首都へ戻る馬車の途中、まず俺は絶対にしなければいけないことがある。それは、流星女への事情説明と厄災討伐への協力を取り付けることだ。
ここまでパーティーとして、相棒として過ごしてきた以上は断られることはないと半ば確信していてもいざ伝えるとなると緊張してしまう。
流星女は以前から剣士として行きたい場所があるとも言っていたから、もしかすればその目的を優先してしまうのではないかという不安もあった。
だが、ここで流星女というこの世界でも最高クラスの戦力を手放すのはありえない。
うだうだ悩んでもしょうがないな、行こう。
「なぁ、少しいいか」
意を決して声をかければ、馬車の外で流れる草原の景色を眺めていた彼女が振り返る。
村を出る日の朝の事を思い出して、胸がざわざわする。
「なに? やっと覚悟が決まったわけ?」
何処か意を決した俺の様子を見て、彼女もなにか察したようだった。
ぼかしたとは言え倒さなければいけない存在、果たさなければいけない目的があることは白状していたので、もしかすれば俺が説明するのを待っていたのかもしれない。
「あぁ……」
「は、早く言いなさいよ」
なんかちょっと顔が赤い。
おい、なんで顔が赤いんだ?
恋する乙女みたいな顔しているんじゃない。
ああ、クソ。今すぐ答えを出せない自分が憎いが、全ては終わった後だ。まだ、俺はこの世界で誰かを好きになる覚悟ができてない。
誰かを愛せば、それは今以上に次への足枷となる。
この世界を生きる覚悟を決めようと、いつか孤独に次の人生を歩む覚悟まで決まったわけじゃない。
「多分お前の想像してるのと違うぞ」
「は?」
殺されるんじゃないかと言うほど低い声が聞こえてきたが、すぐに足を組み直していつも通りの雰囲気に戻った。
「で、なに?」
「これまでの歴史上で何度も現れた魔王だとか、人類を窮地へ陥れた不死者のことは知ってるか?」
「それくらい知ってるけど、歴史の勉強でもするつもり?」
図書館や首都の文献を漁ってわかったこと。
歴代の厄災に相当するであろうものは幾つかあった。
人類の生存圏を大幅に縮めた魔王の台頭。
災害に等しい最凶の竜種の出現。
死者、死霊を束ねる不死王の誕生。
東大陸の制覇寸前まで成し遂げた悪逆皇帝の虐政。
人間ひとりの手でどうにかできると思えないほどの厄ネタのオンパレードだ。
これらは全て、その時代の不撓不屈の英雄達が解決してきた。ひとりで解決した人物は存在しない。仲間の手が確実に必要だ。
「違う。近い内にそれに等しい化け物が、この世界にまた現れる。信じられないかもしれないが、俺はそれを止める為に生まれてきた。お前には利益がないかもしれないし、一方的なお願いなのはわかってる」
最強で何をするのも自由な彼女が俺を手伝う理由は薄い。
例え人類を脅かす魔王が現れようと、いつか未来で誰かが解決すると匙を投げてしまえばそれまでだ。それでも、俺が解決を目指すなら彼女の手は必要不可欠だ。
「俺にできることはなんだってする。だから、手を貸して欲しい」
「いらないわよ、そんなの」
彼女の返答は想像以上にあっさりしていた。
「要は現れた強いやつをぶった斬ればいいんでしょう?今まで通りじゃない」
「それはまあ、そうだが……」
「第一、そんなどうでもいいことであなたに何でもするなんて言われても、気が乗らないわ」
意を決してお願いしたが、杞憂だったようだ。
「相棒なんだから、当然でしょ」
得意気な笑顔が、なんとも頼もしい。
「ありがとう……でも、行きたい場所があるんじゃないのか?」
「別に、生きてる内にいつか行ければいいわ」
多分、彼女が目指しているのは東の大陸にある剣の聖地だろう。数多の剣豪が集うと噂される、剣士としての楽園。
目的を邪魔してしまうのは申し訳ないが、できる限りの埋め合わせはしよう。
「本当に助かる」
「その代わり、私の足を引っ張ることは許さない。何でもするって言うなら、私の信頼に応え続けなさい」
彼女の深紅の瞳が揺れ、宝石のように光を宿している。
そこには“夢”とは違う。明確な期待が乗せられていた。
「わかった。約束する」
「それでいいわ」
未だ、出会った時の相打ち以上の結果を出せていない。
彼女が俺を相棒として、仲間として信じてくれるなら、期待に応えたい。
あの日の宣言通り、夢を期待に変えた責任を取らなければいけない。そして、待たせすぎるのもどうかと思うわけで。
相棒、仲間、大切な人、ライバル、色々な呼び方はある。現状の関係も決して嫌ではない。それでも、俺はこの彼女との曖昧な関係と名前のないこの感情に答えを出したい。
「足引っ張ったら承知しないわよ」
「今に見てろ」
まあ、いきなり覚醒して強くなれるなんて都合が良い事が起きるわけもなく、その日の模擬戦もボコボコにされた。
帰郷から二年と半年、十九歳になった俺と二十歳になった流星女は冒険者として破竹の勢いで活躍して、周辺国家でも知らない人間はほぼ存在しないレベルまで成長した。
この一年間は名声を集める目的の為にも報酬そっちのけで厄災の手がかりになりそうな魔族の討伐、些細な人命救助やギルドから災害種に指定された魔物の殲滅と何でもやった。
周辺国からの感謝状は山のように積み重なり西側での活動に対する懸念は消えたが、これでも東と西の大陸間を超えれば影響力は下がってしまう。
厄災の出現が東大陸だった場合にも備え、向こう側でも影響力があり、一定の戦力を動かせる人物と友好関係を結ぶ必要があったのだが、これが本当に手間だった。
協力者になってくれる人物を探す途中、昇級式の時に出会った公女様に強烈な勧誘を受けたりして流星女が大爆発する寸前だったり、本当に色々あった。あの時の流星女のブチギレっぷりは数世紀は忘れそうにない。
万全とは呼べないが、それでも着実に厄災対策は進められた。
そんな折、去年の中頃に迷宮都市を離れ、東の大陸へ渡ってもらった優男くんから手紙で連絡があった。
『変わらず振り回されているであろう先輩へ。
お久しぶりです。手紙を出すのが遅くなってしまいすみません。
東大陸の環境に慣れるまで時間が掛かってしまいました。大変ではありましたが、周囲の方の助けもあって僕は元気です。
東の文化は慣れない物が多いですが、西大陸とは文化がかなり違って面白いですよ。よかったら先輩もいつか来ると良いと思います。剣の形も違ったりして歴史も深いので、あの人も連れて。
僕達は帝国で過ごしているのに、先輩達の武勇伝や活躍はたまにこっちにまで聞こえてきます。
首都近辺に現れた竜種を討伐した。
人命救助の為に身を賭して魔物の群れを止めた。
お金が少ない都市の依頼を無償で受けてくれた。
災害種に指定された魔物を討伐した。
色々と話は聞きますが、先輩のことですから純粋な善意ではなくて自分の名前を売る為にしているんだと思います。それでも、やっていることは正しく英雄ですから、尊敬します。卑下せず少しは誇ってくださいね。
変わらず依頼を詰め込んだ毎日を送っていると思いますが、適度に休憩は取ってください。僕が先輩を助けに行く前に倒れられたら、困ってしまうので。
あれから僕は東の大陸へ渡って、以前と変わらないメンバーで活動して僕は一級冒険者に、仲間はみんな二級冒険者になりました。
少し遅れは取りましたが、これで互角ですね。再会したら、先輩との模擬戦で勝ち越そうと思って鍛えてきたので、覚悟しておいてください。
申し訳ないのですが、今のところこちらの大陸で厄災に繋がる情報は聞いていません。
続報があれば直ぐに伝えます。先輩も厄災に関する情報を手に入れたらすぐ教えて下さい。
僕が助けに行く前に死んだりしないでくださいね。
先輩の友達より。
追伸
そう言えば、パーティーメンバーと随分お熱いんだとか聞きました。頑張ってください、応援しています。
最近はパーティーの彼女達の視線が怖いです。僕もそろそろ骨を埋める覚悟をしなければいけない気がします。』
優男くんは順調に冒険者として昇格したようだ。
再戦に闘志を燃やしているが、俺も流星女を超える為に努力をしてきたので負けるわけにいかない。
後はなんかパーティーメンバーに迫られているみたいだが、頑張れ。
わかってはいたが、やはりあちらでも空振りか。
流石にこの人数でこれだけの広さを誇る大陸の情報をカバーできるとは思ってない。関係を築いた貴族達や冒険者ギルドには積極的に協力して貰って情報を収集してもらっているが、厄災に当たる情報は今のところゼロだ。
これまで随分と長い間、厄災が生まれる前兆を探してきたがさっぱりだ。
歴史上の厄災に該当するであろう人類に危機をもたらした奴らは、早期に止められたと記載されているものもあれば、対応が遅れたことで甚大な被害が生まれたものもある。
死体を魔物に変えて暴れていた不死王は複数の都市を陥落させて死の国を築いたが、それでも軽傷と言われている。能力の特性と、その強さを鑑みれば歴史の中でも早期に対応できた部類だ。
数百年単位で出没している魔王。魔物達を束ねる王に関しては年代によりバラバラだ。
魔王というのは、知能が高い魔物や魔族達を束ねる存在で、歴史上で何度も現れては人族の手で討伐されている。
出没した数が多いだけあって、被害も様々だ。人類を大きく後退させた魔王もいれば、現れてからあっさりと討伐されてしまうものもいる。
これらの情報から早急に厄災の芽を摘み取れれば、可能な限り被害を減らせると考えたがそう上手くはいかない。
やはり女神のお告げを待ったほうがいいんだろうか?
俺の肉体年齢は既に二十歳寸前だが、未だに女神から厄災に関する知らせはない。
もしかすると、そもそも俺の予測計算が間違っていた可能性がある。
人間の身体能力のピークは二十前半歳で、それ以降は維持はできても身体能力は伸びず技術の話になる。だからこそ、前世の一般的なアスリートの最盛期は二十代後半から、三十代前半だとも言われている。
それを基準に考えるなら、最盛期に現れるというのを二十代前半と読んだのは間違っていたかもしれない。
今一度この転生について振り返ってみた。
女神が俺を呼んだのは、厄災を止める為だと言っていた。そして、厄災を止める為に現世に干渉することは以前もあったとも女神は口にしていた。
実際、明確に女神の祝福を宿した存在による者の手で魔王が討伐された事例もある。
女神に祝福された存在。彼らは、勇者と呼ばれた。
ここら辺は転生前に説明された通りだが、問題はその中に異世界人の記述がなかった。従来通りの方法ではダメだった理由、何故俺が呼ばれたのか。
これまで通りに行うことができなくなったと言っていたが、『世界の強制力』とやらで具体的な説明はなかった。
物事には理由がある。
これは理屈ったらしい話ではなく、現在に至るまでの過程と要因があるという話だ。誰でも良かったというのも、
この転生を繰り返して厄災を止めるという超重大任務が誰でもいい訳がない。
自分だけが特別、自分こそが主人公だなんて言うのは嘘だ。世の中、自分より優秀な人間なんて掃いて捨てるほどいる。
わざわざこんな凡才な大学生のゲーマーを呼ぶ必要はない。
何か、俺でなければいけない理由があったのではないだろうか?
これまで通りのやり方でできない理由があったのか?
わざわざ俺を選んだ理由。
これまで通りのやり方ではいけない理由。
一般に満たないであろう俺の魂の強度。
流星女との才能の差。
これらは今回の人生が終わり、またあの空間に行けた時に女神に直接確認する他に手段がない。
今回の人生の中で、幾ら考えてもわからないことだろう。
それでも、思考を止めないことは大事だ。
あぁ、なんか色々考えていると急に不安になってきたな。
いずれ対処しなければいけないとわかっているのに、敵の実態が掴めないのは正直ストレスが尋常じゃない。
遅い時間だが、少しだけ素振りでもしてくるか。
こういう時は身体を動かすに限る。
明かりの少ない夜の草原では、夜空に浮かぶ星の光がよく見える。
この世界には、流星があるらしい。流星剣なんて二つ名があるんだから当然なのだが、この世界も宇宙のどこかの惑星のひとつなんだろうか?
そもそも、この世界の天文学とかどの程度発達しているのか。少なくとも現代とは全く違うが星座の概念は存在する以上、ちゃんと研究されているはずだ。現代の天文学の研究者とか連れてきたら大興奮なんだろうか。
まあ、俺には高校卒業程度の理科の知識しかない。
難しいことを考えるのはやめよう、ずっと先の人類が解明してくれるはずだ。
星だけが頼りの草原の中、剣を握り集中する。
黙々と素振りを続けていれば、自然と身体の動き全体が研ぎ澄まされる。
ただの練習と侮らず、一太刀に魂を込めて刃を振るう。
自分には、これしかできない。
一振に全てを賭けろ。
それがいつか実を結ぶと信じて、彼女の孤独に届く剣になると願って。
集中すれば次第に空想の相手を生み出し、剣筋はそれに対応する為の軌道を描き始める。
相手に対応する為に取り出したもう一振を握り、実体のない敵と勝負を重ねる。
二刀流による激しい連撃、体術による崩し技、大上段からの必殺、魔具の特性を引き出した炎による連携、そのどれを実行しようとも脳内の最強は尽くを凌駕して打ち落とす。
それは、さながら天体に浮かぶ星の様に。
夜を流れる流星の如く、遠いもの。
近付いたと思っても、空想の中ですらまだまだ遠い。
思った以上に熱が入り、身体を目一杯動かした俺は夜の草原の上で寝転ぶ。
身体に流れる汗が夜風で冷えていく感覚が心地よい。
視界いっぱいに広がる星々の光は、言葉では表現できないほど綺麗だった。
「なにしてるのよ」
「おあっ!?」
ここら辺は魔物もいないからと、完全に油断していて流星女が近付いている事に気が付かなかった。
彼女はスカートを押さえながら隣に座り込み、同じ様にして夜空に視線を移した。
「練習だよ」
「随分熱心な剣舞だったけど」
お前を想定して練習していたとか、恥ずかしくて言いづらい。適当に濁しておこう。
「眠れなかったから、身体を動かしたかったんだよ」
「ふぅん」
空を向いていたはずの目線がこちらへ向けられ、頬は緩み楽しそうな笑顔を浮かべる。
こいつ、わかってやがる。
「一体何を想定してたの?」
「さぁな」
わかっているくせに、意地が悪い奴だ。
「不安がらなくても、成長してるわよ」
目前まで迫る事はあっても、最後の一本が届かない。
成長してない訳では無いと、頭では分かっている。
できる限り早く、彼女の期待に応えたかった。
「わかってる。ただ、不安で眠れなかったのは別の理由だ」
「私が付いてて何が不安なのよ」
胸中の不安を吐露すれば不満気な表情を作り、ツンツンと包帯越しにほっぺを突っつかれる。触れる指先の温度が少しだけ温かい。
間違いなくこの世界でも最強クラスの彼女が付いている事は心強いが、それでも怖いものは怖い。不安なものは不安だ。これは、簡単に消えるものでもなければどれだけ準備しても収まらないだろう。
十九年間厄災を止めることだけを考えていたのだから、ある種の強迫観念みたいなものだ。残念ながら、いくらほっぺを突っつかれても変わらない。
「色々。でも、お前がいてくれるお陰でこれでも安心してる」
「当然なんだから、もっと安心しなさいよ」
彼女がいない状態で厄災対策をしないといけないとか、正直気が気でない。
もしも、ひとりで冒険者として名を挙げて厄災を止めるとかなっていたら今とは全く違うだろう。
彼女の階位としての力に助けられたのもそうだが、それ以上にメンタル面で救われた。
ここまで強くなれたのも、母さんと仲直りできたのも、折れかかっても前を向けたのも、こんな気味が悪い容姿にも関わらず隣に在った彼女のお陰だ。
本当に、色々な意味で助けられて救われている。
どんな事をしたって、この恩は返しきれない。
「あの時、仲間に誘ってくれて……俺をひとりにしないでくれて、ありがとう」
「何よ急に、むず痒くなるじゃない。別に、お礼なんていいわよ」
こいつも、普通に感謝されて照れるんだよな。
そんな事を考えながらほっぺを突く指を優しく握り、ゆっくりと身体を起こす。
他意はなかったが、握られたのが恥ずかしかったのかするりと逃げられてしまった。
「そう言えば、流れ星に逸話とかってあるのか? 願い事叶えてくれるみたいな」
前世では流星が流れる前に願い事を三回繰り返せば、願い事が叶うという言い伝えがあった。
案外、そういうのはこっちの世界にもあったりするんだろうか。
「あるわよ。流れ星が流れるまで願いを唱えれば、三個の願いを叶えてくれるって」
三回全部別々でいいのかよ、元の世界の流れ星と違って太っ腹である。
流石異世界の神様だ、言い伝えのスケールまで大きい。
「へぇ、なら、『流星』なんだから、お前に願えば叶えてくれるのか?」
彼女の二つ名は『流星』なのだから、願えば叶えてくれるかもしれない。そんな、冗談めかした言葉だったのだが。
「……言ってみなさいよ」
片膝を抱えながら彼女の身体がそっと近づき、その眼差しがこちらを探るように熱く注がれるのがわかった。
これまで空へ向けていた視線を翻して彼女を見た時、息を呑んで固まってしまった。
満点の星空のしたで滑らかに流れる黄金、星々の明かりに煌めく髪は神秘的で浮世離れしている。細く長い金色の睫毛は瞬きひとつされるだけで、心をかき乱されてしまう。
真っ赤なルビーの様な瞳の底には、普段の剣にだけ焦がれた燃えるような熱さだけではなく、たったひとりへ向けられる情動の炎が灯されていた。
「三つ」
形の良い赤い唇を歪ませ、囁く。
「言ってみなさいよ。願い事」
薄っすらと期待を孕んだ、甘い声色。
正直、俺はもう全てを投げ出して彼女に好きだ、愛していると言って抱きしめてしまいたかった。
彼女と出会って四年間、この想いが恋心として芽吹かない様に祈りながら時間を過ごしてきた。
彼女と過ごした日常は、相棒として、仲間として、好敵手として、どんな関係性で言い表しても幸せ過ぎるものだった。上からどんな風に相棒だ、仲間だと言い繕っても、自分の中に生まれた感情は着実に根を張り、こうして誤魔化せないほど大きくなってしまった。
共に厄災を乗り越えれば、きっと彼女と限りなく幸せな人生を過ごせるだろう。
まだ少しだけ遠い彼女から掛けられた期待に応え、共に色んな冒険をして、経験をして、行きたがっていた東の大陸へ行ってもいい。まだ見ぬ迷宮に挑むのも、未知の剣や魔具を探すのも、母さんに会いに行ったり、平和に田舎で過ごすのもいい。
どんな未来も、彼女と過ごすなら退屈しない幸せに満ちたものになるはずだ。
不確定に満ちた未来なのに、彼女の姿が隣りにあると想像するだけで幸せだと確信できてしまう。
俺は、どうしようもなく目の前の少女に惹かれていた。
だが、誰かを愛した人生が終わった時、俺は永遠の孤独を背負わなければならない。
人間は変わる生き物だ。どれだけ口先で愛を紡ごうと、人の想いは永遠じゃない。
幸せなエンディングを迎えた登場人物達は、永遠の愛を築けるかもしれない。
でも、この世界はゲームじゃない。
彼女はひとりの人間で、俺も生きた人間だ。
この人生を終えた時、次の人生、次の次の人生、はるか未来まで、果たして彼女に愛を誓うことができるだろうか?
この人生だけなら、俺は喜んで彼女に永遠の愛を誓おう。
厄災を止め、彼女の期待に応え、すべてを捧げて、幸せにすると約束する。
終りが来るその時まで、幸せにしてみせる。けれど、俺にはその先がある。そして、その先に彼女はいない。
俺は自分が弱い人間であると理解している。
弱い俺はいつか彼女への愛を忘れてしまうかもしれない。
彼女との幸せな思い出が楔となって、足を止めてしまうかもしれない。
今は、こんなに狂おしいほど抱いている感情を忘れ去ってしまうかもしれない。
それが、怖かった。変わることが怖い。
誰も彼もが一回きりの人生の中で、自分にだけ次の機会がある。
あぁ、情けないな。
ここで、永遠を誓えるほど強い人間でありたかった。
それでも、せめて純粋な想いを伝えようと。
「なら、ひとつだけ。死なないで、一緒に生きて欲しい」
本当はもっと違う言葉を送るつもりだったのに、自然と言葉が衝いて出ていた。
「俺の隣で、生きて、笑って、泣いて、これからももっといろんな表情を見せて欲しい」
馬鹿だ。
違う、こんな事を言いたかったんじゃない。
一緒に厄災を乗り越えようって、死なないでほしいと。
それだけのつもりだったのに、気が付いたら溢れていた。
こんな、告白みたいな台詞。
「──いくじなし」
ぽつりと、呟かれた言葉。
かぁっと、胸の奥が熱くなった。
あぁ!クソッ!
俺だってお前が好きだよ!
でもお前は俺を置いていくじゃないか!
お前はこの一生だけだ。
でも、ずっと俺はこの先も生きる。
それなのに、永遠の愛なんて、誓えない。
どれだけ自分の心に嘘を吐いて生きても、お前にだけは嘘を吐きたくない。
どうしようもなく腹が立って、愛おしくて、抱きしめた。
好きだって、愛しているって言ってしまいたいのに。
「やっぱり訂正だ。一緒に厄災を乗り越えてくれ、流れ星なんだろ? 願いを叶えてくれるなら、この不安を取り去ってくれ」
まずは、厄災を止めよう。
その後に、全ての答えを出すから。
どうか、それまで逃げることを許して欲しい
「残り二つの願い事は、後に取っておいて欲しい。全部終わった後に、お前に願うから。全部、伝えるから」
「そう……なら、待ってるわ。あなたの願いを聞き届けるためにも、一つ目の願いを叶えないと」
これは逃げだ。
無事に終わるかわからない。
どちらかが欠けるかもしれない。
それでも、無事に終わった時は全部を伝えよう。
前世のこと、未来のこと、包み隠さず全てを。
あぁ、クソ。怖い、全部が怖い。
厄災のことも、ずっと先の未来のことも。
「泣かないでよ、そういう顔をされると、どうしたらいいかわからないわ」
子供をあやすみたいな、酷く優しい声色だった。
「私が付いてるのよ?」
伸ばされた手のひらが、流れ落ちそうな雫を拭う。
「わかってるよ」
初めて、俺から彼女の頬にキスをした。
それからしばらくして、俺が二十歳の誕生日を迎える時。
西の大陸南部にある王国で、魔王が生まれるというお告げを受けた。