異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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教会騎士

 あのまま騎士達に連行された俺は、筋骨隆々の団長から色々と説明されていた。

 曰く聖女は女神の神託を受けることのできる存在で、その言葉はこの国で最も尊ばれる。そんな人物が俺を教会騎士に就く事を指名したのである。似顔絵も付けて。

 

 当然拒否権がない俺は強制連行された。孤児院のシスター達も始めは何がなんやらという雰囲気だったが、教会騎士になれるかもしれないとわかれば祝福して送り出してくれた。

 頼むから笑顔で送り出さずもう少し抗議してほしい、同年代の孤児達もおめでとうと祝ってくれたが何も嬉しくない。こちらは身に覚えのないご指名での強制拉致である。

 

 そもそも聖女って誰だ?なにひとつ身に覚えがないぞ。

 現状に至るまでの過程をひとつずつ振り返れば、ふと祭りの日の出来事が思い起こされる。

 やけに食べ方が綺麗だったこと、隠しきれない丁寧な所作。

 

 

 聖女ってあいつかよ。

 

 

 確定というわけじゃないが、あのお転婆少女が聖女様か今回の事件を引き起こした犯人で間違いないはずだ。それ以外で思い当たる節がない。

 

「これから、君には聖女様とお会いしてもらう。人違いであれば我々が責任を持ち孤児院へ送り返そう」

「あの見送られ方でですか?」

 

 もう完全に俺が教会騎士になる流れだったじゃん、奇跡の訓練に付き合ってくれた牧師様に至っては泣いてたよ?

 これで人違いでした!で戻されたら笑いものどころの話ではない。

 

「それは……まあ……うむ……」

 

 団長さんもとても申し訳なさそうな表情である。ごめんね、団長さんも仕事だもんね。

 責めるのはお門違いだが、流石にこの展開には文句のひとつも言いたくなってしまう。

 元の予定では国境を越える体力が付いた時点で、何処かで纏まった金を稼ぎ他の国で冒険者登録を行うつもりだった。

 教会騎士はいわば教会が保有する軍隊、自由が保証された冒険者とは真逆の存在。冒険者の時ほど自由に動き回ることはできない。自由に動けないというのは、災厄対策に大きな障害だ。

 

 正直、前回の厄災である魔王を少数の犠牲で倒すことができたのは流星女の力が大きく、優男くんの助力もなければ勝てなかった。ああいった力のある人間とコネクションを作るのに、移動面の制約がかかるのはどうしても苦しい。

 

「君が悩む気持ちはわかるが、人違いでなければ否応はないと考えて欲しい」

「……わかりました」

「無茶を言って申し訳ない、ご理解いただき感謝する」

 

 ここで無理ですと言ったところで意味はないだろう。ひとまず、例の聖女様に会うまではどうすることもできない。

 限りなく低いであろう人違いの可能性を信じて祈りながら、目的地への到着を待った。

 

 

 

 馬車で揺られた先で俺を待っていたのは、実に覚えのある人物。神秘的な黄金の瞳を細めた少女の笑み。祭りのときに纏っていた古びたローブを被っていた時とはまるで別人だ。清らかな白い装いに身を包んだその姿は、神々しさと微かな畏怖すら感じさせる。

 ニコニコと笑っている少女の口からは、とても人違いですという言葉は飛び出しそうにない。

 

「聖女様、お連れしました。こちらの少年でお間違い無いでしょうか?」

「うん、間違いないよ。迷惑をかけてごめんね、ご苦労さま」

「勿体なき御言葉」

 

 団長さんに連れられて前へと進み、隣で頭を下げて跪いた。

 仮にも相手は国で信奉される存在、彼女は絶対的な権力者で俺は吹けば飛ぶ塵芥の孤児である。

 事実、拒否権すら許されずこうしてこの場に連行されたわけで。

 

 そういう訳で騎士団の皆さんはどうかその敵対的な視線をやめていただきたい。

 連れてこられたくて連れてこられたわけじゃないんだよと叫びたかった。

 

「みんな、下がっていいよ。彼と二人にさせて」

 

 少女……聖女の一言で団長さんや騎士達はぞろぞろと引き下がっていってしまう。

 ちょっと待って、行かないで。俺を聖女と二人にしないで。

 俺の心の声も虚しく、広い部屋で聖女と二人きりにされてしまう。

 

 

 聖女とは神の声を聞き、民を導き、信仰の在り方を示すもの。

 女神からの声を聞けるということは、女神の言葉を口にするということでもある。

 それ即ち女神の代弁者でもあり、この国で最も尊ばれる証。

 

 下賤な孤児では本来同じ空気を吸うことすら許されない存在。

 そんな人物が、目の前で優雅に笑みを浮かべていた。

 

「“また”会えたね?」

 

 またという部分を強調した言い方は明らかな棘を感じさせる。

 会えたんじゃなくて会わされたんだよと内心でツッコミを入れるが、馬鹿正直に言える筈もない。

 聖女様は実に含みをたっぷりと持たせた言い方と共に、ゆったりと俺に近づいた。

 呼吸が苦しくて仕方がない、そもそも怒らせるような事してないのに酷い理不尽である。

 

「どうしたの?あの時は私のことを熱烈に押し倒してくれたのになぁ~」

 

 跪いたままで表情を窺うことができないが、それでも厭らしい笑みを浮かべていることは簡単に想像できた。そもそもあれは不可抗力で、押し倒す意図はなかったのだと全力で弁明したい。

 

「いや、あの時は……」

「あ、やっと喋ってくれたね?ふふ、別に怒ってないよ」

 

 跪くこちらの表情を覗くようにしゃがみこんで来る。

 本当かと問い詰めたくなるが、まともに口を利く事ができぬ立場と、有無を言わせぬ彫刻の様に美しい笑顔がそれを難しくさせた。美人は得だとよく言われるが、前世を通してそれは痛いほどわかっているはずなのに今生でも身を以て実感させられてしまう。

 美しい人間の笑顔は不思議な圧と抗いがたい魅力が込められている。ちなみに現在は残念ながら圧しか感じない。

 

「あの時みたいに喋っていいのに、他の人みたいに崇めさせる為に君を呼んだわけじゃないよ。私達だけなんだから、ほら立って?」

「わかったよ」

 

 そこまで言われ、ようやく俺は呼吸を許された気がして口の中の空気を吐き出した。強張った身体を解す様に立ち上がる。

 ひとまず、彼女が単なる意地悪や悪戯の為に俺を呼びつけたわけではないのはわかった。

 

「やっとこっち見てくれたね」

 

 立ち上がれば、眩しいばかりの笑顔の目に映る。何もないはずなのに、後光が差してる様な気がする。

 

「また後でって頷いてくれたから、君が驚く姿が見れると思って楽しみにしてたんだけどな」

 

 拗ねた子供っぽい口調で、ちらりとこちらの反応を伺いながらからかってくる。

 本当に会えると思って言っていた訳じゃないとか口が裂けても言えない。

 

「君は二度と会う気はなかったみたいだけど」

 

 滅茶苦茶バレてる。

 なんでだ?なんでなんだ?

 流星女と言いこれが女の勘なのか?

 

「それで……どうして僕を呼んだんですか?」

「え?また会いたかったし、面白そうだったから」

 

 頭おかしいのかこいつ。

 流星女と言い、何かがおかしい気がする。

 会いたいからって騎士に指名して呼び出すか普通。

 

「それなら、せめて普通に呼び出すとか……」

「君を教会騎士にしたいのは本当だよ。だって、あの時私に追いついたでしょ?身のこなしも素人じゃなかったし、奇跡だって下手な教会騎士よりずっと才能がある。後ね、一番は手でわかった」

 

 手の事を指摘されて、確かに彼女と手を繋いだ瞬間があったことを思い出した。だが、それが何だというのだろうか。

 彼女はこちらの手を取り、そっと人差し指で撫でた。指先の感覚にくすぐったさを覚える。

 

「騎士の人みたいだね、毎日剣とか槍を握ってる人の硬い手。小さいのに凄く硬くて、ずっと武器を握ってきたんでしょ?君の手を握ったときにすぐにわかった」

 

 言われて初めて、自分の掌へと視線を落とした。

 十一歳の子供の手にしては随分と硬い、タコを何度も潰した跡の刻まれたざらついた手のひら。

 五歳からずっと剣を握ってきたんだ、こうもなるか。剣を握っている時間は確実に前世の十一歳までの時より長い。

 

 そして驚いたのは、あの状況でこちらのことをそこまで観察していたことだ。

 自分なんてこの聖女様が少し育ちの良いこと以外何もわからなかった。

 あれだけ奇跡を連発しても底を尽かない聖力、あの日にフードで姿を隠して祭りに参加したかった理由など、よく考えれば実際はヒントは沢山転がっていたのだが。

 

「私の騎士になってよ」

 

 蠱惑的な笑みと共に開かれた妖しい黄金の双眼。

 確かな獲物を見定めたその眼は、物言わぬ圧力を漂わせている。

 怒涛の展開に目眩すら覚えるが、もしかすればこれはチャンスかもしれない。

 教会騎士という立場は確かに不自由だが、安定した収入とより良い訓練ができる環境を整えることができる。そして、あの女神を信仰する国なのだから、女神が今どうなっているか調べられるかもしれない。

 

 何よりもこの女に逆らってどうなるかまるで想像ができない。

 初めてあった頃の流星女が見せた、他者を厭わず振り回す凶暴性とはまた違う。

 きっと俺がここまで悩む事すら見透かしてしまった様な、計算した上での勧誘だとなんとなく理解できた。害意を向けられている訳ではないが、俺がこのまま安易にNOを突きつけたとしても、安々と解放してくれる気はしない。

 

 こうなれば、選択肢はひとつしか残されていない。

 最悪の場合、バックレて他の国に逃げよう。

 

「わかったよ」

「これからよろしくね?騎士様」

「うん……よろしく」

 

 聖女様を前にした時の絶対感の正体がわかった気がした。

 これはあれだ、小学生の頃の先生とか絶対に抗えない上の人間に感じるやつだ。

 

「ほら、剣持って」

 

 言われるがままに剣を持たされれば、何処か小説や演劇で見た様な構図で聖女様へと剣を捧げる姿勢を取らされる。

 

「……これでいい?」

 

 にっこりと微笑んで、聖女様は答えた。

 

「うん、満足」

 

 満足じゃないんですけど。

 

 

 こうして俺は中身が百歳を超えているにも関わらず、年下の少女に良いようにやられ彼女の騎士となることを誓わされたのであった。

 

「あ、多分みんなから不満が出るから、明日君の力を示してもらうね」

 

 マジで今すぐ逃げ出してやろうかな。

 

 

 

 次の日、騎士達の演習場に呼ばれた俺は教会騎士との決闘を命じられた。

 聖女様は勝利を確信しているのか、特にお声がけはなかった。焚き付けた癖に酷いものだ。

 見物人には教会の偉い人なんかも来ていて、明らかに注目を買っている。

 

 試合は団長の立会で行われる事になり、まず一番槍の試合相手が前に出てくる。

 覚悟の決まった顔からは調子に乗ったガキをぶっ潰してやるという素晴らしい意気込みが感じられるのだが、誤解だと言っておきたい。

 

 それぞれ、形式上の挨拶を交わせば剣を握って対峙する。

 相手は教会騎士の歴とした大人の騎士だ。まだ子供で十一歳のこちらとは結構な体格差がある。さらに、今回の人生では初めての対人戦だが、心に焦りはない。

 この程度の身長差も体格の差も、流星女はものともしなかった。

 彼女ができたなら、自分にもできるはずだ。

 

「よろしくお願いします」

「あぁ、よろしく」

 

 うーん、いい笑顔。殺る気バッチリだ。

 遠くで聖女様と目が合った気がしたが、パチっと可愛らしいウィンクが返ってきた。

 ちょっとは心配してくれても良い気がするんだけどな。応援の気持ちということで受け止めておこう。

 

 教会騎士達は全員動きながら身体能力を強化する祝福の奇跡を使うことができる。

 大人と子供の体格差に奇跡まで加われば簡単に吹き飛ばされるか、剣を受けることもままならないだろう。こちらはまだ習熟度不足で剣を振りながらだと奇跡が途切れてしまう、局所的に使うことはできても受けの選択肢は取らないほうが良いな。

 

 力を抜いてゆったりと剣を構えれば、試合開始の合図と同時に騎士が大きく踏み込んでくる。

 祝福により引き上げられた身体能力が合わさった、素早い踏み込みによる斬撃。シンプルながらも基礎に忠実に則った攻撃。

 

 今の俺の体は前世程の圧倒的な膂力もなければ、成熟してすらいない子供の状態。剣を振りながらでは祝福も維持できず、剣でまともに受ければ筋力差で吹き飛ばされておしまい。だが、この手の攻撃に対する見本を腐る程に目にしてきた。

 

 思い出せ、あいつの剣を。

 同じ構図で何度敗北した?

 

 自身の力が足りないのであれば、相手の力を利用すれば良い。

 型もまるでない構え、自然な形で身体を半歩下げ振り翳された剣先に剣身を添わせる。

 側面から流れるように相手の剣を絡め取れば、全身の力を込めた勢いは行き場を失い相手はふらつく。

 そこへ間髪入れずに誘導を掛ける。振り抜いた方向へ姿勢を崩させ、そのまま首に剣をそっと添えた。

 

 前世では年を取って筋肉がない状態で剣を振る時によく使った技術だ。それと同時に若い頃の自分が流星女に死ぬほどやられた手口でもある。

 

「ま、参りました」

 

 対戦相手はあの刹那で決着が付いた事が理解できなかったのか、唖然としていた。

 わかるよその気持ち、体格とパワーで勝ってるのに負けるから最初にやられると意味わからないんだよな。

 こちらも感謝を告げて剣を収めるが、どうやらこれで終わりではないらしく次々と決闘希望者がこちらの前に立った。

 

 

 その後も似た展開で次々と試合を制して、気がつけば十本抜きを達成した。

 流石にこれでも前世は一級冒険者、剣に関しては八十年近くの貯金がある。記憶や経験がぼやけてるからといって負ける訳には行かない。

 とはいえ、騎士達も最低で六級か五級の強さがある。隊長達は二級や三級にも劣らない強さがあったので、もうそろそろ粋がっていられる余裕もない。

 流石にそろそろ認められても良いのではと思っていた時、立会人をしていた団長さんが大剣を手にして前に出てきた。

 

「最後は私がお相手しよう」

 

 十人連戦した相手にそれはちょっと卑怯じゃないか?

 

「疲れてるみたいだし、私が治してあげるね」

 

 いらないからもう許してほしいんだけど。

 

「最後の一戦、頑張ってね」

 

 耳元で囁き肩をぽんと叩けば聖女様は颯爽と観客席へ戻ってしまった。

 まあ、ここまで来たんだ。最後の一戦頑張るとしよう。

 我ながら自分のチョロさが憎い。

 

「流石、聖女様が見込まれただけはある。君の実力はよくわかった。が、最後に私に見極めさせて欲しい」

「わかりました」

 

 実力を認めてくれた事に安心するが、それ以上に目の前の強敵にどのように対処すべきか迷う。

 これまでの騎士達とは明らかに場数が違う上に、問題なのは体格と筋力。元々ゴリラが人間のふりをしてると疑うほどの筋肉の塊にも関わらず、その上で祝福を使用するはずだ。

 そんなパワー系極振りみたいな奴が大剣を子供相手にぶん回してくるのである、犯罪どころの話ではない。

 やっぱり無理じゃないかこれ?

 

 一縷の望みを賭けて聖女様に視線を送ってみる。

 頑張ってとでも言うようなメッセージが籠もったウィンクを頂いた。

 どうやらやるしかないらしい。

 

「君の剣は、まるで熟達した達人の様だな。子供のそれとは思えん、私の先生を思い出すよ」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 十一歳でこんな剣を振る奴がいたらそりゃドン引きだよな。

 不審に思われるだろうが、勝ち方を選んで戦える相手ではなかったので仕方がない。

 この世界では流星女の様な天賦の才も生まれるんだ、自分もそこまで変……ではないと信じたい。

 

「死にかけたとしても聖女様が治してくださる。本気でお願いしたい」

 

 それはお前を全力で殺すぞっていう意思表示か?

 

「僕は手加減をお願いしたいんですが」

「冗談を。手加減すればこちらが負けるだろう」

 

 あくまで敬意を払って全力で来てくれる様だ。勘弁願いたいが、折角ここまで来た以上は勝って終わりたい。

 これまで以上に感覚を研ぎ澄ましながら剣を握り対峙する。

 騎士団長は堂々とした立ち振る舞いで大剣を構える。

 

 試合開始の合図が下されるが、互いに一歩も動くことはない。

 

 

 目の前の騎士団長から感じる威圧感は、まるで竜か巨人だ。

 硬く積み上げられた石、鋼鉄の鎧を身に纏った巨人。

 巨人が、兜の隙間からこちらの隙を窺っている。

 

 騎士達が扱う剣術や槍術は、奇跡との併用を前提に組み立てられた型に沿ったものだ。

 それ故に手を読みやすく、先程までは相手の力を利用することで上手く躱すことができた。

 だが、この騎士団長相手にそれは無理だと悟った。

 

 立ち姿が他の騎士とはまるで違う。

 目線で狙いを読まれない様に徹底している辺り、隊長達よりも相当対人戦慣れしてる。

 それも、殺し合いの場数を踏んでるはずだ。

 これは純粋な剣術の有利を活かさせてくれるか微妙なところだな。

 攻略法自体を力技で潰される危険がある。

 

 タイミングを測り互いに軸を取りながら睨み合う、付かず離れずを繰り返していたその時。

 

「行くぞ少年ッ!」

 

 騎士団長が掛け声と同時に距離を詰める、地を震わす強烈な踏み込み。

 全身から立ち昇る祝福のオーラ、聖女様には届かないがこちらの全力を優に超える。

 空気を斬り裂いて迫る大剣、そのまま打ち付ければ簡単にクレーターを形成する程の威力を伴ったそれ。

 即座に剣術で取り合うことを諦めれば、祝福を脚に込めて飛び退き大剣のリーチの外へ回避する。

 

 打ち付けられた訓練場の地面は哀れに凹み、大きなクレーターが完成していた。

 これ、素の身体能力なら前世の俺と殆ど変わらないんじゃないか?

 その上奇跡で身体能力を底上げしてるのだからたまらない。

 冗談キツすぎるぞ。一発貰ったらそれで終わりだ。

 

 こちらが距離を取ろうとも即座に次の攻撃へと移り、反撃も恐れず距離を詰めて来る。大剣が振り回される度に嵐が起こったかと錯覚する程の風が吹き荒れ、砂埃が巻き上がる。

 一手一手に全力を込めた豪快な斬撃、隙がない訳じゃないが間合いに踏み込めば大剣の餌食になることは確実。

 

 この人、国の重要戦力の団長をしてるだけあって生半可じゃない。

 これほどの強さは一級冒険者でも比肩する人間はほぼいない。

 

「試合中に考え事か!まだまだ余力があると見える!」

 

 解決策がなくて逃げ回ってるだけなんですけどと声を大にして叫びたかった。

 

 見ろよあの二重の装甲を。厚い甲冑と祝福を受けた筋肉でまともなダメージが通る気がしない。なんなら強化された筋肉の方が硬そうだ。

 受け流すとしても余程完璧に決めなければ余波だけで吹き飛ばされてKO、パリィの受付時間が死ぬほど短いクソゲーアクションをやらされてる気分だ。

 

 このままでは埒が明かない。的確にタイミングを読み大振りの隙を見計らえば、死地へと飛び込み斬撃を返す。鎧の隙間から斬りつけて手数を稼ぐしかない。

 斬撃は確かに鎧の隙間を縫った、針の穴を通す様な神業。

 

 ───ガンッ

 

 急所を通したはずの刃が、鋼鉄に受け止められる感覚と共に止まった。

 鎧の隙間から多少の血が流れるが致命傷には程遠かった。更にはあっという間に奇跡で治癒される。

 何だあの筋肉、鉄でできてるんじゃないのか。

 このやり方じゃダメだ、どっちみち体力が持たない。

 

 どうする?どうやってこの不沈艦を倒す?

 純粋な剣の技量、戦闘経験ではこちらに分があるが、それ以外の部分で全て負けている。

 持久力、腕力、奇跡の練度、耐久性、勝てるポイントがなにもない。

 

 思考を巡らせながら攻撃を躱し反撃へ移ろうとした時、これまでにない挙動で続けざまに大剣が振るわれた。

 本来の人間にはありえない挙動、引き上げられた異常な身体能力だからこそなせる超常の技。

 

 予想だにしなかった反撃、迫る大剣を前に回避は無理だと即座に悟る。

 それならば最低限被害を減らそうと、受け身の構えを取り流そうとする。

 剣を横から叩き、力を逸ら───

 

「死ぬなよ、少年」

 

 不味い、直感的に理解する。

 刃が重なり合った刹那、団長が顔を顰めたのが見えた。

 

 

 

 気がつけば、俺は訓練場の壁に叩きつけられていた。

 全身が軋む、身体中の骨が折れたとはっきりとわかる。

 

 何だ?何が起きた?

 受け方をミスった、力を流しきれなかったのはわかる。

 だけど、ただ受け方を間違えただけだぞ。それでゴムボールみたいにぶっ飛ばされて壁に叩きつけられるなんてふざけてる。

 死ぬほど痛い。今回の人生で初めてここまで負傷した。

 もういいだろ、十分実力は見せたはずだと聖女様へ視線を送る。

 

 聖女様は、金の瞳を瞬きひとつせず静かに向けるだけだった。

 

『まだできるでしょ?』

 

 楽しげに期待に揺れる瞳からは、そんな言葉が明確に読み取れた。

 覚えのある瞳だ。誰よりも、自分自身よりも、遥かに強い期待。

 

 そこまで頑張る理由なんて、もうないはずなんだけどな。

 

 砕けた骨を奇跡で最低限治療すれば、全身から夥しい血を零して立ち上がる。

 団長さんは試合を止める気はない、次で仕留めようと油断なく構えている。

 十一歳のガキに対して、なんとも律儀で酷い大人だ。

 

 こうも身体の損壊と出血が酷いなら、今が使い時だろう。ここから勝とうと思えば、それしか手段はない。

 本当は奇跡の回復と合わせて使うことを想定してたんだが。

 

「───やってやるよ」

 

 自然と、普段の言葉遣いは崩れて吐き捨てる。

 

 転生前に取得した呪術の系統、それは自らに代償を課す事で力を得るもの。

 考え方としては非常に単純。自傷ダメージによる強化の重ね合わせと、自己回復のリカバーの安直な組み合わせ。だが、この世界は本来望んだ才能が手に入る世界じゃない。

 デッキやキャラビルドの様に相性のいいものを自由に組み合わせられるのは、自分だけだ。

 そして、前世の知識を含めて少ないポイントで最大限力を伸ばせるのがこれ(代償呪術)だった。

 

 代償呪術は呪術の中で最もメジャーで単純、祝福の様に維持することに神経を割く必要はない。

 

 自身の身体から流れ落ちる大量の血液、それを自らの対価として支払う。

 壮絶な痛みが身体を蝕むが、奇跡で強引に傷口を塞いで奮い立たせる。

 尋常ならざる力が身に宿り、肉体の上限性能を強引に引き上げる感覚がする。

 

「奇跡と剣以外にもまだ手があったとは」

「使うつもりはなかったですよ……でも、死ぬ気でやらないと聖女様にどやされそうなので」

「不憫に思うが、手は抜けんな」

 

 そこは手を抜いてくれよと思うが仕方ない。

 切れる手札は全て切った。

 

 さっきの攻撃で完全に左腕を破壊されたのか、まだ神経が治りきっておらず剣をきちんと握れない。

 血だらけのまま、右手のみで剣を握る。禍々しい気が剣にも伝播して刃を赤黒く染める。

 これで詰めなければ、今回は負けだ。

 

「行きます」

「来い」

 

 疾駆する直前、磨かれた感覚に従い奇跡を行使する。

 以前までは不可能だった剣を使いながらの祝福。それが今ならばできる気がした。

 呪術と奇跡を掛け合わせた力。魔術や奇跡、呪術の同時使用とは本来至難の業。けれど、それぞれに特化した訓練と、異常な集中力はそれを実現させた。

 

 瞬間的に空間に刻まれる無数の斬撃。

 防御を捨て、大剣による反撃は全て攻撃の間で避けて捌く。

 この状態は長くは続かない。短期でケリを付ける。

 

 赤黒い長剣はバターの様に鎧を滑らかに斬り裂き、肉体に浅からぬ傷を付ける。

 遂に捉えられた刃は片腕で振ったにも関わらず、異常な身体能力により引き上げられた力は団長の大剣とぶつかり合い拮抗するに至る。

 ここまでしても力負けしない団長を褒めれば良いのか、十一歳でここまで力を出せるこの組み合わせが異常なのか。

 

「ぐっ、ぅ」

 

 兜の下でくぐもった声を漏らす。

 鍔迫り合いの最中、徐々に団長の力が引き上げられていることに気がついた。

 もしかしてこの人、気を遣ってちゃんと手加減してくれてたのか?

 

 だが、もう力の競い合いに意味はない。鍔迫り合いの刹那に力を抜いて大剣を引き込めば、小柄な身体を回転させて側面から攻め立てる。

 激しい金属の接合音を響かせながら、まるで紙を裂く様にして鎧を切断する。

 

 型のない自由な攻撃、止まることのない連撃に堪らず振り払うような大振りが繰り出される。

 

───ここだ

 

 勝負を決めるのは今だ。

 この程度の傷は簡単に奇跡で治癒される。

 今のタイミングを逃せば勝機はない。

 

 スライディングの要領で大振りを掻い潜り、懐へと潜り込む。

 団長の巨体に対して下からでは刃が届かず、立ち上がって剣を振るうのでは大剣の防御に間に合わない。

 故に、腕を地面に対して伸ばし、バネの様に利用する。

 

 逆立ちに近い形で飛び上がれば、宙空で剣を弧を描く様にして振るう。

 身体を捻った斜め上からの袈裟斬り、赤黒い気を纏った一閃は確かに団長のガラ空きの胴を捉えていた。

 

 はずだった。

 

───バキ、ィン

 

 

 

「あ」

 

 鎧に直撃した俺の相棒は、木っ端微塵に砕け散った。

 それに気を取られたまま受け身を取れず地面に落下、奇跡と呪術が同時に途切れる。

 もはやこれ以上の手立ては存在しない。

 

「……負けました」

 

 武器の破損というイレギュラーだが、あのまま攻撃しても仕留める事ができるかは怪しかった。

 どちらにせよ手加減されていたのだから、敗北を認める他ない。

 

「これは武器の破損による試合中断。引き分けだろう」

 

 団長はこちらを気遣ってか「引き分け」ということにしてくれた。

 騎士として連れてきた聖女様の顔を立てるという意図もあるんだろう。

 

「では、お言葉に甘えて引き分けということで」

「素晴らしい戦いぶりだった。君が仲間のひとりになってくれるというのなら、嬉しい限りだ」

 

 先程までの何か意図したものと違い、今度は純粋な称賛の言葉だとわかる。

 聖堂に連れて来る時も申し訳なさそうだったり、根が素直な人なんだろうな。

 そして、この戦いを仕組んだ張本人が拍手しながら出てきた。黒幕か?

 

「期待には応えられました?」

「うん、これでみんな認めざるを得ないでしょ?」

 

 わざわざ団長さんとやらせたのは、どうしても騎士達に認めさせたかったようだ。

 おかげで身体はボロボロ、大量に血を失ったせいで意識も朧気である。

 

「なんでそこまで……」

 

 そもそも最初の数戦の時点で、それなりの力は示したはずだ。

 ここまでやったとしても逆に騎士達の中では浮いてしまう気がする。

 

「それはね」

 

 聖女様はまた可愛らしい笑顔を浮かべる。

 

「それは……?」

 

 不味い、とてつもなく嫌な予感がする。

 

「私の護衛になってもらうから」

 

 聖女様の一言に騎士達やお偉いさんはざわつき、団長さんも唖然としていた。

 そして、俺はそのまま意識を失った。

 

 

 就職して一日だけど、退職したい。

 

 

 

 壮絶な死闘から一週間、聖女様に傷を治療された俺は騎士として彼女の護衛をさせられていた。

 騎士団の中で多少反対意見は出たが、騎士団長に次ぐ実力をあの場で見せつけた以上反対意見は聖女様によって封殺されたらしい。

 らしい、というのはこの話は俺が数日寝込んでる間に決められたことで、団長さんから又聞きしたからだ。

 本人の許可なく今後のことを決められている事についてはもう驚かないことにした。

 このペースで驚いていれば、そのうち驚きで心臓が止まりそうだ。

 

 どうしてこんな事になったのか、本当に頭を抱えたくなる。

 おかしい、今頃は孤児院でゆったりと過ごしながら今後の計画を練っていたはず。

 

 そもそもこの女、俺と団長より強いので護衛なんて不要なはずだ。

 最初は教会騎士になるだけのはずだったのに。どうして……

 

「最初は教会騎士にするだけだったんじゃないんですか?」

 

 湧いた疑問を隣で様々な書類に目を通す聖女様に問いかけてみる。

 聖女とは本来政治に関わることは少ないはずだが、今代の聖女である彼女はそうではないらしい。

 現在も、山のような書類の束が彼女の前には置かれている。

 

「最初に言ったでしょ『私の騎士になって』って。確かに教会騎士にして観察しようかと思ってたけど、あの戦い見てたらね」

 

 あれそういう意味かよ。

 そして、聖女様はまたあの茶目っ気のある笑顔で指をひとつ立てる。

 

「君のこともっと知りたくなったから」

 

 俺はその返事に首をがっくりと落とした。

 こうして、聖女様に振り回される護衛としての日々が始まったのである。

 

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