無事に魔王討伐というこの時代の厄災を討伐できたが、問題は山積みだ。
この国の王都は壊滅的な打撃を受けた上、周辺都市も半ば壊滅で魔王達魔族が残した爪痕は大きい。今回の戦いで討伐することができなければ王国は滅んでいた可能性もある。
そうであれば西大陸の国々が総力をあげて魔王討伐に挑むことになるだろうが、地盤を固めた魔族を滅ぼすことは簡単じゃないと歴史が物語ってきた。これだけの被害に留めることができたのは幸運だったと思うべきだろう。
そして復興作業も簡単ではない。王都の人口の四割が殺された上、復興作業に必須な魔法使いの多くが魔族との戦いで命を落とした。周辺都市も機能を停止させてる以上簡単に物資も行き渡らず、物資を確保しようにも貿易を再開するのも難しい。
正直、国が残っているだけでかなり酷い状態なんだが、こういう時の為の冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドは人族同士の争いには不介入の規則があるのだが、魔族や魔物が問題となった時には国を問わず全力を尽くして排除する。それは武力的な介入に限らず、復興地域への物資や食料の配給、人員の派遣など多岐に渡り、それは周辺地域の冒険者ギルド全体への半強制依頼として発令される。
つまり、魔王討伐組は休む間もなく復興作業へ参加するということだ。
魔法が使えないことを今日ほど辛く感じたことはない。まずは瓦礫を人力で片っ端から運び出す作業、仮設テントの配置や食料の配給、残党の魔物討伐。流星女は他の都市で魔物を片付け、優男くん達は怪我人の治療に回された。
俺達は休むまもなく二ヶ月働き続け、王都と周辺都市が簡易的に本来の役割を取り戻したところでようやくギルドからの依頼が半強制から任意へと降ろされた。
流石に魔王からの被害という事もあって様々な国から支援が送られてきた。種族の差や国家同士の戦争もあるが、魔族や魔王といった大きな敵を前では協力するものらしい。
そんな訳で紆余曲折あったが、俺達はギルド主催の魔王討伐を祝した小さな飲みの場に来ていた。
まだ完全に復興が終わったわけではないが、二ヶ月間頑張り通したのだから多少は許してくれるだろう。
「え~……それでは、復興の一次段階完了と魔王討伐を祝して、乾杯」
なんとも締まらない音頭を取れば、各所でジョッキをぶつける音が響き渡る。
何故か俺が乾杯の音頭を取らされていた。理由は簡単で流星女が冒険者代表としてギルドから任されたが断固拒否、代わりに魔王討伐をした俺に任されたという流れだ。
二ヶ月という長い期間を経ての祝いの場ということもあり、音頭が適当だろうが凄まじい熱気である。
「なんか締まんないわね」
「人に任せてそれ言うか?」
本当にこいつ。
自分が嫌だからと人に任せておいてこれである。
「別にダメとは言ってないでしょ。ほら、あなたも乾杯しなさいよ」
「はいはい、乾杯」
軽い調子で流星女とジョッキを合わせ、一気に酒を流し込む。
この世界では十五歳で成人扱い、気がついたら酒も随分と慣れたものだ。
まだ一杯目にも関わらず、流星女の顔色は若干赤い。
「飲むのは程々にしとけよ」
「そんな簡単に酔わないわ」
迷宮踏破時の宴会での自分の言動を覚えてるのかと問い詰めたくなるが、こういうのは言っても聞かないので隣で見張っておくしかない。酔って暴れ出す奴が出るのも考慮すれば、こいつの酔い方はまだまだ可愛い方だろう。
一応、俺と流星女はこの場では主役という扱いもあってあっという間に人が集まって来る。適当に挨拶をしたり、顔見知りにはねぎらいの言葉をかけながら流していれば討伐組の先鋒部隊とも顔を合わせたりしたのだが、彼らには約束通り今日の飲み代は奢っておいた。
一級のおっちゃんに流星女との関係進捗を聞かれたりしたがノーコメントで全て流した、変なことを言って吹聴されれば今度は魔王じゃなく俺の首と胴体がさよならする羽目になるのだ。
絶対このおっちゃんは口が軽い、確信がある。
「じゃ、進捗あったら聞かせろよ」
「誰が言うか」
騒がしい討伐組が去ったところで、大分酒が進んでいる流星女の様子をチェックする。
かなり顔が赤い、さては俺が話してる間に結構飲んだな?
「結構赤いぞ、水飲んだほうがいいんじゃないか?」
「ん……」
五年の付き合いでわかったが、こいつは酔うと大人しくなる。
具体的に言うとこちらの言うことに結構素直に従ってくれる。
普段もこれだけ聞き分けがいいといいんだが。
そんな事を考えながら水を飲ませていれば、覚えのある声が聞こえてきた。
「お疲れ様です、先輩。流石に魔王討伐の張本人は人気ですね」
優男くんがパーティーの面々と一緒にこちらに挨拶に来た。ついさっきまで大勢に囲まれてたのにどうやって抜け出してきたのやら。
「お前もだろ」
「僕は少しお手伝いしただけですから」
こいつも魔王討伐の立役者なんだが、気がついたら功績を押し付けられていた。一応ギルドにはちゃんと報告したが周囲からは俺が一番活躍したことにされていて大変困る。どう考えても全体で見れば貢献度は優男くんのほうが上なんだが。
そして、相変わらず優男くんの周りは顔面偏差値が高い、先程のおっさん臭い光景と比べたら雲泥の差だ。彼の仲間からは棘のある視線を感じる。表面上は愛想よくニコニコしてるのが余計怖いんだよ。
「……そっちも、相変わらず人気者みたいだな?」
「あはは、ええ、まあ」
優男くんの返事には力がなく、若干目を逸らされる。
不思議とこれ以上この話題に触れるのは危険だと俺の直感が告げていた。
「で、なんの用なわけ」
水を飲ませて多少は酔いが覚めたのか、顔の赤みは引いていた。
流星女の刺すような言葉に、優男くんは笑顔で対応している。以前から感じていたが、こいつらのやり取りは聞いてると何故かひやひやする。
「“友達“なのに用がないと来ちゃいけないんですか?」
「ぶった切られたいならそう言ったら?」
優男くんの笑顔の煽りに青筋を立てる流星女。
酔うと大人しくなると思ったが訂正する、特に危険性は変わらない。なんならいつもより着火が早い。
優男くんも優男くんである、お前のそのこいつを煽れるメンタリティはなんなんだよ。
「落ち着けって……感謝は散々伝えたから、ここでお互いお疲れ様って言っておくよ」
「チッ……」
めちゃくちゃ露骨に舌打ちをするじゃん。子供か?
「あははっ、取ったりしませんから。はい、本当に先輩もお疲れ様でした。前みたいに頑張る先輩を見れなくなるとちょっと残念な気もしますけど、先輩のこれまでの努力が報われたなら僕は凄く満足ですよ」
そういえば、以前に俺の頑張る姿を見て努力しようと思えたみたいなことを言ってたな。
もう頑張らないなんて訳じゃないが、確かに以前のように使命感に突き動かされることは減るかもしれない。残念ながら俺には
「色々無茶を頼んで悪かったな。でも本当に助かった……何かあったら言ってくれ、できる限り力になる」
「あんまり無茶を言うと本当に真っ二つにされそうなので、程々のお願いにしておきます。それでは、良い夜を。今度は二人で飲みましょう」
軽くジョッキをあげて乾杯の仕草を取れば、仲間達と共に優男くんは去ってしまった。
久しい俺の心のオアシス、あっという間に行ってしまった。まあ、あの様子だと向こうも相当苦労してるんだろう。誰がヒロインレースに勝つのか気になるところだ。
「やっと行ったわね」
「そんなに嫌いだったか?」
流星女は良くも悪くも周囲に対して剣以外で興味を示さない。それは好意もだが、嫌悪することも少ない。こうして誰かを明確に毛嫌いしてる姿を見るのは初めてな気がする。
「別に、どうでもいいけどむかつくわ」
「嫉妬で?」
なんとなく思ったことを聞いてみたら思いっきり足を踏まれた、痛え。
恥ずかしがり方が平成のヒロインもびっくりな暴力である。
「バカ」
熱くなる顔を隠そうと手をかざして視線を遮られてしまう。
「悪かったって」
いい加減、俺もこいつとの答え合わせを色々としないといけないな。
前世のことや女神のこと、曖昧に話したままで事細かに説明したわけじゃない。
それに、流れ星の時の三つの願いをまだひとつしか言ってない。
「……少し夜風に当たらないか?」
「しょうがないから付き合ってあげる」
弾んだ彼女の声には、期待と隠しきれない喜色が込められていた。
宴会を抜け出して少し歩けば、未だ復旧の手が届いてない王都の街並みが目に入る。
街灯の薄明かりが照らす通りを抜けて、星明かりばかりの道を歩けば自然と隣に目が惹かれる。
降り注ぐ星の光を反射する金の糸が、軽快さを滲ませた歩みと共に揺れていた。
何から伝えればいいのだろうか。
あれだけ言いたかったはずなのに、自由になった途端言葉に詰まってしまう。
揺れる後ろ姿は、不思議とこちらの言葉を待っているかのように思えた。
逸る気持ちを抑え込み、ゆっくりと口を開いた。
「村に帰った時に話したこと、覚えてるか?」
「あなたが一度目の人生じゃないこと、自分でその姿を選んだこと、本当は大したやつじゃないとか、そんなところは聞かされたわね」
もう、この想いを抱えてこの先を進むと決めたからには隠し事はしたくない。
全て、包み隠さず話してしまおう。
「そこそこ長い話になるけど、いいか?」
「あなたに待たされた時間に比べたら、余裕よ」
皮肉を込めた笑顔すら、可愛いのだからずるいものだ。
俺は、この世界に転生した経緯とこれから先起こること、何も隠さずに全てを彼女に話した。
「そう……あなたは何度も人生を繰り返すわけね」
「あぁ……」
全てを話した流星女の反応は静かだった。
淡々と全てを受け入れたような、あるいは諦めているとも受け取れる。
少しだけ怖い、この事実で彼女が俺から離れる可能性だってある。それでも、ここまで付き合ってもらった俺に何かを言う権利ははない。だから、静かに彼女の答えを待った。
「話は、それだけ?」
呆気なく、他には?とでも言いたげな表情だった。
「何か、思わないのか」
「私の世界は私が生きてる間にだけ“在る”の。私が死んだらその先にはなにもない。剣を振ることも握ることもない、あなたの隣で過ごすこともあなたに触れることもできない。あなたが死んだら私も死ぬ、私が死ぬならあなたも殺すわ。つまり、あなたの不安にも、先の話にも意味はないのよ」
今サラッとすごいこと言ったな?
「私とあなたが死んだ後の世界の話なんて興味ないわ。それよりも、今目の前のことに集中しなさい。本当に転生して人生を繰り返すとしても、私の目の前にいるあなたの人生は私のものよ、誰にだって渡したりしない」
あのパーティーの時に見せた狂気的な執着が、また顔を出した。けれども、今度は暴走というよりも明確に意図を持って、それを向けて来ている気がする。
伸ばされた両の手が俺の頬を掴む、逸らせないよう視線を合わせられる。
燃え盛る炎の如き紅い瞳、彼女の瞳の中に秘められた激情に焼き殺されそうな気すらする。
「もっと目に焼き付けて、私だけを見て、私だけを感じて。あなたは私のものなのよ。だから、私の知らない未来のことを考えるなんて、許さないわ」
有無を言わせぬ迫力と自信で、こちらの不安など全て消してしまうような。
俺は彼女が死んだ後も次の生を生きなければならない。その事実は未だ恐ろしい。
だが、もはやここまで言われてしまえば逃れようもない。
本当は彼女の期待に応えて模擬戦に勝ってからとか、色々考えていたのだがこの調子では更に待たせてしまいそうで、そうなれば最早彼女のほうが我慢ができなさそうだ。
「お前、自分で何言ってるかわかってるのか?」
添えられた手をそっと外しながら、笑いかける。
こちらから動いた途端、先程の勢いは消えて可愛らしい姿を見せる。
「わ、わかってるけど」
わかってるなら、いいだろう。
自分も覚悟を決めよう。
俺も、この想いからこれ以上逃げ回ることは難しい。
永遠の愛を誓えない。
彼女との思い出をずっと抱えていけるかもわからない。
この選択をいつか後悔する時が来るかもしれない。
それでも、今この瞬間を後悔する選択はしたくない。
何度俺が人生を繰り返そうが、同じ瞬間はやって来ないのだから。
意を決して、頬から外した手を優しく掴んで抱き寄せる。
魔王すら敵わない存在の少女が、自らの腕の中にすっぽりと収まる。
ただ、身を固めてこちらの言葉を待つ姿はただの恋する少女に他ならなかった。
「流れ星の時の願い事、覚えてるか?」
「覚えてるわよ……一つ目は叶えたんだから、続きを聞かないと……いけないわね」
いつも彼女にされるように、逆にこちらが視線を逸らすことを許さぬよう手を伸ばす。
「じゃあ、二つ目だな。好きだ、愛してる……一生隣で過ごしてほしい」
「っ……」
何か言おうとして、言葉に詰まったように口をパクパクとする。
こちらも死ぬほど恥ずかしいのだから言い切ってしまおう。
「三つ目、君の隣で君を幸せにする権利をくれ。絶対に、君のことを幸せにするから」
色んな保険を掛ける言葉が思い浮かんだけれど、それら全てを排して自らの想いの丈を伝える。
彼女の紅い瞳が小さく揺らいで、雫がひとつ流れて落ちた。
「私も……好きよ。大好き、愛してる。この先の未来、ずっとずっと先まで、あなたの前に現れる誰よりも、あなたのことを愛してる」
ほんと、お互いに笑ってしまうほど重い告白だ。
自分でもおかしいと思ってしまうほど幸せで堪らなかった。
抑えきれない想いを込めて、薄く開かれた唇へ口付けをする。
お互いに初めてで下手くそな、強く押し付け合うばかりの接吻。
数秒、あるいは数十秒そうしていただろうか。
ゆっくりと離れれば、熱に浮かされた彼女の顔がある。
「ほんと、遅すぎよ。ばか」
「ごめん、待たせて悪かった」
本当に、呆れるほど待たせてしまったがこれでも急いだ方だから許してほしい。
「いい?私は永遠の愛なんて信用できないし、いらない。来世の事だって知らないわ、今の私とあなたはここにしかいないの。これからはあなたの今の人生に目を向けて、私と一緒に生きなさい」
「わかってるよ」
来世があるから、未来が恐ろしいから、そんな言い訳で逃げるのはやめよう。
彼女の隣で生きる人生は、これから何度繰り返しても訪れない。
ずっと知ってることだったけれど、改めて胸に刻んで生きていこう。
いつか、この想いが未来で俺を苦しめるかもしれない。
いつか、彼女との幸せな思い出が痛みに変わるかもしれない。
それでも、今を生きる彼女との幸せを否定することなんて、できるわけもない。
何度繰り返し同じ選択を問われても、俺の答えは変わらないだろう。
こうして、俺は彼女と共に生きることを決めたのだった。
付き合ったからと言って俺達の関係性や過ごし方が変わることは全くなかった。
毎日模擬戦をしてはボコられ、ギルドからの依頼で魔物の討伐や迷宮の探索をする。
彼女に誓った追いつくという目標だが、申し訳ないことにまだまだ時間がかかりそうだ。
剣の才能を最大まで上げ、それなりに努力して魔王を討伐して二十一年。
裏ボスの打倒は無理ゲーの極みであった。
厄災討伐という目標から解き放たれた人生は、相変わらず顔で苦労することもあったがそれ以上に幸せなものだった。
正式に付き合ったことを母さんへ報告する為に里帰りをしたり、優男くんと一緒に依頼を受けて馬鹿やって各自パーティーメンバーに怒られたり、流星女が行きたがっていた東の国の剣の聖地へ旅行をしたり、恋人らしい事をしたりと色々なことをした。
ちなみに、弟と妹は大変可愛く育っていた。当然のことだが、俺だけが転生の影響で容姿が変形してるだけで兄弟には何の遺伝もなくて良かった。
幸せな生活を謳歌して三年、俺は毎日裏ボス攻略に励んでいたのだが、取り組み方に変化が生じた。具体的には真剣の勝負で勝つことは一旦諦め、特定の条件を勝敗に据えて戦うことが増えた。
平等な条件だと当然こちらが負けるので、こちらは三回当てれば勝ち、向こうは武器を落とさせれば勝ちと、勝利のイメージを付ける為に色々なやり方を試した。
毎日様々なルールでやっていれば当然勝つことも負けることもあるわけだが、必死になる為に勝者の特典が提案されたりもした。以前は勝ち負けに何かを賭けることはあってもその日の飯代を奢る程度だったが、互いに真剣になる必要性を踏まえて採用されたのが“勝者は敗者に好きな命令をひとつできる”というとんでもない権利だった。
最初はデートに強制連行、行きたい飯屋に相手を連れるなど、お互い遠慮がちだったが……このルールが消し去られるまでの爛れた日々は一旦忘れておくことにする。寛大すぎる恋人のおかげで多少自分の性癖が拗れた気もするが、これまで童貞だった自分にしては理性を保てた方だと思いたい。
こうして、来る日も来る日もボコられ続け、気がつけば魔王討伐から五年の月日が経っていた。
今日も変わらず俺は元気に地面に転がされている。
空は青いなぁ。
「ねぇ、いい加減勝ってくれないと、私三十になっちゃうんだけど?」
「誠心誠意努力してます」
途中で脇道に逸れたけど、共犯だったのでセーフにしてもらいたい。
流星女は不満ですと言わんばかりにぶっ飛ばした俺の頬を突いてくる。
「私もうあなたに待たされて十年よ?」
「誠に申し訳ないです」
これに関しては本当に申し訳ないと思ってる。
あんな事を豪語して、相手にも散々協力してもらってもまだ勝てない。
ただ、これに関しては言いたいことがひとつある。
努力してる俺を置き去りにするスピードで成長するのやめてくれないか?
普段の美女振りに忘れることも多いが、こいつは生粋の剣狂いである。
こいつにとって剣を振ってない時間の方がおかしいのだ。そんな奴に追いつこうとすればこちらも四六時中剣を握らなければいけないわけで、訓練しようにも九割の訓練相手はこいつ自身である。
そして、気がつけば俺よりこいつのほうが成長している。
どうせいっちゅうねん。
「ねぇ、このままだとおばあちゃんになっちゃうんだけど?」
地面に転がったままの俺を覗き込むように頬杖をついている。
今年で彼女は二十六になるわけだが、年々出会った頃に可憐さや可愛さが美しさに昇華されていて、大人の色気というのを身に着けている感じがする。
「聞いてるわけ?」
「聞いてます」
年齢のことを考えてるのを見抜かれたのか、俺の頬を刺す指の力が急激に強くなった。
ひとつ注意があるが、精神性はまるで変わっていない。
よく現実や創作でも苛烈な性格の人物が歳を重ねるにつれて大人しくなるという話があるが、こいつは全くの適応外である。
「ほんと、あなたって人を待たせるわね」
「これでも全力疾走なんだけどな」
村でのあの頬にキスされた時に言われた言葉、未だに一応楽しみにしてるんだがその楽しみにありつけるのはまだまだ先になりそうだ。
そんなこんなで、もはや相手側にも協力してもらい勝つことを模索していた訳だが、ある日転機は訪れた。
早朝、いつも通りに素振りをしようと剣を握った時やけに視界が鮮明で剣が手に馴染む感覚がした。余計なものが一切排除された、剣の感覚だけに集中した状態。まるで、それが生まれてからの身体の一部であったかのように馴染んだ。
いわゆるゾーンに近い状態だとすぐにわかった。これまでも調子がいい時に真剣で挑んではいつも一歩届かなかった。だが、今日はなんだか違う気がした。
剣を自分に馴染ませるように、それが自らの身体の部位に過ぎないのだと信じ込ませるように剣を振って流星女が起きるのを待った。
「今日はなんだか違うみたいね?」
起きてきた流星女は、俺の剣を振る姿で何かを察したのか直ぐに流星剣を取り出した。
型も何も無い自由な立ち姿は、いつ見ても納得がいかないが、これで最強なのだから文句を付けられない。
「今日こそ勝って、証明する」
「そ、頑張って」
素っ気ない返事だが、いつだって彼女は自分に期待してくれていることを知っている。
誰よりも、俺自身よりも、期待して信じてくれる人だから。
息を吸えば朝の冷たい空気が肺の中に広がる。
凪いだ空気、構えた剣が微かにでも揺れれば勝負は始まる。
先手を取ったのは流星女だった。
音速を超えた初速、身体のバネを利用した神速と形容しても良い突きが空間ごと抉り穿つ。生半可な受けは成立させず、圧倒的な瞬発力で躱すことも許さない文字通りの必殺技。
昔、前世で習い事の一環で剣道を教わっていた時に知った概念を思い出す。
『後の先』
それは、相手の仕掛けた起こりに対して、相手の技が成立する前に返しを行う。
単純なカウンターだが、それ以上に強力なものもない。
刹那の判断、半身で流星剣を躱せば、頬を魔力の衝撃波が裂いて血が飛び散る。
しかし、血が頬を垂れ落ちる頃には、既に勝敗は決していた。
伸ばされた腕を上から制するように斜めに入れた刃は、間違いなく流星女の首に到達する寸前だった。
行動を読み取れたのは、彼女と共に歩んだ時間があったからに過ぎない。
言ってしまえば、ただの経験則の人読みだ。
純粋な実力で越えたとは到底言い難い。
それでも、確かに彼女に勝利した。
十年の苦労が報われた瞬間と呼ぶには些か呆気なさすぎるが、それが勝負の世界でもある。
これまで一度たりとも触れることのなかった切っ先が、確かに彼女に届いた瞬間だ。
「勝っ」
俺は勝利宣言をする前に、何故か押し倒されて噛み付くように唇を塞がれていた。
満足気に唇を離した裏ボス様は、この上なく嬉しそうな、少女のように屈託のない笑顔を浮かべていた。
「ふふっ、あははっ、やっと追いついてくれたのね」
「もはや俺より嬉しそうだな……ていうか、覚えてたんだな」
十年も前の口約束なんて、忘れてもおかしくないものだ。
「そりゃ、覚えてるわよ。初めてあなたにキスした時だったもの」
またしても俺は大分待たせてしまったようだ。
それでも、彼女がおばあちゃんになる前に達成できてよかった。
「ねぇ、ふふ。大好きよ」
色々な後悔があったが、ある意味で剣に全てを捧げた最初の決定は間違いではなかったのかもしれないと、大満足な流星女の姿を見ていて思ったりもした。少なくとも、魔王も倒して大好きな女性の笑顔を作ることもできて、無意味ではなかったと言える。
「あぁ、俺もだよ」
正直、さっきまでの感覚はもうない。あの冴え渡るような鋭さも、剣がまるで自らのひとつであるかのような感覚も。
刹那の冴、時の運、これまではそれがあったとしても届くことのなかった彼女に手が届いたのだから、今はそれで十二分だと思えた。
ようやく、ずっと彼女に抱えさせていた期待に応えることができた。
「じゃあ、早速もう一戦しましょ?」
勘弁してくれ。
そんな、奇跡的勝利の後も俺達の人生は続いた。
二十代までは世界のあちこちを飛び回って、流星女の魔剣蒐集に付き合ったり冒険もしたが、三十歳を過ぎた頃には故郷に近い場所に家を用意して、周辺で暮らすようになった。時折無茶な冒険に連れて行かれることもあったが、それも楽しい思い出だ。
結婚は随分前にしていたが、式は落ち着くまで挙げる気はないと公言していたので式は二十後半になってから挙げた。母さんや妹、弟、優男くんやこれまでの縁が合った人を呼んで盛大に祝って貰った。前世で手にすることのできなかったものを、形はないが確かに手にした気がして涙ぐんだりもした。
子供は色々と悩んだが結局作る選択はしなかった。お互いに欲しいと言わなかったのもあったが、容姿の遺伝が怖かったのもある。俺は結局この上ない幸せな生活を送ったが、この容姿で苦労した過去を忘れたわけじゃない。それを、生まれてくる子供に与える可能性があるのは怖かった。
だが、その代わりとして拾ってきた孤児達を保護して剣術道場を開き、そこで世話をするようになった。これまで人に剣を教えることは少なかったが、案外これが楽しかった。流星女の教え方は壊滅的すぎて、見取り稽古以外はまだまだ教えられそうにない。
「やっぱり子供は覚えが早いな」
今日の道場の子供達への指導を振り返りながら、明日は何を教えようかと夢想してベッドへ潜る。二十代の頃は三十になっても冒険するものだと勝手に思っていたが、案外この落ち着いた生活も板についてきた。
「なんであれでわかんないのかしらね?」
「無茶言うな」
流星女が不満気にベッドへ腰掛ける。
無茶を言わないであげて欲しい。お前の教え方は感覚派過ぎて何も伝わらないのだ。
好きこそ物の上手なれとはよく言ったもので、剣を楽しむ天才であるこいつは未だに成長途中である。おかげで未だに勝率一割にも満たない。
「あの子達がどうなるか……将来の成長が楽しみね」
「想像したことなかったけど、みんないい剣士にはなるだろうな。剣を使わない人生もあると思うけど……そういうのも考えないとダメだな」
案外こいつは子供好きだ。本人が子供っぽい部分があるというのもある。
未来の子供達のことか、あまり考えたことはなかったがみんないつかは成人して冒険者や騎士、他にも戦い以外で生きる子供もいるだろう。
ふと、流星女が遠い場所を見つめてたそがれている事に気がついた。
あの頃と変わらない紅い瞳の奥が揺らいでいる気がした。
「ねぇ……あなたが告白してきた時のこと覚えてる?」
「やぶからぼうだな。どうしたんだ?」
あの時のことを忘れられるはずがない。
今でも鮮明に、あの時の彼女の言葉を思い出すことができる。
「あの時、言ったでしょ。私の死んだ後の世界なんて興味ないって」
「あぁ」
「でも本当はちょっと違うわ……本当はね、私の知らない場所であなたに幸せになられるのはちょっと嫌よ」
卑怯な女でしょ?
自嘲気味に添えられた言葉に、俺は頭をガツンと鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
これまで、彼女があの日以来転生のことや来世に言及することはなかった。俺も、今に集中して生きようとできるだけ思考から排除してきた。そんな彼女が、初めて自ら言及して、それも弱音を吐いたことが衝撃だった。
「それは……」
自分のいない場所で幸せになって欲しくない。
ある意味で当然の感情だ、俺だって流星女が知らない人間と幸せになる姿なんて見たくない。
もし、仮にそれが俺が死んだ後だとしてもだ。
「なんとなくね、わかるの。あなたは、素敵な人だから……確かに容姿は人を遠ざけたかもしれないけど、次の人生ではきっと違うでしょ?ううん……容姿が変わらずとも、あなたの隣に立つ誰かがきっといるわ。必ず」
何処か、確信めいたような口調だった。
彼女以外との人生なんて、想像したこともないし、したくもない。
「俺は───」
「別に責めないわ。今のあなたは、全部私のものなんだから」
彼女の手のひらで口を塞がれた、温かい吐息が閉じ込められては巡る。
伸ばされた熱い指先が、滑らかに頬を撫でる。
「未来の誰かに、ひと欠片だって渡さないわ」
少しだけ怒気を込めた声色だった。
何か言おうとして、強引に口を塞がれる。
このままにして、彼女を浸らせるのは腹が立った。
強引に重ねられた唇をゆっくりと引き剥がして、はっきりと口にする。
「そっくりそのまま全部返すぞ。お前に仮に来世があって、別の男と幸せになる姿なんてごめんだ。でも……そんなわからない未来のことで、今の幸せな時間から目を逸らしたくないんだ。今の人生に目を向けて生きろって、そっちが言ったんだろ?」
いつだったかのパーティーでも、似たようなやり取りがあったなと思い返しながら、彼女のことを抱きしめる。以前よりもずっと近い距離、隙間のない抱擁はお互いの心臓が早鐘を打っている事を知らせた。
「ふふ……そうだったわね。私らしくなかったわ」
俺の言葉に一瞬だけ驚いた顔をした後、幸せそうに頬を赤らめて微笑む彼女はいつも通りだった。
「私もあなたのものなんだって、教えてくれる?」
伸ばされた両の手を掴んで、それ以上の言葉を押し殺すように唇を奪う。
その日の彼女の声は、いつになく艶やかだった気がした。
未来への不安を全て消すことはできない。それでも、俺達は互いに今を見つめて、できるだけ幸せな、かけがえのない時間を過ごしたと思う。そうして、季節は巡り巡って、気がつけば八十を超える季節の巡りを目にしてきた。
母親や大切な友人の最後を看取ったり、本当に年齢を重ねたという実感が湧くばかりだった。開いた道場も気がつけば随分と大きくなって、教え子たちも沢山巣立って行った。みんな先生と訪ねてくれて、子供がいればきっとこうなのだろうと思ったりもした。
暖かい季節のとある日だった。
人間、シワだらけになれば対して見た目なんて変わらないと言うがシワだらけになっても見た目は大事だと、自分と彼女の姿を目にする度に思う。
彼女の星を思わせた金の髪も、今では綺麗な白髪に生え替わっている。それでも、不思議と目を惹かれてしまうのはもはや病のひとつな気さえもする。
不思議と、終りが近いのは自分で実感できた。
自分の体のことは意外と自分でわかるものだ。
「ねぇ」
昔と変わらない様子で、しわがれても覇気のある声で語りかける。
大人になれば落ち着くのは嘘だと言ったが、流石に彼女も齢五十を超えた頃から落ち着き始めた。
流石に遅すぎる気もしたが、逆に当時は段々と大人しくなる彼女に不安がったのを覚えている。
「どうしたんだ?」
「あなたは、幸せだった?」
「当たり前のことを言うんだな」
幸せの定義は人によるだろうが、自分は間違いなく幸せだったと断言できる。
「ふふっ、そう」
この笑い方だけは、昔から変わらない。
少女のような、無邪気な笑い方。
「私もね、幸せものだったわ。誰よりもね」
その言葉を聞けて、心底安心すると同時に気が抜ける感覚がした。
本当に、幸せものだな、俺も。
「思い返せば、待たせてばっかりだったな」
「そんなことないのよ、いつだって追いついてきてくれたのだから」
それは、彼女がなんだかんだ言っても待ってくれたからだ。
独り人を置いていってしまう癖に、後ろが気になって立ち止まってしまう。
本当に周囲との繋がりを求めない孤独な天才であったなら、俺は隣りにいなかっただろう。
「今度は、待たせないようにしないとな」
「来世があるなら、きっとあなたは記憶があるからすぐに見つけてくれるでしょうね」
なんとも荷が重い期待である。
それでも、その期待がずっと心地よかった。
不味いな、いい加減眠くなってきた。
少しだけ、不安が募る。
「最後に寝るのは、少し怖いな」
「何が怖いのよ。私がそばにいるじゃない」
その一言で、すっと不安が消え去った気がした。
そうだったな。彼女が傍にいるのに不安がる必要なんて、何もない。
「おやすみ」
「えぇ……おやすみなさい」
温かいひだまりの中、最愛の人の手を握りながら俺は瞼を閉じた。
気がつけば、目の前には白い空間があった。
これまでの記憶は全てはっきりと思い出せる、一周目の人生のすべてを。
八十年ぶりに、俺はあの空間に立っている。
最初、女神に説明を受けて全てが始まったあの場所に。
そして、そこに女神の姿はない。
あるのは、生まれの素質を決める半透明な板のみ。
何となく、予想していた事態だった。
───始めるしかない、二周目の人生を。
異世界転生周回プレイもの。一周目、お付き合いいただきありがとうございました。ここまで読み、もし楽しめましたら評価や感想など大変励みになりますのでよろしければお願いします。
引き続き更新して参りますが、今後の予定の詳細については改めて活動報告などでお知らせしたいと思います。