最下層のボスを倒したのでスタンピードの兆候はあと十年は安泰だろう。
南部の街に滞在して四日目、ダンジョンに通うだけでなく市場を散策したり、
潮風が香る情緒豊かな街を観光したり、メイは心からこの世界を脳裏に刻む。
夕方になりミィナとノエルが先に宿へ戻り、リックは野暮用とかで単独行動、
きっと教会に行って孤児院への寄付をしたり、孤児と遊んでいるに違いない。
メイはウィルと二人で街の高台からのんびりと海を眺めていた。
初日に食事の下ごしらえはしてあるので、もう少ししたら宿に戻れば夕食に間に合うだろう。
「ねえウィル」
「ん?」
「南部のダンジョンのラスボスはどうだった?」
珍しくメイの方から最下層の話を振られたな…とウィルは目を細め、
遠くに輝くオレンジ色に染まった水平線を眺める。
「どうということはないな、特に異常もなかった」
既にレベルが700を越え、そろそろ800に届きそうなステータス、
ウィルにとってこの大陸のダンジョンは物足りないくらいだ。
この大陸にあるダンジョンで最大のラスボスはレベルが600前後であり、
長年スタンピードを抑えるために戦っていたウィルは、
ただ効率を考えた戦い方しかせずに気が付けばレベルが700を越えていた。
そもそも父である宰相と兄の公爵からスタンピードを抑える依頼を受けた時も、
既にレベルが400を越えていたのだから、最強のラスボスを倒してしまったら、
目標もなくなりただ機械的にボスを倒すだけの日々になってしまった。
最初はパーティを組み挑んで討伐をしていたが、
月日が経つにつれて仲間が死に、体力の限界で引退し、
自身のレベルが500を越えた辺りで独りになった。
共に戦った仲間の死を乗り越えることも、
長年独りで戦ってきたことも、時間薬という物で多少癒えたような気がする。
仕事と割り切れば単独行動も楽だったし、
煩わしい貴族の柵(しがらみ)から解放される代償だと思えば、
冒険者として黙々と戦うことにウィル自身は納得していた。
そしてスタンピードを抑えることで国を守っていると言えるのだが、
その栄誉を称えてくれる人も身内だけになり、
街の人々から感謝の言葉を貰うことも少なくなった。
何故なら、もう百年だ。
その間に普通の人間は世代交代をしてウィルの噂も伝説となり、
ラスボス退治をしているウィルのことを知っている人自体が減っている。
冒険者であれば名前くらいは聞いたことがある程度に留まる。
けれど、不満に思ったことは一度もなかった。
当たり前のことをしているだけだし、ウィルにとっては仕事だから。
何も名誉が欲しくて戦っている訳ではない。
宰相と公爵から正式に依頼されて報酬も貰っているし、
国王だけでなく信頼する友人の第二王子にも認められている。
これからもそれは変わらないと思っていた、ずっと、死ぬまで。
でも、メイと出会ってしまった。
文字通り何も知らず分からない世界で迷子になっていた人。
本当に偶然だった、たまたまダンジョンでの仕事を終えて帰る途中、
ぼんやりしていたのか道を間違えそうになり空を見上げた。
方向を確認するために薄らと見える星を見上げたんだ、
そんな時に見たのは…淡く優しい輝きがゆっくりと落ちていることに気付いた。
まさかそれが人だとは思わなかった、隕石だとしたら速度があまりにも遅い、
一体なんなのか、もしや女神イナンナが地上に降りてきたのかと。
光を追って走り出し辿り着いてみれば…メイが居た。
女神イナンナではなかったが不安そうな顔をした人を放ってはおけない、
星を見たことで方角は把握していたし、迷子みたいだから街まで案内しただけ。
見たことの無い服装だったり知らない食料を貰ったり、
もしかして異世界人なのかと疑っていたらまさかの大当たりだった。
所詮他人なのだから放っておけばいいのに、
どうしても気になってしまう、どうして空から落ちてきたのか、
見間違いだったとしてもあんな森の中で一人(猫も居たが)だったのか、
聞きたいことは山ほどあったけど何故か聞けなかった。
すんなりとメイを受け入れてしまった自分に驚きもあった、
運命なんて陳腐な言葉は使いたくないけれど、限りなくそれに近いような。
理由を探すことさえしなかった、感じるままに彼女を見守りたいと思ったんだ。
今思い出してもとても不思議な感覚だ、自分の行動理念さえ説明できないなんて。
ウィルはカバンから何かを取り出してメイの手を取る、その掌に何かを乗せた。
「え…? すごく綺麗だね、これどうしたの?」
「ボスが落としたネックレスだ」
「まるで海を閉じ込めたみたいな宝石だね」
乳白色に混ざる海の色、ダイヤみたいな輝きはないけれど目が離せなくなる美しさ。
ラリマーは前世界にも存在していたがメイはラリマーを見るのは初めてだった。
海を閉じ込めた宝石だと思ったけれど、しばらく眺めていて思い出した、
これは…地球みたいだ。
蒼と白が混ざった美しい球体、それはまるで星のような。
懐かしい故郷を思い起こさせる神秘的な輝き。
「効果は…」
メイの掌に乗せたネックレスにウィルの大きな掌が重ねられる。
メイが顔を上げて見詰め合いウィルは小さく笑っていた。
「幸運を齎す宝石…らしい」
「幸運…?」
もう充分に幸運なんだけどな…とメイは内心思いながらも、
ウィルの心意が気になって無言で見詰め合う。
「メイには幸せになって欲しい」
「!」
忘れてた訳じゃない、気付かないフリをしていただけ。
ウィルは『今後信じてもらえるように努力する』と言ってたから、
それを素直に実行しているだけなのだろう。
多少キザかもしれないが美形だから許されると言うか…。
(ずるい…)
メイは顔が熱くなるのを感じていた、夕日のオレンジのせいにしてしまおう。
「ありがとう、ウィルも幸せになってくれないと困るよ」
「ああ」
メイの掌からネックレスを指先で摘みメイの背後へ、
ゆっくりと鎖骨に触れる冷たく硬い感触、ウィルがネックレスを着けてくれた。
そしてそのまま…後から抱き締められた。
苦しくない、優しいぬくもりがある。
普段はミィナもリックも居るから二人きりになるタイミングが少ないし、
ウィルはあまり多くを語らない、だからこそ触れただけで急接近しているように感じる。
大きく逞しいウィルに包み込まれて恥ずかしさだけでなく、
守られてばかりだな…と複雑な思いも少なからずあった。
(私は何をしてあげられるんだろう…)
メイの本心は声にならず心で反響する。
「メイ」
頭上から降ってくる優しい低音にドキリとした。
遠くの海を眺めている気配が伝わってくる。
「俺が居なくてもメイは生きていける」
「!!!」
頭が真っ白になった。
ウィルが居なくても…? ウィルは居なくなってしまうの…?
言葉にならない不安が足元を揺らし崩れていくような錯覚に陥った。
「人としても冒険者としても、着実に地を踏みしめてると思う。
だから、俺が居なくてもメイは生きていける」
「な、なんで そんなこと言…」
改めてぎゅっと抱き締められる。
身を屈めているようでウィルの呼吸が耳元で聞こえた。
「異世界から来たのに、この世界を何も知らなかったのに、
メイは一度も弱音を吐かなかったじゃないか」
「…!」
「メイは誰よりも強いよ」
ぶわっと何かが溢れてくる。
今まで必死になっていたから気付かなかった、気付こうともしなかった。
もし足を止めてしまったら二度と進めないような、泣いたら負けみたいな。
一人前になって地に足を着けてこの世界で生きていこうと必死だった。
そんな私をウィルはずっと見守ってくれていたんだ。
一人前って誰かに認めてもらえたのは初めてだった。
「メイ」
そっと囁くようなウィルの声色はとても優しく、けれど濃艶で。
「俺にだけは弱音を吐いていいんだ、俺にだけ甘えてくれ。
そんな特別な存在になりたい」
俺の前で泣いてくれ、俺にだけ弱味を見せてくれ、
言い換えてしまえば…俺以外の男に隙を見せないで欲しい。
強く在ろうとするのは結構だが、たまには甘えてくれてもいいんだ。
ウィルの声が夕日と共に、身体の芯に融けていくような気がした。
お互いに恥ずかしさもあり手を繋ぐことも口付けもなにも無かったけれど、
なんとなく心は繋がっている感覚だけ尾を引いて、
並んで歩くだけで誇らしく感じられた、さて今夜も魚介類パーティーだ。
どうしてもメイがお米を食べたいと言い出したので今夜は和食です、
コンビニには便利な出汁の素も売っているし、かつお節だって売っている、
やろうと思えばいつだって和食を作ることは可能だったが、
メイ以外の人間が主食をパンとしているためメイは今まで遠慮していたらしい。
今夜は煮付けや白身フライ、貝の酒蒸しにカニの味噌汁、
勿論野菜のメニューも忘れずに煮浸しやサラダなど、
見たことも無い料理にメイ以外の人間が驚き目を瞠った。
だがやはりどれも白米を主食として考えたメニューなので、
パンとの相性は微妙…と言う事で、いつものように肉のおかずも準備、
これは下ごしらえをしていた物だからすぐに作れます。
和食だけでなくパン用のおかずも揃えられ、
宿屋の簡易キッチンで作ったとは思えない豪華なメニューにミィナは涎が…。
「まるで貴族の晩餐みたいだな~」
「こんなにご飯がいっぱい嬉しい!」
リックが満面の笑みでパンを片手にご満悦、
タルタルソースの掛かった唐揚げだけでなく白身フライまでパンに挟んだり、
ミィナは多い品数を全て味見したりテンション高く、
気に入ったらしい白身フライやカニの味噌汁を味わう。
ウィルも内心驚きと喜びを抑えつつ、メイの手料理に舌鼓。
「貝はバターで調理するだけではないんだな」
「スープにしてもいいし、炊き込みご飯にしてもいいし、万能で美味しいよね」
「たきこみ…?」
「ああ、これ」
ナイフとフォークを持つ手が宙で止まったウィルの不思議そうな声。
メイはいつの間に作っていたのか貝とタコの炊き込みご飯を皿によそう。
たまに食べる白米は皿によそってフォークで食べます。
「なにそれ!おいしそう!」
キラキラの目をしながらミィナが迫ってきたので、
ミィナの分を小皿に盛って差し出しつつ。
「無理に食べなくてもいいからね、この大陸でタコってあんまり食べないみたいだし」
「聞いたことはないな、どちらかと言えば厄介物という認識だ」
ウィルが答えるとリックまで炊き込みご飯を希望してきて。
「鱗の無い魚は危険だって聞いたことがあるぞ」
あれ?なんか聞いたことあるような…。
確かどこか海外では鱗の無い魚は食べちゃいけない、みたいな。
この大陸もどちらかと言えばそういう風習に近いのかもしれない。
と言うかタコは見た目がアレだからね…。
「タコもイカも美味しいのに~勿体無い!」
「メイちゃんコレおいしい!おかわり!」
「この美味しさを分かってくれるなんて嬉しい!」
人は誰しも食には勝てないのかもしれない、
得体の知れない食材だとしても、目の前に調理済みで美味しそうな香りがすれば、
きっと誰でも一口は挑戦してみようと感じるのだろう。
「俺はこれが絶品だと思うな」
それは煮付けです、ナイフとフォークで器用に骨を取って食べるウィル。
「お酒のアテにもなるしね」
そう言いながらメイはカバンから何かを取り出した。
三人の注目が集まる。
長細く硬そうな質感、見慣れない文字が書かれた物体。
この世界に缶は存在するけど缶詰くらいで飲み物は滅多にないらしい。
「なんだそれ…?」
「お酒だよ、ウィルもリックも少し飲んでみる?」
「酒か…じゃあちょっとだけ」
リックはどうやらお酒が得意ではないようで、
小さなグラスに少しだけ注いであげた。
ウィルにはワイングラスに、メイも適当なグラスに注いで…。
「あたしには無いの…」
しょんぼりしてしまったミィナにはメロンソーダを注いであげました。
鮮やかな緑が懐かしい。
「綺麗!宝石みたい…しゅわしゅわしてる!」
大量に飲むのはお勧めしないがちょっとだけ、今日だけなら大丈夫でしょう。
それでは。
かんぱーい!
ぐいっと飲むメイとウィル、恐る恐る飲むリック、
ストローで一生懸命吸い込むミィナ、それぞれに味を楽しむ。
ちなみにメイが取り出したお酒はストゼロでアルコール度数が高め、
しかしウィルは昔からワインに慣れているのでアルコールには強いらしい。
メイは前世界の頃からたまに飲む程度ではあるが、
元々アルコールに弱くはないからグラス一杯ならそれほどでもない。
「これって酒だよな? なんかすごく飲みやすい」
リックが目を白黒させる。
なんせお酒と言えば食堂で飲むエールが基本だったから、
フルーツ(今回はレモン)の風味でさっぱり爽やかで、
尚且つ若干の甘さがあってとても飲みやすく驚いた。
ただ、ストゼロはその飲みやすさが仇となり飲みすぎてしまう人が続出だったり、
アルコール依存症に陥る人が実際に少なからず居るので、
飲む量をきちんと調整して飲み過ぎないように注意したいところだ。
とは言え、お酒は糖分を含むのでメイは炊き込みご飯は少なめ、
昼ならまだしも夕食の後は寝るだけなので糖分は控えめにしないと。
歳を取ってくるとカロリーだけでなく糖分やコレステロールなど、
気を付けないといけないことが多く気が滅入る…。
前世界と違って簡単に血圧を測ることができないし、
ヘモグロビンA1c (HbA1c)も同じ事が言える、日頃の食事から気を付けないとね。
いくら女神の祝福があったとしても暴飲暴食は控えたいところだ。
夕食もなんとか終えて後は寝るだけ、でも今夜はまだ寝たくないな…。
ノエルはミィナと一緒に寝ちゃったし一人、どうしようかな。
シャワーを終えてからコテージのダイニングで食器を片付けた後、
部屋に戻るのも少し億劫でメイはコンビニへ。
買って来たのは梅酒(瓶に梅入り)で、ダイニングテーブルに着いて封を切った。
ストゼロを飲んで更にお酒を飲むのはお勧めしないけれど、
500ミリリットルのストゼロを三人で分けたのでちょっと物足りない。
寝る前だしまるごと一本飲むには多いので梅酒にしました、
寝酒には丁度良いかもしれない。
「まだ寝ないのか?」
ラフな格好でダイニングに来たウィル、メイの手元をじっと見詰める。
テーブルの向かいに着いたウィルの前に瓶の梅酒を置く、
メイの飲みかけだからウィルはやや戸惑う。
「一口飲んでみたら? 甘くて美味しいよ」
若干酔っているらしいメイに勧められウィルは飲んでみる。
「果実酒か」
「こうやって一緒にお酒を飲めるっていいよね」
今度はウィルから梅酒を受け取りメイが飲む。
実は夫だった人はお酒がからっきしダメで、コップ一杯で寝てしまう人だったから、
一緒に晩酌なんてできなかったんだ。
夕食の残りであるお浸しと酒蒸しをツマミに梅酒を飲み、
こうしてまったりするのも悪くないなと思った。
「ちょっと待ってろ」
言いながらウィルが部屋に戻って再び戻ってきた、手にはワイン。
今夜は飲み明かそうじゃないか。
「じゃあ簡単な物でも作ろうか」
「いや、そこまでしなくても…」
グラスを用意するウィルはメイに休んでもらいたかったが、
メイが笑顔で席を立ちキッチンで包丁を取り出していた。
止める理由もないしウィルは席に着きワインをグラスに注いで、
キッチンで揺れるメイの背中を眺めることにした。
夕食で残ってしまった青菜の煮浸しと、付け合せで余ったトマト、
それだけでもお酒は進むけれど、メイが作り出す料理が楽しみで、
毎回どんな料理が出てくるのか人生の喜びをメイに教えてもらった気がする。
「簡単な物しか作れないけどいい?」
「ああ、任せる」
振り向くことなく言ったメイに答えウィルもカバンから干し肉を取り出し、
適当に千切って皿に乗せた、酒のツマミなんて昔から干し肉くらいだった。
肉だけじゃない、野菜も果物も魚介類も、食の多様さや素晴らしさ、
毎日を楽しみに過ごせるのはメイのお陰だ。
「あ、ちょっとコンビニ行ってくるね」
包丁を置いたメイが財布片手に姿を消した。
「………」
初めて見た。
メイはいつも特殊スキルの【コンビニ】を使う時は陰に隠れていたり、
トイレに駆け込んでから発動させていたから、
目の前で特殊スキルを使う所を初めて見たのだ。
財布を持ったメイが一瞬で消えてしまった。
いつも直ぐに戻ってくるし心配なんてしたことないのに、
間近で消えるのを見ると衝撃が大きくて言葉を失ってしまった。
まるで長い沈黙をじっと耐える感覚、恐怖は無い筈なのに冷や汗が出る、
メイだけが持つ特殊スキルは女神イナンナから贈られたもの、
疑う余地などどこにもないのに指先が冷えて呼吸が止まる。
(そうか、これが…)
心の底から失いたくない大切な人。
それは家族と同じく危険に晒されたり怪我をして欲しくない、
けれどもっとその先、想うだけでなく慈しむ存在。
きっと『愛』とはこんな感じなのだろう。
しばらくして戻ってきたメイに安堵して呼吸が戻ってくる、
いつもと変わらないメイが目の前に居る、それだけで愛おしくて堪らなかった。
ちなみにメイが買って来たのはファ○マで売っている日本の卵だった、
こっちの世界での卵がどんな風に流通しているのか分からなかったし、
サルモネラ菌が怖いのであえて買って来たと言う訳です。
「まずは簡単卵とじにして…」
魔法カバンから取り出したのは甘辛く炒めた豚肉&たまねぎ、
パンに挟んで食べる前提の味付けなのでそのまま食べるにはちょっとしょっぱい。
それだけでなく生とは言わないが半熟ぐらいならウィルも食べられるだろう。
「この際だから残り物処分でもしちゃおうか?」
笑うメイを目の前にしたら何も言えなかった、慌てて頷いて再び背を見守る。
もし、この先の長い人生を二人で歩むことができたら…。
そう考えただけで幸せを確信できそうな気がしてウィルは自然と笑みが零れたのだった。
(俺にできることはあるだろうか…)
せいぜい最下層ボスのアイテムをプレゼントするくらいしか…。
(待て、俺は何もできないじゃないか!)
勿論メイの身を守ったり後ろ盾になったり色々と役立っているのは確かだが、
個人的にできたことと言えばアクアダガーやグングニル、
ピンクダイヤとかラリマーをプレゼントしたくらいだ。
愕然とした、俺はメイに何をしてやれると言うんだ。
謎の敗北感に言葉が出ないとはこう言う事だろう。
メイからすればもっと色々と頼りにしているのだけれど、
当たり前のことすぎて(魔物の解体とか)メイに感謝されていることに気付いていない。
まあいいさ、これから少しずつでもメイを守っていけばいい、
自己完結したウィルは目の前に出されたメイの料理に笑顔が戻る。
メイが棒みたいな物(箸)で食べる姿を初めて見て驚いたものの、
テーブルに並べられた様々なツマミはとても美味しそうだ。
豚肉の甘辛炒め卵とじや、コンソメと香草が利いたジャーマンポテト、
残っていたサラダにタコとオリーブを加えたマリネ、
クリームチーズにドライフルーツを混ぜた物を薄切りパンに載せたクラッカー風、
そして見たことも無い料理が…。
「これは?」
「ああ、これは食べなくてもいいよ、私が食べたくて作っただけだし」
見た目はあまり宜しくない、なんだか食材を混ぜただけの物体…。
味が気になるのでフォークで少しだけ掬って食べてみた。
「…うまいな」
「美味しいなめろうは魚が新鮮だからだね」
なめろう…と言うらしい。
魚の身を細かく切って調味料と混ぜた物のようだ。
今居る南部は海に面しているため魚の種類が豊富だし新鮮だ、
生食はこの大陸であまり親しみはないが、
煮ても焼いても美味しい海産物は名物である。
なめろうは不思議な味がした、魚の旨みだけではない、
様々な調味料の風味がマッチしていて酒が進む。
「味噌は平気そう?」
「みそ?」
「夕食で作った味噌汁もそうだし、なめろうも味噌が入ってるの」
「そうなのか、酒を飲みすぎてしまいそうだ」
要するに美味しいからお酒も進んじゃうってことね。
メイもウィルも生まれた世界は別々だけど、食に関する好みは似ているのかもしれない、
勿論お酒の好みは別れる場合もあるが、一緒に食卓を囲むのであれば、
似通った食の好みであることはとても望ましい。
箸で器用に食べるメイに見惚れたまま飲む酒も美味い。
酒のツマミとして作った料理の数々は量が少ないのであっという間になくなってしまい、
そろそろ切り上げようかと食器を片付けていよいよ最後のシメに入ります。
「ウィル、この世界では生卵って食べる習慣あるの?」
「一部地域で生卵を使う料理があった気がする、
しかし火を通すのが一般的だな、腹を壊す確率が高い」
「やっぱりそうなんだ…」
改めて日本は特別なんだな…と思う。
そもそもこの世界には冷蔵庫が一般家庭に普及していない、
あったとしても貴族みたいにお金持ちしか買えない代物だ。
前世界とは違って電気ではなく魔石の魔力を変換して動くようで、
庶民には手が出せない高価な道具と言う訳だ、
そのせいか、肉や魚を生で食べる文化が発達しなかったようだ。
そう考えると文明の利器ってすごいなと実感した。
「シメに卵かけご飯食べようと思ったんだけど…ウィルは辞めとく?」
「生卵を食べるのか?」
「私の居た国では手軽に食べられる家庭料理だったよ、
まあ日本以外ではサルモネラ菌とか怖いし火を通すのが当たり前で、
こっちの世界でも似たような感じみたいだし、無理にとは言わないよ」
言いながらメイはファ○マで買って来た卵のパックをテーブルに置いた。
読めない文字が不穏すぎる…。
卵を生で食べるなんて信じられない、食べたら腹を壊しそうだ。
無言になってしまったウィルを見てメイはこっそり笑った。
外国の方に卵かけご飯を勧めることはきっと難しいだろう、
それは前世界とあまり変わらなくて笑ってしまったのだ。
メイは茶碗の代わりになりそうな器に少し白米をよそって豪快に生卵を割りいれる、
そこへ醤油を垂らして刻みネギをちらし適当に混ぜていただきます。
大丈夫なのか心配なウィルに見守られながら懐かしい味が身に沁みる。
「あー 美味しい。
やっぱり日本人は卵かけご飯がソウルフードだよな~」
不安そうなウィルには申し訳ないが卵かけご飯は譲れない、
朝は納豆ご飯も一般的だったし日本人に白米は欠かせない。
「ひとくち食べてみる?」
「………受けて立とう」
真剣に挑むウィルに声を出し笑った。
なめろうが美味しかったからきっと卵かけご飯も美味しいに違いない。
メイの茶碗からスプーンで失礼して掬い恐る恐る食べてみる。
「…!」
「どうかな?」
「めちゃくちゃ美味しいって訳じゃない、でも…」
なんだろう、言葉にするのは難しい。
とろける食感に卵の風味が強く優しい味。
「勿論食べれない味じゃない、寧ろ好ましい」
「美味しい訳じゃないって言うのは…」
「言葉にできないんだ、今までに無いジャンルと言うべきか…」
それはどう受け取ればいいんだ?
「できれば私は毎朝食べたいと思ってるよ、
でも皆の主食がパンだから遠慮してるけどね」
「遠慮なんて要らないのに。
だったら毎朝俺と卵かけご飯を食べればいい」
「え?」
妙なことを言われて、まるで…。
(毎朝味噌汁を作ってくれ…みたいな意味合いは無いんだろうな)
昭和のプロポーズが脳裏をチラついたが恐らく意味が違う、
ウィルはメイに遠慮せずこの世界を満喫して欲しい思いからの言葉なのだろう。
「じゃあ、おかずは何がいい?」
「卵かけご飯を食べる時はどうしてたんだ?」
「そうだねえ…お漬け物とか昨日の残り物とか…」
「じゃあそれで」
「…本気で言ってる?」
「メイがどんな朝食を食べていたのか気になる」
どんなって…普通なのに。
(そうか…)
きっとウィルはメイを知りたいんだ。
どんな朝食を食べて、どんな生活をして、どんな感性を育ててきたのか。
(やばい、泣きそう…)
人を好きになることは人それぞれだけれど、
その第一歩は相手を知りたいと思うこと。
そしてその人の幸せを願うこと。
ああ、私はウィルに愛されてるんだ。
怖がって逃げてばかりじゃいけない気がする。
この世界を教えてくれたり守ってくれたり散々お世話になって、
恩返しがしたいのは本当だけど、地に足を着けて独り立ちするだけが目標じゃなくてもいい、
隣に先生であり友人であり仲間であり恋人が居てもいいんだ。
(まあ流石に納豆は無理だろうな…)
こっそり内心笑いつつ、ウィルと二人で未来を描いていけたらいいなと思う。
ミィナもリックも、そしてこの先出会うであろう人々と共に。
「明日から朝ごはんは卵かけご飯にするね」
「分かった」
お酒を飲んで二人ともほろ酔い。
どちらともなく手を繋ぎ、そのぬくもりに安心と幸せが乗っかった。
冒険を続ける限り危険と隣り合わせになるだろう、
未来は誰にも分からない、神でさえ予測不可能、けれど。
きっと乗り越えて行けるよ、トラウマからも心の病からも脱出して、
新しい幸せと一緒にゆっくりのんびり冒険者ライフ。
(うん、悪くないかも!)
灯りを消して部屋に引き上げようか、でも手を離したくない。
メイはウィルの手を少しだけ引っ張る。
嫌がる訳でもなくウィルはメイを見た。
「100%になってもいいかな…?」
「なにが?」
「こ、恋人として」
「!」
メイからの告白に驚き目を見開いたが、メイが恥ずかしそうに俯いているのを見て。
「嬉しい」
繋いだ手を今度はウィルが引っ張って腕の中に閉じ込めた。
そわそわしてるメイの額に口付けを落として。
「ありがとう、メイ」
「…うん」
まさかこの歳になって恋をするとは思わなかった、お互いに。
メイは過去に心の病になったり、親族からの嫌がらせやトラウマを抱えていた、
しかも前世界ではこんな歳になって恋愛なんて考えられなかった。
ウィルも竜の血が受け継がれているせいで長寿であり、
遠い昔に恋愛をしたことがあっても置いていかれることが目に見えていて、
誰かと心を通わせることの意味を何度も考えた。
同じく長寿で、知らない料理を作ってくれて、
人に対する優しさや思いやりを持ち、
異世界からやってきて知らない世界なのにまっすぐ立ち上がる姿、
この人と同じ道を歩むことがどれだけ幸せか。
見た目や行動だけじゃない、内面に惹かれたのはメイが初めてだった。
もし、自分が知らない世界に転生してしまったら…考えただけで恐ろしいのに。
何故メイは弱音も吐かずに立ち上がり歩み始めたのか…それが最初の興味だった、
一緒に居る間にメイの人となりを目の当たりにしてどんどん知りたくなった、
きっとメイ以上に惹かれる人は今後現れないだろう。
腕の中で眠ってしまったメイを個室に運びベッドに横たえる、
ノエルが見守る中、ウィルの表情は今までに無い優しさが滲んでいた。
(未来永劫、そんな言葉が浮かぶなんて)
永遠なんて絶対ではないし口にする気なんて起きなかったのに、
メイに対しては吐いて出てしまいそうになる、不思議な感覚だ。
「おやすみ」
小さく囁いておやすみなさい。
音を発てず部屋を出たウィルも個室に引っ込んでベッドに腰掛け、
薄暗い部屋から外の月明かりを見上げた。
まるで…メイは女神イナンナに近い存在なのかもしれない、
柔らかい月明かりがそう思わせてくれた。
光と共にゆっくりとこの世界に落ちてきたメイ、
違うとは言い切れないメイの存在に敬意を払いたい。
そしてなにより、触れることを許され、隣で共に歩くことを許された、
幸せ以外になんと言えばいいのだろう。
(女神イナンナに感謝する)
メイをこの世界に転生させてくれたことを。
───
朝です、今日の朝ごはんは卵かけご飯!
ミィナとリックは白米に慣れてきたとは言え、
流石に生卵には抵抗があるのかパンだけど。
メイとウィルが生卵を食べることに驚きを隠せなかった。
しかもメイが棒みたいなの(箸)で食べるのも見たことなかったし、
生卵もビックリだけど箸も意味不明で驚きしかない。
ちなみにウィルはスプーンで食べます。
「大丈夫なのか?絶対腹壊すぞ」
眉間に皺を寄せて不安と心配を抱えるリック、
ミィナは無言でメイの卵かけご飯を見詰めていた。
「一口食べてみる?」
「…ちょっと怖い」
裏表の無い素直な反応のミィナにメイは笑うしかない。
きっとそれが普通の反応だ。
茶碗に近い器に温かい白米をよそって生卵を割り入れ醤油を一垂らし、
刻みネギもいいけどこのままでも充分うまい。
ミィナとリックはパンなのでそれに合わせてスープとサラダ、
ベーコンと卵焼きを出してあげて、メイとウィルは味噌汁とサラダ、
そして昨日の残りのタコマリネ、浅漬けの素が売ってたから簡単浅漬けも少し。
いただきまーす!
メイが卵かけご飯を食べるのを眺めていたミィナは口が開きっぱなし、
生の卵なんて食べて大丈夫なのかな?
「本当に大丈夫なの?」
心配でハラハラしてるミィナには悪いが普通に美味い。
「大丈夫だよ、私の特殊スキルで得た卵だからね、
この大陸の卵じゃないんだよ」
「「そうなの!?」」
ミィナだけでなくリックまで驚きの声を上げた。
「えっ てか、待て、それいつ販売されたんだ?
卵の消費期限ってどんくらいだ?
生で食べるなんてもっとヤベーだろ!」
うーん、リックの疑問も当然だよなあ…。
メイはちらっとウィルを見てから人差し指を口元へ、内緒話。
「食に関して嘘は吐きたくないから教えるけど、
私の特殊スキルは異空間のお店に行けるの、
だからいつもいつでも新鮮な物が買えるし、
私の国の食べ物やお菓子も買えるんだよ」
「「そうだったのー!?」」
あれ?ミィナには前に教えたと思うけど…忘れてたのか。
「国王からは極秘に扱えとのことだ、他所に言いふらすなよ」
ウィルが真剣な声で釘を刺したことでミィナとリックはコクコクと頷いた。
メイの特殊スキルのお陰で今まで美味しい料理やお菓子を堪能していたので、
これからもお世話になることを考えると誰かにバラすなんてリスクしなかい。
「メイちゃん、卵かけご飯…一口食べてみたい」
「無理しなくてもいいのに」
「だって、だって~!!」
味が気になってしょうがないんだもん!
と言う事でスプーンに掬ってミィナに差し出してみたら、
ミィナが意を決してパク!っと頬張った。
もぐもぐ。 状況を見守るリックは固唾を呑む。
「お、おいしぃ…」
「ミィナも私と似た味覚で嬉しいな」
「もっと食べる!」
「はいはい」
ミィナの分の卵かけご飯を作ってあげて、さあどうぞ。
そもそもこの世界ではパンが主食だしカトラリーもナイフとフォークがデフォ、
メイが箸を使うのを初めて見たミィナとリックは不思議そうな顔。
メイは今まで何度も料理をしてきたけれど、木のおたまやヘラを使用していた、
食事の際もナイフとフォークを使っていたし、
箸を使う文化が無いため珍しくミィナもリックも真似できない超絶技巧に見えた。
「メイちゃん器用だね」
箸で卵かけご飯を食べるメイにミィナは感心するばかりだった。
「私の国では箸が基本だったからね、慣れると楽だよ」
ナイフとフォークはどうしても両手が塞がってしまうし、
やっぱり昔から馴染みがある箸と和食は落ち着く。
朝ごはんをしっかり食べて今日も一日がんばろう。
近くのダンジョンは最下層のボスを倒した後なので、
最初からウィルと一緒に雑魚を倒したり薬草を採取したり、
皆で一緒にクエストをこなすことも忘れずに。
三人に見守られながらゆっくりと潜って二十階、
エリアボスを連携プレイでメイがトドメを刺す。
エリアボスはレベル120以上だったけど、皆のサポートのお陰で倒せました。
そしてメイのレベルがやっと100に!
「メイちゃんおめでとー!」
「レベル100おめでとう!」
「メイ、お疲れ様」
ミィナもリックもウィルも、メイを囲んで盛大にお祝い。
ノエルも足元ですりすりしてくれてた。
「みんなありがとう!!」
満面の笑みで答えるメイはこれまでのことが頭を駆け巡った、
初めて落ちてきた日、初めて魔物を倒した日、
初めて悪意を向けられた日、初めてボスを倒した日、
初めてウィルの逞しさを感じた日、
初めてミィナを助けた日、初めてリックの戦いを見た日、
様々なことが頭を巡って泣きそうになってしまった。
でも、隣にはあなたが居る、あからさまに甘やかす訳ではなく、
そっと寄り添うように見守ってくれている。
私はやっと一人前に成れただろうか。
帰還石に触れる前に解体してドロップ品を確認し、
メイがトドメを刺したことでレアドロップ品があり、
皆で仲良く配分したり、早くも夕食を考えるミィナに笑みが零れたり。
(やっぱり冒険者になって良かった)
日本では考えられないくらい危険が伴う世界だけれど、
頼もしい仲間が居てくれて本当に良かった。
「ねえウィル、次はどんなダンジョンに行くの?」
「次は…大陸を時計回りで南西だから、」
「南西?でかい教会があるところだな!」
「どんな美味しいものが食べられるのかな~楽しみ!」
ノエルを抱っこしてもふもふを堪能しながら、
ウィルもリックもミィナも笑顔が浮かぶ、家族であり友達でもある、
頼れる仲間の笑顔にメイも更に笑みを深めたのだった。
終わり
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
今後は番外編として読み切りを不定期でUPしていく予定です。
気が向いたら第二部的な話しも書きたいと思っていますが、
全く何も決めてないのでいつになることか…。