ひとまずダンジョンに居ても体調は悪化するばかりだと判断し、
ウィルはメイを馬に乗せ、エルフを片腕で抱きながら馬の手綱を引きやや駆け足、
本気で走ると振動でメイが落ちてしまいそうだから様子を伺いつつ、
街の外れにあるタウンハウスへとやってきた。
ここなら誰にも手出しできないし守ってやれる。
メイもエルフも意識が朦朧としているのでとりあえず客室に寝かせ、
ウィルは執事に昨日の出来事とエルフに付いて調べるように指示を出した。
それからアレクに説明するため色違いの伝書鳩を召喚し、
しばらく本邸へは帰れない旨を綴り、もうひとつ頼みごとをした。
夕方になってメイが起きたらしく侍女が声を掛けてきた。
ウィルは急いで部屋に向かうとメイがベッドに座って温かい紅茶を飲んでいた。
まだ顔色が悪いから心配だ。
「大丈夫か?」
「多分ね、それよりあの女の子は?」
「別の部屋で看病させてる、恐らく街の貴族の奴隷だ、
エルフは見た目が美しく奴隷として取引されることがあるんだ。
この国で人身売買は禁止されてると言うのに…」
「奴隷って…」
女の子の境遇に胸を痛めたのかメイは俯いてしまう。
「必要な物があれば侍女に言ってくれ、俺はちょっと調べ物がある」
「うん、分かった」
じっと見詰め合う、昨日までとは違う見えない何かが漂っている気がして。
「まだ熱が下がってないらしいから、しばらく寝ててくれ」
「…はい」
素直に引き下がるメイ、文句はないし助けてくれたし、
どうやって恩返しすればいいのか悩む。
初めて会った時から助けてくれて今回も助けられて、
どうやっても頭が上がらないなあと落ち込んだ。
(でも…)
守らせてくれってどういうことなの。
その言葉だけを聞くと不思議な気持ちになる。
仲間であり先生であり冒険者として大先輩だし、
ただ普通に魔物から守る…って雰囲気ではなかった。
ウィルがどんな意味で言ったのか確認するのが怖い。
私はまた、誰かに依存してしまうのだろうか。
そんなことしたくない、対等…なんて口が裂けても言えないけど、
ウィルとは同じ冒険者として一緒に居たいんだ。
それでも考えてしまう、ぎゅっと抱き締めてくれた意味は恐らく…。
(ウィル、震えてたな…)
あんまり記憶にないけど、朧げながら覚えてるような気がする、
大切に、壊れないように抱き締めてくれたこと。
仲間でありたいのは本当だ、でも…。
依存せずに隣に立ちたい、どんな意味でも。
なんとなく感情の輪郭が見えたような、複雑ですぐに答えには辿り着けない、
難解な問題を解いている気分。
(まあいっか、答えを出さなきゃいけない訳じゃないし)
冒険者として、仲間として一緒に居られるならそれでいいじゃない。
答えを焦って出す必要はないと思う、心が感じるままにゆっくりと、
自分のペースで備に拾い上げていけばいい。
(てか、昨日のウィルの格好は舞踏会用だったのかな?)
すごくきっちりしてて中世ヨーロッパの貴族みたいな、
軍服の雰囲気をプラスしたような格好良い姿だった。
しかも普段は何もしてない髪をアップにしてて男らしさが前面に出てて、
いつもと違う雰囲気も素敵だった、体調が良ければ見惚れていたかもしれない。
さっきはもう着替えちゃって少しラフな格好になってたけど、
冒険者の時の鎧とは違ってウィルは何を着ても似合うなぁとぼんやり思う。
次の日、当主アレクの許可を取りアルバート公爵家の影(隠密部隊)を使い、
メイを助け出した翌日から色々調べてもらっていた、
アレクの許可がなければアルバート家専用の影は使えない、
もうひとつの頼みごととはこの事だ。
その報告が挙がってきたので影からの報告を聞く。
助け出した前日、メイが街中で声を掛けられ口論になったようだ、
声を掛けたのは子爵家の令嬢らしい、確か婚約を申し込まれて断った記憶が…。
子爵令嬢として街にある宿屋全てにメイを出禁にするよう圧力を掛けたとか。
(子爵か…簡単に潰せるな)
貴族同士の上下関係は仕事の取引だったり領地の援助だったり、
中には軍事に関わることなど様々ある。
ウィルは子爵令嬢の婚約申し入れを断っているし、
叩けば埃がいっぱい出てきそうだし潰すのは容易い。
アルバート家からの取引と援助を打ち切れば勝手に没していくのだから楽だ。
国賓扱いのメイに手を出したのだから容赦はしない。
それからエルフを奴隷として飼っていた貴族も判明し、
こちらは国に報告して条例違反だから確実に罰することができる。
そもそも奴隷に着けられる黒い首輪は主人である人間にしか解除できず、
飼い主だった男爵に話をして国に突き出せばすぐに首輪の解除に応じるだろう。
令嬢の方は直々に首を刎ねたいところだが、
メイに対して暴力を振るった訳でもないし難しいか…。
国王に報告すれば恐らく重い罪になるだろう。
もうここまで来てしまったのだからメイには覚悟してもらうしかない。
タウンハウスで過ごすこと五日目。
既に令嬢へはウィルが直接赴き剣を突き付け爵位の剥奪と、
メイに対する賠償金として全財産を没収し平民に落とした。
勿論ウィルの一存ではない、宰相である父に意見を仰ぎ総合的に判断した結果だ。
元奴隷エルフの首輪は男爵が直々に解除しないといけなかったので、
昨日の内にエルフを連れて男爵家に行って解除させ、
そのまま男爵を国の警備兵に引渡し用事は全て終えた。
大事(おおごと)になってしまったので報告書を提出しなければならない、
書類仕事は苦手だからあんまりやりたくないんだけどな。
なにやら執務室の外が騒がしい、なんだろうと思って顔を上げたら、
控えめなノック音と共にメイの気配を感じた。
「ウィル、もし良かったら一緒にご飯食べない?」
メイのご飯!
「書類を片付けたら食堂に向かう」
「分かった~」
実はメイの体調が良くなってから食堂の隣にあるキッチンの使用許可を出している。
ウィルがメイの手料理を食べたかったのが一番だが、
メイの方からエルフが心配だから料理を作りたいと申し出があったので、
断る理由もないから許可しただけ。
朝食はタウンハウスの料理人に作ってもらってるけれど、
やっぱりメイの味には敵わない、この世界の味付けは基本塩だからな…。
何より、メイが作る料理は薬草(香草)を使っているからなのか、
体力回復が速いように思う、薬師だからってのもあるかもしれない。
普段から疲労が軽減されたり怪我の治りが速かったりと、
今思えばメイの料理は『食事』と同時に『僅かな治療』に近いような。
本人は気付いていないようだが『療法食』と言えるかもしれない、
そのお陰でエルフの回復も予想より早かったのだろう。
メイの手料理を食べていた間は体調不良は一切なかったと記憶している。
書類を片付けて食堂に向かうと廊下を歩いている時から声が聞こえてきた。
「メイちゃんおかわりー!」
「待って、ウィルの分も残しておかないと」
「もっと食べたい…」
「じゃあ私のをはんぶんこしようか」
「いいの!?ありがとうメイちゃん!」
待て、メイの分まであのエルフは食べるつもりなのか!
ウィルは早足になって急いで食堂に飛び込んだ。
「メイ!」
「あ、ウィル、お仕事お疲れ様~」
「さま~」
メイの笑顔とエルフの…何か食っててウィルの方を見もしてない。
ちなみにメイが拾った元奴隷エルフはミィナと言って、
エルフの森に帰りたいがあまりにも遠いのでアルバート家が預かっている。
そもそもエルフの森に住むエルフとは交流が殆どなくて、
国王陛下から直々に手紙を送らないと恐らく返事はないだろう。
ミィナに聞いてみたら、食べ物を探して森に居たところを人間に攫われ、
武器も荷物も全て奪われた上で奴隷として売られたらしい。
持ち物を取り返すことは叶わなかったので服だけはウィルが買い与えた。
そして二人が目を覚まし、メイがミィナの面倒を見始めてから変わったのは、
三人で食事をする機会が増えたこと、メイの手料理を三人で囲むのだ。
ウィルだけでなくミィナもメイの手料理に夢中で、
時折ウィルの皿からおかずを奪われそうになる(死守する)こともあった。
なんだか仲間と言うよりも家族みたいな…。
(となると、俺は父親か…?)
あんな生意気なエルフが子供なんて断固拒否だ。
助けてやった恩も忘れてからに。
ちなみにミィナは見た感じ10歳前後に見えるが、
基本的にエルフはウィル達王族と同じように長寿で恐らくメイより年上だ。
「ラップサンドそんなに美味しい?」
「おいしい!おかわり!」
どうやらメイの作るラップサンドが今日の昼食らしい。
タウンハウスの料理長がメイに教えてもらったようで、
作りすぎたのか生地が大量にできて、使用人達も同じ昼食となっている。
好きな具材を巻いて食べるのが楽しいのか、
ミィナだけでなく使用人達の間でもちょっとしたブームとなっていた。
具材はホーンラビットのサラダチキン(チキンではないが)とか照り焼き、
スモールボアの生姜焼き風やにんにくが効いた甘辛炒めなど、
レタスにトマトにきゅうりまで野菜もたっぷりに巻く。
味付けはマヨネーズだけでなくオーロラソース、
さっぱりシソドレッシングやベリーソースなど好きな味で楽しめる。
ウィルが街から離れている間にメイが狩ったボアが大量にあって、
タウンハウスで使用人に頼んで解体したので食材には困らない。
そして栄養失調気味だったミィナのために、
メイが作るクリームシチューなるスープも栄養満点で、
馴染みのあるじゃがいもがメインで食べやすく美味しくて、
ウィルとミィナのリクエストで毎食クリームシチューが食卓に上がる。
「そろそろ王都に向かおうと考えてるんだが、メイはどうしたい?」
「急ぎじゃなかったのに?」
「今回のことを受けて国王陛下も悠長なことを言ってられなくなったようだ」
「そっかぁ…じゃあ明日にでも出発しようか」
「あたしは? あたしは一緒じゃダメなの?」
うるうるの瞳で見上げてくるミィナにメイは言葉に詰まる。
ミィナと一緒に王都へ行くかどうかはウィルが決めることだ、
なんせミィナはアルバート公爵家預かりだから。
奴隷の証である首輪は取れたとは言え、ウィルの一存でミィナの今後が決まる。
「保護者はメイだからメイが決めていい」
「アルバート家預かりなのに?」
「ここに置いておく理由が無い」
ただ保護しているだけならここでもいいけど、
メイはミィナと一緒に居たいようだし連れて行ってもいいだろう。
「夕方に行商が来るからそこで必要な物を揃えるといい」
「行商?」
「もうこの街に用はないし、街にメイを行かせたくないから行商を呼んだ。
ついでにドレスショップの店員にビスチェも頼んでおいたから届くと思う」
「サイズー!!! 私のサイズバレてんの!?」
メイはギャアアア!と両手で頭を抱えて叫ぶ。
「………俺は知らない。
以前買った物と同じタイプでメイのサイズでいくつか頼んでおいた」
「あ、ありがとうございます…」
ありがたいけどサイズが人知れずバレてるの恥ずかしいな!
寧ろどれだけ太ってるかバレてるってことになるから遣る瀬無い。
個人情報の保護頼みますよマジで!!
行商がやってきて買い物です、だがウィルはともかくメイも然程荷物には困ってない。
メイとしてはビスチェが購入できるだけで充分なので他は必要なく、
魔法カバンに色々入れてあるから問題なかった。
「ミィナの服や靴にカバンに…他に欲しい物ある?
必要な物は私が買ってあげるよ」
「ああいえ!お代はアルバート公爵家から支払われますから!」
行商のおじさんの焦った顔、ウィルの奢りだったのか!
じゃあビスチェは…? ビスチェの代金は? それもウィル持ちなの?
ウィルは現在仕事で執務室に篭っていてここには居ないが、
そこはかとなく恥ずかしいのは何故だろう。
(10代の小娘じゃあるまいし…ババシャツみたいなもんだろチクショウ)
と言うことで、行商さんは魔法カバン(小)を持っているので、
様々な商品を見せてもらった、服だけでなく文房具や武器に至るまで。
アクセサリーまで出してきたからそれは丁重にお断りした。
「ところでミィナが使ってた武器ってなんなの?」
「名前わかんない、こんなやつ」
左手でピースして右手で弓矢を引くみたいな動作、はてなんぞや?
すると行商が手をポンと叩いて。
「ああ、スリングショットじゃないですか?」
「そうなの?」
知らない言葉にメイはミィナの顔を覗き込む。
「名前しらない」
『ご主人さま、多分スリングショットで合ってるにゃ、
矢を射るんじゃなく弾を撃つ弓って言ったら分かりやすいにゃ?』
膝の上のノエルが教えてくれた。
ミィナと行商には猫が鳴いているだけに聞こえてるはず。
そうか、弓って言えばなんとなく分かるかも、
弓は矢を放つけどスリングショットは弾を飛ばす違いがある。
「じゃあそのスリング…それを買います、飛ばす弾も買えばいい?」
「弾はいらないよ、そこらへんに落ちてる小石を使うから」
ミィナはにこにこ笑顔で答えてスリングショットを使う真似をする。
弾が石ころって便利だな、飛び道具だし弾はそこらへんにあるし。
ミィナは身体が小さいからエルフが得意な弓矢は扱い辛く、
元々命中率は高いからスリングショットはミィナにぴったりなのだろう。
もうちょっと身体が大きくなれば、ゆくゆくは弓を使いたいらしい。
お買い物を終えて行商が帰ると今度はドレスショップの店員さんがやってきた、
ミィナにはノエルと遊んでもらいつつビスチェを見せてもらう。
「こちらは冒険しても邪魔にならないように、
装飾は最低限となっております」
いい感じだ!無駄なレースとかフリフリなんて要らない!
誰かに見せる勝負下着なんて今後必要ないんだから。
「できればメイ様の”ぶらじゃー”なる物をじっくり見てみたいところですが、
本日はお急ぎとのことで…」
そうか、この世界にブラは無いんだっけ。
ブラなんて自分で作ったことないからアドバイスもできない。
前世界でも下着を手作りってあんまり聞いたことないし。
「王都に向かわれるのですよね、王都には本店がございますから、
今後もご贔屓にしてもらえると大変嬉しいです」
ああ、こっちは支店だったのね。
にこっと笑う年上店員、初対面で冷遇したことを吹き飛ばすような笑顔だった。
まあ冒険者がいきなり高級ドレスショップに来たら誰だって眉を潜めるだろうよ。
店員さんが帰ってやっと一息、そろそろ夕飯の準備をしようかな。
「メイ様、お疲れのようですしお茶でもいかがでしょうか」
「いいんですか!お願いします!」
近くに居た侍女さん(メイの専属)が声を掛けてくれたので、
ありがたくお茶を頂くことにする。
「今夜はどうしようかなぁ」
「あたしはお肉が食べたい!」
「毎食肉じゃん」
「お肉はいくら食べてもいいんだよ」
食べ盛りの子供か…。
ウィルからエルフは長寿でメイより年上って聞いたのに、
言動が子供みたいで微笑ましく感じてしまう。
長い水色の髪がサラッサラで金色の瞳が美しい、
成長したら美人さんになるだろうな~。
ちなみにミィナの長い髪は毎日メイが結わえていて、
今日はゆるーい三つ編みです、可愛い。
侍女さんが淹れてくれた紅茶を啜って、ほどよい香りに心が落ち着く。
「美味しい~、いつもありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですから」
ふわっと笑う侍女さんはエリンさんというらしく、
お世話をしてくれる合間にコンビニ商品をお駄賃代わりにあげている。
紅茶にも合う一個包装のカステラをいくつか取り出して、
ひとつは自分用、もうひとつはミィナ用、そしてエリンにもひとつ分けて。
「結構甘いからお茶と一緒にどうぞ」
「た、たいへんありがたく存じます!!
このような甘味は庶民には高級過ぎてぁあああっ神よっ!」
この人おもしろいんだよな、オーバーリアクションで芸人みたい。
カステラを両手で掲げて泣き崩れてるエリン、
なんかライ○ンキングみたい、そんなエリンを見てメイとミィナがこっそり笑う。
「コショウも砂糖も貴重だって聞いてたけど本当だったんだね」
「基本的に調味料の元となる薬草はその名の通り薬に使われますから」
「塩は海が近ければ沢山作れるよね? あと岩塩も探せばどこかに…」
「がんえん…?」
そうか、塩は海から採れる(作る)っていう概念しかないのか、
前世界では山で鉱石として存在しているから、
塩が山で採れるって誰も考え付かない訳だ。
残念ながらそういう詳しい知識は持っていないので、
メイはその話を切り上げて夕飯の献立を考える。
主婦のレパートリーなんてたかが知れている、
毎日肉料理のオンパレードでそろそろお米を食べたい…。
と言うか硬いパンに飽きてきた。
ニョッキもいいけどパスタも捨てがたい、どうしようか。
「そうだ、ラザニアなら皆食べれるかもしれない」
「らざにゃあ?」
「小麦粉を使った料理だよ」
「お肉は?」
「ちょっと使う」
「ちょっとかぁ~」
肉の割合がちょっとと聞いてミィナはがっくりと項垂れた。
できれば牛と豚の合挽き肉が欲しいけど、無い物は仕方ないから手持ちの肉で作ろう。
まずはタウンハウスの料理人に手持ちの肉とタウンハウスの肉を使って、
ひき肉にしてもらうことに、ボア肉(豚肉)だけでは不安だったし。
ミンチにする道具はないので手作業でみじん切りにして更に細かく切ってもらう。
合挽き肉があればハンバーグを作れるのになぁ………落ち込んでもしょうがないか。
メイン具材の肉は後回しにして先に生地作りから。
小麦粉に溶き卵と塩と油を混ぜてひとまとめにし、しばらくこねる。
ビニール袋に入れて寝かせたいのだが、結構な量(タウンハウス全員分)なので、
いくつものビニール袋に小分けして冷蔵庫で1時間以上寝かせる。
ひき肉ができたようなので、たまねぎとにんじん、セロリをみじん切りにし取って置く。
油を引いたフライパンでバジル、タイム、オレガノ、にんにくを中火にかけ、
焦げないよう香りが立つまでよく炒める。
みじん切りにした野菜を全て入れてたまねぎが透き通るまで中火で炒め、
ひき肉を加えて野菜の水分で煮詰めるように火に掛ける。
肉の色が変わってきたら赤ワイン(タウンハウスにあったワイン)を加え、
煮立ってきたらコンソメとローリエ、大量の刻みトマトと少々の塩と小麦粉を混ぜる。
小麦粉は若干のとろみを出すためなので小匙1くらいです。
隠し味にイチゴジャムをちょっとだけ加え、
10分から15分くらい煮込んだら弱火にして煮詰めていく。
焼く直前まで弱火で時間を掛けじっくり煮込む、本当はもっと時間を掛けたい処。
ミートソースを煮込んでもらってる間にホワイトソースに取り掛かる。
ちなみにメイの作り方を見ながら料理長も同じ様に作ってくれているので、
無謀にも大鍋を使うことなく普通のフライパンで作れるのでありがたい。
同じ手順なのでコンソメキューブを大量に分けてあげました。
鍋にバターを入れて弱火で加熱し、小麦粉を加えてバターに馴染ませる、
焦がさないように気をつけてまんべんなく馴染んだら牛乳を少しずつ加えて、
木ベラで手早く混ぜればとろみが付いてくるので、塩コショウで味を調えて完成。
タウンハウスの料理人に手伝ってもらって耐熱皿(四角)を準備してもらい、
冷蔵庫から取り出したラザニア生地を料理人の皆さんと一緒に柔らかくなるまで捏ねる。
薄く延ばして耐熱皿の大きさに切って軽く茹でてから、
ここでやっと煮込んでいたミートソースの火を止めてローリエを取り出し、
ホワイトソースとミートソース、生地の順番で何回か積み重ね、
最後にチーズをふり掛けてオーブンで焼いていく。
パンが主食の人にいきなり麺は抵抗があるかと思ってラザニアにしたが、
ひとつの皿で完成するラザニアは手間が掛かっても食べやすいと思う。
「すごい数だね…」
「タウンハウスには料理人含め使用人が30名以上いますからね」
オーブンに入りきらないラザニア(焼く前)が並べられたテーブルを見て、
メイが思わずぽろっと呟いたら料理長が苦笑いで答えてくれた。
タウンハウスで30人以上って…本邸だと何倍になるんだろう。
「それにしても、小麦をこうして食べるのは初めてです、楽しみですね!」
他の料理人が嬉しそうに声を弾ませ、手伝ってくれたミィナも目を輝かせていた。
さて、余熱されたオーブンで15分から20分焼けば完成になる、
急いで食堂のセッティングをしてウィルを呼んできてもらった。
「今日はあっつあつラザニアだよ」
「らざにあ…?」
ミィナと同じ反応で思わず吹き出してしまったメイ。
焼き加減は料理長に任せてあるので三人とも席に着き、
運ばれてきたラザニアにウィルは口元が緩み、ミィナは歓声を上げた。
ラザニアだけでなく地元野菜を使ったサラダやスープもあります。
いただきます。
フォークでひとくち、ミートソースとホワイトソースの程好いハーモニー。
ラザニアの生地ももっちもちで食べ応えがあってなかなかの出来だ。
「おいしー!お肉少なくてもこれなら大好き!」
「ミィナの基準はお肉なのね」
「毎日木の実生活だったし、お肉を食べたらもう戻れないよ」
奴隷になる前、森で生活していたミィナはおじいさんと二人暮らしで、
日々の食事は木の実や野菜、果物が多かったそうだ。
肉は記念日とかたまに食べる程度で、エルフのご近所さんに分けてもらっていた、
ミィナが自力で獲物を狩るのはもっと大人になってから、
弓が使えるようになったらとおじいさんに言われていたらしい。
そしてウィルはぼんやりした味付けの肉や硬いパンで育っているので、
がっつり飯や味の濃いおかずはメイと出会ってから初めてだったし、
知らない味を知る喜びを覚えてメイの作る手料理が大好きになっている。
なんか二人とも食べたいだけなんじゃないの…と思わなくもない。
「あ…そう言えばミィナは王都に行った後はどうするの?
エルフの森ってかなり遠いって聞いたんだけど」
「んー 弓が使えるまで帰らなくてもいいんじゃないかな」
「え?」
あまりにもあっけらかんと答えるミィナにメイはフォークを持つ手が止まった。
まだ小さいんだから親御さんの元へ早く返さなきゃいけないと思ってたんだ。
でもミィナはエルフで長寿らしいし、見た目に反してメイより年上だしで、
結局は本人がどうしたいかで今後の方針が変わってくる。
「それよりメイちゃんは? メイちゃんはどうするの?」
「どうするって…」
チラとウィルを盗み見る。
ウィルはラザニアに夢中なのか、はふはふとフォークを口に運んでいて、
ミィナの話しはあまり聞いていない様子だ。
「私は…できれば冒険者を続けたいと思ってるよ」
「じゃあ、あたしも冒険者になってメイちゃんと一緒に居る!」
「いいの?」
メイはミィナとウィルを交互に見て不安が過ぎる。
ミィナと仲間になるのは構わないが、メイはウィルとパーティを組んでいるし…。
するとウィルが食べ終わったのかフォークを置いてナプキンで口を拭きながら。
「俺は構わないぞ、一緒に旅をしながらエルフの森にも寄ればいい」
「じゃあそういうことで」
にっこり笑うミィナ、不安しかないメイ、執事に指示を出すウィル。
でこぼこのパーティだが食べることが大好きなことは共通しているので、
仲間割れや喧嘩にはならないかもしれない。
と言うか、ランクSのウィルが居ればなんとかなる気がする。
他人任せでおんぶに抱っこじゃなくて、頼れる先生ポジション。
膝に居るノエルを撫でながらメイは不安だけじゃなく、
新しい仲間も加わってこれから一緒に冒険できることが楽しみで、
ちょっとわくわくしてきた、今後も仲間が増えたりするのかな?
次の日、王都へ向かうためアルバート家が用意した馬車に乗り込む。
ミィナが冒険者ギルドで登録するため一旦街に行くがメイは馬車で待機予定。
ちなみに侍女のエリンも一緒だから一人でヒマってこともない。
午前中に街へ行ってミィナの冒険者登録をしてから出発、
近くにある毎日通っていたダンジョンともお別れか…。
初めて冒険したダンジョンとのお別れは感慨深い物がある、
最下層まで行く前にお別れって言うのも勿体無い気がするけどしょうがない。
王都へは早くても一週間は掛かるようで、
予定としては中継地点で宿泊する街を予め決めて馬車で王都へ向かう。
ただ、所々ダンジョンがあるから興味があれば寄ってみてもいいらしい。
その分、王都に着くのが遅くなるけど急ぎじゃないからのんびり行こう。
昼食は馬車の中で済ませて(ラップサンド)何時間も揺られて尻が痛い。
いくらふかふかのクッションでも長時間は厳しい物がある。
三時休憩で馬車の外に出ると近くにダンジョンがあると聞いたので、
身体を動かしたいしちょっと覗いてみようと言うことになった。
御者さんと侍女のエリンには馬車で待機してもらい、
ウィルとメイとミィナの三人でダンジョンに入ることにした。
以前のダンジョンは初心者向きで階層×4が適正レベルだったが、
今回のダンジョンも初心者向きと言いつつ階層×5くらいが適正らしい。
そんなに変わりはないかもしれないが、深く潜れば潜るほど差がきつくなる。
ミィナがどれほど戦えるのか分からなかったので、
一階からゆっくり降りようと思っていたのに、
ミィナがズバズバと敵を倒しスリングショットが唸る。
「み、ミィナ、強いんだね…」
「そうかな? あたしのレベルは142だからもっと潜れるよ?」
「ひゃ…っ」
予想外のレベルにメイは引っ繰り返るかと思った。
流石に長寿なだけあってレベルも高くなって然るべき…らしい。
メイはこちらの世界に来て一ヶ月なのだから比べること自体が間違っている。
「メイちゃんはいくつなの?」
「………ごめんなさい23です」
てことはランクSのウィル様は一体いくつになるの?怖くて聞けない…。
でもミィナは冒険者になったばかりなのでランクはFである。
これから一緒にクエストをこなして二人でランク上げがんばろうね。
ミィナのレベルは一般人としては高いし、冒険者の中でもそこそこのレベルで、
何故奴隷になってしまったのかと言うと武器を奪われたからだ。
武器を持たないミィナは身体が小さく素手だと弱いし、
一般人より魔力を持っていても燃費が悪く魔法での戦いには慣れていない。
奴隷の首輪には魔力を封じる効果もあったので更に逃げ出せなかったらしい。
タイミングを見計らい、死に物狂いで逃げ出したようだ。
これからはスリングショットだけでなく魔法も鍛錬した方が良さそうだ。
ダンジョンの一階で次々とスライムを倒していくミィナ。
なんでそんなにスライムばっかり倒してるのか不思議に思っていたら、
スライムの魔石(青いビー玉)が欲しくて倒しているのだと言う。
「なんで?」
「だってこれ弾になるし」
「なるほど!!!」
ミィナの武器はスリングショットで弾が必要になる、
その辺に落ちている小石を使うことが多いが、
手が小さいミィナにしてみたらスライムの魔石が丁度良い大きさなのだそう。
「じゃあ私の魔石あげるよ、倒しすぎて大量にあるし使い道がなくて」
「ほんと?メイちゃんありがとー!」
にっこにこのミィナにスライムの魔石をあげるメイ。
魔法カバンから取り出した魔石は4桁あって流石にミィナはドン引きした。
本来ならポーション作りで聖水と交換するべきなのだが、
メイは聖水が作れるから本当に使い道がなくて、売るにしても二束三文…。
加工するには無理な数、結局カバンの肥やしになっていた。
ちなみにミィナが持っているのは魔法カバン(小)なので、
そんなに沢山の物は持てないらしい、どうやらそういう固有スキルは、
生まれ持った天性の物で後から鍛錬などで増やせないそうだ。
だから特殊とか固有とかサブとかスキル欄がいっぱいあったのねとメイは納得、
とは言え、メイほどスキルを保有しているのは滅多に無いことで、
女神イナンナが特別に付与してくれた奇跡のようなものである。
さて、ダンジョンの五階にやってきました、ここからメイの適正エリアです。
大先輩のウィルが居るしメイよりレベル上のミィナも居るので、
メイはアクアダガーを構えビビリ散らしながらも魔物を探す。
もう素材集めする余裕はない。
せめてレベル30くらいにならないと素材集めなんて怖くてできない、
やってきた五階は森林エリアとなっていて視界が悪いのも要因だった。
「確かここはバッファローが居たと思う」
「バッファロー?なんか聞いたことあるような…」
なんだっけ、水牛だっけ? あ…っ つまり、牛だ!!!
解体はウィルに任せるとして牛肉は是非とも欲しいところ。
前世界で牛肉は高くてあんまり買わなかったし、
日頃の献立は豚肉と鶏肉が基本だった。
でもたまには贅沢に牛肉のステーキとか焼肉とか、
外食で食べるならやっぱり牛肉が好きで、食べる機会があるなら見逃せない!
「ウィル先輩お願いします!!」(90度お辞儀)
「な、なんだよ、言われなくても狩ってくる」
メイの勢いに呆れながらウィルは森林の中に消えていく。
その間にメイとミィナは入り口付近で安全を確保しつつ、
色違いのスライムや二足歩行のゴブリンなどを倒してレベル上げ。
スライムもゴブリンも食べる部分はなくてドロップも魔石くらいだ、
たまに薬草を落とすけどそれほど貴重なレアドロップではない。
なんかもうミィナの攻撃に圧倒されて手出しできない…。
スライムの魔石を弾にしてスリングショットを撃つミィナ、
威力がすごくてメイのダガーより凄まじい。
しかもニコニコ笑顔で攻撃して殺傷能力がえげつないから、
なんかサイコパスが楽しく遊んでいるような錯覚すら感じてしまう。
しばらくすると大きな音が聞こえてきて顔を上げる、
もしかしてウィルがバッファローを倒してくれたのかな?
「早く食べたい牛肉!」
「ぎゅうにく?」
「すっごく美味しい肉だよ!」
「ほんと!?あたしもお肉食べたい!!」
二人して目をキラキラさせてウィルを待つ。
バッファローを一頭狩ってきたウィルは二人の目を見て若干びびったが、
喜んでるみたいだし良かった、解体は後回しにしてもう少し狩ってこよう。
「なんか普通の牛に比べて大きいなぁ」
普通の牛と言われてもミィナには分からず首を傾げてしまった、
サイズが大きいから角も大きくてメイは神域の眼で鑑定する。
どうやら角は薬に使えるらしい、ウィルに頼んで綺麗に切り落としてもらおう。
バッファローの肉をどうやって食べようか、そのままステーキでもいいし、
赤ワインと煮込んでビーフシチューにしてもいい、肉じゃがも美味しそうだ。
ミンチにするのは面倒なのでそれ以外のメニューってなると、
メイにはレパートリーが少ない、なんせ前世界ではあんまり買わなかったから。
ステーキや焼肉は外食だったからなぁ…。
そうだ、だったらBBQにして野菜も一緒に食べればいい。
焼肉のタレだったら売ってるし、自分好みに食べられるから数日続いても文句はない。
そうなってくると海鮮も欲しくなるけど…海って遠いのかしら?
魚も貝もイカも食べたい、ああこの世界の食材をいっぱい食べたい。
死ぬまでにどれだけ制覇できるだろうか、寧ろそれを旅の目的にしてもいい。
各地域の特産品を食べたりしながらダンジョンを潜ったり、
冒険者として理想の旅になるに違いない。
「メイちゃんよだれ」
「おっとー、ごめんごめん、今後のことを考えるとよだれが出ちゃう」
「メイちゃんが美味しいと思う食べ物ってなぁに?」
「色々だよ、数え切れないくらい」
するとミィナが目を輝かせて身を乗り出し、キャー!とメイに抱き付いた。
「もっともっと美味しいもの食べたいな!」
そうなってくるとメイのレベルが心配だが…。
「がんばります…っ」
可愛いミィナを抱き返して二人して頬ずり。
そんな二人を見てウィルはどう反応すればいいのか困り果て、
再び森林に消えて次々とバッファローを狩って来てくれた。
続く