【書籍化】異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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戦い

 

 今代の厄災。魔王到来の知らせは驚くほど簡単だった。

 告げられたと言うべきか言語化が難しいが、朝起きた時に感覚的に理解した。

 

 これが女神の言っていたお告げというやつだろう。

 女神が夢の中に現れれば少しは情報を聞き出すこともできるかと期待していたのだが、そこまで上手くはいかない。

 

 これで出現する場所は掴んだ。場所は西大陸南にある王国。魔王が生まれる細かな時間はわからないが、これから一年以内で訪れる未来であるのは確実だ。

 

 まずは活動拠点を南にある王国に移して調査しよう。

 

「そういうわけで拠点を移動したい」

 

「いいわよ。行ったことなかったし、丁度いいわ」

 

 まるで旅行気分だ。

 

 こいつとの関係性や心の問題は、今は全て棚上げすることにした。フラグな気もするが、答えを出す為にも頑張れると信じるしかない。

 

 戦いが終わった後にゆっくりと答えを出すと決めた。

 

「相変わらずマイペースだな」

 

「張り詰めてもしょうがないじゃない」

 

 ここ行きたかったのよねなんて地図を広げれば、次々と行き先を提案してくる。

 棚上げしたのに、こちらの認識が明確に変化してしまったせいで、気を抜けば意識しそうで困る。

 

 可愛いのはわかっていたが、そういう対象として捉えれば余計に意識してしまう。

 

「ちょっと、聞いてる?」

 

 ずい、と顔をこちらへ寄せて。

 

「聞いてる、聞いてる」

 

 頼むから離れてくれ。

 理性とか心臓の鼓動とか、色々な意味で死にそうだ。

 

「旅行も結構だけど、俺達の目的は魔王の討伐だ。魔王を討伐するなら国も協力してくれるだろうが、その国を動かすにも証拠が必要だ。まだ具体的な情報はわかってないんだ、まずは向こうで魔族を探そう」

 

 こちらがどれだけ有名な冒険者でも、魔王が出ましたと言ってはいそうですかと動いてくれるわけじゃない。

 

 これで俺が高位の神官とかそういうのならまた話が違うんだが、残念ながらただの冒険者だ。女神のお告げが〜とか言っても心の病を疑われるに違いない。

 

 高校時代はまるで興味がなかったが、今になって神の声と言って大勢の人間を動かしたジャンヌ・ダルクの凄さを実感するとは、人生はわからないものである。

 

「空いた時間は付き合うから、それで勘弁してくれ」

 

「仕方ないわね」

 

 なんとか許された。

 流石に世界の存亡の危機と言っても休憩なしで頑張れるわけじゃない。適度に休みは取る必要がある。

 

 王国は西大陸の中でも地図上でかなり下に位置する。

 複数の大都市が連なり構成される連合国と違い、歴史のある大きな国家だ。

 

 連合国で作った人脈も利用して魔王探しは手伝ってもらう予定だが、如何せん他の国となればギルドからの助力は得られても、現地の貴族や国の人間からの協力を短期間で得ることは難しい。

 

 それと、優男くんにはこちらへ合流を頼む手紙を出した。

 

 手紙が届くまでとこちらへ向かう道のりで最速でも半年はかかるはずだ、魔王の出現までに間に合えばいいが期待しすぎないほうが良いだろう。

 

 確定できない戦力に期待を寄せるのは、将来的に自分の首を締めかねない。

 結局、情報が入った場所を自分達の足で確認するのが一番確実だ。

 

 

 

「相変わらず大した魔物もでないわね」

 

 王国の王都へ移動してきて半年、俺達はギルドから怪しそうな依頼を受けながら魔族探しに注力したが、殆ど成果は上がらなかった。

 

 奇妙なのは高位の魔物や、魔族の出没情報がこの国の王都周りはやけに少ないことだ。元から少ないわけではなく、ここ数年の間だけ減っている。

 

 更に調べれば、この国の王都付近だけ近年高位の魔物や魔族の出現件数が激減していた。

 王都から離れた場所では変わらず高位の魔物や魔族と遭遇したので、国の中心地から近い場所にだけ出現していない。

 

 

 魔王出現の知らせと、王都付近の魔族達の出現件数の減少、これらの問題が結びついていることは確定的だ。

 

 調べたいのは山々だが、肝心の情報源である魔族と高位の魔物が見つからないことには始まらない。

 

「どうしたもんかな」

 

 確実に何かは起きている。

 起きているが、これ以上の調査は今の人数では限界がある。

 

 今以上の規模で人を動かすなら、決定的な証拠が必要だ。八方塞がりである。

 

「その神様も当てにならないんじゃないの」

 

 信仰全盛の時代になんてこと言うんだ。

 

 この世界は神の存在が明確に示され、故に日本より強く重んじられている。それなのにこんな発言ができるのは、こいつくらいなものだ。

 

「それはないはずだ。俺をこの身体にしてくれたのも、その神様だしな」

 

 容姿最低値にした自分は馬鹿と言う他ないが、こっちの知識も聞けば教えてくれたり、能力値の仕組みも質問すれば教えてくれたのだから、向こうから助言や忠告をしてくれても良かったのではと今更ながら思う。

 

 それも、『世界の強制力』というやつのせいだったのかもしれないが。

 

「そう、ならあなたはそいつに感謝しなきゃね」

 

「この見た目でか」

 

 自業自得とはいえ、この外見のおかげで本当に酷い目にあったんだが。

 

「その身体のおかげで強くなれたんでしょ?」

 

 お前的には顔より強さのほうが大事か。

 

「“私は”別に顔の良し悪しなんて気にしないもの」

 

 含みのある言葉で、妖しさを秘めている。

 まるで、自分に会うために生まれたんだとも言いたげな。

 

 良からぬことを考えている気がしたが、気にしないことにする。触らぬ神に祟りなし、変なことを言って細切れにはなりたくない。

 

 でも、この強さがなければ彼女の孤独を癒やすことはできなかったと思えば、悪いことだけではなかった。

 

「強さには感謝してる……が」

 

 時期や場所について細かく教えて欲しかったものだ。

 

 できない事情があるんだろうが、探し出すこちらの身にもなって欲しい。もう少し細かい情報があれば、ここまで不安にならずに済むんだが。

 

「ないものねだりだな」

 

「わからないものを考えたって仕方ないでしょ、向こうは魔族が減ってラッキー程度にしか考えてないんだもの」

 

「そうだな……もうしばらく、様子を見るか」

 

 この国のギルドや武力のある貴族に近年の魔族や魔物の減少について、忠告はしたもののどちらも時期の問題や女神のお力だと原因について深く考えるつもりはなさそうだった。

 

 こういう時、実際に神の存在がある世界は安易に否定できないから大変だ。

 

 この時の為に地位を上げてきたんだが、事が起こらない状態での冒険者の発言は例え階位や一級であっても軽んじられる。一級や階位冒険者の持つ特権や個の力と、都市を治める貴族が大勢の人間を動かす力は全くの別物だ。

 

 魔王の出現に関係していると忠告しようとも、所詮は冒険者の戯言。

 

 現代で言えば、宇宙飛行士が証拠もなしで隕石が落ちてくると騒ぎ立てるようなものだろう。専門家であっても、根拠がなければ意味がない。

 

 力で訴えることもできなくはないが、そこまで行けばこちらが危険因子だと判断されかねない。

 

 魔王が現れても、一向に国が動かなかった場合の最終手段だろう。魔族達の動向は気になるが、今は機会を待つしかない。

 

 

 ──この時、もっと焦りを持って行動するべきだった。

 様子を見るなんて甘い考えは、捨てるべきだった。

 

 

 王国で過ごして九ヶ月、そろそろ優男くんにも手紙が届きこちらに向かう頃だろう。

 俺達は王都近辺の都市で変わらず依頼を請け負いながら魔族探しをしていた。

 

 今日も依頼を終わらせて、流星女と合流して宿へ戻ろうとしていた時。

 

 それは起こった。

 

 

視界を塗りつぶす激しい閃光が空を数秒覆い、その光がこの都市の兵士達が守護する城へと落ちて、爆ぜた。

 

 光に覆われた城は大半が吹き飛び、爆音を伴い崩れ去る。次いで、大勢の悲鳴が耳に届く。阿鼻叫喚の地獄絵図、先程までの日常が音を立てて崩れていった。

 

 脳が理解を拒んだ、常識を覆すほどの魔法の一撃。

 どれだけの魔法使いが集まれば撃てるというのか。

 

 いや、集める時間は十分あった。

 魔族は高位の魔法使いと変わらない力がある者も多い。

 

 時間さえかければ、この程度造作もない。

 都市を守る結界が砕かれ、街の外から魔物が押し寄せる。

 

 人に紛れていた魔族が、暴れ出す。

 

 地獄が、始まった。

 

「クソがッ!」

 

 都市や街というのは結界が魔物や魔族の出入りを拒み、遮断するものだ。

 それは、この世界では余りにも当たり前のことだった。

 

 結界のある都市や街に魔族が入り込むことはできない。

 やられた、完全に見誤った。

 

 理由はわからないが、なんにせよ奴らには結界を欺く方法があった。

 魔族を街中に潜り込ませる手法があったんだ。

 

 都市を覆う結界を無効化して、潜入させる方法。

 厄災には、常に常識を覆しうる異常性があった。

 

 そんな事ができるなら、行動を起こすのに徐々にする必要なんてない。徹底的に準備ができるなら、一発で終わらせればいいだけだ。

 

 クソ、クソッ、完全にやられた。

 

 厄災は、もっと純粋に力だけが突出したものだと判断していた。原理も理由もわからないが、結界を無効化して魔族を潜り込ませられる。

 

 それが今回の魔王が担う力なんだろう。

 どこを探しても無意味なのは当たり前の話だ。街の中に存在した。お隣で暮らしているんだから、見つかるわけがない。

 

 しっかり考えられてんじゃねえかクソ!

 

 この調子なら、他の主要都市や王都も同じ目にあっているかもしれない。ここだけが被害に遭ったとは考えづらい。

 

 突如街中に出現した魔物を撫で斬りにしながら、地面を踏み壊す勢いで全速力で城の方へと向かう。

 

 流星女の動向はわからないが、少なくとも俺より簡単にやられることはないはずだ。むしろ、自分が魔族に囲まれてやられないか心配したほうが良い。

 

 敵の将はどこだ? あれだけ高位の魔法をぶっ放すなら、中心になる魔法使いが存在するはずだ。

 

 まずは、敵の将を殺して勢いを削ぐ。その後、片っ端から都市内部の魔族と魔物を掃討するしかない。

 

 最低限都市の機能を回復させない限り情報の伝達すらできない。多分、あいつも似たようなことを考えるだろう。

 

 空から魔族達が降り立ち、正面を塞いだ。

 

「奴が噂の人間か、ま──」

 

「退け」

 

 一閃。

 

 言葉よりも先に、振り抜いた刃が魔族達の首を刎ねた。

 一太刀で全て斬り捨て、全速力で駆け抜ける。

 

 各所で爆発と巨大な魔力、奇跡による太陽より眩い光、呪術による魂を揺らす余波。

 今この瞬間。都市全体で、戦闘が行われていた。

 

 魔族は強い。屈強な肉体、魔法と呪術への高い適性。

 言葉も使えれば、人間を騙せるだけの知能がある。

 

 その上、何かしらの方法で人に紛れていた。

 脅威には間違いないが、こちらは一級の冒険者だ。

 

 一級冒険者はこの都市にも数人は存在する。

 騎士団も、あの魔法で滅んでなければ立て直しを狙う。

 

 魔族も大概おかしいがこちらの世界の人間も化物が多い。奇襲による被害は大きいが、それだけで負けるなんてことはないはずだ。

 

 

 地獄と化した通りを疾走する中、その巨体が目に止まる。

 

 夜を纏う様に漆黒に塗り固められた全身の鎧。禍々しいまでの力を放つ、俺の背丈ほどはありそうな巨大な大剣。

 

 ヘルムの下から覗く青い眼光には、身震いするほど冷たい殺意が眠っている。

 

 ひとりの巨大な黒騎士が、通路の前を塞いだ。

 あちこちに転がる冒険者の死体。その中には覚えのある二級のパーティーや、他の一級の顔もある。

 

 これを、こいつがひとりで殺したのか?

 

「貴様が、『剣魔』か」

 

 黒いヘルムの底から、重厚な声が響いた。

 

「二つ名呼びは勘弁してくれ、好きじゃない」

 

 ちゃんとこちらのことは把握されているみたいだ。

 

 この黒騎士が敵の将かわからない。それでも、これほどの強さの魔族。放って置くわけには行かないが、ひとつの疑念が生じる。

 

 こいつに、勝てるか?

 

 剣を握る手が、微かに震える。

 

「怯えているな? 逃げるなら、追いはしない。あの女剣士にでも、縋るが良い」

 

 重く響く声で、悠然と挑発してくる。

 

「生きていればの、話だが」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱く燃える感覚がした。

 あいつが、死ぬ? ありえない。あの強さなんだ。

 

 でも、徹底した奇襲による結界の破壊。一級すら殺して見せる強さ。

 嫌な想像が脳裏を過る。

 

「なら、お前から聞き出してやる」

 

 覚悟を決めろ。

 俺は厄災を止める為に生まれた。彼女に勝つ為に強くなった。

 

 速攻で倒して、居場所を聞き出して助けに行こう。

 

 どっちみち、あいつの性格なら城へ行ったはずだ。この道を通るなら、この騎士を倒す必要がある。

 

 ここで、殺す。

 

 

 

「ほう、良い眼だ。来い、剣士」

 

 初手から全力、抜き放った二振りが神速の軌道を描く。

 鎧の隙間を縫う、寸分の狂いもない首と腕を狙った斬撃。

 

 剣士としての身体能力を全て活かした、重みのある攻撃。

 

 ──ガ、ギィン

 

 黒騎士は巨体とは思えぬ速度で態勢を変え、こちらの斬撃を篭手と大剣で受け止める。

 止められるまでは問題ない。展開はここからだ。

 

 すかさず剣を逆手に握り交差させれば、鎧と剣の表面を滑らせ胴体を四等分にしようとする。

 

「遅い」

 

 交差した二振りを大剣で止められ、強引に振り抜かれる。

 

 大剣の衝撃だけで受け止めた剣を握る手の薄皮が削がれ、血が飛び散る。

 痛みを押し殺して軽く飛び退き、伝う血を拭う。

 

 今の行動、ここまで読んでいたのか。致命傷に至る攻撃は確実に潰してくる。装甲の厚さが尋常じゃない上に、鎧の隙間は徹底して防がれる。

 

「戦士としての心構えは未熟だが、強いな。磨かれた、剣技だ」

 

 今の攻撃であっちはほぼ無傷、こっちは一発もろに貰えば終わり。中々どうしてクソゲーだ。伊達に二級パーティーを壊滅させて一級を殺してない。

 

 装甲が硬すぎて、隙間を通す以外に防御を抜ける気がしない。しかし、それは相手がちゃんと対策してくる

 

「そりゃどうも」

 

 どうする? どうやって防御を貫く?

 

 鎧の隙間は警戒される、俺の技量では上からは斬れない。

 

 今のは俺が出せる最速、あれを防がれた以上速度で抜くのは無理。そもそもあの鎧はどうなっているんだ、竜の鱗より余裕で硬い。

 

「どうするべきか考えてるな? では、こちらから行くぞ」

 

 瞬間、黒騎士の姿が消える。

 

 暴風を伴い眼前に現れた巨体は、天へ向けた黒い大剣を真っ直ぐこちらへ振り下ろそうとする。

 大剣による振り下ろし、それは至極単純な技にして最も破壊力がある。

 

 脳裏を過るのは受け流しの判断。だが、直感は避けろと告げた。

 カウンターを返せれば確実に致命傷を負わせられる状況だが、直下に従って全力で後ろへと跳ぶ。

 

 大きく距離を取ったにもかかわらず、衝撃と共に吹き飛ばされて地面を転がる。大剣が振り下ろされた地点には、巨大なクレーターが出来上がっていた。

 

「ははっ」

 

 余りのヤバさに、自然と乾いた笑いが漏れ出した。

 剣で受けていれば確実に死んでいた、流石にあの威力は殺しきれない。

 

「いい判断だ」

 

 しきりにこちらを褒めてくるのは、余裕の現れか。

 実際、俺もこいつを殺せるビジョンが浮かばない。

 

 物理は無効で防御カンスト、当たれば即死とは最低レビュー不可避のクソボスだな。

 

 正直、前言を撤回して逃げ出したほうが良い気もする。だが、この程度に勝てなければ彼女に勝てるわけもない。

 

 こいつは魔族で生き物だ、赤かろうが青かろうが血が通っている。なら、剣で斬れば殺せる。そもそも、あの鬼畜流星女に比べれば、百倍マシだ。

 

「舐めるなよッ!」

 

 こちとらいつももっと酷いのを食らっている。

 剣を低い姿勢で構え、全力で駆ける。

 

 再現するのは、彼女が使う隙を与えぬ連撃。

 技量は満たない、まだ天と地ほどの差があるだろう。

 

 それでも、二刀流と身体能力でそれを強引に再現する。

 

「ぬぅ……」

 

 鎧は圧倒的な硬さがある。反撃こそされないが、ダメージはない。隙間は徹底して固めて、一切抜かせてくれない。

 

 このまま続けても、いつかは体力が切れるだけだ。

 今は、これでいい。

 

 防御を抜こうとしているように見せかけろ。

 これが全力だと思い込ませろ。

 

「ははっ、防御ばっかか!?」

 

 悟られぬ様に虚勢を張り倒す。

 余裕なんて微塵もない、精一杯の強がりだ。

 

 無理な動きの連続に、身体が攣りそうだった。

 後もう少しだ。もう少しだけ。

 

「……」

 

 黒騎士は、丁寧にこちらの動きを観察していた。

 なら、いつかは俺の連撃の隙に気づくはずだ。

 

 初めて流星女と戦った時。あの時の俺と、同じ様に。

 

「ふんッ!」

 

 刹那にも満たない、連撃の合間。

 そこを捉え、黒騎士が大剣を振るう。

 今だ、今しかチャンスはない。

 

 下手すれば身体を真っ二つに斬り裂かれる。

 それでも、退かずに踏み込む。

 

 退くな逃げるな、間合いの内側に踏み込め。

 黒騎士の下からの一閃に合わせ、左手の炎の魔剣を軸に合わせる。

 

「ッ!」

 

 魔族としての圧倒的な膂力が乗せられた大剣による掬い上げ。ジェットコースターに乗った時より遥かに重い衝撃が、俺を軽々と空へと高く舞い上げた。

 

 黒騎士の力は想像以上だ。城の最上階よりも天高く打ち上げられたことで簡単に都市全体を一望できた。

 

 酷い戦場だ、あちこちに人の死体が転がる。城や外壁は崩れて、形もない。

 そんな地獄と違わぬ戦場の中でも、彼女の星明かりは良く見えた。

 

 何だ、思ったより余裕そうだ。

 彼女は彼女の役割を果たしている。

 

 なら、俺が足を引っ張るわけには行かない。

 ここからが、正念場だ。

 

「──」

 

 受けた方の炎の魔剣から、最大まで魔力を捻出させる。イメージするのはジェットエンジンの点火。炎を、熱を利用することで反動により空中で加速する。

 

 宙空での加速。速度が増す毎に空気を破り、風を纏う。

 唸りを上げる炎による加速の最中、炎の魔剣を放り上げて残る魔剣を両手で握る。

 

 空中での亜音速の加速に併せて、黒騎士目掛けて全力で斬り降ろす。空から降りかかる一条。

 

 剣士としての技を全て込めて、大剣の上から相手を崩そうとする。

 

 尋常ならざる衝撃が黒騎士の身体を駆け抜け、地面に伝った衝撃により地面が大きく陥没する。

 

 空中の落下と炎に寄る加速が生じたエネルギーを全て利用した極限の一撃。

 

 真正面からそれを受け止めた黒騎士の足部の鎧はひしゃげ、真っ赤な血と砕けた肉体が露呈する。だが、それでも黒騎士は倒れなかった。

 

「まだ、終わらん!」

 

 既にこの身に勢いはない。後は振り上げて魔剣ごと身体を裂かれるのみ。

 

 黒騎士も、勝利を確信しただろう。

 だが、そうはならなかった。

 

 振り上げられる勢いを利用し、組み付いた剣を軸に身体を黒騎士の後ろへと投げる。

 

 回転する視界の中で、大剣をそのままの勢いで振りかざす黒騎士の姿がある。当然として、力を受けた魔剣はへし折られた。力を逃す先はなく、既にこの手に武器はない。

 

 ──この手には。

 

「俺の、勝ちだ」

 

 天から降るのは、先程放り投げた炎の魔剣。

 

 宙空に放り出されたまま、魔剣を掴み取る。

 

 わずかでも遅れれば、大剣により両断される。

 

 だが、これまで積み上げられてきた経験が、最強の剣士との立ち会いが、その狂いなき一閃を実現した。

 

「見事なり」

 

 炎の斬撃は、黒騎士の鎧の合間を縫って首へと至る。

 大剣は勢いのまま身体の真横を抜けて、建物に衝突した。

 

 全力で魔剣の炎を鎧の中へとぶち込み、反撃の隙も与えずに命を絶ち切る。

 その身から生気が抜け落ちると、黒騎士は膝を着いた。

 

 

 黒騎士に、勝った。

 未だに現実感はないが、それでも勝った。

 これまで殺し合った中で、間違いなく最強だった。

 

 生の実感すら薄い、ふわふわとした感覚に包まれながらも流星女を探して街を駆ける。

 彼女を助けなければ、そう思って駆け付けた城の跡には、無数の魔族の死体とその山の上に立つひとりの少女の姿があった。

 

 魔族の中には死してもその身に魔力を宿すほど強力だった者も存在する。恐らくは、最初の狼煙となった一撃を放った魔族達。

 

 普通の冒険者であれば、どう足掻いても手に余る存在。だが、この場に転がる死体の全て、流星女が片付けたんだろうと察することができた。

 

 無数の死体の上に怪我ひとつなしで佇む姿は、伝説と謳われる存在に間違いなかった。

 

 わかってはいたが、人間業じゃない。

 どうやら、心配する意味はなかったようだ。

 

 なんならこっちが心配されていただろうな。

 

「遅かったわね、魔剣は?」

 

「手強いのがいて。そいつに折られた」

 

 手強いどころの騒ぎじゃない。普通に死にかけた。

 未だに自分が無事だという実感はない。

 

 長年連れ添った相棒だったが、仕方がない。名誉の最期だ。

 

「一番強いやつがそっち行ってたみたいね、こっちは雑魚ばっかだったわ」

 

 流星女はバッグから適当な魔剣を取り出すと、俺に放り投げる。それを受け取って、改めて周囲を確認した。

 

「やられたな……」

 

 死屍累々、魔族の死体も腐るほどあるが、それ以上に原型を止めない人間の死体のほうが多い。

 

「泣き言は後よ、まずは中を掃討するわ」

 

「わかってる」

 

 今は兎に角時間が惜しい。

 何かを嘆いて後悔している暇はない。

 

 魔族達の策略を見逃した俺のせいだと泣き出したい気持ちはあったが、泣き言を言う余裕すらない。

 

 全て、こいつらを片付けてからだ。

 

 俺達が倒した魔族が主力の殆どだったのか、勢いは弱まり他の一級や冒険者、騎士団達の手も借りて撃退できた。被害は甚大だったが、これでもまだ後に確認した周辺都市の被害に比べれば些細なものだ。

 

 都市を制圧した後、兵士達が早馬を走らせて周辺都市や王都の情報を確認してきた。

 

 わかったことは王都近辺の都市の幾つかは両者壊滅、勝利した場所も崩壊寸前。王都は王城の城門を閉ざして未だに耐え忍ぶ戦いが続いている。

 

 まともな都市機能と戦力を残しているのは、周辺ではこの都市だけだ。奴らは相当に入念な準備をして、王都の周辺都市も陥落させるのに十分な戦力を仕込んだ。

 

 息をしている都市はここひとつ。

 つまり、王都に救援を送れるのはここだけ。

 

 残った騎士も冒険者も、十分な戦力とは呼べない。

 

 RPGのラスボスなんて、最後まで魔王の玉座に座って勇者を待つものじゃないのか。

 余りにも攻め方がアグレッシブで、知能的過ぎる。

 

「どうするの?」

 

 どうすりゃいいんだろうな。

 いや、選択肢はひとつしかないんだが。

 

 王都を取られれば、逆に今度は籠もられる。

 それに、あの魔族を潜伏させる能力は厄介過ぎる。

 

 早急に仕留めなければ、人類への被害は広がる一方だ。

 さっさと救援に行くしかないのだが、正直恐怖でいっぱいだ。

 

 あの黒騎士レベルがわんさかいると思うと、無理だろと嘆きたくなるがまだ王都では必死に戦っている者が存在する。

 

 これが、何の関係もない対岸の火事なら良かった。

 

 現代だって、地球のどっかではいつも争い事が起きている。だが、この世界では俺はそれを止める為に生まれて、その力も与えられた。

 

「怖いの?」

 

 あぁ、そりゃ怖い。

 下手すれば今回で死んでいた。

 

「怖くないとは、口が裂けても言えないな」

 

「情けないわね」

 

 後ろから背中を叩かれて、押される。

 彼女の期待する相棒は、こんな簡単に怖気づかない。

 

「私が付いてるじゃない、それに、あなたは私の相棒でしょ?」

 

「はは、そうだな」

 

 いつも通りに、彼女は笑った。

 彼女の期待に、応えたい。自分のこれまでに報いたい。

 俺が使命から逃げれば、誰かが死ぬ。

 

「助けに行こう」

 

「そう言ってくれるのを待ってたわ。準備するわよ」

 

 俺達は、残った戦力を掻き集めて王都へ向かう準備を始める。

 ……そういえば、魔族にはあの魔剣の効果は刺さるかもしれない。

 

「ひとつ魔剣を貸してくれ」

 

 いつまでも魔具の中で埃を被っていた記念品にも、役割が巡ってきたかもしれない。

 

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