異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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恐怖

 前世との向き合い方に決着を着けてからしばらく。

 厄災と魔神を討伐する為の準備を進めているのだが、非常に順調に進んでいる。

 

 いいや、正しくは順調過ぎるほどだ。

 

 聖女との関係も恋人関係になり、冒険者としての階級は一級に昇級して人を動かす為の名声を得た。資金繰りは聖女が商才を発揮して、依頼で稼いだ資金を元手に相当な金額を稼いでくれた。

 具体的には前世の生涯年収を軽く越えた金額が数カ月後には稼げると試算していた。この稼ぎには多少のからくりもあるが、それでも凄まじいものだ。

 

 法国では枢機卿と手紙のやり取りを行い、三年後の決戦へ向けて準備を進めている。冒険者や国を動かす為の資金にも聖女のおかげで目処が立った。

 元々国の指針に細かに口出しできるだけの才能があったので当然ではあるのだが、聖女は圧倒的に多才だ。最も驚異的なのは他者と距離を縮める他者への人心掌握能力だ。これは前世の優男くんに近いものがある。

 

 他者との繋がりや信頼を簡単に構築できる彼女は、人との繋がりがあるからこそ情報を集め金を動かし、人を上手く扱うことができる。

 

 現状、聖女のおかげで全てが上手く行き過ぎている状況だ。金も名声も人脈も戦力も、順調に集めることができている。

 そして、こういった余裕が生まれれば自然と安心する。

 

 安心とは恐ろしいもので、少しはサボっても良いんじゃないかと考えてしまう。

 

 

 そう、俺は今凄く堕落しそうで怖いのだ。

 

 前世では流星女というある種のストッパーがあった。

 流星女に付いていこうと思えば、時間を無駄にしてる余裕はなかった。脇目も振らずひた走る彼女へ追いつこうと思えば、足を止める時間はない。

 

 俺は彼女の前では、それが全てバレた上での見栄であっても格好を付けようとしていた。

 何度負けても、心を折られそうな差を痛感させられても、次は勝つとあの日の誓いを思い出した。

 

 結果、それが成長と節制に繋がっていたのだ。

 

 聖女の前でもいい格好をしていたい気持ちは十分ある。常に彼女に誇れる自分でありたいと思っている。だが、それでも流星女の時のような強いプレッシャーではない。

 

 現代日本で過ごしていた頃から、俺は我慢強い性格でもなければ自制心が強いわけでもない。強ければ徹夜でゲームとかしない。

 

 俺が今もサボらず毎日努力を続けられるのは、もしも今日明日の努力を怠ったことで後悔しない為だ。

 

 もしも仮に、微かな自分の怠慢で聖女を失えば、俺は本当に今度こそおかしくなるだろう。

 狂気に堕ちれば、自分は今度こそ精神が戻らない。確信がある。

 今世でまともでいられたのは、聖女が隣りにいてくれたおかげだ。

 

 寿命以外で彼女を喪えば、俺は───

 

 

 

「だ~れだ」

 

 後ろから鈴の音のように綺麗な声が響き、思考の中断と同時に視界が塞がれる。

 いつの間に帰ってきたのか。今日は少し遅いとも聞いていたのに。

 

「また考え込んでたでしょ」

「おかえり。ちょっとな」

「うん、ただいま」

 

 手を解きながら振り返れば、そこには白銀のドレスに身を通した聖女の姿があった。

 

 今日は王都の貴族が主催するパーティーに参加すると言っていた。ドレス姿なのはそのためだろう。

 

 水色の髪に似合った白雪を思わせる淡い色遣い、ふんだんにレースをあしらったホルターネックタイプのドレス。シースルーの白い長手袋と合わせて完璧に着こなしている。シースルーから覗く細いしなやかな指先すら色っぽさを感じてしまう。

 

 聖女自身の完璧なプロポーション。作り物のような美しさと合わせて人間というよりも、妖精や女神と言われたほうがまだ現実味を抱ける。

 十七歳になった聖女の容姿は、未だにあどけなさは残るものの完璧という他ない。この世界で一番綺麗な人は誰かと聞かれれば、本当に忖度抜きで聖女を挙げるだろう。

 

「どうかした?」

「い、いや……」

 

 ぼーっと見惚れていたまま見つめてしまっていた。

 結構胸元を開けるタイプのドレスで、自然と視線を聖女から外す。

 

 このドレスは聖女自身が自らの手でデザインを考えたものだ。

 

 前世の話をした時、地球の知識をいくらか引っ張り出して教えたのだ。他にも色々と教えたのだが、ドレスに関しても先鋭的なデザインをすれば売れると言われて、ゲームや創作でいくらか覚えていたものを教えた。

 

 それ以外にも現代のアイデアを利用して商売を始めるにあたって、商会を立ち上げた彼女は人脈も利用してあっという間に大金を稼いでしまった。無論、簡単でないことも多数あったが、ある種ワンマン経営しやすい商会の方が、法国の頃と違い実力を発揮しやすかったのだろう。

 

 今日のパーティー出席は近隣貴族との人脈構築と、聖女の商会の宣伝も兼ねてた訳だ。

 ちなみに俺は周辺の一級冒険者が仕事しないせいで依頼が詰まっていたので、同席できなかった。

 

「どう、似合ってる?」

 

 その場で簡単に回って見せる様さえ絵になってしまう。

 こんなに美しければ、パーティーでも引く手数多だったろう。

 

「あぁ、凄く綺麗だ。似合ってる」

 

 蠱惑的に微笑んだ聖女は、ゆっくりと隙間なく隣に腰を下ろす。

 隣に腰を下ろされれば、より聖女の姿が至近距離で映る。

 

 この世界基準で露出が多すぎるというわけではない。貴族が使うドレスとしては普通だ。

 それでも、彼女がこの姿で大勢の目に触れたことに不快感が湧かない訳がない。

 

 くだらないガキのような心。

 

 そもそも、彼女がわざわざ連合国の社交界で人脈を確保してるのも元はと言えば俺の為だ。

 それにも関わらず、彼女の努力に関係無く嫉妬してしまう自分の狭量さに呆れる他ない。

 百年以上の人生経験とはいったいなんなのか。

 

 今は先程までの不安もあって、感情を上手くコントロールできる気がしない。

 

「なんで着てきたんだ?」

 

 今日はもう出かける予定もないのに、わざわざ普段着ではなくドレスで戻ってきたことに疑問を感じた。

 

「もう、君に見てほしかったからだよ?」

 

 可愛らしく頬を膨らませたかと思えば、今度はまた悪戯な表情を浮かべる。

 

「そういえば、貴族の人達からいっぱいアプローチされちゃった。確か王子様?もいたと思う、私が法国の元聖女だって気付いてたのかな」

 

 明らかに嫉妬させようとしている。

 

 俺達は周囲に付き合ってることを宣言してるが、それでも貴族達からすれば聖女は魅力あふれる対象なのだろう。

 名声も財力も美しさも強さもある。全てを兼ね備えた彼女の心を射止められたらと思う男の気持ちがわからない訳ではない。

 

「みんな色々プレゼントくれてね、───」

 

 そこまで言葉を紡いだ時点で、彼女をソファの上に押し倒して強引に唇を塞いだ。

 

 こうして嫉妬心を煽られるのは稀にあることで、その度に俺は良いようにされてしまう。

 

 正直、心理戦は聖女に勝てる気がしない。

 それと、自分がここまで嫉妬深い人間だとも思ってなかった。

 

 前世でも嫉妬する事はあったが、そもそも流星女に男の影がなさすぎたのと、どちらかと言えば嫉妬される側だった。

 聖女の心が別の誰かに揺れることもなければ、危害を加えたり、力で勝る相手も周囲には存在しないとわかってる。それでも、実際に聖女の口から言われれば形容しがたい嫉妬心と支配欲が湧いてくる。

 

 なにひとつ抵抗しない彼女を組み敷いて濃い口付けを交わした後、ゆっくりと顔を離した。

 

 仄かに香るアルコールの匂い、舌に残る苦みと甘みの混ざった味に聖女の紅潮した頬。

 さっきまでは確信がなかったが、酒を飲んで軽く酔っているのだと確信できた。

 

「嫉妬した?」

「しないわけない」

 

 ここに付けてと言外に示すよう自らドレスをはだけさせ、首筋を指でゆっくりとなぞる。

 か細く陶磁器のように白い肌。彼女の淫靡な姿にこれを汚せるのが自分だけだという醜い悦びが湧いてくる。

 

 誘われるまま、噛むようにくっきりと痕を刻みつける。

 聖女は恍惚とした様子で痕を付けた首筋を撫でた。

 

「一週間は消えないね。これ」

「お前が付けさせたんだろ」

 

 聖女には、被虐的な側面がある。

 

 人間関係や政治的な立ち回りでは支配的かつ絶対的に振る舞う癖に、俺に対しては支配されたり、主導権を握られることを望む。そんな姿を晒されるだけで、抑えの効かない欲望を掻き立てられてしまうのに。

 

「ね……」

 

 首筋へと痕を刻んでいれば、彼女は蕩けたような笑みを浮かべて耳元で囁いた。

 彼女は、俺のなけなしの理性にとどめを刺しにかかる。

 

「このドレス、宣伝用の試用品でもう使わないから……君の好きにしていいよ」

 

 どこかで、俺の理性の枷が粉々に砕け散った音がした。

 

 何が聖女だ。性女の間違いだ。

 たった一年で俺の性癖は滅茶苦茶にされてしまった。

 

 

 

 

 

 破滅的に自堕落な時間を過ごした俺達は同じベッドでくつろいでいた。

 濡れた聖女の長い髪を、ドライヤーに近い魔道具を使い丁寧に梳かしながら乾かす。

 

 本当に長い綺麗な髪だ。絹糸のようにしなやかで、ほつれひとつもない。

 前世は流星女に眼フェチを疑われたが、今世は髪フェチに目覚めたのかもしれない。

 そんなくだらない思考を巡らせながら、ゆっくりと時間をかけて梳かす。

 

「君って結構嫉妬深いよね」

「お前がそうさせたんだよ」

 

 何か仕返ししてやろうかとも思うが、大抵何しても喜ばれるだけだ。無敵である。

 本気で彼女が誰かに靡いてしまうのではと不安になってる訳では無い。

 あくまで聖女の趣味に付き合ってるだけだ。

 

 日頃から愛情を示してくれているのに不安になるなど、これだけの感情を向けてくれる聖女に対しての裏切りだ。

 ......たまに本気で嫉妬してしまうこともあるが。

 

「さっき、何考えてたの?私が帰ってきても気づかないなんて」

 

 順調過ぎて怖いなど、笑われてしまうかもしれない。

 それでも、それが今の一番の不安だ。

 

 ちゃんと頑張れてるのか?

 気が付かないうちに手を抜いてないか?

 今に甘んじてないか?

 

 そして、その先にある喪失。

 不安が、じわじわと足元から蝕んでいる。

 

 聖女は絶対的な自信で流星女のように導いてくれる訳ではない。

 それでも献身的に優しく、心から支えようとしてくれる。

 同じ重みを抱えようとしてくれている。

 

 さっきわざと煽ったのも、このドツボに嵌った思考を逸らすためだろう。多少は聖女自身の我欲も含まれてた可能性もあるが。

 

 隠し通す意味もなく、白状する事を選ぶ。

 

「……怖いんだ。今が平和で、幸せすぎて。二年後が、三年後が怖い。お前を喪うのが怖い、勝てるかわからない。今日明日の怠慢が、お前を殺すんじゃないかって。そうして、その先でも一生後悔するんじゃないかって」

 

 期限が決められた長期的な戦いという意味では、受験にも近いかもしれない。

 大学受験と違うのは、受験は失敗しても志望の大学に通えないだけ。だが、この戦いに負ければ大切な人も、自分も死んで何もかもを喪うかもしれない。更に最悪なのは、その先も別の身体で生きる事を強いられることだ。

 

「不安なの?」

 

 こちらを見つめる黄金の瞳を瞬かせる。

 長い睫毛が揺れて、頬が優しげに緩められた。

 

「あぁ」

 

 髪を乾かしていた手が止められてしまう。

 聖女の手が伸ばされて、指先を合わせる。

 重ね合わせたそれを微かにずらせば、隙間なく指を絡められる。

 

 細く、力を込めれば折れてしまいそうなしなやかな指。

 それでも、確かに離れがたく絡められる。

 

 情けない姿を晒す俺に、今もこんなにも目の前の少女は優しい。

 これがもっと頑張れという叱責や罵倒であったならある意味楽だったのかもしれない。

 

「君が不安でどうしようもなくて、今以上を望むなら私はそうしてあげるよ。甘やかさず、もっともっとって……でも、今も壊れちゃいそうなくらい頑張ってる君を、私はこれ以上追い詰めたくないな」

 

 強さにも自信はある。剣術は以前より前世に近づき、奇跡も呪術も使いこなせるようになった。

 前世よりも着実に強くなっている。かつての全盛期の自分を超えたという実感もある。

 人脈も、人を動かす資金も聖女が用意してくれた。

 

 万全に準備は進んでる。これ以上今急いで望めるものはない。

 

 それでも怖い。怖いんだ。

 この手のひらの温もりを喪うことが。

 

 愛おしいと思うから。心の内に居着くことを許したのなら、なおさらに。

 

「君は頑張ってるよ。誰よりも」

 

「ずっとずっと頑張ってる……だから、安心して。私も勝てないんだもん。それに、昔に魔王も倒したんでしょ?」

 

 本当は、全部わかってる。

 この恐怖はどうしようもないものだ。

 きっと、数十年後に聖女の寿命が近づけば俺は似たような泣き言を漏らすだろう。

 

 喪失を知ってしまってるが故に。

 

 前世は喪失を知らないから目の前に向き合えた。

 でも喪失の痛みを知ったのに、また喪い難いものを手にした。

 

「わかってる……わかってるんだ。勝っても、いつかお前が───」

 

 それ以上の言葉は、口にさせてもらえなかった。

 

「ん……そうだね。結局、その恐怖も痛みも、与えるのは私だね」

 

 唇を離した彼女は困ったように頬を緩める。金の瞳の奥で感情が揺れている。暫しの沈黙の中でゆっくりと言葉を探す。

 

「知ってるよ。いつか私が死ぬのが不安なこと、自堕落になっちゃいそうで怖いこと。でも、私はそれ以上に君が強くて、素敵な人だって知ってる」

「殺し文句だな」

「君が、どうしようもなく弱い人だってことも……でも、私の前ではいつも格好いいままでいようとしてくれる。私に、大切な人に誇れない行為はしないって知ってる」

 

 酷い言葉だ。

 

 そう言われてしまえば、期待されてしまえば、どうしようもない。

 どうしようもない不安で未来ばかり恐れてる姿は格好良くないということ。

 未来への恐怖に怯える姿より、今に向き合える方が良いに決まってる。

 

 結局、いつだって俺を動かすのは俺自身や誰かの期待だ。

 今回は、俺自身の期待だけだと折れそうになってしまった。

 

「これは、全部終わってからになっちゃうけど……君が未来が不安なら、未来への不安を解消できなくても一緒に不安を共有する。恐怖も、痛みも、ふたりで時間の限り悩もうよ」

 

 この恐怖はこれから先も未来永劫付きまとう。

 その度に恐怖に苛まれて、それでもこうしてその原因に立ち直らされるのだろう。

 

「たった二年でこんなにいっぱい色んな思い出を作れたんだよ?それなら、ふたりで一緒に飽きるまで悩めばいい。人生は長いもん、それくらいの時間はあるよ」

 

 未来になにひとつ不安なんてないとばかりだ。

 

「なら、その為にも勝たないとな」

「ふふ……うん!」

 

 久しぶりに情けない姿を晒したはずなのに、聖女は嬉しそうだった。

 

「なんで嬉しそうなんだ?」

「だって、昔と違って『怖い』ってちゃんと話してくれたでしょ?好きな人が他の誰かに明け渡せない弱みを見せてくれるのは、それだけ特別で、頼ってくれてるって証だと思うから。私を頼ってくれたのが嬉しい」

 

 聖女とは恋人関係になっても本当はもう少し心の距離を空けるつもりで、そういった行為も全てが終わるまでしないつもりだった。

 感情的な逃げではなく、元現代日本人の感性としても色々宜しくないし、肉体的な繋がりも得てしまえば自分の心がこうして彼女に寄ってしまうことは簡単に予測できた。

 

 実際は聖女の猛アプローチに俺の理性は儚く砕け散りこの通りなわけだが。

 

 聖女に近づいて愛情を抱けば抱くほど、こうして俺は恐怖に揺れる。

 わかってたから、厄災と魔神との戦いが終わるまではと考えていた。

 

「私の重みを一緒に背負ってくれるなら、君の重みを一緒に背負わせてくれないと不公平でしょ?」

「仰る通りで」

 

 二年前、彼女は全てを俺に晒してくれた。

 逆に俺は格好付けようと弱みを作らまいとしてたのは……まあ無駄な努力だな。

 

「前世の頃はこうも子供じゃなかったんだけどな」

 

 前世では四十を過ぎた頃には、ある程度精神的な落ち着きを手に入れる事ができた。

 年齢もあったし、積み上げた過去に恥じない生き方への確固たる意思があった。

 

 今も確かにそれはあるはずなのに、思考と感情の不一致が繰り返される。

 向き合わず半年逃げ回り、後先考えずに聖女を攫ってしまうなど、厨二病の妄想もいいところだ。

 

「転生のせいじゃないかな。感情や心だけそのままにしたら、どうなるかわからないでしょ」

「だから、肉体の年齢に感情が紐づけられてる、か……なくはないな」

 

 心だけが老いれば活動する気力が消え失せる可能性がある。

 心の死を防止する為に、肉体年齢に精神が紐づけされてるというのはいい線を行ってる気がする。

 

 転生すれば若い頃の気力を取り戻せるかと言われれば否だ。事実として今は気力がある状態だが、肉体が若返っただけであの精神の充足を取り払える訳がない。

 俺は前世で人生というものに十二分に満足した。現代日本に帰りたいという想いも時間と共に薄れて、この世界にこそ望郷の念を抱くようになった。しかし、死後の空間を経て今現在は生への渇望と現代日本への帰郷の念を確かに奥底で感じる。

 

 転生して数年は確証がなかったが、これは今ははっきりと違和感だとわかる。

 転生による精神の変化。前世の晩年からの変遷はこれ以外で説明できない。

 

 それはそれとして、自制心とかはまた別な話の気がする。

 

「君の魂に関しても、もう少し落ち着いて時間が取れるなら色々調べられそうなんだけどね?」

「悪い。色々無茶させて」

「ううん、私が好きでやりたくてやってることだよ。それに、君があの日私の前に現れなかったら、私は死んでたんだから。私の時間は、私の意思で、君のために使わせて欲しいな」

 

 自分の為に。その言葉は、少しだけ重くとも心地良いものだった。

 目の前の愛おしい少女に、どうかそれ以上のものを返してあげたいと思う。

 

「なら、戦いが終わったら何倍にでもして、貰った時間を返すよ」

 

 強く繋いでいた手を優しく引いて、抱き寄せながら笑う。

 気恥ずかしそうに、それでも穏やかな表情の聖女を見ればあの時の選択はなにひとつ間違いじゃなかったんだと実感できる。

 

「本当にいいの?きっと全部貰っちゃうよ」

「俺がそうしたい」

 

 額を重ねれば、互いの体温が共有される。

 

 先程の強く求めるようなものとは違う。ただ、触れるだけの口付け。

 

 指先、額、抱き寄せた彼女の身体から感じる感覚、体温。その全てから心地よさと安心感を覚える。

 自分が独りではないという強い実感を抱かせてくれる。

 

 

 

 あの後も未来のことや取るに足らないことを満足するまで沢山話して、眠りに就こうとした。

 

「ねえ……もしも厄災も魔神も倒した後で、君の魂が自由になれる方法が見つかったら、どうしたい?」

「まだ起きてたのか」

 

 心地良さに浮ついたまま眠れず後ろ姿を眺めていれば、振り返った聖女にそんな事を聞かれる。

 もう寝たかと思っていたのに、未だお互いに話足りないのだろうか。

 

 まだ暗闇に目が慣れず、その表情はわからない。それでも、どんな表情をしてるのか声色から察せた。

 

「……わからない」

 

 少し悩んでから、そう答えた。

 

「また独りだけ置いていかれるならいっそ終わりたい。でも、これまでを簡単に消し去りたくない……女神との約束を途中で放棄するのも、悪い気がする。現世の家族にも、できれば会いたい」

「そっか……」

 

 否定も肯定もしない。噛み締めるように、呟いた。

 暗闇から伸びてきた細い指先が、頬を拙く撫でる。

 

「女神様のことも調べないといけないね。聖国に行って調べる必要もあるかな」

 

 聖国、嫌な名前を思い出して一瞬顔を顰めてしまう。

 

「どうかした?」

「いや、前世の嫌な記憶が……」

 

 聖国は東大陸の最南端の砂漠地帯に位置する中規模な宗教国家だ。

 俺と流星女が東大陸の剣の聖地を目指して旅をしていた時に赴いたこともある。

 赴いたというか、招かれたのだが。

 

 当時の教皇の前まで連れられて盛大な歓待を受けたが、ペラペラと長い御高説を垂れられて最終的に遠回しに女神の加護がある可能性があると流星剣を要求された。

 勿論流星女がそんなものを受け入れるはずもなく、教皇の前で断固拒否。挙げ句には欲しければ奪い取ってみろとまで宣言したことで、神への不敬だとブチギレた教皇によりその場で俺達は異端者の烙印を押された。

 

 結果として帝国領土の冒険者ギルドに逃げ込むまで、あのイカれた代行者共の相手をさせられた。挙げ句には異端者認定により二度と聖国に近寄れなくなった。

 

 あぁ、マジで思い出したくもない最悪な記憶だ。

 

 法国と聖国はカトリックとプロテスタントみたいなものなんだが、滅茶苦茶に仲が悪い。戦争が起きてないのは海を越えた場所に加えて果てしない距離だからだろう。

 信仰自体はほぼ同じだが、旧約と新約のように古い教義と新しい教義で差がある。法国が旧く、聖国が新しい、そして圧倒的に聖国が過激だ。強さだけは保証できるが、正直関わり合いにはなりたくない。

 

 本気で魂や女神の事を調べるなら、絶対に関わる必要があるのはその通りなんだが。

 

「そもそも、奇跡の系統すらまるっと違うからな」

「あっちだと攻撃系が主流なんだっけ」

 

 聖国の代行者はどいつもこいつもアホみたいな威力の奇跡を使う。近接で。

 強さだけで考えれば、本当に国土に見合わない戦力なんだけどな。

 

「取り敢えず、女神や魂の事に関しては戦い終わってからだ」

「うん……そうだね」

 

 厄災より先の未来のことばかり考えて負ければ、取らぬ狸の皮算用だ。

 二年後には魔神を倒して、厄災に備える。

 戦いまでの時間は、もう残り少ない。

 

「今日、ちゃんと教えてくれてありがとう。私を頼ってくれて、同じ物を背負わせてくれてありがとう」

 

 どうして彼女が感謝するのか。こちらがいくら感謝しても足りないというのに。

 

「こっちのセリフなんだけどな……愛してる。おやすみ」

「ふふっ……うん、おやすみ」

 

 彼女の体温を感じながらまぶたを閉じて、眠りに落ちる。

 

 

 永遠なんて存在しない。それなら、時間の許す限り、彼女と想いを通わせていたいと思う。

 

 




DX鶏がらスープ様よりファンアート頂きましたので掲載させていただきました。この場を借りて感謝申し上げます。
ファンアート本当に励みになりました。ありがとうございます!

感想は返事はしていませんが全て目を通しており、お気に入りや評価などもいつも励みになっています。読者の皆様もいつもありがとうございます。

2周目も終わりに近づいて来ましたので、遅い更新となりますが引き続きお付き合いいただければ嬉しい限りです。


挿絵(2周目3話)

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