ハッ!
まるで空気を求めて水面から顔を出したみたいな目覚めだった。
と言ってもそこはホテルのベッドルームではなく無限に続く芝生の空間…。
目の前には女神様がふわふわ浮いている。
「ちょっとイナンナ様…一体どういうことなんですか!」
昨日、不審者の男に攫われたと思ったらウィルが助けに来てくれて、
何故かノエルがイナンナ様の声で喋りだしたかと思うと、仲良くしろとか…。
意味不明すぎて、妙な腹立たしさを覚える。
確かに悪いのはイナンナ様じゃないけど、けど…。
あの後、話が纏まらなかったのでホテルに帰ってきて、
黒尽くめの男は不審者として噂が立っているため、
ウィルが保護するという名目でホテルまで連衡した。
『薄々気付いてるんじゃないかしら』
「全く分かりません」
本当に分からない、キルバの目的も、姫と呼ばれる意味も。
すると女神イナンナは腕を組んでやや首を傾げる。
『あなたの思う神という存在はどの星でも共通してるの』
「どの星でも共通…?」
メイは難しい顔をして俯いた。
素戔嗚と言うのは確か日本神話に出てくる神様だったはず、
詳しくは覚えてないけど天照大神の弟とかそんな感じ?
同じ名前の神様が他の世界にも存在してるってこと?
それとも、神は一柱を他の世界で共有してるってことなのか?
ダメだ、疑問しか沸かない。
元々信仰熱心だった訳でもないし一般的な範囲しか分からない。
『厳密に言えば別々だけど、それなりに影響はしてるわね。
キルバの血脈を考えれば彼は素戔嗚の血を引いている魂、
本人は良く分かっていないようだけど、
本能で探し求めていた…ということかしら』
「意味が分かりません」
『私だって詳しくは分からないのよ、だって未来のことは確定してないし』
神様でも分からないことがあるのか!?
「つまり、キルバって人は探してる人が居て、
その条件にたまたま私が当てはまった…ってことですか」
『そういうことになるわね、でも、悪い様にはならないわ』
「未来が分からないのに断言するんですね」
すると女神イナンナは柔らかく微笑む。
『深く考えなくても大丈夫よ、なんとかなる予感がするの』
ウフフと笑う女神イナンナに反論できない…。
神様の考えることなんて分かりっこないし、
手を出さないと言い切ったキルバの言葉も嘘とは思えない。
何故なら、ウィルが助けに来た時にキルバはメイを守るように戦っていたからだ。
勿論ウィルもメイに危害を加える心算は微塵も無くて、
二人で鍔迫り合いになって部屋が酷い有様になった訳だが。
お人好しと言われたらそうなのかもしれない、
でも、探していた人って本当は誰なんだろう。
メイは自分じゃないと思ってるから心配になってしまった。
と言うか、この大陸で日本人みたいな名前の人って他に居ないような…。
(旧姓の宮下って普通なのにな…)
どこにでも居る一般的な苗字だし、結婚してた時の竹内だって普通だし、
キルバの何に引っ掛かったんだろう…やっぱり黒髪?
しかもメイじゃなかったら、また他の女性に声を掛けたり、
不審者のままで居続けると言うのもなんか不憫になってくる。
キルバの目的が分からない以上、野放しにしておくのも不安だし、
ウィル達の意見を踏まえて考えた方が良いみたい。
(にしても、夢の中でもお腹が痛い…)
『姫だって言えばいいのに』
「え…それは流石に…」
『キルバが探していたのがメイだとしたら、
メイが姫だと認めた時点でキルバは不審者にはならないでしょう?』
それもそうか………いやいや、騙されないぞ!
『もうっ強情ねぇ。 そもそも姫の意味が違うのかしら?』
「…考えたこともなかった、姫ってどこぞの王族の娘とかじゃないんですか」
『それもあるけど、神の子も姫と呼ばれるわよ』
「………」
『もっと分かりやすく言いましょうか。
素戔嗚はあなたの居た世界の神話で語られる神でしょう?』
「はい」
『その繋がりをキルバは探していたのかもしれないわね。
この世界ではなく、別の世界の素戔嗚を知る人を』
「つまり、日本の神話を知ってる人を探していた…?
なんのために? てか、それでなんで姫になるの???」
『キルバにとって素戔嗚を知る人が特別だから姫と呼んだ、それだけのことよ』
本当に訳が分からない、キルバに攫われたりノエルが喋ったり、
混乱しすぎて頭が痛い、涙が滲みそうになった時だった。
『あなたはいつも考え過ぎなのよ、この世界を楽しめばいいのに』
眉間にシワを寄せたままメイは唸った。
あれ? イナンナ様がぼやけて見える。
ま、待ってよ、まだ聞きたいことがあるのに!
生理特有の眠気が襲ってきて目の前のイナンナ様が霞む。
「もう、なんなのよ…」
メイの呟きが芝生の空間に転げ落ちた。
───
ウィルが使う予定の部屋で不審者と二人きり、
メイを攫った張本人だが、剣を交えた感じメイに危害を加えるような気配はなかった。
だからと言って許せる筈が無い、恋人を連れ去られるなんて一生不覚だ。
テーブルに着いて腕を組む、部屋の壁に凭れたままのキルバの眼光は鋭い、
まるで獣だ、【鑑定】した訳ではないがウィルと同じくらいかそれ以上の強さを感じる、
本気で戦えばどちらが勝つか紙一重かもしれない、キルバの強さが肌を這う空気だった。
「俺はウィルフレッド・アルバート、
アルバート公爵家の三男だ、貴様の名は」
「キルバだ、役職は特にねぇ」
「メイを攫った目的は探し人だったからか」
「ああ」
「他に目的は?」
「無い」
そう、目的を聞いても『無い』の一点張りで同じ答えしか返ってこないのだ。
しかしキルバ自身も何故探していたのか本当に分かっていないようで、
嘘を吐いている様には見えないから厄介だ。
内心頭を抱えた、このまま警備に突き出してもいいが罪状が弱い、
メイを攫ったのは事実だけれど無事に救い出したし、
国賓に手を出したってことでしょっ引けないものか…悩む。
例え牢屋に閉じ込めたとしても、メイと離れたら軽く脱獄しそうだ、
それだけの実力を持っていることがウィルには分かる。
剣の力量だけではない、殺意の厚みと言えばいいだろうか。
キルバの気配が動いてウィルの対面の椅子に腰掛けた。
「テメェはあの女のなんだ? 旦那か?」
「ち、違う、まだ婚約はしていない」
まさかの質問に驚いて思わずどもってしまった。
ちなみにリックはミィナと一緒に寝てしまったのでここには居ない。
「俺が思ってることを言ってもいいか」
「ああ、続けてくれ」
キルバの方から話してくれるらしい、判断材料になる内容だと良いのだが。
「俺は東の大陸出身だ、物心付いた頃から誰かを探していて、
あちこち旅をしている時にだんだんと感じるようになった、
とは言っても名前だけ浮かぶ程度だったが」
キルバが大太刀をテーブルに立て掛けて敵意は無いのだと見て取れる。
「この大陸に来たら会えるような気がして探し回っていたが、
実際に姫を見て核心した、俺が探していた『ミヤシタ』はあの女だ」
「………」
いや、探していたことについては何も言わないけれど、
どうしてわざわざ人攫いをしたのか、普通に接触すれば良いものを。
するとキルバは腕を組んで椅子にふんぞり返った。
「特に何をしようって訳じゃねぇ、取って食う訳でもねぇし。
俺はあの女と共に在ればそれでいいんだ」
「共にって…」
何故だか焦る、まさかメイに一目惚れでもしたのかと危惧し、
焦りや不安が表情に出てしまっただろうか、キルバが薄く嗤う。
「あの女とテメェがデキてようがどうしようが関係ねぇよ、
俺からすりゃあの女は空気みたいなモンだ」
「空気?」
「ああ、在って当然の…説明は難しいな。
この大陸では女神イナンナが崇められているが、
俺が育った東の大陸はそういう概念から別物でな、
全ての物、自然から武器に至る全てに神が宿るとされてる。
だから俺にとってあの女も一種の神だと思ってるんだ、
姫と呼んだのはそこから来てる」
意味は分からないが納得はできそうな気がする。
別の大陸ではこの大陸とは違った宗教観だったとしても不思議ではない、
すんなりと受け入れることはできそうにないが、
ウィル自身もメイを女神の生まれ変わり…なんて感じたこともあったし、
キルバの考えるメイに対する感覚は近いのかもしれない。
だからと言ってキルバはメイとどうこうなりたい訳ではないようだ。
しかし…。
「今後はどうするつもりだ」
「どうもこうも、死ぬまであの女と共に在ればそれでいい」
「断ると言ったら?」
「………殺すしかねぇな」
大太刀に手を掛けなくても伝わってくる冷たく重いひりつく空気。
怒りではない、鋭い殺意だ。
ウィルとしても戦いを挑まれたのなら対峙してでもメイを守る覚悟はある、
しかしキルバが殺す相手はメイではない、殺してしまっては意味がないから。
(つまり、何もしなければキルバも何もしないと言うことか…)
物心付いた頃からずっと探していた人をやっと見つけたんだと思えば、
良かったね、と素直に言ってあげられるけれど、
メイを攫ったことを考えると…どうにも納得できない。
今後も共に行動するなんてメンバーが何て言うか。
そもそもメイの意見も聞いてみないことには答えられないし、
ウィルはメイの意見に従うつもりだから今ここで答えは出せないだろう。
メイがこの世界に転生してきたのは凡そ三ヶ月前、
キルバはそれ以前からメイを探していたのか?
じゃあ、メイがこの世界に転生してくることは確定していたのだろうか。
それとも…。
───
朝、あまりにもダルくてベッドから出たくない。
(眠い、ダルい)
部屋がノックされてドアから顔を覗かせたのはミィナだった。
ちなみに、本当はミィナと同室だったけど体調が悪くなったから、
別の部屋を使わせてもらってます。
「メイちゃん、体調悪いの?」
心配そうな顔をさせてしまった、大丈夫だと言いたいけど…。
そう言えばメイが攫われたことはミィナには伝えてないのか、
ウィルもリックも説明してないのかな。
「朝ごはん、もう少し待ってくれるかな…」
「うぅん、ごはんはどうにかなるからいいの。
それよりメイちゃんが心配で…」
部屋に入ってきたミィナが不安そうな顔でベッドに居るメイに近付いた。
(たまには甘えようかな…)
ひとつ溜息。
「ごめんね、今日は一日お休みさせて欲しい。
回復したら一緒にご飯食べようね」
「うん!」
少しだけ笑顔が戻ったミィナが部屋から出て行く。
もう一度溜息。
「久しぶりだなぁ…」
眠気も腹痛も、生理痛の薬は自分で作れそうだから、取り敢えず何か食べよう。
気を振り絞ってベッドから出て財布を手にコンビニへ。
スウェットのままだけど誰も見てないからまぁいいか。
おにぎりとインスタント味噌汁、そしてお茶とプリンを買ってきて部屋に戻り、
ぼんやりしたまま食べていたら部屋の外から声が聞こえた。
「ダメだよウィル!メイちゃん寝てるから!」
「分かってる、顔を見るだけでm 」
「ダメ!!」
ああ、ミィナが阻止してくれてるのね。
今はちょっと誰とも会いたくないからありがたいわ。
もそもそ食べながらスマホで薬を作る、カバンに手を突っ込んで取り出し、
朝ごはんを食べてから薬を飲み再びベッドへ。
生理痛は人によって内容が変わる、本当に動けないくらい重い人も居るが、
メイはそこまでではなくて眠気が勝る感じ。
腹痛もそれなりなので寝ていればなんとかなる。
考えることが山積みで頭も痛いよ。
イナンナ様から話を聞いてもいまいち良く分からなかったし、
キルバはどうなっちゃうんだろう?
顔は怖いけど何もしないと言ったのは信じられるって不思議。
イナンナ様の言うように素戔嗚を知る『ミヤシタ』を探していたのなら、
間違いなくそれはメイのことだろう。
(どうしろって言うの…)
例えば、リックみたいに仲間になりたいと言ってくれていたら、
ダンジョンに行ったりして一緒に冒険できる人なのか見定めもできるけど、
実際攫われてしまったので警戒心が抜けないし…。
ともあれ、キルバが今後どうしたいのか内容によっては、
パーティに迎えることもいいとは思う。
まあウィルがなんて言うか分からないけどね。
もしくは、イナンナ様の言葉に従って仲良くした方がいいのか、
結局はみんなで話し合わないと結論は出せないよなぁ…。
昼になってやっと部屋から出てきたメイ。
気付いたウィルが駆け寄ってきたがメイの表情が暗い、
心配だしもう少し安静にしていて欲しいけど、
やっと顔を見ることができてウィルはほっと胸を撫で下ろす。
ホテルで取った部屋のリビングみたいな広い部屋には、
ウィル、リック、ミィナ、そしてキルバが揃っていた。
ちなみに朝食はホテルのルームサービスを利用してなんとか凌いだようだ。
「メイ、もう大丈夫なのか」
「うん、まぁね…。
単に体調が悪いだけだから寝てればなんとかなるよ」
体調が悪いって…。
最悪のタイミングでキルバに攫われたことになる、
キルバに対して怒りが募るが今ここで怒ってもなにも変わらないから黙る。
それぞれにソファに腰掛けたりして緊急会議です。
「それで、キルバはどうしたかったの?」
「どう、とは?」
「私を攫った後のこと」
「さらった!?!? メイちゃんこの人に攫われたの!?」
そうだった、説明してないのか。
「昨日ね、寝る前に攫われたけどウィルが迎えに来てくれたの」
「そ、そうだったの…? あたし、なにも知らなかった…メイちゃんごめん」
ミィナが謝ることじゃない、泣きそうな顔をしているミィナを抱き締めて、
よしよしと頭を撫でてあげる、そしてミィナの視線がキルバに向けられ、
めちゃくちゃ睨んでるけどキルバは気にしてない。
「特に決めてねぇな、お前が傍に居りゃそれでいいし」
「私は納得してない、ちゃんと理由を説明してよ」
でも、彼には日本の神である素戔嗚の血が受け継がれていると言う、
日本人としては親しみやすいし傍に居ても問題ないのかもしれないが、
危険人物には変わりないから判断に困る。
するとキルバが盛大な溜息を吐いた。
「そんなのこっちが知りてぇんだ、
なんで俺はお前を探してたんだ?
正直、お前を殺したら解放されるかもと考えたりもした。
だが…」
じっと見詰めてくるキルバの視線は鋭い眼光だけれど、
恐怖を感じることはなかった、まるで迷子になった子供みたい。
図体はデカイのに不思議。
「目の前にしたら、姫だと直感して殺せなかった。
俺は…きっとお前の死を見届けるために探してたんだ」
死を見届ける…?
妙なことを言われてメイは動揺する。
「お前をどうこうする心算は微塵もねぇよ、
ただ、お前がどう生きて死んでいくのか、
それを見届けるために俺は生きてきたと思う」
つまり、メイの人生に介入する気はなくて、
ただ傍に居て生き様を見届けたいだけ、それって神様みたい。
(神の血を引く人…)
しかし何故メイなのだろう、もし神様なら人類全てを見届ける物ではないのか。
だからこそ姫なのか。
メイがなんらかの姫であれば説明が付くのかもしれない、
でも、メイ自身は姫なんて自覚はないし、
そもそもキルバの言う姫の定義がどういった物なのか全く分からない。
王族でもなければ公爵家の人間でもない、寧ろこの世界の人間じゃない。
(あ…)
やっと気付いた、普通の人との違いを。
(もしかして転生者だから姫ってことなの?)
変な話しになるが、転生者は天からの使いと考える人も居るだろう、
日本だったら宇宙人だと思ったり、神そのものと感じる人も居るかもしれない。
ひょっとして、キルバは転生者を探していた?
転生者の人生を見守るための神だと仮定すれば…。
(だとしたら、なんで『ミヤシタ』限定なんだろう…)
もしかしてずっと昔から予言されていたとか? そんなまさか。
ちょっと前まで『タケウチ』だったのに、メイが離婚しないと旧姓には戻れないし、
それをキルバが知る方法はひとつも無い筈だ。
まだ謎は残ってるけど、兎に角。
「ウィルはどう考えてるの?」
「メイの思うままでいいと思うが、個人的には牢屋に入れるべきだな」
まあ普通に人攫いだしね。
「つまりアレか、俺がこの女に危害を加えないと証明すれば、
それで満足なんだろ?」
「満足とかそういう問題じゃ…」
ちなみにミィナはキルバをずっと睨んでいるし、
リックは困惑したまま冷や汗を流して状況を見守っている。
するとキルバがソファから立ち上がり大太刀を手にした、
それほど速い動作ではなかったのでウィルが反応して剣を抜き、
キルバとメイの間に立ち塞がる、しかしキルバは薄く嗤うだけ。
「そう慌てんなって、この女に危害を加えるなんて一言も言ってねぇだろ?」
何をするのかと思えば、
キルバは右手で大太刀を握り左腕を前に突き出しそのまま…。
「やめて!!!」
メイの叫びが部屋に響きキルバの大太刀は左腕に触れる寸前で止められた。
「何してんの!?」
「腕を切り落とそうと」
「ふざけないで!! 私はそんなこと望んでない!!」
咄嗟に腰が浮いて震える声で叫ぶ。
まさか自分の腕を切り落とそうとするなんて考えられない、
しかも平然と当たり前みたいな顔で。
生理痛で体調が悪いのに、こんな気分が悪くなることを上乗せして欲しくない。
もうここまで来たんだからはっきりさせたい。
「…悪いけど、キルバと二人きりにさせて」
「しかし…!」
慌てるウィル、こんな危険人物と二人きりになるなんて自殺行為だ。
いくらキルバが手を出さないと言っても、どうなるか分からないじゃないか。
「ウィル、大丈夫だよ」
やや沈黙があったものの、ウィルが溜息を吐き剣をしまった。
それを合図にリックがミィナの手を引いて部屋を出て、
最後にウィルがメイを見詰めた。
「何かあれば直ぐに言ってくれ」
「分かった」
メイの判断に任せよう、小さく頷きウィルも部屋から出て行った。
「ちょっと待っててもらってもいいかな」
「おう」
返事をしながらキルバがソファに腰掛ける。
メイはお手洗いに行くと言って別の部屋に移動しコンビニへ。
(もしかしたら…)
コンビニで買ったのは稲荷寿司と小さいサイズの日本酒。
一応トイレも済ませて戻ってきて買って来た物をテーブルに置いた。
「これは…?」
「稲荷寿司と日本酒」
「………見たことある」
やっぱりそうなんだ。
うろ覚えだけど、素戔嗚の子供に宇迦之御魂神が居たはず、
宇迦之御魂神はお稲荷さんで有名だ。
他にも大国主とかいっぱい居たけど好物を知ってるのはお稲荷さんだけだった。
素戔嗚の血を引くキルバなら宇迦之御魂神にも繋がりがあるはずと思ったのだ。
「食ってもいいのか?」
「どうぞ」
毒とか気にしないのかキルバは稲荷寿司のパックを適当に開けて、
ひとつを口に放り込んで咀嚼し、日本酒もぐいっと飲む。
「キルバは素戔嗚の血を引く存在なんでしょ?」
「なんでそれを…」
「鑑定のスキルで視させてもらったの、勝手に視てごめんなさい」
「構わねぇよ、アンタになら」
メイにだけ優しい、声色も視線も。
稲荷寿司を食べ終わり日本酒も全て飲んだキルバがのっそりと立ち上がる。
メイの前まで来たキルバは昨日と同じく跪いた。
「やっとみつけた…」
恐る恐る手を伸ばし、メイの右手を取るとその大きな両手で包み込んだ。
目を閉じて祈っているような、感極まっているような気配。
「あなたはきっと、素戔嗚を知る人を探していたのね」
「…そう、かもしれねぇ」
探している理由も分からなかったんだ、でも、なんとなくそんな気がしてきた。
「かれこれ六百年、長かったぜ…」
「そんなに!?」
「本当に長かった…」
ああ、そんなに探していたのか。
メイまで泣きそうになってしまった。
六百年以上、ずっと一人で理由も分からないまま人を探していたなんて、
どれほどの孤独と絶望を抱えていたのだろう。
しかもそれほど長寿であるならば、きっとこの男は『人』ではないのかもしれない。
寧ろキルバこそ神の使いなのかもしれないと思った。
「私はね、本当はこの世界の人間じゃないの」
メイの手を温かく両手で包み込んだままキルバはメイの言葉に聞き入る。
「違う世界から転生してきたの。
私が前に居た世界の日本では、素戔嗚の神話があったのよ」
「!」
驚き顔を上げるキルバ。
「キルバはその素戔嗚の血を分けているみたいだし、
きっと私みたいに素戔嗚を知る転生者を探していたのかもね」
「………そうか」
やっと、答えが分かった。
キルバは長年抱えていた疑問や苦悩の答えを聞いて、
安堵したような、あたたかな子宮に戻ったような、
真っ暗闇から光が差したような感覚に涙が滲んだ。
探し求めていた答えが目の前に在る、それだけで満足だった。
「この先のことはどうするの?」
「ずっとアンタ…メイの傍に居られるならそれでいい」
困ったな、ウィルが何て言うだろう…。
「条件があるけど、いい?」
「ああ」
「まず、仲間に危害を加えないで。
それから、キルバも仲間になると思うから、色々と協力してね」
「分かった」
そしてメイは思い出した。
「キルバって料理ができるの?」
「少しなら」
「じゃあ毎食手伝って!」
前のめりになって叫ぶメイにキルバは驚いたものの、大きく頷いて了承。
「やったー!これでもっとストックが増やせる~!」
なんのことか分からないがメイが嬉しそうなので、キルバに文句は無い。
別に仲間の誰も手伝ってくれないとかじゃなくて、
料理の知識がメイ以外皆無だったから少しでも手馴れてる人が居ると安心する。
「最後に、仲間としてみんなと仲良くしてね。
あと、私のこと姫って呼ぶの絶対辞めて」
「………………善処する」
そんなに言い渋らなくても…メイは苦笑い。
話しは終わったしドアを開けて顔だけ出して、近くにいたウィルと目が合う。
にこっと笑うメイにほっとしたウィル、答えが決まったようだ。
リックとミィナも呼んで再び部屋に集まると、キルバがメイの斜め後に控えていた。
「キルバを仲間として受け入れたいんだけど、ダメかな?」
「ダメじゃないけど…」
不安そうな顔のミィナ、メイとキルバを交互に見遣る。
「メイが決めたことなら俺は反対しないぜ、ただし、
俺が少しでもおかしいと感じたら…」
リックの真剣な顔にメイは頷く。
「ひとついいか」
腕を組んで低い声のウィル。
「仲間になるならキルバの身元をはっきりさせてほしい」
身元と言われても…キルバ自身から聞いてないし、
神域の眼で視た時も素戔嗚以外にはこれと言って特になかったし…。
東の大陸の剣士ってことくらいしか分からない。
あとレベルが不明ってくらいか。
うーん。とメイは首を捻る。
(何て言えばいいのかな…)
思ったことをそのまま言ってもいいのだろうか。
キルバが素戔嗚の血を引いてるとか神の使いかもしれないとか、
そういうことはウィルに説明してもきっと理解されないだろう。
一応メイが転生者であることを知っているのは仲間内でウィルだけになるが、
転生者に関することをここで言うのはちょっと憚られるし。
「うまく言えないけど、生き別れの弟みたいな」
弟!?
ウィルとリックとミィナの声が大反響、キルバは無表情で無言。
「実際に血が繋がってる訳じゃないけど、
たぶん故郷が近いのよ、だから親近感があると言うか…」
そこまで言うとウィルがはっとして、色々と察してくれたようだ。
転生者であるメイの故郷(前世界)と繋がりがあるのかもしれない。
「でもさ、メイちゃんをさらった人なんでしょ? 大丈夫なの?」
「うん、仲間を傷付けないって約束したし、
みんなと仲良くすることもがんばるって言ってくれたよ」
「………」
ミィナはキルバを見て顔を青くし、リックは微妙な顔になった。
そんな二人を見てキルバは特に機嫌を悪くすることなく。
「テメェ等には興味ねぇ」
「仲良く!!」
「………努力はする」
メイのツッコミに渋々返事をするキルバを見て、
ミィナはちょっとだけキルバのことを怖くなくなったかもしれない。
そんな訳でお昼です。
朝はルームサービスを利用したみたいで、味はお察し…。
やっぱりメイのご飯が食べたい! と、言われましても。
「キッチンが無いから無理だね…」
今までのストックを食べるか少しリメイクするか…。
「こうなったらホテル側に交渉してみるか」
「そこまでしなくても…。
それかダンジョンに行って釜戸で料理するとか?」
ウィルもメイのご飯を食べたいので真剣です。
するとキルバが口を開いた。
「俺が昨日まで使ってた宿に台所があったぞ、
一旦戻って宿泊の清算をしなきゃならんし、
俺は一度戻る心算だが」
まさかの救世主とはこのことだろうか。
キルバ以外の全員が目を輝かせたのは言うまでもない、
みんなの勢いに押されてキルバは若干後ずさりしたのだった。
キルバが取っていた宿にみんなでやってきました。
宿屋のマスターに話を聞いたら、宿屋のキッチンを使って良いとのこと、
一応食堂は併設してるけどキッチンが別になってるみたい。
(最悪コンビニでコンロセット買おうかと思ってたけど、なんとかなって良かった)
キルバも仲間になったことだし何を作ろうか、
故郷の食べ物でパンにも合いそうなメニューってなんだろう…。
カバンの中身を思い浮かべながら考える。
うーん。
「キルバはパンを食べるの? それとも白米?」
「白米があるのか!?」
驚いた声を上げるキルバ、この大陸に来てからパンばかりで、
白米なんて何年食べてないか覚えてないくらいだった。
まさかメイが白米を持ってるなんて驚きしかない。
昨日のお稲荷さんも一応白米だが色々あってすっかり忘れていた、
思い出してみると寿司も白米だし日本酒もこの大陸では珍しいと改めて思う。
「じゃあキルバは白米ね、みんなはパンでいいかな?」
「いいよー!早く食べたい!」
うきうきのミィナ、相変わらず可愛いけどキルバに対して警戒心は残ってる。
パンでも白米でもOKなおかずか~トンカツとか唐揚げは飽きたしな…。
「そうだ、コロッケにしよう」
「ころっけ?」
「じゃがいもを使った料理だよ」
キルバが少しだけ料理ができるってことだし早速手伝ってもらおう。
じゃがいもを洗って皮を剥いてもらい、その間にバッファローをひき肉にする、
ウィルとリックには副菜のサラダやカトラリー、飲み水の準備。
ミィナは付け合せのミニトマトを洗ってもらいます。
キルバにじゃがいもを一口大に切ってもらい、
ボウルに入れてたまねぎのみじん切りを頼む。
ひき肉ができたらメイはじゃがいものボウルを持ってコンビニへ。
コンビニには失礼になるかもしれないが電子レンジをお借りして、
じゃがいもを600Wで10分、その間にお買い物。
キルバにお供えする日本酒、そして卵と減ってきた調味料をお買い上げ。
コンビニから戻ってボウルのじゃがいもをフォークで潰し、
キルバにはフライパンでひき肉とたまねぎを炒めてもらう。
キルバが料理をしている姿を見てミィナはおっかなびっくり。
怖いけど料理を作ってもらってるし感謝すればいいのか警戒すればいいのか…。
でも見てる感じ毒を盛ったり変なことはしてない様子。
潰したじゃがいもに炒めたひき肉とたまねぎを入れて、
ナツメグと塩コショウを少々して混ぜ合わせる。
触れるくらいに荒熱が取れたところでミィナと一緒にタネを作ります。
できれば大きさを揃えたいけどお店じゃないから気にしない。
二人で丸めたタネを卵液(小麦粉小匙一杯を入れた物)に浸して、
コンビニで買って来たパン粉(粗め)を着けて油に投入。
中身のタネには火が通っているのでパン粉が色付いたらすぐに引き上げ、
キッチンペーパーを敷いた皿の上に次々を並べていく。
「これがころっけ?」
「そうだよ~ 揚げたては美味しいよ~」
ミィナが自分で作ったこぶりのコロッケをキッチンペーパーで半分包み、
先に食べて貰うことに。
「熱いから気を付けてね」
「うん!」
ふーふーしながら口にして、熱さに耐えながら味わうミィナ。
「おいしい!」
良かった良かった。
さくさくほくほく、ほんのり甘くてしょっぱくて美味しい!
テーブルにコロッケを運んでパンとサラダ、
前々からストックしているオニオンスープを並べていただきます!
「白米は?」
キルバの無表情が向けられる、忘れるところだった。
「みんなは先に食べてて」
メイは再びコンロの前に。
小さいフライパンにたまねぎスライスと水、麺つゆを入れてひと煮立ち。
たまねぎが透き通ったくらいにコロッケふたつを入れてとき卵を回し入れる。
丼に近い器に白米をよそってその上にとろとろになったコロッケ卵とじを乗せて完成!
トンカツの代わりにコロッケを使ったカツ丼…コロッケ丼って言えばいいのか?
いつの間にか箸を持ってスタンバイしていたキルバに丼を差し出す。
「コロッケの卵とじ丼、召し上がれ」
「いただきます」
しっかりと手を合わせていただきますを他人がしてるの初めて見た。
コロッケの卵とじ丼を食べるキルバを見上げるミィナ、
初めて食べるコロッケは美味しいしパンにも合うけど、
コロッケの卵とじ丼も美味しそう…どんな味なんだろう。
じっと見上げてくる視線に気付いたのかキルバが、
丼をそのままミィナに差し出してきた。
「食うか?」
「え、いいの…?」
キルバは怖いけど味が気になる…恐る恐るスプーンで掬ってひとくち。
「おいしい!! メイちゃんあたしもこれ食べたい!
き、きるば、ありがとう」
「おう」
キルバの表情が少し柔らかいことに気付いたメイはうっかり笑顔が浮かぶ。
なんだか微笑ましい。
ミィナ用に小丼のコロッケ卵とじを作ってあげて、
賑やかな食卓にメイは満足だ、喧嘩とかにならなくて良かった。
今後どうなるのか分からないことは多いけど、
問題があれば話し合って少しずつでも解決していけたらと思う。
視線を感じて見遣ればウィルが真剣な顔でコロッケサンドを食べていて、
コロッケサンドにチーズとタルタルソースを挟んであげたら喜んでくれた。
リックも真似したり、更にトマトも挟んでみたり、
食べることが大好きな仲間とこれからも沢山の冒険ができたら嬉しい。
ウィル特製、食後の紅茶を飲みながら作戦会議です。
キルバが加わったことで多少無理な階層にも行けそうな予感にメイはガクブル。
「ところでキルバのレベルっていくつなの?」
【鑑定】の最上位である神域の眼ですら視ることができなかったのだ。
「レベルは無い、対峙する敵によって変わるから数値化できないんじゃねぇかな」
「なにそれ!?」
「一度も負傷したことがねぇし、強いと感じた敵も特になかったな」
「どういうことだ…?」
素直な気持ちが吐いて出たのはリックだった。
「魔物と対峙した時にいちいちステータスなんて見ねぇから、
自分のレベルなんて分かんねぇよ」
つまり、今までにない変則的な…特別な人、ってことになる。
キルバと対峙した時、互角に感じていたウィルは薄ら寒さを感じた、
あの時の殺意と強さの圧は本物だった。
きっとキルバは対峙した敵のレベルにプラスいくつかされるのだろう。
だから勝てるかどうか紙一重だと感じたに違いない。
「ただ、俺は魔法がからっきしだ、一切できない」
「生活魔法も?」
「魔力はあるがコントロールができねぇ」
それって今までどれだけ苦労してたんだろう…。
生活魔法は使い出すとすごく便利で、今更なくなると困るくらいには便利だ。
日頃から生活魔法を活用しているメイは気の毒に思った。
料理だけでなく洗濯から掃除まで生活魔法のお世話になってるからね。
「もしかして、近くのダンジョンの最下層ボスを倒したのはお前だったのか?」
あ、忘れてた。
そう言えばそうだった。
「ああ、暇つぶしにな」
だから刀傷しかなかったのかとウィルは納得したらしい。
ウィルに匹敵するほど強く、魔法を使わずにボスを倒せるのはキルバくらいしか居ない。
この街に来たのは最下層ボスを倒すためだったから、
それをキルバが先に倒しちゃったし目的がなくなってしまった。
「じゃあもう次の街に行くか?
それともカーニバルを楽しんでから行くか?」
椅子の背に凭れふんぞり返るリックの溜息交じりの声。
カーニバルを楽しむのもいいけど…メイはチラっとキルバを見る。
すでにこの街では不審者として目撃されているから、
できればすぐにでもこの街を出た方が得策だろう。
「ウィル、次のダンジョンは?」
「この街から西に行った所だな、馬車を使えば半日で着く」
「それじゃあこの後、買出しをしてホテルに戻って、
明日の朝一で出発しようか」
「はーい!」
特に異論は無いようで、ミィナの元気良い返事にみんなが頷いたのだった。
メイにとってキルバは弟みたいだと言ったが厳密には違う、
同じ黒髪で故郷もきっと近い、だから遠い親戚みたいなイメージ。
姪っ子や甥っ子とも違う、あまり顔馴染みの無い遠い親戚。
前世界から転生してきて身内なんて一人も居なかったから、
身内みたいな人に出会うことができてちょっとほっとした。
ウィルがどう思ってるのか怖くて聞けないけど、
一応メイの意思を尊重してくれるようなので一安心かな…?
『不審者の影』 終わり