【書籍化】異世界転生周回プレイもの   作:にーしち

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3周目
欠けた記憶


 

 不規則に明滅を繰り返す光と、亀裂が走り今にも崩れ落ちそうな白い壁。

 部屋と形容していいかもわからない。現実感のない不思議な空間。

 起きてからずっと身体を蝕む痛みと、自覚できる重大な記憶の欠落。

 

 会いたい。

 

 ───誰に?

 

 取り戻したい。

 

 ───何を?

 

 感情ばかりが先走って、向ける対象すらわからない。

 誰かの名前を呼びたいのに、誰のことかわからない。

 

 その感覚が気持ち悪かった。

 

 魂に刻まれた感情の慟哭。だが、俺はその感情の行き先を知らない。

 恋い焦がれる憧憬、愛おしさと後悔、これらに関連する記憶がなにもない。

 送り先をなくした手紙にも似たものだった。

 

 

 明滅を繰り返す壊れた空間の中で、俺は頭の中の情報を整理する。

 

 

 買い出し先で事故にあった俺は確か死んだ……はずだ。女神がそう言っていた。

 

 そして、俺はこれから転生する。

 異世界に現れる厄災を討伐することで、元の世界に帰してもらえるという約束。

 それ以前のことははっきりと全て覚えている。

 

 現代日本で家族と過ごした時間、ひとりでゲームへ没頭していた経験。

 悲しきぼっちとして過ごした学生時代、それらは忘れ難い記憶として脳裏にこびりついている。

 常にゲームとだけ向き合い、ひとりの世界だけで過ごしてきた。

 

 現代日本での記憶は間違いない。だが、同時に違和感がある。

 本当に俺は誰とも関わってこなかったのだろうか。

 そうであれば、この荒れ狂う感情が何なのか説明できない。

 

 説明できないことばかりだ。

 頭は痛むし、不快感は止まらない。

 

 それでも俺は、誰かに会うために進む必要がある。

 あの雪景色の先に、誰かに会いに行かなければ。

 

「まずは……これだな」

 

 目の前で明滅する奇妙なステータスボード。

 確か転生した後の能力を決定できる。そして、割り振れるポイントは魂の強度により異なるだったか。

 どうして記憶喪失になったかわからないが、ある程度の知識が残ってるのはありがたい。

 このステータスボードと、自分がここにいる理由すらわからなければ終わりだった。

 

 記憶がない以前のことはわからないが、少なくとも俺は()()()()()()()()()()

 勝手に脳内で知らない情報が補完される上に、ここまでポイントが割り振られていて転生一回目ですは無理がありすぎる。

 

 既に数回転生していて、その後に記憶喪失になったと考えるのが妥当だ。

 この部屋が壊れ気味で、ステータスボードが変なのもその影響なのかもしれない。

 感情としては今にも暴れ出したい気分なのに、冷静にこの状況に臨めるのは我ながら褒めてやりたい。

 

 感情の荒波を落ち着かせながら、詳細を確認する。

 

 ステータスを決めると言っても、残念ながら振れるポイントがほぼないのでいじる場所は少ない。

 ポイントを振り直すこともできるようだから、多く割り振られている技能を確認するか。

 

 現在振られてる技能が大きい順から「剣術:6.1、奇跡:3.5、体術:3.2、呪術(代償):3.0」など、他にも戦闘に使えそうなものが幾らか。これがどこまで大きい数値かわからないが、他の技能が軒並み1.0以下な事を考えれば結構高いんじゃないか?

 通常の奇跡表記と呪術(代償)の表記の差は、技能を特定部分を特化させる場合の違いのようだ。魔法全般の才能を伸ばすのと、火属性の魔法適性だけ成長させるなら後者のほうが安くポイントが済むという話だ。

 そして、数値を上げれば上げるほど必要なポイントも増える。1.0から2.0にするのと2.0から3.0にするのでは必要なポイントが大体1.5倍ほど増加して、数字が上がればどんどんと必要ポイントが増えた。

 

 次にステータス。こっちは項目が細かすぎて把握するのが面倒だったが、こっちも剣士に重要な筋力と敏捷などの肉体面を最優先。他には奇跡を扱うのに必要な聖力と、呪術に必要な呪力にポイントが振られている。

 

 ひと通りの確認は終わったので、次はポイントを振り直すかどうかだ。

 余っているポイントは多くないので、計画的に振り分ける必要がある。

 目指している生き方によっては余っているポイントでは足りなくなる。

 

 容姿が2.3と無駄に高いから削ってもいい気がするが、なんか下げたら不味い気もするな。

 ……そもそも、これが最低限それなりの生活を送る為の必要数値なんじゃないか?

 

 俺が既に数回転生を繰り返しているなら、この辺の数値を微調整しないとは考え難い。

 むしろ、この数値は異世界で生きる必要要件を満たした実践的な振り方に思える。それでも容姿が高いのだけ気になるが……まあ、魔力がほぼ0に近い数値な事を考えれば、そこら辺の微調整は済んでるだろう。

 記憶喪失になる前の俺が自身の容姿に頓着するとも考え難い。

 大体のゲームを初期アバターで最後まで走る人間に外見のキャラクリは不要だ。

 

 今は微調整されたであろう数値はいじらない方向性で決めた。

 余ったポイントを振り分ける前に、剣術だけ異様に数値が高いのが気になって剣術のポイントを下げて他に分配してみた。剣術の数値を下げる時に言葉にし難い不安感を感じたが、後で戻すのだからと自分を落ち着かせる。

 

 体術や代償呪術なんかに振り分けてわかったのは、剣術と奇跡だけが5.0を超えて振り分けることができて、それ以外のもの、槍術や体術は5.0が限界だった。なぜ剣術と奇跡だけかはわからないが、ここはもう考えてもわからない部分なので思考放棄する。

 記憶が戻ったらわかるだろう、多分。ちなみにちゃんと剣術は6.1まで戻しました。

 

 ポイントの使い道は素直に伸ばされていた奇跡と剣術を中心に、聖力や身体能力面に振ることにした。

 以前の自分がわざわざこの二つを中心に育てていたのだから、変に今のビルドを崩す必要もない。

 記憶のない過去の自分を信じた結果、剣術は6.7、奇跡は5.3まで伸びた。

 

 

 

 こうして振り分けが終わった。

 正直、生まれの数値が低いのが気になるのだが、ここはもう過去の自分を信じるしかない。

 代償呪術と奇跡を併せて取っている辺り、自分の思考はわかるしな。

 

 何より、早く異世界に行って自分の記憶を取り戻したかった。

 そして、この衝動の正体を知りたい。

 追い求めている誰かに会いたい。

 

「行こう」

 

 不思議と恐れはなかった。

 真っ直ぐと手を伸ばせば、意識が白く染められた。

 

 

 

 

 

 誰だ?生まれの数値は低くても大丈夫とか言いやがったやつはよ。

 以前の自分とか、記憶喪失になるような奴なんだから信じたらダメに決まってる。

 

 生まれて早九年。現在、俺は異世界で奴隷商の元で奴隷として生活している。

 

 理由は簡単だ。貧乏な家庭に生まれたのだが、食い扶持に困って売り払われた。

 いやあ、世知辛いなぁ。

 

 この世界の倫理観が現代日本と全く違うのはわかっていたが、それはそれとしてショックだ。

 誰かから施される愛情を、求めていたはずじゃないんだけどな。

 

 子供の時点で容姿がそれなりに良かったので、相応の値段にはなっていた。

 せめてこれで今世の両親が食うに困らず生きて行ける事を願う他ない。

 逆に今世では家族というしがらみとは断たれたと前向きに考えよう。

 

 異世界で五歳にして奴隷堕ちとかいうハードスタートを決めた訳だが、わかったことがいくつかある。

 現在は異世界の暦で千四百年ほどで、現在の場所は西大陸の南部に位置するある共和国だ。何でも初代魔王を討伐した勇者を輩出した国らしい。

 異世界の技術水準は中世中期辺りだろう。ただ、やはり魔法や奇跡の影響技術の進歩の仕方が独特なのか、国の首都では魔法による飛空艇みたいなものが飛んでたり、風車や水道の敷設がかなりしっかりされていた。

 五百年程前に大聖女なる人物が色々と現在の街作りの基盤を整え、医療用の魔具の発明や農業計画について提唱したりと、この世界の様々なスタンダードを作り上げたようだ。

 歴史を勉強してるわけでもないのに、時折「大聖女」というワードを聞く辺り本当にすごい人物だったようだ。

 

 ……時折、彼女の名前を目にするたびに胸が妙な苦しさを覚えた。

 

 ちなみに異世界の言語は記憶がなくても無意識下で覚えていたのか、読み書き含めてあっさりとマスターできた。この世界の識字率で九歳で読み書きができたら不味いので伏せている。

 

 この九年で特に自身の記憶に纏わることは何もわかってない。

 何なら、記憶を取り戻す手がかりすら皆無。八方塞がりである。

 こっちに来ればなにかわかるだろうと高を括っていたが、全くそんなことはなかった。

 

 過去の転生のことや記憶について調べたいのは山々だが、如何せん子供ではできることも限られるので現在は安全な奴隷商のもとで生活中である。

 

 実は、抜け出そうと思えば奴隷の立場自体はいつでも抜け出せる。

 棒切ひとつでもあれば、足かせとして付けられているものは簡単に切断できる確信がある。刻まれた奴隷としての魔法による刻印も、高い金を積めば消してもらうことは難しくない。

 

 それなのになぜ奴隷生活に従事しているかといえば、この世界の奴隷は存外待遇が悪くないからだ。

 奴隷商は商品の価値を損なわない為に食事や住処、ある程度のものを保証してくれる。

 ファンタジー世界にありがちな人権無視!悪逆非道!な感じは特にない。

 生意気ならば当然罰せられるが、わきまえていれば衣食住の保証をしてくれるし結構ホワイトである。

 これは自分が出荷前の奴隷だからというのが大きい。顔も悪くなく、運動神経も人並み以上なことはアピールしているので商品価値を期待されている。まあ逃げ出す予定なんだが、すまんな。

 すまんとか言ったけど人狩りから奴隷を横流ししてもらってるような連中なので特に申し訳なさはない。

 

 予定では十歳になる前に逃げ出す。十歳辺りまでは身体の成長を待つ予定だったが、想像以上に自分の体がチートだったのでそこまで待つ必要はないという判断だ。それに、これ以上待つのもいい加減我慢ができない。

 生まれてからこの九年ずっと、行き場のない衝動が胸を巣食っている。

 

 会いに行きたい気持ちはあるのに、誰を探してるのかもわからない。

 そもそも、俺が会いたいと願う人物は生きているのだろうか……

 

 この思考ももう何十回としたが、今は生きていると信じるしかない。

 そう自分に言い聞かせて、思考を再開する。

 

「問題は国だよな……」

 

 どの国を活動拠点に選ぶかで結構この先の予定が大きく変わる。

 北西側に向かえば比較的自由な風土の巨大な連合国があるし、東側へ行けば冒険者の多い王国がある。

 共和国に滞在するのはちょっと避けたい。この国は奇跡や呪術など、魔法以外を排斥しているので俺の記憶喪失を解消できそうな知識を得られる可能性が低い。

 記憶喪失が魔法や奇跡などに起因する場合、記憶や生命そのものに干渉することが多いのは奇跡や呪術だ。そうなれば、共和国は奇跡と呪術を調べる上で不利なので除外。

 

「やっぱ連合国か?」

 

 特に理由が思い当たるわけじゃないが、なんとなく惹かれる。

 

「何ブツブツ言ってんだ?またどやされるぞ」

 

 抜け出した後の移動先を考えていた時、同期の奴隷仲間である少年が声を掛けてきた。

 ぼさぼさで棘々とした黒髪に、反骨と野心に溢れた力ある黒い眼差しを携えた人物。

 

 刺々しい振る舞いと物言い、飢えた野犬の如く鋭い眼に、警戒心が高く誰にも懐かない様子。あとお風呂が嫌いで乾かさずに飛び出してくるせいで、たまに濡れた犬の匂いがするので彼のことは野犬くんと呼んでいる。

 野犬くんはこの奴隷商で数少ない同年代で、剣術の才能があり商人からも凄く高く評価されている。剣術の腕だけなら既に八歳にして七級や六級の冒険者と同レベルだ。十歳でこの実力なら、将来はかなりの有望株に違いない。

 

 それにしてもこう、今の威嚇してくる時も彼の背景に歯をむき出しにした野良犬の姿が……

 

「こっち見んな」

 

「悪い」

 

 口は悪いが食事の時間にわざわざ呼びに来てくれたり、奴隷として入ったばかりの頃は奴隷としての過ごし方のルールみたいなのも教えてくれるので、こう見えて優しいところがある。俺のことを弟分みたいな感じで考えてくれてるんだろう。

 

「自由になったら行ってみたい国について考えてたんだ」

 

 自由になったらというより、数カ月後に向かう国なんだけど。

 

「確かに戦闘用の奴隷として活躍すれば、金で自分を買い戻す事もできるけどな」

 

 俺は将来自由になるぜというマウントだろうか。お、やるか?

 

「お前が教えてほしいなら、戦い方くらい教えてやってもいい」

 

 へっと小馬鹿にしたような感じを出しながらも、戦い方を教えてくれるという。

 大人相手には結構反抗的なのに、弟分のこっちには甘いのが可愛いところだ。

 

「ありがとう、けど遠慮しとく」

 

 野犬くんのことは気に入っているが、数カ月でお別れだと思うと少し悲しい。

 悲しいのは確かだが、特に彼になにかしようという気はない。

 

「そうかよ。俺は奴隷なんてすぐにやめてやる……他人の言いなりなんてごめんだ」

 

 若干残念そうにしながらも吐き捨てるようにして去っていってしまった。

 俺は自分の記憶のことで手一杯で誰かを助ける余裕はなく、責任が取れない。

 

 冷酷で薄情かもしれないけど、俺は何よりも自分の記憶を取り戻す事を優先したい。

 会うべき人物が誰なのか、なぜここまで会いたいのか。

 

 それを知るまで、他のことは全て寄り道だ。

 厄災や前世の家族のことも、今の感情を占める部分は大きくない。

 

 正直、今の自分は記憶を取り戻す為ならどんな非道にも手を染めかねない覚悟がある。

 勿論進んでやるわけじゃないけどね?あくまで、もしもの話だ。

 何事も平和に進められるなら、それがいい。

 

 

 

 現状整理から数日後、俺は記憶の手がかりを探す為に歴史を勉強していた。

 未出荷奴隷としての生活は楽といえば楽だが、何もないわけじゃない。

 料理洗濯掃除の練習、魔法や剣術の才能があるものは鍛錬をさせられる。

 その時間を利用し、文字が多少わかるという体で歴史書などを読む許可を貰った。

 

 『黄金の時代』の始まりとされる千四百年前の魔族と人族の大戦争、九百年前の魔法などが躍進した魔法大戦、六百年前の王国への魔王による魔族の侵攻、五百年前の法国での魔神討伐作戦、二百五十年前に帝国領土の半分を焦土へ変えた『簒奪王』による、魔族や魔物すら利用された大規模内戦。

 

 この世界、世界の危機が起こりすぎだろ。

 しかも、今のはざっと勉強した部分を網羅しただけだ。

 読んだ歴史書も完全じゃない上に、東大陸の帝国のことは二百五十年前の戦いしか知らないので実際はこれより沢山の戦いがあっただろう。

 

 過去の厄災を止める為に転生した俺は、この歴史の中に存在してるのか?

 存在してるなら、全くもって実感がない。

 もしくは、人知れず世界を救う戦いをさせられてた可能性もある。

 

 歴史書なので大雑把なことしか書かれてないが、中でも直近の大戦と呼べる二百五十年前の戦争は酷いものである。

 

 三百年前の帝国は東大陸の八割近い領土を誇る、大陸統一を成し遂げた軍事大国だった。

 話の発端は後に『簒奪王』と呼ばれる人物。彼は継承権のない皇帝の妾の息子だ。

 

 記録によれば、彼は元々大人しい内向的な性格で、継承権など全く興味がない人物だったとされる。

 どういう訳か、ある時を境に性格が豹変。皇帝崩御のタイミングで、正統後継者を殺害して王位を略奪。当然認められるわけがないが、簒奪王を担ぎ上げようとする連中も現れて国は大混乱。

 国は完全に真っ二つに割れる大戦争時代へと突入して、それが十年の間も続いた。

 

 この話で最悪なのが、簒奪王は征服の為にあらゆる手段を問わず、土地が枯れ民が飢えるほど奪い、殺戮の限りを尽くし、果てには魔物や魔族を利用するまでに至った。本来魔族とわかり合うなど無理なはずだが、彼は魔物や魔族を従える力があったとされている。

 そうして帝国領土を破壊し尽くし、本来の後継者派閥は全滅に近い状態に追い込まれた。だが、この戦争は意外な結末を迎える。

 

 西国の北端に位置する法国が『死者の増加と秩序の乱れ』『魔族や魔物の禁忌的軍事利用』として介入を行い、壮絶な戦いの末に簒奪王は討ち取られた。

 法国は簒奪王を討った後は特に内政干渉をすることもせず、領土回復の為の援助のみを行い撤退。帝国の統治権は正当な後継者へと引き渡された。

 終戦を迎えたが戦争の代償は大きく、未だに東大陸の三割は魔族や魔物たちの領土として奪われたままな上に、帝国は現在まで内部分裂を繰り返して安定した土壌を築けていない。

 

 法国の介入がなければ、今頃東大陸は魔物だらけの人族の非生存圏と化していただろうという記載がある。

 この簒奪王の件以外でも法国は中立国として、大きな局面では様々な国を支援したり大戦を未然に防いだりしている。法国がなければ、この世界全体の治安や食糧問題は過酷なものになっていたかもしれないと、真面目に感じる。

 

 

 

 その後も様々な歴史書を読んだが、やはりどれに対しても当事者意識というのが湧かない。

 記録されてないだけか、通常の記憶障害として扱うのが間違っているのか。

 魔法や奇跡などの超常の力による記憶喪失なら、アプローチを変える必要がある。

 

 頭を悩ませながら歩いていれば、剣の練習をしている野犬くんの姿を見かける。

 奴隷としての価値を高められる事なら基本何をしていてもいいので、剣術が得意な野犬くんは当然の如く剣の練習をしている。

 なんとなく野犬くんの剣の練習風景を観察してみるが、剣術を伸ばした影響か問題点がはっきりと認識できる。

 

 剣の振り方が雑だ。握り方も彼が求めるスタイルに沿っていないし、足の幅と力の入れ方も違う。

 貯蓄された経験か、無意識に自然と彼が求める剣技へと昇華させるにはどうすべきかわかる。

 

 修正点を伝えるべきかどうか少し迷うな、自分は別に剣術ができることを周囲に知られてない。

 助言をしても野犬くんが素直に従うような気もしないんだよなぁ。

 

「あぁ?こっち見てんじゃねえよ」

 

 見学してたらガンを飛ばしてる判定をされてしまった。

 

「もう少し足を開いてみれば綺麗に振れるぞ」

 

 ダメ元で伝えてみるが、素直に聞き入れられるわけもなく睨み返された。

 

「指図すんな、聞いてない」

 

 キッと威嚇するような鋭い視線が向けられる。

 彼の言うとおりで、これはただのお節介だ。でも、俺が奴隷として買われた時に常識やルールを教えてくれたのは彼だ。

 その恩は返しておきたい、お節介だとしても。

 

「いいから」

 

 後ろに立って、強引に足を使って幅を作らせる。

 剣に正しく力を伝えて振るには体幹が重要だ。バランスが悪ければ、エネルギーを身体から剣へと伝えることができない。

 こういう理論的な考えを知っている辺り、記憶を失う前の自分は剣術に精通していたんだろう。剣士をひと目見れば、大抵の実力まで測ることができる。そして、事実野犬くんが剣の天才であるということは疑いようがない。

 今の実力でも七級程度の冒険者なら勝てるだろう。

 

 野犬くんは舌打ちして渋々ながらも言われた通りに剣を構えて、振り下ろす。

 先程までは姿勢のせいで上手く伝わっていなかった力が綺麗に剣先まで届き、小気味よい風切り音を響かせる。

 

「離せ」

 

 言われた通りに離れて、彼が剣を振る姿を観察すると明らかに動きが改善している。

 剣先まで力が伝わって初めて、まともにモノが切れるというものだ。

 

「チッ」

 

 また睨みながら舌打ちされてしまった。

 自分より下だと思ってた相手に指導されれば、腹が立つのも当然か。

 

「お前、本当は戦えるのか?」

 

「軽くだよ、そこまでじゃない」

 

 実際は人類でも最高峰の剣の才能があるけど。

 

「本で見たんだ」

 

「今回は許してやるけど……二度と俺に指図するな。俺はひとりで強くなれる」

 

 彼が時折垣間見せる強さへの執着は渇き飢えた獣のような、純粋な向上心とだけは言い表せないものだった。

 

「わかった、もうしない」

 

「ならいい。お前の実力のことは言わないでおいてやるから、それで貸し借りなしだ」

 

 ふんっと正面へ向き直った彼は黙々と剣を振る事を再開した。

 戦えることがバレてしまったが、軽い手助けができただけでよかったと思うことにしよう。

 若干自分も剣を振りたいなという衝動にかられながら、その日は彼の近くで奇跡の練習をすることにした。

 

 

 

 脱出の計画実行日が近づいて来た夜、もう就寝時間も近いというのに訓練場から今日も剣を振る音が聞こえて来る。振り方を教えた日からほぼ毎日練習してるけど大丈夫かあいつ。

 眠る前に様子を確認しようと訓練場へと赴けば、汗だくのままあの日教えた姿勢で素振りを繰り返す野犬くんの姿がある。

 あの日と変わらず、強さへの執着をにじませながら振るっている。執着に突き動かされるように、危うさを孕ませながらも愚直にその動作を研ぎ続けている。

 

 無理な訓練は逆効果だと知っていてもそれを言う気にはならなかった。

 訓練として意味のない行いであっても、本人からすれば必要なことは存在する。

 

「汗くらい拭かないと風邪引くぞ?」

 

「放っとけ」

 

 相変わらずのツンケンっぷり。以前はもう少し温和だったのに、最近は刺々しさに拍車がかかっている。

 

「どうしてそこまでやるんだ?」

 

 聞いたり踏み込むべきじゃないのはわかってる。

 俺は自分のことで手一杯だし、他人の過去は無闇に詮索するべきじゃない。それでも、他者と深く関わることを避け続けて全てを見てみぬ振りをするのは後悔するぞと、心の中の何かが告げていた。

 だから、この日だけは少し踏み込んでしまった。

 

「……」

 

 彼は黙々と剣を振ってこちらを振り返ることすらしない。

 

「逆に聞くけど、お前はなんで生きてるんだ?お前の問いは、それと同じだ」

 

 なんとも痛烈な返しである。つまり、人が自然に生きるのと同様に彼は強さを求めるらしい。

 

「強くならないと、こうやって奴隷なんて他人に指図される存在になる」

 

 自分が余裕なのは、あくまで自分が強いからだ。

 これで脱出することもままならない力しかないなら、少なからずもっと悲観的になっていたと思う。

 

「俺は、一生他人に見下されて指図されるなんて、絶対に嫌だ」

 

 言い終えれば、また素振りを再開して、その剣にはより覇気が込められていた。

 他人に指図されぬように強くなりたい。単純な理由だけど、妙に納得感があった。

 そして、彼はそれを達成できるだけの強さを既に備えてるような気もする。

 

「お前のことも、すぐに超えてやる」

 

 意外な言葉に、少しだけ目を丸くしてしまった。

 以前の事でそれなりに実力があることはバレてしまっていたようだ。

 

「多分お前が思ってるより強くないぞ……でも、そうだな。楽しみにしてる」

 

「ハッ、すぐに吠え面かかせてやる」

 

 自分も努力しなければ、あの執念だとあっという間に追い越されそうだ。

 如何に才能があっても、努力をしなければ意味がない。

 むしろ、彼のあそこまで愚直に邁進できる姿は子供だと言うのに尊敬の念を抱いてしまう。

 

「一個答えたんだから、こっちの質問にも答えろ。お前は何を探してんだ」

 

 ド直球なのが来たな。

 記憶を取り戻す方法なんだが、そんな事を言えば正気を疑われる。

 

「大切な人、だな」

 

 濁した言い方だが、嘘は言ってない。

 まだ生きてるのかすらわからない相手だけどな。

 

「家族か?」

 

「似たようなものだと思う」

 

 ここまで会いたいと願う相手は家族以外では思いつかない。

 まさか俺に恋人がいたわけではあるまい。二十九年間ぼっちなんだからな。

 

「どんな奴なんだ」

 

 素振りを止めた野犬くんはタオルで汗を拭きながら座り込む。

 

 お、覚えてねぇ……というか知らない。

 俺が一番知りたいんだ。どうしてここまで会いたいのか。

 

「覚えてないんだ。昔のことだから」

 

 どうやってそれで探すんだよ、と顔に書いてある。

 そうだよな、俺もそう思うよ。

 

「……見つかるといいな」

 

 こういうところが、やっぱり憎めないなと思ってしまう。

 

 

 

 満月が雲に覆われた夜。俺は藁のベッドから起き上がり、まとめていた荷物を手にしてナイフを足かせへ向けて振るう。

 ナイフで短い線を引くような最低限の動作だが、足かせを切り裂くには十二分な威力を秘めていた。

 自分でも恐怖を覚える技量だ。まだまともに剣の練習をしたこともなければ、ナイフだって振ったことはない。だというのに、身体の一部のように自然に扱える。

 むしろ、身体よりも剣や短刀などのほうが、自分の体に馴染む気さえする。

 

「よし」

 

 今日は以前から計画していた脱出の決行日。

 流石に足かせをナイフ一本で破壊するとは思わない。ということで脱出自体は簡単だ。

 見張りの巡回ルートは把握済みだし、サボり癖がひどいのでろくにチェックもされない。社長、警備には金かけたほうがいいよ。

 

 牢を抜けて月明かりのない暗い石造りの廊下に立つ。視界の先に広がる闇は、自分のこれからが暗示されているような気がして薄気味が悪かった。

 足音を殺して駆け抜け、丁度野犬くんの前の牢を通り過ぎようとした時だった。

 

「───行くのか?」

 

 牢の椅子に腰掛けて、こちらを睨むような鋭い眼光が向けられていた。

 野犬くんの服装は寝間着ではなく、自分と同じような動きやすいラフな格好だった。

 傍らには荷物がまとめられ、腰からはお気に入りの剣が吊り下げられている。

 

 もしかして、野犬くんも脱出する気だったのだろうか。

 

「勘違いするなよ、お前が抜けた後だと警備が厳重になって面倒そうだから今日にしただけだ。それに、お前の手を借りる気もなければ、付いていく気も微塵もない」

 

 一瞬、一緒に来る気かと思ったがそんなことはなかった。

 

「わかったよ、手出ししない」

 

 自分ひとりで抜け出すと言うなら、無用な手出しはやめておこう。

 

「それでいい」

 

 腰からひゅんと素早く剣を抜けば、目にも止まらぬ速剣により見事に足かせと牢の鉄格子を断ち切った。

 

「抜け出すまでは一緒に行ってやる」

 

 ちなみに、今日はちゃんとお風呂に入ったのか濡れた犬の匂いはしなかった。

 

 

 驚くほど簡単に脱出に成功した。

 奴隷商は街の中でも僻地に建てられている事に加え、深夜の街路は月明かりもないせいで本当に暗く誰も通らない。久々に自由を感じるというのに、なんともお祝いし難い雰囲気だ。

 

 特に会話もないまま、俺達は街路を歩き去れば都市の外へと抜け出した。

 この時間に子供二人とあって門番に止められたが、周囲の村の名前を記憶していた為、そこの出身だと偽って事なきを得た。地味に野犬くんがテンパっていたのでひとりだったら危なかった気がする。

 

「頼んでないぞ」

 

「なんも言ってないだろ」

 

 貸しひとつとか言ってやろうか???

 

 なんやかんやと話しながら、別の都市へ向かう草原の獣道を進む。

 結局目指す先は連合国なので、北に大きく進む必要がある。

 

「俺は北に向かうから、ここまでかな」

 

 都市からある程度離れたところで、後ろへ視線を流す。

 立ち止まった野犬くんが、真剣な眼差しをこちらへ注いでいた。

 顔は良いけど、野郎にこんな見つめられても特に嬉しくはない。

 

「ひとついいか」

 

 さっさとどこかに行けと言われるかと思ったが、そうでもないようだ。

 

「最後に、手合わせしろ」

 

 正直、特に拒否する理由はないのだが、承諾するか迷った。

 迷う理由は、自分の力が所詮借り物という負い目があるからだ。 

 

 日々努力を重ねた野犬くんと違って、俺の才能はただ数値を割り振って得たものだ。

 そして、記憶を微かに掠める染み付いた剣術も、以前の俺のものであって今の俺の努力の賜物じゃない。今回の人生で、俺は何ひとつ自分で誇れるような努力も、他人に認められることもしてやいない。

 

 ここで彼に勝っても、俺はなにひとつ誇れやしないのだ。

 

「早くしろ」

 

 野犬くんは予備の長剣を一本俺に投げつけてきた。

 そして、有無を言わさず構えれば、戦意を滾らせて切っ先を向けて来る。

 

「わかったよ」

 

 借り物でも、せめて意味があるように願って俺も剣を抜いた。

 

 

 試合開始と同時に、野犬くんは前傾姿勢で勢いよく駆け出して連撃を繰り出した。

 荒れ狂うような乱打だったが、俺からすればそれらは全て緩慢な動きで、ただ剣を乱雑に振り回しているように感じられた。勿論、以前に比べれば格段に動きの無駄が削られ、力も伝わっている。

 

 スピードもパワーもある。でも、それだけだ。

 剣筋は読みやすく、流されやすい。一振りの間が大きく、剣のリーチに振り回されている。

 必死に繰り出す連撃も、ひとつひとつの動きが繋がっておらず隙だらけだった。

 

 十合程剣を打ち合えば、下から払いあげることで剣を高く弾き飛ばした。

 クルクルと回りながら空へ浮かんだ一振りは、担い手なく静かに草原に突き刺さった。

 

「クソっ!」

 

 跪いた彼は振り上げた右腕を勢いよく地面へと叩きつけて、悔しげに吐き捨てた。

 

 俺には、彼のこの悔しさを正当に受け止める権利すらない。

 だから、誰かと競い合うような立ち会いはしたくなかった。

 今どんな言葉をかけても、彼に対しては侮辱になってしまう。

 ただ、彼が立ち上がるのを待っていた。

 

 失意を漂わせていたはずが、ガバっと起き上がれば刺さった剣を引っこ抜いて肩に担ぎ勢いよく俺へ指を指して。

 

「すぐにお前も地面とキスさせてやるからな!」

 

 夜の草原に響き渡る、心地よい宣誓だった。

 

「ははっ、楽しみにしてる」

 

 なんとなく、気持ちが楽になったような気がした。

 借り物の才能であれ、誰かの目標になれるというなら悪くはない。

 

「付き合わせて悪かったな」

 

「いや、こうして剣を交わせてよかった」

 

「勝って満足そうな顔しやがって」

 

「勝ったから満足ってわけじゃないんだけどな」

 

 勝った負けたに関係なく、勝手に気が楽になっただけだ。

 苦笑しながらも最後に握手を交わせば、野犬くんは剣を鞘に収めて背中を向けた。

 

「俺が倒すまで死ぬなよ……またな」

 

「あぁ」

 

 またいずれ再会するのが当然のような口ぶりだった。

 

「またな」

 

 最後まで見送ることはせず、俺も反対側へと歩みを進め始める。

 先程まで隠れていた月明かりが、眩しいほどにこれからの道を照らしていた。

 

 目指すのは西大陸の中央から少し北に位置する連合国家。

 そこならば冒険者への支援も豊富で、様々な国の最先端技術が集結している。

 直接記憶を取り戻すといかずとも、その手がかりになるものはきっとあるはずだ。

 

 そう、希望を持って俺は踏み出した。

 

 

 はずだった。

 

 

 奴隷商から抜け出してニ週間、街を転々とした逃亡生活だったが俺は今とある場所で絶賛足止めを食らっている最中だった。足止めというか、なんなら死にかけだった。

 数日間ろくな睡眠と食事が取れずに疲労困憊、おまけにこの森の魔物はどいつもこいつも人へ見境なく襲いかかる凶暴なやつばかりで休むこともままならない。

 

「腹……減った……」

 

 空腹感に喘ぎながらも目の前の魔物を斬り殺して先へと進む。

 血で他の魔物が寄って来る。進まずとも離れなければいけない。

 

 あぁ、クソ。いい加減意識が朦朧としてきた。

 流石に一週間飯抜き睡眠抜きはこの身体でも限界だ。

 おまけに霧が異常に濃くて視界不良なせいで、現在地すらわかりやしない。

 

 なんでこんな事になったのか、それは一週間前に遡る。

 

 野犬くんと別れた後、俺は予定通りに連合国を目指していた。

 北上ルートの途中には広大な面積を誇る『迷いの森』と呼ばれる大森林が存在した。

 迷いの森は霧が濃い上に、奥地には『黄金の時代』以前の遺物が眠っているとされる。だが、誰も奥地にはたどり着けないとされる曰く付きの場所。

 

 当然避けるべきだったのだが、広大な面積のせいで避けようとすれば二ヶ月は連合国への到着が遅れてしまう。早く連合国へと辿り着きたいという焦りもあって、強行突破を選択してしまった。

 そうして結果は迷いの森の名前通りに森の中を現在地もわからず彷徨う羽目になった。

 

 本当に馬鹿な選択をしたと思う。それだけ過去を取り戻したい気持ちが、自分でも知らぬ間に積み重なっていたのだと気付かされた。

 

 怪我は奇跡で治せるが、体力は回復できない。

 そして、もう腕を振り上げるだけの体力も残されてない。

 

 調子に乗った選択をした過去の自分を呪いながらも、不思議とこの場に妙な懐かしさも抱いていた。

 

「ついに頭おかしくなったのか……」

 

 過去の自分はここを訪れた経験でもあるんだろうか。

 呆けた思考を回していれば、ついに歩くこともままならなくなり地面に倒れ伏す。

 急がば回れという言葉の重みをここまで痛感することになるとは、思ってなかった。

 

 突然、耳をつんざく爆音が響き渡り、森の中が暗くなった。

 否。それは影だった。巨大な生物の影が、視界を暗くさせていた。

 

 倒れ伏したまま見上げれば、そこにはファンタジーの醍醐味である生き物と目が合う。

 圧倒的な存在感を放つ大きな翼を携え、光沢のある美しい鱗に、地球のあらゆる猛獣よりも鋭い牙を剥き出して獲物を狙う姿はドラゴンに間違いない。

 

「はは……」

 

 もう乾いた笑いしか出ない。この世界で竜種と呼ばれる魔物は、どれもニ級や一級の冒険者でなければ討伐不可能な怪物だ。

 後はもう食われて死ぬだけだ。こんなことであればかかる時間など気にせず迂回すればよかった。

 これだけで十年のロスだ。厄災がどうなるかわからないし、十年もまた彼女を待たせることに───

 

 ドラゴンはこちらへ向けて食らいつこうとした次の瞬間、動きを止めて森の奥を振り返り何かを警戒したかと思えば翼をはためかせて去ってしまった。

 

「またなにか来るのか?」

 

 不自然に静まり返った森の奥から、ひとりの少女が杖を突きながら歩いてくる。

 

 頭の上にちょこんと不釣り合いに大きなとんがり帽子を被った美少女。

 不釣り合いに大きなローブは逆に彼女の露出を増やしてしまっていた。

 儚く夜明けの空に溶け出しそうな白く透き通ったしなやかな長髪。

 白瞳孔に、朝焼け前の夜空にも似た紫の瞳が特徴的だった。

 

 少女は、その朝焼け色の瞳を細めて微笑んだ。

 

「やけに騒がしく、余りに魂が似ていて来てみたのですが……お久しぶりですね」

 

 魂が、妙にざわついた気がした。

 

「誰だ、あんた」

 

 俺の問いに、少女───魔女は悲しげな諦観混じりの笑みを返した。

 

「『永遠の魔女』と、人は私をそう呼びます」

 

 これが俺と彼女の、『永遠の魔女』と呼ばれる不死者との()()だった。

 




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