発の蹴り。

 

 その一つ一つを剣で払い、防ぎ、切り裂く。

 

 『全力にはまだ遠い』が、それでも覇気を確かに帯びた刃に触れた脚から、初めて鮮血が飛ぶ。

 流れ出る血を気にする素振りも見せない青年の蹴りは、一発放つごとにその精度を増していく。

 全てを切り裂く大刀と蹴り貫く殺意の脚の応報が続く中、戻りつつあった青年の気配が再び、瞬間的に目の前で消失する。

 

 

 

 

 

「【(アウィス)】!!」

 

 

 

 

 

 そのほんの一瞬の間に、見えない膝蹴りでミホークの身体は宙に浮いた。

 

 

 

 

 

「【(ウェントゥス)】ゥ!!」

 

 

 

 

 

 海水を巻き込んで振り上げられた強烈な蹴り。それ自体を剣で防げても、蹴りが生んだ風圧が合わさりミホークを更に宙へと吹き飛ばす。

 

 

 その身を捻り体制を整えようとしたミホークの視界の端で、金色が空へ駆ける。

 

 

 

 

 

 上空へ高く飛び上がったその影は、上下逆さまの姿勢からミホークを見ていた。

 

 

 

 

 満月には僅かに足りない月を背に、世界最強の剣士を、見上げるように見下ろしていた。

 

 

 

 

 青年がその身を縦に回転させる。

 

 

 大きく残った甲板の一部に着地したミホークは、来たる最後の一手を迎え撃つべく、万全の体勢で黒刀を構える。

 

 

「……一切の油断も、容赦もせん……来い!!」

 

 

 

 

 これから自分に落ちてくるのは────“小さな月”と心得た。

 

 

 

 落下の勢いと回転の力を合わせたそれが、ミホークへと迫る。

 

 

 

 

 

 

 

「【(ルナ)】あァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルナトが出発してから、2日目の深夜。

 

 

 最後の客を見送り、明日の分の仕込みと店内の掃除も済ませ、従業員の誰もが寝静まった深夜のバラティエ。

 その厨房に、本来この時間に無い筈の明かりが点いている。

 

 時間外の点灯の下でガツガツと“まかない飯”を喰らうのは、突如としてやって来た、“自称”海賊で船長の青年。

 どうも大砲を誤射したとかで、この店のオーナーの部屋と義足を破壊した責任をとらせるため、タダ働きさせる事になったのだが……

 

「……昼間何度もつまみ食いしといて夜中の厨房にまで忍び込んでくるたァ、いい度胸してんぜてめェ」

「んぐんぐむむ……! おう! それほどでも!」

「褒めてねェよ!! ったく……!」

 

 急遽用意した軽食を心底嬉しそうに食べる麦わら帽子の青年を横目に、サンジは舌打ちしながらポケットの煙草を取り出す。

 

 一応新入りとして店に入る事になったこの海賊は、その立場にも拘らずあろうことか真夜中の厨房にまでつまみ食いに来ていた。

 危うく仕込み中の鍋に手を出されるところだったが、直前に気がついたサンジがきっちり“ヤキ”を入れた事で未遂に済んだ。

 とはいえどうしても腹の虫が収まらない様子の新入りを見かね、サンジがその日のあまりもので、軽い(と言ってもこの青年が満足するレベルの)食事を作ってやったのだった。

 

「んっぐんむ……!! いや~どれもうんめェなーこれ!!」

「……ったりめェだ。誰が作ったメシだと思ってんだよ」

 

 屈託なく人懐っこい笑顔でそう言う新入りに、思わず笑みが零れるサンジ。

 同時に、先日助けてやった行き倒れの海賊のことを思い出す。

 

 

 食えない苦しみに死にかけていた男を、サンジは料理で救った。

 泣きながら感謝の言葉を繰り返していたが、時折零れるように出てくる『美味い』の一言こそが、サンジには何よりの感謝の言葉であり、喜びであり、誇りだった。

 

 

(……おれも少しは、あいつみたいになれてんのかな)

 

 

 かつて、生まれた地獄の中から弟と姉に助け出されたサンジは、その後の遭難による飢えの地獄からさえも、弟と新な恩人に救われた。

 

 だがその代償に、夢を追っていた海賊は片足を失い、弟は今も自分に負い目を感じたまま生きている。

 

 

 ────おれは、貰ってばかりだ。

 

 

 少しでも、貰った恩を返したかった。

 彼らのように、与えられる人間になりたかった。

 彼らのように、強くなって。

 

 しかしそう考えれば考えるほどに、燻る夢がサンジの胸を焼く。

 そして夢を想うほどに、恩義を返したい想いに駆られ……弟の背中は、どこか遠のいていく。

 

 

(……まだまだ、足りねェ。こんなんじゃ……)

 

 

 もっと強く。

 

 強くならなければ。

 

 大事な人も、大事な人達の大事なものも全部、守り切れるように。

 

 今までの全ての恩を返せるくらい、強くならなくては。

 

 

(……じゃなきゃ……おれはあいつと……)

 

 

 

 

 

「どうした? お前も腹へってんのか?」

「ッ! ちげェよ! いいからさっさと食っちまえ!」

 

 いつもの思考の渦に呑まれそうになっていた時、新入りの声でサンジは我に返った。

 食事の手を止めてこちらの顔を見つめていた小さな黒目に気まずくなって、火も点けずに咥えていた煙草に慌ててライターを翳す。

 

「ふーん? じゃあこれ全部貰うぞ!」

「よく言うぜ……初めから分けるつもりなんてねェだろうが」

 

 言うや否や飲むような食事を再開する新入りにツッコミを入れてから、サンジは深く煙を吸い込み、吐き出した。

 

 

 

「…………お前さ、兄弟っているか」

 

 

 

 どうして会ったばかりの奴に、こんな話をしようとしているのか。

 よりによって、こんな無茶苦茶な奴に、一体何を話そうというのか。

 

 

 サンジ自身、よく分からないままに口をついて出た問いかけだった。

 

「おう。いるぞ!」

「! いるのか」

「エースってんだ! おれの兄ちゃん!」

 

 食事を続けたまま答えた青年は、どこか誇らしげだ。

 

「兄貴、か」

「んんぐもぐもぐ……お前も兄ちゃんがいんのか?」

「…………」

 

 その質問に一瞬、サンジの言葉が詰まる。

 

 兄に該当する人物はいる。

 しかしサンジが心から兄弟だと思える相手は、一人しかいない。

 だから、『兄弟が誰か』と問われたのなら、それは自信を持って答えられたが……

 

「…………どっちかっつーと、弟……だと、思う」

「? なんだそりゃあハッキリしねェな!」

「うっせェな! 複雑なんだよ! 色々!」

「……そっかふくざつか……大変だな!!」

「適当に合わせんな!!」

 

 ニシシと笑う青年に呆れはしながらも、不思議と話す気が失せることは無かった。

 

「……あいつは弟なんだけど……なんつーか……おれの方が弟みてェ、っていうか……」

「しっかりした弟ってことか!」

「……まァ、そうだな……すげェやつだよ。あいつは」

 

 

 常々思っていた。

 

 果たして自分は、本当に“兄”なのだろうかと。

 

 自分より強くて何でもできるあいつの兄が、自分でいいんだろうか。

 

 

 

 弟に守られ、助けられてばかりの兄。

 

 そんな自分が嫌で、強くなりたくて仕方ない。

 

 

「……お前の兄貴がどういう奴かは知らねェけどさ」

「エースは強ェぞ!」

「…………そうかよ。じゃあ、例えばだぞ。例えば……」

「たとえば?」

 

 自分から話し出したのに、続く言葉を口にするのに時間を要した。

 

「…………どこかに、見た目はそっくりの兄弟がいて……」

「うん」

「けどそいつらは、弟の方が強くて、何でもできて気が利いて……」

「うん」

「……兄貴の方は、弟より弱くて、いっつも弟に助けられてばっかで」

「…………」

「でも弟の方は……そんな何でもできる自分の才能を、兄貴に気ィ使って……制限してたりして……」

「……? うん」

「……まァ、とにかくそんな兄弟がいたとして!」

「いたとして?」

「……いた、として……」

「?」

 

 

 喉が渇いていくのを感じる。

 サンジはこんな質問を誰かにしたことなど、今まで一度もない。

 まして兄を持つ相手に、あえて訊くことなど。

 

 何が返ってきたところで、大した意味など無いことは分かっている。

 それはその相手の考えでの話で、実際の自分達に当てはまるわけではないと。

 

 

 それでもサンジは、答えを怖れ、答えを求めていた。

 

 

「…………悪い。やっぱ、なんでもねェ」

 

 

 そしてまだ、怖れの方が勝っていた。

 

 

「ふーーん。そっか」

「……ハッ、下らねェよな。例え話なんてのは」

「なァ」

「ん……?」

 

 

 

 

 

 

「その弟は兄ちゃんのこと好きだろ?」

「────」

 

 

 

 

 問うというより、そう確信しているかのような言葉に、サンジは何も答えられない。

 

 

 『そのはずだ』

 

 『わからない』

 

 『そうあってほしい』

 

 

 いくつもの言葉が瞬時に浮かんだが、そのどれをも口にすることができないままのサンジをよそに、海賊を名乗る青年は続ける。

 

「やりてェことも、本気出すのも我慢するのなんてバカだけどよ。そいつ兄ちゃんのこと好きだからそうしてるし、助けてんだろ?」

「………………」

「兄ちゃんはそいつのこと好きなのか?」

「────あぁ。()()()()()

「そっか! ()()()()()()()()()バカだけど!

 

 一切の悪意を感じさせない罵倒を最後に、聞きたい事は聞いたと言わんばかりに残りの料理を一気に平らげた青年が、ふひーと息を吐いて膨れた腹を叩いた。

 

「うまかったァ! ごちそうさま!!」

「……お粗末さま。食ったらとっとと戻れ。おれももう寝る」

「おう! ありがとなー!」

 

 そう満足そうに笑って言った青年は、頭の麦わら帽子をかぶり直してから、元気に手を振り厨房を出ていった。

 

 使い終わった食器類を洗ってから、サンジも扉を開けて外へ出た。

 誰もいなくなった夜の店内は、普段のそれに増して、妙に静かに感じる。

 

「……まったくもってその通りだ。お前に聞かせてやりてェよ」

 

 椅子のひとつに腰掛け、今はいない弟の顔を思い浮かべて、窓の外を眺める。

 

 月の光がサンジを照らした。

 

 

 

「……『やりてェことも本気出すのも我慢すんのはバカだ』ってよ。……とっとと帰ってこいバカ」

 

 

 

 サンジは一刻も早く朝が来ることを願いながら、そのまま暫く、月を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波に揺られる甲板の残骸。

 

 

 

 

 その上で男が一人、血を流し倒れ伏す。

 

 

 

 

 それを見下ろすもう一人の男が、()()に着いた血を払った。

 

 

 

 

「……決して、悪くはなかった」

 

 黒刀を鞘に戻した鷹の目のミホークが、動けなくなった青年、ルナトにそう告げる。

 

「だが、貴様は弱い」

「がッ、ぶォ……! ゴふッ……!!」

 

 膝をついて倒れたのは、ミホークではなかった。

 

 ルナトの最後の一撃は、ミホークとて喰らえばただでは済まなかった。

 しかしそれを放つ時点で、既に気配の消失は不安定になっていた。

 

 意識的に自我そのものを捨てる事で発動する、一時的に気配を完全に断ってしまう技、【新月・朧】

 

 それが自分の“歪んだ覇気”に結びついている事実どころか、その存在も自覚できていない現状、安定して使いこなせないのは明白。

 どれだけ感情を殺しても、それが感情から生まれた目的を果たすためである以上、どうしても自我の消失の維持には限界があった。

 肝心のタイミングで自然に戻ってしまったルナトの“熱”は、当然ミホークに容易く捉えられた。

 

 オーバーヘッドキックの要領で打ち下ろされたルナトの【月】は空振り、ミホークの黒刀はルナトの身体を簡単に切り裂いた。

 

「が、あ゛ァッ……ク、ソ……こんな……こ゛ん゛な゛とこ゛、でェ……!!

「その覇気は、諸刃の刃ですらない。いずれ貴様を破滅に追いやる、ただの呪いだ」

「ぉごェ……!? フーッ……! フーッ……! は゛……覇、気……だと……!?」

「貴様は、自分には価値が無いと、強く信じきっている。そんな人間がこの海で……何を守れるというのだ?

ッッッ…………!!!

「己を信じぬ者に、真の力など宿る筈もなし……もう一度言う。貴様は弱い

「フ、ふざ……けんなァ……!! 勝手に……襲い、掛か゛って゛おいて……!! 説教ずんな゛!! クソ゛やろう……!!」

 

 血走った目で睨みつけてくるルナトの目を、ミホークは更に強い眼光で睨み返す。

 

「『余計なお世話』か? だが実際、己の願いさえ捨てたうえで他者を守ろうとしている貴様では、何も守れん」

「……だま、れ……!」

「それ程に恵まれた力を持っていようと、その力に貴様自身の想いが宿らないのなら……いずれはその心そのものに限界が来る」

「う゛る゛せェ゛……!!」

「貴様は今何も見えていない。だからその脚の力の本質にも気づかんのだ」

「……!? あ、し……? なん、だ……何の話を、して゛んだ……!!」

「知りたいと欠片でも思うなら、貴様が何のために生きているのか……己自身に問いかけ続けることだ。トドメは刺さん」

 

 困惑するルナトを無視して、ミホークがその傍にしゃがむ。

 いつの間にか手にしていた医療キットの箱から、薬品の瓶等を手際よく取り出し並べていく。

 

「……ッ……? なん、の、つもり……だ……!?」

「……今の貴様は弱い。だがやはり、それだけでもない。力はあり、強さへの渇望もある。自分のための意志は弱くとも、それ自体を基準にしたそれが……歪んではいるが、“強い意志”であるのも事実」

 

 仰向けにされたルナトの身体にできた、大小さまざまな裂傷と、一際大きく胸を斜めに切り裂いた傷。

 ミホークは遠慮も断りもなくそれらに消毒液をぶっかけ、糸を通した針をルナトの肌に突き刺し始めた。

 

「ぎッいィ!?」

「おれにここまでさせたんだ。期待を裏切ってくれるなよ」

 

 丁寧ではあるが麻酔無しという乱暴な縫合に、ルナトが声にならない悲鳴を上げ続けること数分。

 一番危険な傷の数か所を塞ぎきったミホークは、動けないルナトをそのままに踵を反す。

 

「これで死にはせんだろう。これ以上の施しはせん。医療キット(ソレ)はくれてやるから、後は貴様が自分でどうにかしろ」

「……ほん、とに……なんなん、だよ……お前は……!!」

「今の貴様は……“投げられたコイン”といったところだろう」

 

 

 どちらにもなりうる。

 

 表にも、裏にも。

 

 

「貴様が望む未来が、おれの期待に沿うことを祈る」

「…………」

「──! 待て、ひとつ忘れていた。貴様の名は……」

 

 今更になってその名前を訊こうとしたミホークが振り返ったが……ルナトの目は閉じていて、既に気を失っていた。

 身体に蓄積したダメージは、すぐに目を覚ませるようなものではなかった。

 

(……まァいい。次に相まみえた時の楽しみに、取っておくとしよう)

 

 その時に、この歪んだ強さが、芯なる強さに変わっているかどうか。

 その力の本質に気づけているのか。

 

 期待半分、不安半分だ。

 

 残骸から自分の船へ飛び移ったミホークは、ルナトがしきりに気にしていた方角へと船を進める。

 方角的に、例の半端者達が逃げたのもこちらだった筈。

 今更あんなものでヒマつぶしになるとも思ってはいなかったが、一度手を出したものを途中で放り出すのも行儀が悪いと考え、ミホークは改めてクリーク艦隊を追う。

 

(何よりこいつが関係している場所だ……何かまた、いい拾い物があるかもしれん)

 

 そんな、ちょっとだけの期待を胸に、名を訊きそびれた男に別れを告げる。

 

 

 今のミホークは、ほどほどに機嫌が良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────強く成れ。弱き者よ」

 

 

 

 

 





やったねルナト! 半分認めてくれたミホークは帰るしゾロとも会ってくれそうだぞ!
(なお自分は間に合わない模様)


サンジの名前の原案のナルトからそれを崩したルナトを名前にする際、ラテン語で月を意味する【ルナ】が入ることから主人公の技や立場に月要素をこれでもかとぶち込むことを決めてました。
名前が決まるその経緯も近いうちに書きたいです。


Q.「意志を持たない意志」で覇気が歪んで成長して気配が……? オマエハナニヲイッテルンダ
A.元々この世界の住人じゃない自己評価低すぎマンの拗らせ要素を現時点の強さと結びつけようとしたらこうなった。

Q.ミホーク舐めプしすぎ&主人公強過ぎん?
A.ワイトもそう思います。
見せ場を作りつつ辻斬りおじさんにちゃんと負ける展開にしたかっただけなのにどうしてこうなった?

Q.妙な蹴り痕って? 力の本質って?
A.エー回答を、差し控えさせて、エーイタダキマス


↓おまけのオリ技解説↓

ルナトの技は使用目的、威力、範囲などに応じてそれぞれ
【新月】【三日月】【半月】【満月】など(大雑把)に区分されてます。

【新月】は主に隠密性に優れた殺意高めの攻撃が特徴。基本気配断ちがセット。見聞色さえ騙せる完全な気配断ち【朧】からの心臓狙いの【心突】で相手は(普通なら)死ぬ。

【三日月】は速度と威力のバランス型の技が多く含まれるタイマン向き。一瞬の内に相手の身体の左右を蹴りつける【輪】はミホークの腰をちょっと痛めた。

【半月】は威力よりは範囲を重視した対多人数向きの技の集まり。【水突】はその名の通り海水や水面を蹴りつけて巨大な水柱を生み出す。本来は能力者相手を想定したものでミホークの視界をちょっと濡らした。

【満月】は所謂「超必殺技」に分類される決め技。【『花』『鳥』『風』『月』】は連続蹴りの『花』で相手の体勢を崩し、膝蹴りの『鳥』でその体を浮かせ、『風』の蹴りとそれによる風圧で上空高くへ吹き飛ばし、身動きできない間に『月』で叩き落すというコンボ技。しかし『花』の時点で足にダメージを受けていたのもあり『鳥』を当てる事には成功するもその後の『風』を上手く当てられず、あんまり飛ばなかったミホークが普通に着地できてしまったのに無理に『月』を使って普通にカウンターを受けて敗北。オイやめろダサいっていうな。
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