ここ最近、危険な魔物の出現量が明らかに増えている。
法国にも数年前に災害種が現れたりと、前世とは明らかに違う。
自然発生的なものであれば良いが、厄災の傾向であればまた後れを取ることになる。
前世の魔王の言葉を信じるなら、俺が女神のお告げを受けた頃には既に魔王は存在していた。
俺達は既に十九歳。魔神討伐の日時は、着々と迫ってきていた。
この世界にも神話というものは存在する。
千年前までは直にこの世界に女神が存在していたとされてる。
しかし、女神は現在の暦の始まりである『黄金の時代』を迎える二百年前に姿を消してしまった。
黄金の時代は歴史の転換期であり、冒険者ギルドの創設や魔法技術の発展、呪術の一般化が起こった。
そして、同時に黄金の時代の始まりはこの世界のあらゆる『神話』が死んだ時代でもある。
全ての竜の祖先と謳われる真竜、東大陸統一を成し遂げた大帝、最初の魔族とされる魔王、魔王を討ち取り世界を救った勇者、不老不死の永遠の魔女、真竜すら屠った竜狩りの騎士、黄金の時代を迎える二百年の間に生まれてはあらゆる神話と伝説が死んだ。
気がかりなことに黄金の時代以前は魔物、魔族が存在しなかった。
存在しなかったというよりも、存在した記述を見つけられなかった。
黄金の時代を迎える二百年前、女神の消滅と同時期に魔物と魔族がこの世界に現れ始めた。
これを全くの無関係と考えることは難しい。
千年前。それを知る人物が存在すれば……いや、ひとりだけ知っている。
彼女は前世の俺と流星女に会ったことがあるし、今も生きている。ただ、彼女が協力してくれるかと言われればわからない。
俗世から離れて生活している彼女を、強引に歴史の表舞台に連れ出す気にはならない。
あの迷いの森で生活してるのも、人と関わることを望まないからだ。
「どうにか力に……いや無理だな」
「何の話?」
「助っ人の話だ」
独り言を聞いていた聖女が小首を傾げる。
余りにないものねだりな話だ。さっさと忘れよう。
そもそも、今もあの森に住んでいるのかわからない。
「他の協力者の方は、調子はどうだ?」
「うん。順調だよ」
今は三ヶ月後の魔神討伐戦に備えた人材の確保をしている。
以前から周辺の一級や二級の冒険者達に声はかけてきたが、我が強い連中も多いので勧誘率は微妙だ。
上位の冒険者は金で動かすことは難しい。
話を受けてくれたのは個人的な関係のある連中や、魔神殺しという名声や戦いに惹かれた奴らが多い。
上位の冒険者に準ずる力を有する騎士や、貴族お抱えの魔法使いなどにも声をかけているが返事は芳しくない。
仕える家に忠誠を捧げている場合は、態々他国の危険な戦いに参加する理由がない。
聖女の建てた商会の力を使ったり、教会方面の関係者を誘ったりもしたがここら辺が限界だ。
集まったのは一級冒険者が三人とそれに準ずる聖職者が一人、二級と三級クラスが合わせて五十人と少し。頑張って集めただけあって、教会騎士達と合わせれば十二分な人数だ。小規模の国と戦争しても余裕で勝てそう。
「ただ、君や私みたいなのはやっぱりいないかな」
数は十分だが問題は質の話だ。冒険者は流星女や聖女、俺や優男くんのような外れ値ばかりではない。一級冒険者は勿論強いのだが、今回揃えた一級冒険者は俺ひとりで全員を同時に相手しても勝ててしまう。
流星女や聖女並とは言わないので、せめて優男くんくんレベルがいてくれればと思ってしまう。
「自分より強い人がいてくれたらなとか思ってるでしょ」
「……まあ」
「大分無茶なこと考えてるんだけど、自覚ある?」
ジト目で言われてしまった。
残念ながら、今世では聖女から貰った剣を使った状態で俺に勝てる人間とは聖女以外に遭遇してない。
前世ではずっと隣に最強がいたせいで、必然的に要求レベルが上がってしまった気がする。
「これ以上はお金の面でも人脈の面でも限界かな……まだ被害が出てないってなると、どうしてもみんな緊急性を感じないみたい」
「いや、十分だ。ありがとう」
既に被害が出ているものと、これから大きな脅威になるものとではどうしても認識が違う。
それでも、前世の魔王は向こうに先手を取られて、数万人の死傷者を出してしまった。
今回はそうさせるわけには行かない。
俺が聖女を生かすという選択を取った以上は誰の犠牲も出したくない。
これはあくまで心持ちの話で実際には無理だとはわかっている。
ただ、俺は選択の責任から逃げたくない。
前世の自分ならこんな事は考えなかった。
厄災を倒すという役目を遂げて、流星女を幸せにしたい、隣に立ち続けたいという願いだけだった。
その中で周囲を、自身の手の届く範囲で結果的に人を助けることもあった。
でもそれは周囲の平穏や幸せが脅かされる、助けた方が気分が良い、自分の在り方に納得できる、その程度だったはずだ。
死の運命にある誰かを救うなんて大それた事は考えなかった。
それなのに、今は聖女だけでは飽き足らず、それ以外の犠牲も出したくないと考えてしまっている。
少しは前世から成長することができたのか、善人過ぎる聖女の影響を共に過ごしたことで受けてしまったのか。自分ではわからない。
逃げそうになったり、立ち止まる事もあったけど、今日までそれなりに生きてきたはずだ。
上手くやれるのか、なにをどうしても不安は募る。
いつだって、自分に自信があるわけじゃない。
「そんなに熱心に見つめられると、穴があいちゃいそうだよ?」
目を向けていた聖女が、恥ずかしそうに頬を掻いて微笑む。
あぁ、自信はないし、恐ろしい。俺はそれでも、この笑顔を守りたいと心の底から思うんだ。
三か月という時間は、あっという間に過ぎた。
決戦は明日、久しぶりに訪れた人気のない聖都の夜景を目に刻む。
城壁の上から目にする聖徒の光景は、法国という国の首都の大きさを実感させる。
しかし、夜であれ賑わうはずの聖都にも今は明かりはない。
人々が行き交うべき通りや大聖堂も人の影はなく、人の気配の失せた神の御許である聖都は不気味なほど静かだ。
聖都には現在、魔神討伐の為に集められた冒険者と騎士以外は存在しない。
一ヶ月に及ぶ避難勧告で、スラムですらもぬけの殻だ。
人を集めるのも大変だったが、聖都から一ヶ月の間に人を避難させるのも難しかった。
教会のお偉い人達とは聖女と枢機卿、団長達が話を付けてくれてたが実際に首都がひと月も完全な機能不全となると避難先から食糧に寝床と全てを用意する必要がある。
現代日本で言うなら新宿や渋谷が丸一ヶ月立入禁止というレベルだ。
それでも伝手と金、積み上げた名声とこれまでの準備期間を使って実現までこぎ着けた。
今の聖都は対魔神用の魔具や魔法陣を無数に準備した、いわばボス攻略用のはめ殺しステージだ。
これで魔神があっさりと殺されてくれれば楽だが、果たしてどこまで機能するか。
「指揮官殿が、随分と悩ましそうだな」
以前に何度も聞いた声を聞いて振り返れば、つい先程見回りから戻ったのであろう鎧服姿の団長さんが立っていた。
「団長」
団長と再会したのは二ヶ月前で、再会した直後は聖女との進展を問い詰められて大変だった。
やっぱり娘を持った父親はあんな感じなんだろう。
「仮にも相手は『神』とも付くので」
「しかし君は『神』の代わり身でもある聖女様を連れ出す際は、不安も、迷いも欠片すらないようだったが」
「いやあれはですね……」
何も言い返せねぇ。
あの時は聖女にわずかでも生きたいという意思があれば、必ず連れ出すという想いに駆られて動いていた。今思い出すと若気の至り……いやもう百歳越えてるんだけどな。
「なに、前回と全く同じとは言わない。だが、今回は私も、教会騎士も一緒だ。ひとりで背負う必要はないさ」
自分の方が精神的には年上のはずなのに、穏やかに諭されてしまう。
年齢的には百四十歳で、若いエルフ程度の年齢だ。
六十代の頃とは言わないから、せめて前世の四十代の頃の落ち着きが恋しい。
「確かに、そうですね」
「聖女様を嫁に貰うとなったら、今度の百人抜きは達成できるか怪しいだろう?」
全員に全力で挑まれたら今の俺でも絶対に勝てない。
「違いない」
「なら、我々を信頼してくれ。明日の戦いは君と聖女様への恩返しでもあるんだ。あの日、君が我々を倒してくれなければこれから先も深い後悔を背負うことになっただろうからな」
教会騎士達も確証はなくとも薄っすらと気づいていたからこそ、儀式を邪魔しに向かう俺を全力で止められなかった。だからこそ、あの日あの場所へ辿り着けた。
「頼りにしてますよ」
「あぁ。存分に頼ってくれたまえ」
朗らかな笑顔を浮かべる団長の姿が眩しい。
こうして同性の誰かに信頼を預ける時は、なんとなく優男くんのことを思い出してしまう。
城壁の下の方では、騎士や他の冒険者達の声も聞こえてくる。
戦うのはひとりじゃない。大勢の人間が、意思を共にして戦ってくれる。
それだけで気持ちがずっと楽になった。
「さあ、明日は決戦だ。指揮官殿は英気を養う為にも寝た方が良いだろう」
「団長も、遅くならないうちに」
「あぁ、言われずともそうするとも」
団長に指揮官と言われるのはなんとも慣れない。からかいも込められてるんだろうな。
一級冒険者としての名声を利用する為に聖女から押し付けられただけで、実際の作戦は全部団長と聖女の案で進んでいる。それなのに自分が指揮官だと言われると違和感が凄い。
俺は言われた通りに城壁を降りて、自室へと戻る。
自室には寝支度を進めている聖女の姿があった。
どうやら彼女も重要な会議などはあらかた終わったようだ。
「最後の詰めも終わったのか?」
「うん。元から決めてた通りだよ」
「そうか」
聖女の言葉にほっと安心する。少なくとも、今の時点でイレギュラーはない。
「不安そうな眼」
先ほど団長に言われたのと似たような言葉を言われる。
皆を率いる人間が不安では不味いと取り繕ってるのだが、隠しきれないものらしい。
「そんなにか?さっき団長にも言われたな」
「ううん。普通はわからないと思うよ」
私はわかるけど、などと微笑みながら言葉を付け足して寝床の隣をぽんぽんと叩かれる。
心中を見透かされた、なんとも言えない気分で彼女の隣へと腰を降ろす。
「目が叫んでる。本当は今すぐ私をどこか安全な遠いところへ連れて行って、鍵でも掛けて閉じ込めておきたいって」
目線を合わせられれば、いつもこちらが全て丸裸にされてしまう。
だが、今はそれは不快ではなくなった。
出会った頃の測るような、相手を丸裸にしようという眼ではなく、微かな慕情が滲む優しい眼。
聖女の言葉は笑ってしまうほどに図星だった。
鍛錬をして強さを得て、これだけの準備を重ねても、明日の戦いで目の前の彼女を失ってしまうかもしれない事を考えれば言葉通りにしてしまいたいと思ってしまう。
「そこまでは思ってない」
「ほんとに?」
本当は全て聖女の言う通りだ。だが、あの日こいつの手を掴んだ時に確かに誓った。
彼女の全てを背負い共に生きると。そして、俺と同じものを彼女は抱えてくれる。
「あぁ、俺が死なせない。守るから」
俺の言葉に聖女は少しだけ目を丸くして、恥ずかしそうに視線を外せば髪を掻き上げて耳に掛けた。
「君って本当……そういうところだよ」
そういうところらしい。前世でも似たようなこと言われた気がするな
「前世の人はギリギリ許せるけど……君が新しい愛人とか作ったら、君のこと殺しちゃうかも」
作らないし、そもそも出来るはずがない。
作らないのでそのちょっとマジなトーンやめてくれません?
最大火力の奇跡をぶち込まれたら綺麗な肉片になってしまう。
「そこまで器用な人間じゃないから安心してくれ」
前世との区切りを付けるだけでもあそこまで苦労した。
それなのに他に愛する人を作るとか正気じゃない。
自分は他者に好意を向けられる事が少ない。
今世は猫を被ったことでマシだったが、こんなに情けない本性を知っても好いて、果てには愛してくれる人間なんてこの世界でも二人しか知らない。
そして、不器用な自分は誰かを愛するということ自体、結構下手なのだと思う。
「それは知ってるけどさ」
不満気な聖女へと誤魔化すようにキスをしてなだめる。
「ほら、もう寝るぞ。明日に響く」
決戦前になんて会話だ。死亡フラグを乱立させてしまった。でも、彼女への愛を実感できるからこそ頑張ろうという気持ちにもなれる。
「うん、緊張は少しは溶けた?」
「おかげさまで」
結局彼女には全てお見通しなわけだ。
愛人とか浮気とか、どの口で心配してるのやら。
多分、俺は死ぬまで彼女に隠し事はできないだろう。
深い深いまどろみの中で、塵芥へと変えられたものが蠢いている。
全てを投げ捨てても、消しきれない魂に刻まれた記憶。後悔と恐怖。
壊れたビデオテープのように、ざらついた映像を繰り返し映写している。
その光景は、夢にしては余りにも生々しさに満ちていた。
赤く燃え上がる聖都と転がる仲間達や冒険者の死体。夢の中の映像のはずなのに、全てが鮮明だった。
肌を焦がす周囲の炎の熱さと、煙の中で感じる息苦しさ。
長時間の戦闘で疲弊した身体の重さ、全身の傷の痛み。
貫かれ抉り取られた肘から先のない右腕の感覚。
束でかかろうと一突きで殺されて、路上に伏した騎士達。
そして、胸部に大きな穴を開けられて立ったまま死した団長。
あぁ、やめろ。こんな物を見せるな。もうこれ以上見たくない、目を逸らしたい。
そもそも俺はこんなものを
決められたものをなぞるように視線を上へと向ける。
目を逸らしたい、それなのに───
視界に映るのは俺を庇うように槍で貫かれた聖女の姿だった。
傷だらけの姿に白く透き通る肌を滴る赤い血液。赤く染められた槍が、彼女の身体を貫き地面へと張り付けにしていた。
いつも向けてくる優しい微笑みのまま、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめん、ね……」
やめろ、やめてくれ。
「大好きだよ」
槍が引き抜かれると同時に、彼女の身体がびくりと跳ねた。
赤いものがぶちまけられ、そして───
「あああアアァァァ!!!」
絶叫と同時に目覚めた。先程までの吐き気を催す光景に、全身を焼き尽くされる様な痛みを覚える。
呼吸は浅くなって、自分自身の感覚が遠のいていく。
今いる場所、目の前のものも意識できず、ただ声を荒げることしかできない。
余りにも生々しくて、現実そのものだった。
でも、あんなもの現実じゃない。違うはずだと自らに言い聞かせる。
「…丈夫……大丈夫だよ」
気が付けば、俺は誰かの胸の中で抱きしめられていた。
数秒ぼんやりと意識が固まってから、聖女が抱きしめてくれてることに気がついた。
彼女の生の実感を求めるように。彼女が今いることを確かめるために抱きしめる。
「はっ……はっ……」
「嫌な夢でも見ちゃったかな。大丈夫、ここにいるよ。私、ちゃんと生きてるよ」
優しくて、温かい。先程までの悪夢が、彼女の呼吸音と心臓の鼓動の度に遠くなった。
最愛の人が今生きている実感がそこにあって、これが夢ではないことを教えてくれる。
どうしようもない感情の濁流に、気が付けば涙が溢れている。
酷い安心感に包まれたせいか聖女の寝間着を汚してしまうなんて、場違いな考えが浮かんだ。
「……落ち着いた?」
「あぁ……」
頭を撫でられるのは恥ずかしかったが、手を振り払う気にならなかった。
今はひと欠片でも目の前の彼女の存在を強く実感したい。
少し落ち着いたことで、今がまだ朝日すら顔を出さない夜更けだと気付いた。
明日が決戦だというのに本当に最悪な夢を見て、聖女にも迷惑を掛けてしまった。
夢。そう、あれは夢だ。それ以外ではありえない。
しかし、夢と片付けるには余りにも生々しくて、痛みに満ちていて。
完全に落ち着いてから、ゆっくりと聖女から離れた。
「酷い夢だった……お前が───」
そこまで言いかけたところで、チュッと軽いリップ音を立てながら遮られた。
「説明しなくていいよ。君があそこまで取り乱す夢なんて、殆んど想像付いちゃうんだから」
俺の胸中は先程まで荒れ狂っていたというのに、聖女は実にいつも通りだった。
「君が守ってくれるんでしょ?」
口元の緩んだ安心した姿からは、信頼の感情を感じる。
そうだな。その通りだよ、俺がそう言ったんだから。
「守ってね」
今度は彼女に身体を預けられ、俺はそれをただ受け入れるように抱きしめる。
気が付けば、決戦の日の朝日は無情にも昇り始めていた。
「時間だな」
団長が静かに告げ、聖職者達と聖女が封印解除の奇跡の準備を始める。
「始めるよ!」
聖女の凛とした声が響き、場に緊張が走る。魔神との戦いは本当に目の前へと来てしまった。
恐ろしいほどに実感がないが、あと数十分後には全てが決まるのだ。
冒険者や騎士達は幾つかの部隊に分かれ、魔神が封印された大聖堂を囲むように配置されている。
戦いの気配が満ちて、冒険者や騎士達の間にも刺すような空気が漂ってる。
団長や聖女のおかげで士気は十分、彼らも役割を果たしてくれるはずだ。
魔神が今世の厄災であろうとなかろうと、倒さない限りは犠牲が生まれる。
聖女を連れ出した以上、ここで魔神は討ち果たす。
「解くよ」
聖女が封印の奇跡を解き、封印を解除する。
地鳴りのような振動が響き始める。あと少しで魔神が復活を果たす。
千年前と五百年前に法国を地獄へと変えた怪物。
人の言葉を操り扇動する能力に長けて、奇跡までも扱うとされる。
魔神が姿を現すのを今かと待っていた時だった。
突如、青空が黒く染まり、聖都を覆うほどの巨大な魔法陣が刻まれた。
世界の終焉でも告げるかの様な膨大な魔力。
前世の魔王の全力すら鼻で笑う存在の片鱗。そんなものを感じさせる空の異常。
何が起きてるのかわからず、思考が停止する。
ただ、魔神の封印解除と上空から垂れ流される力は関係がないはずだ。
明らかに力の出力も種類も違いすぎる。
空に出現した魔法陣に騎士達ですら動揺している。冒険者たちは尚更だ。
どうする、どうすればいい?聖女ですら判断に迷っていた。
あぁ、こんな時に指揮官でもある俺が頼りなさ発揮してどうする。守ると決めたじゃないか。
「数人借りるぞ!何人か精鋭をこっちに回してくれ。調べてくる、俺抜きで行けるか?」
「うん、わかった……絶対戻ってきてね」
「当たり前だ」
空の異常はこっちで対策する。問題がなければ戻って魔神の討伐に参加すればいい。
魔神討伐には周辺の最高戦力を集めてきた。簡単にやられることはないはずだ。
それに、戦線を持たせるのは回復役の聖女には得意分野だ。
彼女を信じて、今は自分にできることをするしかない。
「団長、お願いします」
「了解した」
団長に一級クラスの隊長格を合わせて五名、教会騎士時代からの顔馴染みだ。
いざとなれば連携も取りやすく、速攻で意思伝達できる最小人数。
彼らを連れて、俺は空に刻まれた巨大な魔法陣の中心となる部分へ向かった。
中心地へと近づいて来た時、空の魔法陣が徐々に薄れ始めると同時にひとりの人型と思わしきものが降って来る。
それは聖都の中心地へと着地した。人型は魔族や魔物、魔王や怪物ではなかった。
エルフやドワーフですらない、ただの人間の男性。
少し伸びた茶髪を背中で結い、古風な騎士装束と鎧に身を包む姿は普通の騎士だ。
ただ、男は並々ならぬ気配を発していた。
流星女のような超常の強者が放つ独特の気配。それを目の前の騎士からは感じた。
「奴め、槍一本すら寄越さないとは……現地調達せよということか?」
言葉を発した。少し古い訛りがあるが、この世界の言語だった。
「空から現れたあんた、何者なんだ?」
冷や汗が垂れる。男は下手すれば流星女のような強者で、見る限りで全力を測れる相手ではない。
「ん?」
騎士は首を傾げてから俺を見た。獲物を定める様な眼ではない、決闘相手を観察するそれだ。
「なるほど、貴殿が奴の言っていた……はは、しかしおかしいな。その魂、まるで一部だけ引きちぎったようだ……貴殿、一体なにをして来た?」
つまり、魔神じゃない。こいつが、こいつこそが。
厄災だ。