今、扉の先にはあの傍若無人な女が立っている。
「開けなさい、失礼でしょ」
失礼なのはどっちだよ。失礼度合いで勝負したら初手で戦闘吹っ掛けて、家まで押しかけてくる奴に勝てる気がしない。
そもそもなんでいきなりパーティーなんだ? 一級なら引く手数多なはずだ、こんな薄気味悪い包帯野郎を勧誘する意味なんて微塵もない。
「断る。俺はこれまで独りだったし、思ってるような力になれない」
「あら丁度いいわね、私もいつも独りだったの」
ダメだ、話がまるで通じてない。
選択肢がはいかYesのゲームのチュートリアルかよ。
残念ながらキャンセルボタンは存在しないようだ。
「いい? 私はこれからこの一年で迷宮の攻略を目指すわ。別に独りでも問題ないけど、あれだけ打ち合える実力があるんだから組んであげようと思ったのよ」
「それは光栄なことで」
なんという上から目線。頼むからひとりで行ってきて欲しい……が、迷宮攻略か。もしかすれば悪くない話なのかもしれない。
基本的に迷宮のソロ探索というのは相当な実力者か脳みそがない奴しかできない。何故なら休憩中も自分ひとりで警戒して、本来分担する役割を全てひとりで担うのだから。
以前から仲間がひとりでも増えたら良いと考えてはいたが、傍若無人流星女は注文してないんだよな。
「なんで組みたがらないのよ。最強の私に誘われて嬉しくないわけ?」
「……」
お前が傍若無人で決闘を仕掛けた上に、剣狂いで突然家に押しかけてくる人間だからだと言いたい衝動に駆られる。自称最強が驕りにならない相手に誘われて嬉しい事は間違いないが、生憎と自分は人間不信だ。
「独りが性に合ってる」
「私が行くと決めたら一緒に行くのよ、久しぶりにまともに打ち合える剣士に出会ったんだから。それだけの力があって、ひとりで腐らせるつもり? 許さないわ、そんなこと」
扉越しの彼女の声は強く弾んでいた。期待感に胸を膨らませた子どものように。
こいつは本当に俺の実力に期待しているからこそ誘いに来たんだろう。でなければ、顔面包帯のソロ冒険者を誘おうとは思わないはずだ。
ただ純粋に、俺の力を求めてくれている。以前から稀にあることではあったが、ここまでしてくる相手は初めてだ。流星女の言葉は不思議と胸に響いた。
いい加減、腹を決めるべきかもしれない。
このままではいつまでも人間不信を克服できないし、ここで断ればこんな機会は二度とないだろう。
容姿のことに関しては、この流星女に拘りがある気配はまるでしなかった。初対面であんなに接近されたのは初めてだ。剣には興味津々だが、人の分類は男か女かで判断してそうな気がする。
「わかったよ」
一週間避け続けた結果は根負けであった。それもパーティー加入のおまけ付き。
根負けして扉を開ければ、待っていましたとばかりに胸を張る笑顔の少女が立っている。
今日もその可憐な金髪を靡かせ、憎たらしい程の美少女っぷりだ。
「それでいいのよ。依頼の報酬は半々、報酬の三分の一は常にパーティー資金としてストックね。消耗品や必要な道具の資金は初めは私が出してあげるわ。文句ないでしょ?」
なんか思ったよりまともだった。
この都市には他に一級や俺以外にも二級の冒険者は少なからず存在するはずだ。それなのに何故、俺を誘ったんだろうか。
「それでいい。なんで俺を誘ったんだ? 他の一級や二級の冒険者もいるだろ、『白曜』とか」
「誰それ? 私があなたを誘ったのは、私がこれまで見てきた人の中で私の次に強いから。それだけよ?」
ギルドに滅多に戻らないから優男くんのこと知らないのか。今一番のギルドの売れっ子にして三級昇格も近々控えているのに。
私の次に強いと言われたが、生憎と他の一級の事は知らないのでなんとも言えない。大抵二級以上は自分を含めて我が強い奴らばかりだ。反りが合わないのかもしれない。
「それに……なんでもないわ」
途中で言うの辞めるなよ、気になるだろ。
「なんだ?」
「なんでもないって言ったでしょ、ギルドにパーティー申請しに行くわよ」
結局答えは聞かせてもらえなかった。
「あー……えっと、なんだ。これからよろしく」
いい挨拶をしようと思ったらこれしか言葉が出なかった。完全に長年コミュニケーションを怠ったツケが回ってきている。やっぱりダメかもしれん。
「えぇ、よろしく」
俺のアホみたいな挨拶に振り返った少女は、変わらない笑顔で返事した。
ギルドにパーティー申請を行ったら、かわいい受付嬢さんが感動の涙を流しながら書類を受け取ってくれた。俺がパーティーを組めたことと、ギルドの問題児に遂にパーティーを組む相手が見つかったことが嬉しいとのこと。
残念ながら流星女のブレーキ役は期待しないで欲しい、絶対に止められない自信がある。
「これからどうするんだ?」
「決まってるでしょ? 早速行くわよ」
ですよね。
迷宮の最下層付近まで転移門で移動すれば、連携の確認の為に魔物を探すことに。
流石に初手から未踏破領域まで踏み込むほど馬鹿ではなかった。彼女的にはそれでも問題ないとのことだが、こちらはそれほど心臓が強くないのでその手前からお願いした。
ちなみに、例の後ろに立たれると危険な問題には完璧な対処法があった。
「いつでも斬りかかればいいじゃない、こっちが逆に首を飛ばしてやるわ」
なるほど、余りに完璧なアンサーに俺は涙を流した。
そうして行われた初めてのパーティーでの戦闘はスムーズだった。
二人共剣士という極めて脳筋なパーティーだが、まず魔物が複数体現れても分担して対処できるというのが大きい。実力者なだけあって、入り乱れた乱戦でも自然とお互いの死角をカバーするような立ち回りが完成されていた。
これ、逆に後衛がいたら難しいかもしれない。
案外オール前衛パーティーなんかもありなんじゃないか?なんて考えも過ったが、こいつの実力が異常なだけで普通はこうは行かないだろう。
「やるじゃない」
お褒めいただき光栄だが、逆にどうして今まで独りだったのだろうか。
俺のように特殊な事情があるとも思えない。性格的なこだわりは多少あるかもしれないが、そこまでパーティーでの行動に忌避感があるとも感じなかった。
「どうして今まで独りだったんだ?」
「弱いから。みんな弱いからよ。弱い人を隣に置いたってしょうがないでしょう。足手纏いは面倒くさいだけだもの」
その言葉を語る彼女の姿は、これまでの傍若無人なものと違い何処かこの少女の過去や経験した痛みが秘められている気がして、それ以上追求する気にはなれなかった。
誰だって触れられたくない過去はある。俺も家族のことや、容姿のことを誰かに話したいとは少しも思わない。
俺の傷には触れないでくれ。俺も、お前の傷にも触れないから。
「そうか」
「その点、あなたは簡単に死ななさそうだから、丁度良かったわ」
「だからってこんな不審者を誘うか?」
この世界で誰かの不必要な感傷に触れれば、いつか後悔する。この世界に生きているという実感は、どうしたって自らの足を止めてしまう。
家族と、村での一件で痛いほどにそれを味わった。
俺の目的はあくまで厄災を止めて、生き返って家族が待つ現代日本へ帰ること。
「別に、顔が包帯だろうが化け物だろうが、首なしだろうが気にしないわよ」
なんとも、彼女らしい言葉だった。
二人のパーティー結成記念探索は無事終わった。
最下層付近は以前から探索したこともあって通用するのはわかっていたが、流星女に関しては被弾ゼロで本当に俺の手が必要だったのか疑わしかった。
もう全部あいつひとりでいいんじゃないかな。
「私達、結構良いパーティーになると思わない?」
「おも……う」
危ない、口が滑りかけた。
思わないとか口走ったら裏拳で殴り飛ばされそうだ。
「そ、同意見ね」
探索自体は無事に終わったのだが、終わった直後に何故か模擬戦を挑まれた。
キャンセルボタンがぶっ壊れていたか、選択肢がはいかYesしかなかったので受けるしかなかった。
多分壊れているのはあの女の脳みそだろう。
無論ボコボコにされた。ひどい。
「結局パーティー組んだんですね」
ボロボロになった身体をギルドに駐在する治療師に直して貰いながら優男くんと話していた。
以前の酒の席で妙にわかった風だったが、さてはあの流星女がパーティーを誘いに来るのを察していたな?
先輩が犠牲になるとわかった上で放置とは、後輩の風上にも置けない野郎である。
「わかってただろ」
「まあ、なんとなく」
助けてくれよ。
「無理です」
心の声が漏れていたみたいだ。
そりゃそうだ。
俺も優男くんが流星女並の厄介物件に目をつけられれば裸足で逃げ出す自信がある。
「なんでわかったんだ?」
「なんとなくですよ。確信があったわけじゃない。でも、あの人は誰かと接したいと思っていたみたいですし、あの人の目には先輩への期待感とか、そういうものがあったので」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
どうにかしてあの流星女をいい感じに押し付けられないかな。
「僕に押し付けようとか考えないでくださいね」
こいつ、前から思っていたがたまに思考盗聴してくる。
頭にアルミホイルを巻いたほうが良いかもしれない。
「僕は先輩より弱いですし、あの人のお眼鏡に叶わないと思うので諦めて犠牲になってください」
「犠牲って言うな」
優男くんは相変わらず人の考えがそのまま読めているのではと思うほどに鋭い。
冒険者じゃなくて占い師とかの方が向いているんじゃなかろうか?
「先輩、頑張ってください」
畜生。
パーティー結成から早くもひと月が経過した。
「なんでそんなにお前は剣が好きなんだ?」
日課になった模擬戦の最中に何の気なしに興味本位で聞いてみる。
彼女は本当に剣を愛している。休日は剣の手入れで一日を終わらせてしまう程度には、剣というものそのものを愛していた。まあ、傍から見たら数十本もある剣の手入れに一日をかけて休日を消化しているのは中々に狂気なわけだが。
「なんでもなにもないわ。剣が私を愛するなら、私は剣を愛するわ」
返ってきたのはそんな返事だった。哲学の香りを感じないこともない。
彼女の剣への愛がその才能を花開かせたというのなら、俺の愛情は確かに足りなかっただろう。毎日血の滲む努力を重ねて来たが、あの狂気を前にしたら大したことはない。
「剣がお前を見放したらどうするんだ?」
「さあ、その時は私も剣を手放すかもしれない。でも、そんな事はありえないわよ」
「確信があるんだな」
「剣が私を愛してるんだもの」
俺はその電波発言を最後に柄で横殴りにされて倒れた。
目が覚めれば、暖かい夕日が差して一日の終わりが近付いていることを知らせている。
どうやらベンチで寝かされていたようだ。あの女は律儀にも待っていたらしい。
「あなたは、どうして剣を握るの」
「必要なことだから」
俺が選び取った手段が剣だっただけだ、魔法の方が効率が良いのなら魔法を。奇跡でも呪術でも、槍でも弓でも使ったさ。必要なのは厄災を止めることができる力だけだ。
それでも、個人的なこだわりとして剣は好きだ。格好いいから。
「冷めてるわね」
「それ以外あるか? 戦いの道具を握る理由なんて。誰だって、戦いたいから戦ってるわけじゃない」
「なら、今あなたがパーティーにいるのも、ただ必要なことだから?」
横になったままの俺を、隣のベンチに腰掛ける彼女の太陽の如き赤い瞳が見つめる。その瞳には、微かに非難の感情が込められている気がした。
夕日に照らされる彼女の黄金の髪が、最後の陽の光により美しく彩られている。
随分とドラマチックなシーンだが、生憎と相手は
「多分な、不満か?」
「いいえ別に。冒険者なんてそんなものでしょ、私も私の為にあなたを利用してるだけよ」
数週間付き合ってわかったが、彼女は嘘が苦手で正直だ。
逸らされたその目には、若干の期待や恨みが込められていた事も察せられた。
でも、それに付き合ってしまえばこちらが駄目になる。
「なんで俺だったんだ?」
正直、聞いた限りで周囲の一級と俺の実力がそこまで離れているとは思わない。周りに置いても死なないだけを条件にするなら、他にも該当者は多かったはずだ。
それなのに、俺が選ばれた。
「勝とうとしたでしょ」
「は?」
「あなた、私に勝とうとしたでしょ」
誰でも、勝負を挑まれたなら勝つ為にやるだろう。
流石に最後は勝ちを狙うのは無理だと思って相打ちを狙ったが、力の差があるからと最初から負けを受け入れて戦うのは好きじゃない。
「誰だって勝とうとするだろ」
「馬鹿ね。しないわよ」
隔絶した実力者を相手に、剣を手放したくなる気持ちはわかる。それをしてしまえば、諦めてしまえばそれで終わりだ。
「誰も、私に勝とうとしないわ。知ってる? そろそろ一級じゃなくなるそうよ、私」
一級でなくなる。それはつまり、階位冒険者になることを意味している。文字通りの生きる伝説としてこの女の名前は未来永劫刻まれるわけだ。
歴史上でも数十人しか存在しない階位冒険者に十代でその名を連ねる。
言葉にしてみれば理解を拒む内容だ。
「おめでとう?」
「ありがと。で、あなたは勇者と同列に扱われる存在に挑んでるわけよ」
言われると無謀な戦いのような気がしてきた。
伝説の勇者は常勝無敗、その一太刀は山を砕き海を割ったとかなんとか。そんな風に語られた存在と同列に扱われる奴に勝負を挑むのは、おかしな話だ。
「確かに馬鹿かもな」
それでも、これは現実だ。ゲームの負けイベントじゃない。
敗北を最初から受け入れた戦いなんてごめんだ。
「だからよ。だから、私はあなたを選んだの」
先程までの不機嫌は何処へやら、頬杖を付いて語る彼女は少し楽しそうだった。
この女は、出会ったばかりの俺に何を期待しているんだろうか。
「何もできないぞ」
「別に、何も期待してないわ」
言葉を口にする彼女の姿は、哀愁と孤独に満ちていた。
「これは期待なんて呼べるものじゃないから。夢を見る事を、人は期待とは言わないでしょ?」
日が落ちて夜の闇が満ちる中、影が差した彼女の哀しみを綯い交ぜにした笑顔。それが不思議と目に焼き付いて、気に入らなかった。
パーティー結成から数ヶ月、最下層を探索して戻ってきては流星女にボコられる毎日が続いていた。俺はこの世界でも最高クラスの剣の才能の持ち主のはずなのにまるで流星女に届く気がしない。
この前久しぶりにパンツ作戦をしたら隙を作るのには成功したが、その後念入りにボコられた。解せぬ。
パーティを組んでから、以前より格段と人と関わるようになった気がする。流星女もそうだが優男くんや、治療院の人、他のギルドメンバーとも話をする機会が増えた。
流星女は出会った当初は傍若無人な面が先行していたが、理解不能な怪物などではない人なりの弱みや悩みもある普通の少女な面もある。思った以上に彼女もひとりの人間なのだとわかった。
良い傾向だと思うと同時に、自分が着実にこの環境に馴染んでしまっている気がして後ろめたさを感じた。
自分という異物がこの世界に馴染む違和感。女神曰く全ての人間は輪廻転生を迎えるらしいが、俺だけはその輪から逸脱している。
いつかその輪に戻るとしても、厄災の根源を断つまで俺は記憶を保持して都合の良い
その事を考えるだけで、他人と関わっている自分に寒気がした。
心の何処かでゲームとしか捉えていない癖に。
そんな心が態度や表情に現れてしまったのか、ある日──
「あなた、最近暗いわよ。迷宮に潜るのが辛いなら、しばらく休んでもいいわよ」
「いや……」
「じゃあなによ?」
模擬戦の最中、こちらの表情など包帯越しで何もわからないにも関わらず心配されてしまった。
それほどまでに態度に出ていただろうか。表情もわからないのに優男くんといいこの流星女といい、妙に鋭いところがある。
「なんでもない」
「なんでもないわけ無いでしょ」
「なんでもない」
心配されても、同じ言葉を繰り返してやり過ごす。
これ以上他者を心に踏み込ませる事が、恐ろしかった。
流星女とこれ以上関わってしまうのは、今の自分が変わってしまう気がして自然と距離を置こうとしてしまう。
「なにかあるでしょ」
「だから、なんでもない」
暖簾に腕押し、意味のないやり取りを繰り返していたその時。
イラッ。そんな擬音が聞こえてきそうなほどに、彼女の顔は苛立ちに歪む。
煮えきらないこちらの態度に限界が来てしまったようだ。
「これでも仲間でしょ、心配して悪いわけ? 別に話したくないなら無理に聞かないわよ!ただ、あなたがそんな調子で弱くなって足を引っ張られたら困るのは私なのよ!」
まさかこれほどまでに怒られるとは。
「悪かった……」
人に怒鳴られるのは、随分と久しぶりな気がした。
「はあ……まあいいわ。今日はここまでね」
「悪い」
何を言っていいかわからず、ただ謝罪の言葉を口にしてしまう。
「謝るなら理由を喋るか元気出しなさいよ。あなたがそんな態度じゃこっちがやりづらいじゃない」
流星女には悪いことをしたと思う。だが、それ以上に恐ろしい。結局、今重ねている時間もいずれは数ある人生のひとつになってしまう。
それに意味を見出すことを、あとどれだけの間できるのだろうか。
しばらくの休みを流星女から通達された俺は久しぶりに図書館を訪れていた。
文字に囲まれた環境は考え事をするのに丁度良い、みんな静かでゆっくりと考えに耽ることができる。
個人的にはゲームをしながら考え事をするのが最高なのだが、残念ながらこの世界にゲームはない。昔のことを思い出すと、せめてソシャゲでいいから触りたくなる。
考え事をするのに丁度良いとは言ったが、実際のところ俺が周囲に対して罪悪感や異物感を抱く理由は既にわかっている。
それは、周囲が輪廻転生の輪の中で一度限りの人生を謳歌しているのに対して、俺はひとりだけ別種のルールに従って生きなければならないこと。
周りが一度きりの人生に対して自分だけは、唯一やり直しが効いて諦められるリセットボタンがあること。そこに後ろめたさやズルさ、人とは違う恐怖を感じている。
あれだけこの世界と向き合って生きると誓ったにも関わらず。きっと俺は未だに、この世界を心の何処かでゲームとして捉えている。
それにも関わらず他者と普通に関わり合い、笑顔で過ごす。
自分だけ違うのに。気味が悪い、そんなことは。
この数ヶ月で迷宮の未踏破領域の探索も共に行い、幾度か死線も乗り越えてきた。
悪くない信頼関係だったとは思う。でも、そろそろ潮時なのかもしれない。
資金も十二分に溜まって、一級の昇格も近い。最初は剣を手放したくないだとか、色々な理由をつけてパーティーを組んでいたが、その必要性も薄れてきた。
これが逃げの感情だとわかっていても、今は向き合う勇気がなかった。
パーティー解消の相談をしに行こうと、休日はどうせ訓練場で剣を振っているであろう彼女を探すことにした。
ギルドを探しても、珍しく彼女の姿はなかった。代わりに、三級に昇格した優男くんの姿があった。
彼は女の子に囲まれて胃を痛そうにしていたが、こちらに気が付けば駆け寄って来る。
そろそろ、夜道に気を付けたほうが良いかも知れない。
「先輩どうも。ひとりなんて珍しいですね?」
「そうだな」
言われれば、最近はずっとパーティーで行動していることが多かった気がする。ひとりでギルドにいるなんて、数ヶ月振りだろうか。
「ひとりなのってもしかして、喧嘩でもしました? 悩み事ですか」
なんで、どいつもこいつも鋭いんだ。
「まあ、そんなところかもな」
「パーティー解散しちゃうんですか?」
やっぱりアルミホイル買ったほうが良いか。
多分、こいつが異常なまでに女にモテるのは相手の考えを察する能力と、それに対する対応能力が突出しているからなんだろう。自分の些細な悩みにも気づいてくれて、率先して解決しようと動いてくれるイケメンがモテない訳がない。
「それはまだ……」
決めたわけじゃない。そこまで言いかけて、自分の言葉と行動が酷く矛盾してる事に気が付いた。
「そうですか。まだ決めてないなら良かったです。あの人と組んでから、先輩は凄く楽しそうでしたから」
「俺がか?」
毎日振り回されて、模擬戦に付き合わされて、楽じゃないことばかりだ。それでも、確かに悪くない日常だった。だからこそ、手放すのが惜しく感じてしまっている。
「決めるのは先輩の自由ですけど、お互い孤独なつもりになってる同士、ちゃんと話してみてもいいんじゃないですか?」
「話すって、一体何を」
自分が転生を繰り返すことか。あるいは、前世の記憶がある異物であることか。
どちらにしても、この世界の人間に吐き出せる内容ではない。それに、あくまで俺と流星女はビジネスライクな関係だ。腹を割って話すような関係性じゃない。
「なんでも。お互いのことを知ろうとしないと、何も始まらないですから。それに、逃げてばっかりじゃいつか後悔しますよ」
「そんな事はわかってる。それに、逃げてない」
これが逃げだってわかっている。
でもだからといって、どうしようもないだろ。
「人生は一回しかないんですから、たまには勇気を出してみてもいいんじゃないですか?」
人生は一回しかない。そうだろうな、お前達はそうだ。
だが、自分は違う。この人生が終われば、また次の人生が始まる。
厄災を討伐する為に生まれ直し、今を過去にしてしまう。
そしていつかは、積み重なって振り返ることすらしなくなる。いずれは振り返ることすらやめてしまう今に、どれだけの価値があるだろうか。
……それでも、確かにこの人生は一回だけだ。
あの村で生まれて、傷つけられて、母さんを傷つけて、剣を練習して、顔を焼いて村を出て、優男くんと出会って、苦労しながら階級を上げたと思えばいきなり決闘を仕掛けられて、それでなんでかわからないけどあいつとパーティーを組む。
そんな人生は、何度命を繰り返そうとも一回限りだ。
結局、自分は無関心なままで生きられない。
閉ざしたはずのものは、あの女に強引にこじ開けられた。
「……」
「僕は先輩の真っ直ぐに言葉を受け止めてくれるところ、結構好きですよ。応援してますから、頑張ってください」
悩んでいた俺に優しく笑えば、優男くんは背中を叩いて戻っていってしまった。
パーティーを解散するにせよしないにせよ、ちゃんと話し合った方がいいかもしれない。数ヶ月一緒に過ごしたにも関わらず、俺はあいつのことを何も知らない。
あいつも、俺のことは何も知らないだろう。
行方不明のパーティーリーダーを探して数時間、彼女は都市を一望できる丘の上で静かにひとりで剣を振っていた。
型はない、彼女は自由に剣の軌道を描いた。時に荒々しく、時に舞い踊るように、時に鋭く冷徹に、そんな風にただ愚直に剣を振る。
彼女は練習というものを殆どしない人間だった。あっても、ほぼ実戦に近い模擬戦ばかり。だから、今まで気が付かなかった。
ひとりで剣を振る時の彼女は、こんなにも寂しそうに剣を握るのだと。
寂しそうに剣を振る彼女の姿を見て、不思議とその姿をまた気に入らないと感じた。
あれだけ傍若無人に振る舞う癖に、似合わない。
「覗き見なんていい趣味してるわね」
こちらに気が付いて、剣を収めながら歩いてくる。
その姿はいつもと何ら変わらないが、纏う雰囲気には先程の孤独が漂っていた。
「偶然だ」
「ふぅん、で。どうしたの?」
悩みを話す気にでもなったかしら、そう言って勝手に隣に腰を下ろした。
「……少しだけ話してみてもいいかもしれないと思ったんだ、お互いのことを」
「別に、私から話すことなんてないけど」
「俺だけ話すのは不公平だと思わないか?」
「思わないわ。あなたが話したいなら話せばいいもの、私はそれを聞いてあげる」
優しいのか優しくないのか。
こっちの心配はする癖に自分のことは知られたくないんだろう。
「お前の悩みを言い当ててやろうか」
「……殴るわよ」
「お前は、結構寂しがり屋だな?」
なんとも、わかりやすい奴だ。
こいつはこれまでずっと、孤独でいた理由を周囲が弱いからだと語った。
でも、本質的には違う。
弱いからではなく、他者を近付けて弱い他者を失ってしまうことを恐れている。その上で、孤独を嫌い、他者との関わりを求める。自分が隔絶した才能で他者との隔たりがあることを理解しても、それを乗り越えて接してくれる相手を望んでいる。
届かずとも同じ様な力があり、勝とうという気概を秘めて何度でも挑んでくる。
だから、俺だったんだろう。
こいつは、随分とわかりやすく示していた。
「……うるさい。私は弱いやつに足を引っ張られたくないの、弱いやつなんていらない。あなたも、弱くなったらいらないわ。誰も彼も、置いていってしまうから。最初から追いつけもしないなら、誰も追いかけてなんてくれないのよ」
そっぽを向けば、夕日が生み出した陰影がより濃く顔に影を作っていた。
「あなたのことも、どうせいつかはおいていくわ」
俺はこいつを孤高な人間だと解釈していたが、それは違った。
ただ、孤独なだけだ。十七歳で階位に至ってしまうほどに強いだけで。
俺の孤独が容姿により生まれたものだとすれば、こいつの孤独は強大すぎる力により生まれたものだ。俺は自分の判断で、自業自得だ。
こいつは違う。ただ純粋に剣が好きで、強すぎるというだけで孤独になってしまった。
「前に期待と夢がどうのって言ってただろ?」
今ならあの言葉の意味がわかる。
期待とは、現実的なものに対して使う言葉だ。だから、自分に追いついてくれるかもしれないなんて幻想は夢としか言えなかった。期待するには遠すぎて、夢としか表現できないから。
──心底、腹が立つ話だ。
「その内、夢から期待に変えてやるよ」
指を指して、宣戦布告する。いつかお前を越えてやると。
「やっぱり馬鹿ね。あなた」
そんな荒唐無稽な言葉に、少女はくすりと笑った。
「なら、今度は俺の悩みを教えてやる」
「別に聞いてないけど」
こいつは俺をパーティーに誘う時に拒否権を使わせてくれなかった。だから、今回の話のこいつの選択肢ははいかYesでもいいはずだ。
「俺は、自分の顔が嫌いだ。普通、自分の生まれは選べないだろ? でも、俺は選べた。選んだ上で、自分の浅はかさで家族を苦しめて、自分自身もこの姿に苦しめられた」
自分の心の内を明かせば、それだけ相手との距離は縮まる。
そうなれば、俺はまたこの世界に生きている実感をより強く持ってしまう。
「だから、俺は自分の姿が心底嫌いだ。鏡に映るだけで、呪い殺したくなる」
それでも──
「この最悪な見た目のお陰で強くなれた。それがお前との巡り合わせを生んだなら、悪くないと思ってる」
随分と久しぶりに焼けた肌が外気に触れる感触は、微かに気持ち悪さを感じた。
「思ってたよりはマシな顔ね。私の前以外では隠しなさいよ、酷い顔だから」
こっちが覚悟を決めて自分の顔を晒したのにひどい感想だ。
笑顔を浮かべている事から、少しはこいつの悩みも払拭できたのかもしれない。
俺自身も、また向き合うことが増えてしまった。
けれど今は、それでいいのだと思う。
「よしっ!」
隣に腰掛けていた少女は起き上がり、剣を手にした。
「今から迷宮行くわよ」
前言撤回、やっぱりよくない。