【書籍化】異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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距離

 

 模擬戦から数日。今後のことを考えると頭が爆発しそうなので無心で剣を振っていれば、団長さんから声をかけられて模擬戦をすることになった。

 

 流石に今回は訓練用の木剣で、お互いに奇跡や呪術の使用はなしだ。そもそも起きたら剣を使いながらの奇跡も維持できず、呪術との併用は夢のまた夢になっていた。

 

「うむ……やはり、子供とは思えない太刀筋だな」

 

 あくまでお互いに型の練習、打ち合わせる瞬間には力を抜いた寸止めの形式。

 

 ここまでこちらの有利な条件となれば、流石に実力が如実に出てしまう。

 力に関してもちゃんと加減してくれてるお陰で、余計に差が生まれている。

 

「団長さんも、凄く良い腕をしてると思いますが……」

 

「心遣い痛み入る」

 

 本当なんだけどな。大剣は専門外だが良くできた戦い方だったし、普通の長剣の扱いも上手い。

 騎士団長という大役も納得の強さだ、人柄も良いので隙なしである。

 

「師は?誰かから教わったのか」

「いえ、独学です」

 

 実は九十年前に名を馳せた剣士が、などと言い出す訳にはいかないのでぼかすしかない。

 

 独学と答えたせいで団長さんがすんごい顔になってるが一応始めは独学だったし、流星女も対戦相手として参考にしていただけで嘘ではない。嘘では。

 

 騎士達の剣技は奇跡と併用前提で、自分のように自在に剣を振り回すのは純粋な剣士の戦い方だ。この国は冒険者も少ないので、余計に珍しいはずだ。

 

「……聖女様ってどんな方ですか?」

 

 独学が信じ難いのか、固まったままの団長さんへ空気を入れ替える為に質問をする。

 

 未だに、自分は彼女の本質を掴みかねていた。

 

「難しいお人だ」

 

 それは制御が難しいって意味であってるか? そういう意味なら大いに同意する。

 

「制御がって意味ですか?」

 

 不味い、ついあの女からの無茶苦茶を思い出して口から出てしまった。

 

 団長さんも流石に目をまん丸にしてわずかに剣を止める。

 

「……否定はしないが、その様な物言いは他の騎士達の前では、控えたほうが良いだろう」

 

「し、失礼しました」

 

「君は、なかなかにユーモアがあるな」

 

 大学で全く講義聞いてないのに指名された時並に冷や汗が出た。団長さんが寛容な人で助かった。あらゆる意味でクビが飛んでしまう。

 

 最近は精神、主に自制心が肉体年齢に引っ張られている気がする。気が緩みすぎないようにしないとな。

 

「だが……あの方はいつも独りだ。だからこそ、君には良ければ聖女様の良き友となって欲しい」

 

 やけに深刻そうな表情は、本当に団長さんが聖女を想ってるのだと伝わって来る。

 今のところ振り回されてばかりだが、彼女にも色々と事情があるのだろう。

 

 打算的な考えで辟易するが、騎士として仕えていけばいずれは災厄に対抗する戦力になってくれる可能性がある。

 

 聖女本人もそうだが、それ以上に聖女という立場は人を動かす力が圧倒的だ。彼女を仲間に引き込めるなら、災厄討伐の難易度は大きく下がる。そういう面でも、仲良くしない選択肢はない。

 

「はい」

 

 これもなにかの縁だ。打算を抜きにしても、断る理由は特になかった。

 

 

 

 聖女に拉致されてから半年が経過した。最初は戦々恐々としていた護衛騎士としての仕事だが、蓋を開けてみれば聖女の外出に同行するのと、身の回りの世話をする以外は他の教会騎士達と大きな差はない。

 

 聖女について半年間関わって抱いた感想は『絶対に他者に弱みを見せない完璧超人』だ。

 

 どの辺りが完璧超人かと言われれば、それはもう全てだ。知識、言葉遣い、容姿、立ち振る舞い、強さ、全てにおいて完璧で、他人の入り込む余地がない。

 

 全てから祝福されていると言っても過言ではない才能の塊。強さで流星女を上回ることこそないが、総合的な才能で比べれば超えている可能性もある。

 ただ、これは流星女の推定剣術10がどの程度のポイントを必要とするかで話が変わるので、純粋に聖女が上とも言い切れない。

 

 表面上の人間性も、聖女は完璧だ。信徒達の前で教えを説き、自ら赴いて孤児達へ施しを与える。如何なる罪人の懺悔を聞き入れ、自らを赦す術を教える。

 

 人々が思い描いた理想通りの姿。どうして彼女が聖女に抜擢されたのか、彼女の聖女としての行動を前にすれば簡単に理解できた。

 

 彼女の振る舞いは全て計算されたものだ。人々が求める理想の聖女のイメージ。彼女はそれを完璧に演じている。それが、この半年で彼女に抱いた感想だ。

 

 ちなみに、皮肉にも教会騎士としての生活を強いられ始めた事で、前世の記憶に引っ張られて鬱になる現象は減った。

 

 マシにはなったがなくなったわけではない。今でもふとした時、夜空を見る度に流星女に会いたいと思ってしまう。また災厄を倒さなければいけない重責。いずれこの人生も終われば次が始まるという絶望感。流星女と語った今を見つめて生きるというのは、彼女が隣に存在しない今はどうしたって難しい。

 

 よく考えれば、容姿が醜くとも死ぬほど可愛くて自分を支えて期待してくれる嫁が存在する人生と、騎士としてこれから災厄が待ち構える人生を比べれば、前者のほうが幸せなのは当然だ。

 

 その幸せな人生も、十五歳までは地獄と形容しても生温い記憶が多い。

 結局、俺はどこまで行っても彼女(流星女)に救われて───

 

「考え事?随分と熱心に思い耽ってるみたいだけど」

 

「気を抜いてたわけじゃないです」

 

 朝の祈りを捧げ終えた聖女が、気がつけばこちらの表情を窺うように身を屈めていた。

 

 いきなり顔を覗き込んでくるのは心臓に悪いのでやめてください聖女様。色々な意味で。

 彫刻のように綺麗な彼女は、近づかれるだけでどきりとしてしまう。

 

「君って、いつも遠くを見てるよね」

 

 その言葉に、表情が固まった。

 

 この女は、本当に鋭い。他人への嗅覚は優男くんを彷彿とさせるものがある。

 優男くんと違うのは本当に心の奥に隠してあるものまで見透かされるような気がすることだ。

 

 そして、俺はそんな彼女の眼が好きではなかった。自分の心に、土足で踏み入れられる感覚がする。自分(今世)ではない自分(前世)を暴かれてしまう気がして。

 

「お祈りは終わったんですか?」

 

 だが、聖女もそれはわかってるのか、いつもこれ以上の深入りはしない。

 

 この気遣いがむず痒いと共に、過去の傷に触れられることはないと安心してしまう。本当にどこまで見通して、計算尽くなんだろうか。

 

「うん、お待たせ。今日もやることいっぱいだね、部屋に行こっか」

 

 本当は心を読む奇跡でも使ってるんじゃないかと疑いたくなる。もしくは第三の目でも付いてるのか?

 逃れるように視線を逸らせば、彼女はいつも通りの笑みで部屋へ向かい始めた。

 

 

 今のこの国は、ある意味で聖女のワンマン経営だ。

 本来、聖女が政治的な役割を握ることは少ないが彼女は違う。聖女という立場と権力を利用して、教皇を始めとした上の人間にバンバンと政策を押し付けまくっている。

 上層部は聖女を嫌っているが、後ろ盾となる枢機卿や教会騎士達の存在で、実質的な決定権を獲得している。

 

 教会内の泥々とした政治闘争を、十一歳の少女が行っているというのだから末恐ろしい。

 

 騎士達が異様に聖女を慕っていたのは、現在の騎士達への待遇を彼女が改善したからだ。以前は他の国の門番のほうがマシだと揶揄されるような待遇だった。あの訓練内容の厳しさで薄給とは、自分だったら三日と経たずに裸足で逃げ出す自信がある。

 

 限界まで身体を使い込み、体力を限界まで消費し、信仰心を絞り出して聖力を枯らす。

 そんな頭がおかしくなる訓練を続けてやっと教会騎士としての土俵に立つことができる。

 

 護衛の仕事がない日は自分も合同訓練に参加してるが、これが本当にキツイ。

 

 身体が成熟しきってないのもあるが、自分だけ何故か団長と同じ特別メニューなので参加する度に死ぬんじゃないかと錯覚する。

 〆には団長との模擬戦があって、大体その日はベッドで泥のように眠ることになる。十二歳にしていい仕打ちじゃない。

 

 最初の団長との模擬戦の時に成功させた呪術と奇跡の併用は、あれ以来まだ成功していない。あれは死にかけの状態だからこそできた火事場の馬鹿力みたいなもの。

 最近はようやく奇跡を使いながら剣を振る事ができるようになった。

 

 それ以外に関しては、特に大きな進展はない。女神からのお告げもなければ、災厄の情報を得ることもできない。

 

 前世の今頃と比べれば格段に強くなった。

 騎士の地位、聖女の護衛、冒険者でこそないが名誉ある役職で人脈を作るという点に置いても順調だ。

 

 それでも、どうにもこの胸の奥底に巣食う不安は取り除けそうになかった。

 

 

 

「君って、神様も、救いも、信じてなさそうだよね」

 

 昼過ぎ、今日は外出の予定もないので素振りでも行こうかと思っていた時だった。

 

 聖女は身体を伸ばして力を抜き、端麗な瞳を向けながら喋りかけてくる。お前それ信徒に言っていいセリフじゃないぞ。

 

「なんですか、藪から棒に」

 

 教会騎士が神様を信じてないなんてとんだ笑い話だ。信じる信じないというか、消えたんだよな。仕事押し付けて。

 

「信じてはいますよ。でも、神の救いは絶対でもなければ、結局はその人間の捉え方次第だとは思ってます」

 

 宗教を否定するつもりはない、拠り所は大切だ。大切だが、百年余りの経験の中で得た回答は、宗教や信仰はそれ自体に意味はないということ。

 

 教えは行動の指針や重要な信念になり得るが、どこに重きを置くかは教えを受けた当人次第だ。神の救いや教えを信じて辛い現実を乗り越えられるならそれでいい。だが、ただの現実逃避の手段に堕ちたら本末転倒になる。

 

「そういうあなたは、どうなんですか?」

 

 聞かれた言葉を、そのまま聖女へと投げ返す。物憂げに揺れた眼は、目の前ではない別のものを見据えている気がした。遥か遠くを見てる聖女の眼は、今だけを見つめていた流星女とは対極にある。

 

 国の民を想って権力を振るい、民の前で祈り先導する姿。聖女として、教会の象徴としての完璧な振る舞い。そのどれもが彼女の心からのものとは思えなかった。

 

「君と似てるけど、神様が全て救ってくれるわけじゃないのは、同じかな」

 

 信仰の象徴たる聖女が吐いていい言葉じゃないが今は二人だ。

 

 彼女は、普段は自分のパーソナルな部分をまるで明かさない。他者への強烈な線引き、触れられざる存在。

 いつだってその本心は淡いベールに包まれたままで、輪郭すら掴めない。彼女の完璧さは、誰も自らの内側に入れないからこそ成り立っているようにも思える。

 

 そんな彼女が口にした、数少ないであろう本音。

 教会の象徴として扱われる存在として、思うところがあるのは当然か。

 

「神様は、どうして色んな人間に不幸を強いるんだろうね」

 

 そりゃあ、神様も万能じゃないんですよ。聖女様。

 具体的にはゲームオタクに、鬼畜人生周回プレイを強いる程度には逼迫している。

 

「案外……神様も万能じゃないのかもしれませんね」

 

「ん~、それなら仕方ないのかな?」

 

 本当に仕方ないって思ってるのか?と聞きたかったが、それ以上は踏み込まなかった。 

 

 なんてことのない会話。それでも人との関わりを表面上でしかなぞらない彼女が、明確に自らを示した瞬間であるようにも思えて嬉しかった。

 

 聖女という肩書と彼女が背負う重責。それらはただの十一歳の少女が抱えるには余りにも重すぎるものに見える。けれど、それに自分が干渉する必要も理由もない。

 

 今必要なことは奇跡の修練と剣術の鍛錬、教会内で敵を作らずに功績を積み上げることだ。

 

 

 

 ある日の昼下がり、突然聖女から休暇を言い渡された俺はなぜか裏庭で修練漬けの日々を送っていた。断じて、友達がいなくて特にすることもないから訓練していたわけではない。

 

 騎士団には当然同年代の人間など存在しない。護衛として他の騎士と交流する機会もないので必然的に会話できる相手は限られる。最近では休憩の時でももっぱら団長さんが雑談相手だ。

 こんな年下の子供とも対等に接してくれる団長さんには頭が上がらない。

 

 黙々と剣を振っていれば、草むらが揺れ何かの気配を感じて素振りを止める。

 

 気配を感じた方向、聖堂を囲む城壁へ視線を向けるが反応はない。獣でも入ったかと考えるが、聖堂に獣が入り込む余地はない。確実になにかいるはずだ。長年の経験と直感が訴えている。

 

「誰ですか?出てこないなら……」

 

 確か、裏庭は教会騎士や修道女達がお忍びで使う裏口があるとか聞いたな。もしかすれば、そこから入ってきたのかもしれない。

 

 姿を現さない事に警戒心を強めて距離を詰める。万が一の侵入者に備え、剣の柄に手を伸ばし───

 

「わっ、私!私だから!そんな怖い顔しないでよ」

 

 草むらの中から飛び出してきたのは普段の正装とは違う。普段の荘厳で神秘的な雰囲気のある服装と違い、目立たない庶民的な装いの聖女だった。

 

 長い空色の髪をポニーテールに纏め、カジュアルな服装に身を包んだ聖女。お忍びで遊ぶにしても、隠しきれない存在感がある。

 服装と裏口の噂。突然言い渡された休暇の真相が綺麗に全て繋がる。完璧な聖女様にも、こんな意外な面があったとは驚きだ。

 

 草むらの中に隠れていたせいで、頭の上に葉っぱが付いている。完璧超人にしては珍しいことだった。

 

「何やってるんですか?」

 

 頭の葉っぱをさっと払いながら呆れ気味に質問する。

 

 気分転換に普段とは違う場所で練習していれば、とんだ大物脱走犯と遭遇してしまった。思い返せば、最初に会った時も祝祭の当日に脱走してたなこのお転婆聖女様。

 

「一緒に連れてってあげるから、みんなには秘密にして?ね?」

 

 こういうのを防ぐのも護衛の役目な気がするんだよな。もしかして、半年間気が付かなかっただけで常習犯かこれ?

 

「……」

 

「お願い!」

 

 もはやわざとらしいほどの上目遣いでお願いしてくる。これでも美少女は可愛らしいのだから憎い。

 

 ここで彼女を止める理由はいくらでも思い浮かぶ。職務上の理由も、教義上の理由も、選り取り見取りだ。だが、普段あれだけ人に尽くす彼女の細やかな楽しみを奪ってしまうのは気が引けた。

 

 本当は良くないんだが、自分も付いていけばまあいいだろう。うん。

 

「日が落ちる前に帰りますからね」

「やった、ありがと。騎士様」

 

 えへへとはにかむ姿は威厳ある聖女というよりはただの可愛らしい少女だ。たまに出会った頃の無邪気さを感じさせる顔を見せるのはやめて欲しい。

 

 可愛らしさと相まって、どんなお願いも断れなくなる。たとえそれが計算されて演出された無邪気さ、可愛らしさだとしても。

 

 このどこまでも計算高い少女が、自分にだけ特別な感情を、なんて自惚れているわけではない。

 

 流星女は明確な理由があった、誰もが諦める中で、追いつこうとしてくれる存在。それに反して、今の自分は聖女の護衛に過ぎず、ただの興味の対象でしかない。

 

 聖女からの押しに弱いのは自覚があるが、自分も彼女に特別な感情は感じていない。強いて言うのなら、この感情は憐憫だろうか。

 

 偶像であることを強いられる少女の細やかな幸せを奪うのは嫌だった。湧き出したくだらない責任感に、馬鹿馬鹿しい言い訳を覆いかぶせて見ないふりをする。

 

 こうして自分は彼女の細やかな満足の為に共犯となることを選んだ。

 

 

 差し出された小さな手のひら、子供特有の温かな体温。苦笑しながら手を重ねれば、聖女に連れられて夕暮れの街へ降りる。

 

ひひほはへはいの?(君は食べないの?)

 

 別に取らないから落ち着いて食えよ。

 

 この聖女様、普段の食事はフォークとかナイフを使って絵になる様に丁寧に食べるのに、なんで露店のご飯だけこんなに勢い凄いなんだ。まあ、それでも綺麗な食べ方をするからいいんだが。

 

 現代に生きてたら確実にカップ麺とかハンバーガーとか、ジャンクフード大好き娘になってただろうという確信がある。こんな食ったら太るぞとか思ってはいけない、バレる。

 

「食べきれなかったら貰います」

 

「君、今なにか失礼なこと考えてたでしょ」

 

「まさか」

 

 聖女様からジト目を頂いたが、そっと視線を逸らして追及を避ける。

 

 机の上に載せられた色々な食べ物、串焼きや芋を焼いたものなど様々だ。

 

 流石にこの量を全て食べきることはない……ないよな? いや、こいつのことなのでこのまま全部食い尽くす可能性もある。

 

「敬語」

 

「あぁ、ごめん」

 

 業務中は流石に人目に付く可能性があるので敬語を付けているが、それ以外ではできるだけ普段通りに接してほしいと仰せつかっている。

 

「ほんとに食べないの?」

 

「だから、食べきれなかったら食べるよ」

 

「そんな事言わずに、ほら。美味しいよ」

 

 スプーンでひと口掬ったものを、こちらへ差し出してくる。

 こてんと首を傾げれば、綺麗な水色の髪がウェーブをうちたなびいた。

 

 妖しく細められた金の瞳は、悪戯心が秘められているのが見て取れる。

 

「もしかして恥ずかしいの?」

「恥ずかしくない」

 

 無自覚ではない、絶対にわかって遊ぼうとしている。だが残念だったな。前世では結婚済みだ。

 この程度で恥ずかしがることはない。前前世の童貞ぼっちを拗らせていた以前の自分とは違う。

 

「ほら、口開けて」

「わかったって」

 

 ただ差し出されたものを食べるだけ。簡単なことだ。こちとら百歳生きてるんだ。

 意を決してスプーンを咥えれば、味もわからないまま飲み込む。

 

「ふふ、顔赤いよ」

 

 黙れ。

 

 その後は日が落ちる寸前だと言うのに演劇を見に連れて行かれる。

 

 

 

 聖女という立場は、どうしたって外出の機会を奪われる。教会関連の場所以外は申請しても殆ど外出することはできないはずなのだが、この少女は街を歩き慣れてる気配がした。

 

「やっぱり常習犯だ」

 

 ジト目で問いかけても、綺麗な口笛が返ってくるばかりだった。

 

「団長さんに言っていい?」

 

「ぅ、そうだよ。こうやって隠れてたまに出かけてるの」

 

 人差し指を合わせながら、視線を外して冷や汗を流している。

 

「別に言わないけど。仮に報告したとしても別の方法で脱走するつもりだったよな」

 

「あはは」

 

 ここで否定しない辺り、自分が今回報告してたら別の手段で外出していたに違いない。

 

 それなら、まだこちらが把握できてる範囲で遊ばせてる方が安全だ。実際、この女の安全を気にする必要なんて殆どないんだが。

 

「ほら、演劇始まっちゃう。集中しないと、ね?」

 

 話題を逸らされたが、大人しく彼女の思惑に乗せられることにした。

 

 

 その後も色々と遊びに連れて行かれ、気が付けばすっかり日が暮れていた。日が落ちる前に帰るとは何だったのか、色々言ったが綺麗に丸め込まれた気がする。

 

 対面で山のようなアイスを頬張る少女は、なんとも幸せそうな顔をしている。

 

「甘くて美味しいよ、君も食べる?」

 

「遠慮しとく」

 

 振り回す自由さ、心のどこかかで自分が一番だと確信した振る舞い。そして、夕焼けよりも綺麗に澄んだ黄金の瞳。

 

 

 遠い記憶が、脳裏を掠める。

 

 今の自分は過去との連続性を否定している。少なくとも、流星女の隣で過ごしたあの剣士は三十年前に死んだのだ。

 

 自分自身ではない。それでも、確かに過ごした記憶は経験として刻まれている。なので、十一歳の女の子にあーんをされたとしても浮気ではないということにしたい。むしろいっそ、浮気だと怒って天国から降りてきてくれるならその方が良い。

 

 自分はこの部分をどう考えるべきかわからない。過去との連続性を自ら否定しているにも関わらず、未だに流星女を深く愛する気持ちは根付いたままだ。薄れた記憶の中で他人事として捉えても、結局は過去の自分との繋がりを否定できない。

 

 最近では、身体の成長に伴って徐々に以前の記憶が戻り始めている。それは流星女との幸せな記憶と共に、愛情を呼び起こすものでもあって。

 

「───何考えてるの?」

 

 深く沈む思考を遮るように、あれだけあったアイスを平らげた聖女が声をかけてくる。

 

 現実に引き戻される感覚は、胸の内にあった苦しさと幸せな温かみを同時に奪い去った。他人事として切り離したはずのものが、気が付けば心の奥底に鎮座している。

 

 あぁ、不味いな。また前世のことを思い出してる。他人事のはずなのに。

 自分()の境界線が曖昧になる。

 

「なにも」

 

「ウソ」

 

 誤魔化しの為に吐き出した言葉を、間髪入れずに否定する。先程までのやり取りは嘘であったかのように、こちらを探る冷え切った聖女の視線が俺を刺した。

 

 心の奥底にある深い部分まで見透かした金色。夜の暗闇を暴くような、影すら残してくれない眩い光。強い意思を灯した眼。

 

 悪寒がする。背筋になにかが這い上がってくる様な感覚。やめろ、今は土足で心を踏み荒らされても許せる気分じゃないんだ。今以外ならいい。でも、今だけはやめてくれ。

 

 拒絶する様に、苦しさで言葉にならないものから逃れようと距離を取った。

 だが、聖女はそれすらも理解したように踏み込んで来る。

 

 ゆっくりと伸ばされた手のひらが、死神の鎌に思えて。

 

「君はいつも何を見てるの?私を通して誰を思い浮かべてるの?」

 

 黙れ、聞きたくない。それ以上、俺の心に触れてくるな。

 

 

「ねぇ、君は───」

 

 

 

「やめろッ!」

 

 力強く叫び、精一杯の拒絶をする。

 気が付けば、力いっぱい突き飛ばした聖女が目の前の地面にへたり込んでいた。

 

 

 突き飛ばしたのか?俺が?

 

 何をやってるんだ、自分は。こんな子供を突き飛ばして。本当に最低だ。

 強烈な自己嫌悪に駆られる。自身の浅はかさに乾いた笑いが漏れそうだった。

 

「悪い……大丈夫?」

 

 唖然として硬直する聖女の側へ駆け寄り、怪我がないか確認して起き上がらせる。

 

 拒絶されたことへの痛み、苦しみが渦巻いた悲痛な表情だった。彼女はそれを隠すようにして顔を背ける。

 

 手を借りながら立ち上がった彼女は、少しの間を置いて普段の張り付けた笑顔とは違う。申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「ううん、私こそごめんね?今のは意地悪だってわかってた……」

 

 なんとなく、この言葉は計算もなにもない本心だとわかった。

 

 

 あぁ、本当に何をしてるんだ。自分の前世に、この娘は何も関係はない。

 どこか重ねて見ていたのも、過去に引きずられているのも、全て自分だ。

 

「いや……君は悪くない。僕が───」

 

「違うよ。私は君が触れて欲しくない部分にわざと触れちゃったから……ずっと私を通して他の誰かを思い浮かべられるのは嫌だったけど、君を傷つけたかった訳じゃなくて……」

 

 どうしたらいいか分からない、そんな表情だった。言葉に詰まり、最後には固まってしまう。

 

 自分を通して他人を見られて、気分が良い訳が無い。普段なら絶対に踏み込まない部分を彼女はあえて踏み込んだ。彼女に引き金を引かせたのはこちらだ。

 

「ごめんね。ちゃんと言えばよかった……」

 

 私は怪我もしてないから、気にしないで。

 

 そんな言葉で締めくくられた言葉は、彼女なりのこちらへの気遣いが感じられた。

 常に完璧で他者に弱みを出さないはずの少女が見せたぎこちない姿。

 

 何が百年生きた人生経験だ。幸せな過去に引きずられて、勝手にそれを投影して、目の前の少女を傷つけてしまった。おまけに年下の少女に気を遣わせる始末だ。

 

 本当に、自分をぶん殴りたくなる。

 

「だけど───」

 

 せめて、なにか償いをしたい。

 そんなこちらの心中を見透かして、指をひとつ立てて提案する。

 

「それじゃあ、今度は君が私を連れてってくれる?勿論みんなには秘密で、ね」

 

 なんだか、もうあらゆる意味で敵わないなと心底実感しながら頷いた。

 今日のことは後で反省するとして、今は彼女に従おう。

 

「うん、喜んで」

 

「約束だよ。と、そろそろ戻らないとみんなにバレちゃうね」

 

 また、こちらの前に差し出された手のひら。先ほど突き飛ばされたにも関わらず、彼女は気にもとめず手を差し出した

 

 傷つけてしまった相手の手を掴んで良いのか逡巡するが、手を掴むより早く伸ばしかけた手を捕まえられてしまう。

 

「捕まえた。ほら、行こ?」

 

 最初に追いかけた時の意趣返しか。気づけば、苦笑しながら緩く握り返していた。

 

 もう夕日は完全に落ちきってしまった。この時間に聖堂内に聖女がいないとバレれば大問題だ。今後の約束を守る為にも、バレてなければ良いのだが。

 

 戻ってきたら団長さんにはちゃんとバレていて聖女と一緒に叱られた。ちゃんと自分も共犯なのでなんの文句も言えない。

 団長さんの計らいで大事にされなかったのは不幸中の幸いか、今度連れ出す時はもう少し上手くやることにしよう。

 

 

 ベッドの中で、今日の出来事を振り返る。

 

 今の自分は本当に過去の事を経験した自分自身なのか、それともただそれらを読み取っただけの別人なのか。あの瞬間はなにもわからないほどに錯乱してしまっていた。

 

 百年を超える記憶の蓄積、表面上だけの情報でも掘り起こせば簡単に当時の感情が蘇る。そして、その温かさが二度と触れられないものだと気が付けば、途端に苦しさで胸がいっぱいになる。

 

 こうならない為に、態々過去の自分は別人だと考えてきたのに。やっと今の人生を受け入れ始めたと思っていた矢先にこれだ。いつか喪うことも覚悟していたはずなのに。

 

 前世ではもっと落ち着いて考えていた。少なくとも、あの瞬間に怒鳴りつけて突き飛ばすなんてことは絶対にしなかった。

 

 こんなにも取り乱してしまうのは精神が肉体年齢に引っ張られている証拠だ。流星女がこんな痴態を見たらぶっ飛ばされるに違いない。

 

 改めて自覚するべきだ。今を生きているのは今世の自分であって、過去のいずれの自分でもない。

 

 過去の記憶や経験は、今世のものじゃない。記憶や知識を頼りにしたとしても、過去に縛られてそれに引きずられることはダメだ。

 

 今世で経験していないことで驕るのもやめよう、結局今は十二歳のガキに過ぎない。今を生きるなら、目の前のものをちゃんと刻んで行こう。少なくとも、勝手に他人に重ね合わせるべきじゃない。

 

 聖女への償いも考えなければ、本当に悪いことをしてしまった。改めて突き飛ばした時の表情を思い出すと、申し訳なさで死にたくなる。気にしないでと言われたが、明日改めて謝ろう。

 

 

 

 翌日、改めて謝りに行った結果定期的に聖女を息抜きに連れ出す事になった。

 あんまり良くない気もするが、満足そうにしてたので良しとする。

 

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