異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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この度、流星ちゃんのファンアートを頂きました。
あらすじの方に掲載させていただいております。

改めて、この場を借りてお礼申し上げます。
DX鶏がらスープ様ありがとうございました!


残光

 自分が聖女を突き飛ばした件から一年、教会騎士に就任してからは一年と半年が経過した。

 十三歳になったが相も変わらず自分は未だに教会騎士最年少の地位を守り続けている。自分を省いた教会騎士の最年少が十七歳、実力さえあれば年齢は不問で理論上は自分より下の人間も騎士になれるんだが、流石に出てこないだろう。流星女のような怪物級の天才が現れなければ。

 

 あれから魔物の討伐任務も何度か他の騎士達と経験したのもあり、色眼鏡で見られることは明らかに減った。粛々と訓練にも参加したりと、品行方正な振る舞いが効いたんだろう。周囲からの評価は前世の十三歳の頃の自分と比べたら雲泥の差だ。

 強さと若さは大して変わらないのに、やっぱり見た目と振る舞いは大事だな。

 

 避けられる事が減ったのは良いが、四六時中剣を弄ってるせいでそれはそれで変な目で見られている。

 最近気がついたが、今の自分の生活習慣は冒険者時代の流星女そっくりだ。魔剣の収集こそしてないがそれ以外は殆ど剣に費やしてることは否定のしようがない。

 前世を通して、どうやら自分はすっかりと染められてしまっていたらしい。

 

 

 聖女とはあれ以降は何度かお忍びで出かけたり、団長には内緒でこっそりと模擬戦をしたりした。

 あの女は聖力の量もさることながら、奇跡の習熟度は団長よりも上で教皇でも敵わない。今世紀最大の奇跡の使い手とも称されるレベルで、その才能によりちゃんとボコボコにされている。

 最上級の奇跡に複数人前提の最も発動が難しいとされる、光の槍のようなものをアホのように降らせるものがある。そして、それをあの女はひとりで平然と連発してくる。

 

 模擬戦開始、よーいどんで開始した瞬間に戦闘ではなく避けゲーが始まる。

 流星女はまだ剣士として微かに競い合える土台に存在したが、あれはもう災害とかそういう類だ。

 流星剣を全力で振り回された時に近い理不尽感がある。

 

 後は色々と彼女の頼み事もといわがままを聞いたり、最近では書類仕事も任せられることも増えた。将来の災厄との戦いで味方して貰う為に親密度上げは頑張ってるつもりだ。特に態度は変わらないので、果たして仲良くなれているかは疑問である。

 

 

 

 神殿に備え付けられた書庫、大量にある歴史書や書籍、新聞や聖書など様々な本や書類を保管する為の場所。

 聖女様が探したい本があると言い、大量の本の中からお目当ての情報が記されたものを探す旅に出ていた。

 

「本当にこの中から探すんですか?」

 

 というか、なんで司書とかいないんだよ。

 これ程の規模の本を管理するのに、司書がひとりも存在しないのは中々あり得ない。

 

「昔は管理してくれてる人がいたんだけど、この国ってお金ないでしょ?それに、神殿の人達って騎士団にもお金使うの嫌がるから。書庫の管理にもみんながお金にケチケチしていなくなっちゃったんだよね」

 

 聞きたくなかった、そんな裏の話。

 確かに、この国は土地も痩せてる上に特産品も少ないので財政難は納得ではある。

 前世では信仰心で飢えを凌いでる国だとか揶揄されていた。

 この国は熱烈な信者(狂信者)のお陰で持ってる節があるので、あながち間違いでもない。

 

「今は、昔に比べれば大分マシになったんだけどね?」

 

 十中八九、国の財政状況やあらゆる事が上向き始めたのは彼女の手腕だろう。

 未だに、この十二歳の少女が国の政治の中枢を担っているというのは信じ難い話である。

 

 そんな雑談をしながら、二人で手分けして膨大な資料の山を漁り始める。

 目を通したものの中には史書や予言書、奇跡の修練について記したものなんかもあった。

 

 

 興味深かったのは、聖女の誕生理由だ。

 聖女が生まれたのは、かつてこの国を滅ぼしかけた魔神を封印する為らしい。

 魔神の出現が凡そ千年前、恐らくはこの時代の災厄だったのだろう。

 そして、問題なのは五百年程前にもこの魔神は復活を遂げていること。

 これまでの二回、いずれも魔神は聖女がその身を賭して封印したと書かれていた。

 

 もしかすれば、この魔神が今世の災厄かもしれない。

 千年前と五百年前、周期的には丁度だ。断定するには時期尚早だが、十分候補としては考えられる。

 そうなれば、鍵になるのは───

 

 

 自然と、視線が聖女へと向けられる。

 

「どうしたの?見つかった?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」

 

 きょとん、と可愛らしく小首を傾げて疑問符を浮かべている。

 

 その身を賭してか、彼女が犠牲になる様な結末はできれば避けたい。

 そうする為に自分が存在する気もするしな。

 

「なんで私の方見てたの?」

 

 それより今はどうやってこの場を乗り切ろう。

 お前が将来死ぬかもしれなくて心配だからなどと言い出したらどんな顔をされるか。

 あぁ、丁度いい機会だから女神のことも聞いておいたほうがいいな。

 

「神託って、女神様から声が聞こえてくる感じなんですか?」

「え、それ絶対私を見てた理由じゃないよね」

 

 不味い、バレてる。

 

「まあいいけど。実は私って女神様の声聞いたことないんだよね」

「え、じゃあ神託の発表してたのは」

「全部教会の意向」

 

 バリッバリの詐欺じゃねえか。

 見ていた理由からの追求を免れたと思ったら、とんでもない爆弾発言を聞いてしまった。

 

 大丈夫かこれ?明日辺りに急に刺客とか送られて来て殺されないか?

 この国で現状自分に勝てる人間は聖女と団長さんしか存在しないのでいらない心配だが、流石に身構えてしまう。

 

「秘密だよ?」

「言うわけない」

 

 言ったらこっちの首が飛ぶわ、二重の意味で。

 これまでの神託が嘘だったということは、本当の神託はいつから途切れているのかが問題だ。

 女神の状態が確認できなくても、神託が降りなくなった時期から逆算してなにか推察できるかもしれない。

 

「なら、以前の聖女は聞こえてたの?」

「う~ん、先代は聞いたことなかったって言ってたから……ちゃんとした神託があったのは三百年前かな?最後は不穏な神託だったって聞いたよ。だから記録では保管されてるけど、発表はされなかったって教わった」

 

 あの女神、三百年前の時点でもう仕事放棄してるじゃねえか。いや、実際はそれだけの力が残されてないと見るのが自然か。

 何にせよ、女神に関するヒントは殆ど絶たれてしまった。

 

「君が気になるなら神託の記録も探そうか?神託の記録は禁書庫だから、私しか入れないけど」

「いいの?」

「君の頼みなら?」

 

 なんだか都合良く利用して悪い気がするな。

 今度の休日はスイーツでも買って来よう。

 

「ならお願い。さっきの書類は僕の方で探しておくよ」

「ふふ、うん。お返し楽しみにしてるね」

 

 

 聖女が禁書庫から回収してきた神託。最後の記録は曖昧だが、聖女の要約によれば『これから先、女神の加護は薄れて苦難の時代の到来を告げる』という内容のものだった。

 三百年前の時点で、自らの限界が来ることは察していた様だ。

 そして、百年前に恐らくは最後の仕事として自分をこの世界に転生させたんだろうが、本当になんで自分なのかと改めてあの女神を問いただしたくなった。

 

 

 

 

 

 女神と神託の真実を知ってから一年と半年。教会騎士になってからは三年が経過して自分は十四歳に、聖女も十三歳を迎えもうすぐ同い年となる。

 一年の間に色々起きたが、一番大きなものは聖女や団長達と共に災害種に指定された魔物の討伐を行ったことだろう。

 

 災害種は冒険者ギルドが指定する魔物の分類で、要はギルドが通常の討伐依頼では手に終えないと判断した魔物に付けられるものだ。

 災害種が生まれた場合、基本は討伐の為に連合部隊が構成されるか一級冒険者パーティーや階位冒険者が指名依頼で討伐する流れになる。勿論、イカれた階位の場合は大抵ソロだ。前世で流星女が階位に認定された理由のひとつに災害種を単独で三体も討伐したというのがある。

 

 まあ、そんな訳で優秀な冒険者ギルドですら手を焼いてしまうのが災害種で、この国の冒険者は下級の魔物の掃除程度にしか機能していない。そうなれば、駆り出されるのは当然教会騎士なんだが従来の方式では犠牲者が多いと聖女が判断し、自分と聖女、団長と隊長達からなる特別部隊で討伐に出向いた訳だ。

 

 災害種というだけあって魔物はそれなりに強かったが、あのアホ奇跡連発には耐えられなかった。

 さも首を落とした自分と団長さんが凄いみたいな風にされてるが、どう考えてもダメージの大半はあの聖女である。

 

 

 他にも、これは災害種討伐に起因して感じたことだが、全体的に危険な魔物の出現率が上がっている気がする。

 これが西大陸特有の現象であればいいが、世界規模で起きていることならば確実に災厄や女神、前世の魔王に権能を与えた存在が関わっていると考えたほうが良いだろう。

 

 

 聖女との関係性は進展したと言って良いのかわからない。

 嫌われてるということはないと思うが、聖女が本心を出してくれる機会というのは少ない。稀に見せるただの少女の様な振る舞いも、意図して演じている気さえしてしまって素の彼女というのが未だにはっきりとしなかった。

 教会の象徴として、聖女という偶像を任されるからにはただの少女ではいられない、完璧を演じる必要があるのはわかる。それでも、多少は素を見せてくれてもいいのでは?と思ってしまう。

 

 護衛として既に結構な時間を一緒に過ごしてあれ以来約束通り沢山連れ出したりもした。その度に楽しそうな可愛らしい反応を返してしてくれる。全てが演技というわけではないだろうが、不思議と表面上という感覚は拭えない。

 護衛にされてからは顔を見ない日は一日もないという程度には毎日一緒だ。人生の長さから考えれば大したことはないが、自分達子供の過ごす一日の感覚は長い。その上で交流も重ねているのに、彼女が自分に気を許したという感覚はない。

 

 それこそ、素に近かったタイミングは初めて出会った時と突き飛ばした時だと思う。

 あの時が一番自然体に感じられた。聖女としての役目を務める時は当然演じているとしても、それ以外の騎士達や他の権力者と接する時は逆に“自然過ぎる”。

 

 

 誰にも素を出さず、心を許さず、踏み込ませない。

 それはある意味で誰に対しても平等であると言えるが、前世の知識がある自分にはそれが酷く寂しい生き方に感じられる。

 何よりも、十三歳の子供にそんな完璧な事ができるのか?と疑問があった。

 

 前世の知識のお陰で、それなりに人の心の機微には聡い自覚がある。

 この妙な感覚は、そこまで外れている気はしなかった。

 

 

 

 

 

「そろそろ急がないと……」

 

 聖女の書類仕事の手伝いをしながら、気が付けばそんな事をぼやいていた。

 護衛騎士のはずなのに、気が付けば書類仕事も担当しているのは奇妙なことだ。

 そのせいで微妙にこの国の情報に詳しくなってしまった。

 

 急がなければいけないのは災厄のことだ。

 災厄の情報に関して、まだ数年後だと後回しにしすぎた。前回はお告げを受けたタイミングで既に勢力を築き始めていたのだから事前に察知することはできるはずだ。今回は完璧な対処はできずともより被害を減らす為の対策をしたい。

 

「急ぎの用事があるなら言ってくれればよかったのに。今日はお休みにしようか?」

 

 聞かれてたのか、と一瞬どきりとしてしまう。

 それと簡単にほいほいと休暇を渡そうとしないで欲しい。

 実情を知らない騎士には立ってるのが仕事とか揶揄されて肩身が狭いのだ。その上で休んだらどんな目を向けられるか。前世は辛うじてぼっちを免れたのに、今世もぼっちは勘弁である。

 

「勿論、他の人には文句を言わせたりしないよ」

 

 笑顔が怖いですよ、聖女様。

 あと思考盗聴やめて。

 

「特に今急ぐ用事ではないですから、大丈夫です」

 

 今日明日で何かをしなきゃという話ではないが、焦る気持ちは必要だ。魔神の情報もまだ確定的じゃない。

 今回の自分の成長を鑑みれば、前回は色々とのんびりしすぎた気もする。

 いや、これは今が恵まれた環境だから言えることだな。当時は冒険者として生きる事に心血を注いでいた。

 

「そう?ならいいんだけど。手伝ってほしいことがあったらなんでも言ってね」

 

 この、如何にも自分だけ優しそうな感じを出すのが彼女は本当に上手い。

 実際はそんなことはなく、大体誰に対しても優しいので騙されてはダメだ。下手に頼ったら本当に力になってくれるのまで含めてたちが悪い。

 お陰で騎士団には犠牲者が量産されている。十三歳なのに恐ろしい女である。

 

 仮初の優しさでも、向けられる当人には優しさに変わりはない。それを彼女は本当によく理解していると思う。

 自分も彼女の優しさにあやかっている身なので文句はないが。

 

「特にないので大丈夫です」

 

 嘘だ。本当は滅茶苦茶ある、でも今は協力してくれるかわからない。

 そもそも、この先も仲良くなったとして本当に協力関係を築けるだろうか?

 聖女の信頼や信用を勝ち取ることができるのか、不安が募る。

 

 色々思うところはあるが、彼女に対して駆け引きを持ちかけても意味がない。

 もういいか、グダグダと躱されてしまう言葉を交わすよりも直接聞いてみよう。

 

「聖女様」

「どうしたの?」

 

 煩わしそうに長い髪を耳にかけながら、落としていた目線がこちらへと向けられる。

 

「僕のこと、どれくらい信用してますか?」

 

 一瞬、きょとんとした表情で目を見開きながら完全に硬直する。リアクションとしては百点だな。

 まあ、護衛兼秘書が急にこんなこと聞いたらこんな顔にもなるか。

 

「それは……えっと……信頼してるっていうか……確かに最初は暇つぶしのつもりだったし、面白そうだな~って思って騎士にしたけど、別にそれも意地悪したいからとかじゃなくて……」

 

 聖女は珍しいことに口籠り、どう答えるかを思案しているようだった。

 なにかブツブツ言っているので答えを聞くまでにはもう少し掛かりそうだ。

 

 そんなに難しい質問だったか?

 こいつのことなので『勿論凄く信頼してるよ!』程度の信じていいかわからないふわっとした返事が返ってくると思っていた。案外聞いてみるものだ。

 

「あ~……うん。信頼してる、よ?」

 

 視線をあちこちへと泳がせながら、普段の慈愛に満ちて毅然とした振る舞いとはまるで違う、曖昧な返事。

 

 おい、なんでそんな歯切れ悪いんだ。

 護衛として信頼を損なうことはしてないはずなんだけどな。

 あの聖女がここまで動揺するのは妙だ、もしかして本当に嫌われたのか?

 

「なんでそんな歯切れ悪いんですか」

「こ、この話続けないとダメかな?」

 

 理由を聞こうとしたが、いい感じにはぐらかされてしまった。

 信用してるか聞いただけであそこまで慌てるとか、やっぱり本当は突き飛ばした件を恨んでるのかもしれない。

 

「逆に聞くけど、君は私のことどう思ってるの?」

「正直に答えて良いんですか?」

 

 本当に正直なところを答えるとそれなりに酷い答えが飛び出すのだが。

 少しはオブラートに包んだほうが良い気もするが、彼女には正直にぶっちゃけても良い気はする。

 

「え、うん」

「手間のかかるわがままな女の子、ですかね」

 

 急に市販のスイーツが食べたいとか言い出すし、いきなり恋愛の演劇に見に連れていかれたり、突飛具合で言えば流星女をも凌ぐと言ってもいい。

 現代に生きてた頃の妹も相当我儘な部類だったと思うが、それを余裕で超える我儘っぷりだ。絶対に無理なことを言わない辺りを含めてたちが悪い。

 

「わがままな女の子かぁ。ふふっ、あはは。そっか!」

 

 そこそこな暴言のはずなのに、何故か聖女様はニコニコ笑顔だ。逆に怖い。

 ひとしきり笑った後、目の端に溜まった涙を拭いながら微笑んだ。

 

「面白い所ありました?」

「ふふっ、君が隣りにいてくれると、毎日楽しいし、幸せだよ」

 

 もうダメだ、よくわからん。

 まあ、彼女が満足してくれてるなら別に悪いことじゃないか。

 

「私の騎士になってくれて、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 この感謝の言葉だけは、真摯な気持ちが込められてる気がする。こういう打算や計算を抜きにした彼女の言葉に、自分は弱い。

 それすら計算の内だったら……もう諦めて騙されよう。

 

 

 

 

 

「聖女様ありがと~」

「お陰で毎日ご飯が食べられます……ありがとうございます」

 

 聖都の孤児院のひとつを来訪した聖女は、子供たちやシスターに囲まれながら律儀に対応している。

 詳しい話は知らないが、孤児院なんかに使う予算を増やす様に提言して、評議会で押し通したらしい。

 政治の話からは距離を置いてるが、それでも彼女の政策が国を良い方向に導いているのは度々耳にする。四年前はお腹いっぱい食べられなくて苦心したものだ。

 今回は政策が上手く行ってるかの確認で、こういう外向きの活動中に同行するのも護衛騎士の役割だ。

 

「みんなの苦しみを少しでも取り除けた事が、私は一番嬉しいよ」

 

 子供らしくないなんとも聖女様らしいセリフだ、などと思ってみてたら一瞬刺すような視線が飛んできた。

 なんであの人数に囲まれながらこっちの事把握してるんだよ。怖えよ。

 まあ、子供達に教えを説いてる間はちょっかいを掛けられることもないので問題ない。終わるまで適当に眺めておこう。

 教会騎士がこれでいいのかと思わないこともないが、あの女神の被害者なのでこの程度は許されるだろう。

 

 そうして、聖女の聞き心地の良い声に耳を傾けながら時間が過ぎるのを待った。

 昨日は遅くまで眠れず剣を振っていたのもあって、強烈な眠気に誘われるが気合で耐える。

 業務中に眠るのは流石によろしくないし、何かあった時に対応できない。

 

 うとうとと話を聞いていれば、どうやら説教の時間は終わったらしい。

 

「そんなに私の声は心地よかったのかな〜?」

「寝てはないよ」

 

 次の目的までの移動の最中、馬車の中でジト目で問い詰められる

 さっきまでの威厳ある品行方正な態度は何処へ行ったんだろう。

 ちなみに今は二人きりなので、敬語は抜きだ。敬語を付けると露骨に嫌な顔をされる。

 

「いいなぁ。私もお昼寝したいよ」

「寝たいなら肩位は貸せるけど」

「ほんと?」

 

 パーッと表情を輝かせれば、即座に対面側から隣へと移ってくる。行動が早すぎるだろ。

 彼女の頑張りは知っているし、日頃から助けられているのでこの程度はやぶさかではない。

 

「僕ので良ければ」

「なら遠慮なく借りちゃうね」

 

 そう言って聖女は勢いよく自分の膝の上に頭を載せる。

 膝の上に頭を預ければ彼女の長い水色の髪、糸のようにきめ細やかなそれが膝の上に広がる。

 これだけ長いと髪の手入れ大変そうだな、という場違いな感想と共に疑問がひとつ浮かぶ。

 

 肩を貸すって言ったんだが?膝枕するとはひと言も言ってないんだが?

 

「肩も膝も、些細な違いだよ」

 

 お前にとっては肘打ちも膝蹴りも大した差はないんだろうな、次模擬戦する時は覚えとけよ。

 起こそうかとも思ったが、服の裾をぎゅっと握りながら穏やかに瞼を閉じる姿に毒気を抜かれてしまう。連日視察や儀式で疲れてる様だし、ここで起こしてしまうのは気が引ける。

 そんなことを考えてる間にも静かに寝息を立て始めた。

 寝付きが良すぎるだろ、どれだけ眠かったんだよ。

 

 寝ている聖女の姿は、何処か神秘的な儚さを秘めている。流星女はお姫様とか高貴な印象があったが、聖女はそれこそ神が作ったと言っても納得できる神々しさがある。まだ十三歳と若いが、いずれは絶世の美女になるんだろうな。

 無防備に寝顔を晒す少女になんとも言えぬ感情を抱きながら、できるだけ意識しないようにと思考を逸らす。

 

 

 ふと、流星女に膝枕をされることが多かったことを思い出す。

 無意識的に、自分はどうしてか流星女を目の前の少女に重ねてしまう。

 それは、傍若無人な振る舞いであったり、向けられる重い期待感であったり、他者を寄せ付けない圧倒的な才であったり。なんであれ、重ねるべきではないとわかっているのに。

 

「ね」

「……どうかした?」

 

 車輪が回る音と、街の騒音に掻き消されそうなほど儚い声色。

 膝を占領されてしばらく経つからもう寝たかと思っていたが、起きていたらしい。

 寝返りを打ち、こちら側に向けていた顔が反対へ向けられる。

 

「いつも私を見る時に……あなたの瞳の奥に映る人は」

 

 急に踏み込まれて驚きはあるが、以前のような拒否感は湧いてこない。

 それが自分で踏ん切りを付けたお陰か、聖女に対して自分が心を許した結果かはわからない。

 何にせよ、彼女に対して強く拒否する様な感覚はなかった。

 少なくとも、重ねて見られていることを自覚している彼女には質問する権利はある。

 

「もう、会えない人なの?もしそうじゃないなら、私は君が騎士をやめても……怒ったりしないよ」

 

「───っ」

 

 

 不思議と、口を開いても言葉が出なかった。

 あれだけ側に置きたがっていた自分を手放すのは、どういう心変わりなのか。

 既に目的は達成したか、代替品があったのか、それはわからない。それでも、この言葉が彼女なりの気遣いであることは嫌でもわかる。

 

 あぁ……そうだな、会えるなら会いに行きたいよ。

 お前に重ねてるのも、悪いと思ってる。

 誰かに誰かを重ねる行為なんて、自分も相手も傷つけるだけだ。

 何より、過去の思い出を穢す行為でしかない。

 

 全部、わかってるはずなのに。

 

「ごめん……」

「怒ってないよ」

 

 向かい側に向けられた彼女の表情はわからない。

 少しだけ前かがみになれば、きっと彼女の表情を覗けるだろう。けれど、今そんなことをする勇気はなかった。

 

「怒ってないから。謝らないで」

 

「もし私が縛り付けてるなら……って思っただけ。嫌なこと聞いちゃった、ごめんね」

 

 子供に言い聞かせる様な、慈しみの感情が込められた優しい声色。

 それが余計に、荒れ果てた自分の心を刺激した。

 

 結局、何を言い繕おうが最愛の人に会えない傷を覆い隠すことはできない。

 どれだけ自分の記憶じゃないと言い聞かせても、蘇る感情を誤魔化せない。

 子供の頃はまだ良かった。脳の大きさの影響だろうが、鮮明に思い出すことができなかった。だが、それも年齢を重ねる度に薄れていた記憶が呼び覚まされる。

 

 

 あの星空の下で告白した時、あの流星へ願った時、確かに自分はいつか苦しむ覚悟をした。

 いつか未来で苦しむとしても、それでもその瞬間の愛を、想いを否定なんてできるわけないと。

 だが、今の自分からしたらそんなものはクソ喰らえだ。

 

 あの想いのせいで、幸せな記憶のせいで、愛おしさのせいで、あいつがいない世界で呼吸する事が苦しくてたまらない。

 

 

 そして、もう戻らないものに誰かを重ねて、自分の心を慰める。

 端的に言ってクズのクソ野郎だ。前世の自分が見れば、さぞ軽蔑するだろうな。災厄を討伐する使命なんてものがなければ、いっそ死んだ方がマシだ。

 あるいは記憶を消せるような奇跡か魔法があれば、少しは楽だったかもしれない。

 

「少なくとも、ここを離れる気はないよ」

「そっか、なら……安心した」

 

 安心したという言葉の通り、安堵感が滲んだ声色だった。

 その声を聞く度に酷く罪悪感が胸を締め付ける。

 

「……今度、出かける時はなんでもわがまま言ってください」

 

 せめて、君の都合のいいように利用でもして欲しい。

 この言葉すら、自分の心を守るために聖女を利用してるだけだ。

 

「それじゃあ、少しだけ君と遠出がしたいな。聖都は離れられないだろうけど……それでも、できるだけ遠くの場所に行ってみたい」

 

 囁くような声は、聖女としてではない彼女自身の本心が感じられた。

 

「後ね……もう少しだけ」

 

 聖女は何かを言いかけて飲み込み、大衆の前で被る仮面を付けた。

 

「……もう少しだけ、私のこと頼ってくれたら嬉しいなって」

 

 その言葉を聞いて、また深い後悔と苦しみの念が自分を襲った。

 

 自分は、欠けたものを他の何かで埋め合わせようとしていた。

 彼女との関係が全て嘘だったわけじゃない。ただ、都合の良い言い訳を重ね、嫌悪する行為を繰り返していたことに、自らの浅ましさに心底吐き気がした。

 

 これが一周目であればよかった。

 あるいは、記憶なんてなければ、純粋に彼女の優しさを受け取れたのだろうか。

 

 

 

 

 

 あの日以降、妙に寝付きが悪い。

 悪夢に魘されている訳でもないのに、何日も眠気と疲れが取れない日が続いていた。

 最近は訓練時間も削って、できるだけ休むように調整もしてるが一向に改善する気配はない。

 ちゃんと早い内に眠りについて、朝も遅すぎない時間に起きている。それにも関わらず昼の業務も訓練も、眠くてろくに集中できやしない。

 前世の経験上、大抵こういうのはメンタルの問題だ。

 

 心当たりはある、ありすぎる。

 聖女への投影を自覚したあの日から、時折前世の記憶がフラッシュバックがするようになった。

 冒険者時代や付き合い始め、結婚した時に五十を超えた頃、色々な記憶が蘇っては現実を侵食する。

 鮮明な記憶はいっそ今が悪い夢で本当は今もあの頃に生きてるんじゃないかと思ってしまう。

 今の騎士としての人生はベッドの上で視ている夢で、本当は今も変わらずあの家で俺達は暮らしていて───

 

「大丈夫?」

 

 聞き覚えのある声で、現実へと引き戻される。

 

 そうであったなら、どれだけ良かっただろう。

 心配そうにする聖女を見ながら、ぼんやりと思う。

 もう昼を過ぎているのに冴切らない思考、これならゲームで二徹をかました後のほうがまだマシだな。

 くだらない自嘲を挟みながら、今の状況に目を向ける。

 

 そうだった、報告書の纏めをしていたのか。

 

「……大丈夫です」

「嘘、眠れてないでしょ」

 

 わかってるんだよ、自分の体調が芳しくないこと位は。

 だとしても、どうしようもないだろうが。

 体調が悪いから休みますとでも言えばいいのか?馬鹿馬鹿しい。

 たった数日休んだところで、この記憶(痛み)が消える訳が無い。

 疲れが取れないなら寝ても意味がない。他のことをしていたほうがいい。

 

「後の書類は私がやるから。今日はもう休もう?」

「結構です」

 

 書類を取り上げようとする手を払い除けようとするが、強い力で抑え込まれる。 

 頑なな聖女の姿勢に、これ以上取り合っても埒が明かないことを理解する。

 本当は、彼女の言い分が正しいことは理屈ではわかってる。心配させてることもそうだ。

 

 でも、どうしようもないだろ。

 

「ダメ、命令」

 

 強気な口調とは逆に、聖女の表情は悲しげだった。

 なんでお前がそんな顔する必要があるんだよ。

 

「……わかりました」

「ちゃんと休んでね」

 

 執務室を出ようと席を立ち、そのまま何か言い返すこともせずおぼつかない足取りで自室へと向かう。

 どうせ眠っても大した意味はないが、聖女様のお達しだ。

 前世の夢を見ることがないように願いながら瞼を閉じれば、重い眠気に意識が塗りつぶされる。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かな……」

 

 ひとりで静かになった執務室。去っていった彼の事を思い出しながら、いっそソファで眠らせてしまった方が良かったかもと考える。あれは今のところ夜しか起きてないから心配はないだろうけど、悪夢にでも魘されてないか心配になる。

 

「仕事しないと」

 

 意識を切り替え、万年筆を手に取り積み上がった書類と対峙しようとする。

 

 気を抜けば彼のことを考えてしまい、頭から追い出そうとしても気が付けば手が止まっている。

 こんな状態で中途半端な仕事をするわけにはいかない。

 ダメだね、一旦リフレッシュしよう。

 

 こういう時は彼に外に連れて行ってもらうとか、スイーツを買ってきて貰うのに今はその肝心な彼がいない。

 昔はひとりで抜け出していたけど、今はどうしたって彼がいないと味気ない。

 

「食堂でも行こうかな」

 

 

 なんとなく小腹でも満たそうと食堂へと向かえば、昼食を取っていた聖職者達が仰々しく頭を下げて挨拶して来る。

 

 綺麗な言葉を並べ立て、神への感謝を口にして頭を下げる。 

 でも、私はそれが私個人に向けられたものではないと知っている。

 聖女という役割、役職、偶像。彼らは信仰に頭を下げているのであって、決して私個人に頭を下げているわけではない。きっと、彼らは今ここに立っているのが私以外の誰かでも同じ対応をする。

 権力に飼いならされた彼らより、まだ私をただの道具として扱ってくれる評議会のお爺さん達のほうが幾分か気分は悪くならない。

 どちらも私にあの役目を求めてるだけで、殆ど変わらないけれど。

 

 

 すれ違う度に送られる挨拶に事務的に対応しながら、シェフに軽食をお願いをする。

 

 はぁ、貰ったら部屋に戻ろう。

 どうしたって、ここは息が詰まりそう。

 騎士団の人たちでもいれば、少しは良かったんだろうけど。

 

 頼んだ料理が完成するのを待ってれば、遠くで噂好きなシスター達の会話が耳に入って来る。

 

「中庭の噂って何なんですか?」

「知らないの?深夜の中庭に亡霊が出てくるって、見回りの騎士様達が最近話してるのよ」

「神殿で亡霊って……除霊でもしたら良いんじゃないですか?」

「そんなあなた、アンデッドじゃないんだからね」

 

 あぁ、噂になっちゃってるんだ。

 もっとちゃんと口止めしておけばよかった。

 

「でも、何なんでしょうね。その亡霊」

 

 

 

 ───その亡霊の正体を、私は知っている。

 

 

 

 

 月明かりが綺麗な夜、差し込む光が強くて燭台も必要なかったかななんて思ってしまう。

 白亜の大理石を彩る光が薄く反射して、中庭への廊下をぼんやりと照らしている。

 

 中庭に近づけば誰かが中庭の草を踏む音と、微かに空気を揺らす音が聞こえてくる。

 聞こえてきた音に“やっぱり今日も”という感想が浮かぶ。

 眠る時に側にいられるなら、ちゃんと眠らせてあげることもできるんだろうけど。

 

 中庭へ辿り着いた時、向かい側から歩いてくる意外な人物と遭遇する。

 

「あれ、団長さん」

「聖女様」

 

 噂を聞いて態々調査に来たのかな、先に言っておけばよかったのに迷惑かけちゃった。

 

「一体あれは……」

 

 向けられた団長さんの視線の先、中庭には月光の下でひとり剣を握る子供の姿がある。

 最年少の教会騎士にして私のただひとりの騎士。彼は何も言わず静かに剣舞を踊っている。

 全ての動作が洗練されたその姿は、なんだかひとつの芸術品みたいだと感じると同時に普段の彼とは違う別人の気配を漂わせている。

 普段の温和な雰囲気とは違う、鋭くて冷たいものを感じさせる。剣の振り方も普段とは違い、苛烈で勢いがある。

 

 そんな光景に団長さんはびっくりしていた。

 初めて見たらびっくりしちゃうよね。

 

「大丈夫。私に任せて、みんなには言わないでおいてくれる?」

「御意に」

 

 団長さんは、少しだけ彼を心配そうに見てから帰っていった。

 

 

 彼のこの症状に気がついたのは、三日前だ。

 たまたま眠れなくて散歩していた時、中庭へ向かう彼の姿を見かけた。最初はただの訓練かと思ったけど、近づいてみると反応がなくて様子が違う。

 精神医学の本で意識がないまま行動する例があるのを知っていたから、すぐにそれだとわかった。

 

 行動の原因は肉体の疲れと精神的な疲弊。

 つまるところ、私のせい。

 

 しばらく剣舞を眺めてから、ゆっくりと彼に近寄る。

 

「また、眠れないの?」

 

 私に声をかけられれば、彼は間延びした仕草で振り返る。

 目線が合い、少しだけ開いた瞳孔が揺れる。

 そして、この先の言葉を私は知っている。

 

 彼は、いつも私を見て

 

 

「───?」

 

 

 星の音みたいに綺麗な、誰かの名前を口にする。

 

 

 

「ごめんね。違うよ」

 

 そうして、私がそれを否定すれば彼は酷く悲しそうな顔をする。

 その表情を見ていると酷く心が痛むけど、彼に嘘を吐くのは嫌だった。

 ただでさえ私を通して誰かを見ているのに、頷いてしまえば私の存在自体が否定されている気がしてしまうから。

 

 泣き出しそうに歪んだ表情の彼を、そっと抱きしめる。

 

「おやすみなさい」

 

 指先で額に触れて、強引に奇跡を使って眠らせる。

 糸が切れた人形みたいに倒れる身体を抱きとめて、ベンチへと運ぶ。

 

 後で彼の部屋に運ばないといけないのはわかってる。

 でも、こうして眠らせに来てあげてるんだから、少しは彼の時間を貰っても神様だって許してくれる。ううん、きっと誰かに咎められても、やめられないだろうけど。

 

 まるで死人みたいに眠る彼の頭を膝の上に乗せて、赤みがかった黒髪を撫でる。私の水色の髪とは少し対称的な髪色。

 こうして眠っている彼を独占できるのは、ほんの少しだけ幸せだった。

 

 彼がこうなった理由はなんとなくわかっている。

 私が彼の楔を解いてしまった。

 二度、あの時深く触れた時に。

 だから、これはせめてもの償い。

 こんな事で、彼の痛みが和らぐとは思わないけど。

 

 最初は退屈しのぎだった、所詮は終わりまでの暇つぶしでしかない。だから、その時まで隣にいてくれれば楽しく過ごせそうな相手と期待して選んだ。

 でも、気づいたら純粋に彼の隣で過ごす時間に心地良さを感じるようになってしまった。

 私を聖女じゃない、ただのわがままで、手のかかる女の子として接してくれる事が楽しかった。

 

 これがどんな名前の感情かは知らない。

 それでも、私はせめて終わりまでに彼がくれたものを返したいと思った。

 私を見る度に浮かぶ悲痛が、少しでも幸せなものへ変わって欲しかった。

 寂しそうに笑う笑顔の理由だけでも、教えて欲しかった。

 

「君の大好きな人はさ、何処に行っちゃったの……?」

 

 彼が垣間見せる深い愛情は、いつも瞳の奥の誰かへと向けられてる。

 ずっと、ずっと、変わらずに、その人へだけ。

 

 

 私は、彼の眼が好きだった。

 初めて会った頃に時に見せてくれた、自分を聖女としてじゃない、ただの女の子として見てくれるあの眼が嬉しかったから。

 その優しい眼の出処が、憐憫だとしても。

 

 何処か達観した様な、子供らしくない。それでも、やっぱり子供っぽい彼が向ける眼が好きだった。

 そして、ある時から気がついた。その眼はいつも私ではない別の誰かを追ってる事に。

 

 最初は怒りたい程嫌だったし、酷く傷付いた。

 私を通して、別の誰かを視ているだなんて。

 でも、それ以上に彼を傷つけるのはもっと嫌だった。

 

「踏み込ませてくれないのは、君の方だよ」

 

 彼は誰も心に入れようとしない。

 私も、団長さんも、騎士団のみんなも。

 いつも、ここにはいない誰かにばかり思いを馳せてる。

 

 彼が好きな人は、彼がどれだけ焦がれても会いには来ない。会いに行こうともしない。

 死んだのか、生きてるのか、それすら教えてくれないからわからない。

 それでも、これだけ愛情を抱えた人をひとりにするなんて、ズルい人だと思う。

 

「君が悲しそうだと、私も悲しくなっちゃうよ」

 

「どうしたら、君は笑ってくれるのかな」

 

 例え、私が誰かを見る為の鏡でもいいから。

 もう少しだけ、君には笑って欲しい。

 

 

 

 

 

 昨日は早退させて貰ったのもあって、少しはちゃんと寝れた気がする。

 頭の靄が少し薄れただけでフラッシュバックが止まった訳でも、この染み付いた気怠さが取れた訳でもないが、多少はマシになった。マシになっただけで根本的解決にはならないが、それは諦めているので良い。

 明らかに昨日は心身の不調がピークに達して、聖女にも良くない態度だった。

 最近、ずっと彼女には迷惑をかけてばかりな気がするな。

 ちゃんと感謝と謝罪を伝えよう。

 

「昨日はすみません、ありがとうございました」

「ううん、休めたなら良かった。今日も無理はしないでね」

「はい」

 

 近頃、妙に聖女が自分に優しい気がする。

 こいつの行動に裏がない事は稀なので、一体どんな頼み事をされるのか。

 できるだけ簡単な内容で頼みたい。

 

「あ、そうだ」

 

 聖女が何か思いついたように顔を上げる。

 なんだ、もうなのか?

 色々迷惑をかけたし、多少の無茶は構わないが五体満足で終われるものでお願いしたい。

 

「君ってさ、探したいものとか、探したい人って、いないの?」

 

 想像していた内容と違い、拍子抜けする。

 今から他の国に逃亡しちゃいます程度は受け入れる気持ちだった。

 

「ないことはないですけど……」

 

 どうせ人に関しては探しても見つからないものだ

 どうなったのかを、知っているから。

 ただ、物に関しては気になるものがある。

 

「『流星剣』……」

「え?」

「いや、なんでもないです」

 

 あの剣がどうなったかは気になるが、頼むことの程でもない。

 それに、もう十二分に彼女には甘えているのでこれ以上は良心が痛む。

 特に流星剣は何処かの国が保持している場合、色々と問題になる。

 

「というか、なんでいきなり探したいものなんですか?」

「えっと……君の誕生日のプレゼントの準備?」

 

 誕生日は半年先でむしろ聖女の方が誕生日が近い。

 明らかに今考えた嘘なのは丸わかりだったが、突っ込まないことにした。最近のこいつの誤魔化し方は色々と酷くなってる気がする。

 誕生日プレゼント、そろそろ考えないとダメだな。

 

 

 

 

 

 夜、また中庭を訪れる。

 彼は花畑の側で、月に照らされ変わらず剣を振っている。

 彼はこうして剣を振る時、まるでもう一本剣を握ってるみたいに左手を扱う。もしかしたら、前は武器を二つ使っていたのかな。

 この状態の彼は、普段と一人称も言葉遣いも違う。

 普段が演技なのかな?と考えたけど、私と二人きりの時の彼は間違いなく素だと断言できる。でも、こちらの彼も素だと感じる。

 多重人格というには違和感があるけど、きっとそれに近い状態だとは思う。

 

「君はなんにも教えてくれないからね」

 

 気まぐれに拗ねた様に口を尖らせてみる。

 意識が深く沈んだ彼に聞こえるはずもないけれど。

 

「───?」

 

 私の声で気がついた彼は、またお決まりの名前を読んだ。

 星を思わせる、綺麗で美しい名前。

 そして、私はまたそれを否定する。

 

「ごめんね、違うよ」

 

 彼の悲しそうな顔に胸を締め付けられながら、距離を縮める。

 近づけば、月明かりでより鮮明に彼の表情がわかる。

 迷子の子供みたいな、そんな顔をしていた。

 

 この状態でも、彼にはちゃんと意識がある。

 無意識的な回答だろうけど、軽い会話はできた。

 

「ねえ」

 

 今日はもう少しだけ踏み込んでみよう。

 彼を、ずっとこのままにはしておけない。

 

「私はね、君に少しだけでも笑顔になって欲しいの」

 

 何も偽ることをせず、愚直な言葉と笑顔で伝える。

 その眼で私を見てくれなくても構わない。

 私のもとを離れるなら、それでもいい。

 

「どうしたら、少しでも楽になるかな……私、できる限りのことはするよ」

 

 いろんなことを考えたけど、結局どうしたらいいかわからなかった。

 人の心も思惑も、操るのは得意だって思ってたのに、君のことは何にもわからない。

 

「会いたいんだ……あいつに……」

 

 死んだ人に会いたい。そう言いながら彼は涙を浮かべた。

 死者との再会は、どうしたって叶えられない。

 きっと、神様にだって。

 

「ごめんね……私じゃ、会わせてあげられない」

 

 封をされていたはずの想いを解いたのは私なのに、慰めることひとつもできない。

 無力感と罪悪感が心の奥を突いて、苦しさが湧いてくる。

 

「なら……いっそ殺してくれ」

 

 ほんと、酷いこと言うなぁ。

 君の前じゃなかったら泣いちゃってたよ。

 きっと、君からすれば今ある全てのものに価値がない。

 だから、きっと生きる理由もないんだね。

 

「……ごめんね」

 

 苦痛に沈んだ表情をそれ以上見ていられなくて、奇跡で強引に眠らせる。

 あんな答えなら、聞くんじゃなかったなぁ。

 

 勝手に引き出しておいて、図々しい考えかな。

 何処かで自嘲しながら、眠る彼を自室へと運んだ。

 

 

 

 

 

 また、夜が来た。私も、中庭を訪れる。

 変わらず今日も彼は剣を手にしてた。

 その眼はまたここではない遠くを見据えていて、これっぽっちだって私を見てはくれない。

 

 彼は微かにだって心を明け渡さない。

 他人を踏み込ませず、過去に囚われて生きてる。

 私じゃダメかな、なんて言うつもりはない。

 それでも、本当に彼にとって今がなんの価値もないなら───

 

 

 近づけば、またあの名前を彼は呼んだ。

 微かな期待感を込めながら、本当は彼だってもう会えることはないと知ってる名前を。

 

「───」

 

 これしかないのかな。

 でも、もう私にはこんな方法しか思い浮かばない。

 これが彼の心に触れようとした罰なら、女神様なんて本当に嫌いだ。

 

 

 

 

「そう、だよ」

 

 私は、答えてはならない嘘を口にした。

 

 

 取り繕った笑顔で、呼ばれた名前の人物を演じる。

 知りもしない、彼の心だけ奪って去った、私の大嫌いな人。

 それでも、偽りでも、偽物でも、この白昼夢の中で彼が幸せになれるなら。

 少しでも、この苦しみを紛らわせることができるなら、それでいい。

 

「ぁあ、ああ……」

 

 声にならない声を上げて、彼は私を抱きしめる。

 流した涙が首筋を伝う感覚がして、冷たかった。

 泣きじゃくる彼の声が響く度、心臓が引き裂かれる気がした。

 

「好き……君が好き」

 

 例え、別の誰かの代替品でも。他の誰かに重ねられたままでも、恋人みたいに抱きしめられるのは嬉しかった。

 それと同じだけ、痛みもあるけど。

 

 強く、強く、抱きしめられる。

 痛いほど、苦しいほど。

 その痛みだけ、求めていた気持ちを突きつけられた気がした。

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

 おまじないみたいに、何度も何度も繰り返した。

 彼が泣き止むまで、せめてその痛みがなくなるように。

 今までにないほど、強く祈りを込めた。

 

 どれだけの時間そうしていたかわからない。

 しばらくして、泣き止んだ彼はゆっくりと顔を上げる。

 勿論、その眼に映るのは私じゃない。彼も、私が知る彼じゃなかった。

 とんだ茶番の人形劇、酷い演目だと私も思う。

 

 彼は胡乱な瞳で、ただ求めるように唇を重ねようとする。

 

「それだけは、ダメだよ」

 

 重ねようとした唇に優しく手のひらを被せれば、手のひらに微かに濡れた感触が押し付けられる。

 

 それだけはきっとダメだ。

 私が傷つくより、彼自身を傷つけてしまう。

 なにより、大嫌いな人でも私だって少しは気を遣う。

 

 鼻先にある彼の瞳がどうしてと訴えてくる。

 そんな目をされても、ダメなものはダメ。

 

 代わりに、彼の頬へと口づけをする。

 それは、顔も知らない嫌いな人ではなく、私からの証として。

 これくらいは、許されるよね。

 

「おやすみなさい」

 

 そうして、私は奇跡で彼を眠らせる。

 今日の寝顔は、いつもより少しだけ穏やかだった。

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