メイは切実な悩みを抱えていた。
「どうしよう…」
朝、ベッドに腰掛けたままのメイは絶望に暮れていた。
『ご主人様どうしたにゃ?』
「えっと…うん…ちょっと困ったことになってる」
『???』
メイに擦り寄るノエルは不思議に首を傾げた。
ご主人さまがこんなに困っているのは久しぶりだ、
もし役に立てるなら手助けしてあげたいけど…。
「今日はダンジョンじゃなくて服屋さんに行こう」
そう、メイが困っていること、それは…下着である。
コンビニでショーツは買えたけどブラが売っていなかったので、
元々着ていたブラを毎日手洗いして使い続けている。
本来ブラは何枚かをローテーションして使うのが基本なのに、
同じ物を毎日、しかも手洗い必須でいい加減めんどうになってきた。
前世界では毎日ではなく数日置きに洗濯機を回していたから、
寝る前の儀式のように手洗いするのがとても億劫だし、
このまま使い続ければ確実に早くダメになる。
洗濯機が無いのは仕方ないにしてもまとめて洗濯したい…。
ちなみに日頃の洗濯は二日おきくらいの頻度でやっていて、
風呂場(シャワールーム)にある大きな桶を使って洗っている。
洗濯板はないけれど、適当にぐるぐる手で掻き混ぜて洗い、
寝る前に風呂場に干して朝回収する、生乾きなら風魔法で乾かせばOK。
コンビニで洗濯ネットが売ってたからショーツはなんとかなってるが、
ブラは一枚しかなくて心配だから手洗いじゃないと不安でしょうがない。
ウィルには悪いが今日は一人で行動させてもらおう。
朝、今回は前もって作り置きしていたホーンラビットのサラダチキンのサンドイッチ。
ウサギだからチキンって言わないと思うけど他に言い様がない、
だって作り方同じだから…ジップロックに肉を入れ軽く味付けして低温で茹でるだけ、
香草の種類で香りが変わるので毎回ワクワクしながら味が楽しみだったりする。
それにカロリー的にも安心だ、とんかつや唐揚げみたいに油を使わないのも強い、
後片付けを考えると油はねってめんどくさいんだよな…。
サンドイッチとミネストローネを食べ終えて、
ウィルが淹れてくれた食後の紅茶を飲みながらメイは俯いたまま。
「今日は一人で行動させてください」
「一人で? あまり賛成はできないな」
まあ確かに転生者だから護衛の意味で単独行動は控えた方が良いのは分かってる。
でも流石に、男性であるウィルに下着を買いたいなんて言えない…。
どうしたもんか。
「あ、じゃあ、ちょっと女将さんに聞いてきます、
お店が分かれば一緒に行けるかもしれません」
「店に行きたいのか?」
「はい、服とか…」
とか? 服は先日買ったじゃないかとウィルは内心首を捻る。
「俺はここで待てばいいんだな?」
「そうしてください、女将さんの所に行ってきますね」
「分かった」
ひとまずウィルには待機してもらって、下着が売ってる店が分かれば、
店の近くまで一緒に行けば多分大丈夫だよね?
メイは駆け足で女将さんに話を聞きに行く。
しかしまたもや問題が。
女将さんに話を聞いてみると、なんとブラの概念すら無かったのだ。
一般的に服はお下がりだったり物々交換で手に入れる物だし、
この世界の平民女性はブラをしていなかったり、
お胸がそれなりに大きな人はサラシの様な物を巻いているらしい。
そしてお店で服を買うのは殆どが貴族だそうだ。
貴族が買う服なんて豪華なドレスや燕尾服など、
基本的にオートクチュール…マジかよ。
もっと詳しく聞いてみると、一応下着っぽいのはあるらしい、
貴族の女性がドレスを着る際にコルセットを先に着るそうで、
コルセットで腰をぎゅっと引き締めて背中の編みこみを結び、
その上からドレスを着るという…もうそれ補正下着じゃん。
メイが欲しいのはコルセットではない、腰のくびれなんてとうの昔に置いてきたわ。
でも無いよりはマシかもしれない…。
仕方なくお店の場所だけ聞いてウィルの部屋に戻ることにした。
「暗い顔だな」
「お店の場所は聞いたんですけど、目的の物が売ってるかどうか…」
「珍しい商品なのか?」
「うーん、どうでしょうね…」
歯切れの悪い言葉、メイが買いたい服とは一体何なのかウィルは分からない。
素直に何が欲しいのか言ってくれればウィルが案内できるのに。
女将さんから聞いたお店の名前を言えばウィルが知っていたので、
とりあえず二人でそのお店、ドレスが売っている貴族御用達のお店に行くことに。
お店に到着したが入り口から既に煌びやかで足が竦む。
「ここで合ってるのか?」
「みたいですネ」
何故かメイの声がカタコトでウィルは益々不思議に思う。
冒険者なのにドレスが欲しいのか…?
「ウィルさんはここで待っててくれませんか?」
「一人で平気なのか」
「平気じゃないですけど!こんな高そうなお店なんて初めてですけど!」
真っ青になって叫ぶメイには悪いがちょっと面白くてウィルは笑ってしまった。
必死過ぎかよ。
ウィルはガッチガチに緊張しているメイの肩に手を添えて。
「大丈夫だ、心配しなくても俺の名前を出せばいい」
「え…?」
もしかして公爵パワーですか? それともランクSパワーですか?
名前を出せばいいとのことなので甘えさせてもらうことにしよう。
ウィルに勇気付けられて(?)メイは気合を入れてお店のドアを開けた。
店内に入るとキラキラしたドレスや装飾品が綺麗に並べられていて、
どこに目を向けても眩しくて堪らなかった。
前世界でもこんな豪華なお店なんて入ったことない…。
普通なら店員の方から声を掛けてくれる筈なのに、
メイは見た目からして冒険者だしチビだしややぽっちゃりだし無視されているようだ。
(コルセットを売ってくれる雰囲気じゃないな…)
新品のドレスに触れるのも畏れ多く、店内を見渡して店員に近寄る。
「あ、あの」
「なんですか」
年上っぽい女性に声を掛けたが案の定冷たい返事でめげそうだ。
「ここってコルセットとか、ドレスの中に着る下着って売ってますか?」
無言で物凄く嫌そうな顔になりプイっと顔を背けられてしまった。
あああやっぱりドレスを買う人じゃないと相手にしてくれないのか!
ウィルに付いて来てもらった方が良かったのか!
元々コミュ障なメイにはハードルが高かったようだ。
「えっと…すみません、付き添いの人連れてきます…」
メイは敗北感を背負いながら店から出る。
待っていたウィルは沈んでいるメイに驚いて駆け寄ってきた。
「どうかしたのか」
「店員さんがめちゃくちゃ冷たかった…」
「俺の名を出してもか?」
「あ…」
名前を出す以前に相手にされなかったなんて言えない。
あのまま会話を続ける勇気は無かったし、
ウィルの名前を出したところで売ってもらえる気もしなかった。
「来い」
沈んだままのメイの腕を掴んでウィルがとっとと店内に入ってしまった。
「いらっしゃいませ!」
先程と違い年上店員の声が1オクターブ高くなって迎えられた、
ウィルの後に居るメイを見て顔が引き攣ってるけど。
「俺の連れなんだ、商品を見せてくれないか」
「承知致しました」
「で? メイは何を買いたいんだ?」
「………」
言わないと伝わらないって分かってる、
もう4X歳にもなって恥ずかしいなんて言ってる場合じゃない。
おろおろしている間に「こちらへどうぞ」と、
店員さんが案内してくれてウィルと共に個室に通された。
いわゆるサロンってやつで紅茶まで出してくれて恐れ入る。
「メイ?」
一緒にソファに座るメイの顔を覗き込んできたウィル。
なんだこれ拷問かよ。
「説明が難しいのですが、コルセットのような下着と言いますか、」
「!」
俯くメイの小さな声にウィルはやっと気付いたのだ、
ここまで言い渋るのはそういうこと、一人で買いたかった意味。
何故か分からないが顔が熱くなった気がするウィルは、
出された紅茶を一気に飲む、熱々で咽てしまった。
「コルセットですね、しばらくお待ち下さい」
店員は顔色を変えず…寧ろ貼り付けた笑みをそのままに裏方に消えていった。
「す、すまない」
「いえ…」
「………」
「………」
沈黙が苦行だ。
仲間にもう一人女性が居れば問題にもならなかったのかもしれない、
しかし二人は他に仲間を増やしたいとは思ってないし、
気の合う仲間に出会えるかも未だに分からない。
無言が続く中、店員がいそいそとコルセットをいくつか持ってきてくれた。
もうここまで来たんだ、恥ずかしいもクソもあるか!
メイは意を決して立ち上がり…恥ずかしさよりTPOを考えて、
ウィルには後を向いてもらって上着を脱いだ。
ここでコルセットの試着をするのではなくて、
ブラジャーに似た下着があるかを知りたくて実物を店員に見せようと思った。
「こんな感じの下着ってあります?」
「ああ、これなら…ビスチェが近いかもしれません。
コルセットはドレスを着るために腰を細くさせる下着です、
ビスチェは胸を美しく魅せるための物ですから、
それ(ブラ)に近いと思いますよ」
これ全部ウィルも聞いてんだよな、ごめんよ。
今度はビスチェを持ってきますね~と店員はまたもや裏方へ。
「ウィルさんごめんね、この世界にブラが無いって女将さんから聞いて、
どう説明すればいいのか分からなかったの…」
「そ、そうか」
未だに壁を向いているウィル、見えている耳が若干赤いかもしれない。
「コンビニで売ってたら良かったのに…」
本当にな!!!!!
寧ろなんで売ってないんだよ!!
せめてスポーツブラくらい売ってて欲しかった…。
まあコンビニは衣料品店じゃないからね、
スウェットだけでなくショーツが売ってるだけでもありがたいものだ。
しばらくして店員が戻ってきてビスチェを見せてもらった。
コルセットより随分ブラに近い感じがする。
現代のブラとは違って着心地よりも胸を固定する雰囲気だろうか。
(まあ揺れなきゃいいよ)
最低限のラインはそこだ、運動すればブラをしてても僅かに動くし、
痛みを軽減させるためならきっちり固定してもいい。
ただ、この世界のビスチェは結構ごつい。
胸だけでなく腹も覆っているタイプが主流らしく、
胸だけ包み込むブラジャータイプはあまり見られないようだ。
分かりやすく言うとブラジャーは上から吊るすイメージで、
ビスチェは下から支えるって感じ。
店員に見せてもらったビスチェの中でも割と面積の少ない、
腹まで覆うタイプではなく胸周りを固定する感じの物を選んで購入することに。
肩紐が二本ではなく首で吊るすようなホルターネックタイプ、
ホルターネックはなんだか水着みたいな印象しかなかったが仕方ない。
もし諦めるなら最悪サラシを巻くしかなくなる、無いよりマシだ。
「在庫があれば買いたいです、いくつ用意できますか?」
「ご予算に応じてとしか」
そうだった、ここはオートクチュールのお店だった!
「どうしよう、今持ってるのこのくらいなんですけど」
前世界の下着はピンキリでし○むらだったらすごく安いのに。
でもそれは既製品だから安いのであって、手作りなんて値段の予想ができない。
メイは慌てて魔法カバンに手を突っ込んで、
ありったけのお金を机の上に恐る恐る出した。
ポーションや毛皮などを売却した有り金全部。
毎日ダンジョンに潜っていたお陰でそれなりに稼いではいるものの、
貴族にしてみたらきっとはした金、これで足りるかどうか…。
ちなみにこの世界の通貨単位はゴールド。
メイの所持金は8万ゴールドくらい、レートは1ゴールド=1円です。
「でしたらこちらですね」
店員が掌をひとつのビスチェに差し向けた、つまり…。
(ひとつしか買えないのかチクショー!!!)
まあでも、ブラに近いビスチェをひとつでも買えるなら目的達成と言える、
あとはお金を貯めてまた買いに来ればいい。
「お、おねがいします」
あまりの現実にメイの声は震えて引っ繰り返っていた。
補正下着のブラ一枚でもこんなに高くないぞ…と思いながら。
「メイ、いくつ必要なんだ」
「びっくりした!!」
ずっと黙ってたから存在忘れてたよ!!
ウィルは未だに壁を睨んだままで咳払い。
慌ててトップスを頭から被って防具を取り付け、
いそいそと服装を整える、ウィルの隣で下着姿だったとか…。
「必要数を言え、俺が買う」
「ちょ ま それは嫌です!」
「必要な物なんだろう?」
「男に下着買ってもらうとか恋人じゃあるまいし」
「恋人でも下着は買わないと思うが…」
「論点そこじゃないです」
「俺はメイの保護者だ、俺が買っても問題ないだろう」
「………」
なんでこんなに反論してくるんだろう、てか保護者ってなに。
どう考えてもメイより若く見えるし、いくらランクSだとしても、
いくら公爵家の人間だとしても、保護者………?
「年下に保護されて借金までするババアとか聞いたことない」
「と言うか、俺はメイより年上だぞ?」
「そんなまさか」
「メイはいくつだ」
「女性に年齢を聞くなんてマナー違反です」
「俺は128歳だ」
「!?!?」
ひゃくにじゅうはち…???
びっくりしすぎてどこから突っ込めばいいのか。
128歳? それおいくつですか。
待って128歳!? この世界って長寿なの???
「あの、よろしいですか?」
「あ、はい」
店員さんが声を掛けてくれて硬直が解けるメイ。
「ウィルフレッド様はアルバート公爵家の三男様でございます。
アルバート公爵家は王族の分家でございますから、
建国から続く王族と同じく長寿でございますよ」
「初耳なんですけど?!」
店員とウィルの後頭部を交互に見遣るメイ、忙しい。
「聞かれなかったから言ってないだけで、
この国ではエルフだけでなく王族も長寿なのは常識なんだ」
「そ、そうなんだ…?」
じゃあ、年下じゃなくて年上なんだね。
でもそれとこれと話しは別じゃないですか?
しばらく「うーん」と考え込んだメイは顔を上げる。
「ビスチェは自分で買います、今日はひとつだけしか買えないけど、
お金を貯めて今後増やしていくから、ウィルさんは買わなくていいよ」
「…分かった」
下着くらい自分で買わせてくれよ、恥ずかしい。
なんかどっと疲れた。
ビスチェをひとつお買い上げして店を出たら昼を回っていた、
心理戦なのか異常に疲れてしまって、ウィルと二人で珍しく食堂でお昼となりました。
食堂のカウンターで二人並んで沈んだ顔。
無言の食事を終えて食後の紅茶が渋く感じるのは気のせいだろうか。
「なんか、すまなかったな」
「いえこちらこそ」
ダンジョンで採取するより疲れるってどういうことなの。
本当は街を移動して別のダンジョンに行こうと思っていたウィルは、
しばらくはこの街に滞在することを余儀なくされ、
だったらもう少しダンジョンの下へメイと潜ろうと考える。
他に行けないなら潜るしかない、そうでなければ稼げないから。
恐らくメイはビスチェをいくつか買いたいようだし、
もっと稼ぐためにはもう少し深い階層に行かないと割に合わない。
そろそろメイのレベルも上がってきたし採取だけでなく、
魔物を倒して魔石を集める方法を学んだ方が良いだろう。
勿論調合師として採取は必要だけれど、
ポーションよりも魔石の方が効率が良いのだ。
メイの作るポーションは質が良いしスマホの中で作れてしまえるから、
他の調合師に比べれば稼げていると思う。
しかし魔石の需要の方が高いし単価が高いからもう少し高値で売れる、
魔石は宝石としての価値だけではなく魔力を秘めた魔法の補助としても使われるからだ。
「メイ」
「はい」
カウンターに座りながらずっしりと重苦しい空気にメイは、
身体ごとカウンターに落ちて行きそうだったが、
ウィルの声が普段と変わらない感じだったので顔を上げる。
落ち込んでても仕方ない、ウィルに迷惑を掛けてしまったけれど、
人生どうしようもないことのひとつやふたつあるものだ。
「明日からダンジョンを行けるとこまで降りてみないか」
「へ…? ダンジョンを降りるって、潜るってことですか?
そうすると魔物が強くなって…」
「ああ、メイは今四階までしか行ってないだろ、
今のレベルなら五階まで行ってもおかしくないんだ」
メイはハッと気付かされる。
実は昨日、寝る前にステータスを確認していたらレベルが16まで上がっていたのだ。
一週間ほど四階で素材集めをしつつスライムやホーンラビットを倒していたお陰で、
緩やかにだが着実にレベルが上がってきている。
そして何よりジョブである調合のランクもCからBに上がっていた、
ポーションを作り続けていたから必然で、
それにより作れるポーションのランクも上がっている。
初級ポーションだけでなく中級ポーションや解毒剤、麻痺解除に聖水、他にも多数。
もうひとつ上のAになれば上級ポーションや万能薬まで作れるようになるから、
できればAを目指したいと考えていた。
ただし、ウィルに聞いたところエリクサー(ランクS)を作れる薬師は早々居ないようで、
もし作れるようになったら国からスカウトされるかもしれないとのこと。
「行けるとこ まで…」
「不安になる必要はない、危険だと俺が判断したら引き返せばいい」
「………」
「メイの作ったポーションをお守りにして、
もうちょっとがんばってみないか?」
ウィルの言葉に隣の彼を見上げた。
ポーション…。
今まで調合師だからってだけでなんとなく作ってたけど、
本来ポーションは回復薬として使う物だ。
そしてポーションを使う人の殆どが冒険者である。
自分も冒険者の一人としてポーション作りだけでなく、
ある意味本当の冒険者になるには勇気を出してダンジョンを探索したり、
魔物を倒してお宝ゲットしたり冒険者ランクを上げること。
メイは懐から冒険者ギルドのカードを取り出した、両手で握り締めてじっと見詰める。
(私は冒険者になりたかったんだ)
初心を忘れるところだった。
ゆっくりと顔を上げたメイ。
「行きたいです、ウィルさんと一緒に」
ウィルと見詰め合っていたらウィルの表情が少し柔らかくなった。
元々無表情アルバート家、こんなに笑ってる顔初めて見たかも。
「ウィルでいい、もう仲間なんだから」
「…はい!」
クールなイケメンの笑顔(微笑?)に見惚れて返事が遅れたメイ、
ウィルに惚れると言うよりも、美しい美術品を眺めている感覚だった。
顔も体格も強さも兼ね備えてるウィルは本当に貴重な美術品のようだ。
例えば恋人や夫婦だったら釣り合うかどうか悩みそうなものだが、
仲間としてレベル差やランク差があっても、二人は同じ冒険者という目標がある。
まるで学生時代に部活動で同じ目標に向かって努力し走っているような、
一人で立ち向かうのではなく仲間と共に悩み戦い突き進む。
(なんかいいな、こういうの)
前世界では夫に守られてばかりで甘えていたかもしれない、
ウィルにも甘えていないとは言えないがそれでも、
一緒に歩きたいと思える、隣に立ちたいと思える。
部活動で憧れの先輩と一緒に試合をするような感覚に近いかも。
もうそれだけで心が満ち足りてしまった。
「楽しめる範囲でがんばる」
「その意気だ」
ウィルの大きく無骨な手がメイの頭に乗っかって、軽くぽんぽんと撫でられた。
年上だと分かっているのに見た目が若いからちょっと複雑…。
今日はもう遅くなってしまったので、メイは自分達用のポーションを残し、
売れるだけ売ってアイテム欄を整理する。
ノエルと二人でまったりとベッドで横になり穏やかな時間を過ごした。
冒険者だってたまにはのんびりしたい、明日はいよいよ四階の先へ行くのだから、
英気を養うのも必要なことだと思う。
「ノエル」
『はいご主人さま』
「私、冒険者になれるのかな」
『もう冒険者にゃ』
冒険者ギルドに所属してダンジョンにも行っているのだから、
実質冒険者と言えるのかもしれない。
ノエルの喉を撫でてゴロゴロ音を聞きながら癒されてまったり…。
夕飯時になってウィルとご飯。
今夜はホーンラビットの肉と野菜のトマト煮込み料理、ラタトゥイユです。
他に付け合せのポテトサラダ、サンドイッチでマヨネーズの風味に慣れてくれたようで、
特に抵抗も無くポテサラを食べてもらえました。
時間に余裕があったから煮込み料理を作ることができた、
いつもみたいにダンジョン帰りだと結構時間が足りないんだよね。
いつもの硬いパンとラタトゥイユ、それからポテサラに二人はご満悦。
そろそろホーンラビットの肉が無くなりそうだから、
肉の補充も兼ねて明日はがんばってホーンラビットを自分で狩ろう。
毛皮を売ることも考えれば一気に首を刎ねた方が良いらしいので、
それを目標にがんばろうと心に決める。
他にどんな魔物が飛び出してくるのやら、怖いけどドキドキ。
薬草(香草)も野菜も果物も素材も肉も魔石も、
沢山手に入れるぞー!と気合を入れて食事を終え、
部屋に戻って狩りの準備をしてからシャワーを浴び、おやすみなさい。
通っているダンジョンでは階層分×4が適正レベルらしい。
現在メイのレベルは16なので四階から五階相当になる。
ウィルという先生も居るのでがんばれば六階に行けないこともないだろう。
初心者向けかどうかは適正レベルの倍率で分かるようになっている、
上級者向けのダンジョンは×10以上とかもあるようで、
そんなの無理じゃないかと内心突っ込んだのは言うまでもない。
ダンジョンの入り口で二人並んで立ち止まり気合を入れる、
毎日潜っている入り口が今日はなんだかいつも以上に薄暗く感じた。
「魔物を倒しながらゆっくり進もう」
「うん、分かった」
今日の目的は行けるとこまで、素材集めはついで。
慎重に歩き魔物を倒しつつ進んで、来た事のある四階までやってきた、
ここでスライムやホーンラビットを倒してたのが何故か懐かしい。
そしていよいよ五階に踏み入る、緊張。
五階の手前にあるこじんまりした広場で深呼吸をして、いざ!
「うわー!」
なんと五階は今までと違って草原ではなくあちこちに岩山があり、
岩場が多く生態系が全く異なるようだ。
素材や野菜に興味が沸くけれど、ここまで景色がガラっと変わると言うことは、
きっと出現する魔物も全く違って、メイの持つ短剣で倒せるか不安になる。
「メイ、今のレベルはいくつだ?」
「16だね」
「じゃあ目標は20だ、20になったらちょっと余裕を持てるから、
素材集めはその後にしよう」
「はーい」
メイとしては素材集めが楽しいので、早くレベルを上げて採取に取り掛かりたい、
レベル上げなんて前世界のゲームみたいでちょっと憂鬱だけど、
ダンジョンのもっと深い所まで潜るためにはレベルを上げないといけない。
お金を稼ぎたいメイとしては、珍しい素材やレアドロップに期待したい処。
五階のエリアに足を踏み入れ注意深く辺りを見渡してみる、
岩場が多いのは勿論だが木々が少なく薬草(香草)も少ない印象。
どちらかと言えば鉱物だったり、四階までとは違った魔物から取れる魔石が狙えるだろう。
「前にかつサンドを作ってくれただろ?」
「え? うん」
腰に差した鞘から短剣を抜いて右手で握り締めて構えていたら、
ウィルからの言葉にメイは顔を上げる、今その話する?
「あの肉はボアという魔物の肉なんだ」
「ボア…?」
豚肉っぽい何かの肉だったような。
「ここにはそのボアの仲間であるスモールボアが居る」
「そうなの!?」
つまり…。
「今夜の飯はボア肉で頼む」
「了解!」
ちなみにこのエリアにはスモールボアだけでなく、
ゴブリンという二足歩行の魔物も居るらしい。
今日は採取が後回しなので魔物を探して辺りを【看視】してみる、
【看視】は辺りをサーチして魔物の位置を把握したり、
それをマップに反映させて効率化を図ることができる。
そしていよいよスモールボアとご対面。
(イノシシだ!!!)
確か前世界の豚肉は猪を家畜化して改良した物だと聞いたことがある。
(ぼたん鍋があるくらいだし、猪も食べられるはず!)
人間は食に対しての執着心が強いらしい、日本人なら尚更。
毒を持つフグや見た目がグロいタコ、腐ってると言われてもおかしくない納豆など、
どうしてそれを食べようと思ったのか不思議なくらい日本人はタフだ。
「今夜のご飯!」
メイは短剣を構えながら小声で叫ぶという器用なことをしつつ、
忍び足で物陰からスモールボアの背後に回り込む。
「ウィル」
「ん?」
ウィルは剣すら抜いておらず余裕の表情。
「これがスモールボアってことは、小さい部類なの?」
「そうだな、代表的なレッドボアはアレの三倍くらいある」
「あっはい…スモールですね…」
目の前に居るのはスモールらしいが大きさは1m以上あって、
日本だと普通の猪だよ、これの三倍って怖いわ、流石異世界。
「魔物を倒す基本は首を切り落とすか心臓を貫くか、
メイの力ではどちらも難しいかもしれないが、
スモールボアの毛皮は然程売れないから気にせず倒せ」
「小さいから?」
「肉としての価値しか無いんだ、そもそも毛皮の需要が無い」
なるほど…美味しいから肉の価値しか無いのね、手触りも良くなさそうだし、
ホーンラビットみたいに薬の材料となる角も無い。
つまるところ肉にしか価値が無いのだろう、待っててね晩ご飯。
いっそのこと家畜化すればいいのに。
ガルシアの農産物は小麦と芋と野菜で肉はダンジョン産が多いらしい、
なので冒険者も肉を求めてダンジョンを潜る人も多いのだとか。
ギルドにくる依頼も半分くらいは肉を求める貴族だったり、
食堂を運営しているお店だったり、人は誰しも肉を求めているようだ。
勿論野菜主義者の人も居るだろうけど数は多くないのかもしれない。
ちなみに畜産業は鶏の卵と乳牛がメインとのこと。
「メイ、今だ」
「はいっ」
茂みから飛び出してスモールボアの足に短剣を突き刺す、
生命のある動物(魔物だけど)の肉を斬る生々しい感触が手に響く。
これも生きるためなんだ、ごめんね。
前世界で鶏を絞めたことすら無いメイは、
本物の命をいただく意味を身を持って知った。
ホーンラビットよりも大きく重く一振りでは倒せない、
心を無にして素早く短剣を引き抜き、痛みで叫びもんどりうつスモールボア、
メイはもう一度短剣を振り翳し今度は首目掛けて突き刺す。
深く刺さるように、できれば痛みを感じるより先に倒してしまいたい。
耳障りな悲鳴を上げるスモールボアに顔を顰めつつ、
首を刎ねる気持ちで一気に短剣を凪ぐと鮮血が飛び、
メイの服を汚してスモールボアがドスンと重い音と共に地面に沈んだ。
呼吸が上がる、ホーンラビットより力が必要だし何よりすごく重い、
命を頂くことの重みを改めて実感した。
スモールボアは群れではなく単体だったからウィルがその場で解体してくれた、
見た目がグロいのでメイは顔を背け、心の中で命に感謝を述べる。
体内から取り出した魔石を生活魔法で綺麗にしてくれて、
ウィルが手渡してくれた魔石はとても美しい琥珀色だった。
「琥珀?」
「魔石は魔物とエリアの特性を持っていることが多い、
ここは岩場が多いから琥珀みたいな魔石だったようだ」
そういう仕組みなのか、良く分からないけど。
ちなみにスライムは青色のビー玉でホーンラビットは赤色のビー玉だった、
スモールボアの魔石はもう少し大きくピンポン玉くらいのサイズ、
琥珀色で中身が屈折しているのかキラキラして本物の宝石みたいに見える。
「ポーションを作るのもいいが、魔石の方が高く買い取ってもらえるんだ。
今回の魔石は土属性で使い勝手が良く、
魔力を込めて使うと大きな穴を掘ったりもできる」
「魔石ってそんな使い方するんだ?
てっきり宝石みたいに飾ったりするのかと…」
「中にはそういう人も居るみたいだが、
威力の強い魔法を使う場合の補助としても優秀なんだ」
「ほえ~」
この世界の知識がひとつ増えました。
そしてウィルがスモールボアを丁寧に解体してくれて、
お肉第一号を受け取り魔法バックにしまって魔石を掌で転がす。
「綺麗…」
美味しいお肉と綺麗な宝石(魔石)が手に入るスモールボア、
やっとのことで一体倒せたけど、慎重に焦らず戦えば倒せないこともない。
(よし、がんばろう!)
気合を入れて琥珀を握り締めた。
素材集めもいいけどお肉も欲しい、魔石が高価買取ならもっと欲しい。
今はできるだけお金を貯めないと…ビスチェのために。
スモールボアを倒すこと三時間。
ゆっくりと進みつつ五階から六階までやってきた二人。
女神様の祝福で身体がやや頑丈になってるとは言え疲れてきた。
倒した数はゆうに20を越えている、初めてにしては上出来だろう。
ウィルだったら更に倍以上の数をこなせるようだが、
今日のメインはメイなのでウィルは解体以外では手を出さなかった。
危険だと思う場面もなく、メイは順調に魔物を倒し肉と魔石を手に入れることができた。
「レベルはいくつになった?」
「えっと、ちょっと待ってね」
メイはスマホを取り出してステータス画面を開いて眺める。
レベルが20まで上がっていてパラメーターもそれに伴い上がっていた、
肉も魔石も入手してレベルまで上がるなんて願ったり叶ったり。
「20になってる!」
「おめでとう」
ウィルの笑顔に疲れも吹っ飛んでいく、イケメン効果すごい。
これはもうアイドルや癒し系俳優とかそんなふうに見えてきた。
レベルやパラメーターの数値を見てやっと実感したと言うか、
しっかりと目にできるのは達成感も増してとても良い傾向だ。
ウィルは魔法カバンから何かを取り出してメイに差し出す、
それは装飾が施された鞘に納まる短剣だった。
「これは…?」
「レベル20になった記念だ」
「えっいいの!? なんか高そう…」
受け取ったメイは鞘から短剣を抜いてみると、
綺麗で大き目のアクアマリンが輝くダガー。
「水の効果が付いたアクアダガーだ、
使いこなせるようになると思い通りに水で攻撃できたり、
ダガーと言いながら遠距離攻撃も可能になる」
「すご…そんな貴重な物をもらってもいいの?」
「俺がプレゼントしたいと思ったんだ、受け取ってくれ」
僅かに微笑むウィル、親切で優しいとか本当にイケメンだ。
そんな人が先生で良かった、ウィルに出会えて本当に良かった。
「ありがとうウィル! ありがたく使わせてもらうね」
にこっと微笑むメイにウィルも笑みが増す。
今はまだ師弟感が強いけど、こんな関係の仲間もアリだと思う。
持ちつ持たれつ、役割分担も必要なこと。
レベル差があったとしてもお互いに必要としているのなら、
仲間じゃないと否定する要素はどこにもない、きっと。
続く