大きな教会がある街に辿り着いた一行、
街ではちょっと不穏な噂が出回っていた。
南西の街、大きな教会がシンボルの街にやってきました。
一番に特産品を探したいメイをウィルは微笑ましく見守る。
真っ先に宿屋を確保できたから昼まで散策してみます。
ちなみに宿屋は高級ホテルでした、足が竦むわぁ…。
大きな教会があると言うよりも、教皇がいらっしゃるから教会の規模がデカイらしい、
それに伴って枢機卿も居るし信者もたくさん集まってくるし、
相乗効果で街がどんどん発展したようだ。
しかし何故今回に限って高級ホテルなのかと言うと、
一般的な宿屋がいっぱいで単身者用の小汚い宿しか空いてなくて、
他に選択肢が無く唯一空いていたのが高級ホテルしかなかったらしい。
勿論ウィルがお支払いなので誰も文句は言わないし、
ミィナもリックも初めての高級ホテルに緊張してるっぽい。
メイはと言うと…緊張を通り越してガクブルしてた。
そもそも冒険者が泊まるようなホテルじゃないし、
貴族とかどこぞの要人などが使うようなホテル、緊張しない方がおかしい。
ウィルは貴族だから要人と言えなくも無いけど招待とか受けた訳ではない。
前世界でもこんな高級なホテルに泊まったことがないメイ。
どっからどう見ても冒険者が高級ホテルに居てもいいのか場違い感が恐ろしい。
それでも、貴族のウィルが一緒に居るから誰も嫌な顔とかしないのが救い。
高級ホテルと言うことでキッチンなんて物は付いてないから、
朝食や昼食のストックを補充することができない。
まあ足りなければ最悪コンビニに頼るしかないだろう。
しかもなんかスイート?広い面積に個室(ベッドルーム)が五部屋くらいあって、
風呂もシャワーだけじゃなくなんと浴槽があったのだ。
(お風呂がある!!!)
メイはこちらの世界に来て初めて見る浴槽に興奮しテンションが上がる。
温度調整は自分でやらなきゃいけないみたいだけど、
自分で火や水魔法を使えばなんとか好みの温度にできそう。
リビングのような広い部屋に集まって取り敢えず昼食。
ミィナがロールパンを気に入っているので今日もロールパンです、
切れ目を入れて卵フィリングを挟んだり白身フライを挟んだり、
じゃがいもたっぷりのシチューとキャベツサラダ。
メイはコンビニコーヒーを飲みつつ緊張が抜けないままの昼食でした。
「それにしても高級なホテルだね」
「時期が悪かったようだ、なんかの祭典があったような…」
「カーニバルの前準備みたいなモンだろ?」
リックが白身フライサンドを食べながら言う。
カーニバル? 前世界と信仰などが違うから良く分からない。
とは言え、前世界でも特定の宗教を信仰してた訳じゃないから、
改めて学ばないといけないかもしれない。
そもそも日本人の大多数は無宗教だったし、
メイも無宗教…と言えばいいのか、小さい頃は七五三や桃の節句など神道で、
結婚式は教会で、死んだら仏教…いろいろごちゃ混ぜだった。
どちらかと言えば仏教が強いのかな? いや、神道が基本か。
様々な宗教を受け入れ取り入れ今の日本があるのかもしれない。
本当に不思議だよな、正月は神社に初詣、夏はお盆で墓参り、
ハロウィンなんてどこの宗教なのか分からないくらいバカ騒ぎして、
クリスマスは恋人のイベントと化してるし。
他国から見たら狂ってる様に思われてるかも…。
「カーニバルって何するの? 踊ったり?」
カーニバルと言えばリオのカーニバルが頭に浮かぶ。
「踊る人も居るな、でも大勢でお祝いの飲み食いがメインだ」
ウィルの声を聞いてふむふむと頷く。
なるほど…なんとも分からん。
「一ヶ月くらい女神イナンナのお祭りまで準備があって、
細かいイベントが続くみたいだけどあんまり覚えてない」
孤児院に居たお陰で教会のイベントは少し覚えているらしい、
節目節目で手伝いをやらされてたなーと遠い目をするリック。
メイだけでなくミィナも初めてなのでちょっとワクワク。
「イベントの参加は強制じゃないし、
俺はダンジョンに行くが自由行動にするか?」
そうだった、ウィルは最下層のボスを倒さなきゃいけないんだった。
ダンジョンに行きたいけどイベントも気になる…。
けれどメイは何かに気付いて顔を上げる。
ウィルが取ってくれたホテルの部屋は五階(最上階)で、
窓を開ければ街並みが見えるしイベントを眺めることができそう。
イベントに参加しなくても空気感だけでも味わえそうだ。
なによりダンジョンも気になるし、まずはダンジョンかな…。
うーん。と悩んでいるとミィナがメイの袖を引っ張った。
「メイちゃん、あたしはメイちゃんと一緒がいい」
「イベントそっちのけでダンジョンに行くかもしれないよ?」
「うん、どっちでもいいよ。
リックはどうするの?」
リックは別に信者という訳ではなくて、孤児院に顔を出したいだけ、
けれど孤児院の殆どが教会側が運営しているから、
必然的に教会に行くことになるようだ。
この街は大きな教会を中心として栄えているので敷地が広く、
孤児院は大聖堂より少し離れた場所にあるらしい。
「そうだなぁ…孤児院に行った後は適当にブラブラして、
この部屋で留守番でもするわ」
「じゃあ鍵をひとつ渡しておこう」
ウィルからふたつある鍵の内のひとつをリックに手渡す。
お昼の腹ごしらえもできたし近場のダンジョンに顔を出しますか。
リックが居ないのは心配だけど、今までだってリックの単独行動はあったし、
寧ろ心配なんて言ったら信用してないのかと思われそうで言わない。
ウィルとミィナの三人でダンジョンに向かいます。
近場のダンジョンは徒歩で30分ほど、めっちゃ近い。
「こんなに近くて大丈夫なの?」
「元々近くなかったんだ、街が徐々に大きくなって近くなっただけで、
教皇が居るから街も必然的に大きくなったんだろうな」
「なるほどね」
本当は離れてたけど教会を取り巻く街が大きくなって近くなっちゃったのね。
この街には教会の関係者(枢機卿とか)や信者の方が多く訪れるため、
冒険者の数は少ないのだそう、てことはダンジョンは穴場ってことか。
今回のダンジョンは階層×6な感じなのでメイの適正を考えて、
十七階を目指します、その間に十階のエリアボスが居れば三人で倒し、
居なければウィルはそこから最下層へ、メイとミィナの二人で十七階に。
夕飯までには帰りたいからあまりのんびりはできない、
雑魚はスルーして取り敢えず十階へ。
穴場なはずのダンジョンなのにエリアボスが居なかった、
誰かが倒しちゃったのかな。
「じゃあ俺は最下層へ行ってくる、ミィナはしっかりメイを守れよ」
「はーい!」
守られるのは心苦しいですがレベルを考えると恐縮です。
ミィナの元気良い返事を聞いてウィルは頷き、帰還石に触れて最下層へ。
二人で十七階に行くのは心細いなぁ…。
ここからは遭遇する雑魚を倒しながら進んでいきます、
グングニルを手にさくさく歩いていく、ミィナは元気にスキップしながら。
「ねぇメイちゃん」
「なに?」
「今夜はどんなご飯にするの?」
「うーん、ミィナはロールパン食べたいんだよね?」
「メイちゃんが作ってくれるならなんでもいいよ!」
嬉しいことを言ってくれる、ミィナ可愛い。
「キッチンがあれば良かったんだけど…。
新たに作るのは難しそうだし、リメイクで凌ぐしかないかな」
「はんばーぐは?」
「まだあるよ」
「やった~!」
小躍りするミィナ、けれど雑魚の相手も忘れません。
ドロップ品はノエルに任せて進みつつ、やっと到着した十七階。
結構時間が掛かってしまった、丁度二十階から登ってきたウィルと合流。
しかし浮かない顔をしてるような…。
「ウィル、どうかしたの?」
「ああ…。 ボスが倒されてた」
「え?」
珍しい。
ここの最下層ボスはレベル300くらいだから、
どっかのパーティが倒したのかもしれない。
たまにこういうことがあるらしい、しかし…。
「なんでそんな難しい顔してるの」
「…いや、不可解で」
不可解???
言いながらウィルが懐から取り出したのは綺麗なブローチだった。
「これは…?」
「ボスのレアドロップ品だ」
「「え???」」
メイとミィナの声がハモった。
ボスが倒されていることはままあるらしいが、
通常ドロップならまだしもレアドロップが落ちたままだったらしい。
「こんなことは初めてだ」
パーティで倒したのならドロップした素材やアイテムは山分けするはず、
それなのに放置されてるなんてまず有り得ない。
しかもレアドロップ品だし。
「じゃあ、誰かが倒してそのままってこと?」
「そう言うことになるな」
言葉が続かない。
ボスを倒したいだけの人が居るのだろうか?
ウィルが困惑するくらいだし、初めてのことみたいだし、
やっぱり不可解には違いなかった。
「そのぶろーちどうするの?」
ミィナの声を聞きながら、ウィルは掌のブローチを見下ろして。
「猫ババするのも忍びないし、教会に寄付するか」
どのみち献金はする予定だったらしいのでついでにブローチも寄付しよう。
直接教皇に渡すのではなく適当な神官に匿名で渡せば問題ないと思う。
なんとも言えない微妙な空気になってしまった、
不安…とも違うし、妙な感じが纏わり付いているような感じ。
けれど、いくら考えたって分からないんだから、
まずは魔物を倒してドロップ品と素材を集めて帰ろう。
十階のエリアボスを倒せなかったから帰りは地道に登るしかなくて、
時間が掛かりそうだから早目に切り上げよう。
夕方にはダンジョンを出て街に戻り、適当なオッサン神官に声を掛けてブローチを…。
と思ったら、神官に引き止められてしまった、どうやらウィルを知っていたらしい。
「アルバート公爵家のウィルフレッド様ではありませんか!」
そうだった、この国の公爵家の人間だから顔が知れてるんだった…。
ウィルはうんざりした顔で仕方なく対応。
「お時間がよろしければ是非教皇様と…」
「いや、用事があってこの街に来ただけだ、
教皇とは別の機会にしてもらいたい」
「そ、そうですか…残念です」
しょんぼりするオッサン神官、てか教皇に会えるくらいの地位って普通に凄いな。
教会に関する施設の一室で神官にブローチを渡し、
いくらか献金を小切手にサラっと記入して差し出す。
小切手はウィルからではなく公爵家名義だからそっちから送金されるそうです。
「それはそうと、最近物騒な噂が流れているのをご存知ですか?」
小切手をありがたそうに両手で受け取った神官。
「噂?」
「はい、今はカーニバル前の期間で人が多く集まっております、
中には悪さを企む輩も居たりしますが、それとは違った物騒な噂でして」
ちなみに部屋にはウィル達一行がソファに座っていて、
神官も対面のソファに居るのだが、何故か目配せして複数居た部下を下がらせた。
ついでに温かい紅茶を新たに淹れてもらった。
「教皇様の耳に入れるか迷っている処です。
黒尽くめの男が街をうろついているらしく、目撃者も多数で、
あちこちで問題を起こしては喧嘩に発展したり、
なんと言いますか…女性を追い掛け回しているとか…」
「そうか、注意しておこう」
どうやら不審者が居るらしい、詳しく聞いてみると大柄な男が街を徘徊しているとか。
しかも女性を付回すなんて…ストーカーか?
ウィルは特に気に留めた様子も無く施設から出てホテルに戻ることに。
美味しい紅茶ごちそうさまでした。
「不審者が居るって…可愛いミィナが狙われたらどうしよう」
メイは怖くなってミィナの手をぎゅっと握り歩く。
もし変質者に襲われたらと思うと怖くて仕方ない。
ミィナは過去に攫われて奴隷となった過去があるから、
二度とそんな思いはさせたくない、絶対に守りたい。
とは言っても、メイよりミィナの方が強いから守る以前に、
ミィナは自分で撃退できそうな気もするが、
武器さえ奪われなければ撃退できるだろう。
「人が大勢集まると一定数そういう輩が居てもおかしくないが、
神官が教皇の耳に入れるか迷うくらいだしな…」
ウィルはチラっとメイを見遣る。
心配するのはミィナじゃなくてメイの方だと思う。
見た目とかは別にして女性が狙われていると言っていたから、
恐らく不審者の目的は子供ではない、成人していそうな女を狙っているのだろう。
ミィナが奴隷として攫われた理由はエルフだったから、
不審者の狙いがエルフとは限らない。
この街では常にメイの傍に居ようと心に決めるウィルだった。
ホテルに戻るとリックが待っていて早速不審者の話を聞いた。
神官から聞いただけじゃなくてリックも孤児院で噂を聞いたようだ。
「あっちこっちで噂になってるんだね」
「みたいだ、黒尽くめで大柄な男らしい、
しかも武器もデカイって聞いた」
「ほう、どんな武器だ?」
武器という単語に反応したのはウィルだった。
「すごく長い剣らしいぞ、あんまり見ない剣だったって言ってた」
「剣………」
ウィルの表情が真剣な物に変わった。
実はダンジョン最下層のボスが倒されていたことをリックにも改めて伝えて、
レアドロップ品を神官に渡した時に噂を聞いたことも、そして…。
「恐らくボスは剣で倒されたようなんだ、
長さは分からないが、もしかしたら…」
そんなに点と点がすぐに繋がる物だろうか?
別の人って確率の方が高いと思うけど。
流石に傷口を見て剣の長さまでは分からない、
魔法の痕跡が一切なくて剣で倒されていたことくらいしか判断できなかったそう。
情報交換はこのくらいにして、夕食にしましょう。
今夜はコンビニで買って来た食パンのサンドイッチになりました。
具材はビュッフェ形式が恒例になっていて、
それぞれ好きな具材をサンドして食べます。
千切りキャベツとボアかつに中濃ソースを掛けて挟んだり、
リーフレタスとホーンラビットの唐揚げにタルタルソースを挟んだり、
ミィナはお気に入りのハンバーグサンドです。
後はトマトたっぷりサラダと、ナスとししとうのグリルにコンソメスープ。
サンドイッチを食べながら、朝食の卵かけご飯は無理だな…とメイは考える。
キッチンが無いと食器を洗えないからサンドイッチの方が都合が良いのだ。
水魔法が使えるしやれないことはないんだけど…。
まあ毎日絶対卵かけご飯じゃないとダメって訳じゃないから、
明日の朝はどうしようかな~とぼんやり考える。
もしくは、また孤児院に行ってキッチンをお借りしようか…。
子供達の笑顔を思い出すと、なんとなく心が温かくなる。
(もう無理だからね…)
きっとそろそろ生理は上がるだろう。
排卵してるかどうかは分からないけど、
毎月だった生理は現在三ヶ月くらいの間隔になっている。
内容は伏せるがそろそろ上がるなと感じるくらいには…。
(あ、てことは)
そう、三ヶ月だ。
こちらの世界に来てそろそろ三ヶ月になる、もしかしたら生理が来るかもしれない。
コンビニがあるから心配ないだろうけど準備だけしておくか。
なんて考えていたらちょっと気が重くなってきた、
元々酷い方ではなかったけれど、それなりに体調は悪くなる。
腹痛と眠気に襲われる傾向にあるから、その間はダンジョンは遠慮しとこう。
ノエルは水が苦手だからミィナと一緒にお風呂は無理だったみたい、
丁度良いお湯加減にしてあげて先にミィナがお風呂に入る。
一緒に入っても良かったんだけどコンビニに行きたかったし、
なんとなくそろそろな気がしてる、若干腹痛を感じていたから。
コンビニに行ってトイレに行ったら案の定だった。
「はぁ~ 終わるならきっぱりはっきり終わって欲しい」
ぼそっと呟いて生理用ナプキンを買って戻ってきた。
ミィナが先に寝たから(同室)お風呂でまったりしよう。
頭と身体を洗ってから湯船に浸かる、久しぶりの湯船だ~。
生理が上がればホットフラッシュも無くなってくれるかな?
それとも暫く続くのかな? ホルモンバランスを整えるのは難しい。
大豆が良いと聞いたことはあるけど実感した例がない。
ぼんやりしながら今後のことを考える、ウィルには何て言えばいいのか…。
「長湯してたらウィルが来ちゃうかな」
ざばっと湯船から出てタオルで拭いてスウェットに着替える、
濡れた髪を拭きつつ浴室から出たら、まだウィルは来てないらしい。
ちょっと外の風に当たろうかな。
大きく豪華な窓を開けてバルコニーに出ると心地良い風が全身を撫でた。
「初夏の匂いがする」
日本で感じた初夏の匂い、もしかしたらこの世界も四季があって初夏なのかな。
少々強い風を感じて目を瞑ったら、そこでメイの意識は途切れてしまった。
寝る前のお休みを言うためにメイとミィナの部屋に来たウィルは、
メイが風呂に入ってると思ってしばらく待っていた。
しかし物音がしなくて不安になり、まずはベッドルームを覗いて見る、
大きなベッドにはミィナとノエルが寝ている、メイの姿は無い。
おかしいと思って風呂場も見たがどこにも居ない…?
焦りと不安が襲ってきて慌てて気配を探る。
風の音が聞こえてバルコニーに出るとタオルが落ちていた。
湿っているタオルを拾い上げて全身から冷や汗が流れた。
(メイが居ない…)
何も言わず居なくなるとは考え難いし、こんな時間に出かけるのもおかしい、
もしかしてコンビニに行っているのかとも思ったが、
テーブルの上にはバッグも置いてあって、見慣れない物(生理用品)もあった。
しかも財布まである…と言うことは。
ウィルは他の部屋やトイレなど様々な所を探し回る、
しかしどこにも居ない…。
するとベッドルームからノエルが出てきて、
焦燥を抱えながら縋るようにノエルを見下ろす。
「ノエル、メイはどこだ…?」
ペットに尋問しても意味が無いか、踵を返し部屋に戻ろうとしたら、
背中にノエルが飛び掛ってへばりついた、重い。
ノエルもペットなりに主人が心配なのかもしれない、
急いで着替えていたらリック(別部屋)が恐る恐るウィルの部屋へ来た。
「ウィル…」
「メイが居なくなった、探しに行く」
「すまん、気配が消えたと思って声を掛けようと思ったんだけど…」
寝る前に二人が会話をしているのを知っていたリックは、
何らかの理由でメイが普通に外出したと思っていたのだ。
しかしウィルの慌てた様子(音)に気付いて声を掛けてきたようだ。
「俺も探す」
「いや、戻ってくることも考えてミィナと待っててくれ」
「でも…」
「俺はノエルと行く、心配するな」
心配そうなリック、ウィルは鎧の金具を留めて剣を手に。
「不審者のこともあるし気を付けてくれウィル」
「ああ」
ウィルの肩にしがみ付くノエルと共に部屋を出て駆け出した。
残されたリックはミィナの部屋に行ってベッドに腰掛け、
すやすや眠るミィナを見守ることに。
何故メイが居なくなったのか気になるけど、
ここを動くのは得策ではないと分かっている。
何かあればウィルから魔法の伝書鳩が届くと思うし、
戻ってくるまで祈りを捧げよう。
教会が運営する孤児院で育ったリックだが、今まで神を信じたことは一度も無い。
神に祈った処で現状が変わったり運が良くなったりすることもなかった、
リックは孤児院に居る子供達のために寄付はしていたが、
女神イナンナを崇拝してる訳ではない。
けれど、今回ばかりは祈らずにはいられない、
どうかメイが無事で居てくれますように…。
───
気が付いたら見知らぬベッドに居た。
(ここは…?)
カビ臭い部屋、初夏の匂いなんてどこにもない寂れた狭い部屋だった、
本当に意味が分からなくて意識がはっきりしない。
しばらくしてやっと気付く、まだ髪が乾いてないからそんなに時間は経ってない、
スウェット姿のままでバルコニーから攫われたのだろうか。
いまいち分からない。
特に手足を縛られてる訳でもないし、ただベッドに寝かされてただけのよう。
危害を加えられる可能性はゼロじゃないけど、
何の意図を持って連れてこられたのか…考えても分からなかった。
ガチャ
ドアの開く音に驚いて掛け布団を引き寄せる。
「起きたか」
知らない人だ。
大柄の男で黒尽くめ、長い剣を持った…。
(もしかして噂の不審者!?)
てかなんでそんな不審者が私を攫ったんだ!?
声も出せずじっとしていると、黒尽くめの男がコップを差し出した。
見るとホットミルクらしい。
「飲め」
断りたい…何が入ってるか分からないし、ホットミルク苦手なんだよ。
「け、結構です…」
「毒なんざ入っちゃいねぇさ」
「そうではなくて、ホットミルク苦手なので」
そうか。と男はメイの分のコップをテーブルに置いた。
椅子に腰掛けた男はじっとメイを見詰めてくる、
もしやストーカーの対象にされてしまったのか。
なんで攫われなきゃいけないのか意味不明。
怖いのは本当だけどちょっとだけ腹が立ってきた。
目的があるなら普通に声を掛ければいいのに、わざわざ攫う意味とは?
(神域の眼)
メイは心の中で呟いて男を視る。
今まで人に向かって【神域の眼】を使ったことがなく初めてだ、
人様のステータスを勝手に視るのは失礼な気がして。
しかし視えたステータスにメイは息を飲む。
キルバ 称号【鬼神】
レベル 不明
冒険者ランク 不明
■特殊スキル■
【天羽々斬】
■固有スキル■
【魔法カバン中】【看視】
■サブスキル■
【素戔嗚の血脈】
東の大陸に伝わる神の血を受け継ぐ者、神の祝福に匹敵する
状態異常耐性、物理耐性など一般人の三倍くらい耐性がある
それに伴い身体が丈夫、補助魔法の上乗せは可能
東の大陸に伝わる神話に登場する神、素戔嗚から血を分けていて
体力、瞬発力、剣術に優れる、好戦的
■特性(ジョブ)■
・剣術 S(剣のプロ、ソロが可能)
・体術 A(素手での戦いが可能)
・料理 C(簡単な料理が作れる)
東の大陸?
初耳だ、この大陸は広いと聞いていたから、
てっきり大陸はひとつだと思っていた。
しかも素戔嗚(スサノオ)って…。
この大陸よりもメイの居た前世界の日本と印象が被る。
見たところ剣は大太刀、噂通りに長い。
メイは混乱した、もしかして東の大陸って日本のことなのか。
鑑定の最上位である神域の眼ですらレベルが視えないってどういうことなの。
様々な疑問や不安が大量に思考を渦巻く。
「ひとつ聞きてえ」
「…はい」
「名は何と言う?」
勝手に神域の眼で男のステータスを覗いてしまったので、
答えようかと思ったけど…やっぱり怖い。
だってすごく強面で無表情で鋭い眼光、
なんか日本のヤ○ザみたいで恐怖に震える。
すると男は片手で待ったを掛けるように手をメイに向けた。
「手は出さねえ、答えたら解放してやる」
「ほんとですか?」
「ああ」
長い足を組み替えて腕を組み睨んでくる男。
「た…(あ、違った) えっと、宮下明です」
うっかり竹内って言いそうになったわ。
こっちの世界に来てから苗字を名乗ることって全然なかったし。
離婚して旧姓に戻ったこともすっかり忘れていて今し方思い出したくらい。
男はメイの名を聞いて眉間にシワを寄せた、怖い。
「やはりそうか」
徐に立ち上がった男、メイは咄嗟に身を竦めてベッドで固まった。
背の高い男(多分ウィルより高い)が見下ろしてきて、
その鋭い眼光に震え上がる、手を出さないとは言ってたけど、
やはりそうか、と確信めいたことを呟いたし、
まさかここで殺されてしまうのかもしれない。
怖くて目を閉じていたメイは、音がしなくて不思議に思い、
恐る恐る目を開けてみたら信じられない光景があった。
(え…?)
なんでこうなった?
なんと男がメイの居るベッドの傍で跪いていたからだ。
「やっとみつけた、俺はお前を探していた」
「わ、私を探してたんですか…?」
「ああ」
顔を上げた男、無表情は変わらないけど纏う気配が柔らかくなっている。
もしかして街を徘徊してたのはメイを探していたのだろうか、
だとしたらメイがこの街に来ることを知っていたことになるが…。
「東の大陸からこの大陸に来てずっと探してたんだ。
この街でこの時期に人が集まると聞いて辿り着いた。
お陰でやっとみつけることができた」
あ、偶然だったんですね。 すごい確率…。
「えっと…なんで探してたんですか?」
「………理由はねぇな」
えええ???
理由もなく探してたのか!?
「あの、答えたので解放して欲しいんですけど」
「それは無理になった、俺が探してたのがアンタだから、
目的の人物なら解放する訳にはいかねぇ」
(理不尽!!!)
この人言ってることめちゃくちゃだ!
「答えたら解放してくれるって言ったじゃないですか!」
「人違いなら解放しようと思ってたんだよ」
「だからって…理由もなく閉じ込められても困ります!」
「それもそうだな…」
跪いたまま考える男、どうやって逃げようか考えていたら大きな音が聞こえてきた。
即座に男が立ち上がりメイに背を向け大太刀を抜く。
勢い良くドアが蹴破られ、入ってきたのはウィルだった。
「ウィル!」
「メイ、ここに居たのか」
息を切らせながら部屋に入ってきたのはいいものの、
メイとウィルの間には黒尽くめの男が立ちはだかる。
「そこを退け!」
ウィルの低い声が部屋の空気を震わせた。
「この女を渡す訳にはいかねぇな」
「ならば力尽くでも…!」
剣を持ったウィルが黒尽くめの男に斬りかかり激しく鈍い金属音が響く。
メイはどうしたらいいのか分からない。
そもそも、黒尽くめの男に危害を加えられた訳ではないし、
攫われたのは事実でも、特に何かを要求された訳でもない。
「ま、待って二人とも!」
しかしメイの声は二人に届いていないようで、
狭い部屋で鍔迫り合いが続き恐怖が競り上がったまま震えが止まらない。
ウィルの怒った顔なんて初めて見たし、
黒尽くめの男はどこまでも無表情で何を考えているのか全く分からない。
いつの間にかベッドに飛び乗ってきたノエルがメイの膝に乗る。
「ノエルまで…?」
『ご主人さま、無事でなによりにゃ!』
ノエルのもふもふで安堵感を得られたけど、
いきなり剣で戦うとかどうなってんの。
まずは話し合いが先じゃないのか?
椅子は壊れテーブルは真っ二つ、壁のあちこちに傷が増えていく。
これ弁償するの誰だよ…そこまで考えてメイはポケットからスマホを出した。
(二人が止まってくれるならなんでもいい!)
両手でスマホを構えて二人を激写!ついでにフラッシュも!(連写)
突然聞こえてきたパシャパシャ音と激しいフラッシュに驚いて、
二人は咄嗟に距離を取りメイを見遣る、すげぇ眩しい。
フラッシュなんて知らない二人は硬直してしまい、
無言でメイを見詰めてくる、やっと二人が止まってくれて一安心。
「まずは説明して欲しいです」
「そうだな…」
やっとウィルの理性が戻ってきた、剣をしまうことなく。
「ホテルからメイの姿が見えなくなって、探してたらここに辿り着いた」
はい次、と言わんばかりにメイとウィルの視線が黒尽くめの男に。
「俺は…」
黒尽くめの男も大太刀を手にしたまま。
「気が付いたら探してた」
「「は???」」
メイとウィルの声がハモった。
「探し出して…どうこうする心算は微塵もねぇよ、
ただ、見付けたら探す理由が分かる気がしただけだ」
言ってる意味が良く分からないです…。
「だって、アンタは姫だろ?」
ん?????????
ひめ? 姫って言ったのこの人?
ぽかーんとする二人、なんて言えばいいんだろう、全く分からない。
「この歳で姫とか…ないわ…」
しかしウィルは何も言えなかった、メイは一応一般人と言う扱いだが、
本当は転生者だし女神イナンナの生まれ変わりと言われたら信じそうな自分が居る。
どこの姫かは分からないけれど、神に近い感覚があるから、
神になる前の姫だと言われると納得しそうな気がする。
それに…。
ウィルはチラっとノエルを見る。
実はここに来るまでに不思議なことがあったんだ。
ホテルを出て走っていると頭の中に声が聞こえてきて、
それがノエルだと分かり、ノエルの指示に従って走っていたら、
このボロい宿に着いてドアを蹴破ったらメイが居たのだ。
不思議な声はノエルと名乗った訳じゃなかったけど、
なんせ語尾が「にゃ」だったから疑う余地も無い。
もしかしたらノエルは神の使いで…と考えると、
メイが神の依り代か神になる前の存在だとしたら合点がいく。
(流石に考えすぎか…)
しかし黒尽くめの男が姫とか言い出すもんだから、
ウィルも動揺して言葉が出なかった。
「ミヤシタ、その名を持つ人物を探していた。
なんせ特徴がそのままだ」
特徴?
「この大陸で黒髪は俺とお前しか居ない。
あちこち探し回ったがお前以外に見たことがない」
「!!!」
驚いたのはウィルだ。
この大陸では金髪や茶髪、赤髪なども居るが黒髪はほとんど見たことがない。
そしてなにより…。
(やはり女神イナンナの生まれ変わりか)
そう、女神イナンナは黒髪なのだ。
黒尽くめの男はこの大陸で黒髪の『ミヤシタ』の名を持つ人物を探していて、
黒髪に近い女に片っ端から声を掛けては名を聞いていたようだ。
そして街を徘徊している時に、不図見上げた先…ホテルのバルコニーにメイが居た。
恐らく要人か何かだろうと思って、直接声を掛けるには警備など鬱陶しいから、
面倒だし攫ってきた、と言うことだった。
「黒髪って珍しいんだね」
素っ頓狂なことを言うメイに、ウィルは肩から力が抜けた。
きっと本人は何も知らないのだろう。
「それで、貴様はこの国の要人に対して無礼を働いた訳だが、
このまま連衡される覚悟はあるんだな?」
「は? やれるモンならやってみろよ」
再び二人の間にある空気が張り詰める。
どうしよう、このままだと宿屋が吹っ飛んでしまう!
(イナンナ様、どうしたらいいですか!?)
『まあっ しょうがないわね~』
聞こえてきた声、どこか楽しそうに聞こえるのは気のせいでしょうか。
”二人とも落ち着いてください”
なんとノエルが喋った!!!
猫が喋った!と驚く男二人、ウィルはやっぱりそうか…とどこか納得しているが、
黒尽くめの男は動揺して目を見開いている。
”女性の前で争いはいけません、二人とも武器をしまってください”
言われるまま先に武器をしまったのはウィルだった。
黒尽くめの男は警戒して大太刀をしまうことはしなかったけれど、
敵意は無いのだと示すために鋒を床に向ける。
”メイが姫かどうかは断言致しません、ですが…”
優しい女神の声に部屋が満ちたと思ったら、
椅子もテーブルも元通りになり壁の傷まで修復されていく。
”せっかくですから仲良くしたらどうですか?”
突然の提案、びっくりしてメイはノエルを抱き寄せる。
「仲良くってどういうことですかイナンナ様!」
あ、やっぱり女神イナンナの言葉なのか。
”どうもこうも、キルバが求めているのはメイです”
「そ、それはどういう意味ですか…?」
”さあ? 今後のことはどうなるか分かりません。
メイなら少し分かるかもしれませんね…”
言うだけ言って女神イナンナの声は途切れてしまった。
ノエルもにゃーと言うだけでお告げ(?)は終わったようだ。
「え? てか、私は何も分からないんだけど…」
男二人の視線が刺さって痛い。
殺される心配はなくなったみたいだし、早く帰りたい。
結局、ずっしりと重い沈黙が続きメイの希望通り帰ることになった、
黒尽くめの男…キルバも一緒に。
(そんなことより腹が痛い)
二人の視線も痛いけど、腹痛の方がメイには辛いようだ。
キルバに殺される恐怖が無くなったからほっとしたのかもしれない。
「悪いけど、朝まで一人にしてくれないかな、体調が良くなくて…」
「そりゃあ悪かったな、心配しなくても殺したりしねぇから安心しろ」
「よくそんなことが言えるな」
ニヤリと嗤うキルバと、青筋立てるウィル、
そんな二人に構うのも面倒になるくらい腹が痛かった。
そして安心したからなのか、眠くて眠くてしょうがない。
続く
後編に続きます