異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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本当のこと

 神殿の外では以前にも増して活気づいた人々の歓声や、楽しそうな声が聞こえてくる。

 それを作り上げた張本人はその中に存在せず、ただ孤独に歴史にも残されず消えようとしているのに。

 

 動ける程度に最低限の水分補給を行い、神殿内を駆ける。

 一週間近く飲まず食わずで身体のエネルギーは枯渇しているはずだが、妙に冴えていた。

 目を向けてくる給仕や警備を潜り抜け、心当たりがある部屋へ向けて最速で向かう。

 

 急げ、疾く。

 効率的な身体の使い方をしろ、前世ならもっと速度を出せた。

 脇目も振らず、ただ目的地へと最短距離を駆け抜ける。

 

 儀式を行ってる場所には心当たりがある。

 護衛でも入れない儀式部屋だ。高位の司祭や枢機卿、教皇や聖女しか出入りすることが許されず、毎年恒例の儀式が行われる時には教会騎士の部隊が派遣されるほど厳重な警備が敷かれる。儀式の時以外でも必ず警備が配置されていたのも怪しい。

 思えば、あれは地下に魔神を封印してるからこそ真実を知る人間以外は誰の立ち入りも許されなかったんだろう。

 

 封印は、聖女を生贄にしなかったからと即座に解けるわけじゃないはずだ。なら、魔神を倒すのは猶予次第だが、災厄の後でも構わない。なんなら、魔神そのものが災厄の可能性もある。

 ひとまず、聖女の意志を確かめてからそのあとのことは決める。

 

 

 突き当りの廊下。儀式部屋の通路までを教会騎士、同僚達が整列して待機している。

 荘厳な扉までを守る騎士達の姿は、さながら門番というより軍隊だ。

 扉ひとつを守るには明らかに過剰な戦力にも関わらず、任務を確実に遂行させる意思がありありと立ち姿から感じられる。相変わらずな信仰心。数は恐らく百近くか、四部隊なら百人で隊長格が四人は確定だな。

 

 どうする?こいつらは聖女がどうなるかを知らないはずだ。

 仮に説明したとして、いずれ魔神の封印を解くことになるこの行為を容認するか?

 

 ありえない。

 教会騎士が今の地位にあるのも、聖女の献身のお陰で、そこには彼らなりに恩義がある。だが、それが信仰と教会そのものを上回ることはない。彼らは神の教えと命じられれば誰の首であろうと刎ねるだろう。

 

「お、一週間ぶりだな。大丈夫だったのか?お前がこんな休むなんて、マジで心配したぜ」

 

 最近昼食を一緒に食べていた友人が列を抜けてこちらへと歩み寄ってくる。

 本来なら近づくだけで止められるが、腐っても聖女の護衛騎士なので怪しまれることはない。

 

「あぁ……通してくれないか?聖女様に知らせることがある」

 

 槍で制せられる。

 まあ、こうなるか。

 

「おいおい。お前今日の担当じゃないだろ?そもそもここは何があっても立入禁止だ。それがいくら護衛騎士のお前で───」

 

 交渉は無理だな。

 最速で畳むしかない。

 

「悪い」

 

 秘めていた祝福を再開すれば、全身からオーラが吹き荒れた。

 圧縮された奇跡による力は神々しい光を伴い、強化された拳を腹部に叩き込む。

 大凡人体から発せられたとは思えない音と共に鎧を陥没、昏倒させる。

 様子を見ていた他の騎士達は、困惑を滲ませながら警戒する。

 

 俺はこいつらが如何に面倒で、泥臭く、諦めが悪いかを知っている。

 腕を飛ばされようが、奇跡で簡単に繋げ治して立ち向かってくる。死ぬまで止まらない信仰の戦士。だからこそ、確実に意識を奪う必要がある。一撃で殺すのが最も簡単で確実だが、できればやりたくはない。

 最悪の事態になれば、殺す覚悟はある。だが、それをして聖女がどんな顔をするか。自分だって仲間を殺すのはごめんだ。

 

 俺のエゴを押し付けて、生きてほしいわけじゃない。

 聖女の本当の答えを聞きたいだけだ。

 もしも、それが叶わないと判断したなら殺す事を躊躇するつもりはない。

 全て終わった後に罪人として裁かれるのも構わない。

 

 だが、まだ何も喪った訳じゃない。

 なら、なにひとつだって諦めたくはない。

 

 

 聖女の護衛の突然の暴走、困惑するのも当然の状況。

 こいつらの仕事振りは身近で……あぁ、本当に身近で見てきたからこそ強さを知っている。

 元同僚であろうと信仰の為なら容赦なく剣を手に取れるのも、厄介極まりない。

 幾度となく剣を交えてきた隊長格のひとりが拘束しようと進み出てくる。

 

「どういうつも───」

 

 これ以上、言葉を交わしてる時間はない。

 

 冷静に、的確に、誰から片付けるかを分析する。

 時間にして一秒にも満たない思考を終えれば、聖剣を手に取る。

 あいつも、まさかこれが仲間を斬る為に使われるとは思わないだろうな。

 許せとは言わない。あくまで、俺が彼女の答えを聞きたいだけだ。

 総勢百人近く。こいつら全員を倒して、進む。

 

 

 始めるか。

 

 

 瞬間、まだ事態を飲み込みきれてない隊長を目掛けて一閃。

 神速の斬撃は対応の暇すら与えず、隊長の利き腕が紅い軌跡を描き天高く舞った。

 次いで、剣の勢いを利用して身体を回し蹴りを叩き込む。

 

 肉体を轢き潰す生々しい音を響かせながら、背後の騎士達と纏めて壁に叩きつける。

 隊長格の奇跡使いであれば四肢程度、簡単に繋ぎ合わせてくる。意識を奪わなければいたずらに消耗させられるだけだ。奇跡で仲間の治癒はできても、意識をすぐに戻せる訳じゃない。確実にひとりひとり意識を奪えば良い。

 

 事態を飲み込み迎撃姿勢を取られる前に、集団の懐へと潜り込み剣を振る。

 針の穴に糸を通す様に、装甲の隙間を、薄い箇所を、的確に狙う。

 かつて、魔王の首すら落とした剣技に迫る極技で以て、刹那に意識を奪い去る。

 

 今ので二十人前後、後で起き上がってくる可能性も含めれば十五人程度か。

 ようやく状況を把握した騎士達が明確な敵意を差し向けて来る。混乱状態の内にもう少し倒しておきたかったが、流石に立て直しが速い。だが、そもそも武器で捉えられないなら何の障害にもなりはしない。

 片っ端から斬り刻むだけだ。

 

 

 斬る。斬る。斬る。

 

 向かってくる相手を片っ端から斬り刻み、致命傷に至る傷は斬って意識を奪った直後に治癒する。

 工房で特注で作られる教会騎士の鎧も、聖女が手掛けた聖剣と百年の剣技を以てすれば障害にすらならない。

 赤い血液が飛び散り、神聖な地である神殿を汚す。事態に気づいた給仕の悲鳴が聞こえるが、それ以上に騎士達の怒号と叫びが耳を塞いだ。

 極限状態の戦闘は、今生で最大の集中力を引き出していた。冴えた思考に従うままに剣を描き、身体を動かす。前世にも近い感覚で、思うがままに戦う全能感は何処か心地良さすら覚えた。

 

 

 戦闘開始から数分、廊下には無数の騎士達が転がっていた。

 残りは二割だが、後に残るのは冒険者の階級で考えれば一級や二級に近いもの達。ここからは、こっちも被弾覚悟で戦うしかない。温存を考えて戦えば、負ける可能性も十二分にある。

 

 連携して囲い込もうとする包囲を潜り抜けて、降り注ぐ斬撃や奇跡を斬り伏せ、逸らす。

 囲い込まれぬよう、彼らと並走しながら迫る奇跡を斬り落とす。

 これだけ近接戦で圧倒すれば、近づかないのも当然か。こっちから詰めるしかないな。

 

 祝福の効力を最大まで引き上げ、脚周りに集中させる。

 弾丸の如き速さで突っ込み、真正面の相手からひとりずつ意識の線を断つ。

 多少の掠り傷は無視して全力で斬撃を叩き込む。致命傷は弾き、それ以外は肉を抉られようと気にせず戦闘を続行する。傷を治すなら、その間にひとりでも削らないと消耗戦で負ける。

 前世の魔族との戦いを彷彿とさせる、泥沼の戦闘。

 

 隊長格のひとりを追い詰めた時、意識を奪おうと全力で柄を使って殴打する。

 常人の頭であれば確実にミンチになる威力、確かな手応えに次の敵へ視線を向ける。

 残り十人、余力はそこそこ。だが、これ以上の消耗は───

 

 奇跡の出力を計算する途中、未だに先程の相手が立ってる事に気がついた。

 口から垂れる血液、千切れかかった舌。

 

───こいつ、舌を噛んで気絶防ぎやがった。

 

 瞬間、ありえない威力での突きにより中庭まで吹き飛ばされる。

 身体そのものを突き破らん限りの力で、振り抜かれた槍が腹部を貫通して壁に張り付けにされている。

 

 クソ痛え。舌が千切れるほど噛んで気絶を防ぐとか馬鹿じゃないのか?

 貫通した槍を剣で斬って抜き、投げ捨てる。

 これでずっと続いていた攻勢の手が緩んだ。逆に今度はこちらが後手だ。

 

 土煙が晴れた頃、一斉に五人が飛びかかりまともに喰らえば致死に至る攻撃を放ってくる。

 一応、教会騎士は犯罪者は生きた状態で捕まえて罪を償わせるという原則があるんだがガン無視である。あるいは、この程度では死なないという信頼か。

 一人目の攻撃を剣で流し、力を利用して二人目と三人目にぶつける。四人目の攻撃は左腕で受け止め、致命傷を避ける。少し遅れた五人目の攻撃は剣の柄で止め、そのまま殴り飛ばして地面に沈める。

 四人目は腕に力を込める事で剣を抜く事を許さず、致命傷を与えて他の三人も続けざまに意識を奪う。

 

 わかってはいたが、やっぱり殺さずはキツイ。

 元から手加減をする余裕なんざないのに縛りプレイを強いられてるのがキツすぎる。

 まあ、それは向こうも同じか。腐っても元同僚で、途中までは戸惑いがあったお陰でここまで簡単に数を減らすことができた。

 

 残りは冒険者換算で一級三人、二級四人、三級三人か。

 消耗は考えず全力でやらないと負けるな、これは。

 

 

 

 

 

 泥沼の戦いの果てに真っ赤に汚れた中庭。

 最後のひとりを倒し、身体中に刺さった武器を引き抜いて治療する。

 全力で動かしてきた身体がようやく呼吸を思い出したようだった。

 

 血を拭い周囲を見渡す。何度死ぬかと思ったか、前世の経験がなければ十中八九負けていた。

 最後に制したのは確実に精神的な部分だ。攻撃を貰っても動揺しない精神は必要だな。

 

 本当に、本当に強かった。全員倒してなんだが、半数以上は相手が仲間で鈍っていた。こっちが殺してないことにも気づいて、余計にやりづらかったんだろう。その上でも最後の十人は明らかに殺しに来てたが。

 みんなには悪いことをした。許せとも言わない、許して欲しいとも思わない。全部終わって罪人として裁かれるならそれまでだ。

 

 予想よりも時間がかかってしまったし、削られた。外から昼の日差しが差し込んでいる。

 例年通りであれば儀式は夕暮れ時に行うはずだ。

 それまでにあいつに会いに行かないといけない。

 

 最後に全員生きてることを確認して扉を開けば、まるで深淵まで続くような螺旋階段が続いていた。

 

 

 

 しばらく降りれば、大理石で構成された広大な地下空間があった。

 俺達を監視する様に並べ立てられた巨大な像が荘厳さと恐怖を掻き立てる。

 聖堂の名に恥じない神々が見守る間と、その先にある大扉。そして、それを守護するひとりの人間。

 

 こんな重大な日に国の最高戦力が備えてないわけがない。俺が現れても驚きひとつしないのは想定していたのか。残りの聖力は二割ちょっと、正直勝てるかどうかは微妙なラインだ。

 

「……彼らは、どうした?」

「殺すわけないじゃないですか」

 

 相変わらずの部下想い。致命傷を与えた奴は治療してきたので、少なくとも死傷者はゼロだ。

 なんならあんたの部下に腹ぶち抜かれたり、こっちのほうが被害を受けたぞと言ってやりたい。

 

「いつから知ってたんですか?」

「あの方が聖女という座に座るその時から知っていたとも」

 

 団長さんは初めから聖女が死ぬこともわかった上で接していた。

 恐らく、聖女の後ろ盾であった枢機卿やそれより上の人間達も。

 心底、胸糞が悪い話だ。 

 

「わかっていながら焚き付けたんですか?」

「君が、後悔を残さない為だ」

 

 余計なお節介だと言いたかったが、事実助けられた。

 

「なら、後悔を残さない為にここを通してください」

「それはできない」

 

 あんたは本当にこれで良いのか?

 部下にも何も知らせず、あいつを犠牲にするのか?

 

 聞きたいことは山程浮かんだ。だが、滾る闘志と無言の覚悟がそれらを黙らせていた。

 騎士の中で最も聖女を、彼女という人間を尊んでいたのはこの人だ。

 時に父の様に身を案じたり、叱ったり、ずっと傍で彼女を見てきた人間だ。末端の部下の死にすら涙を流す人間が、何も感じない訳が無い。それでも、この道を選んだというのが彼の下した結論なのだろう。

 

 あぁ、確かに理解できるよ。

 魔神の封印が解けて、野放しになれば大量の犠牲が生まれる。けれど、それは決まった未来じゃない。

 最悪の可能性のひとつで、魔神を倒して聖女を犠牲にしない選択だってある。

 

「あなたを倒して、会いに行きます」

「断固阻止させてもらう……これも、あの方の意思だ」

 

 あいつの意思か。本当に、自分が傲慢なだけなのかもな。でも、それは───

 

「自分が直接確かめます」

 

 これまで一切行使してこなかった聖剣に宿された力が解き放たれる。

 仄暗い室内を光が乱反射する。剣を包む極光が、強く、眩く、意思に従い脈動する。

 

 相手が相手だ。手加減の余裕はなく、残り二割を使い果たせば治癒はできない。致命傷を貰う前に、聖剣のバックアップが機能する間に終わらせる。

 

「……」

 

 団長もそれ以上は何も言わずに大剣を抜いた。身に纏う過剰な祝福が周囲すら歪め、かつてない存在感を露わにする。

 以前と違い体格もそれなりに育ってきた今は攻撃一発でアウトということはないが、それでも競り合いは余力的にも不利を強いられる。正面からの戦闘に付き合ってれば先に持久力の差で負ける。勝つなら、何処かでひっくり返すしかない。

 

 

 静かに間合いを取り合い、実力者同士の戦いは隙を見せれば刹那で勝負が決まる。

 まるでそれぞれが合図を受けたように、同時に踏み込む。

 互いの剣がぶつかり合うだけで衝撃波が生じて、空間に空気の亀裂を刻む。一撃一撃を振る度に、肺の中の空気が押し出される。

 

───ガ、ィン

 

 大剣と豪腕を利用した重たい斬撃。

 視線の先から軌道を読み、斜めに逸らして大剣を弾き飛ばす。

 

 強い、強いが、受け止められないほどじゃない。

 流星女の様に、太刀筋が読めない不可避の斬撃を打ち込んでくる訳じゃない。

 聖女の様に、奇跡による超出力の攻撃がある訳じゃない。

 

 団長の視線の動き、身体運び、足捌き、体重の掛け方、全部読み取れ。

 身体を動かすには、必ず前兆が存在する。それらを全て読み切れば、相手の動きだって完全に読める。

 俺が流星女に勝てたのは、自分が強くなったからとか、剣術で勝ったからじゃない。無数の戦いの果てに、あいつの動きを完全に理解できたからだ。肉体のスペックで劣ろうと、剣技で負けようと、超えられざる才能の差があろうと、先の先まで読み切れば、星にだって剣を届かせられる。

 

 大剣を弾かれた団長の顔が苦悶に歪む。

 不思議と剣に力が込められ、極光と共に迸る剣閃が胴を裂いた。

 しかし、その傷も忽ちに治癒されてしまう。この程度ではなんの致命傷にもならない。

 

 ウダウダと今日まで悩んだ自分が言えた義理じゃないとはわかってる。それでも、あんたの本当の言葉だって聞きたいんだ。俺にだけ本音を言わせるなんて、卑怯だろう。

 

「団長は、本当にこれで納得してるんですか?」

 

 剣を振るう度に、言葉を載せた。

 

「これが、私の責務だ」

 

 七色の光を纏う斬撃が、次々に刻まれる。

 

「責務。責任。そういう話をしてるんじゃない!」

 

 団長に似合わぬ防戦一方、全力を込めた斬撃が赤を描いた。

 反撃に放たれる斬撃は、全て、その一切を叩き落とす。

 

「本当に、心から納得してるかって聞いてるんだよ!」

 

 そんな訳がない。聖女も団長も、もう上っ面の言葉で探り合うのはごめんだ。

 

「納得!納得だと───」

 

 腹部へと目掛けて振るわれた斬撃が、籠手に尋常ではない祝福を込めて受け止められる。

 手にも浅からぬ傷が走るが、そんな事を気にせず万力の握力で聖剣を掴まれた。

 

「納得するわけがないだろう!幼い子供ひとりに全てを押し付けて、我々は真の敵と戦うことすらできない!」

 

 逃れようとする隙すら与えられなかった。

 大剣を振る時間すら捨てれば、拳を硬く握りしめて振り抜かれる。

 

 圧倒的な豪腕で殴られた身体は、ゴムボールみたいに吹き飛ばされる。

 今ので何処かの骨にヒビが入ったのは間違いない。だが、そんな事を気にする暇はない。

 残りの力は全て身体強化に回す。身体の傷を癒やしても勝てない。

 

「だったら!」

 

 息を吐く間もなく剣で組み付き、正面から全てをぶつける。

 流星女が使っていた、流星剣による魔力を束ねた斬撃。

 それを真似る。

 

「どうしてあいつの声に耳を貸さない!あいつの生きたいって想いを!あんただって知ってたはずだ!」

 

 俺が知っていて知らないはずがない。

 親代わりに育てたあんたがあいつの本心を知らないはずがないんだ。

 

「黙れ!」

 

 束ねた極光は大剣と鍔迫り合い、光を散らす。

 

「そうだとも!知っている!あの方が夜な夜なひとり枕を濡らしていたことも!死に怯え、孤独に恐怖していたことも!だが、逃がしてどうする!別の誰かを犠牲にするか!」

 

 最早、お互い治療に欠片の力も割いていなかった。

 目の前の相手を打ち倒すことだけに全力を注ぐ。

 

「封印を続けなければ、魔神はいずれ蘇る!民は不安で揺れる!万民が犠牲になる!その責は誰が負う!?罪を、咎を、誰が背負う!?聖女が逃げれば、別の誰かが、より多くのものが犠牲になるだけだ!」

 

 奇跡の練度に差はない。

 武器はこちらが有利。

 身体能力は向こうが有利。

 完全に互角の状況だった。

 

「それとも!お前はあの娘に生まれた犠牲の責任を負わせるのか!」

 

 責任責任うるせえよ。

 そんな事をいい始めたら、俺だってこんな地獄を強いる世界を救う理由なんてない。

 

「犠牲、犠牲って!まだ来てもない未来に怯えて逃げてるのはどっちだ!お前らみんながあいつに押し付けてるだけだろうが!」

「それが、あの娘の願いでもあるからだ!!」

 

 魔神は世界だって滅ぼすかもしれないが、俺からすれば魔神も災厄も大差なんてない。

 

 災厄を止める為に生まれた自分がこんな事をするのは間違ってるだろうな。だが、いきなり厄災を止めるという目的を押し付けたのはこの世界の女神だ。

 何もかもを押し付けられて、果てもわからず閉じ込められた。

 愛する人との別れという不可逆なものを味わった。

 

 これからも、繰り返し味わうことになるんだろう。

 この無限の孤独を強制される中で、災厄を討伐し続ける。

 身体を鍛えて、いずれ喪うと知りながら他者と関わり生きる。

 どれも簡単なことじゃない。誰が好き好んでこんな事する。

 こんな不出来な救世主を選んだのはお前らの女神だ。

 

 自分だって投げ出したって構わない。それでも、諦めずに世界を救ってやるって言ってるんだ。なら、救う世界に条件のひとつだって提示したっていいだろう。

 

───聖女(あいつ)の生きる世界。それが、俺が望む条件だ。

 

 

 正面からせめぎ合っていたふたつ。

 極光が徐々に光を強め、大剣を飲み込み始める。

 

「だったら、俺はそんな願い聞き入れられない!あいつに生きて欲しい!こんなクソッタレな願いを受け入れるのが騎士だって言うなら、やめてやる」

 

 刹那、空気が揺らいだ。

 

「私はっ───」

 

 押し切る直前で、お互いの全力が続かずに途切れる。

 次の全力をぶつけ合う瞬間は来ないと悟った。

 後は、お互いの純粋な身体能力と技量だけが勝負を分ける。

 

 団長は、見知った構えを取った。

 頂点に備えた大剣を振り下ろす、文字通りの必殺。

 単純明快にして、最も威力を発揮する技。

 

 俺は、それに対してただ剣を斜めに構えた。

 

 

 振り下ろされる斬撃の刹那、足払いを掛けてバランスを崩させる。

 十全な威力で発揮されなかった振り下ろしを、聖剣が横へと打ち流す。

 

「なっ───」

 

 この剣技は、体格と体幹に優れる人間が使う技だ。攻撃を受け止めて、剛の構えで全てを叩き伏せる技。それでも、振り下ろす瞬間にどうしても隙が生まれる。だから、俺はずっと口酸っぱく振り下ろしの時は体幹を保つ為に半歩下がれと教えていたのに。

 

 あの、馬鹿弟子。

 

「あなたの本当の願いも引き受けて、あいつに会いに行きます」

 

「だから、安心してください」

 

 極光を解いた剣を静かに振り上げる。

 

「……頼んだ」

 

 最後の言葉を残して倒れた団長は、起き上がることはなかった。

 確実に意識を奪った事を理解したと同時に、体中を激痛が襲う。

 

 団長が本当に全力であれば、俺は死んでいただろうな。

 結局、この人も踏み出す勇気がなかったんだ。

 自分も、人のことは言えたもんじゃない。

 

 立っていることすらままならない。それでも、身体を無理矢理に駆動させる。

 あいつの答えを聞かなきゃいけない。

 

 

 

 目の前に鎮座する大扉を開き、儀式の間へと歩みを進める。

 そこには、探し求めた聖女の姿があった。礼服に身を包み、空間の中央に立つ彼女はただ贄とされるのを待っている。

 突如として儀式に乱入した部外者の姿に、司祭や教皇は困惑を露わにした。

 振り返った聖女は大きく目を見開いて、固まっていた。

 

「侵入者!?不届き者を排除しろ!」

 

 司祭の誰かが口にして、奇跡が行使される。

 いくつもの光の槍が飛来して、それらを斬り落としながら進む。

 体中から血が流れて、歩みも進む度に遅くなった。

 

 あぁ、クソ。意識が朦朧とする、後少しなんだよ。

 全ての力を振り絞って、一歩、また一歩と聖女へと近づいた。

 

「なん、で」

 

 なんで、なんでもなにもない。

 会いたかった、また笑顔を見たかった。

 傷つけたことを謝りたかった、泣いて欲しくなかった。

 彼女はずっと俺の痛みに、孤独に、傷に寄り添ってくれた。

 その恩返しを、なにひとつだってできてない。

 

 落としきれなかった光の槍が腹を貫き、あふれる血液が地面に垂れる。

 関係ない。この程度の痛みで止まるなら、ここまで来れてない。

 距離が縮まる度に、聖女は怖がるみたいに半歩だけ後ろに下がる。

 

「答えを、聞いてないだろ」

 

 まだ、彼女の本当の答えを聞いてない。

 あの時口にされたのは、聖女として、為政者としての言葉だ。

 お前自身の本当の言葉を、聞いてないんだよ。

 生きたいけど、けど、なんて続きはいらない。

 

 腕が持ち上がらず、身体を数本の光の槍が穿った。

 それでも止まらずに進み続け、あと一歩の距離まで来る。

 

 ずっと、ずっと、聖女は本当を隠していた。

 あの日、誕生日の雪空の下で出会ったときからずっと。

 死という恐怖に苛まれることも、生きたいという願いも、普通の少女としての事を、なにもかも。

 

「お前に救われた」

 

 寝れない夜には寄り添い、眠るまで傍にいてくれた。

 

「過去に囚われていたのを、向き合う勇気をくれた」

 

 ずっと逸らしてきた目を、また前に向けることができた。

 

「自分自身すら差し出して、傷を埋めてくれた」

 

 本当すら押し隠して、誰かの代わりすら演じて。

 

「お前がいるから、生きてこられた。幸せだった」

 

 最愛の存在しないこの世界を、生きていいって思えたんだ。

 

「今度はもう逃げない」

 

 また、ちゃんと歩み出したいと思えたんだ。

 

「向き合うのが怖いなら、お前の全部を背負ってやる」

 

 だから

 

「一緒に、生きて欲しい」

 

 逃げていた聖女が、最後の一歩を近付いてくる。

 伸ばした手が、やっと掴める距離にまで届いた。

 あぁ、やっと───

 

「───やっと捕まえた」

 

 聖女の身体を抱きしめる。

 彼女の存在そのものを確かめるみたいに、強く。

 途端に溢れ出した光が、全てを包む様に満たす。

 

「また、捕まっちゃったね」

 

 泣き笑う聖女の表情は、全てのしがらみを解かれて全てに許されたようだった。

 殻を被ったなにかじゃない。今度こそ、本当に彼女自身を捕まえた。

 あの初めて出会った誕生日に手を伸ばしたものに。

 長い間、待たせてしまった。

 

 怖かった。怖かったんだ。

 またこの感情を許すことが、自分の胸の奥に大切なものが増えることが。

 いずれ、喪うとわかってるから。いくら永遠に思えても、絶対に終わりが来てしまうから。

 

「私、偽物だよ」

 

「本当になれないよ。君のこと不幸にしちゃうかもしれない。ただの重荷になっちゃうかもしれないんだよ」

 

「それでも、いいの?」

 

 もういいんだ。

 この苦しみが永遠じゃないことも、お前が教えてくれたんだ。だから、今この場で手を伸ばすことができた。

 

「代替品な訳ない、重荷じゃない、偽物でもない」

 

「傍にいて欲しい、どんなものでも一緒に背負うから。一緒に生きて欲しいんだ」

 

 彼女を説得する為の言葉を、沢山頭の中で考えていたはずなのに。

 口を開けば出るのは、簡単で、どうしようもない言葉ばかりで。

 

 そんな言葉を彼女はこの世で何よりも嬉しそうに受け取った。

 

「生きたい!君と一緒に生きたいよ」

 

 この場の誰にも届くように、力強く答えを叫びながら強く、強く、抱きしめられる。

 痛いほど、でも、その痛みすら愛おしかった。

 

 魔神のこと、災厄のこと、この国のこと、いつだって未来は恐ろしくて怖い。

 それでも、一緒に歩んでくれる人がいるから踏み出すことができる。

 

「好き、大好き。君が好き」

 

 今世で初めての口付けは、少しだけ血の味がした。

 

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