魔神の出方を伺う為に遊撃の部隊を引かせて、被害状況を確認する。
戦いが始まって数十分が経つのに魔神側は全く手が緩む気配がない。力の底がわからないし、力が尽きることを気にしてる気配がまるでない。あれがまともな思考で動いてるとも思えない。ただ、一定範囲へ近づいた存在に反応して呪術を行使してるだけだ。
時折口にする言葉も意味が通らないものや、ただ単語を羅列しただけのものが多い。
禁書では魔神は言葉で人を先導して操るとあったのに、これっぽっちも記述と合わない。
もしかして、あの封印されてた時間も魔神、
仮定だけど千五百年以上生きてることになる。それなら今の正気を感じられない姿の理由は説明できる。
問題はそれを説明できたところで、私が接近して一撃で倒す以外の打開策がないことだ。
あの強烈な呪術の弾幕に対応できるのは前衛部隊と援護部隊がある前提。私ひとりでは押し切られて負ける。かと言って、私が前に出て攻撃を溜めてる間に今度は弾幕量で後ろが壊滅的な打撃を受ける。
部隊を引かせた今は魔神はその場に立ち尽くして大人しいけど、それもいつまで待ってくれるか。
何より、早く彼のところへ駆けつけたい。今も戦ってる気配がする。
「どうされますか」
枢機卿が苦しげな表情で問いかけてくる。
初代教皇という宗教上の特別な存在が討ち滅ぼす敵であった焦りか、解決策のない現状に苦しんでるのか。
「ちょっと待ってね、今考えてる」
魔神がここまでの不死性を有していることは想定外だった。
結局、魔神の不死性を破るには至近距離からの攻撃が必要だ。
最悪の場合の撤退も視野に入れるなら残りの戦力から逆算してもチャンスは一度だけ。
防御を貫くにはゼロ距離じゃないとダメだ。それも最大出力を出すなら、弾幕には対応できない。
最低で私抜きで一分近くは攻撃に耐えてもらう必要性があるし、私が前に出る為に前線の部隊も真正面から呪術を受け止める必要がある。
用意した魔道具や仕込みの魔法は使い尽くした。
私の聖力も無限じゃない。同じ戦術を繰り返しても持って数十分。
正面から一撃で消し飛ばすには私は弾幕には応戦できない。
冒険者達は遊撃と後衛が主で、最も危険な前線を担うのは教会騎士だ。
私がこの国で生きてきた証を残す為に、強く、強く育て上げた騎士達。
彼らに、犠牲を強いることになる。
「聖女様」
彼と共に調査に出たはずの騎士が戻ってくる。
そして、現れた槍使いの男が団長を一撃で倒したこと。
槍使い相手に、今も尚彼が孤軍奮闘している事を知らされる。
頭がクラクラとした。
厄災が現れた?どうすればいい?撤退?違う、彼を助けに行かないと。
団長が戻ってこないのはどうして。せめて団長がいれば……
彼の話で多少の時間のずれがあることはわかってた。でも、こんなピンポイントで向こうが戦力を呼び出せるとは思わなかった。苦戦することも逃げることも想定してた。でも、全部想定以上に最悪だ。
「時間がありません」
教会騎士の隊長のひとりが前に出て、自身の心臓に手を当てながら進言して来る。
あの日、彼の手を取って逃げ出した時に誰も犠牲にしない覚悟を決めたのに。
その為に今日まで進んで来たのに。
「聖女様」
「ちょっと待って、今考えてるから……」
隊長の言葉に情けなくうろたえてしまう。
いざとなれば誰かを犠牲にしなければいけない展開になることはわかってた。
わかった上で、彼の隣に立ちたいから。彼がこの最悪な現実を受け入れてくれる理由であるだけの人間でありたかったから。強気で、完璧で、何もかも計算尽くな自分を理想として努力してきた。
私は、私が助かりたいからあの日逃げ出した。
彼の手を取った。彼の言葉に甘えて、責任を放棄した。
今度は、自分の大切な人の為に誰かを犠牲にしようとしてる。
こんなじゃダメだ。
あの人なら、たったひと振りで欠片の不安も抱かせずに解決してみせた。
もっと自信たっぷりに、不可能はないと進んでみせた。
百年前に魔王が数万の魔物と魔族を引き連れてきた時も、そうして彼を救った。
私は、厄災ですらない魔神にここまでの準備をして、それでもダメで───
「「聖女様!!」」
そこで、今度は数十人に同時に呼ばれたことではっとする。
魔神が動いたのかとも思ったけど、大聖堂周辺を意味もなく歩いては破壊と停止を繰り返している。
作戦に悩む私を、大勢の教会騎士が囲んでいた。
「何を悩んでおられるんですか。災害種討伐の時は、涙を流す我々を遠足気分で連れ出したではないですか」
「そうですよ。あの時のように号令をくだされば、我々は一気呵成に飛び込みましょう」
「教会騎士とは皆、貴方様に見出された騎士なのです。奴ひとりに活躍させず、我々にも栄誉を賜る機会を頂きたい」
次々と掛けられる言葉の最後に隊長のひとりが付け足す。
「我々はあの日、貴女が犠牲となることを心のどこかで察していました。ですが、団長も含めて誰もそれを否とは言えなかった。彼だけが真に貴女を見ていた。手を離さなかった。むしろ、我々は邪魔をして、貴女の願いを知りながらそれを退けようとした。彼よりも長い期間貴女の部下として駆けてきた我々がです」
純粋な願いだった。
「我々は貴女が見出した国を守る騎士です。故に、国を守る剣としてその切先をお示しください」
みんなの瞳に映る強い覚悟が、私の背中を押した。
「そして!あの日の償いをする機会をいただきたい!」
足りなかったのは、私の覚悟だ。
「命じます」
きっと、私ひとりではあの人みたいな強さはない。
万の大軍を払うことも、竜を相手取ることもできない。
それでも、彼が私を信じて全てを打ち明けてくれたように。
この戦いを任せてくれたように。
他の誰かを信じる事ができる。
「誰ひとり欠けずに、勝つよ」
作戦は単純、撤退に必要な残りの戦力を全て投入した突撃作戦。
後方部隊が突撃部隊に補助を行いながら弾幕に対抗する。けど、それだけならあっという間に削りきられる。だから、前衛の冒険者達に遊撃を任せてできる限り本命までの注意を引いてもらう。
魔神は一定範囲に踏み込んだ存在に対して攻撃する。それを利用して、ギリギリの範囲でわずかでも攻撃の集中を防ぐ。
それ以外の手立てはない。どっちみち魔神がここで倒せないなら、聖都はどうにかなってしまう。
蘇らせたのは私だ。なら、私が決着を付ける。
近づくまで何もできないのは歯痒い。
私は、彼らを信じることしかできない。
「始めるよ」
作戦開始の合図である魔法が打ち上がり、騎士達が前進を始める。
部隊が姿を表せば、瞬きのうちに呪術による弾幕が再開される。
暗い不浄の炎に、影が実体化したような波が後方部隊へと押し寄せる。
部隊の入れ替えを考慮せずに全戦力を投下したことで、押されながらも致命的な攻撃は防ぐことに成功してる。
次に遊撃部隊が魔神の攻撃圏内に踏み込み中距離から攻撃。遊撃部隊は冒険者達の中でも選りすぐりの実力者達、彼らの扱う様々な武技や魔法が展開される。
炎を纏った斬撃、螺旋を描いて襲う一矢、天候すら書き換える雷撃、いくつもの攻撃が魔神の身体を貫き隙を生み出す。
明確に弾幕が止まるわずかな瞬間、号令により教会騎士達全員が駆け出す。
既に何度も近距離で魔神と戦った彼らの身体は、常に呪術で蝕まれ余裕はない。
魔神の扱う呪術の火力が高すぎて奇跡による回復も間に合わない。
敵の攻撃を受ければ離脱してしまう。
「進め!」
それでも、誰も歩みを止めることはない。
誰かひとりが倒れれば、次の誰かが盾として前に歩み出る。
空間が不自然に凪いで、魔神の周りを昼間だと言うのに闇が覆う。そして、高波のごとく膨れ上がったそれは周囲の建物を丸ごと吹き飛ばしながら波動として、解き放たれる。
本来は私が全力で相殺しなければいけない攻撃。それを無視して、更に前へ前へと足を動かす。
押し寄せる黒い波を騎士達が奇跡と剛体で受け止める。
痛みに呻く仲間の声。倒れ伏した騎士を踏み越えて距離を詰める。
足が止まりそうになる度に、倒れた誰かが先へ進めと叫び背を押す。
歩き方を忘れそうになるほどの現実を前に、彼らの背を追う。
騎士達の半数が倒れることで、ようやく魔神との距離が半分まで縮まる。
弾幕の圧が強まり後方部隊も押され始め、魔神の呪術がこちらへと集中し始める。
遊撃部隊は粘りながら攻撃を引き受けてくれているけれど、さっきの波のせいで立ってるのは一級冒険者の数人だけ。
攻撃の苛烈さが増して、騎士達がまたひとりと倒れてしまう。
けれど、私は奇跡の構築を止めず練り上げる。より強固に、魔神の身を欠片残さず消し去る為に。
またひとり、またひとり、後衛部隊も遊撃部隊も限界を迎えた。
あとは私たちだけ、真正面から突き進むしか選択肢はない。
距離が詰まれば詰まるほど、魔神の火力が集中する。
残された騎士達は十五人、魔神までの距離は五十。
駆ける。私の視界を覆うほどの人数が、今は隙間だらけになった。
残り十人、距離は三十。
駆ける。私の前で誰かが倒れる。
けれど、また誰かが私の前に立つ。
残り五、距離は二十。
駆ける、駆ける。ただ信じて、進む。
残りふたり、距離は十五。
駆ける、駆ける。お願い、届いて。
残りひとり、距離は十。
最後のひとりが倒れて、視界が開けた。
呪いの炎に身を焼き、痛みで視界が滲む。
残りは私だけ、距離は五。
いつもなら、祝福であっという間に駆け抜けられる距離。
それがこの瞬間だけは無限にも感じられた。
形を成した影が私の身体を貫き、串刺しにする。
それでも止まらない、止まれない。
駆ける、駆ける、駆けて、駆けて、駆け抜ける。
布に、触れる。
いつも私を上から見下ろしていた教皇が付けていた、憎たらしい法衣。
老いを通り越し、干からびたシワだらけの肉体が目の前にある。
そう、ゼロ距離に。
「いっけええええ!!!!!!」
光が、爆ぜる。
閃光が迸り、全てを白く白く染め上げていった。
破壊の光が空間を満たして、ゆっくり世界は色を失う。
失われた音と視界が、少しずつ取り戻される。
人生で初めて使う、自作の奇跡。
魂の研究の過程で発見した、力の集約と破壊。
彼から聞いた知識を元に、原子の分解というのをイメージで編み出した。
触れたものを欠片も残さず、魂への干渉を元に肉体を分解して破壊、解体する奇跡。
元々は魂に刻まれた術式の解体と、不老不死の奇跡の復元の副産物。
光が空へと解き放たれて、奇跡の残滓が粉雪みたいに降り注いでくる。
魔神の姿はどこにもない。振り返れば、満身創痍ながらも勝利を喜ぶみんなの姿がある。
「勝っ……た?」
最後に奇跡を解き放つ瞬間、魔神の表情は嬉しそう……というか、喜びを感じた。
永遠を終われることへの感謝なのかもしれない。
なんとなく、そんな気がした。
勝った。初代教皇を、魔神を倒した。
今すぐに彼に抱きしめて、私が満足するまで褒め倒して欲しい。
腑抜けた考えが思い浮かぶけど、戦いは終わりじゃない。
まだ、向こうでの戦いの気配が止んでない。むしろさっきよりもずっと激化してる。
勝ち鬨をあげるのは、彼と団長さん全員が揃ってから。
「行かないと……」
仲間の怪我を直したい気持ちをぐっと抑えて、後の処理を枢機卿と隊長達に任せる。
教会騎士は本来は回復の役割も兼ねる。魔神を倒した今、手が足りないことはないはず。
「私、行ってくるね!」
力は使えて残りは三割、さっきの奇跡はもう使えない。
祝福を全身に施して駆け出す。ひとりで無茶してるであろう彼を助ける為に。
状況は好転したが、聖女の残りの聖力は残り少しで長時間戦えるようには見えない。服装もボロボロで、魔神との戦いは苛烈を極めたんだとひと目でわかる。それでも、彼女は勝って助けに来てくれた。
彼女と仲間がこんなにも頑張っているのに、竜狩りに付けられた傷が頬にひとつだけとは情けなさで泣きたくなる。
「貴殿の主君が、此度の人類の守り手と見た」
先程までに激しかった竜狩りの戦意が凪いだように落ち着いている。
冷静に聖女と俺を観察している。そして、竜狩りは『人類の守り手』を討ちに現れたと言っていた。
つまり、標的は俺ではなく最初から聖女だったわけだ。
「相手が誰であろうと……何者であろうとも関係ない……契約を果たすのみだ」
先程までの穏やかな雰囲気は失せて、決意に満ちた殺意が聖女へと向けられた。
「無理だよ。私のことを守ってくれる人がいるからね」
聖女は不敵な笑みを浮かべて、俺へとウィンクを送ってくる。
この無茶振り感はアレだ、十一歳の頃に入団で団長と戦わされた時と同じだな。
問題は今回守ると約束したのが自分側であるという点である。
「二対一で卑怯とは言わないよな?」
「構わん。騎士として主君を守れるかどうか、試してやろう」
改めて戦いの火蓋が切られて、剣閃と槍による刺突が衝突する。
聖女の強化と奇跡による援護があってようやく互角か、未だに不利な戦況。
先程までよりも、竜狩りの技が速いし鋭い。
動きが滑らかになり、凪いだ戦意が余計に狙いを分かりづらい。
ギアを上げたと言うよりも、本来の戦い方を取り戻したと捉えられる。
だが、こちらも呪術により強化をオフにしても対等に渡り合えるだけの身体能力を手に入れた。
その分だけ剣技に集中できる。それに、戦いで感覚を取り戻してるのは竜狩りだけじゃない。
呼び起こされる前世の記憶。流星女と幾度となく剣を重ねて研鑽した技。
剣閃の冴えが、身体能力によりダイレクトに反映される。
思考をそのまま写し取った様な、これまでにない鋭い感覚で剣が振れる。
俺の剣はそもそも強者と渡り合うために極められたもの。
つまり、この身体では未だに本領を発揮できていなかった。
それが今初めて確かな意味を持ち始めた。
聖女が来るまでは斬られるばかりだった穂が、刃と重なり合い始める。
振り抜いた刃がを捉え、相手の切り返しに先じて技を返す。
───ギ、ィン
「技の冴えが……?」
「あんたのお陰で思い出せてきた」
竜狩りの槍を見切り、切り返す。刃先に刀身で受けて絡め取り、距離を殺す。
構えのない自由な型。剣をどう振ればいいかなど剣に聞けばいいと彼女は言った。
あぁ、こうだ。剣はもっと自由で、こんな縛られたものじゃない。
「ここまでの強者は、私の時代でもそう多くはない」
「そうなのか?あと百年早ければあんたもびっくりなのがいたぞ」
流星女は千年前の世界でも恐らく最強な事実に苦笑してしまう。
「こうして技を交わすのは、いつぶりか」
にやりと竜狩りが笑った。
竜狩りの狂気が、弱まっている。
執念だけに燃えていた瞳が、今は目の前で対峙する俺と聖女に向けられていた。
殺意はある。だが、それは悪意ではなく純粋に敵を打ち倒す為のものへ変わりつつあった。
先程までは攻撃的に精神に揺さぶりを掛けたが、今は戦いながらであれば対話ができる気がした。
「あんたを呼び出した存在は、一体なんなんだ?」
「次の一撃を当てれば、答えようか!」
更に竜狩りの技が鋭く研ぎ澄まされる。
ひと呼吸でも気を抜けば、心臓に穴を開けられてしまう。
全神経を集中させて攻撃を流し、フェイントを読む。
薙ぎ払い主体の攻撃から、流れるように突き主体の攻撃へと変化する。かと思えば、柄を短く握りリーチの有利を捨てて自ら踏み込み剣の間合いで打ち合って来る。次々と変わる戦い方が、こちらに慣れさせる為の時間を作らせてくれない。
正直、このレベルの技量で初手から来られていれば余裕で俺は死体で転がってた。
手加減してくれたわけもないなら、相手も相当に技が衰えていた状態だったということ。
「当てるだけだぞ。難しいか?」
竜狩りは余裕綽々で攻め立ててくる。防戦へ引きずり降ろされ、苦しい展開が続くが───
「あぁ、難しいよ。ひとりだったら投げ出してるだろうな」
生憎と俺はひとりじゃないし、多少の傷はないと同義だ。なら、相手の視界を遮るほどに至近距離で戦える。
「そこっ!」
相手の視界を塞ぐほどの距離で戦うということは、背後で起こる攻撃は予測できない。
奇跡の発動の予兆はない。ただ、信じて聖女ならこのタイミングで撃つという予測で首を振って回避する。
結果はドンピシャ。
認識外から飛んできたレーザー光線の様な奇跡、竜狩りはそれを正面から喰らって吹き飛ぶ。
しかし、この肉盾前衛を回復させながら後ろで攻撃って完全に敵役の戦い方なんだよな。
大方予想していた通り、聖女の攻撃も問題なく通る。つまりは、脅威と認識されてるわけだ。
命中した竜狩りの左肩は抉れ、血がだらだらと流れている。
ここまで牽制と補助役に徹していた聖女が本命の攻撃を放ってくるとは想定してなかったようで、初めて完璧に攻撃が直撃した。
「私を呼び出した存在……だったか、そもそもこの世界の神が複数も存在すると、貴殿は思っているのか?」
肩を抑えながらも槍を握り直す。
今更ながら武器の有利があってこれなのだから、恐れ入る。
向こうは急拵えで奪い取った槍で、本来の得物ではない。
「真の女神は、
たちくらみがしそうな回答だった。これまでの全ての前提が崩れ去る音がする。
枝分かれした河川、本来の女神は死んでる?
気になることが多すぎる。でも、今は戦闘以外に思考を回せる状況じゃない。
「答え合わせはここまで。征くぞ」
言葉と共に竜狩りが加速する。
亜音速を越える踏み込みから放たれる連続する刺突。
今まで以上に速さと威力を両立した攻撃は、聖女の補助があっても捌ききれない。
抑えていた聖剣の力をフルで解放する。そうして得られた火力で、ようやく互角だ。
前世で培った剣技に、女神に与えられた転生の権能。
奇跡による強化に、聖女が鍛え上げた聖剣。
ここまでして、ようやく全力で渡り合える。
いや、これでもまだ押されている。
被弾が増えて、回復により聖女の聖力がゴリゴリと削られる。
「悪い……まだ行けるか?」
「勿論、任せて」
聖女はいつもの笑顔で応えてくれるが、彼女の顔は青白く明らかに力の底が見え始めている。
あと全力で戦えるのは数分もない、それまでの相手を目的の場所まで誘導したいが……
肩を抉られた状態にかかわらず突きの速度が速すぎる。最初に戦っていた時の倍は速度がある。
身体能力によるものではなく、純粋な技量にのみ達せられるもの。
五箇所を刹那の間に狙う、連続の突き。
ふたつは剣の刃で穂を弾き、またひとつは剣身で流して威力を殺す。
しかし、残りふたつは捉えられずに槍の穂が身体を貫いた。
激痛が走るが痛みに反応する時間はない。
回復を聖女に任せて、迫りくる追撃の迎撃を行う。
これ以上相手を自由にさせれば、またたく間に穴だらけにされる。動きを止めようにも相手の身体を捉えることはできない。なら、捉えるのは相手ではなく、武器でいい。
回避を捨てて、左腕を貫かれながら相手の槍へと手を伸ばす。
手のひらを貫かれ、槍が正面から腕を貫通する。骨をグチャグチャに砕かれ、神経を切り裂かれ筋肉が悲鳴をあげている。だが、身体の危険信号を全て無視して、奇跡により握力を補強して槍を強引に掴み取る。
「───ッ!」
動きが硬直してしまいそうな、神経から伝う想像を絶する痛み。
腕そのものが切り落とされるより、骨を砕き神経をかき回される今の状態が一番キツイ。
それでも、空いた右腕で聖剣の光と共に剣閃を叩き込む。
呼吸を整える暇はない。乱れた状態でも、前世の技を引き出して放つ。
密着状態に槍を握られた形では避けることが叶わず、同じように竜狩りは左腕を突き出してガードされる。相手も相当な肉体強度だが、膂力はこちらが上だ。
それに、生涯を捧げたこの剣技は片腕程度で防げる代物ではない。
迸った剣閃により左腕が天高く舞うと同時に、竜狩りの身体が勢いよく跳ねた。
「ぐっ───」
腕を失ったことでバランスを崩しているにも関わらず、こちらの左腕に突き刺さった槍を軸に回転して跳躍をバネに槍が強引に引き抜かれる。
絡まった腕の神経を纏めてぶち抜かれたせいで、意識が完全に飛びかける。だが、咄嗟に昨夜の夢が脳裏を過り、かろうじて意識を繋ぎ止めた。
宙空に片腕、本来であれば身体を動かすことそのものが困難にも関わらず竜狩りは完璧な姿勢で亜音速の突きを繰り出す。
聖女の回復を受けながら、全く感覚のない左腕で支え先程放った剣技を再現する。足りない火力は、聖剣による補助で補い真正面からぶつけ合う。
互いの技が至近距離で繰り出される。
聖剣の極光を纏った剣技と、宙空から降りかかる神速の突きが激突した。
火花が走り、互いの攻撃による衝撃で足場が砕けて瓦礫が浮き上がる。
衝突の力が空気を全て吹き飛ばし、小さな真空さえも生み出そうとしている。
微かな遅れを伴いバンッ、と鼓膜を強く叩く破裂音。
次いで、強烈なインパクトが身体を襲い後方へと吹き飛ばされて浮遊感が身体を包んだ。
空中に投げ出された状態で、着地の瞬間に剣を地面へと突き立てる。
ギャリギャリと嫌な音と火花を立てながらも、転がることを阻止して体制を立て直す。
威力は互角、生じた爆発でお互いに弾き飛ばされた事で仕切り直し。
だが、聖女の聖力も底を尽きて、左腕はグチャグチャのままだ。
竜狩りも左腕を失い、肩で呼吸をしながらこちらの様子を伺っている。
「ごめっ……私……」
聖女の綺麗な顔が真っ青に血の気が引き、今にも倒れそうだった。
随分と無理をさせてしまった。もう十分だ。
「もう大丈夫だ。ありがとう」
「まだ、まだ私やれっ───」
その言葉に笑顔で返し、倒れる彼女を抱きとめる。
大丈夫だ。多分勝利条件は整った、ここで攻撃を仕掛けてこないのが証拠だ。
何より、先程互いに弾き飛ばされたおかげで目的の場所まで誘導できた。
「あとは見ててくれ」
聖女を近くの建物の壁へもたれ掛けさせながら、聖剣を改めて握って竜狩りへと向き合う。
ここまで隙だらけの行動だったのに、竜狩りは全く手を出す気配がなかった。
「悪い、待たせたな」
「構わんさ……決着を付けようか」
戦場に似つかわしくない静けさが場を包み込んだ。
お互い立っているのが不思議なほど満身創痍だ。
身体を切り刻まれて、血は止まっているが左腕が裂けたままの状態の俺。
肩を抉られた状態で左腕を失い、多量の血を流し続けている竜狩り。
崩れた瓦礫ばかりの山に囲まれた空間。
両者が利き腕のみで武器を手に取り、向かい合う。
戦闘で重要なのは究極の技で相手を斬り伏せることでも、相手の事を観察することでもない。
単に倒せればそれでいい。そして、俺は今その条件で最も有利な形を取れている。
「征くぞ」
「あぁ、終わりにしよう」
姿勢を下げて槍の柄を半ばほどで握る。
槍からこれまでと違う、既視感ある無色のオーラのようなものが纏う。
膨れ上がる力に槍から溢れるオーラ。それはかつての流星女が魔剣を握れば度々目にする現象だった。
竜狩りはここまでの戦いでも魔道具である槍の効果を行使していた。
だが、あくまで量産品の域を出ない戦闘の補助効果に過ぎない
流星女はあらゆる武器には本来の使い方があると言っていた。
『あらゆる武器には、ただ使えるだけの部分よりずっと深い場所があるのよ。その本質を引き出せるようになれば、誰だって私と剣を交わす程度にはなれるでしょうね』
流星女は流星剣以外なら初めて握る剣でも、刻まれた効果も完璧に使いこなして、このオーラをいつでも出現させていた。魔道具を長い間使い込むことでより効果を引き出せるという話はあるが。あくまでそれは武器の習熟の話だ。
流星女以外に本質を掴み、オーラまで操る人間は初めて目にした。
あぁ、羨ましいな。
こいつには流星女に近いものが見えてるんだろう。
俺もいつか、こいつらと同じ場所に立って同じ景色を見てみたい。
聖剣に残された聖力を刃へと纏わせる。そして、代償呪術により剣を握る右手のみを重点的に強化する。満身創痍の俺が払える代償なんて些細なものだが、それでもないよりはマシだ。
かつて、流星女が使った剣技。
剣へと剣から溢れる聖力を束ねて、束ねて、ひとつとする。
団長に向けた時よりも深く剣へと染み込ませ、強固に重ねる。
それそのものがひとつの剣であるように。
もうやれることはひとつもない。残るのは、ただ全力でぶつけ合うだけだ。
互いに全ての準備が終わり、空気が張り詰める。
身体を撫でる風だけで倒れそうな中、全身に力を込めて地を踏みつける。
緊張の糸が限界まで引き伸ばされる。
長い長い沈黙を経て、始まる。
合図はない。両者の全力の技の後で、全ては決する。
剣へと束ねられていた力。その奔流が刃と共に放たれる。
集約しようとすれば荒れ狂う力を抑え込んだ状態で、かつて流星が振るった最強の剣技を真似る。
彼女の名を関するには余りにもお粗末な再現だが、それでも威力は十二分。
竜狩りは自らをも槍とせん勢いで、全身を利用して放つ刺突。
地面に触れるほど低い姿勢から放たれる、極限のひと突き。
先程とは比ではない衝撃が身体を襲う。
だが、一歩でも退けばそのまま身体を穿たれて敗北する。
血反吐を吐きながらも、前へ前へと踏み込む。
「───ッゥオオラアああああっ!!!」
叫びをあげて自らを鼓舞する。
遂に、決着の合図となる轟音が鳴り響いた。
力と力の激しい衝突、狙い通りに崩落した周囲の建物により土煙が周囲を包んでいた。
土煙の中、俺は両膝を付いて剣を杖代わりになんとか倒れないようにするので精一杯だった。
もう身体のどこも脳の命令を受け入れようとしない。今にも意識を飛ばさぬ様にするだけで限界だ。
ここから立ち上がり再び剣を振る余裕なんて、どこにもない。
倒れててくれよ……そう思いながら、視界を上げれば土煙の中から歩み出るひとりの男の姿。
全身の服が破けて血だらけ、左腕がない上に槍を握る右腕の大部分の皮膚が剥がれ落ちて炭化している。しかし、それでも維持か執念か。未だに右腕はガッシリとその槍を握りしめている。
俺はもう一ミリたりとも動くことはできない。だが、竜狩りは確かにその両足で地面を踏みしめ右腕には槍が握られている。
前世で培った剣技に、女神に与えられた転生の権能。
奇跡による強化に、聖女が鍛え上げた聖剣。
聖女の奇跡と祝福による全力のサポート。
未完成とはいえ、最強の技であった流星までも使った。
それでも、かの伝説を地に伏すには足りなかった。
「終わりだ……年若い騎士よ」
「あぁ……
俺と聖女の力だけでは、絶対に勝つことができなかった。
今世では後にも先にもこれ以上のない最強の敵だった。
最後には、純粋に精神力ですら敗北していた気すらする。
前に進めだなんだと謳っても、竜狩りの死者に会いたいという心に負けてしまった。
まあ、わかるよ。死んだ人間に会いたいっていうのはそれを経験した人間にとって最も強い欲になる。
あぁ、本当に綺麗な敗北。
「ああ、私の勝利だ……」
それを受け入れて、俺は笑った。
竜狩りが槍を振り上げる音が聞こえると同時に───
「でも、
───竜狩りの胸から巨大な銀の剣が伸びていた。
「ごふっ……」
瓦礫の山の中から飛び出した存在により、竜狩りは後ろから大剣を深々と突き刺されていた。
心臓から銀の大剣を生やした竜狩りは、唖然とした表情で崩れ落ちる。
「何度途中で飛び出そうかと思ったぞ、全く」
「堪えてくれてありがとうございました。団長」
背後から竜狩りを奇襲した犯人、それは団長であった。
団長は確かに初撃で吹き飛ばされたが、その後も戦線復帰してこないほど軟じゃない。
そもそもこの人、耐久面なら俺よりも遥かに上なんだよ。身体に穴空けられた程度なら三十秒もすれば戻ってくる。
それなのにいつまで経っても戦線に帰ってこないのはおかしい。
団長になにか狙いがあるとすれば、あの状況なら奇襲以外ありえない。
だから、俺は戦闘の最中ずっと団長が吹き飛ばされた周辺の瓦礫まで誘導していた。
竜狩り視点では団長は遥か昔に吹き飛ばした雑魚モブA程度の認識なんだから、それが実は余裕で耐えててずっと前に復帰して、なんなら背後を狙ってましたとか警戒するはずもない。
「謀った、のか……最初から、これを……?」
「あぁ。あんたはずっと俺との決闘、聖女が来てからは二体一の対決だと思ってたみたいだが、俺からすれば最初の決闘から最後の瞬間までずっと多対一だったよ」
なんなら聖女が来たから途中からは三体一の暴力である。
いいか、ラスボスは数で囲んでボコるんだよ。RPGが教えてくれた。
「だが、最初に私の権能を聞いたはずだ……」
「あんたが最初に証明しただろ。団長が脅威だって」
初手で団長を排除したのは、俺とのタイマン勝負がしたかったんだろう。
だが、その割には他の騎士は欠片も気にかけた様子がなかった。
「本当に脅威じゃないなら最初に腕で攻撃を止めた時みたいに放置すればいい。それなのに、団長の最初の攻撃は捌いたし、ひとりだけ除外しただろ」
わざわざ最初に団長を排除したのは無意識のうちかもしれないが、確かにこいつは団長を脅威として認識していた。
「は、はは……私は、またこの驕り故に敗したか」
正直、竜狩りがもっと最初から不意打ちを警戒したり、魔王のように常に全身バリアみたいな臆病さのある強者だったら負けていた。だが、逆に誰よりも傲慢故に強者足り得たのだろう。
そもそも、俺はひとことも自分を騎士だとは名乗っちゃいない。
騎士なんて高尚なものじゃない。ただ、失いたくないからみっともなく足掻いてるだけの人間だ。
「でも、決闘は本当にあんたの勝ちだよ」
事実、俺は全て出し切ってなおも届かなかった。
聖女の力も借りて、武器の差もあって、相手は千年単位の技量の衰えもある。
これだけハンデを付けてもらっても、竜狩りには勝てなかった。
「そう、か……であれば、この勝利程度は受け取っておこう。貴殿ほどの騎士に勝ったのだから……あの方に、ご報告せねばな」
もはや竜狩りに戦意はない。心の底から敗北を認め、受け入れてるように思えた。
「大丈夫……?勝っ、たんだよね」
瓦礫の山を乗り越えて走ってきた聖女が胸元へと飛び込んでくる。
マジで死ぬ、聖女様、瀕死の味方にタックルはやめよう。
小突かれただけで倒れそうな体力だったが、それをなんとか気合で受け止める。
この状況で二人一緒に倒れたら、討ち破った敵の前だと言うのに格好がつかない。
「あぁ、なんとかな」
「そっか、よかった……!」
決闘では大敗北だったけど。
自分も聖女も、笑ってしまうほどにボロボロだ。
それでも嬉しそうな彼女の姿を見ていれば、喜びが湧き出してくる。
それと同時に、やっぱり自分はこいつと変わらないと実感する。
「さっき、前に進まなきゃいけないって言っただろ」
そんなもの嘘っぱちだ。自分を奮い立たせるため言葉で揺さぶりの為でもあった。
俺はこいつの気持ちが痛いほどわかる。どれだけ主人公みたいな言葉を吐いたってな。
「俺は別に立派な人間じゃないんだ……だから、あんたの想いは全部じゃないけどわかるんだ」
最愛の人がいない世界は意味がないし、生きていくのも苦痛が過ぎる。
別に戦闘の間に叫んだ言葉は本音だ、全部が全部嘘じゃない。
でも、あの苦痛の中でそれでもなんて叫べるのは、環境に恵まれただけだ。
事実、今の俺がそうだから。そして、竜狩りはそうではなかった。
「あんたが正しいか正しくないかとかは何も言えないけど……でも、何と引き換えにしてでもって想いは否定しない。俺も、ちょっと違えばきっとそうしたから」
聖女がいない世界で、流星女にまた会える手段があると言われれば、俺は頷いてしまうだろう。
十二分に時間を共にしてもこれなのだ、一方的に置いていかれた状態など、考えたくもない。
今ここで聖女が殺されて、俺だけが残るようなことがあれば……あぁ、きっとこいつと全く同じ事をするだろう。何人殺して、傷付けても、それ以外の全ては無意味だと断じて。
「そう、か……」
全く違うけれど、写し鏡のようなものだと思った。
竜狩りには、大切な人を喪った後に手を引いてくれる存在がいなかった。
聖女を失ったあと、果たして俺はこいつのようにならずにいられるのか。
「貴殿は、私よりももっと深い深い執着の火種を灯している。それが炎となるかは……貴殿次第だ。そうなれば私のように絶望が、いつかお前を飲むだろうさ」
なんとも厨二チックなセリフ。でも、全て否定できないのも痛いところだ。
「大丈夫だよ、私がいるからね」
そう言って、聖女が手をぎゅっと握ってくる。
聖女さん、後ろから刺さってる団長さんの視線が痛いです。
気づいてんだろこいつ。
「はは、そうか……」
憑き物が落ちた様な笑顔を浮かべた竜狩りは、傷口を抑えながらこちらを見た。
「聞きたいことが……あるのだろう?勝者に従うのも、敗者の務めだ」
ここまで協力的なのは、正直ありがたいな。
倒し方としては正真正銘最低の倒し方だったんだけどな……まあ、元は高名な騎士。
傲慢と捉えることもできるが、今も彼なりの騎士道に従って行動してるんだろう。
「真の女神は千年前に死んで枝分かれした、そう言ったよな。なら、あんたに力を与えてこの時代に生まれ直させたのも……女神なのか?」
「然り」
あぁ、最悪だ。
つまり、元々あの女神様は枝分かれしたひとつに過ぎなかったわけだ。
力を使い果たしたのか知らないが、俺を最後に召喚して消えた。
そもそも女神を殺すってなんだ?逆に生き返らせることもできるのか?
「千年前、神は人の手により討たれた」
は?
「そうして、かの神は二つにわ───」
言葉を続けようとした竜狩りの表情が固まり身体に魔法の文様が浮かぶ。力の発し方からこれは魔法ではなく呪術による力だとわかる。だが、浮かぶ印は完璧に魔法のそれだ。
魔法と呪術の掛け合わせ。それをここまで高いレベルで実現できるのか?
尋常ではない呪力が竜狩りの身体を包んでいる。
咄嗟に聖女を抱えて大きく飛び退き、聖剣を何の躊躇もせず抜いて止めを刺そうとする。
だが、呪力による障壁が聖力で構成された斬撃を容易く弾いた。
「はな、れろ……!」
竜狩りの身体が操り人形のように跳ねて、隻腕の状態で槍を握る。
もはや竜狩り本人に戦意や殺意は微塵もないが、身体は術者の意の通りに動き武器を構えた。
駆け出した団長が、奇跡による破壊の光と共に頭上から両断せんと刃を振り下ろす。だが、呪力による結界すら展開されない。何も起こらず、変わらず竜狩りは存在している。
「何があろうとも、任を遂行させる気か……」
冷や汗を垂らしながら竜狩りも笑っていた。だが、その笑みは悲願を果たせる喜びではなく、焦りや自身への嘲笑だった。
必死に竜狩りが呪術とも魔法とも付かないそれを抑え込もうとしているのがわかる。しかし、着実にそれは進行して肉体の主導権を奪い取っている。さらには肉体の主導権を奪うと共に、これまでの戦闘の傷がみるみると回復して失ったはずの腕ですら復元を始めている。
あぁ、予感がする。
ここから始まる最悪の記憶。
昨日見た夢のフラッシュバックが収まらない。
最初、自分の恐怖心から手が震えているのかと思った。
だが、震えていたのは握られた隣の少女の、小さく頼りないしなやかな手だった。
「大丈夫だ」
振り返らずに宣言する。何も大丈夫なことなんてない。
今すぐ聖女を連れて逃げ出してしまいたい。
左腕は言う事を利かず、まともに剣を振れる体力すら残ってない。
俺が時間稼ぎをすれば、団長が聖女を連れ出す時間を作ることは可能だろうか。
脳内で試算するが、目の前の存在相手に聖剣のバックアップもなしに片腕でどれだけ戦えるか。
そして、恐らく向こうの狙いは聖女の命。
「守るって、言っただろ」
この言葉は、もはや呪いだな。
団長へと目配せをする。団長は頑固な人間だけど、犠牲の払い方を心得てる人だ。
言葉にピクリと聖女が反応して、握る手が強まった。
彼女にしては、展開の先読みが随分と鈍かった。
「ねぇ、いやだよ?」
縋るようなか細い声だった。細いちぎれかけの糸みたいな、そんな音。
最期の瞬間だからか、弱気になった声すら愛おしいと感じてしまう。
「いや、いやだ……ねぇ!嫌だよ私!」
初めて、聖女が駄々をこねる姿を見た気がする。
わがままを聞かされることはあっても、駄々をこねられるのは初めてだったから新鮮だ。
強引に繋がれた指先。身体を強化するだけの聖力も残ってないのか、ただの少女としての力で力強く繋いでくる。
絶対に離れたくない。そんな心が言葉にせずとも読み取れた。
それでも俺は彼女と繋がれたその右手を強引に解いた。
彼女の金色の目から光が失われ、絶望で力強く開かれる。
あぁ、こんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどな。
「悪い、愛してる」
トン、と聖女の身体を押して団長の方へと押し付ける。
こうでも言わないと自分の心が保てない、勇気ある行動ができない。
本当は殿を団長に投げつけて聖女を連れて逃げ出したい。
竜狩りが他の誰を殺そうとどうでもいいさ、聖女だけ生きてればそれでいい。
魔神は倒した、竜狩りも追い詰めた、十分働いたからそれでいいじゃないか。
あぁ、いい。いいさ。
いいけど、ダメなんだ。
それじゃあ、明日以降が笑えない。胸を張って聖女の隣で生きていけない。
「団長、任せます」
返答はなく、力強い歯ぎしりの音だけが返事として返ってきた。
団長は躊躇なく聖女の身体を強引に抱え、走り出した。
余力が残っているのが団長でよかった。
逆だったら、俺はきっと言い訳を探して団長を犠牲にしてたから。
「嫌だッ!いや!嫌だって!離して!!」
絶叫に近い聖女の声が遠ざかる。
今にして、また色んな後悔が浮かんでくる。
それでも、心のどこかで覚悟していたからだろうか。驚くほど冷静に思考できた。
「すま、ないな……恨んでくれ」
「別に恨んで……いややっぱり一部あんたのせいだから、終わったらお姫様にちゃんと怒られてくれ」
「あぁ……」
力なく笑う竜狩りは、もはや完全に身体の主導権を奪い取られたようで技を繰り出す姿勢へと入った。
こちらも片腕で剣を構え、すっからかんの聖力と代償呪術で最低限の強化を施す。
そして───
一閃と、一突き。
勝負にすらならなかった。
竜狩りの傷は全て癒えて万全の状態、更には呪術により異様なまでの強化が施されている。
最初から勝てる訳もなかった。できたのは、数秒の時間稼ぎだけ。
───パ、キィン
聖剣が砕け散り、心臓を穿たれる。
どくどくと流れ出す赤い血液に、薄れる意識。
引き抜かれた穂が赤く彩られ、ピシャリと刃が払われて路上に血の線を描いた。
意識が遠のいて、身体が大の字に後ろへと倒れる。
折角誕生日プレゼントで貰った剣なのに、ダメにしてしまったな。
聖剣は破壊された。
聖力は残ってない。
左腕は動かない。
心臓には穴が空いている。
流石に、これは無理だ。
魔神は倒した様だし、竜狩りも奥の手を出すまで追い詰めた。
できることは全てやったと言える。それでも、届かなかった。
納得はできないし、悔しさもある。
けど、現実は変わらない、ならもうどうしようもないじゃないか。
夢と少し結末が違うのは、俺なりに頑張った結果だろうか。
最後に脳裏に浮かぶのは、聖女の笑顔だった。
十四歳の誕生日、夕焼けの中で見た彼女の涙に濡れた笑顔。
強がりで、わがままで、何でもお見通しみたいな顔をして、実はいつも不安で揺れている。
子供みたいに無邪気で、無垢な博愛を振りまいて、いつも誰かの幸福を望んでいる。
死の運命を受け入れて、せめて誰かに覚えていて欲しいと願うような。
それでいて、こんな俺ですら受け入れて愛してくれる、大切な人。
彼女のおかげで、俺はまた前を向くことができた。
最愛の存在しないこの世界を、生きることができた。
奴の呼び出された使命は人類の守り手となる存在を殺すこと。
操られた竜狩りは、この後聖女を追いかけて殺すだろう。
それだけは、嫌だな……
あぁ、それだけはダメだ。
俺自身のバッドエンドは受け入れられる。
だけど、聖女が死んで不幸になるバッドエンドだけは受け入れられない。
どんなに意思を込めても身体はぴくりとも言うことを聞いてくれない。
立ち上がる体力はない、身体を治す為の聖力もない、敵を倒す為の武器もない。
でも、俺だけが差し出せるものがひとつだけあるじゃないか。
魂だ。
本来魂の総量は変わらないと女神は言っていた。けれど、俺なら魂の消耗を次回の転生で補うことができる。
俺だけが、魂という巨大な代償を度外視して呪術を構築できる。
死が近づいた今だからこそ、自らの魂の輪郭を自覚する。
言われた通り、巨大な大部分から削ぎ落としたようない歪な形。
それをさらに呪術の代償として削り出し、力へと変換する。
魂の悲鳴とでも言えばいいだろうか。
自らの魂を削るという行為は、心臓を抉り出すよりもずっと自らの存在を傷付ける。
身体と魂、その両者がこの馬鹿げた行為を否定しているが、それを意思でねじ伏せる。
呪術による回復の才はないから傷を治すことはできない。
それでも、身体を極限まで強化して動かすことはできる。
ゆっくりと立ち上がる俺の姿に、竜狩りの表情が驚愕に染まる。
「貴殿……何を……」
「あんたみたいに……なりたくないって、だけだ」
身体がこれで動くようになった、今の状態なら竜狩りと渡り合うことができる。
だが、武器がない。剣がなければ、竜狩りを止めることはできない。
周囲を見渡しても、剣のひとつも見当たらない。
当たり前だ、誰もこの場に来させてないんだからな。
なんでもいい、どこかに剣があれば……
その時、魂を引き換えにした異常なまでの身体強化による知覚能力が、それを感知した。
雲が裂かれて、一条の光が降って来る。
魔力を纏った流れ星が、俺の目の前へと落ちる。
土煙が晴れれば、ひとつの剣が地面へと刺さっていた。
蒼白の刀身、纏う金色、溢れ出る無限の魔力、その剣の名を俺は知っていた。
「ありがとう」
理由は何もわからない。でも、今はこれでいい。
流星剣を手に取った瞬間、世界が色鮮やかに変容して視えた。
視えないものまで視え、剣を振るうべき道がはっきりとわかる。
ある時、流星女にどうしてそんな風に剣を振れるのか質問した事がある。
返ってきた返答は、剣自身が太刀筋として教えてくれるなんてものだった。
当時の俺はいつも通りに頭のおかしい回答だと思っていた。
『大丈夫。あなたもいつか見えるようになるわ』
本当に、お前の言葉通りになったよ。大分ズルしたけど。
「今度こそ、一対一の決闘だな」
「世話をかけるな……改めて、決着といこうか」
刻一刻と魂が摩耗して、肉体は拒絶反応を示す。
身体は布擦れひとつで気絶しそうな痛みを起こし、魂そのものが悲鳴をあげている。
だが、その痛みを無視して立ち続ける。この痛みより恐ろしい未来を俺は知っているから、戦い続けなければいけない。
無駄を極限まで削ぎ落とした動きによる刺突が、竜狩りから放たれる。
隻腕のハンデが消えた事により先程よりも速度が増している。
だが、今なら先読みではなくはっきりと捉えることができる。
「本当に貴殿は、末恐ろしいな」
「代償キッチリ払ってるからな!」
刹那の間に数十という刃が交わされ、激しい火花が散る。
魂を代償にした力でも完全に押し切ることは叶わないのだから、本当にふざけてる。
かつて、剣を握り始めた時の様に今なら自身の剣の無駄が理解できる。
それを削いで、削いで、けれど時には
これまで見てきた様々な剣技を真似て、改良して、自分なりにアレンジして扱う。
次々と変わる自由な戦い方に、今度は竜狩り側が対応しきれずに防戦へ変わる。
拡大された感覚が、想像通りに彼女の剣技を。前世の俺の技を実現させる。
初めて真正面から竜狩りを圧倒していた。
竜狩りの身に幾度も切り傷が刻まれるが、呪術により勝手に傷が塞がる。
今度は完全に立場が真逆だ。このまま付き合えば、ジリ貧で消耗して負ける。
一撃で消し飛ばす他に勝機はないが、この剣を利用した最大火力は前世で腐るほど隣で見てきた。
答えは既に自分の中にある。記憶を辿り、自らの感覚に従ってそれを模倣する。
さっきのはただの真似だったが、今ならば確かに再現できる。
流星剣から溢れ出る魔力をひとつへと集約する。それは、火元を手に宿しながら火薬を触るような行為に等しい。だが、あいつは常にそれを剣を交わしながら実践してきた。
正解を、俺は隣で何度だって見て、身を以て喰らってきた。
俺は、世界で二番目にこの究極の技に詳しいのだ。
流星女は言っていた。この世の剣技に必殺技なんてものはない。
むしろ、剣を振るうこと全てが最も強い行動でなければならないと。
故にこれは魔力は補助に過ぎず、至る最強の一閃とはただの斬撃。
それでも、彼女が名を付けたのは、未来永劫最強の技に自らの名を刻むため。
だから、俺はいつまでも彼女を覚えていられた。どれだけ、時間が経とうとも。
何十、何百、何千、何万と魂に記憶されたその剣技を、唱える。
「流星」
星の刃が、竜狩りの存在そのものを切断する。
たったひと振り、音もなく決着は訪れた。
何が起きたのか現実が認識するよりも速い斬撃。
全てを無へと還す究極の一閃にして、
「良い、技だ……ありがとう」
存在の根ごと断ち切られた竜狩りの身体が崩壊する。
魂と身体の接続を根っこから切断したなら、肉体が現実から忘却されるのは当然のことだった。
そして、それは逆説的に俺も同じこと。
戦いが始まった時点で、俺の心臓は鼓動を停止していた。
ゆっくりと魂を消耗させ続けていた呪術を解除する。
剣を通して鮮明に捉えていた美しい世界が色褪せて、いつも通りの視界へと戻る。
それを惜しいと思う気持ちはありながらも、躊躇せずに手放す。
きっと遙か先の高みで、ようやく手にする景色だったのだろう。
本当に、まだまだ遠い道のりだ。
「と、時間か……」
遥か前に身体は限界を迎えていた。
むしろ、よくここまで耐えてくれたものだ。
もはや何の力も入れることができず、大の字で倒れこむ。
あっという間に世界は黒く染まり、視界が歪む。
これはあっという間にお迎えだな。
そんな時だった、聞き馴染みのある悲鳴にも近い声が近づいてくる。
「───!」
どうやって団長さんを撒いてきたのか、聖女が駆け寄ってくる。
勝ってなかったら俺の努力全部台無しになるとこだったんだが。
それでも、最期の瞬間に大好きな人の顔を見られるのは、何よりも嬉しかった。
「……嘘だよね?守ってくれるって、言ったよね」
「ごめん」
あの草原で、傍で一生守ると誓ったことは忘れようもない。
「一生傍で守るって言ったのに……約束、破るの?」
「悪い」
約束を破って彼女をひとり置いていく。本当に最低だ。
謝ることしかできないな。
「一緒に背負って欲しいって言った……一生に責任を持ってくれるって言った……」
「十分背負ってくれただろ。責任については……ごめん」
だから魔神を倒すことができた。
竜狩りだって、俺は死ぬけど最良の結果だった。
「違う……違うのっ……だって、あの人なら君を死なせなかった!君を守り抜けた!もっと頼ってくれた!もっと私に重荷を預けてくれた!それに、君をもっともっと幸せにして、もっと、もっと一緒に過ごして……」
髪を振り乱して、涙を流しながら縋り付いてくる。
もう身体は動かないはずなのに、不思議と反射で右腕が抱きしめるみたいに持ち上がった。
こいつ、そんな事考えてたのか。
「もっと……もっと一緒に……」
「聞いてくれ」
動いてくれと祈りながら、右腕で聖女を抱き寄せる。
最愛の人は、こんなに涙に塗れた表情でも綺麗だった。
「好きだよ。大好きなんだ……愛してる」
だって、こんなにも沢山のものをくれた。
「もう二度とこんな想い抱けないって思った。抱きたくないって考えた……怖かったんだよ。またこの感情を許すことが、また喪った時に耐えられないってわかってるんだ。それでも、お前が傍にいてくれたからまた前を向いて歩くことができた。心の底から笑って、生きていこうと思えたんだ」
首元へと顔を埋められながら、言葉を紡ぐ。
彼女の痛みも、不安も、どうかなくなりますようにと。
「いやだ……いやだよ……」
「いつだって手を引いてくれた」
寒く恐ろしい暗い夜の中でも、彼女はずっと手を握ってくれた。
だから、手を離さないでいられた。
「いかないで……ひとりにしないで……」
「代わりなんかじゃないんだ。お前が……いいや」
もしかすれば、誕生日の夜に彼女が言ったように誰でも良かったのかもしれない。
それでも、いつだって手を引いてくれたのは彼女だったのだ。
「ずっと傍で手を引いてくれたのがお前なんだよ!だからこうして好きになった、愛してるって心の底から言える!確かに前世は違う!でも今好きなのは、愛してるのは!運命の赤い糸で繋がれた相手でも、お前が羨む前世の恋人でもない、目の前にいるお前なんだよ!」
我ながら最低な言葉だ。だがまあ、向こうでみじん切りにされる覚悟は済ませてある。
これで聖女が泣き止んでくれるなら、安いものだ。
「ぅぅ、あああぁぁぁ!」
聖女の眼から大粒の涙があふれるのに、それを拭ってあげることすらできない。
いい加減意識が遠くなって、視界も殆んど見えなくなってきた。
「嫌だ、嫌だよ……君がいないと、どうしたらいいかわからないよ……」
……あぁ、こいつに俺と同じ経験をさせるなんて、本当に嫌になる。
視界は完全に真っ暗で、身体の感覚ももう薄れつつある。
「最初は……わからなくていい。でも……もし誰か手を引いたら、拒まないでくれ」
いつか、俺のことを手を引いてくれたみたいに、歩みを止めた聖女の手を引いてくれる相手が現れるかもしれない。本当はこんな事は考えたくもない。でも、それが彼女の幸せに繋がるなら、それだけでいい。
あぁ、やっぱり嫌だな。本当は、傲慢だけれど俺が最期まで幸せにしてあげたかった。
「……ぃ…だ、嫌だ!君がいい……君を幸せにしたい!君に幸せにして欲しい!」
聴力も死にかけで、殆んど聞き取れない。
「ねぇ、■■る!私、■■■■ってる!■来で、■■こと……何■■も、■■年でも、■■■■も、おば■■■■に■■ても■■■■■■!」
あぁ……ごめん、もうなにも聞こえない。
最期に感じたものは、深い口付け。
そして、彼女の最後の言葉だけははっきりと魂に刻まれた。
「私、未来で待ってるから!」
あぁ。俺も、すぐに会いに行くよ。
気が付けば、俺は薄暗い空間に立っていた。
全身が焼けるように酷く痛い、身体だけじゃなくて頭も痛む。
身体を引き裂かれてるのかと錯覚するような痛みなのに、身体自体は何もない。
痛みに悶えながら周囲を確認するが、全く覚えのない空間。
白い部屋なのだろうが、ところどころ壁が壊れて砕けて、今にも崩れ落ちそうだった。
ここはどこだ?
確か、妹に言われて買い出しに出かけて……それで……
目の前には、点滅するひび割れたゲームのステータスボードのようなものが浮かんでいる。
なんだっけ、これ。
思い出した。そうだ、俺は……俺は、転生して……いや、これからするのか?
何か大事なことを覚えていない気がする。
クソ、絶対に大切なことなのに、何も思い出せない。
これまでの記憶を探ろうとする。
だが、身体は重大な欠落を自覚しながらもそれを掘り起こす事ができない。
何か忘れているのはわかるのに、思い出せない。
セーブデータそのものが破損してるという感覚。
誰かに何かを頼まれて、異世界に転生することはわかる。
でも、それ以外なにも記憶に残ってない。
その事実に酷く胸を締め付けられて、理由もわからず涙が流れた。
ただ、いくつか覚えてることがある。
満点の星空を駆ける綺麗な流れ星と、夜に降り積もる綺麗な雪景色、それと……
俺は、誰かに会いに行かなきゃいけないことだ。
それだけは、はっきりと覚えてる。
だから行こう、異世界に。何度でも。
異世界転生周回プレイもの。二周目までお付き合いいただきありがとうございました。
先日もご報告しましたが、この度読者の皆様の応援のおかげで夢であった書籍化をすることになりました。来月の7/20日より発売されますので、もし良ければ手にとっていただけますと嬉しいです。
詳細は活動報告にて乗せさせていただきますので、良ければそちらをご覧ください。
キャラデザもあるので、キャラデザだけでもぜひ!
活動報告
ハーメルン版も変わらず更新続けていきますので、よろしくお願いします。
また、もし面白いと思っていただけましたら高評価、感想お気に入り登録などぜひお願いします。ハーメルンに限らず、Xなどでも感想いただけると大変励みになります。