巨大蜘蛛の魔物と戦っているのは男性で身軽な格好をしていた。
手にしている武器はダガー、メイが持っているアクアダガーと然程変わらないサイズ。
ダガーだけで巨大蜘蛛に立ち向かうなんてすごい人だと感心するメイ。
ウィルは腕を組んでボスが倒されるのを待ち、
ミィナは近くに居た雑魚(ゴブリン)を適当に退治している。
魔物と戦う冒険者には様々なジョブを持つ人が居て、
ウィルは魔法剣士だしミィナは射手でゆくゆく弓使いになるらしい。
じゃあ、メイは?
本当はダガーみたいな接近戦は怖くて武器を変えたいと思っていて、
だからと言って別の武器は想像も付かない。
ミィナみたいにスリングショットも考えたけど、
一度使わせてもらったら狙いが定まらず扱いが難しかった。
消去法でダガーか槍、魔法を伸ばすことで杖とか色々考えたけど、
結局自分が扱えそうな武器が思い浮かばなくてダガーに落ち着いている。
いつか自分に合った武器に出会えるだろうか、
戦闘スタイルも変わっていくのだろうか。
「そろそろだな」
ウィルの小さな声に顔を上げ、改めて巨大蜘蛛と戦う冒険者を見遣る。
毒の効果でHPが減った蜘蛛に立ち向かい、ダガーで襲い掛かる男性冒険者。
最後の悪足掻きなのか蜘蛛が四方八方に何かを飛ばしてきた、
びっくりしたメイは腰が抜けてしまいしゃがみ込み、
メイの目の前でウィルが発動した氷魔法で飛んできた何かを弾き地面に落ちる。
よく見ると蜘蛛の糸、数え切れないくらいの太い束になっていて、
氷漬けになっているため硬い音を発てて転がる。
「おー!悪いな!そっちまで飛んじまったみたいで」
蜘蛛と戦っていた男性は軽い声だった。
倒したことでドロップしたアイテムを足で適当に突いて吟味し、
レアドロップは無かったと落胆しながらこちらに来た男性。
「大丈夫だったか?」
困った笑みを浮かべる男性は20歳前後で若い感じ、
赤い髪と鳶色のタレ目が特徴的なチャラ男に見えた。
「大事無い」
ウィルが答えながらメイの腕を掴んで立たせてくれた。
「この蜘蛛の糸はもらっても?」
ウィルが尋ねるとチャラ男はニカっと歯を見せる。
「いいぜ、どうせ薬にしか使えねーし」
薬!? じゃあこの蜘蛛の糸も素材!
メイは目を輝かせて転がっている蜘蛛の糸に駆け寄る。
「もらっちゃっていいんですか!」
「どーぞどーぞ、本命は出なかったけどこればっかりはしゃーない」
本命? もしかしてウィルが言っていたレアドロップ品のことかな?
「しかし毒とは考えたな」
「俺にはそれくらいしかできねーし、一人で倒してみたかったんだ」
なるほど、強い魔物に立ち向かい倒すことを目的とする人も居るのね。
その上でレアアイテムがドロップすれば万々歳。
「ねー、一週間待たないといけないの?」
ミィナが口を尖らせ文句を言うとチャラ男は再び困ったように笑う。
「ところであんたはウィルだろ? パーティ組んでるなんて初耳だ」
「お前には関係ない」
「怖っ」
ウィルの塩対応にチャラ男は肩を竦める。
ウィルって有名人なんだ…。
冒険者ランクSって本当なんだ、今まで声を掛けられたことはなかったし、
直接ウィルの噂とか評判とか聞くのは初めてだ。
だが、ウィルは通り名があるほど有名なのだそう、
常に一人で行動し誰ともパーティを組まない高レベル冒険者、氷血銀狼。
え、めっちゃ物騒な通り名だな!とメイは目が白黒する。
「そうだ、これから二十階に行くんだけど、お前等も一緒にどうだ?
俺は斥候だしレベル122だから流石に二十階のボスは一人じゃ倒せねーんだ」
「せっこう…?」
チャラ男の言う『せっこう』の意味が分からなくてメイが首を傾げる、
しっかりと蜘蛛の糸を回収しながら。
てかレベル122とか…皆すごくレベルが高くてメイは眩暈がしそうだ。
「斥候は手先が器用で偵察や暗殺を得意とするジョブだ」
「へ~すごい!」
「物理攻撃も魔法攻撃も得意じゃないから毒でしか役に立たないけどな」
それを自分で言っちゃうんだ…。
話を聞いてみると、本当は組んでいたパーティで二十階に行く予定だったが、
前日に仲間割れと言うか濡れ衣を着せられパーティから追い出されたらしい。
すぐにパーティメンバーを見つけるのは難しく、
一人でダンジョンに来て一人で倒せそうなボスを倒していたということだった。
「てか二十階とか無理!」
「なんでだよ?ウィルなら秒殺だろ」
え?え? どういうこと?
意味が分からなくてメイはチャラ男とウィルを交互に見る。
「すまないがメンバーの適正から大きく外れる、
二十階には行かないし目的であるここのボスも倒されてしまったし…」
戻るのがベストだろう。
ちなみに十刻みのエリアボスを倒したので帰還石が出現しているものの、
ボスを倒した人(及びパーティメンバー)じゃないと触れても戻れないから、
メイが触れても入り口には戻れません。
「てことは、お姉さんとちっこいのがレベル低いのか?」
お姉さん…!
「ちっこいのって言うな!!!」
びっくりした!ミィナが叫ぶなんて珍しい。
「あたしはちっこいかもしれないけど赤毛より年上だもん!」
「マジかよいくつだよ」
「れでぃに年齢を聞くのはまなー違反よ!」
いつの間にそんな台詞を覚えたのミィナ!
でもぷんぷん怒ってる姿も可愛い!
「とりあえずセーフティエリアに戻らない?」
「そうするか、進むか戻るか決まってないし」
進むという選択肢は断固拒否ですが。
ウィルが返事をしたことで一行は手前のセーフティエリア(九階と十階の間)に戻り、
改めて自己紹介をすることになった。
赤毛でタレ目のチャラ男はリックと名乗り斥候のジョブで冒険者ランクB。
主に偵察や罠解除、得意の毒でボスを弱らせる立ち回りで戦うスタイルらしい。
確かにどんなに硬い魔物でも毒さえ当たれば弱らせることができる。
そんな戦い方もあるのねとメイは感心するばかりだ。
ちなみに斥候のジョブ持ちは貴族に人気で、
貴族お抱えの偵察部隊として雇われることが多いそうだ。
この世界の貴族って闇が深いのかな…。
教会の儀式で斥候の特殊スキルが顕現したことで、
リックは貴族にスカウトされたが冒険者になりたくて断り、
昨日までパーティを組んで長年冒険者としてダンジョンを巡っていたみたい。
「濡れ衣って何があったの? 晴らさなくて良かったの?」
「別にいいよ、もう二度と関わらねーし」
結構あっさりなのね、今まで共に戦った仲間なのに淡白すぎない?
それとも、そういうライトな冒険者も居るってことなのかな、
その場限りのパーティとか、クエストのためだけのパーティとか。
「メイちゃん、お腹すいた~」
「あ、もうそんな時間?」
朝からダンジョンに入ってゆっくり歩きながら十階まできて、
リックがボスを倒すのを見学していたから、そろそろお昼ごはんの時間だ。
「よかったらリックさんも食べますか?」
「いいのか!ありがたい!」
少しは遠慮しろよ…とウィルはリックを睨むが、
メイが誘ってしまったので断るに断れない。
今日のお昼ご飯は三者三様でメイは素の塩にぎりだし、
ウィルとミィナは硬いパン、そして…。
「なんだこれ!!!」
主食は別々でもおかずは一緒です。
大皿に取り出したのはホーンラビットの照り焼き、
つやつやな表面、甘くて香ばしい良い匂い、目の前の料理に驚くリック。
出来立てを魔法カバンに入れていたのでほかほかです。
付け合せのポテトサラダも忘れずに。
こっちの世界にマヨネーズが存在しないため不思議な味だそうな、
馴染みのあるじゃがいもを使っているから躊躇いはなく、
ウィルもミィナも美味しいと言ってくれたので一安心。
野菜が足りないから野菜たっぷりミネストローネで補います。
「いっぱいありますから遠慮なくどうぞ~」
リックにパンを手渡しながら照り焼きを勧めて、
皆で一口サイズの照り焼きをフォークで食べる。
「うそだろ…今までの飯はなんだったんだ…」
リックは泣きそうな顔…いや涙が滲んでる。
そもそもダンジョンでの食事は簡素になりがちで、
やったとしても適当に肉を焼いたり硬いパン、味付けも基本の塩のみ。
その場で採取できた木の実や野菜くらいだったらしい、
ここまでしっかりした料理を食べられるなんて奇跡なんだとか。
感動しながら食べているリックを横目にウィルも照り焼きをパンに挟み、
付け合せのレタスとチーズも挟んで頬張る。
「そもそもメイの料理は珍しい上にうまいからな、
今までの飯にはもう戻れない」
「分かる、分かる…。
こんなうまい飯を食っちゃったら戻れねーよ…」
涙ちょちょぎれてますやん。
「パンにね、お肉とぽてとさらだを挟んで食べると美味しいんだよ!」
「野菜も食べようね~」
皆から絶賛されると嬉しいやら恥ずかしいやら、作った甲斐があったもんだ。
肉だけじゃなく付け合せのサラダ(パンに挟んでも良し)も食べてね。
「よし決めた!俺もパーティに入れてくれよ、
今フリーだしうまい飯にも有り付けるなんて最高じゃねーか!」
えっ 仲間になるの?
動揺するメイ、ミィナが仲間になったのは成り行きと言うか、
一緒に王都へ行く目的があったからすんなり仲間になったけど、
リックは普通に冒険者として仲間になりたいようだ。
と言うかご飯目当てっぽいけど。
「メンバーは間に合ってる」
「そこをなんとか!」
ウィルが断るとリックは両手を地面に着きほぼ土下座。
「せめて魔法使いならまだしも、斥候は必要ない」
「なんだよケチだな~」
どうしてそこまで頑なに断るんだろう…?
確かに今まで斥候が居なくてもなんとかなったけど、
これから先どうなるか分からないし、
巨大蜘蛛を倒せるくらい強い人なのに断っちゃうの?
「ケチな男はモテないと思うぞ」
「!?」
リックがにやにやして言うとウィルは驚き目を見開いた。
モテない…? つまりメイに嫌われてしまうかもしれない?
考えたこともなかった、メイにどう思われてるかなんて。
ただメイを見守っていけたらいいと考えていただけで、
自分がメイにどう思われるのか、どう思って欲しいのか、
本当に一度も考えたことがなくて…。
ウィルが考え込んでしまったので放置して、
ミィナもリックもパンをお替りして照り焼きが無くなりました。
ウィルはもっと食べたかったのに食べ尽くされてイライラ。
リックに指摘されたことで余計にイライラが募って機嫌が悪くなる。
しかし、長年一人で冒険者として生活していたウィルは、
他人からどうこう言われるのは久しぶりだった。
「ところで、ウィルは剣士だろ? メイは?」
「調合師だよ」
「あたしは射手!」
「調合師って珍しいな、もし良かったらポーション売ってくれ」
「いいよ、手持ちでは中級があるけど、いくつ欲しい?」
「中級があるのか!助かるぜー!」
メイとミィナとリックがわいわい騒いで居るのを眺めてウィルは言葉を挟めない。
何故だか急にメイが遠くに行ってしまったような気がして。
実際の距離は近いし、手を伸ばせば届く距離なのに。
「ねぇウィル」
「…ん?」
「結局エリアボスが落とすレアドロップってなんだったの?」
「ああ…」
メイの素朴な質問、答えようとしたら。
「魔力のタリスマンだ」
「タリスマン?」
ウィルより先にリックが答えてしまってウィルは口を開けたまま呆然。
「そう、魔力を少し底上げしてくれる魔石だ、
売ると結構な値が付くから落ちて欲しかったんだけどな~」
「やっぱりレアって言われるだけあるんだね」
「そうそう!見た目も綺麗だし貴族が欲しがるんだよ」
そうか、魔力の底上げのためにウィルは狙っていたのかもしれない。
タリスマンはベルトのバックルにしてもいいしブローチにしてもいい、
身に着けてさえいれば効果が発揮されるのだとか。
「メイちゃんおやつは?」
「はいはい、待ってね」
ミィナに催促されてメイがカバンから取り出したのはパウンドケーキ。
ホットケーキミックスで作ったのでわりと簡単なパウンドケーキだが、
卵と砂糖を使わずホットケーキミックスの甘みだけで作ったので、
あっさりとしたパウンドケーキに仕上がりました。
刻んだ小松菜が入っていて表面にはチーズが香ばしく惣菜に近い感じで、
どちらかと言えば朝食にぴったりなパウンドケーキである、
いや、ケーキと言うより惣菜パンと言ってもいいのかもしれない。
タウンハウスでラザニアを作った時にパウンドケーキに合いそうな型をみつけて、
料理長に頼み込んで型とオーブンを使わせてもらい作った物になる。
ついでに型もいただいちゃいました。
大きな口を開けて食べるミィナと、物欲しそうにしてたリックにもお裾分け。
「甘い!うまい! 俺もうメイから離れられねーわ」
お気に召していただけてなによりです。
ホットケーキミックスに含まれる甘みだけでもこの世界では充分で、
いかに砂糖が高価なのかを物語っている。
「………」
パウンドケーキを手にしたウィルは、絶賛するリックの声にイライラする。
メイの飯を食ってにこにこしてるのも、その男が発する言葉も、
メイを取られたような感覚に陥って何かが弾けてしまいそうだ。
腹の底がドス黒い何かに覆われて、メイの笑顔を独占したい。
(独占って…)
心の中で感じたことを反芻し、ウィルは絶句して立ち上がった。
このままメイと一緒に居ると大変なことになりそうで、
自分が何かしでかしてしまいそうで、咄嗟に離れることにした。
「ウィル、どうしたの?」
不思議そうに見上げてくるメイの視線から逃げるようにウィルは背を向ける。
「ちょっと五十階行って来る」
「ご… ええっ!? ま、待って!」
メイの声を背に受けながら、ウィルはそそくさと奥へ進み帰還石に触れる、
途中の階からも別の階に行けるので、それを利用してウィルは最下層へと向かった。
取り残された三人、ぽかーんと口を開けたまま。
「行っちゃったね…」
ミィナの声にメイは我に返った。
「どうしよう、五十階に行くとか言ってなかった?」
「言ってたな、でもウィルなら平気だろ」
「なんでよ!」
リックの言葉に驚いてメイは大きな声で詰め寄ってしまった。
「だってウィルは最低でもレベル700越えだぜ。
それも随分前の話だから、今ならもっと上がってるかもな」
700ですって…? そんなにレベル高かったの?
なんだか分からないけど物凄いレベル差に笑いが出そうだった。
急に機嫌が悪くなったと思ったら勝手に居なくなっちゃうし、
もしかして気に入らないことをしてしまったのか不安になる。
「たぶん俺が原因だと思うから先に帰るわ」
「で、でも…」
するとリックがメイの肩に手を添えてぽんぽんと軽く叩いた。
「ウィルの奴、嫉妬したんだと思うぜ」
「し…っ えええ?」
まさか嫉妬だなんて…どういうこと?
「俺さ、今まで組んでたパーティで濡れ衣着せられたって言ったろ?」
「ああ、うん、そうだったね…」
「男女関係の嫉妬とか焼餅に振り回されて嫌気が差してたから、
そろそろ抜けようと思ってたところで追い出されたんだ。
だからそういう…人間関係は薄々気付いちまうというか」
「マジか…」
「マジマジ」
そっか、冒険者も元を辿れば人間だもんね、
男も女も人間関係が付きまとうんだから、仕方が無いこともある。
誰もが皆仲良しって訳にもいかないだろう、
人それぞれなんだから性格だって様々だ。
しかもリックは斥候、他人の考えや空気に敏感なのだそう。
元々リックは孤児院出身で親兄弟がおらず一人で生きてきた、
だから余計に他人に敏感になっているのかもしれない。
と言うか、ウィルが嫉妬…? そんなまさか…。
もしかして、守りたいと言ってくれたのはそういうことなの?
(ウィルが私を…?)
転生者でこの世界のことを知らないから、
右も左も分からない異世界人を心配して守りたいんじゃないの?
公爵家の人間として見過ごせないし、
国としても放置できないからお守をしなきゃいけないからじゃないの?
「二人ともどうしたの?」
ミィナにはまだ早い話だと思うんだけど、どう説明すればいいのやら。
「子供にはまだ早い」
「あたしは子供じゃないもん!!」
リックが真剣な表情で言うとミィナは怒り出してしまった、
年齢的には年上かもしれないけどミィナは身体が小さいし、
恐らく精神年齢もそれほど高くない…と思う。
奴隷になる前は閉鎖的なエルフの村で暮らしていたし、
男女間のあれこれなんてきっと知りもしないだろう。
「メイちゃんとウィルが仲良しなのは知ってるし、
どうして同じ仲間なのにのけ者にされなきゃいけないの!」
不服そうに叫ぶミィナの声が胸に突き刺さる。
同じ仲間なのにのけ者にされたと感じたミィナに違うのだと言いたい。
言いたいのに、巻き込んでしまったらどうしようと言葉に詰まる。
「ごめんミィナ」
メイはミィナの頭をそっと撫でて違うのだと伝えたい。
仲間外れにしようなんて考えてもいない。
「どうして難しくなっちゃうの…」
口を尖らせ俯いているミィナ。
ミィナの小さな声にどうしようかと思案する、
ここまできたらメイは改めてウィルのことを考えようと決意する。
「ウィルのバカー!!!」
「うるさい」
ミィナが叫んだ瞬間に返事がきて三人は一斉に声の主に振り仰ぐ。
ウィルが何かを持って立っていた。
「バカとは何だ」
冷静に怒ってらっしゃるウィル様、背後が真っ黒で怖いです。
手にした何かを地面に放り投げたウィルは、
三人をスルーして手際よくお湯を沸かして紅茶を淹れ始めた。
ウィルの行動が読めなくて三人は固まったまま。
「食後の紅茶がまだだろ」
「いや待てよ、おかしいだろ!」
思わずリックが突っ込みを入れる。
だってウィルが放り投げたのは五十階のラスボスであるオーディンの首だ。
そしてドロップしたアイテムらしき槍も一緒に地面に転がっている。
「こ、これ、もしかしてオーディンの槍か…?」
「ああ」
ウィルはなんでもないように平然と答え、流石レベル700越えの余裕である。
寧ろどっちがバケモノか分からないくらいだ。
ちなみに、ウィルが今回入手した槍はグングニルで、
特殊効果が付いており投げて手から離れると、
獲物を確実に貫くばかりか手元に戻ってくると言う。
そんな槍を取ってくるウィルはやっぱりバケモノなのかもしれない。
「オーディンの槍ってなに?貴重な物なの?」
「貴重どころか幻だぜ、なんせここのラスボスを倒せるのは大陸でも一握り…」
「ウィルはメイちゃんのために槍を取ってきたの?」
三者三様に動揺しつつ、ウィルが淹れてくれた紅茶を受け取る。
「槍は好きにしろ、もう何本目か分からん」
高レベル自慢と言う訳でもなく、心底つまらなさそうに吐き捨てるウィル、
長生きだから誰よりもレベルが高くなってしまって、
どんなダンジョンのラスボスも簡単に倒せてしまう。
上を目指す志もすっかり無くなってしまった。
そんな時にメイと出会ったことで初心を思い出し、
メイを見守ろうと思うようになったのだ。
いちからがんばるメイは見ていて眩しかった、
自分にもこんな時代があったのかと遠い過去を手繰り寄せるような気持ちだった。
「でもこんな貴重な槍、どうするの? 売ったりするの?」
ウィルはレベルも高く持ち物や装備には困っていないし、
公爵家の人間だから金にも困ってない、槍を売ったところで…。
しかもウィルは槍術はそこまで高くない、今使っている剣があれば充分である。
メイが興味を示したのでウィルがメイに槍を手渡す。
「あれっ 思ったより軽い」
「パラメーターに応じて重さが変わる」
「へぇ~」
長く強そうな槍に見えるのに案外軽くてびっくり、
アクアダガーよりは重いけど、見た目より遥かに軽いのだ。
パラメーターに応じて…恐らくレベルや体力に応じて、
持ち主に丁度良い重さに変化するのだろう。
「使いたいなら使えばいい、どうせ捨てるだけの槍だ」
「捨てるなんて勿体無い!!! 捨てるくらいなら私が使うよ!」
勢い余ってメイが使う宣言、ウィルは口角を少し上げて笑う。
メイが使ってくれるなら取ってきて良かった、
誰かの役に立つならラスボスを倒した甲斐がある。
メイは紅茶を飲んでから立ち上がり槍を構えてみた。
「ヒィ 伝説の槍を持つ調合師とか前代未聞…!」
「あ、言われてみたらそうだね! 強そうに見える?」
おちゃらけて突っ込むリックにメイも笑顔で返す。
そんな二人を見てラスボスを倒す前はイライラしていたが、
二人の距離感を見ていると気にする程でもないのかもしれないと気付いた。
男女間の嫌な距離感じゃなくて、二人とも大人の対応の距離感である。
ラスボスでストレス発散したウィルは機嫌を取り直し、
あたしのお土産はー!と迫ってくるミィナの頭を撫でて、
四人のパーティも悪くないかも…と思い始めた。
それに自分が取ってきた槍をメイが使ってくれるなら嬉しい。
だが、自分の気持ちが暴走しそうで怖くなったり、
メイから逃げてしまった情けない自分が露呈したことで、
なんて小さい男なんだろう…とウィルは改めて凹んだとか。
十階から順に歩きながら戻り、途中で素材などを集めつつ街へ帰還することに。
昼過ぎには街に戻ってきた四人、リックがアイテムを売るため冒険者ギルドへ。
クエスト完了したのでミィナの冒険者ランクがひとつ上がりメイと同じDになりました。
メイはウィルからもらった槍を手に持っていたので注目を集めていた、
なんせ伝説とされるグングニルの槍だ、目立ってしょうがない。
グングニルの槍は逸話があったり絵に描かれたりしているので、
冒険者の中には形や長さなどを知ってる者も居る。
一般人に馴染みは無いが、冒険者ギルドでは別だ。
メイが持つ槍に注目が集まってメイはおろおろ。
新しい武器である槍が嬉しくて手にしていたけれど、
ここまで注目されてしまうならカバンに隠してしまおうか…。
「しまった方がいいかな…」
「好きにさせとけ」
周りの視線に若干苛立ちを覚えるウィルだが、
メイの武器には変わりないので放っておけばいいと思う。
ちなみに、ダンジョンから脱出するために十階から順に戻ってくる間、
試しに槍を使って慣れようと考えたメイはグングニルの威力を思い知ることになった。
なんと思いっきり投げて魔物を貫いたと思ったら、
槍が消えてメイの手元で光の粒子が集まり、それを握った瞬間に槍として顕現、
しっかりとメイの手元に戻ってきたのだ。
「回収しなくていいってすごく便利!」
と、メイは感激してグングニルがお気に入りになったようです。
しかもメイの肩は弱い(一般人とそう変わらない)のに、
槍の威力が凄まじく豪快に魔物を貫くものだから、
もう手放せないかも…とメイは苦笑い。
もっと言うと女神様の祝福で四十肩とも無縁!本当にありがたい。
お陰でダンジョンを出るまでに残り少ない魔物を倒したのでレベルが上がりました。
レベル34→37
流石に適正以上の魔物を倒したから短時間でレベルが一気に上がって、
グングニル恐るべし…とメイは手にした槍の強さに身震いした。
そんなグングニルを落とすオーディンを倒しちゃったウィルがラスボスな気が…。
冒険者ギルドを出て夕飯時まで時間があるから市場でお買い物、
いつもならダンジョンで素材とか野菜を入手するのだけど、
今日はほぼ見学で一日が終わってしまったので食材の買出しです。
基本的に前々からダンジョンで採取した野菜で足りるし、
肉も鶏肉豚肉牛肉が充分に揃っているので不足は無い。
しかしメイは地域の特産品に興味があってわざわざ市場に赴いたと言う訳だ、
ダンジョンでは見かけない野菜や魚を購入することに。
日本でも道の駅などで地域特有の特産品が売っていたり体験できたり、
そういう楽しみも旅の一部だと思っているので、
メイはこの世界を存分に楽しもうと考えている。
「王都に近いからかお菓子屋さんもあるんだね」
今までになかったカフェやお土産用のケーキ屋さんとか、
高級感漂うお店がちらほら見える。
かと言って入店はしない、場違い過ぎて。
「お菓子って、メイちゃんが作ってくれた方が美味しいじゃん」
嬉しいことを言ってくれるミィナにメイはめろめろだ。
お昼に食べたパウンドケーキがお気に入りなのか、
油断しているとミィナはいくつも食べてしまうので、
毎回ひとつたけ!と約束して手渡している。
どちらかと言えばお惣菜パンみたいなパウンドケーキだから、
甘さたっぷりのパウンドケーキやマドレーヌにフィナンシェ、
いつか作ってみたいな~と思いつつ、結局面倒で作ってない。
まあノーマルパウンドケーキだったらすぐ作れるけど、
わりと甘いからウィルが食べれなくなっちゃうし…。
「メイはお菓子まで作れるのか」
「簡単な物だけね」
「調合師って言うよりこのパーティの料理人だな」
「兼ねてます」
リックと話しているとウィルが足を止めた。
小さな白い鳥がウィルの肩に停まったからだ。
「父上からだ、王宮に到着するのはいつか聞きたいらしい」
「えっ じゃあ急いで向かった方がいい?」
「そうだな…」
「は?お前等って王宮行くのか?」
リックが嫌そうな顔して聞いてきた、王宮は貴族が多く居るので、
リックはあまり近寄りたくないらしい。
「誰も付いて来いなんて言ってないぞ、
俺はメイとミィナを連れて行くよう言われてるだけだ」
「てか、なんでメイが王宮に呼ばれてんだ?」
「お前が知る必要はないだろ」
「そこまでツンケンしなくてもよくなーい?」
女子高生みたいにブツブツ文句を言うリックもリックだが、
なんでウィルがこんなに冷たい反応をするのかメイは胸がざらつく。
仲間になったんだから仲良くして欲しいけど、
人には合う合わないがあるし、しょうがないのかな…。
「りっく~アレ買って!食べたい!」
「何で俺が!? つかミィナは食い過ぎだ!」
屋台で売っている串に刺さった肉を指差して涎を垂らすミィナが、
リックの服を引っ張って何度も要求する。
まるで仲の良い兄妹みたいで微笑ましい。
(兄妹か…)
メイとしてはウィルが息子でミィナとリックは姪っ子甥っ子な感覚である。
本当の年齢を考えると無理な範囲だが見た目や性格などを考えると、
どうしても息子だったり姪っ子だったり甥っ子にしか感じられない。
しかしそれはメイが感じているだけであって当人達は違ってくる。
(ウィルはどう思ってるんだろう…)
チラと背の高いウィルを見上げる、ばっちりと目が合って慌てて視線を逸らした。
息子って言うのもちょっと違うかな…憧れの先輩とかそんな感じの方が近いかも。
見た目だけで言えば息子だし、中身とか性格を考えると部活の先輩みたいな。
なんだか不思議な感覚、今まで味わったことが無い知らない感覚。
「今日はここで泊まって明日の朝出発でいいか?」
「そ、そうだね」
あれこれ考えてたら返事がドモってしまった。
と言う事で、時間に余裕を持って王都へ向かうことになりました。
その日の夜、メイはノエルを連れて一人でダンジョンに向かった。
グングニルに慣れることが第一の理由で、
どうしても頭の中をからっぽにしたかったのだ。
部屋に篭っていると色々と考えてしまって纏まらず、
元々の性格からマイナスに思考が落ちて行きそうだったから。
現在メイのレベルは37、適正階層は五階から六階である、
一人であることを考慮して四階でソロでもしようか…。
魔物が倒され尽くして数が少ないのなら五階でもいいかもしれない。
四階の手前、セーフティエリアに来ると背後から声を掛けられた。
「メイ」
振り向くと難しい顔をしているウィルが居た。
「ウィル…」
「単独行動は控えてもらいたい」
「ごめん…」
「グングニルを使いたいのか」
「うん、慣れておきたくて。
皆の足を引っ張りたくないから」
「………」
無言で見下ろしてくるウィルが怖い。
何も言わず一人でダンジョンに来てしまった、
転生者として一人で行動はしないように言われてたのに。
「リックに言われなきゃ見逃していたところだ」
「え?」
「斥候だからな、物音には敏感で俺に伝えてくれたんだ」
「………そっか」
ウィルの手が伸びる、大きな手が怖くてメイは身を竦めた。
そんな反応をするメイを目の当たりにしてウィルは手を引っ込めるしかなかった。
無意識の内に頭を撫でようとした己の行動に拳を握る。
メイは今までウィルのことを息子だと思ってたのに、
部活の憧れの先輩みたいな感覚もあって、
理解できない関係にメイは不安定になっているのかもしれない。
「…あまり、心配を掛けさせないでほしい」
「ごめんなさい…」
「…いや…」
そうじゃない、そういうことを言いたいんじゃない。
謝って欲しい訳でもなくて…。
「あー」
珍しくウィルが変な声を出したことに驚いて、
メイはウィルを恐る恐る見上げた、そこには…。
「メイは仲間だ、仲間だと分かっているのに…」
何故かウィルの顔が赤い。
「メイのことを放っておけない、いつも心配になる」
それって…どういう意味?
仲間として言ってくれてるのは分かる、でも違うかもしれない、
以前から感じる微妙な違和感、ウィルの気持ちが知りたい。
もし仲間とは別の感情が含まれているとしたら…。
顔を逸らしているウィルとの間に横たわる沈黙。
そしてゆっくりと交わる視線、絡み合い距離が近くなった気がした。
「ずっと、俺の傍に居てほしい」
その真摯な瞳が物語るのは一体なんだろう。
しばらくしてウィルがはっとして顔を真っ赤にしながら、
慌ててメイの両肩に手を添えて必死に見詰めてくる。
「すまん、今のは忘れてくれ!」
だってまるでプロポーズじゃないか。
メイから離れて片手で赤い顔を覆い隠しながら、
隠れたくても隠れられない羞恥に染まっている。
そんなウィルを目の当たりにしてメイは心が僅かに揺らめいた気がした。
(夫だけじゃない、私も踏み出さないと、一人前にならないと)
「忘れないよ」
「し、しかし…っ」
「だって、嬉しかったもん」
「!?」
メイの言葉にウィルはがばっとメイを仰ぎ見る。
嬉しそうに笑うメイが居て、ちょっと頬を染めてる姿。
もしかしたら、心のままに行動してもいいのだろうか。
抱き締めたい衝動に駆られて鼓動が早鐘を打つ。
照れ笑いをするメイをこの腕に閉じ込めて、
二人だけの世界に身を投じたいと願ってしまう。
続く