異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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1週目の流星ちゃん視点での物語です。


外伝:流星の軌跡(前編)

 私は最強だ。そして、私は孤独だ。

 

 私は私が異物であると、いつからか自覚していた。

 

 幼い頃、最初は人より運動神経が良い、筋が良いと褒められた。

 誰かから褒められて認められる。それが私はたまらなく嬉しかった。

 きっと、子供なら誰もがそうだろう。

 

 私は嬉しくて頑張った。

 身体を動かすことは誰よりも得意だと思った。何かが足りない感覚はあっても、大人達と駆けっこで負けないほど足は速かったし、それ以上を求める必要はないと考えていた。

 私が何をしても孤児院の大人達は私を褒め称える。

 

 けれど、私が一度剣を握ればまるで違う反応が返された。

 

 初めて剣を握った時、全てが変わってしまった。

 剣が私を変えたのか、世界そのものが変わってしまったのか、私には判別できなかった。

 

 研ぎ澄まされた全身の感覚。どう身体を動かせば最大限に力を扱えるのか、刃を通せるのか。剣を握ったその時から私は知っていた。それは理屈や原理とは違う、自分の身に宿った祝福。あるいは呪いなのだと。

 

 私は、剣に愛されていた。

 冷たく、鋭利で、私の世界を刻んだもの。

 

 最初は剣の指導に来た冒険者を、次は街を襲撃した魔物を倒した。

 過ぎた力に与えられるのは感謝や憧憬ではなく、畏怖なのだと、その時になって理解した。

 

 誰が空に浮かぶ星に手を伸ばすだろうか?

 遠すぎる星を追いかけるものなど、存在しないのに。

 

 

 いつからか、私の隣にあるのは剣だけだった。

 剣だけが変わらず、私の隣に、傍にいてくれた。

 冷たく、静かに。けれど、私に刻まれた孤独(キズ)は熱かった。

 

 だから私は、剣を選んだ。

 

 

 孤児院を飛び出したのは成人にも満たない十二歳の頃だ。

 当てにしていた冒険者は成人した者しかなれないと言われて断られてしまった。

 次の日にギルドの前に山のような魔物の死体を積み上げてあげれば、特別に未成年でも冒険者としての活動の許可を得られた。

 

 冒険者として活動していれば周囲に人が寄って来たが、実力を見せつければ次第にそれも消えた。わかりきっていたことで、落胆はなかった。

 

 孤独であることを悲しいとも、苦しいとも考えなかった。

 私は私の為だけに剣を振るう。それだけで、私は構わなかった。

 

 冒険者として活動して一年が経過した。

 きっとこれからも変わらないと思っていたある時。

 

「あ、あの。私達と、パーティー……組んでくれませんか……?」

「は?」

 

 いくつか年上の女が、ある時私を訪ねてそう言ってきた。

 冴えなさそうな外見の通り、冒険者としての階級は低かった。

 腰から提げられた剣は、その女が剣士であると物語っている。

 後ろの奴らは曖昧な表情で、孤児院の連中と変わらない。

 

 この女だけが、異質だった。

 

「私、あなたが憧れなんです……!だから───」

「いいわよ」

 

 なんでか、私は気まぐれで承認した。多分、深い理由があったわけじゃない。

 気に入らなくなれば抜ければ良い。

 そんな安直な考えだった。

 

 後でこの鈍臭そうな女がリーダーと聞いた時は抜けようか迷った。

 

 

 

 初めてのパーティーは知らないことばかりだった。

 報酬の分配や活動日の計画、厄介な魔物の知識や解体方法、リーダーの女は階級の低さとは裏腹に冒険者としての知識は豊富で、冒険者という世界を生きる為の術を私より遥かに知っていた。

 

 リーダーは、兎に角お節介だった。

 やれ飯は食べてるか、体調はどうだ、たまには露店で剣以外も見に行ったほうがいいだとか、冒険に関係ない事までもあれこれと口出ししてきた。果てには冒険者でも女の子らしい服装は大事だとか抜かし始め、私は呆れ返った。

 階級は私の方が上なのに、何故か私は妹の如き扱いをリーダーや仲間から受けていた。

 

 ある時、リーダーの女が剣を教えて欲しいと言ってきた。

 私は他の連中が剣に苦労する理由を知らない。

 槍とか、弓とか、魔法とか、奇跡とか、そういうのに苦労するのはわかる。

 それでも、剣に愛された私は剣で苦労するということを知らなかった。

 剣は、振ればそれだけで私が望む結果を引き寄せる。そういうものだ。

 

 断ろうとすれば、冒険者としての知識を引き換えとして頼み込まれた。

 宿にまで押しかけてきて数日粘られた私は、仕方なくリーダーに剣を教えてあげる事にした。

 

「だから、こう。ぐっと力を入れるのよ」

「ぐ、ぐっと……!」

 

「む、無理!」

「才能ないわねあなた」

「そんなはっきり言わないで!?」

「だって才能ないもの」

 

 剣を振る姿を見れば、なんとなくそいつの才能の良し悪しはわかる。

 何度教えてもリーダーは筋が悪くて、明らかに才能はない。

 剣は向いてないからやめろと言っても、結局聞き入れなかった。

 

 理由は、憧れた冒険者が剣を使っていたからというなんとも安直なもの。それでも根気強い彼女に教えを請われる日々。それを、心のどこかで私は悪くないと感じていた。

 

 

 気が付けば、私の階級が上がるに連れてパーティーも昇級した。九割は私の功績で、殆どおんぶに抱っこの状態だったけど。

 他のメンバーも最低限自衛能力はあって、必要な知識を備えている。戦闘は私が担当して、雑用や素材の収集、斥候を分担して他が担当する。他所から見れば歪だとわかっていても、私はそれでいいと思ってた。

 

 

 ───あの時までは。

 

 

 その日は森の魔物の気性がやけに荒く、普段は森の奥で隠れている魔物まで表に出てきていた。

 

「今日は一旦引き返さない?」

「別にこの程度、なんてことないでしょ」

 

 この程度の魔物なら何体来ても彼女らを守りながら戦える自信があった。

 

「何ビビってるのよ。私が付いてるじゃない」

「う~ん……そうだね。もうちょっと先まで行こうか」

 

 この時のリーダーの違和感が正しかったのだと、後で実感した。

 

 しばらく進むと、沢山の魔物の雄叫びと足音が響き始める。

 異変に気が付き、リーダーが撤退を指示するよりも先に魔物の雪崩が森の奥から瞬く間に押し寄せた。

 

 感情や思考よりも先に身体が動いた。視界に入る魔物を片っ端から斬り刻みながら、彼女達が下がる時間を稼ぐ。

 後ろから悲鳴と怒号が上がって、初めて戦闘で焦りを感じた。

 

 私自身は問題ない。何時間この雪崩に放置されようとこの程度の相手に殺されることはない。でも、私の後ろにいる仲間は違う。精々七級程度の技量しかない彼女達は、これを生き残る事ができるわけがない。

 

 私の背後で、死神が足音を立てて笑っている。

 

 私がなんとかしなければいけない。私がこの事態を招いた。

 

 このままでは、彼女達が死んでしまう。私が考えなしに突っ込んだせいで。

 

 

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 私から何かを奪うことなど許していない。

 

 剣が私に孤独を与えるのなら、私は代わりに強さを求める。

 

 初めての焦りは、私を剣の深みのさらに奥へと誘った。

 

 これまで以上に魔物の身体へ簡単に刃が滑り、首を落とし、血飛沫を流す。

 魔力を纏った閃撃が木々を薙ぎ倒し、空気を震わせる。

 その場その場での動きがより洗練されて、一閃で十匹以上を纏めて屠る。

 初めて剣を握った時の高揚感が舞い戻り、より的確な動きを自然となぞる。

 

 圧倒的な力、何者も寄せ付けない個。

 

 私は、たったひとりで大型の魔物も、扇動していた魔族も殺し尽くした。

 私は、仲間を誰ひとりとして死なせず守り抜いた。

 

 けれども、振り返った先で私はどんな眼差しが向けられるか知っていた。

 圧倒的な才能の格差。物語の英雄を前にして人が抱くのは憧憬や感謝ではなく───

 

 

 畏怖の念だけであると。

 

 

 

 次の日、私はパーティーを抜けた。

 誰も私を引き止める人はいなかった。

 元から能力に格差があるのにパーティーを組んでいる現状がおかしかった。

 

 パーティーは、私ひとりだけが強くても意味がない。そして、私の隣に立ってくれる人間なんてきっとこの世界のどこを探しても存在しない。

 私の隣に立てる人間なんて誰もいないのに、無意味にも期待して、無責任に仲間を危険に晒してしまった。私は一体、彼女達に、リーダーに何を期待してたっていうの?

 

 始めから私はひとりで、剣だけが隣りにあった。

 そう、それでいいじゃない。

 

 色々な言葉を自分に言い聞かせながら、私は街の門を潜った。

 確か北には未だに最下層が未探索の有名な迷宮があったはずだ、次はその辺りを目指そう。

 

 そう考えていた時、後ろから甲高い覚えのある声が聞こえてきて自然と足が止まる。

 

「ごめん!私、あなたの隣に立てるだけ強くなかった!私、あなたに憧れてた!だから、一緒に戦いたかったの!」

 

 止めた足を、また動かした。

 その言葉を聞いていれば、その場から逃げられなくなりそうだったから。

 

「あなたがどうして独りでいるかわかってたのに、誘っちゃったの!本当にごめんなさい!」

 

 なんにも聞こえてないみたいに、私は変わらず歩き続けた。

 

「私は、あなたの言う通り弱いし、才能もないからきっとあなたの隣に立てないと思う……でも!だからってひとりにならないで!あなたの隣に立てる人が、立とうとしてくれる人が、きっといるから!」

 

 ひとりは楽で、誰にも傷つけられない。

 それでも、今は寂しいと感じてしまった。

 

 寂しいと感じるのは、それだけのものを私はリーダーから受け取ってしまったからだ。

 振り返り、ひとことだけ返事をする。

 

「……楽しかったわ。それじゃ」

 

 私は、歩幅の合わせ方がわからない。

 隣を歩こうとする人間を、私は簡単に置き去りにしてしまうから。

 それでも、後ろに付いていこうとしてくれた彼女の想いだけは嬉しかった。

 

 それが例え叶わぬ夢物語だとしても。

 

 

 

 パーティーを抜けて数カ月が経過した。

 ぱちぱちと音を鳴らして燃える薪を眺めながら、漠然と考える。

 

「あなたはまるで呪いね」

 

 私の眼前に並べ立てられる数多の魔剣。

 魔具は道具として使い熟すだけでも、本来は相当な苦労を強いられる。

 けれど、私は違う。それが剣であれば、触れるだけで性質がわかる。

 如何なる剣であろうと、平伏、服従させて使いこなせてしまう。

 

 これが剣が私に与えるものだというなら、最早それは愛ではなくて呪いだ。

 私は剣以外の生き方を知らず、きっとそれ以外に生き方を見いだせない。

 それなのに、私は剣を通して誰も理解できない。共感できない。

 

「ハッ」

 

 いったいいつからこんなにも感傷的になってしまったのかしら。

 きっと、リーダーのせいね。

 

 私は届いた手紙を破り捨てて、剣を抱いて眠った。

 

 

 

 それから私は、ほどなくして一級冒険者へと昇級を果たした。式典にも興味はなく、昇級など面倒臭いだけだったが、首都のギルドマスターが私の前まで来て頭まで下げてきたので従わざるを得なかった。三回も蹴ったのだから諦めればいいのに。

 

 一級、人間離れした怪物だけが辿り着ける頂点だと持て囃された地位。私からすれば、路傍の石と変わらない価値しかない面倒なだけの称号だ。階位冒険者であれば、私と剣を交わせるだけの人間が存在するだろうか?

 

 仮に存在したとしても、きっと私の生き方は変わらない。

 剣が私を愛する対価が孤独であるなら、楽に流れてこの孤独を手放せば剣でさえ私を見放してしまうかもしれない。そうであるのなら、私はこの孤独(のろい)を受け入れるべきだろう。

 

 

 

 昇級してからしばらく、竜種の討伐を依頼された私は目撃情報のあった地点へ向かった。

 濃い血の匂いの先には不思議な光景が広がっていた。

 

 両翼を斬り落とされて息の根を絶たれている。地に伏して両翼を斬り落とされた竜。そして、浮かない表情の老人がひとり。腰に提げられた金色の剣は途方もない魔力を纏い、星明かりのように淡く煌めきを奏でている。

 

 綺麗な断面だと思った。魔力を利用しながら剣を扱うのはそれなりに難しい。私でも慣れるまでそれなりに訓練をした。

 老人の剣は先程まで魔力を纏っていた。つまりそれは魔力を利用してこの竜の翼を斬ったということで、ここまで綺麗に切断することは私でもできない。

 

 なに者か、そう問いかけようとした時、老人は振り返る。

 

 そして、目を真ん丸と見開いて、声を震わせながら私の名前を呼んだ。

 

「───」

 

 なぜ私の名前を知っているのかという疑問よりも先に、悲痛に歪められた表情と、感情の出どころが知りたかった。

 

「あなた、何処かで会った?」

 

 永遠とも思える数秒の間を経て、目を閉じて感情に蓋をしたらしい老人は、取り繕った平静を浮かべた。今の数秒にどれだけの感情と決意が込められているのか、私にはわからない。

 

「いいや」

 

 疲れが滲んだ、しわがれた声。

 

「そう」

 

 それだけの会話。断られてしまえば立ち入りようもない。だが、否定したのは不思議と老人の優しさな気がした。そして、それを無視してしまえるだけの理由を私は持ち合わせなかった。

 

「この竜、あなたが倒したの?」

 

 老人はまた数秒の沈黙を経てから頷いた。

 

「そうだ……まあ、大丈夫だろ。うん、それほど大きなブレには……いや、バタフライエフェクトなんて言葉もあったっけな」

 

 老人と呼ぶには些か若々しい言葉遣いに呆気にとられながらも、先程の悲しみに満ちたものとは違う生暖かい視線が向けられた。妙なむず痒さを感じながらも、竜について言及を続ける。

 

「これ、討伐依頼の対象だったんだけど、あなたが倒したならあなたが報酬を受け取る権利があるわ」

「いや……それは困る。そもそも俺はすぐに……ただ、俺はこれを……返しに来ただけだ」

 

 差し出された剣は、満点の星空を想起させる綺羅びやかな魔力を放っている。

 誰が見てもわかる、魔剣と称される物の中でも他の追随を許さないもの。ただそこに存在しているだけでも垂れ流される魔力だけで、周囲の空間を歪めかねない力を秘めている。

 

 何が困るのか、すぐとはどういうことなのか、要領を得ない発言。

 それでも、私は不思議とその老人の手に重ねる様にして剣に手を伸ばしていた。

 

「……これは、お前のものだ。それに、もう俺が持っててもきっと運命は変わらないだろうからな。なにより、流星剣なら他の何より大きい乱数になるだろ。そうすれば……」

「私のものって、そんな剣を持ってたら流石に忘れないわよ。それに、運命とか乱数って……」

 

 これまで幾つもの剣を手にしてきたけれど、ここまでのものは目にしただけでも忘れるはずがない。それなのに、老人は私に返しに来たと言った。

 そして、話す言葉がどれも要領を得ず、後ろの方の言葉は訛が酷くて上手く聞き取れなかった。訛りというより、別の言語にも感じられる。

 

「あなたは誰なの?なんで私を知ってるのよ」

 

 私の問いに、老人はまた少しだけ動きを止めた。

 

「俺、は……」

 

 フードの奥で揺れる瞳が、私に突き刺さる。

 大きく開かれた眼には、ただ愚直に視線を送る私の姿がある。

 

 瞳の奥から漂うのは郷愁にも似たものと、果てしない喪失の匂い。

 

「俺は、誰でもない……気にするな。俺が消えればすぐに忘れる」

「いいから教えなさい」

 

 一歩距離を詰めて、ただ目の前の老人を見つめた。

 少しの間そうしていれば、老人は困った様に懐かしさを浮かべた笑みを向けてくる。

 

「っはは。そうだな、お前は……そういうやつだったな……」

 

 少年みたいに笑った老人は、剣を押し付けて背を向けた。

 

「大丈夫。そう遠くない内にわかる」

「ちょっと!なにわかった風に───」

 

 背を向けた老人の背に手を伸ばそうとして、指先は空を切る。

 驚いて周囲を見渡しても老人の姿は、何処にもない。

 それでも、声だけは聞こえてきて。

 

「ひと目見れただけで、満足だよ。おかげで、まだ頑張れそうだ……じゃあな」

 

 運命だとか、遠くないうちにわかるとか、知った風で何を言ってるのかまるでわからない。

 名前すら教えてくれず、無遠慮に私の心を掻き乱して行くのなら、せめて納得できる説明をしなさいよ。

 

 そんな風に、怒鳴りつけようとして、それで……

 

「あれ?」

 

 ここに何をしに来たのか。

 私は、災害種に指定された魔物を討伐しに来たはずだ。

 

 それなのに、何故かここで立ち尽くしている。

 何か重要なことを忘れている気がして、気分が悪い。

 

 私の最悪な気分に反して、私の手でそれは燦然と輝いている。

 

「『流星剣』か……」

 

 私は、何故か私の手のひらに収まるこの剣の名前を知っていた。

 その日から、不思議と私の相棒はこの剣に決まった。

 

 討伐されていた竜は、討伐者不明として報告した。

 

 

 

 私は新しい相棒を手に、様々な依頼を解決した。

 災害種に指定された魔物の討伐、活発化した竜達の殲滅、未開拓の迷宮の深層探索。確かにどれも容易なものじゃない。でも、歴史に名を刻むには程遠く、私の中の渇望を満たすには不足していた。

 

 つまらない。くだらない。

 何を斬っても、どんな魔剣や魔具、迷宮の遺物を手にしても、私の心は潤わず乾いていた。

 一級と称される冒険者も、数多の武勇を誇る戦士も、私からすれば取るに足らない存在だった。互いの力量が測れる程度に近いなら、その結果は目に見えている。だからこそ、近い存在ほど誰も私に挑もうとはしなかった。

 

 

 ───ひとりを除いて。

 

 

 噂の冒険者は顔を包帯で隠していて変な男だと思った。実力はそれなりで、確かに一級冒険者にはなれるがそれだけで、階位なんかには及ばない。それが、私があいつを初めて見た時の感想だった。

 魔剣を扱うけど、それ以上に持ち主の剣の腕が立つと聞いて久し振りに戻ったついでに来ただけだ。魔剣も実力も大したものじゃない、その割に纏う独特な雰囲気が妙に私の興味を引いた。

 

 適当に買収を持ちかけようかとも思ったけど、気が変わった。

 

「あなた、私と剣を賭けて勝負しなさい」

「は?」

 

 眉を吊り上げて、男は包帯越しでもわかるほどの困惑を滲ませた。

 それが、初めての私とこいつの出会いだった。

 

 

 

 周囲の人間はこいつが決闘を受け入れると聞いてあんぐりと口を開けている。

 この都市で冒険者として暮らしていて私の正体に気付かない訳もないのに、何処か自信に満ちた姿は余計に興味を唆られる。馬鹿か、命知らずか、どちらにしても、面白い。

 

 適当にルールを説明しても、唖然としたままだった。

 

「ねえ、話聞いてるの?」

「聞いてはいる」

 

 両腕を組みながら返答を少し待っても、一向に男からの返答は返ってこなかった。

 ルールを理解してるなら、これ以上待つ必要もないわよね?

 

「そ、じゃあ決まりね?」

 

 改めてルールを説明して、私は細い剣身の魔剣を取り出す。

 

「一応聞くが、俺が勝ったら何が貰えるんだ?」

 

 勝ったら?

 こいつは、今私に勝ったらと言ったの?

 

「あはっ、勝てると思ってるの?いいわ。勝ったらなんでも好きなものをあげる」

「マジで言ってる?」

 

 私に勝てたら、なんて言葉を吐き出せる人間がこの世に存在するとは思わなかった。明らかに、子供だからと舐められてるんでしょう。

 ああ、でも、面白い。きっと私に勝とうとする人間自体、この大陸を探しても数える程度にも存在しないのだから。

 

「本気よ。剣士として二言はないわ。構えなさい」

 

 静かに男の眼が研ぎ澄まされる。勝ちを求める曇り無い冷めた視線が心地良い。

 

「精々私を楽しませてよね」

 

 

 

 ───結果は相打ちだった。

 

 あんな巫山戯た策に引っかかった私も間抜けだけど、それを大一番で仕掛けてくるこの男はそれ以上の大馬鹿だ。それと同時に、多少手を抜いたとしても十合以上も応えて来た男に私はより強い興味を抱いた。

 

 この男なら、あるいは。

 脳裏を過ったそんな疑念を、私は自ら打ち捨てた。

 不要な期待を抱いても後で後悔するのは自分自身だ。

 

 それでも、私は胸に芽吹いたこの想いを確かめられずにはいられなかった。

 どうせ数日と、数週間と持たないかもしれない。それでも……

 

「あなた、私とパーティーを組みなさい」

 

 わざわざ宿まで特定して向かえば、とんだアホを見る目を向けて扉を閉められた。

 ちょっと、勝手に閉めるんじゃないわよ!

 

 

 

 時間はあっという間だった。私の練習に付き合えるだけの技量と、勝ちを貪欲に求める姿勢。これまで誰ひとりとして私に挑んでくる奴はいなかった。階位冒険者も、剣聖も、誰ひとりとして勝負どころか挑んでくる事すらなかった。

 

 それなのに、こいつは私に挑み続けてくる。勝ちを狙って、同じ高みを目指そうとしてくる。

 嫌々であろうと、強制されたものだとしても、私を討ち倒そうとしてくる。

 それが叶わない絶対の理だと知っていても、私は胸の高ぶりを感じずにはいられなかった。

 

 あの執着が秘められた黒い眼が、ただ剣の軌跡を、私を追う。

 

 不思議と、私はその瞳に魅入られていた。

 

 

 

 珍しく、喧嘩してしまった日。

 私の運命が変わった、変えられてしまった日。

 

 夕焼けの日差しが私達を赤く染めている。

 

 この瞬間を、私は生涯忘れられないだろうと、予感してしまった。

 確かな胸の高鳴りと共に。

 

「その内、夢から期待に変えてやるよ」

 

 こんな言葉を突きつけてくる奴は初めてだった。

 育ててくれた人も、友達だと思っていた相手も、憧れてくれた仲間ですら、私は置いていってしまった。

 私の歩みには誰も付いてこれず、誰も彼も置いていってしまう。

 きっといつか、こいつもあの時みたいに私が進む先で危険に晒すかもしれない。

 

 こいつは知っている。私が階位として認定されることを。

 未来永劫、歴史に名を残す存在であることを。

 

 それにも関わらず、こいつは私の夢を期待に変えると言った。

 私が口にする夢は荒唐無稽な物語であって、達成可能な目標じゃない。

 それなのに、こいつは私に期待を抱かせてやると。影も形もない眠りの中にある非現実の夢でなく、目標としての夢にしてやると。そう言ってのけたのだ。

 

 男は、とても見られたものではない。それでも、なんとなく嫌いではないその素顔を晒したまま。指を突きつけて高々と宣言したのだ。

 

 私にとっては、この現実こそが夢幻なんじゃないかと疑ってしまうものだった。

 

 

 

 私の中に強烈な執着の感情が芽吹き、それを自覚するのは簡単な話だった。

 

 私という存在と真正面から向き合い、超えようとひたむきに時間を重ねる。例えそれが自らの目標の為の通過点、利己的なものであっても。私に向けられた勝利への執着、渇望、隣に立とうとするその姿には、なにひとつ嘘も偽りもない。

 

 最初は、無自覚だった。

 あいつが他の何かに目を奪われる度に心がズキリとして、痛みを訴えた。

 

 なんで他のモノに目を向ける必要があるのか、私の夢を期待に変えてみせると、いつかは超えると宣言したはずなのに。そんな他のモノに執着してる暇があるのか。

 

 他に目を向けるな。私だけを見つめろ。私だけに感情を向けろ。

 あいつが他のなにかに目移りする度に、目玉を抉り出してしまいたかった。

 

 

 ずっと、私は孤独であることを受け入れていた。そう、言い聞かせていた。

 強さと引き換えのギブアンドテイク。神様が私へ送りつけた呪いなんだと。

 それなのに、こいつは無遠慮に私の心へ土足で踏み込んだ。

 

 孤独でいいと偽った私の答えを否定した。

 強引に私の仮面を剥ぎ取り、私の心を暴いて引きずり出した。

 その上で、隣に立とうとした。

 

 酷い横暴だ。

 私はいつかあいつも置いていってしまうと思ってたのに。

 その為の心の準備も、言い訳も用意していたのに。

 

 あいつは、私の不安を当たり前だと笑い飛ばした。

 私が作り上げた壁を壊して、土足で踏み込んだのはあいつだ。

 

 なら、もう勝手に何処かへ行かせてやる理由なんて、何処にもない。

 隣で過ごす時間が長くなる度、私の感情は苛烈さを増した。

 この抑えが効かない感情の濁流が吹き出さなかったのは、ひとえに機会がなかったからだ。いつだってあいつは隣にいて、多少の目移りはあっても私から離れる心配なんてなかった。

 

 

 なかったのに、なのに───

 

 お前は一体そこで何をやってるのかしらね。

 

 

 

 気が付けば、私は別室に連れて来たこいつを壁に叩きつけていた。

 荒い息のまま、感情のままに言葉を吐き捨てる。

 

 そうでもしなければ、最後に視界に映るものが私であるうちに目を斬りつけてしまいそうだったから。

 そうすれば、少なくとも他の何かに目移りすることはない。

 

 何をするのもこいつの自由。でも、約束を違えることだけは許すつもりはない。

 許されるわけがない。

 

 頭の中で感情が滅茶苦茶に掻き立てられる。

 腹の底で私の知らないモノが沸き立つ。

 この怒りが正当性の欠片もないことだとわかってる。

 

 それでも、私が今こいつの手を離して、見放されたらと思えば震えが止まらない。

 手を離す勇気が出ない。あらゆる方法で私を刻みつけてでも、傍にいて欲しいと願ってしまう。

 

 もしも、もしもこいつが私のもとを離れてしまうなら。

 約束なんて忘れて、他のモノにその目を向けてしまうなら。

 

 きっとどうにかなる。ううん、もうなってるんでしょうね。

 

「一方的にお前だけが執着を向けてるだなんて、思うなよ」

 

 なのに、こいつは私の心を全部見透かしたみたいに欲しい言葉だけをくれる。

 逃げることも怯えることもせず、ただ真っ直ぐに私の目を見つめて言葉を紡ぐ。

 

 そうだ、怖かった。

 私は怖かった。

 私が強いから誰かを置いていってしまうことが。

 

 強さだけが取り柄で、それに囚われ、縋り、傲慢に生きる。

 その癖にこれ以外の生き方を知らず、他人に寄り添うこともできない。

 

 

 本当に、どうしようもない。

 それなのに、あなたは逃げずに私に向き合い続けてくれる。

 どうしようもなく弱い私を、許してくれる。

 

 独りは怖くて、寂しい。

 あなたがいなければ忘れることができたままでいられた。

 それなのに、あなたが思い出させた。

 

「独りは怖くて、寂しいわ」

 

 逃げられないように強く抱きしめる。

 回された腕に安心感を覚える。もっと、苦しくなるほど求めて欲しい。

 孤独ではないのだと教えてくれるこの暖かさが、恋しく感じてしまう。

 

「そうだな。俺も怖いよ」

 

 こいつと同じ想いを共有できてることにさえ、私の胸は高鳴りを訴えてくる。

 

「お前こそ、俺のことあっさり捨てたら恨むからな」

「馬鹿ね、しないわよ」

 

 本当に馬鹿な疑問だ。

 私がこいつを手放すことなんて、未来永劫ありえない。

 きっと、拒絶されたって手放してあげられない。 

 

「……いつまで、こうしてるんだ?」

 

 顔が熱い。今の私はひどい表情をしてる。

 執着の熱に浮かされた女の顔だ。

 

 それを見せないように、私はより強く顔を埋めた。

 慣れ親しんだ匂いが、余計にこのぬるま湯に留まらせる。

 

「うるさい。馬鹿……」

 

 私の言葉に少し離れようとしていた動きを止めて、背中をさすられる。

 表情は見れずとも、普段のあのなんとも言えない困った顔をしてるんだろうとわかる。

 

 結局、あれだけ練習させられたのにダンスは一度しか踊らなかった。ドレスも気に入っていたのに、どうせ今後は着ることもないのだから少しばかり勿体ない。

 その相手がこいつであったことだけは、悪くないと思うけれど。

 

 会場に戻る気も起こらない。

 それなら、このまま終わりまでここで独占してしまおう。

 

「ねえ」

「なんだ?」

 

 ようやく顔の熱が引いた私は、名残惜しさを感じながらもゆっくりと離れる。

 包帯で表情はわからなくても、少なからず恥ずかしさを感じていたんだろうというのが動きから読み取れる。

 

 いい気味だわ。

 

「あれだけ練習したのに、私達一曲しか踊ってないわよ」

「……まあ、仕方ないだろ。戻るか?」

 

 人の弱みを見透かすのは上手いのに、どうして今の言葉で察せない訳?

 

 少しの間睨みつければ、私の意図を察したのか手を差し出してきた。

 

「また、踊っていただけますか?」

「ふふっ。似合ってないわよ……喜んで」

 

 しょうがないから合格ってことにしておいてあげる。

 ……ちゃんと誘ってくれたから、一瞬向けられた露骨な視線も特別に許すわ。

 

 会場から響いてくる演奏に合わせて、適当なステップを刻む。

 慣れない動きに翻弄される姿は、少し可愛らしさもある。

 

「同じ相手と連続で踊るのってマナー違反じゃないのか?」

 

 冗談めかしたように笑いながら、巫山戯た指摘を飛ばしてくる。

 

「私がマナーを守る可愛らしいお嬢様にでも見える?」

「マナーを守るかは兎も角、可愛らしいお嬢様には見えるかもな」

 

 それなりに付き合いだ。目や口元、声色や雰囲気で何となく表情はわかる。

 そこに込められた感情だとか、そんなものも。

 

 自分の顔が赤く染まるのを認識した瞬間、容赦無く足を踏み抜いた。

 

「い゛っ」

「ふんっ」

 

 きっと、私は今ひどく恥ずかしい表情をしてるんでしょうね。

 

 ねえ、わかってる?

 私がこんな表情を見せるのは、あなただけなのよ。

 

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