初めの一歩、ドアをゆっくりと開ける。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。
朝食は用意したから部屋に来てくれるか」
部屋を出たら廊下でウィルが腕を組んで凭れ掛かっており、
メイが起きるのを待っていたらしい、声を掛けてくれて良かったのに。
挨拶をしたらウィルが使っていた部屋に案内されてテーブルセットに着く。
ちなみに朝食は硬いパンのサンドイッチで具材はレタスとチーズだけ、
せめてマヨネーズかケチャップが欲しい…。
昨日の食事もそうだったが全体的に味が薄いというかぼんやりしてる印象。
歳も歳で若くないし濃い味が大好きって訳ではないが、
それにしても…もうちょっとどうにかならないのか。
サンドイッチと温かい紅茶が用意されていて早速いただきます。
「まず、メイはどこの国から来たんだ?」
「えっと…」
「ああ、言えないならそれでも構わない。
メイの服装はこの国では目立つんだ、
ギルドに行く前に装備をなんとかしたいと思う」
ああ、確かにそうかもしれない。
ウィルは戦士風だし、昨日の食堂でもファンタジー世界っぽい服装の人が多かった。
「それから、戦えないにしても武器を持っていないのは心許無い、
ナイフでもいいから買った方がいい」
「あ…考えてませんでした」
今までずっと専業主婦でサバイバルとは縁遠い国で生活していたし、
まして戦うなんて一度も考えたことがない、喧嘩すらなかったし。
でも、扱いなれないナイフよりも包丁の方が良いかもしれない。
かと言って戦いで使った包丁で料理はしたくないから、
やっぱりウィルの言うようにナイフを購入した方が良いだろう。
しかし先立つものが…。
「所持金はいくらだ? ナイフの予算は…」
「………」
黙っていると察してくれたのかウィルが腕を組み考え込む。
お互いに知っているのはほぼ名前だけ、
親しい間柄であればお金の貸し借りも可能だろうが、
昨日出会ったばかりの人間に貸すのも借りるのも抵抗がある。
「所持金は残り少なくて数百円です…」
昨日スウェットとTシャツとショーツ買ったら残金千円を切ってしまった…。
メイは言いながら財布を取り出して残金をテーブルの上に全部出した。
それを見たウィルが目をまんまるにして驚き固まってしまった。
「今時、子供でももっと持ってますよね」
あははと軽く笑うけど、ウィルは驚いたままメイを凝視。
「ちょっと待ってくれるか」
「はい?」
眉間に皺を寄せて悩んでいるらしいウィル、
怒っている訳ではないが顔がちょっと怖い。
「悪いが、この硬貨は見たことが無い」
「あ…そうですか…」
「まるで別世界の硬貨に見える」
「………」
そこまできてウィルは「まさか」と言わんばかりにもう一度硬貨を見る。
身寄りが無く見たことも無い服装、そしてどこの国にも存在しない硬貨。
総合的に考えて異世界からの転生者である可能性が高いと気付いたのだ。
ウィルは昨日から今日までとても親切で裏表が無いような直感があって、
きっとこれからもお世話になるだろうウィルに嘘は吐きたくない。
あえて身分を名乗って自己紹介までしてくれたのだから、
信用に値する人物だとメイは勝手に感じていた。
(いつかバレるなら早い方がいいかも?)
メイは俯きながらぽつりぽつりと経緯を話す。
「実は別の世界から転生してきたんです、
元の世界には戻れないと言われました」
「そうか…」
なにやら考え込んでいるのかウィルは無言になり、
メイも何と言えばいいのか悩んで言葉がなくなり沈黙が続く。
寧ろ転生者であることを信じてくれるんだろうか。
でも目の前には見たことも無い硬貨があって信じざるを得ないのだろう。
「この世界で転生者は兎に角まれで、
千年前に居たというのを書物で読んだことがある。
俄かには信じがたいが…嘘とも思えない」
動揺しているのかウィルの声はとても低い。
「もし本当に転生者なら国王陛下に報告しないとならない」
「国王にですか?」
びっくり。 もしかして国にとっての一大事ってことなのだろうか。
日本だったら警察に届け出たりするだろうし妥当と言えば妥当かもしれない。
「報告と言っても危険から守るために保護するだけのことだ、
身柄を拘束する訳ではない」
「冒険者になるのは無理そうですね…」
「いや、そうでもない」
再び沈黙が落ちたが、ウィルは言葉を選んでいるようでなかなか声が続かないだけ。
「いくら転生者だったとしても自由を奪う理由にはならないからな。
勿論、異世界の知識が脅威にならないように、
他国に攫われたり危険に晒されないようにするはずだ」
もし王様に報告したらどうなっちゃうんだろう、
しばらくは国に保護されて身動きが取れなくなったりするのかな。
できれば自分で生計を立ててのんびり生きたいんだけど、
難しい話なら諦めるしかないかもしれない。
「報告は仕方ないにしても、できれば冒険者として活動したいので、
周りの人達とか秘密にすることはできますか?」
「ああ、それは国としても内密にしたいところだ」
なんだかまるで国王の考えを知っているみたいな態度に首を傾げる。
彼が一般人であれば、もしかしたらメイを利用しようとしたり、
もっと悪く言えば他国に売り飛ばしたりもできてしまう。
しかしそんなこと露とも考えずメイの安全が最優先で、
国に保護を求めているみたいな案は何故なのだろう。
「どうしてそこまで親切にしてくれるんですか?」
「俺はこのアルバート領の三男だと言ったが、
前公爵の父は国王陛下の従兄弟で宰相を務めている、
現在は長男アレクが家門を継いで公爵になっていて、
次男インテも王国仕えで騎士団長だから、俺も無関係って訳でもない」
「なるほど…」
つまり王様が身内だし公爵家としても市民を守ることが当然で、
見知らぬ迷子にも声を掛けたのはそういうことなのだろう。
「他言を望まないのならそうしよう、ただ…国王陛下に報告だけはさせてくれ」
「はい、分かりました」
周りに言いふらしたりしないならそれでいい、
国への報告は義務みたいなものだし仕方が無い。
今後どうなるかは国への報告後に考えることにして、
とりあえず今日はダンジョンに向けて装備を整えることが先決である。
問題はメイの所持金だ。
数百円では武器も防具も買えない、最悪ウィルのマントを借りて羽織るしか…。
できれば借りは作りたくないと思う。
いや、昨日から随分借りを作ってる気がするけど、
これから返していけばいい、自分にできる範囲で。
話し合いの結果、服や防具はお金を稼いでからと言うことになり、
それまではウィルのマントを羽織ることにした。
身長差が50センチもあるので引き摺らないように工夫して肩に羽織る。
そしてナイフに関してだが、それもウィルが愛用している物を借りた。
何から何まですみませんホント…ウィル様様です。
ダンジョンの前に冒険者ギルドに寄って冒険者として登録することに。
ウィルの後ろ盾を得て簡単に登録することができたが、
名前や職業を紙に記入しつつ、日本語じゃないのに書ける自分に驚く。
日本語で書いてるつもりなのに紙には見知らぬ文字、
でも読めるし書けるし不思議な感覚。
ひとまず職業は料理人と悩んだが調合師ということにした、
これから向かうダンジョンで薬草などの素材を集める目的はポーションだから。
それから謎の水晶に手を当てて、それを見ながら受け付けの人が何やら記入し、
やっとのことで冒険者として登録されカードを手渡された。
水晶は受け付けのお姉さんが【鑑定】で見るための道具だったようだ、
【鑑定】のスキルは全員が持っている訳ではないらしい。
カードはクレジットカードくらいの大きさと厚みで、
冒険者カードが身分証の代わりになる。
角っこに穴が開いていて紐やネックレスを通して首に掛けるのが一般的とのこと。
カードには名前と冒険者ランク、職業が書かれているだけである。
とても簡易だが、人によっては【鑑定】で少し視ることができるので、
詳しい情報はカードに記入しないらしい。
ちなみに冒険者のランクはFだった、初心者は全員Fから始まるようだ。
ぴかぴかのカードを両手で持ってわくわくしながら、
知らずに笑顔になっているメイを見下ろしウィルも小さく笑った。
さていよいよダンジョンです。
初めてなのでドキドキしながら向かったのは、
昨日迷子になっていた森(西側)の反対側(街を挟んだ東側)だった。
ここが街から一番近いダンジョンがある場所らしい。
しかも初心者向きのダンジョンで目的の薬草なども採取可能とのこと。
洞窟の入り口みたいな穴を潜ると、最初にこじんまりとした空間があり、
その先には…何故か青空と草原が広がっていた。
「どういう仕組みなの…」
洞窟の中のはずなのに青空って…まるで空間が捩れているような感覚。
土や草の匂い、僅かに風も感じる。
「無限に広がっている訳ではなく、巨大なドーム状になっていて、
自然環境に近い作りになっているらしい、
未だに解明されていないがどこのダンジョンもこんな感じだ。
中には神殿風の内部だったりタイプは様々ある」
「へぇ…すごいですね」
まるでVRと言うか、メ○バースみたいなそんな雰囲気。
「まずは薬草だな」
ウィルが少し歩き出して付いていくとしゃがんで草を指差した。
「これが基本になる薬草だ」
「ミントですね」
どこからどう見てもミントだ、前世界と同じ種類で同じ名前なのは覚えやすい。
ちなみにミントは自生すると大変なことになるので庭に植えるのはオススメしない。
「他にもカモミールやパセリやバジル、
タイムにローリエにローズマリー、
かなりの種類がありそれぞれに効能が変わってくる。
組み合わせによってできあがるポーションも変わる」
代表的で聞いたことのある名前ばかり、薬草と言われているが香草じゃないのかと思う。
もしかして薬草という括りで考えているから料理には使わないのだろうか。
昨日からの食事を思い出して料理に使われず香りがあんまりなくて味気なかったんだよな。
基本らしいのでミントを大量に引っこ抜いてエコバッグに詰め込み、
スマホにレシピが乗っていたのでセージも探して集めていく。
ミントとセージ、魔力の込められた聖水の三つで初級ポーションができるらしい。
ところで聖水は一体どこで…?
『ご主人さま』
「ノエルどうしたの?」
ウィルがちょっと離れた場所に居るのでノエルが話し掛けてきた、
どうやらノエルと会話ができるのはメイだけで他人とはできないようだ。
『魔法カバンに入れれば大量にストックできるにゃ』
「ああ、存在を忘れてた。
でも手持ちで手早く集めるには先にエコバッグを使うよ」
種類が混ざらないようにレジ袋も活用する。
『教えてもらった薬草を【神域の眼】で視ればスマホに登録されて、
あとでマップに表示してくれるから探す時に便利にゃ』
「マジ神だね」
めちゃくちゃ便利機能じゃないか、使わない手は無い。
言われた通りにメイは手にしたミントを見詰めて、
心の中で【神域の眼】と唱えると目の前に説明文が表示されてびびる。
まるでパソコン画面みたいにウィンドウが現れて詳しく書いてあり、
ふむふむと読んで他の薬草も視て登録していく。
あちこちに生えている香草類を千切っては見詰め、千切っては見詰めを繰り返す。
ウィルとしては初めて【鑑定】を使った時のような行動をするメイを見て、
なんだか懐かしさを覚えた、自分も小さな頃はそうやって覚えていったから。
しかしこの世界の人間はスマホを持っていないので記録はされず、
自力で覚えないといけないので薬師は不人気だと言われている。
なんせ薬草の種類が多いし他の素材も膨大な種類、
それら全てを記憶するには長い年月が掛かるだろう。
メイは【神域の眼】で視て記録した素材をマップに反映させ、
視界の左上にあるマップを指先でフルスクリーンに広げてみた。
すると視界の全てがマップと連動し指定した素材に目印が付いて分かりやすい、
普段はマップを最小限にしておけば視界の邪魔にもならないだろう。
指定できる素材は限りがあるので欲しい物を優先的に採取していく。
しばらくぼんやりとメイを眺めていたウィルは何かに気付く。
(もしやマジックバッグの所有者か?)
マジックバッグ(魔法カバン)のスキルを持っている人は割りと珍しく、
商人に多いが一般人で持っているのは稀である。
サイズによって持っている確率も変わってくるのだが、
見ている限りメイの所持している魔法カバンのランクは高いように感じた。
なんせ千切っては覚えてカバンにしまう…を延々と繰り返しているからだ。
2~3時間座ったまま薬草を採取していたメイがやっと立ち上がる。
「草むしりしてるみたいで疲れた~」
いくら女神様のオプションや祝福があって体力が向上しているとしても、
座ったまま数時間とか拷問でしかない。
実際に千切っては採取していたので草むしりと然程違いないが。
「そろそろ次に行きたいが大丈夫か」
「あ、はい!お待たせしてすみません」
無心になって草むしり…じゃなくて採取ていたから時間を忘れていた、
と言うかウィルの存在をうっかり失念していた。
「ここはダンジョンの一階で弱い魔物が居る、
中でもスライムを倒して戦闘に慣れた方がいい」
「戦うんですね…」
「それに、スライムが落とす魔石はポーション作りに必要だから、
できれば自分で倒して経験値も稼いでレベルを上げていけばいい」
何故魔石が必要なのか分からないけど、使い道がありそうなので入手したい、
それにサバイバル初心者のメイは戦闘が初めてで、
これからも薬草集めをするなら一人で戦えるように慣れる必要がある。
「分かりました」
ウィルから借りた小型ナイフを手にして気合を入れた。
「そう緊張しなくても大丈夫だ。
俺が見てるから危ないと感じたら直ぐ助けに入る」
「はい!」
薬草を採取していた場所から離れ木々が生い茂る場所までくると、
ウィルが腰から剣を抜いた、片手剣の中でもちょっと大きい剣である。
身長が高い(200センチ)ので体格に伴い剣も長い物を使っているようだ。
恐る恐る茂みの中を覗いてみたら青色のふにゃふにゃした物体を発見!
大きさは50センチないくらい?
「これがスライムですか?」
「そうだ、ナイフで切ればいい。
弱いしそんなに襲ってこないから焦る必要はないぞ」
そうは言っても初めての戦闘、冷や汗が流れて手が震える。
スライムはメイに気付いていないのかじっとしていて、
ゆっくり近付いたところでスライムが振り向いて目が合った。
(スライムって目があるの!?)
襲うか逃げるか戸惑っているスライム目掛けて、
えいや!とナイフを振り下ろしたら見事に命中。
液体となってしおしおと地面に消えていくスライム、
地面に何かを残していて、それがドロップアイテムだと分かる。
魔石と呼ばれる魔物の核はビー玉のようで綺麗だった、それから…。
「ラベンダー?」
「スライムは様々な薬草を食べたりするから、
たまに薬草を落とすことがある、良かったな」
いわゆるレアドロップと言うやつだろうか。
てか、ラベンダーまであるんだ…カモミールの時点で気付けただろうに驚いちゃった。
ドロップしたラベンダーは5本くらいが纏まって綺麗に束ねられている、
食べている途中だったとしても親切設計のドロップでとてもありがたい。
落ちているラベンダーを神域の眼で視てからバッグにしまい、
魔石のビー玉を指で摘んで空に透かしてみた。
「綺麗ですね」
「スライムの魔石は教会に持っていくと数に応じて聖水と交換してもらえる、
教会側は魔石を身寄りの無い孤児院などに渡して、
子供達が加工して商品として売ることで利益を得て、
手に職を付けたりすることに繋がるという寸法だ」
「考えられているんですねぇ」
何も無いより稼ぎ口がある方が一人立ちの手助けになるだろう。
何はともあれ聖水が欲しいのでビー玉(魔石)の数を集めないと!
俄然やる気が出てきた、がんばるぞー!
一時間くらいスライムを探し回って倒し回っていたらお腹が空いてきた。
もう昼時間を少し過ぎているくらいだ。
ウィルに声を掛けられ昼にするぞとダンジョン入り口まで戻ってくる、
入り口手前のこじんまりした広場でお昼ご飯にするみたい。
ウィルは宿屋で朝食と同じ物を包んでもらっていたらしく、
紙に包まれた微妙なサンドイッチ(レタスとチーズのみ)を取り出して、
メイに差し出してくれた、どうやらこれも奢ってくれるらしい。
いや、ありがたいんだけど…。
(なんとかお礼できないかなぁ…)
なんとなく財布の中身を思い出して所持金を数える。
あと数百円あったから買えないこともないかな…買ったら文無しになるけど。
まあポーションを作って売れたら大丈夫だよね、きっと。
二人してサンドイッチを持って、ウィルが被り付こうとした瞬間に待ったを掛ける。
「待ってくださいウィルさん」
「ん?」
きょとんと首を傾げるイケメン、心臓に悪い。
些細な仕草なのに綺麗な銀髪が揺れるだけで絵になるとか凄いわ。
「もうここまで来たんだし特殊スキルを教えます」
「え…? いいのか」
特殊スキルは特別な儀式で顕現されるもので、
他人から【鑑定】で視られても知られることはない。
ただし教会のトップ、教皇だけは知ることができるとされている。
なので、特殊スキルは本人が口にしない限り誰かに知られることはまず無い。
しかし、冒険者としては戦闘向きのスキルは強みになるので、
隠さない人が多いには多い、逆に微妙なスキルの人は隠す傾向にある。
一応他の人に知られたくないので辺りをきょろきょろして、
近くに人が居ないことを確認してから。
「ウィルさんは食べ物の召喚だと思ってたみたいですけど、違います。
分かりやすく言えば小売店と繋がっていて自由に出入りできる感じです、
勿論小売店なので普通に代金が掛かりますけど」
「…つまり、亜空間にある店に行ける、と言うことか」
ウィルも小声で反応してくれた。
この世界にある特殊スキルは戦闘に特化していたり、
身体能力に関係していたり、貴族の中には商売に向いていたりするが、
亜空間にあるお店と繋がるなんて前代未聞で聞いたことが無い特殊スキルだった。
「あ、そうだ。
口で説明するよりこっちの方が早いですね」
ポケットからスマホを取り出して使い方を説明する、
画面をタップする操作を教えてウィルがメイのステータス画面を見ている間に、
メイは物陰に隠れて【コンビニ】を発動させ瞬間移動。
数百円でギリギリ買えるか心配だったがなんとか足りた!
買ったのはファ○チキ2個とドレッシング用のマヨネーズ1個、
飲み物は迷いに迷ってドリップコーヒーを二つ。
(本当にギリギリだった…!)
慌てて戻ってきたらウィルはまだスマホを眺めていて、
集中している片手からサンドイッチを奪う。
そこでやっとメイが戻ってきたことに気付いて顔を上げた。
「護衛の報酬は後払いだけど、色々教えてくれたお礼にコレ」
サンドイッチにファ○チキを挟んでマヨをちょっと掛ける、
これで味気ないサンドイッチがご馳走に早代わりだ。
「ああ」
再びスマホ画面に釘付けになるウィル、余程興味深い内容らしい。
メイ本人はステータスを見ても何が何やら理解し難いけれど、
この世界の基準や常識を知っているウィルなら詳しく分かるに違いない。
しばらくしてやっとスマホを返してくれたウィル、
どことなく緊張した面持ちでサンドイッチをぱくり。
「うまい…」
「昨日のフライドチキンを挟んでみました、味付けもちょっとプラスして」
「もはやご馳走だな、感謝する」
味に感動しているのか言葉とは裏腹に勢いを感じられる、
ちょっと身を乗り出して真剣な表情、目力が凄い。
「この説明文が映し出されている物体(スマホ)は誰にも見せない方がいい、
ガルシア国だけでなくアスガルドには存在しない文明だ」
「やっぱりそうですか…異世界ですもんね」
「ああ。 それからステータスの内容だが…計り知れないな」
「どういうことですか?」
うまいと絶賛してくれたサンドイッチを食べ終えたウィルに、
ドリップコーヒーを手渡すとひとくち啜ってコーヒーの美味しさに驚きつつ。
「まず特殊スキルが聞いたこともなく、かなり特殊で恐らく唯一無二だろう、
そしてなにより【神域の眼】なんて初めて見た、
説明によると【鑑定】の最上位らしいな、
この世で【神域の眼】を持つのもメイだけだと思う」
他にも魔法カバン∞とか女神様のオプションとか贅沢極まれり。
この世界で生きていく上でここまでスキルが揃っていたら勝ち組らしい。
わざわざ調合師にならなくてもいいくらいには有利な条件が揃っているとのこと。
(女神様が特別って言ってたし本当に規格外なのかも…)
戻ってきたスマホを眺めてステータスをスクロールする。
「あれ?」
「どうした」
「レベルが上がってるみたいです、5になってる」
「あれだけスライムを倒してたんだから上がって当然だ」
ああ、すっかり忘れてた。
聖水のためにビー玉集めでスライムを倒していたら、
いつの間にかレベルが上がってたみたい。
ちなみに冒険者ランクは本人のレベルとは別で、
様々な依頼やお使い、指定された素材集めなどをこなすことで上がるらしい。
ひとまず初級ポーションを作って、次に中級ポーションが作れるようになったら、
やっとランクがひとつ上がると聞いたので素材集めがんばります。
中級ポーションの素材は次の階層、二階にあるので一段下がることに、
階段を降りると再びこじんまりした広場があって、
ここはセーフティエリアらしく魔物は出てこない。
階ごとにセーフティエリアが設定されていて、
日を跨ぐ討伐などではここでテントを張ったりするらしい。
キャンプみたいでちょっとやってみたいけど、
討伐ってことは強い魔物と戦わないといけないのかと思うと怖い。
二階で薬草を採取してやや強くなったスライムを倒して素材集め。
夕方に差し掛かる頃に戻ることにした。
目的はポーションの素材集めだけだし、
レベルも8まで上がったから初心者にしては上出来だろう。
スライムからドロップした魔石が大量に集まったので教会へ行くことに。
ダンジョンのある森を抜けて街の教会を目指してのんびり歩きながら、
メイのステータスに関してウィルからアドバイスを受ける。
「ジョブを見たところ生活魔法は最低限使えるようだし、
火を起こしたり手洗いしたり、軽く風を発生させて乾燥ができるぞ」
「ええっ!私って魔法使えるんですか!?」
まさかの出来事にメイは目を白黒させた。
前世界で魔法はなかったし科学が発達していたので、
魔法なんて御伽噺や創作物の世界だと思ってたから心底驚いた。
ウィルから生活魔法のコツなどを教えてもらい、
歩きながら指先からライターの火くらいを出せるまでになった。
「すごく便利…」
いつでもタバコが吸える。
水と風も体内の魔力の流れを感じながらイメージすれば、
火と同じく発生させることができるらしい。
「魔法使いだ、すごーい」
純粋に嬉しかった、この世界に来て初めての感動かもしれない。
初めてのダンジョンに初めての戦闘で緊張しっぱなしだったから、
魔法が使えるなんて余計に嬉しくて感動が止まらない。
この歳になって感動することも少なくなって、
何かに心動かされるのは久しぶりだった。
なんとか火だけでなく水と風の魔法も使えるようになったところで教会に到着。
ここでビー玉(スライムの魔石)を聖水と交換してポーション作りに一歩近付く。
神官に大量のビー玉を預けて交換するのに時間が掛かるようで(大量だったので)
聖水の数を準備する間に祈りを捧げさせてもらうことにした。
前世界の教会と似ていて礼拝堂はとても広く荘厳だ、
教会なんて結婚式関係でしか行ったことなくて普段の生活からは掛け離れている、
信仰していたり仕事でない限り近寄らないから遠い存在だった。
両脇に並ぶ椅子を通り抜けて中央にある女神様の像の前で膝を着いた。
(女神様、イナンナ様、とりあえず生きてます、ありがとうございます)
『地獄よりも異世界の方が良かったでしょう?』
心の中で感謝を浮かべていたら突然声が聞こえて驚き、
慌てて顔を上げたけど声が聞こえているのはメイだけみたいで、
隣で同じく祈っているウィルは無反応だった。
(もしかしてイナンナ様の声?)
『そうですよ、あなたのことはいつでも見守っています。
ここで私に祈ってくれたことで新たにジョブを授けますので、
どうか活用してくださいね』
(ジョブって…今でも充分なのに増えるんですか!?)
『努力する人には女神としても優しくしたいものです』
いや、まあ、信じる者は救われるって感じなのかもしれないけど、
今でも充分に充実したスキルやジョブなのに…ありがたい以上に申し訳ないわ。
『これからも気が向いたら祈ってくださいね』
(わ、分かりました、ありがとうございます)
びっくりな状況であたふたしながら礼拝堂を出る、
神官から聖水を受け取ってウィルと二人で宿屋に向かうことになった。
しかしジョブが増えるってどういうことだろう…。
メイは思い出してスマホを取り出しステータス画面を映す、
するとジョブのところの魔法に『光』が加わっていた。
ランクはFと低いが、さっきまでなかったのに増えてるし、
女神様が言っていたことは本当だったのかと腰を抜かしそうになる。
増えた項目は『光:浄化』とあって、光魔法の一種らしい。
浄化は飲み水を浄化したり、部屋の淀んだ空気を浄化したり、
物質に対しての効果だけで人体には使えないようだ。
ポーションや薬みたいな回復のヒールなどはまだ使えない。
「ウィルさん」
「どうした?」
教会から出て宿屋に向かいながら、メイは足が震えながら俯いたまま。
「ジョブって増えたり減ったりするんですか?」
「減ることはまず無いが、鍛錬を積んだりすれば増えたりする」
「そうなんですか…なんか教会で祈ったら増えたんですけど」
「…そうか」
いやそんな冷静に…。
「神官達は日々祈りを捧げて毎日奉仕活動を続けて、
その上で女神イナンナから光魔法を授かることもあるようだ」
ああ、それで冷静なのね…って、それ修行(?)しないと無理ってこと?
一回祈っただけで授かっちゃいましたが!?
「ちなみに何が増えたんだ?」
「光魔法の浄化?…らしいです」
「だとしたらスライムの魔石集めはもうしなくてもいい」
「どういう意味ですか?」
「そもそも聖水は水を浄化した物だから、
わざわざ交換しなくてもポーションが作れる」
「ああ、納得」
いちいち聖水を交換するためにスライム退治しなくても良くなった訳だ。
でもあのビー玉綺麗だったなぁ…なんとか自分で加工できないもんだろうか。
今回は既に聖水を交換して入手できたので、聖水作りはまた今度にしよう。
宿屋に向かいながら考える。
もしかしたらこれからも使える魔法が増えたり、
今持っているジョブの熟練度が上がったりしてくのかな。
自分の成長を数値化して目で見えるのはやりがいにもなるし、
目標を立てるのも容易でやる気に繋がる。
異世界に落とされて生き抜くことばかりが頭にあって、
余裕なんてどこにもなく我武者羅な気持ちだったけど、
少しでも前向きに考えてこの世界を楽しむことにシフトできるなら、
落ち込んでいるよりもよっぽど良いように思う。
いつかは一人前になって、自分の足で立って生きていけるようになるかもしれない。
女神様には楽しんで欲しいと言われたけど、
それは一人前になってからの話だし、まずは調合師としてジョブを伸ばそう。
料理は、まあ…、毎日作ればその内勝手に熟練度は上がっていくと思うし、
自分が今一番やりたいことをやろう。
何よりウィルと出会えたことが大きいと思う、
もし悪い人だったら身包み剥がされていてもおかしくないのだから。
ウィルからのアドバイスや後ろ盾で冒険者になれたし、
ノエルも言ってたけどやりたいことをやるのがこの世界だ。
足元を歩くノエルを抱き上げてふわふわな長毛に頬を寄せた。
続く