昨日に引き続き昼食やおやつ、あると便利なレインコートなどを準備して、
今回はエリンも一緒にダンジョンへ向かいます。
今日の昼食はミィナのリクエストでホーンラビットの唐揚げラップサンドです、
何故かタウンハウスと同じく別邸でもラップサンドが流行ると言う…。
そして同行するエリンは動きやすそうな私服で冒険者風スタイル、
魔法使いの杖は冒険者ギルドで売ってる一番安い杖だ。
急遽決まったことだから間に合わせになってしまった、申し訳ない。
昨日は七階だったけど今日は八階に行きます、メイの適正が八階だからだ。
エリンはメイとレベルが近いので共にレベルが上がるだろう。
メイはウィルが付き添ってエリンにはリックが付き添い、
なんとかずっこけることなく無事に到着できた。
ちなみにミィナは身軽で運動神経も良いのでこける心配は少ない。
八階に来てもやっぱり足場は悪いし霧も発生している、
マーマンの色違いが出てくるなど七階までとは若干変化していた。
「よし、この辺りでいいだろう、エリン足場を頼めるか」
「はい!」
ウィルが周辺の低い木々を薙ぎ倒して広場を作り、
視界を確保するためにリックが木の上に待機。
エリンが呪文を唱えて大きな土の壁を作りそれを倒して足場にする。
「おおっすごくしっかりしてる」
幸いなことに雨は降っていないから足場は濡れてないし滑る心配もない。
「エリンありがとう!」
「とんでもございません!お役に立てたのであればここで死んでも本望で 」
「メイ、2時の方向だ」
言いすぎな部分もあるけどエリンは本気で泣いて喜び、
エリンの言葉にリックが被せる。
リックが言う2時の方向に視線を向ければマーマンがまとまっている、
本当はまとめて一気に倒したいけれど、一体だけ誘き出すのは難しそう…。
「任せろ、メイは手前の奴から狙え」
「分かった!」
ウィルが言うや否や走って回り込み後方のマーマン達の足を氷魔法で凍らせた。
まずは一体を倒して次、足が凍っているマーマンに目掛けて槍を投げる。
一体ずつなので時間は掛かるけど確実に倒すにはこれしかなかった。
強い全体魔法が使えれば良かったのに…贅沢は言えない、無い物ねだりだ。
メイが一体ずつ倒している間にウィルが別の場所からマーマンを誘き寄せ、
同じ要領でメイが槍でトドメを刺していく、
そしてマーマンからドロップした魚や素材をリックとミィナが回収してくれた。
これもひとつの連携プレイなのだが、トドメを刺すのがメイだけなので、
やっぱり一気にレベル上げと言う訳にはいかなかった。
メイは周りの仲間に助けて貰っているから文句は言えないし、
ウィル達も特に文句はないのだけれど、レベルの上がり方が思ったより悪い。
そろそろ昼になると言うのに目標である60にはまだ遠かった、
着実に魔物を倒しているにも関わらずメイのレベルは58になったばかり、
エリンも55になってはいるしこのまま続けていれば夕方には60になるだろう。
しかし…同じことの繰り返し、ちまちまと倒しているため誰もが飽きてきていた。
「あーもう!気が狂いそうだぜ!」
単純作業を繰り返すのは人間誰でも飽きてくる。
「十階に行っちゃう?」
ぶつくさ言うリックに便乗してミィナまで溜息交じり。
本当にすみません…メイは申し訳ない顔で俯いてしまう。
「丁度昼になるし、昼食を取ったら十階に行ってみるか」
エリアボスを倒せるかは分からないが、ダメそうなら引き返せばいいのだ、
何事もやらずに諦めるよりも、ちょっとでもいいからやってみて損はないだろう。
お昼のラップサンド(ホーンラビットの唐揚げ)を食べつつ、
いつものポテサラや野菜たっぷりポトフも一緒に、
ウィルが淹れた食後の紅茶を飲んで腹ごしらえ。
八階から十階まではゆっくり進んで確実に一体ずつ倒しながら、
素材も豊富だからきのこも一緒に摘みながら行くことになった。
「これで薬がいっぱい作れるの?」
「うん、今まではポーションばっかり作ってたけど、
今回は薬がメインになるかな」
きのこを掴んで嬉しそうにしているミィナ、
食材だと分かっていると摘むのも楽しいようだ。
「メイの作る薬は特別だぞ、錠剤にするのは基本的に難しいからな」
「そうなの? 他の調合師は面倒な作業が増えるのかな」
「そもそもポーションは煮込んだり濾したりした液体で、
薬は更に乾燥させて錠剤にする、そのため手間が掛かるんだ、
何より効能もポーションとは異なる」
そうか、だから内臓系に効く薬ばかりだったのか…。
ポーション系も飲んだりするけど体力回復や疲労回復がメインで、
風邪や内臓疾患には錠剤の薬が効果的らしい。
なにより薬は粉薬もあるけど殆どが錠剤で、
ポーションを作るより手間が掛かるせいで数が少なく、
あまり出回らないから余計に高価になる傾向だそうだ。
だいたい貴族が買い上げてしまうので高値になるのも頷ける。
だから冒険者ギルドで売るよりも貴族や王族に買取をお願いするために、
ウィルに口利きしてもらってアルバート公爵家で買取と言うことになったのだ。
ゆくゆくは上級ポーションと万能薬も王家…と言うか、
王宮騎士団に納入してもらいたいとインテからお願いされている。
そんな訳で、今後は公爵家を通して王宮に卸すことになりました。
アルバート公爵家は手広く事業を展開しているので、
メイの作り出すポーションや薬も扱うようになり、
益々発展するだろうと当主のアレクからお礼のお手紙を頂いた。
リオンさんとインテさんからは直接お礼を言われて恐縮です。
いよいよ九階と十階の間にあるセーフティエリアに到着しました、
装備の確認をして十階に足を踏み入れます。
先にリックが偵察に出て辺りを【看視】でサーチしてもらい、
エリアボスがどこに居るのか、周りの雑魚はどの程度居るのか把握。
戻ってきたリックと共に進みまずは雑魚を片付けていく。
七階で見たマーマンだけじゃなくエイの化け物みたいな魔物など、
様々なタイプが居るものの、やっぱりドロップするのは魚ばかり、
もっとバリエーションが増えてもいいのに…美味しいからいいんだけど。
ドロップする魚以外には倒した魔物の魔石もあるけれど、
小さなアクアマリンしか落ちないから気が滅入りそうだ。
ぬかるんだ足元も、霧の掛かった視界の悪さも、じめっとした湿度の不快さも、
ここまで来たら不人気なのも分かる気がする。
「左前方30メートルにボスが居る」
リックの声に皆で足を止めた。
まさか【看視】でそこまで見えるなんて。
ウィルやメイ、ミィナも【看視】スキルは持っているがせいぜい半径10メートルだ、
リックは特殊スキル【隠密】の恩恵を受け【看視】のエリアが広く、
最大で半径50メートルの範囲をサーチすることができると聞いた。
「ちなみにボスは7メートルくらいのサハギンだ」
「さはぎん?」
「マーマンのでっかい奴」
うわぁあっ一発で倒せない奴じゃん。
「でっかいなら食べれる?」
ミィナの素朴な疑問にリックだけでなくウィルまで顔を顰めた。
「あれを食べようって思うのお前だけじゃね…」
「なんで!? オークだって食べれるのに!」
言われてみればそうだな…人型なのは変わらないのに何故だろう。
やっぱりミィナの基本は食べられるか食べられないか…らしい。
はっきりしてていいと思うよ…。
「どうやって倒そうか…ウィルに足元凍らせてもらうべき?」
「動けないようにした上で俺が削ってもいいが…」
ウィルがメイとエリンを一瞥して考える。
十階のエリアボスはメイとエリンよりレベルが高く70だ、
しかしサポート無しで倒せないことも無いと思う。
危険が迫れば守ればいい、何事も挑戦だ。
「俺の毒だけで良くないか?」
「それもそうだな」
ウィルが削ってしまうと一発で倒してしまう可能性もある、
毒であればじわじわHPを削るので丁度良いだろう。
「ここはメイとエリンの二人で協力して倒してもらおう」
「わ わたしとメイ様だけで…っ!?」
おどおどしながら震えるエリン、戦闘が苦手だから足場作りしかできないのに。
「リックが毒を掛けてくれるから大丈夫だよ、
いざとなれば逃げればいいんだし、やってみよう!」
ね!とメイがエリンの肩を優しく撫でる。
エドガーみたいに補助魔法があれば楽だっただろうけど、
援助無しでやれるところまでやってみよう。
「私が攻撃するとバレて反撃されると思うから、
リックが毒を掛けたらエリンが土壁でサハギンの視界を塞いでみて」
「えっと、サハギンは7メートルですよね…と言うことは、
10メートルくらいの壁を作れば大丈夫ですか?」
うーん、と二人で考える。
「あ、じゃあさ、筒みたいにできない?」
「筒…?」
メイの提案にエリンが首を傾げる。
「そう!土壁の筒でサハギンを囲っちゃえばいいのよ、
逃げられないし反撃もできなくなるよ!」
足止めにはいいかもしれないが、じゃあメイはどうやって攻撃を…?
未だにキョトンとしているエリン。
「エリンに筒を作ってもらったら、もう一度同じ高さの土壁を作ってもらう、
私はそれに乗って筒のてっぺんに乗って上から槍を投げる、どうかな?」
「なるほど!分かりましたやってみます!」
やっと理解したエリンは拳を握って気合を入れる。
作戦を立てた上でゆっくりとサハギンに近付き、
湿地帯特有の低い草木に隠れながらリックがサブスキルの【忍び足】で近付く。
まだこちらに気付いていないサハギン、エリンが呪文の詠唱に入る。
そろそろか…と言うタイミングでリックが飛び、
サハギン目掛けて毒魔法が掛かったダガーを振り下ろした。
リックが離れた瞬間にエリンが土魔法を放つ。
「《Ⅱ・アースウォール》!!」
エリンが叫ぶと同時にサハギンは土の筒に囲まれ身動きが取れなくなった、
メイも駆け出し第二のアースウォールが作り出され、
タイミングよくそれに乗って一気にてっぺんへ。
筒の厚みは1メートル弱、乗れないことはない厚みで、
一応メイが乗ることを考えてお立ち台みたいな形だった。
メイは筒の淵に乗っかり囲まれてるサハギンを見下ろし槍を構える。
毒の効果でじわりじわりとHPが削られていくサハギン目掛けて、
まずは試しに一発ぶん投げてみた。
「いけー!」
身動きが取れずあたふたしてるサハギンの肩を貫いたが致命傷には至らず、
動けないサハギンは怖くないので今度こそ頭か胸を貫きたい。
(首を刎ねれば綺麗に倒せるかな?)
もしかしたらオークみたいに食べられるかもしれない、
食べられるならミィナが喜んでくれるかな。
しかし槍で首を刎ねるのは難しい、貫くだけでは致命傷にならないかもしれない。
あんまりに槍を投げすぎるとズタズタになって肉どころではなくなる。
サハギンの叫び声が辺りに響いて耳が痛い、
適正レベルに近いメイとエリンだけでボスを倒したい。
いちかばちか。
「神域の眼」
メイが小さく呟く。
土壁の上に居るメイの声は下に居る誰にも聞こえていない。
じっくり見れば弱点が見えるかもしれないと期待したのだ、
やはり一発で倒すには頭か心臓を狙うしかないようだ。
そして見えてきた他の弱点。
(そうか、もしかしたら…!)
メイは槍を手に持ちながらイメージを膨らませる。
頭の中で考える、風の塊である気体にエネルギーを加えて、
更に脳内で圧縮してどんどん大きくしていく。
風を捏ねるだけじゃなく圧縮して加速させて…。
イメージとしては大量の静電気、だって濡れてるってことは電気が良く通るでしょ。
「静電気って魔法だとなんて言うのー!?」
槍を杖の様に使いメイは叫びながら『それ』をサハギン目掛けて放り投げた。
バチバチと嫌な音を発て不安定な電気みたいなまさしく静電気、
サハギンは静電気魔法(仮)を受けて痺れてしまい動けなくなった、
毒を受けてメイからの一撃も加わっているサハギン、
静電気魔法(仮)で更に永続でじわじわとHPが減っていく。
毒と別の種類の魔法が同時に掛かったことでHPの減りが早い。
その隙にメイが再び槍を構える、狙うは頭、当たってくれ!
力の限り勢い良くぶん投げたグングニルは閃光の如く、
至近距離から伝説の槍が飛んできたら誰だって避けられない。
断末魔の悲鳴を上げながら息絶えたサハギンを見下ろしメイは腰が抜けてしまった。
(倒した…よね?)
静電気魔法(仮)のせいで眩暈がする、魔力を使ったからだけじゃなく、
頭の中でイメージを膨らませたことで気疲れしたらしい、目が回る。
へろへろと座り込んだところでエリンが土壁をゆっくりと地面に戻す。
「メイ!大丈夫か!」
駆け寄ってきたウィルに抱き締められて危うく卒倒しそうだったけど、
メイはそれどころじゃなくて息を切らせウィルに縋り付いた。
「つかれた、もううごけない…」
言った傍からウィルがメイを横抱きにしてセーフティエリアに走っていく、
取り残された三人はびっくりして言葉を失ったけど、
一番に我に返ったリックがドロップ品を確認し、
サハギンをその場に残して二人を追い掛けた。
体力消耗が激しく意識を失ったメイを横たえて、
ウィルはマントを外しメイに掛けてあげる。
しばらく休ませれば大丈夫だと思うが…。
メイの意識が無いという衝撃にウィルは若干恐ろしくなる。
遅れてやってきた三人に気を使う余裕も無い。
「レアドロップがあったぞ」
リックが言いながらウィルに差し出したのは珍しい宝石が付いた指輪だった。
青と紫を混ぜたような、夜明けの宝石タンザナイトである。
十階のエリアボスだから特殊効果は低く防御が少々上がる程度だが、
不人気のダンジョンのアイテムはあまり出回っていないので珍しい品だ。
しかもタンザナイト自体が希少で貴族が欲しがるだろう。
「ミィナとエリンはメイを見ててくれ、
俺とリックで解体してくる」
「うん!」
ミィナの良い返事を聞いてウィルとリックは再び十階へ。
「ウィル、さっきのメイが使った魔法ってなんだったんだ?」
ぬかるんだ地を歩きながら問い掛けられウィルは無言。
「別に隠し事とか秘密とか、そういうのは構わねーけど、
せめて戦闘に関してだけは教えて欲しかったぜ」
そうすれば作戦も変わってきただろうに。
「俺も初めて見たんだ、雷なんて使える人間が居たことに驚いてる」
「…やっぱり雷だったんだな」
実は雷を操る魔術師は少ない。
そもそも雷の仕組みがあまり解明されていないので、
風を操れば雷も操れるかもしれないという可能性までしか分かっていないのだ。
とは言え、自然界の雷や、魔物が使う雷など目にする機会は少なくない。
人間が魔法として使うのが珍しいというだけ。
そんな珍しい魔法をメイが使えるなんて思ってもなかった、
魔法はイメージが大事だと分かっていても、なかなか実現するのは難しい。
もしかしたらメイが居た前世界では珍しくない技術なのだろうか、
以前メイが居た前世界の話を聞いたことがあったけれど、
百年や千年先の未来を聞いているような感覚に陥ったくらいに先進的で、
考えられないくらい便利で羨ましくなったくらいだ。
この世界の様に魔法が無い代わりに科学が発達し、
メイの暮らしていた日本と言う国は最先端の技術を培っていたのだと聞いた。
もしメイが科学の知識を持っていたとしたら…。
(とんでもないことになる…)
無言で歩きサハギンの所に戻ると早速解体に入る。
黙々と作業しサハギンの魔石を心臓から取り出すとそれは大きな翡翠だった。
ここまで見事な翡翠も珍しい、他にも素材が大量に落ちているのでそれも回収。
「で? これどーすんの」
リックがサハギンを指差しながら溜息交じり。
食べられるかどうか分からないサハギンの肉…。
オークの例もあるし一応ブロックに切って持ち帰ることにしよう、
メイが料理法を知っているかもしれない。
サハギンだと思うと食欲は失せるけど、
メイの手作り料理だと思えばきっと食べられるだろう、多分。
目が覚めたら公爵家の別邸だった。
ぼんやりとベッドの天井を見上げて記憶を手繰り寄せる。
確かサハギンを倒した…と思うんだけど、そこからどうしたっけ?
「お目覚めですか?」
侍女の服に着替えているエリンに声を掛けられた。
「えっいつの間に帰ってきたの!?」
「メイ様は丸一日眠っておられました」
「嘘!? ど、どうしよう、なんかごめん…」
まさか一日ずっと寝てたなんてびっくり!
「恐らく魔力が尽きたことによる疲労だったと思われます」
慌てて起き上がると部屋には二人きりで他のメンバーの姿は見えない。
知らせてきます、とエリンが部屋から出て行った処でノエルがベッドに。
『ご主人さま、大丈夫かにゃ?』
「ノエル…」
『昨日の内にボクの魔力を分けたんだけど、
魔力だけじゃなくて体力的にも消耗していたみたいで、
今までずっと眠りに落ちていたにゃ』
「ノエルそんなことできるの?」
『イナンナ様から緊急時以外はダメって言われてるにゃ』
なるほど、イナンナ様がそう仰るなら仕方が無い。
と言うか、倒れて意識を失うとか情けない…。
サハギンを倒せたのはいいけど体力も魔力も乏しいなんて、
冒険者としてどうなんだろう…もっと鍛えないとダメかな。
もう一度ベッドに寝転がり枕元のスマホを手にする、
画面を操作してステータスを眺めた。
(レベルが上がってる…しかも風魔法も上がってる)
メイのレベルは58から63に上がっていた、そして風魔法もEからDになっている。
サハギンの経験値が高かったようで一気に5も上がったのは嬉しい、
風魔法も静電気魔法(仮)を一生懸命イメージして作ったから上がったのかも。
火と水は日頃の料理や洗濯でEに上がってそのままだけど。
溜息を吐いてスマホを伏せて枕元に置く。
自分はこんなにも弱いのか…いくらエリアボスを倒せたとしても、
その後倒れてしまっては意味が無い。
ウィルを守れるくらい強くなりたいのに…。
それは高望みしすぎか、目標が大きすぎて道筋さえ分からない。
しばらくすると皆が部屋に来てくれて労ってくれた、
しかしメイはどこか上の空だ、まだ疲れが取れていないのだろうと、
皆が出て行ったがウィルだけは残った。
会話の無い気まずい空気。
このまま狸寝入りしてしまおうか…なんて思っていると、
ウィルがベッドに腰掛けて手を伸ばしメイの頬に触れた。
「すまなかった、俺の判断ミスだ」
「うぅん、私が変に魔力を使ったから…」
頬を撫でるウィルの手は冷たい。
「だとしても、後退するタイミングを誤ったのは俺だ」
見上げるとウィルの表情が苦しそうで、違うのだと言いたい。
そんな顔をさせたいとは思ってない。
メイは笑って頬を撫でるウィルの手に自ら頬ずりをする。
「そんなことないよ、もしウィルに言われなかったら、
自分から立ち向かおうともしなかったと思う。
背中を押してもらえて嬉しかった」
「………」
でも、メイが倒れてしまったのは判断ミスだと言わざるを得ない。
引き止めていたら、引き返していたら、こんなことには…。
「なんかね、倒さなきゃいけないって考えて、
知らない内に魔法を使ってたんだけど、
その辺うまくコントロールできないんだって課題が見えたし、
次に生かせばいいんじゃないかな」
「次は絶対に倒れないでくれ」
「努力はするけど、どうかなぁ…」
へらっと笑うメイにウィルは厳しい表情のまま身を屈めた。
距離が近くなり両手で頬を包み込まれる、あと少しでキスの距離。
「心配した…」
「…うん」
「こんなにも怖いと思ったのは初めてだ」
「…うん」
「メイを失いたくない…」
改めて考えてみるとウィルの真っ直ぐな気持ちを聞くのは久しぶりだ、
今まで曖昧に濁してきたけどメイも本心を打ち明けようと思う。
「本当はね、ウィルを守りたいって思ってた」
「俺を…?」
「まだまだ遠い道のりだけどね」
冒険者ランクも、本人のレベルも、どちらも絶対に追い越せないけど、
何かひとつでもウィルを守りたい気持ちは嘘じゃない。
今まで燃えるような恋や、身を焦がれるような恋なんてしたことなかった、
夫とは友達関係がずっと続いていたような兄妹みたいな夫婦だったし。
でも、目の前の美しい人から与えられる視線や、
優しい低音が耳に心地良くて鼓動がおかしくなるんだ。
まだ恋人としては不十分かもしれない、あなたに相応しくなりたいって思ってる。
「大事をとってもう少し休んでおけ」
「うん…」
ウィルからの口付けが額にそっと触れて心臓が跳ね上がった。
ドキドキする、絡まる視線から逃げられない。
その深い蒼に魅入られて身体に電流が走るみたいに震えるのに、
何故か胸から大量の熱が発せられてふわふわする。
(きっとこれが…)
恋なのかもしれない。
小さくおやすみと声を掛けてウィルが部屋を出て行った。
「更年期障害だったらどうしよう…」
ぽつりと呟いて目を閉じた。
いやもう既に前世界の時から更年期障害患ってますけどね。
ホットフラッシュとは違う心地良い火照りに身悶えて、
瞼の裏には優しく笑うウィルが居る、しばらく眠れそうにない。
───
一週間経ち、不人気ダンジョンでマーマンやエイの魔物を倒しまくって、
メイだけでなくエリンもレベルが上がり目標の90になりました。
これでいよいよランクアップ条件のジェネラルオークを倒せる適性になり、
隣町のダンジョンに向けて旅立つことになった。
不人気ダンジョンで手伝ってくれたエリンにサハギンから取れた翡翠をお礼として渡し、
エリンは別邸で侍女の仕事があるため残ることは決まっていたので、
そこでお別れということになりました。
別邸には度々戻ってくる予定なので、長いお別れではありません。
余裕があれば月一くらいで戻ってポーションや薬を卸す予定だから帰ってくる、
それでも一緒に冒険をした仲間には変わりなく、
エリンはめちゃくちゃ泣いてメイと抱き締めあった。
ついでにホットケーキミックスを大量に渡して、
ホットケーキやパウンドケーキの作り方や他のレシピも伝授し、
別邸でのおやつの定番になりそうです。
勿論、経費は公爵家持ちだから安心して渡せました、
これもポーション&薬の納入と共に渡すことが決まっています。
リオンもインテも甘い物はそれほど得意ではないけれど、
砂糖を加えず本来の甘みだけで作れば食べられるそうで、
更にお客様にお出しする茶菓子として人気になり、
レシピを教えて欲しいという人が後を絶たないとか…。
この世界にホットケーキミックスは無いので、
レシピを教えたところで作れないんだけどね…。
本当にホットケーキミックスは神食材だと思うわ、
パンケーキだけでなくクッキーも作れるし、
蒸しパンやドーナツ、お惣菜系のパンも作ろうと思えば作れる。
別邸の料理人は色々と工夫して新しいデザートを開発しているらしいです。
その内、専門店でも開けるんじゃなかろうか…。
隣街に向けて馬車移動です、今回の馬車は相乗りで王都と隣街を往復してる定期便、
人が多く住む大きな街には相乗り馬車が一日何本と走ってるようだ。
相乗りだから料金も手頃だし、歩くより断然馬車の方が速い、
日程を考えると馬車がベストだったので皆で乗ります。
隣街と言っても結構距離があるから二日程掛かり、
途中で小さな村で一泊しながら向かうって感じになるとか。
村は人が少ないけれど王都と街の間にあって、
馬車が通るから宿屋がちらほらあり、相乗りする人達で溢れかえっている、
満室になる程ではないが冒険者や旅行客、行商などが寝泊りする宿屋。
メイ達は二部屋取ってメイとミィナ、ウィルとリックの男女で別れることに。
誰からも文句は出なかったし当然の部屋割りで、
食事はどうするか、出発時間は朝8時だから何時に起きようか決めて、
とりあえず晩ご飯を取る事になってどうしようか考える。
「宿屋にある食堂か、外の飲み屋か…」
リックが微妙な顔で呟く、メイのご飯に慣れてしまったから他所で食べるなんて…。
美味しくないと大きな声で言えないこの世界の料理は味気なく、
香りや風味がぼんやりしてて…まずくはないんだけど。
朝も昼もサンドイッチだった一行はしっかりしたおかず(主に肉)が食べたい処。
泊まる宿屋にもレンタルキッチンがあれば良かったのだが、
残念ながらレンタルキッチンなどという発想すらないようで借りられなかった。
「じゃあ、外でBBQでもする? 網か鉄板があればできると思う」
「ばーべきゅーってなに?」
ミィナが不思議そうに首を傾げて聞いてくる、今日のミィナも可愛いです。
ツインテールが本当に似合う。
「簡単に言うと焚き火の上に網を乗せて肉を焼いたりして食べるご飯」
「お肉!!」
やっぱり肉に反応したか…。
「野菜も食べなきゃ肉は無しだよ」
「う~。 分かった、お野菜も食べる」
唸りながらも渋々了承してくれたので、メイは宿屋の親父さんに聞きに行く。
ウィルもリーダーとして付いてきた、自然と当たり前の様にメイと一緒。
宿屋の親父さんに聞いてみたら、焚き火しながら食事をしたい一行に怪訝な顔、
だが宿屋の裏庭を使っていいと許可を得たので、
火の始末をしっかりすることを約束して場所を確保できた。
食材は既にメイが充分に持っているので問題は網だ、
焚き火はウィルが慣れた手付きでスムーズに遣り遂げて、
リックがどこからか網を借りてきてくれた。
何に使われていたのか聞くと食堂で網焼き料理を作る時に使っていたようなので、
一応洗ってから使うことになり、前もって仕込んでいたラタトゥイユの鍋を載せ、
野菜たっぷりのラタトゥイユと硬いパンを少しずつ食べながら、
メイが肉と野菜を焼いて良い香りが漂ってくる。
宿屋の部屋から何の匂いだと顔を出す人も結構居たが、
遠くから見ているだけで文句を言いに来る人は誰も居なかった。
焼けたバッファローの肉に被り付きながらリックは。
「そう言えばメイが使ったあの魔法って本当に雷だったのか?」
ずっと疑問に思っていて中々聞けなかった質問。
今まで聞くタイミングはあったものの、聞いていいのか迷っていたらしい。
馬車の中ではパーティメンバー以外にも人が居たからね。
「雷…なのかな? ただの静電気だよ」
「せいでんき…?」
今度はウィルがメイの隣に座って飲み物(食堂のエール)を手渡してくれた。
「ほら、寒い日に毛糸の服を着てるとパチっとこない?」
「あー、あれか、不意打ちで来るから嫌な感じだよな」
思い出してリックが嫌な顔をする、リックもイケメンだけどそんな顔したら台無し。
「冬は特に乾燥してて空気中の水分が少ないから、
静電気が放電されにくくなってどんどん体にたまっていって、
金属とかに触れるとそれが一気に流れてバチっと放電されて痛みを伴うの。
だからそれを意図的に作り出せないかと思って、
風の魔法でめちゃくちゃ乾燥させた空気の塊を作って、
電気の流れを可視化できるくらい膨らませたら雷みたいになっただけだよ」
「つまりそのデンキと言うのが雷の元と言う事か?」
「多分そうだと思う、空から落ちる雷は雲の中で静電気が発生してるから、
雲の中で溜まりに溜まった静電気が一気に地上に向けて放出されるの」
うろ覚えだけどね…小学生とかそんな昔に学校で習った気がする。
「ちょっと待て、その話を信じるなら誰もがデンキを持ってるってのか?」
驚いて口から肉が落ちそうになるリック、手にしたパンも落ちそうになってる。
「持ってるからパチっとくるんじゃん」
「なるほど…なのか?」
いまいち納得してないリックだが、メイが実際に雷(?)をサハギンに落としたので、
理屈は間違っていないのだろうと思うしかない。
「デンキと言うのは…?」
興味深く聞いてくるウィル、メイもそこまで詳しく覚えていないので、
教えられるのはこのくらいまで、電流のプラスとかマイナスとか、
どっちがどっちだったっけ…と確実なことは言えないため曖昧に濁した。
「あえてあの場で静電気魔法(仮)を使ったのは、湿地帯だったからだよ、
水分は電気を良く通すからね、濡れてるサハギンなら効くと思って」
「へえ…一応考えての行動だったのか」
「何も考えずに魔法なんて使わないよ?!」
リックの突っ込みにメイが笑いながら答えるが、隣のウィルは笑えなかった。
つまりメイは魔物の弱点を見抜いた上で雷(?)を使ったことになる、
その知識は一体どこから…? 前世界での知識なのだとしたら、
この世界でも通用するし脅威にも成り得る。
「メイ」
いつもと変わらない明るいメイの表情、ウィルだけ硬くなりつつメイの肩を掴む。
「今後デンキは使わないでくれ」
「え?どうしたの突然…」
「また魔力切れで倒れるかもしれないだろ」
ああ、心配掛けちゃったもんね、分かってますよ。
「大丈夫、もう静電気魔法(仮)は使わないよ、
あれは湿地帯だから成功しただけだしね。
使うなら風魔法の方が扱いやすいし」
そもそも静電気魔法(仮)はエリンがサハギンを土の筒に閉じ込めていたからできたこと、
何も無い状態で魔法を使ってしまえば周りに電気が伝わって、
他のメンバーにも被害が及んでしまうため条件が揃っていないと使えないのだ。
ラタトゥイユで口を真っ赤にしてるミィナの顔を拭いてあげながら、
仲間が一番大切だから怪我なんてさせられないと強く思う。
網焼きの肉と野菜、ラタトゥイユがなくなりお腹一杯、
最後にマシュマロを串に刺して軽く炙って甘さ全開デザートで〆る。
ごちそうさまでした。
部屋に戻ってシャワーを浴びたらすぐに寝よう、明日は早起きしないとね。
明日の朝ごはんは何にしようかな~。
続く