異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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魔王

 都市の防衛に最低限必要な戦力を残し、志のある者達だけで王都へ救援へ向かうことが決まった。

 みんな逃げ出すかと思ったが、ある意味魔王討伐の旗印にもなる『流星剣』の存在や、生き残った騎士達と騎士団長が救援へ向かう意向を固めていたことが大きかった。

 

 騎士団長の指示で救援軍の編成はスムーズに運び、襲撃の次の日に王都へ向けて出立することが決まった。

 自分は軍事作戦に関する知識なんかはないので、大まかな動きは全て騎士団長に任せ、魔族の将軍や隊長クラスには一級以上の冒険者をぶつけて欲しいということだけ伝えた。

 

 他の冒険者や騎士と情報共有してわかったが、あの黒騎士は都市を襲撃した魔族の指揮官だったようだ。

 自分は知らないところでトップとタイマンを張っていたらしい。流石にあのレベルがうようよいるなら諦めていた。

 

 

 

 決戦を次の日に控えた夜というだけあって、中々眠れる気がしない。

 この二十年の人生の意味を決める瞬間が、刻一刻と迫っている。

 

「見てみたかったわね、その黒騎士」

「もう二度とあの兜は拝みたくない」

「そうは言うけど、結局勝ったんじゃない」

「運が良かったんだよ、お前との模擬戦がなかったら確実に死んでる」

 

 重さの方向性は流星女と別だが、受け止めた時の腕のしびれは殆んど同じだ。

 受け流すたびに腕がもげるんじゃないかという気持ちになる。

 自分でもまだ両腕がくっついてるのが不思議なくらいで、しびれた状態でも受け流し慣れてたから生きてるだけだ。

 

「四体」

「なに?」

「多分、あいつが四体いたらお前でも負ける」

 

 流星女はこれまで見てきたどんな人間、魔族、魔物よりも強い。

 圧倒的に卓越した剣技、戦士として研ぎ澄まされた戦闘感覚、あらゆる物事に動じない精神力、丈夫で柔軟な肉体にあらゆる魔剣を扱いこなす才覚、全ての要素が流星女を最強の剣士足らしめてる。

 

「あなた、私が負けるっていうの?」

「あぁ」

 

 俺の言葉に流星女は怒りを覚えたようだった。

 

 どれだけ強くとも彼女は人間だ。

 身体を斬られれば血は流れるし、魔剣の特性を利用しても対応できる数には限りがある。

 ただの魔族が千体押し寄せようと怪我ひとつしないだろうが、あの黒騎士は別格だった。

 

 流星女がどれだけでたらめに強いかはよくわかってるが、あれが一挙に四体以上押し寄せれば、厳しいはずだ。

 

「誰が、負けるって?」

「お前が、魔族に負ける」

「私に一回たりとも勝ってないくせによく言うものね」

 

 それはその通りです。

 

「お前の身を案じてるんだよ。この戦いは確実に数で常に不利を背負う、ただの魔族が百、千来ようが関係ないのはわかってるけど、あの黒騎士は俺よりも強かった。場合によっては退くことも視野に入れてくれ」

 

 正直、勝てたのは運だ。

 実力で勝っていたと言うのは、驕りが過ぎる。

 

「別に、お前が誰かにタイマンで負けるだなんて言ってない」

 

 剣技だけに頼らず全力で戦った流星女の実力には、足元にも及ばない事はわかってる。

 それでも、自分と同レベルの実力者が同時に襲いかかれば、流石に無傷とはいかない。

 

 敵がこちらの情報を把握してるなら、彼女が狙われる事もありえる。

 できるなら常に傍で戦いたいが、不測の事態もあり得る。

 

「むぅ……」

 

 こちらの心配に対して不服そうな表情を浮かべる。

 かわいい顔をされても心配なものは心配だ。

 

「私のことより、心配するなら自分のこと心配しなさいよ」

「わかってるよ」

「ま。私が守るんだから死なせないけどね」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 彼女からしたらこっちの方が心配でたまらないだろう。

 弱い魔族を倒すだけでいいなら簡単だけど、徹底して準備した魔族がこの程度とも想像できない。

 

「それでも、心配なんだ」

 

 彼女が死んだらなんて、想像したくない。

 

「わかったわよ……無茶はしないわ、これでいい?」

 

 そこまで言えば、観念したのかしょうがないとでも言いたげに頷いた。

 

「ありがとう」

「あなたも、無茶して死んだりしたら許さないから」

 

 生憎と死ぬ予定はないが、この戦いが始まってから常に死の恐怖は付き纏ってる。

 それを払拭できるわけじゃないけど、彼女の言葉は少しだけ勇気をくれた。

 

「まだ残りの願い二つ、言ってないしな」

 

 茶化すようにして言えば、彼女の顔はみるみるうちに赤く染まる。

 何か言うかと思ったが、耳まで赤くなって黙り込んでしまった。

 軽い冗談のつもりだったが、大分効いたらしい。

 

「ちょっと、黙るなよ」

 

 黙られるとこっちも恥ずかしくなるんだよ。

 

「……だから」

「なんて?」

 

 上手く聞き取れずに聞き返すと、耳先まで真っ赤なまま服の襟を掴んでくる。

 表情は綺麗な金色に隠されて見えないが、隙間から覗く紅い瞳は普段よりも熱を孕んでいる様に思えた。

 

「その、願い事……全部、あなたの口から聞かせてよ」

 

 こいつ、いつも自分がどれだけ反則な表情してるのかわかってるのか?

 こんな事を言われたら、余計に死ぬことはできないな。

 

「わかった、約束だ」

「ん……」

 

 約束と明言すれば、彼女は少しだけ満足したように微笑んだ。

 

 こういう会話はいわゆる死亡フラグというやつだが、実際に当人になればフラグを建てずにはいられないものなんだなと実感する。

 その後は、ようやく身体が今日の疲れを実感して眠りに就くことができた。

 

 

 

 

 遠くから映る王都は、王城は大きな結界に包まれていたが城下街は煙や炎があちこちから上がってる。

 まだ戦闘の最中であるのが、外から見ていても伝わってくる。

 

 全容を確認することはできないが、門は確実に破られてる。

 無事だと断定できるのは、王城だけだろう。

 

 

 作戦はわかりやすい二方面攻撃だ。戦力が少ない中で分散するのは本来下策だが、こっちには流星剣がある。建物は残らないが、民間人の無事が確認できたら片っ端から流星剣で薙ぎ払ってもらえば良い。

 

 昔は魔力を溜めている間は動けなかったが、魔力を全て込めずに範囲や指向性を絞るなら戦いながらでも問題ない。

 相手してるときはおっかないことこの上ないが、味方としては頼りになり過ぎる。

 

 そんな訳で俺達は少ない人数で北門から突入、もう片方は東門から突入する。

 

 こっちは上級冒険者を多く集めた少数精鋭で内部の撹乱とあわよくば将軍級や魔王の討伐、あちら側は騎士団の大人数を要する正面攻撃により中央を制圧して王城へ合図を送り、内と外で挟み撃ちの形を取るのが理想形だ。

 上級冒険者がこちらに集中してると聞けば不安だが、東門側にはあの初手の城爆撃を無傷で凌いだヤバめの騎士団長が指揮を執ってるのでなんとかなる。

 

 なにひとつ十分とは言えないが、時間は待ってくれない。

 これまでの時間が意味を持つ時が来た。

 最後の戦いが、始まる。

 

 

 

 作戦開始時刻を迎えると同時に門で待機していた哨戒役の魔物を蹴散らし、城下町へ突っ込む。

 城下町はあちらこちらで火が回り、魔物と人間の死体が散乱している。

 人のできる所業ではない、できる限りの残虐を尽くした死体の数々。

 昨日の惨状よりも惨い、余りにも命が軽々しく扱われた戦場の姿がそこにはあった。

 濃く重い鉄の臭いと、人間が焼ける臭いが混ざり合い、酷い悪臭が漂って来る。

 

「来るわよ」

「構えろ!」

 

 陰惨な光景に心を痛める暇もない。

 侵入者に気が付いたのか魔物が雪崩のようにして押し寄せる。

 魔剣を抜き、流星女と背中を合わせて構える。

 

「後ろは任せたわよ」

 

 返事はない。

 俺達は揃って駆け出した。

 魔法の炸裂音、刃物が魔物の肉や鱗を断つ音が響く。

 後ろを託して眼前の敵に集中する。激しい乱戦でも前方しか警戒しなくていいのなら楽なものだ。

 

 動きを読み、急所を見切り、刃を振るう。

 滑らかな軌道を描き、二振りの剣が次々と命を奪い取る。 

 それぞれがお互いの死角をカバーして、押し寄せる群れに対処する。

 

 この部隊は最低でも四級冒険者以上、それに準ずる実力者で固められた少数精鋭だ。

 並以上の魔物が押し寄せたとしても、大して問題ない。

 

「数だけは一丁前ね」

 

 数分とかからずに掃討すれば、他にも見かけた魔物を片付けながら中央区へ向けて駆け抜ける。

 

「生き残りはほとんどいなさそうだな……胸糞が悪い」

 

 あいつら、徹底的に市民を殺害している。

 四肢を引きちぎられて弄ばれた死体、原型がないほど潰されたもの、殺し方は様々だった。

 

 魔族、魔物は本能的に人間を害する生き物だ。神話によれば彼らを生み出した邪神により、そう作られたと言われている。故に、人間、獣人、エルフなど、人族と括られる者達から排除されてきた。

 本能に従って人間を殺すのは理解できる。だが、人間の尊厳を凌辱するような殺し方は人間を深く理解している魔族にしかできない。

 

 端的に言って、気味が悪い。

 

「気をつけろ、人間をよく理解してる魔族がいる」

 

 魔王の指示かはわからないが、厭らしいやり方だ。

 ファンタジー世界の魔王なんだから大人しく勇者が来るまで待ってて欲しいものだ。

 

「そろそろ中央よ」

 

 予定なら、中央区で合流だがそこには騎士団の姿はない。

 東門の方角からは未だに戦闘音や、爆発音が聞こえる。

 外壁の上を飛び回る魔族の姿もある。こちら側は魔族の数が少ないと思ったが、東門に集中してたのか。

 

 不味いな。これだと王城に合図を送るどころか城下町に入れない。

 王城にどれだけの戦力が残ってるかは未知数だが、少なくとも王城に丸ごと結界を張って持たせられるだけの戦力はある。

 こっちの行動に気づいてさえくれれば、反撃の芽はあるが……

 

「西門、王城の方からも来てるわね」

「不味いな」

 

 視線を向ければ、ぞろぞろと魔族や魔物達が押し寄せて来るのが遠目でわかる。

 彼らの大移動で王城側が気が付いてくれればありがたいが、恐らく相当数の魔物が王城には張り付いてるはずだ。少し減っても気が付いてもらえるかは運次第となる。

 

 もしも東側が突破できなかった場合は完全合流の予定だが、このままだと俺達が挟み撃ちだし、確実に東側は物量で壊滅する。

 東門でみんなで合流しても、向こうの戦力が集中して物量差で被害が広がる。

 

 ここまで手こずってるなら、あの騎士団長でも手に負えない奴と戦ってるはずだ。魔王と対峙してる線もある。

 

 今の状況で勝利に必要なことは三つだ。

 王城へ知らせを送り、増援に気づいてもらう。

 王城と西門からの挟み撃ちを防ぐ。

 東門の加勢に向かう。

 

「っ……」

 

 どうしたらいい?

 迷い、俺は隣の彼女に助けを求めてしまう。

 彼女なら、こんなどうしようもない状況に対する答えがあるんじゃないかと。

 

「私、あなたに会うまで独りで戦ってきたわ」

 

 迷いのない、綺麗な瞳だった。

 

「だから、悪いけれどこの状況でどうすべきかわからない。正面の相手を斬ることしかできないから」

 

 助けを求めたにも関わらず無情な返事だ。

 だが、彼女の眼の奥には別のものがあった。

 

「あなたは、今日まで考えてきたんでしょ。戦い抜いてきたんでしょ。止める為に生まれてきたんでしょ。なら、あなたが決めなさい。この中で私の次に強いのはあなたよ」

 

 それは、期待だ。

 誰よりも強い、俺に対する期待。

 

「あなたが言うなら、私は言われた通りにするわ。あそこに突っ込んで片付けてきてあげてもいいし、魔王の首を取ってくることだってしてあげる」

 

 あぁ、全くこいつは。

 言葉も行動も期待も、本当に重い女だ。

 

 彼女は、力強く俺の胸ぐらを掴んだ。

 いつ見ても、爛々と煌めく紅い瞳は綺麗だった。

 

「あなたを信じてるから。いつか、私に勝てる男だって」

 

 ほんと、なんであんな言葉を言ったんだろうな。

 頑張らなきゃいけないのは苦しいけど、後悔はない。

 誰にも期待されないより、彼女からの重苦しい期待は心地が良い。

 

「わかった」

 

 この状況で冒険者を率いてるのは階位第十六位の『流星剣』である彼女だ。

 作戦会議をする時間もなければ、他の誰かの言葉では従えない奴が生まれる。

 有象無象の冒険者がこれまで文句ひとつ言わず行動してきたのは、『流星剣』という圧倒的な伝説と力が先頭に立ち導いてきたからだ。

 

 その彼女が、俺に全てを託すと言った。

 この場で、彼女の次に強い俺に。

 

 

 正直、戦術の勉強は少しかじった程度だ。

 土壇場の作戦で、酷いことになる可能性もある。

 それでも、今はもうこれしかない。

 

 誰かが犠牲になる可能性は高いし、俺も彼女も死ぬ可能性がある。

 特に、彼女に多くの敵が集中する。

 彼女が崩れればあっけなく失敗するだろう。

 

「お前が一番キツい役割だぞ」

 

 それでも───

 

「誰に言ってるのよ」

 

「あなたの相棒なんだから、任せなさい」

 

 俺の相棒は、自信満々に答えた。

 

 

「わかった。ならここでお前は城と西門から来る奴らを全部止めてくれ。被害は気にしなくて良い、多分生き残りは全部城の中だ。誰も通すな、思う存分ぶっ放せ」

 

 ここまで生存者は見なかった。城下町が制圧されてるなら魔力や臭いで感知できる魔族と魔物が生存者を残す訳が無い。なら、人的被害を気にする必要もなくなった。

 彼女ひとりを残すことに不安は多いが、俺以外の誰かを残しても足手纏いになる上、あいつの全力に付いていくのは初見じゃ絶対に無理だ。

 

 かなり無茶苦茶言ってるが、これが彼女が一番戦いやすい形だ。

 

「楽勝よ、任せなさい」

「付いてこられるメンバーは俺と一緒に城への道を突っ切って王城へ救援の知らせに向かう。残りは東門の救援だ。東門が終わったら中央は無視して最初の予定通り城を囲んでる奴らを挟み撃ちにする」

 

 全て上手く行けば一網打尽にできるが、一箇所崩れれば孤立無援だ。

 

 全員が全員、完璧に納得したという表情ではない。

 それでも、否を言う者はこの場に存在しなかった。

 

 こんな作戦に命を預けたくないよな。

 俺だって怖い。二十になったばかりの若造の作戦だ。

 付いて来た以上、悪いけどこの包帯野郎の作戦で我慢してくれ。

 俺も、最善を尽くすから。

 

「色々意見はあると思うが、細かいことを詰める時間も、議論する余裕もない。この中で俺は一番若いし、経験もない。それでも、この作戦に命を賭したなら俺に預けて欲しい。俺も、命を賭けて全力で戦うから」

 

「全員、無事で再会しよう」

 

 慰めにもならない言葉で鼓舞すれば、彼は軽く笑いながら手を挙げる。

 なんだ、思ったよりもやる気がありそうだ。

 流石はベテラン冒険者、伊達にこの地獄に来たわけじゃないらしい。

 

 心配でないと言えば嘘だけれど、彼女が俺に期待するように俺も彼女に期待しよう。

 

「私は、言われた通りここから一匹も通さないわ」

 

 彼女の代名詞である流星剣に魔力をみなぎらせながら、背中を向けて語る。

 

「だから、あなたも約束守ってよね」

 

 あぁ、わかってるよ。

 

「作戦開始!」

 

 力強く叫べば、全員が一斉に行動を開始する。

 振り返ることはしないで駆け出す。

 

 背後で、星の煌めきが爆ぜた。

 

 

 

 

 

 波の如く押し寄せる魔物達の最低限だけを倒し、強引に突っ切る。

 流石は二級以上なだけあって隙がなく、魔物の群れの中を駆け抜けてるにも関わらず怪我ひとつない。

 

 魔物の群れを抜けられるだけの実力があり、俺の速度に付いて来られるのは二級以上の前衛の冒険者達に限られた。

 人数の少なさから不安もあったが、逆にそれが全体の行進速度をあげ、想定していたよりもずっと速いスピードで王城へと近付いていた。

 

「おい、包帯の兄ちゃん。やっぱアンタあの『流星剣』の嬢ちゃんとデキてんのか?」

 

 隣を並走していた一級パーティーのリーダーらしき壮年のおっちゃんがいきなり聞いてくる。

 お前、死を覚悟する戦場でする質問がそれでいいのかよ。

 

「まだ」

「まだ!?もしかして終わったらってやつか?」

 

 おっさん、なんでそんな興味津々なんだよ。

 

「ははぁ、燃えるねぇ」

「なにがだよ」

 

 それより自分の心配をしてくれと思ったが、恐らくこのおっちゃんは今のメンバーの中だと俺の次に強い冒険者なんだよな。魔法と呪術を高水準で使える上に、本人は足が速い優男くんとはまた違うタイプの魔剣士だ。

 群れを抜ける時の魔物と魔族の対処数もダントツでこの人が多く、全体を観てリカバリーしてくれている。

 

「安心しろよ、ガキひとり無事に返せなきゃ一級の名前が廃るってもんだ」

「二十歳だ」

 

 彼らからすれば二十歳なんて子供かもしれない。

 前世を通せば四十代、大体似たようなものなんだが。

 

「まだまだガキじゃねえか。テメェら!包帯の兄ちゃん終わったらあの流星剣と結婚すんだとよ!」

 

 こいつ言いやがった。

 そもそも結婚とはひとことも言ってない。

 

 城下街を駆け抜けながら、彼らは次々に野次を飛ばしてくる。

 少し余裕が出た途端にこれである。まあ、冒険者なんてこんなもんだ。

 この間も的確に魔物を処理してるのだから、文句も言えない。

 

「正直、アンタが作戦出すとか言ったときは帰ってやろうかと思ったが、作戦自体の出来はともかく、最後のあれは悪くなかったぜ」

 

「この戦いに全員が命を賭けてる。うちの国を滅茶苦茶にしたクソの魔族を殺す為にな。それに関しちゃ、お前も俺も同じ仲間だ」

 

 意外にも褒められて少し驚いた。

 いや、もうここまでくれば、見た目なんて関係ないか。

 彼らは、同じ作戦をともにする仲間だ。

 

「作戦も、トチったら終わりだが上手く行けば悪いもんじゃねえ。信じてるぜ、包帯の兄ちゃん」

「俺も、アンタ達のこと頼りにしてるよ」

 

 優男くん以外の男の知り合いは少なく、こういう会話は少し久しぶりな気がした。

 

「おう。生き残ったら酒の一杯でも奢ってくれや、隊長さん」

「全員分奢ってやるよ」

「だってよ!」

 

 ドッと歓声があがり、また次々に野次が飛んだ。

 

 こういう馬鹿なノリはしたことがなかったが、楽しいものだ。

 それが、最後の戦いを前にした勇気付けの為の誤魔化しだとしても。

 

 生き残ったら、腹一杯になるまで酒でもなんでも奢ってやる。

 

 くだらない話で盛り上がっているうちに、王城に近づいてきた。

 まだ遠いが、その様子を確認することはできる。

 

 巨大な結界に包まれた王城と、それを囲む大勢の魔物と魔族の姿。

 彼らは、結界を前にして攻撃するでもなく、動かなかった。

 人族を殺すことを本能とする彼らが、不思議なことに攻撃をしない。

 明らかに異様な光景だった。

 

「数が多いな、行けるか?」

「魔法で合図を打ちあげる、この距離じゃ怪しいがもうちょい進めば気づくだろうぜ。わざわざ近くまで行く必要はねえよ」

「わかった、合図は任せる」

 

 後少しだ、もう少し近付けば合図を送ることができる。

 王城の中の戦力が反撃を開始したと同時に、こっちからも攻撃を仕掛ければ良い。

 この人数だと撹乱にしかならないだろうが、それでもないよりマシだ。

 

 後方の様子はわからないが、少なくとも自分達の作戦は達することができる。

 その安堵に包まれそうになった瞬間だった。

 

 

 

「───うわ、もしかしてもう来たの?」

 

 誰も気づくことができなかった。

 まるで、当然のように目の前に存在していた。

 

 気怠げに肩を落とすひとりの青年、くすんだ茶髪の隙間から覗く漆黒の角、闇を孕んだ人ならざる魔力。背中を丸めた気迫のない姿に似つかわしくない荘厳な漆黒の服装は、魔王と呼ばれるに相応しいものだった。

 

 こいつが、魔王。

 人類の脅威にして今代の厄災、魔を統べる王。

 

 今この場に存在する中で、こいつこそが絶対の強者だった。

 絶対者を前にして、動けば死ぬという動物としての本能が俺達の身体を張り付けにしていた。

 

「本当にもう来たの?ちょっと速すぎるでしょ。やだなぁ、もうさ~」

 

 面倒なことが起きた。そう言いたげな様子で、俺達を一瞥する。

 視線が合った時に、ようやく指先一つの感覚が戻って来る。

 

 確かに、こいつは強者だ。

 立ち上る魔力の総量が、それを物語っている。

 でも、目を合わせてわかった。

 

 全力の流星女よりは、弱い。

 なら、怯えることなんてないはずだ。

 

 

 あらん限りの全力を込めて、剣を振り抜いた。

 

「全員行け!合図を出して包囲を解かせろ!」

 

 張り裂けそうな怒号により、ようやく身体を動かすことを思い出した彼らは一斉に駆け出した。

 おっさんは、ひどく申し訳無さそうな眼をこちらに向けていたが、それでいい。

 

 俺達の役割は王城に合図を送り、包囲を解かせて流星女や東の戦力と合流させることだ。

 そのためには誰かがこいつを止めなきゃいけない。なら、それはこの場で一番強いやつがやればいい。

 

 下手な感傷を抱かないタイプで良かった。一番避けなければいけないのは人員が欠けて合図が送れないこと。仕事を徹底できる辺りは流石は一級だ。

 

「あっぶないなぁ」

 

 振り抜いた剣は、魔力による障壁により阻まれた。

 これまで相対してきたどんな魔法使いよりも、強固で、硬い。

 全力で振り抜いた剣に対して、魔力の揺らぎひとつさえない。

 

 どれだけ熟達した魔法使い、賢者であろうとも衝撃を受ければ魔力は揺らぐはずだ。

 だが、それがこの魔王にはなかった。

 余りにも馬鹿げてる。

 

「あ、いっちゃったよ……まいっか。めんどくさいし」

 

 魔王はまるで俺が目の前に存在しないかのように振る舞った。

 王城への伝達に動いた冒険者達も、まるで周囲を飛ぶ羽虫と変わらないと言いたげに。

 

 魔王は、気怠げにこちらへ向けてその手のひらを向けてくる。

 空間を塗りつぶすほどの純粋な力の塊が、解き放たれる。

 

 初撃を避けられたのは、日頃から至近距離で喰らえば即死に近い斬撃を受けてるからだ。

 反射的に身体が回避動作を取り、それが偶然噛み合った。

 

 魔法でも、なんでもない。

 ただ魔力の塊を投げつけるだけの行為が、後ろにあった建物を丸ごと薙ぎ払った。

 

「っ……」

 

 魔王、想像以上の化け物だ。

 身に纏ってる魔力の量が人間のそれじゃない。

 黒騎士も大概クソゲーだったが、今回はそれ以上だ。

 

 どれだけ時間を稼げば良い?

 そもそもこいつから逃げ切れるのか?

 

「てかお前の魂変じゃない?超キモいじゃん」

 

 予想してなかった言葉に、動きを止めかけてしまう。

 

 魔王には魂の形が見えてるのか?

 これまでそんな奴に出会ったことはなかったが、確かにあれだけ数値を変化させた俺の魂は歪に違いない。

 

「もしかしてお前も神にやられたの?あ!そっちも声が聞こえる感じ?魔族殺せみたいな」

 

 魔族を殺せ。

 つまり、こいつの場合は人間を殺せとでも聞こえてるのか?

 

「どういうことだ?」

「え、違うの?お前も人間殺せ~!みたいなのがガンガン頭にうるさく聞こえるんじゃないの?」

 

 こいつには、それが聞こえてるのか。

 

「確かに、女神の力を受けた。でも、一回もそんな声は聞こえてこない」

「え、聞こえないのにこんなことしてんの?なんで?」

 

 意味がわからないという顔だった。

 

「ぐーたらしてればいいじゃん、どうせ僕ら魔族はいつか殺されるし」

 

 気味が悪い、この上なく不気味だった。

 自分達がいつか負けることまでわかった上で気怠い、面倒臭いと口にしながら無数の死体を積み上げる。そして、それを当然としているこいつの姿はなにか異常だった。

 

「それが与えられた使命だからな」

「使命ねぇ。なら結局似たようなモノなのかなぁ。お前みたいな同じ様に神様の干渉を受けた存在とか初めて会ったよ」

 

 今は会話でも戦闘でも時間を稼げれば良い。

 

「お前には、神の声が聞こえるのか?」

「そうだよ。僕はさぁ。魔王になりたいわけでもないのに権能とか貰っちゃって、みんなに担ぎ上げられてさ~。声は毎日殺せ!殺せ!ってガンガン響いてうるさいし」

 

 魔王になりたかったわけじゃない?

 魔王は自分でなるものじゃないのか?

 

「でも、しょうがないから我慢して、人族を滅ぼす準備したんだよ?みんなにも我慢してもらって、たま~に我慢できない奴もいたから、そういう奴には消えてもらって。1年きっちり準備したんだけどなぁ」

 

 失敗した仕事を愚痴る様な口調だった。

 奇襲を警戒している気配もない。

 いや、必要ないか。そもそも通らないんだ。

 こいつには奇襲を警戒するだけの理由がない。

 俺にべらべらと情報を話すのも、いつでも殺せるからだろうな。

 

「権能ってのはなんだ?」

「あ、ないの?僕の『権能』は、何もしなければしない分だけ力が増幅される。僕らと似たような存在はみんなあると思ったんだけどな。僕の権能っていうのはさ、僕の部下にも適用されるんだ。だから、強かったでしょ?み~んな。一年間なーんにもさせなかったから」

 

 確かに、あの黒騎士は異常なまでに強かった。

 他の魔族も、連合国で戦った魔族よりも強かった気がする。

 

「あ、もしかして僕が説明するまで気が付いてなかった感じ?」

 

 他は殆ど即死だったせいで、正直黒騎士が異常に強かった印象しかない。

 

「いや……」

「これだよこれ!一年待ったのにさぁ!実感してもらえないとか、ほんと酷いわ〜。みんな弱すぎるし、人族が強すぎだよ」

 

 魔王は心底ショックを受けたようで、はぁと大きなため息を吐いた。

 

 ため息を吐きたいのはこっちだ。

 主要都市は大打撃を受けて王都に至ってはほぼ壊滅。それでも、これまでの厄災に比べればまだかわいいものだから恐ろしい。

 

「正直、無理なんだよね~。ニキュー?イッキュー?あの人達、ちょっと強すぎてうちの雑魚じゃ勝てないよ」

 

 人族の中には流星女みたいなイレギュラーが存在する。

 それ以外にも、一級冒険者ひとりでも普通の魔族数百人は死に、それが徒党をなしているのだから、魔族側からすれば大変だろう。

 

「あ~、そろそろ始めとく?向こうに行ったの、いつまでも放置しても面倒くさいもんね」

 

 勘弁してくれよ、その気になられたら終わりだ。

 

 回避に専念して、生き残ることだけを目標に剣を構える。

 魔王はその場から一切動かず、手を振るって魔力を練り始めた。

 

 

 今度の攻撃は、先程よりもはっきりと読めた。

 こいつが使う攻撃は、魔法ではなくやはりただの魔力の塊だ。

 

 膨大な魔力を強引に固めて、解き放つ。

 酷すぎる力技だが、ある意味で最も厄介な技だ。

 

 問題は───

 

「ッ!」

「ちょっと、避けないでよ」

 

 魔法とは魔力により世界を歪める法だ。

 魔法により生み出された炎や水、現象には必ず歪みの元となる起点が存在する。

 だが、この魔力の塊には起点になる部分がない。

 

 つまり、起点を断ち切らなければ、魔剣であろうと防げない。

 量が少なければ、防ぐこともできるが、魔王の場合は巨大過ぎる。

 

 俺はこいつの攻撃に対して回避以外の選択肢がなかった。

 少しでも戦闘から意識を逸らさせようと、回避しながら質問を続ける。 

 

「魔族が結界を通り抜けられたのも、お前の力か?」

「あぁ、うん。僕の力って動かない間は存在自体を“溜め込んでおける”みたいな性質があるんだよ。だから、大人しく色んな都市に潜入してもらったの」

 

 この魔王、ほんとになんでもペラペラ喋るな。

 殺せるからってのもあるんだろうが、本当にどうでもいいのか?

 

 言葉を信じるなら、こいつの強さは待機してた長さのおかげということか。

 

「みんなにいっぱい我慢してもらって一年間待ったんだよね。本当はもっと待ちたかったんだけど、みんな殺せ殺せってうるさくてさ。僕は我慢できるけど、やっぱホンノー?知能が低いのは我慢できないんだよねぇ」

「今も聞こえるのか?」

「うん、聞こえるよ。お前のこと、殺せって」

 

 魔王の目に力が込められた。

 背筋がゾクリとして、剣を握る手に力が籠もる。

 ひときわ大きい魔力の波が放たれれば、建物の上に飛び上がり間一髪で避ける。

 

「どうして、全力でやらないんだ?」

「言ったじゃん。女神の力を受けたやつを初めてみたってさ、それに、面倒くさいじゃん」

 

 面倒、こいつにとってはそれが全てなんだろう。

 

「どうせさ〜。僕らの世代じゃ人間滅ぼすのは無理じゃん。それならさ、ダラダラしてたほうが良いでしょ?」

 

 そう思うなら攻撃する手を止めろよと思うが、全力で来られないだけ時間が稼げる。

 

 段々と盾にできる建物の数も少なくなってきた。

 躊躇なくぶっ放しまくるお陰で王都の景色は見るも無惨なものだ。

 

「お前ら魔族や魔物には、全員その声が聞こえるのか?」

「本能に刻まれてんだよね。人族、特に人間とかいうウジ虫を殺さなきゃいけないってこと」

 

 至極当然、当たり前を語るようにして魔王は口にした。

 

「人間のキモいのはさ、エルフとかの少数種族と違って、殺しても殺してもゴキブリみたいに湧いてくるところ」

 

 けらりと笑い、今度は手のひらを上に向けて巨大な魔力の塊を形成し始める。

 

 巨大過ぎる。あれを避けるのは流石に無理がある。

 借りた魔剣の効果を使えば凌げるかもしれないが、まだ切り札は残しておきたい。

 

「君も結構強いしさ、あの神器使ってる娘もいるし、本当に面倒くさいことこの上ないよ」

 

 命ずるようにして腕を振り下ろせば、込められた魔力全てが奔流となって襲いかかる。

 ここまで来れば、もはや障害物など意味もなさない。

 

 瞬間的に斬り崩した地面を盾に屈むことで逃れようとするが、衝撃で吹き飛ばされて転がる。

 並大抵のことでは傷つかない身体に、かすり傷が無数に刻まれる。

 

 吹き飛ばされて身体は痛むが、まだ致命的な傷は受けてない。

 

「そう言えば、随分向こうで派手に暴れてるみたいだけど、市民の命とか気にしない感じ?」

「どうせ全員殺しただろ」

 

 土煙を斬り払って立ち上がり、向こうの出方を窺う。

 こちらは死ぬ思いをして攻撃を凌いでるにも関わらず、相変わらず魔王は余裕綽々だった。

 先程と変わらない立ち位置でこちらの事を眺めている。

 

 一発ぶち込んであっと驚かせてやりたいが、回避で精一杯だ。

 

「うわ。幾らか生き残らせときゃよかった……」

 

 襲撃作戦を思いつくだけあって、城の開城を迫る為の脅しにでも使ったのだろう。

 それで文字通り全員殺してるのは、実に魔族らしい。

 

 しかし、これだけの魔力を使ってるのに溢れてる魔力の量がまるで変わらない。

 どういう仕組みだ。魔道具か、さっき言ってた権能の効果か?

 

「そう言えば、うちの将軍殺したのってあの神器使いの娘?」

 

 神器というのは流星剣のことか、将軍って誰だ。

 

「君等の都市襲ったのにさ、全身黒鎧の魔族がいなかった?」

 

 あいつかよ。

 魔族の将軍だったのかよ、それは強いわけだ。

 

 なんだ、じゃあ俺は魔族の将軍とひとりで戦ってたのか?

 思ったよりも大金星だったな。

 

「その反応、もしかして殺したのって君?」

 

 明らかに魔王の反応が変わる。

 これまでの気怠げな様子見の姿勢から、明確な敵意に変わっていた。

 できればずっと面倒臭がって欲しかったが、いい加減本腰を入れるようだ。

 シャレにならないからやめてほしいが、泣き言も言ってられない。

 

 目の前の敵に集中する。

 最悪逃げたとしても、誰かが倒してくれるかもしれない。

 

 でも、それが大切な人達に危害が及んだ後では意味がない。

 今も後方では仲間や流星女が戦ってるんだ。

 

 怯えるな、こいつはあの流星女より弱い。

 

「嫌な目だなぁ。僕のことを殺せるとか、そういう事を考えてる目だ」

 

 未だに一歩も魔王は動かない。

 その場で魔力を練り上げ、今度は魔法を行使する。

 この王都を火の海に変えたであろう炎の魔法。

 荒れ狂う魔力が燃える暴威となって、顕現する。

 

 やっと使ってくれた。魔法なら、斬れる。

 魔王なだけあって魔法発動までの速度も尋常じゃない。

 これまで引き剥がされた距離を一歩で詰め寄り、魔法発動の核となる部分に刃を通す。

 

 ───斬った。

 

 確信と同時にせめて魔力を削り取ろうと斬りかかろうとした瞬間。

 魔王が、にやりと笑う。

 

 魔法の起点を斬ったにも関わらず、炎は変わらずそこにあった。

 それはつまり、壊された魔法の起点を瞬時に理解して再構築したということ。

 

 魔法の練度は、これまで見てきた魔法使いの中で最高。

 魔法の再構築など天才であろうと、不可能な所業。

 

 面倒くさい怠いとか言ってガッツリ努力型じゃねえか!

 

「『燃えろ』」

 

 全てを欠片も残さず吹き飛ばし、溶かし焦がしてしまう力。

 

 炎なんて生温いものじゃない、爆炎が全身を包み吹き飛ばされる。

 全身が熱く、咄嗟にかばった左腕の感覚がない。

 左手を見れば、黒く焦げて指先は変形していた。

 

 これは、左手はもう使えないな。

 あれだけの威力でも生きてるのは、引き換えに得た丈夫さのお陰だ。

 

「けほっ……クソ……」

「うわ、良く生きてるね。流石、魂がそんな形してるだけあるよ」

 

 あぁ、死ぬほど痛い。

 それでも、左の剣を鞘に納め、剣を杖代わりに立ち上がる。

 まだ時間を稼がないとダメだ。

 こいつがいる限り、包囲を解いたとしても潰される。

 

 これまでに徹底して魔力だけぶつけてきたのは、誘い込むためだったんだろう。

 まんまと釣られた。これだと今まで通りに避けられるかも怪しい。

 

「魔法が斬られるって分かってるのに、使うわけ無いでしょ?」

 

 その通りだよ、馬鹿だった。

 これまでの会話も、どこまで本当かわからないな。

 意識を反らすための作戦だった可能性もある。

 

「お前、よく性格悪いって言われないか?」

「人間から言われるなら褒め言葉みたいなもんだね」

 

 こいつ、絶対に殺す。

 でも、自分の意志に反して焼き爛れた身体は言う事を利かない。

 まだ致命傷も何も与えられてない。

 

「逃げるのを徹底されてたら殺せないから、寄ってくれてよかったよ」

 

 魔王なのに小手先の技を利かせて来るのは勘弁して欲しい。

 別にそんなのしなくても強いだろ、流星女くらい脳筋であれよ。

 変わらず、魔王は最初の場所に立っている。

 

 ようやく、少しだけ仕組みがわかった。

 予測通りなら、多少は状況がマシになるはずだ。

 

「じゃ、もう面倒くさいから終わってね」

 

 またしても魔法を組み上げる。

 魔法発動までのコンマ数秒を狙う。

 身体の悲鳴は無視して、全力で駆け抜ける。

 

「斬れないってわかったでしょ」

「やってみないとわからないだろ?」

 

 魔法の起点、そこに片手で二回重ねて斬り込む。

 魔王は微かに驚いた表情をして、魔法を再構築して発動しようとする。

 

 だが、その時間があれば良い。

 魔力の波を防いだ時のように、魔王の足元を斬り崩して身体を浮かせる。

 

「ちょっ」

 

 そして、浮いた身体に思いっきり回し蹴りを放つ。

 魔力の障壁の上から、全力を込めた蹴りが突き刺さる。

 

 吹き飛ばされながらでも魔法を行使されるが、こっちも今回は余裕がある。

 もう再構築はないと踏んで的確に核を断ち、魔王の様子を窺う。

 

「君、結構頭回るタイプだね」

 

 少しだけだが、先程より変化があった。

 これまで微かな減少もなかった、全身から立ち昇る魔力の量が減っている。

 

 ───ビンゴだ。

 

 こいつの権能は確かに語った通りだが、それは何もしないではなく動かないだけでも発揮される。

 最初に現れた地点から動かなかったのは、動かないことで権能の条件を満たしてたんだろう。

 細かい条件はわからない。だが、こいつは動かないことであの無尽蔵の魔力を得てたんだ。

 

 まあ、種が割れたところで俺の圧倒的不利は変わらないんだが。

 身体は熱いし、さっきの動きで全身が痛い。

 左腕は相変わらず黒焦げで動かない。

 

「原理を解明したのは褒めてあげるけど、回復もできないし、限界近いんじゃない?」

 

 正直、キツイな。

 視界はぼやけて、意識も飛びかけだ。

 約束を、果たせないかもしれない。

 

「まだ余裕だ」

 

 虚勢を張っても、身体は既に限界を訴えていた。

 

「じゃ、おつかれさま」

 

 軽い調子で告げれば、魔王は炎を生み出した。

 確実な死を遂げるほどの威力。

 踏み込む体力も、避けるだけの気力もない。

 

 クソ。動け、動いてくれ。

 どれだけ願っても、身体は言うことを聞かない。

 

 冒険者共に酒も奢れないし、優男くんとは結局再戦できてない。

 彼女との約束は何も守れなかった。

 願いごとも直接は伝えられそうにない。

 好きだってことも、伝えてない。

 

 まだ、死ねない。

 終われないんだよ。

 

 

 崩れ落ちそうになるのを堪え、身体いっぱいに力を込める。

 けれど、現実は無情にも不可能を告げる。

 力を込めたはずが、糸が切れたように崩れてしまう。

 

 あぁ、クソ。

 頼む、頼むから動いてくれ。

 まだ死ねない、死ねない理由しかないんだ。

 

 

 地面に伏したまま目の前を見れば、炎が迫るのが見えた。

 ストンと、脳はこれから訪れる現実を認識してしまう。

 

 

 やっぱ告白しておけばよかった。

 俺が死んだら引きずるだろうからとか。

 彼女が死んだ時苦しいからとか。

 色々考えたけど、伝えられないままはやっぱり苦しい。

 

「悪い」

 

 この場にいない相手に謝る。

 

 まあ、これまで頑張っただろ。

 十分だ。十分、頑張った。

 精一杯生きたよ。

 

 あぁ、嘘だ。やっぱ、悔しいな。

 そんな事を思いながら、目を閉じる。

 

 ごめん。

 

 

 

 

 

 

 だが、終わりはいつまでも来なかった。 

 

「───先輩、お待たせしました」

 

 目を開けば、そこには眩い白銀の光があった。

 随分と背丈が伸びた金髪の美丈夫。

 かわいい系から憎たらしいほどのイケメンに成長してる。

 白銀の剣を握る姿は、まさしく勇者という感じだ。

 

 遅いぞ、馬鹿野郎。

 

「いい感じのピンチに間に合ったじゃないですか。さ、立ってください。念願の友達との共同戦線ですよ」

 

 優男くんの奇跡により先程までの怪我が嘘の如く治り、活力が湧き上がる。

 ほんと、いいタイミングで来てくれた。

 両手が使えるなら、あの切り札も使える。

 

「ここから、反撃戦だ」

「ちょっと懐かしいですね」

 

 俺達は、四年ぶりに肩を並べた。

 

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