異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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魂に刻まれた

 斬る、斬る、斬る。

 目の前の魔物達を片っ端から斬り刻む。

 祝福で身体を強化して、代償呪術でさらにそれを上乗せする。

 漲る力のままに、染み付いた技を繰り出して敵を殺す。

 人間と対峙する時の剣捌きとは違う。ただ魔物を、獣を狩り殺す為の技。

 

「終わったか」

 

 奇跡による爆発の後、光の十字架が打ち立てられる。

 聖女に別の場所を任せていたが、そっちも片が付いたようだ。

 

 ここ最近、危険な魔物の出現量が明らかに増えている。

 法国にも数年前に災害種が現れたりと、前世とは明らかに違う。

 自然発生的なものであれば良いが、厄災の傾向であればまた遅れを取ることになる。

 

 前世の魔王の言葉を信じるなら、俺が女神のお告げを受けた頃には既に魔王は存在していた。

 今回も同じ轍を踏むのはゴメンだ。

 

「こっちは片付いたよ~」

 

 聖女が軽く手を振りながら寄ってくる。

 俺達は既に十九歳。魔神討伐の日時は、着々と迫ってきていた。

 

 

 

 この世界にも神話というものは存在する。

 千年前までは直にこの世界に女神が存在していたとされてる。

 しかし、女神は現在の暦の始まりとされる『黄金の時代』を迎える二百年前に姿を消してしまった。

 

 黄金の時代というのは人族の転換期であり、冒険者ギルドの創設や魔法技術の発展、呪術の一般化などがあったとされている。そして、同時にその時代はこの世界の『神話』が死んだ時代。

 全ての竜の祖先と謳われる真竜、東大陸を統一を成し遂げた大帝、最初の魔族とされる魔王、魔王を討ち取り世界を救った勇者、死を司る不死の魔女、真竜すら屠った竜狩りの騎士、黄金の時代を迎える二百年の間に生まれては死したありとあらゆる神話、伝説。

 化物ばかりが生まれた時代なのだが、それ以上に重要なことがある。

 それは、黄金の時代以前は魔物、魔族が存在しなかったということだ。

 存在しなかったというよりも、記述を見つけられなかった。

 

 黄金の時代を迎える二百年前、女神の消滅と同時期に魔物と魔族がこの世界に現れ始めた。

 これを全くの無関係と考えることは難しい。しかし、これらの関係性を指摘する書籍や研究者は存在しない。まるで、歴史のタブーと言わんばかりだ。

 

 この世界の宗教というのは基本ひとつだけで、俺を転生させた女神様を信仰するものだ。

 多少地域により不殺や食に関しての教えの差や、名前や姿の違いはあるが元を辿れば大体同じだ。

 女神が世界から退いたことが、間違っても魔物や魔族と関係するというのはこの世界の宗教観として許されないものなのだろう。

 

 千年前。それを知る人物が存在すれば……いや、ひとり知っている。

 その人物とは前世の俺と流星女にも会ったことがあるし、絶賛存命中である。

 ただ、彼女は俺の力になってはくれるかと言われれば怪しい。

 それほど深い仲なわけではないし、俺が知ってるのは物語の中と、流星女と話していた彼女だけだ。

 全てを諦め、手放してしまった人間を動かす方法を俺は知らない。

 

「どうにか力に……いや無理か」

「何の話?」

「助っ人の話だ」

 

 独り言を聞いていた聖女が小首を傾げる。

 余りにないものねだりな話だ。さっさと忘れよう。

 そもそも、今もあの森に住んでいるのかわからない。

 

「他の協力者の方は、調子はどうだ?」

「うん。順調だよ」

 

 今は三ヶ月後の魔神討伐戦に備えた人材の確保をしている。

 以前から周辺の一級や二級の冒険者達に声はかけてきたが、我が強い連中も多いので勧誘率は微妙だ。

 上位の冒険者は金銭に困ることが少ないので、金で彼らを動かすことは難しい。

 話を受けてくれたのは個人的な関係のある連中や、魔神殺しという名声に惹かれた奴らが多い。

 

 数少ない記述で魔神は呪術や言葉により人を操るとされているので、数だけ揃えても大した意味はない。同士討ちを誘われるのは困る。

 魔神の力が何処までかはわからないが、大抵の呪術は聖女が打ち消せる。それでも、数が多くなればそれだけ力を消費する。可能な限り少数精鋭がいい。

 

 上位の冒険者に準ずる力を有する騎士や、貴族お抱えの魔法使いなどに声をかけているがそちらも成果は芳しくない。仕える家に忠誠を捧げている場合は、態々他国の危険な戦いに参加する理由もない。

 聖女の建てた商会の力を使ったり、教会方面の関係者を誘ったりもしたがここら辺が限界だろう。

 一級冒険者が三人とそれに準ずる聖職者が一人、二級と三級クラスが合わせて五十人と少し。

 

 頑張って集めただけあって、教会騎士達と合わせれば、十二分な人数だ。

 小規模の国と戦争しても余裕で勝てそう。

 

「ただ、君や私みたいなのはやっぱりいないかな」

 

 数は十分だが、問題は質の話だ。

 冒険者は流星女や聖女、俺や優男くんのような外れ値ばかりではない。

 一級は勿論強いのだが、今回揃えたメンバーは俺ひとりで全員同時に相手しても安定して勝ててしまう。勿論強いのだが、どうしても比較すると格が落ちる。

 

 流星女や聖女とは言わないので、せめて優男くんレベルがいてくれればと思ってしまう。

 

「自分より強い人がいてくれたらなとか思ってるでしょ」

「……まあ」

「大分無茶なこと考えてるんだけど、自覚ある?」

 

 ジト目で言われてしまった。

 残念ながら、今世では聖女から貰った剣を使った状態で俺に勝てる人間とは遭遇してない。

 前世ではずっと隣に最強がいたので必然的に要求レベルが上がってる気がする。それを除いても、前世は周囲には自然と強者が集まっていた。

 

「これ以上はお金の面でも人脈の面でも限界かな……どうしても、まだ被害が出てないってなるとみんな緊急性を感じないみたい」

「いや、十分だ。ありがとう」

 

 既に被害が出ているものと、これから大きな脅威になるものとではどうしても認識が違うのはわかっている。それでも、前世の魔王は向こうに先手を取られて、数万人の死傷者を出してしまった。

 

 今回はそうさせるわけには行かない。

 俺が聖女を生かすという選択を取った以上、誰の犠牲も出したくない。

 これはあくまで心持ちの話で、現実問題無理だとはわかっている。

 ただ、選択の責任から逃げたくないんだ。

 

 前世の自分ならこんな事は考えなかった。厄災を倒すという役目を遂げて、流星女を幸せにしたい、隣に立ち続けたいという願いだけだった。

 その中で偶々周囲を、自身の手の届く範囲で結果的に人を助けることもあった。でもそれは、自分の平穏や幸せが脅かされる、助けた方が気分が良い、自分の在り方に納得できる、その程度だったはずだ。

 

 死の運命にある誰かを救うなんて大それた事は考えなかった。

 それなのに、今は聖女だけでは飽き足らず。それ以外の犠牲も出したくないと考えている。

 

 少しは前世から成長することができたのか、ただ善人過ぎる聖女の影響を一緒にいたことで受けてしまったのか。自分ではわからない。

 

 逃げそうになったり、立ち止まる事もあったけど、今日までそれなりに生きてきたはずだ。

 上手くやれるのか、何をどうしても不安は募る。いつだって、自分に自信があるわけじゃない。

 

「そんなに熱心に見つめられると、穴があいちゃいそうだよ?」

 

 じっと見つめていた聖女が、恥ずかしそうに頬を掻いて微笑む。

 

 あぁ、自信はないし、恐ろしい。

 俺はそれでも、この笑顔を守りたいと心の底から思う。

 

 

 

 

 

 三か月という時間は、あっという間に過ぎてしまった。

 決戦は明日、久しぶりに訪れた人気のない聖都の夜景を目に刻む。

 城壁の上から目にする光景は、この聖都という首都の大きさを実感させる。

 

 しかし、夜であれ賑わうはずの聖都にも今は明かりはない。

 人々が行き交うべき通りや大聖堂も人の影はなく、人の気配の失せた神の御許である聖都は不気味なほど静かだ。 

 

 聖都には今、集められた冒険者と騎士以外は存在しない。

 一ヶ月に及ぶ避難勧告で、スラムですらもぬけの殻だ。

 人を集めるのも大変だったが、この聖都から一ヶ月の間に人を避難させるのも難しかった。

 教会のお偉い人達とは既に聖女と枢機卿、団長達が話を付けてくれてたが、実際に首都が一ヶ月も完全な機能不全となると避難先から何まで用意する必要が生まれる。現代日本で言うなら新宿や渋谷が丸一ヶ月立入禁止というレベルの事案だ。

 

 それでも伝手と金、積み上げた名声とこれまでの準備期間が功を奏して実現までこぎ着けた。

 今の聖都は対魔神用の魔道具や魔法使い達を無数に準備した、いわばボス攻略用のはめ殺しステージ。

 これで魔神があっさりと殺されてくれれば楽なのだが、果たしてどこまで機能するか。

 

「指揮官殿が、随分と悩ましそうだな」

 

 以前に何度も聞いた声を聞いて振り返れば、つい先程見回りから戻ったのであろう鎧服姿の団長さんが立っていた。

 団長さんと再会したのは二ヶ月前、再会した直後は聖女とどこまで仲良くなったのかと詰められて大変だった。やっぱ娘を持った父親はあんな感じなんだろうな。

 

「仮にも相手は『神』とも付くので」

「しかし君は『神』の代わり身でもある聖女様を連れ出す際は、不安も、迷いも欠片すらないようだったが」

「いやあれはですね……」

 

 何も言い返せねぇ。

 あれはもう失うものがない無敵の状態だったから、許して欲しい。

 それとあの時は聖女の意思を確かめて、少しでも生きたい意思があれば連れ出したいという想いだけに駆られて動いていた。今思い出すと若気の至り……いやもう百歳越えてるんですけどね?

 

「なに、前回と全く同じとは言わない。だが、今回は私達も一緒だ。ひとりで背負う必要はないさ」

「確かに、そうですね」

 

 自分の方が精神的には年上のはずなのに、穏やかに諭されてしまう。

 年齢的には百四十歳で、若いエルフ程度の年齢なのにな。

 六十代の頃とは言わないから、せめて前世の四十代の頃の落ち着きが恋しい。

 

「頼りにしてますよ」

「あぁ。存分に頼ってくれたまえ」

 

 朗らかな笑顔を浮かべる団長さんの姿が眩しい。

 こういう、同性の誰かに背中を託す事はなんとなく優男くんを思い出してしまう。

 

 城壁の下の方では、騎士や他の冒険者達の声も聞こえてくる。

 戦うのはひとりじゃない。大勢の人間が、意思を共にして戦ってくれる。

 それだけで、気持ちがずっと楽になった。

 

「さあ、明日は決戦だ。指揮官殿は英気を養う為にも寝た方が良いだろう」

「団長も、遅くならないうちに」

「あぁ、言われずともそうするとも」

 

 団長さんに指揮官と言われるのはなんとも慣れない。からかいも込められてるんだろうな。

 冒険者としての名声は自分のほうが高いので聖女から押し付けられただけで、実際の作戦は全部団長さんと聖女の案で進んでいる。それなのに自分が指揮官だと言われると違和感が凄い。

 

 俺は言われた通りに城壁を降りて、石畳を進んで自室へと向かう。

 自室へと戻れば、寝支度を進めている聖女の姿がある。

 どうやら彼女も重要な会議などはあらかた終わったようだ。

 

「最後の詰めも終わったのか?」

「うん。元から決めてた通りだよ」

「そうか……」

 

 聖女の言葉にほっと安心する。少なくとも、今の時点でイレギュラーはない。

 

「不安そうな眼」

 

 先ほど団長さんに言われたのと似たような言葉を言われる。皆を率いる人間が不安では不味いと取り繕ってるのだが、やはり隠しきれないものらしい。

 

「そんなにか?さっき団長にも言われたな」

「ううん。普通はわからないと思うよ」

 

 私はわかるけど、などと微笑みながら言葉を付け足して寝床の隣をぽんぽんと叩かれる。

 俺は心中を見透かされて、なんとも言えない気分で彼女の隣へと腰を降ろした。

 

「目が叫んでるよ。本当は今すぐ私をどこか安全な遠いところへ連れて行って、鍵でも掛けて閉じ込めておきたいって」

 

 目線を合わせられれば、いつもこちらが全て丸裸にされてしまう。

 焼き付けるような力強い眼ではない。こちらの全てを見通すような、そんな優しい眼。

 

 聖女の言葉は笑ってしまうほどに図星だった。

 鍛錬をして強さを得て、これだけの準備を重ねても、明日の戦いで目の前の彼女を失ってしまうかもしれない事を考えれば言葉通りにしてしまいたいと思ってしまう。

 

「そこまでは思ってない」

「ほんとに?」

 

 本当は全て聖女の言う通りだ。

 

 それでも、あの日こいつの手を掴んだ時に確かに誓った。

 自らに言い聞かせるように、それでも確かな確信を持って。

 

「あぁ、俺が死なせない。守るから」

 

 俺の言葉に聖女は少しだけ目を丸くして、恥ずかしそうに視線を外せば髪を掻き上げて耳に掛けた。

 

「君って本当……そういうところだよ」

 

 そういうところらしい。

 前世でも似たようなこと言われた気がするな

 

「前世の人はギリギリ許せるけど……君が新しい愛人とか作ったら、君のこと殺しちゃうかも」

 

 作らないし、そもそも出来るはずがない。

 作らないのでそのちょっとマジなトーンやめてくれません?

 最大火力の奇跡をぶち込まれたら綺麗な肉片になってしまう。

 

「そこまで器用な人間じゃないから安心してくれ」

 

 前世との区切りを付けるだけでもあそこまで苦労した。それなのに他に愛する人を作るとか正気じゃない。

 そもそも、自分は他者に好意を向けられる事自体少ない。今世は猫を被ったおかげで多少はマシだったが、こんな情けない本性を知っても好いて、果には愛してくれる人間なんてこの世界でも二人しか知らない。

 そして、不器用な自分は誰かを愛するということ自体、結構下手なのだと思う。

 

「それは知ってるけどさ」

 

 不満気な聖女へと誤魔化すようにキスをしてなだめる。

 

「ほら、もう寝るぞ。明日で全部決まるんだ」

 

 決戦前になんて会話をしてるんだろうか俺達。

 もしかしてこれもフラグになったりするのか?

 

「うん、緊張は少しは溶けた?」

「おかげさまで」

 

 結局彼女には全てお見通しなわけだ。愛人とか浮気とか、どの口で心配してるのやら。

 多分、俺は死ぬまで彼女に隠し事はできないだろう。

 

 

 

 

 

 深い深いまどろみの中で、塵芥へと変えられたものが蠢いている。

 その全てを投げ捨てても、消しきれない魂に刻まれた記憶。後悔と恐怖。

 

 壊れたカセットテープのように、ざらついた映像を繰り返し映写している。

 その光景は、夢にしては余りにも生々しさに満ちていた。

 

 赤く燃え上がる聖都と転がる仲間達や冒険者の死体。

 夢の中の映像のはずなのに、はっきりと感じる。

 

 肌を焦がす周囲の炎の熱さと、煙の中で感じる息苦しさ。

 長時間の戦闘で疲弊した肉体の重さ、全身の傷の痛み。

 貫かれ抉り取られた肘から先のない右腕の感覚。

 

 束でかかろうと一突きで殺されて、路上に伏した騎士達。

 そして、胸部に大きな穴を開けられて立ったまま死した団長。

 

 あぁ、やめろ。こんな物を見せるな。

 正夢か?縁起でもない。

 もうこれ以上見たくない、目を逸らしたい。

 そもそも俺はこんなものを知らない(まだ経験してない)

 

 決められたものをなぞるように視線を上へと向ける。

 

 目を逸らしたい、それなのに───

 

 

 

 視界に映るのは俺を庇うように槍で貫かれた聖女の姿だった。

 傷だらけの姿に、白く透き通る肌を滴る赤い血液。

 ひとつの槍が、彼女の身体を貫き地面へと張り付けにしていた。

 

 いつも向けてくる優しい微笑みのまま、申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「ごめん、ね……」

 

 やめろ、やめてくれ。

 

「大好きだよ」

 

 槍が引き抜かれると同時に、彼女の身体がびくりと跳ねた。

 赤いものがぶちまけられ、そして───

 

 

 

「あああアアァァァ!!!」

 

 俺は、絶叫と同時に目覚めた。

 先程までの吐き気を催す光景に、全身を焼き尽くされる様な痛みを覚える。

 呼吸は浅くなって、自分自身の感覚が遠のいていく。

 自分が今いる場所の、目の前のものも意識できず、ただ声を荒げることしかできない。

 

 余りにも生々しくて、現実そのものだった。

 でも、あんなもの現実じゃない。違うはずだ。

 

「…丈夫……大丈夫だよ」

 

 気が付けば、俺は誰かの胸の中で抱きしめられていた。

 数秒ぼんやりと意識が固まってから、聖女が抱きしめてくれてることに気がついた。

 聖女の実感を求めるように。彼女が今いることを確かめるために抱きしめる。

 

「はっ……はっ……」

「嫌な夢でも見ちゃったかな。大丈夫、ここにいるよ。私、ちゃんと生きてるよ」

 

 優しくて、温かい。

 先程までの悪夢が、彼女の呼吸ひとつと心臓の鼓動の度に遠くなった。

 最愛の人がちゃんと今生きている実感がそこにあって、これが夢ではないことを教えてくれる。

 

 どうしようもない感情の濁流に、気が付けば涙が溢れている。

 酷い安心感に包まれたせいか聖女の寝間着を汚してしまうなんて、そんな場違いな考えが浮かんだ。

 

「……落ち着いた?」

「あぁ……」

 

 頭を撫でられるのは恥ずかしかったが、全く手を振り払う気にならなかった。

 今はひと欠片でも目の前の彼女の存在を強く実感したい。

 

 少し落ち着いたことで、今がまだ朝日すら顔を出さない夜更けだと気付いた。

 明日が決戦だというのに本当に最悪な夢を見たし、聖女にも迷惑を掛けてしまった。

 

 夢。そう、あれは夢だ。それ以外ではありえない。

 しかし、夢と片付けるには余りにも生々しくて、痛みに満ちていて。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 完全に落ち着いてから、ゆっくりと聖女から離れた。

 

「酷い夢だった……お前が───」

 

 そこまで言いかけたところで、人差し指を口元へ当てられて止められる。

 

「説明しなくていいよ。君があそこまで取り乱す夢なんて、殆んど想像付いちゃうんだから」

 

 俺の胸中は先程まで荒れ狂っていたというのに、聖女は実にいつも通りだった。

 

「君が守ってくれるんでしょ?」

 

 口元の緩んだ安心した姿からは、信頼の感情を感じる。

 そうだな。その通りだよ、俺がそう言ったんだから。

 

「守ってね」

 

 今度は彼女に身体を預けられ、俺はそれをただ受け入れるように抱きしめる。

 気が付けば、決戦の日の朝日は昇り始めていた。

 

 

 

 

 

「時間だな」

 

 団長さんが静かに告げれば、聖職者達と聖女が封印の奇跡の準備を始める。

 

「始めるよ!」

 

 聖女の凛とした声が響き、場に緊張が走る。

 

 時間は過ぎ去り、魔神との戦いは本当に目の前へと来てしまった。

 恐ろしいほどに実感がないが、あと数十分後には全てが決まるのだ。

 

 冒険者や騎士達は幾つかの部隊に分かれ、魔神が封印された大聖堂を囲むように配置されている。

 戦いの気配が満ちて、冒険者や騎士達の間にも刺すような空気が漂ってる。

 団長や聖女のおかげで士気は十分、彼らも役割を果たしてくれるはずだ。

 

 魔神が今世の厄災であろうとなかろうと、こいつを倒さない限りは犠牲が生まれる。

 聖女を連れ出した以上、ここで魔神は討ち果たす。

 

「解くよ」

 

 聖女が封印の奇跡を解き、封印を解除する。

 地鳴りのような振動が響き始める。

 もうすぐ、伝説の魔神が復活を果たす。

 

 千年前に法国を地獄へと変えたとされる怪物。

 人の言葉を操り扇動する能力に長ける上に、奇跡までも扱うとされる。

 

 

 魔神が姿を現すのを今かと待っていた時だった。

 

 突如、青空が黒く染まり、巨大な魔法陣が刻まれた。

 まるで、世界の終焉でも告げるような膨大な魔力だった。

 前世の魔王の全力すら鼻で笑うような存在の片鱗。そんなものを感じさせる空の異常。

 

 何が起きてるのかわからず、思考が停止する。

 ただ、魔神の復活解除と上空から垂れ流される力は関係がないはずだ。

 明らかに、力の出力も種類も違いすぎる。

 

 空の異常に騎士達ですら動揺している。冒険者たちは尚更だ。

 どうする、どうすればいい?

 

 聖女ですら判断に迷っていた。

 あぁ、こんな時に指揮官でもある俺が頼りなさ発揮してどうする。

 助けるんだろうが。

 

「数人借りるぞ!何人か精鋭をこっちにくれ。調べてくる、行けるか?」

「うん、わかった……絶対戻ってきてね」

「……当たり前だろ」

 

 空の異常はこっちで対策する。問題がなければ戻って魔神の討伐に参加すればいい。

 そもそも、魔神討伐には周辺の最高戦力を集めてきた。

 簡単にやられることはないはずだ。それに、戦線を持たせるのは回復役の聖女にとって本来得意分野だ。彼女を信じて、今は自分にできることをするしかない。

 

「団長、お願いします」

「了解した」

 

 団長に一級クラスの騎士達を合わせ五名、教会騎士時代から知るメンバーだ。

 いざとなれば連携も取りやすく、速攻で意思伝達できる最小人数。

 彼らを連れて、俺は空に刻まれた巨大な魔法陣の中心となる部分へ向かった。

 

 

 

 中心地へと近づいて来た時、空の魔法陣が徐々に薄れ始めると同時に、ひとりの人型と思わしきものが降って来る。

 

 それは聖都の中心地へと着地した。

 その人型は魔族や魔物、魔王や怪物ではなかった。

 エルフやドワーフですらない、ただの人間の男性。

 

 少し伸びた茶髪を背中で結い、古風な騎士装束と鎧に身を包む姿は普通の騎士だ。

 ただ、男は並々ならぬ気配を発していた。

 流星女のような超常の強者が放つ独特の気配。それを目の前の騎士からは感じた。

 

「奴め、槍一本すら寄越さないとは……現地調達せよということか?」

 

 言葉を発した。少し古い訛りがあるが、この世界の言語だった。

 

「空から現れたあんた、何者なんだ?」

 

 冷や汗が垂れる。男は下手すれば流星女のような強者だ。

 少なくとも見る限りで全力を測れる相手ではない。

 

「んん?」

 

 騎士は首を傾げてから俺を見た。

 獲物を定める様な眼ではない、決闘相手を観察するそれだ。

 

「なるほど、貴殿が奴の言っていた……はは、しかしおかしいな。その魂、巨大な一部を引きちぎったようだ……貴殿、一体なにをして来たんだ?」

 

 ()()()

 こいつは、魔王と同じで魂が視えてる。

 つまり、魔神じゃない。こいつが、こいつこそが。

 

 厄災だ。

 




お久しぶりです。
更新大変遅れてしまい申し訳ありません。
二周目は残り二話か一話で最終話は今週中に投稿予定です。

同時に、大変嬉しいお知らせがございます。
この度書籍化が決定しました!来月の7/20に発売予定です。
全てはここまで読み、評価を下さり、感想を送って応援してくださった皆さんのおかげです。言葉に尽くせない想いです、本当にありがとうございます。
その分書籍化作業に追われ三ヶ月更新できなかったのですが、ひと段落しましたので更新再開していきたいと思います。

書籍化に関しては、最終話更新後に活動報告にて詳しくお知らせしようかと思います。
大変遅筆ではありますが、今後とも頑張っていく所存ですので改めてよろしくお願いします。
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