異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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決着

「神器使いの娘と君だけでも手に余るのに、ちょっと聞いてないなぁ」

 

 魔王は苦虫を噛み潰した表情でこちらを睨む。戦い始めてから初めてまともに表情が崩れた気がするな。それほど、優男くんの登場は向こうにとっても想定外だったみたいだ。

 

「お前、どうやって」

「魔族の動きが妙だと小耳に挟んだ時から嫌な予感がしていたので、途中から全力で移動してきました。他のみんなに門はお願いしてあります」

「ははっ……ほんと、頼りになるやつだよ」

「言ったじゃないですか、先輩の助けになるって」

 

 有言実行の極みで頼もしいことこの上ないが、正直優男くんが来たからといって一発形勢逆転と侮れる相手でもない。能力のタネは割れたが相手はこれまで散々こちらに対して嘘を混ぜてきた。下手な過信はしないで注意して立ち回る必要がある。

 そもそも、相手の権能の発動条件が本当に留まることなのかも怪しい。

 

「先輩、気をつけるべきことは」

 

 俺と並び立つ優男くんが剣を握り、腰を落としながら静かに魔王を観察するその立ち姿には以前にも増して気迫と鋭さが備わっている。以前の可愛らしい少年のあどけなさなど欠片もない、完全な戦士としての立ち振舞い。

 

「留まらせるな、地面を吹き飛ばしてもいいから兎に角動かせ。そうじゃなきゃ、恐らくあいつの魔力は減らない。魔法は斬っても再構築される、やるなら避けるか相殺。魔法の練度は今まで見てきた中で一番だ」

 

 最低限、伝えるべき情報のみに絞り伝える。

 何処までが本当かわからない以上、起こった情報だけを伝達するべきだ。

 魔王も静かに魔力を漂わせながら出方を窺う。突如現れた正体不明の戦力、警戒しないわけにも行かない。

 

「わかりやすくて助かります」

 

 だが、そんな魔王の思考を透かしたようにひとつ笑みを漏らせば、神速で以て魔王へと距離を詰める。

 空間を裂く勢いで迸る銀の剣閃、魔を滅する為の圧倒的な力がただ純粋に振りかざされる。魔物、魔族、その対極に位置する力。夜を連想させる黒く濃い魔王の魔力に拮抗するように、空の下で白銀の煌めきが炸裂する。

 純粋な魔力と魔剣に込められた聖力のぶつかり合い。わかりやすいほどの出力勝負の天秤は優男くんに傾きかけているのが目に見えた。

 

「ちょっ、ちょ」

 

 魔王の焦りを他所に、先程まで瀕死だった身体に鞭打ち疾駆する。

 俺の攻撃は通らない。だが、今の状況を変化させるには十分。

 既に天秤は傾き、風がひとつ吹けば決する。

 

 こちらの防御に障壁を展開したその隙間を縫い、正面からの出力勝負を制した光剣が振るわれる。

 魔王は光剣に障壁を展開して一閃を退けようとした。しかし、その先の展開は俺も魔王も予想しないものだった。

 

 魔王の障壁は俺の斬撃も、魔剣の炎も、自らの魔力の爆発さえも通さない絶対的な防御力がある。それは、圧倒的な魔力に裏打ちされた覆しようがないもの。だからこそ、最初は魔力を削る事から始めなければいけない───はずだった。

 

 淡い白銀の光を纏った斬撃は障壁をまるで“存在しない”ものとしてすり抜け、魔王に一太刀を刻む。肉と骨を断ち切る音を鳴らし、赤々とした液体を飛び散らせながら魔王は大きく飛び退いた。

 

 未だ現実を受け入れられない、困惑の混じった表情。

 俺にも理解ができなかった。なんだ、何が起きたんだ?

 剣が魔力障壁をすり抜けた?

 

「痛ったいなぁ……もしかして、それも神器?聖剣ってやつ?」

「友人を散々痛めつけてくれた人に答える義理は、ないですね」

「神器二個目とか聞いてないけど……折角そっちの彼も削ったのにやり直しだし、散々だなぁ」

 

 ふと、優男くんの剣は何処かの貴族とかお姫様から貰った光の剣とか呼ばれるヤバめの武器だった事を思い出した。もしかして、実は流星剣並のチート武器だったりするのか?

 仮に、なんの条件もなしであいつの障壁を貫けるのなら戦闘の大前提が大きく変わる。これまでは魔王に権能の条件を満たせないよう、その場から動かす為に小細工を挟みながら魔力を削る必要があったが、これならばメインの攻撃を優男くんに任せて俺はサポートに回れば良いだけだ。

 

 一回の攻防でお互いにそれを察したのか目線を合わせて頷けば、停滞した戦闘が再開された。

 

 幾度も激突する白銀の剣閃と黒の魔力、合間を縫うようにして舞う魔剣の炎。

 俺の役割は明確だ、魔法発動の隙を与えさせない。相手の動きと魔法発動を阻害させる為の隙作り。

 

 相手の障壁は、完全な不意を衝かない限りあの膨大な魔力を使い切らせるまで持続する。

 だが、優男くんの攻撃は違う。だからこそ、その一太刀をねじ込む為に俺は徹底して連撃することで隙を生み出す。

 

 

 それぞれの魔法と魔剣の力が入り混じり異様な空間を生み出す。これまでのどんな戦いよりも苛烈で、激しい力の激突。呼吸ひとつさえ緩めてしまえば、死んでしまうかもしれないと錯覚させる。

 

「最っ悪だよ!本当に!」

 

 魔王は、これまでの態度と一転して荒々しく言葉を荒げながら無数の魔法を展開して応戦する。

 もはや、ひとつひとつの制御は捨てて再構築もない。魔法陣、起点を斬れば魔法は停止するが如何せん余りにも展開数が多すぎる。

 

 瞬きの間に俺と優男くんで二十の魔法陣を切り捨てようと、相手はその次の瞬間には倍の魔法、魔法陣が展開される。

 

 魔法の発動速度が、尋常じゃない。

 

 普通、魔法の並列発動は出来て数個が限界。身体を動かしながらともなれば、その上限は更に縮まる。

 それにも関わらずこの尋常ではない魔法数を実現させているのは、自らを障壁で守りながら細かな制御を捨てて暴発覚悟で魔法を乱射するという、魔力の化物にしか許されぬ芸当だった。

 

「なるほど、確かにこれは見たことないですね」

「だろ?」

 

 それでも、俺達の間に焦りはなかった。

 冷静に、淡々と相手の魔法を見極め対処が必要なものを斬り捨て、着実に削る。

 

 優男の猛攻と接近を捌く為の魔法発動と、俺の攻撃に被弾する度に使用する魔力障壁。

 魔王の魔力は目に見える範囲で減り始めていた。

 

 単純な手数の増加と、特効とも呼べる光の魔剣の力。

 明らかに流れはこちらにある、あの絶望的なまでの差が着実に縮まりつつある。

 

 それでも、油断はできない。魔王も馬鹿じゃない。さっき俺を丸焦げにしたみたいに、下手すれば優男くんを一撃で戦闘不能にできるだけの力がある。だけど、徹底して魔法発動を潰すことで狙う余裕を与えず、魔力の塊は集約でワンテンポ遅れる隙に回避に専念する。

 

「鬱陶しいなぁ本当!」

「そいつは悪い、なッ!」

 

 魔王は青筋を立てながら、子どもが積み木を崩すかの如く腕を大きく薙ぎ払う。

 魔力は奴の意のままに従い、感情のまま空間を捻じ曲げる程の魔力が集約される。

 城を木っ端微塵にした時の爆発と同規模の力が込められた絶死の力。

 

 魔力とは、魔法として成立することで初めて真価を発揮する。

 単純な魔力だけでエネルギーとして運用するのは、余りにも非効率。

 だからこそ、魔法使いは魔力を魔法へと変換させようとする。

 

 魔法、魔力により起点を生み出して世界を意のままに歪める法。

 だが、魔法は魔法であるがゆえに対処ができる。

 

「今度はわざとじゃないな」

 

 感情に起因した明確なミスだった。

 莫大な魔力の核へと飛び込み、流れるようにして一閃。

 魔法発動を遅らせる為に斬り込み、再構築の時間を要求する。

 

「ああもう!」

 

 この戦場では、その再構築の時間だけで“隙”とするには十二分。

 横から迫る極光を纏う銀の刃に、魔法を間に合わせることはできない。

 

 忌々しげな表情で睨み、魔王は積み上げた魔力を手放し霧散させる。魔王の身体から掻き集められた莫大な魔力が空中に溶け出し、黒い霧を生み出した。雲間に差す陽光の様に、空間を覆う黒い霧を裂き白銀が吠える。

 

 乱された感情で遅れた行動、それは一流の剣士を前にしては遅すぎる行動だった。

 白銀が獲物を捉えたと同時に聖力が解き放たれると、黒い霧と魔王を白い光が飲み込み、吹き飛ばす。

 

「戦いやすくて助かります」

「俺もだよ」

 

 正直、一緒に戦った事もそこまで多いわけではないのに阿吽の呼吸と言っても差し支えない連携で驚いている。肩を並べるの自体4年ぶりでここまで他人に合わせられるのは、余程戦いが上手いからなのかなんなのか。

 

「よく先輩の戦いを見てたので、そのおかげですかね」

 

 思考盗聴やめろ。

 

「次来るぞ」

 

 ふざけた会話をする余裕も生まれたところで、落ち着いて致命傷を受けた魔王の出方を窺う。

 正直、戦況はこの上なく有利だった。魔王の魔力は先程の連発と魔力障壁の使用で大きく削がれ、致命傷を避ける為に常に動き回らせたことで権能の条件を満たせなかったのか、魔力は着実に削れている。

 

 勝利は目前に近づいているのに、気が抜けないのは何故か。

 

 目に見える魔王の余裕はない、それでも勝利を確信するには違和感がある。

 邪魔をされた苛立ちはある、想定外への驚きもある、それでも敗北を焦る感情だけは魔王からはまだ感じられなかった。

 

 最初に使い損ねた切り札を何処で使うべきか悩む。使わずに勝てるならそれが一番だが、そんなに甘い相手ではない。

 

「けほっ……ははっ、あぁ……これは……ツイてなかったね」

 

 魔王は半ば諦めた笑顔を浮かべるが、やはりそこに焦りはない。

 不利に立たされたにも関わらず底を見せないのは、何か隠し玉があるからだろう。

 まだ、奥の手があるはずだ。 

 

「畳みかけます」

 

 目線と言葉ひとつ、それを合図に囲い込んだ魔王へと踏み込もうとする。しかし、これまで潜ってきた修羅場が、積んできた経験が自然と互いの足を止めさせた。

 

 魔王を軸にして、最初に比べ見る影もなかったはずの魔力が膨張する。溢れる邪悪な魔力は生物であることを否定したくなるほどで、この場に立ち続けるだけでも息が詰まった。最初とは比較にならない魔力を今もなお全身から溢れさせている。

 

「冗談だろ?」

 

 本来、魔力の回復は自然経過か何か魔力を溜め込むような特殊な道具を使わなければ起こらない。

 そして、目の前で起こるのはそのどちらにも該当しない現象。瘴気とも呼称できそうなドス黒い魔力はその多さに周囲一帯を覆う。身体から漏れ出た魔力でこの量は、明らかに魔族という生き物がその身に宿せる魔力の量をオーバーしている。

 

 災害、天災、ひとつの個体がそれらと同列の言葉である“厄災”として語られる。

 その意味を、俺は初めて真に理解させられた。

 災害や天災に立ち向かおうとする人間は存在しない。

 厄災とは、文字通りの災であるが故に。

 

 その場に存在するだけで漏れ出す魔力により空気が軋み、空を暗澹が覆う。

 絶対的な、存在としての格の違いだった。

 

「これを使わされた以上、もうこっちの負けなんだけどさぁ」

 

 この口振りとここまで出し渋って来た以上は、魔王の切り札なんだと察せられる。

 俺が想定していた狡い奥の手とはまるで違う。

 本当にゲームの魔王の第二形態みたいなもんだ。大概にして欲しい。

 

「どういう仕組みだ?」

 

 理解できずに漏れた言葉に、魔王があくびしながら回答をする。

 

「溜め込んだ一年分だよ。今までのはあくまで自前、こっちが備蓄分。わかった?」

 

 もう一回言わせてくれ。冗談だろ?

 

 つまり、この魔王様はこれまで戦ってきた状態がデフォルトで、貯蓄した一年分の魔力には手を付けていなかった訳だ。使いたがらなかったのは恐らく、一回起動すればまた溜め直しが必要で途中で発動をキャンセルできないからか?そして、多分これを流星女や他の階位級の冒険者に充てる予定だったのかもしれない。

 だとしても、俺達からすればクソボスもいいところだ。

 

「どうしますか、先輩。逃げるなら、最後のチャンスだと思いますけど……勝てると思いますか?」

 

 流石の優男くんも異次元の魔力に気圧されながら聞いてきた。それでも、まるで何か俺に起死回生の逆転の作戦でもあるかのように聞いてくる。

 

「そう……だな」

 

 正直、普通に確かに逃げて仕切り直したいが、ここで逃げれば間違いなくあいつはこの有り余る魔力で城をぶっ壊すだろう。

 逃げることもできず、あいつの魔力を無視して葬り去れる起死回生の逆転の手もない。ここまで差が開いた以上、切り札は本来の役目を遂げられない。

 

 

 どうするべきか頭を悩ませる時、ひとつの疑問が浮かぶ。

 

 いや……いいんじゃないのか?

 

 奥の手を消費させた以上、一度退いてどんな形でも消耗させれば俺達二人でも勝てる上に流星女を連れてくれば確実に勝利できる。城に残された人間は確実に全滅するだろうが、代わりに魔王は絶対に討つことができる。

 

 俺の目的は、その時代に生まれた厄災を討伐することだ。

 だから、あとはもう逃げればいい。

 それだけで安全に魔王を殺すことができる。

 そうだ、それでいい。

 

 

 何故か、俺の足はまるでこの場から動かなかった。

 

 俺は正義漢なわけじゃない。自分の損得勘定に合わせて気分に悪い選択をする事は前世からあったし、何が何でも市民を助けたいというわけじゃない。

 

 そりゃ、できるなら市民も助かって欲しいし、冒険者達にも生きて欲しい。でも、実際は世の中はどうにもならないことの方が多い上、これはそのどうにもならないことの方に分類されるだろう。

 

 人間は自分の周囲以外に目を向けることは難しい。

 前世では世界の裏側で起こる誰かの死も端末ひとつ通せば情報でしかなく、この世界で死は余りにも当たり前だ。

 

 そういう、どうしようもないことに目を瞑って生きてきたし、これからもそうするだろう。

 それなのに、どうして俺の足はこの場から動かないのか。

 

 

 ───期待を裏切りたくないからだ。

 

 解決策があるのではないかと信じてくれる優男。

 

 足止めを任せて未だに城門周囲の魔物を散らす冒険者達。

 

 それ以外にも、信じて付いてきてくれたもの。

 

 何よりも、誰よりも、自分に勝てる存在だと信じてくれた彼女の期待。

 

 それを裏切りたくない。

 この場で尻尾を巻いて逃げ出す奴が、彼女に勝てるはずがない。

 変わらず彼女は好いてくれるかもしれない、隣に立つ事を認めてくれるかもしれない。

 それでも、自分が嫌だった。論理的な言い訳ばかり並べて、目の前の犠牲を許容することも。

 

 だから───

 

「いや、逃げない。俺達で勝つ。悪い、失敗したら一緒に死んでくれ」

「友人ですし、先輩の頼みですからね」

 

 からりと、軽い調子で微笑んで返される。

 なんともできた後輩だ。

 

 望みはない訳じゃない、ずっとこれまで使ってない手札がひとつだけある。

 鞄の奥でいつも埃をかぶっていた。とっておきが。

 

「一瞬だけでいい、隙を作ってくれ」

「わかりました。一瞬でいいんですね?」

「あぁ」

 

 流星女から借りたあの魔剣の力、それは俺達が迷宮で発掘した時から誰の目にも見せたことはない。

 つまり、“あの効果”を知っているのは俺と流星女だけだ。なら、この不意打ちは確実に通用する。

 

「相談事も終わったみたいだね?」

「あぁ、待たせたな」

「結局残ることにしたんだ、面倒臭いなぁ。もうタネも割れてるんだから逃げてもいいのに……残念ながらこれ使った以上は殺すんだけど」

 

 魔王が指を鳴らせば、これまで明るかったはずの空からの光が完全に遮断されて黒い魔力が周囲を包み、それが結界として機能する。高濃度の魔力で形作られた結界、発動者である魔王が生きてる限りは簡単に修復されるだろう。

 元から逃がす気もなかったワケだ。

 

「じゃ、さっさと死んでね。あんま長く持たないし」

「どうだかな」

 

 切りたくない手札だったのは確かだろうが、本当に長く持たないかは不明だ。

 それこそ、使い切るまでその状態が維持される可能性もある。

 どっちみち、ここで倒すことに決めた以上は関係ないな。

 

「ひどいな、信じてよッ!」

 

 指揮者の指揮に従う演奏者の如く、魔王の指先が描く軌道に応じて視界を埋め尽くす魔法が展開される。

 

 目を覆いたくなるほどの魔法の数々。乱れる空気、恐怖に呑まれかねない程の重圧。それらを振り払い、眼の前の魔法を片っ端から斬り伏せる。発動前に陣を切って阻止しようと、この展開数なら再発動の心配はない。

 

 空気を裂いて炸裂する超常の力達、掠っただけでも身体を抉り取る力を有するそれら。

 あらゆる属性を網羅した七色の魔法。厄災という、絶対の死の概念が眼前にある。

 

 意識しろ。

 相手の呼吸、視線の動き、魔力の流れを。

 信じろ。

 俺を信じてくれた仲間を。

 

 全て避けるのは無理だ。必要なものだけを叩き落として距離を縮める。

 身体が千切れそうになるのも無視して、力いっぱいに踏み込む。

 周囲で炸裂した炎が肺を焼き、絶対零度の刃が身体を斬り裂いた。

 

「無理無理!もう終わりだよ!」

 

 高らかに勝ち誇りながら、殺意の塊をこちらへと差し向ける。

 魔王までの距離は後十数歩、時間にして刹那にも満たない間で迫れる位置。

 それでも、俺と魔王との間には途方も無い差がある。

 空間上に敷き詰められた魔法と、既に満身創痍の肉体。

 

「言ってろ!」

 

 まだダメだ、距離が足りない。

 あれを当てるならもっと密着した状態で、完全にこいつの虚を衝く必要がある。

 だから、これはもう優男くんを信じるしかない。

 

「先輩!お願いします!」

 

 横から距離を詰めていた優男くんがこちらへと進路を変える。

 自らへと向けられた魔法すら無視して、目の前の道を開く為に。

 振りかざされた剣、爆音、眩い閃光。

 

 視界の隅で、魔法で貫かれる優男くんの姿がある。

 

 開かれた魔王への道。

 

 約束通り余りにも“一瞬”の隙だった。

 それでも、世界最高峰の肉体を有する剣士が魔王へと肉薄するには、十二分な時間。

 

「ハハッ!お前の剣が通るわけないだろ!」

 

 こちらの行動をここまで読んでいた様に吠えた魔王。

 自らも巻き込む勢いで四方を囲む力の渦。

 俺と魔王との間を阻むかつてないほど巨大な魔力障壁。

 

 それを無効化する光の魔剣は未だ優男くんの手元にある。

 既にそれは覆らない。

 勝ちを確信した魔王の表情。

 

 これまで散々、俺の剣が通用しないのはこいつに見せてきた。

 だからこそ、これが刺さる!

 

「あぁ、警戒しないでくれてありがとよ」

 

 これが流星女なら、お前はもしもを恐れて最後まで警戒したかもしれない。

 これが優男くんなら、光の魔剣を恐れて距離を取ったかもしれない。

 ただの才ある剣士に過ぎないからこそ、お前は恐れなかった。

 

 俺が流星女から借り受けた魔剣。

 酷く単純で、以前の魔剣に比べれば汎用性にも欠いた効果。

 

 “魔力のストック・魔力を吸収した魔法を無力化”

 

 魔力を蓄積する効果のある魔剣。

 たった一度、一定量まで吸い込めば放出が終わるまで再度使うこともできず、許容量も通常の魔法数発分程度しかない。

 

 それでも、その一回で十分だった。

 

 それは、魔王が宿す魔力の総量からすれば雀の涙に過ぎず。

 それは、強固な魔力障壁を溶かすにも至らない。

 

 ただの剣士の斬撃であれば、障壁を砕くことすら叶わない。

 だが、人類最高峰の剣の才を有する剣士の斬撃を通すには、十二分な効力。

 

 

 全ての意識をひとつに集約させる。

 視界に映る情報、耳から入る雑音、身体の危機を訴える痛覚。

 それら全てが今だけは不要なもの。

 必要なのは剣を握る感覚と、何を斬るかという意識。

 それ以外を切り捨てろ。 

 

 容姿すら差し出して、家族に苦痛を強いて、後悔塗れの人生で得た才。

 前世の失敗に動かされ、弛まぬ鍛錬を重ねて得た力。

 

 それらに意味を与えるとしたならば、今なのだろう。

 

 

 極限の集中、星すら落とす絶技。

 至高の一閃が、確かに今厄災の首を穿った。

 

「俺達の勝ちだ」

「ほんと、最悪だなぁ……」

 

 真っ直ぐ振り抜いた剣が、魔王の胴体と首を切り離す。

 くすんだ茶髪の下の眼に、微かな悔しさを漂わせながら地面へと転がる。

 

 暴力的なまでに渦巻いていた魔力が霧散して、形成されかけていた魔法は術者を喪い世界の法則により正され形を無くした。

 

「ここまで我慢して……はぁ……これで君達人間の戦力を少しでも削げると思ったのに、最悪だなぁ」

 

 首だけにされた魔王は、落胆を滲ませた表情でため息を吐いた。

 首だけになってもすぐ死にそうにないのは、さすがは魔王といったところか。

 

「……お前に力を与えたのは、誰なんだ?」

 

 こいつに力を与えたのは、俺を転生させた女神とはまた別の存在なんだろう。

 もしかすれば、厄災を生み出しているのはこいつの後ろに存在する奴なのか?

 

「さぁ……僕も所詮力を与えられただけだから。でも、お前ら人間の神はもう限界なんじゃない?」

 

 女神が限界?こいつは何を知ってるんだ?

 

「人間の神が限界?どういう意味だ」

「最後の時なんだから、静かに眠らせてよ……僕みたいな存在を相手させるなら……権能みたいなインチキを盛り込んだやつを、送ってくればいいでしょ……なのに、ろくな加護も与えられてないやつを、送り込んで……つまり、そういうこと……」

 

 死に際なのに、随分とペラペラ喋る。

 

 実際、厄災討伐を確実に行うなら流星女のような力のある存在を作ればいい話で、俺みたいな存在に任せるのはおかしいというのはその通りだ。

 でも、この魔王やこれまでの厄災に対して力を与えてきた存在が何なのかわからない。

 

「じゃあ、僕はもう死ぬから……ほんと、ダルい一生だった……でも、これで働かなくていい……」

 

 まだ聞きたいことは無限にあるが、魔王の眼には既に生気がない。

 既にこちらの声も届いてるかも怪しい、これ以上問い詰めても仕方がないか。せめて安らかに眠らせてやろう。

 

「やっと、静かに……あぁ、やっと寝れる……」

 

 そう言って、魔王は静かに瞳を閉じた。

 なぜかわからないが、先程まで殺したい程憎んでいた魔王が哀れに思えた。

 結局、こいつも後ろの存在に操られただけの存在でしかなかったってことか……?

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

 魔王の肉体の消滅を見届けた頃、傷だらけの優男くんが声をかけてくる。

 隙を作ってもらう過程で彼にも大分無茶を強いてしまった。

 

「こっちは大丈夫だ。それより、王城や他の———」

 

 仲間を助けに行かないと、そう言おうとした時だった。

 

「『流星』」

 

 覚えのある感覚、収束した破壊という概念そのものが王城を取り囲む魔物の群れを薙ぎ払う。

 後ろを振り向けば、傷ひとつない姿で堂々と立つ流星女の姿があった。

 

「なんでお前が隣にいるわけ?」

 

 彼女に関してはそこまで心配してなかったが、無事な姿が見られて心底安心する。

 が、俺の心配など他所に露骨に棘のある態度で優男くんを詰める。

 

「先輩と一緒に魔王を討伐したんですよ」

 

 お互い、久しぶりの挨拶すらなしである。

 おかしい。こいつら、こんなにも仲が悪かったか?

 

「ね?」

 

 ニッコニコの笑顔で俺の方を向いてきた。

 横から向けられる殺意すごいから、それやめろ。

 

「チッ……」

 

 そんな魔王討伐後とは思えない俺達のやり取りを他所に、先に向かわせた冒険者達のおかげで王城を取り囲む魔物の数は相当減っていた。内側からの反撃が可能なほどに。

 勝どきをあげよと国王らしき人物が号令を下し、城の中から騎士たちが一斉に飛び出して魔物を殲滅し始める。

 魔王の存在しない魔物、魔族達に成すすべはなく、こちらの助力無しであっという間に包囲は崩されて勝敗は決した。

 どうやら、本当に魔王が厄介だっただけなようだ。

 

「傷だらけじゃない」

 

 魔王と戦ったんだから、そりゃそうだろ。

 逆になんであの大量の魔物と魔族を相手にしてお前は無傷なんだ?

 

「これでも頑張ったほうだ……一応聞くが、そっちは?」

「こっちは注文通り誰も通さず全部片付けたわよ。それでいつ私に勝つつもりなわけ?ま、及第点はあげる」

 

 魔王に勝って及第点とは、こいつの期待が既に鬼畜レベルに達してる。

 実際、魔王と単騎でやらせたら……無傷とは行かないが、こいつが勝つだろうな。

 今代の厄災である魔王を討つというメインクエストが終わったのに、俺には流星女とかいう裏ボスクエストが残されてるのはなにかの不具合だと思いたい。

 

 あぁ、それでも……

 

「終わった、のか……」

 

 長かった。

 本当に長かった。

 

 厄災を討つ為に生まれて、今日までの二十年と少しの時間。

 既に前世の俺が生きた時間と殆ど変わらない時間を過ごしてしまった。

 

「よくやったわね……おつかれさま」

 

 いつになく優しく笑った流星女が、こちらへと手を伸ばしてくる。

 

「しゃがみなさいよ」

 

 言われた通りに少し腰を落とすと、頭を撫でられる。

 指先から伝わる優しさから、彼女のねぎらいの感情を感じた。

 

 不味い、泣きそうだ。

 

「ふふっ、変な顔。まあ、私は嫌いじゃないけどね」

 

 表情は見えてないだろと突っ込もうかと思ったが、ふと先程の戦闘を思い出して俺は自分の顔をペタペタと触る。

 普段感じることのない火傷痕のザラザラとした肌の触感。先程の戦いで炎を浴びた時に顔を隠す布が焼き切れたのだとわかった。

 既に顔を知られてる流星女は兎も角、優男くんには見せていない。血の気が引く感覚を覚えながら優男くんの方に視線を向けるが、特に気にした様子もなく笑っている。

 

「どうかしました?」

「いや……」

 

 どうやら、気にする必要はなかったみたいだ。

 それでも、他の冒険者に見せるには流石に気の毒だから後で隠そう。

 

「助けに来てくれてありがとう……本当に助けられたな」

「約束しましたからね。先輩の助けになるって、最大の恩を売れたなら何よりです」

「ちょっと、私に礼はないわけ?」

 

 優男くんに感謝を伝えれば爽やかな笑顔で返されると同時に、労いの抱擁に見せかけて俺の首が締め上げられる。

 

 首、首が締まってる。

 

「感謝してるよ……言葉で尽くせないくらい。本当に……仲間でいてくれて、信じて、期待してくれてありがとう」

 

 彼女がいなければ魔王を倒す以前に、何もかもが違ったはずだ。

 彼女から期待されなければ、ここまで自分を信じることは出来なかった。

 だから、本当に言葉では感謝を伝えきれない。

 

「そっ……ならいいわ」

 

 微かに頬を上気させながら髪を指先で弄び、顔を逸らされる。

 やっと締め付けていた腕から解放された。

 照れてしまったが、この感謝はまた後日ちゃんと伝えておこう。

 

 

 その後、王都内の魔物を殲滅して魔王との戦争は決着を告げた。

 王都の人口の四割近くが死亡、周辺都市も含めれば被害は甚大な数に上る。復興にも相当な時間がかかるが、それでもあの奇襲を受けて国ひとつが滅ばずに魔王を討伐できたのは奇跡と言ってもいい。事実、歴代の魔王から受けた被害と比べれば、今回の魔王との戦争は圧倒的人類の勝利だ。

 単純な数で被害を比較するべきじゃないが、それでも逃げ延びた人々が生き残ってくれたのは、俺の努力は無駄ではなかったと思えた。

 

 こうして、俺の一回目の厄災を止める為の冒険は終わった。

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