エヴァの世界がポケモンと同じ世界だったら   作:リロイド

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エヴァの世界がポケモンと同じ世界だったら①

 

この星には、不思議な不思議な生き物がいる。

 

空に、海に、森に、街に、世界中のいたる所にその姿を見ることができる。

人間と共に生き、共に助け合い、共に仕事をし、共に遊び、時には争う事もあるが、さまざまな絆を結び仲良く暮らしている。

その生き物数だけ夢があり、その生き物数だけの冒険が待っている。

 

その名は、ポケットモンスター。――縮めてポケモン。

 

 

もちろんーーーアダムとリリスがいるこの世界にも……

 

 

◆◆◆

 

 

第三新東京市。

静まり返った街に、かすかに風の音と、サイレンの遠吠えが響いていた。

全ての車道は封鎖され、電光掲示板が赤く点滅する。

 

「こちら第三新東京市管制局。警戒レベルA。

 市内全域に特別防衛体制を発令します。

 全ての市民は指定のシェルターに避難してください。繰り返します――」

 

そのアナウンスを、少年はほとんど無表情に聞いていた。

崩れかけたバス停のベンチに、ひとり。

制服のズボンの裾は少し泥で汚れ、リュックの肩紐は片側だけが伸びていた。

 

「……来ないな……」

 

シンジは独り言のように呟いた。

ポケットから、折りたたまれた紙片を取り出す。

 

『来い』

 

たった二文字だけの、無味乾燥な言葉。

それを送ってきたのは――父、碇ゲンドウ。

 

けれど、彼の視線は紙ではなく、腕の中の小さな命に向いていた。

 

「……ねぇ、ピカチュウ。

 やっぱり、来なきゃよかったのかな。こんなとこまで」

「ピカピ?」

 

黄色い体に、赤く丸い頬。柔らかそうな体毛に覆われた体。

けれどその黒い瞳はとてもよく動き、あたりを見渡しながら、しっかりとシンジの存在を感じ取っているようだった。

小さなしっぽの先が、稲妻の形に軽く揺れていた。

 

シンジが喋るたび、尻尾がぽふんと上下に揺れた。

 

「“迎えに来る”って言ってたけど、全然来ないし……」

 

小さく息を吐きながら、シンジは紙片を折り直すと、今度は上着の内ポケットからもう一枚の写真を取り出した。

それは、派手なポーズを決めた女性がウィンクしているプリント写真――サングラス、青みがかった黒の髪、そして端には手書きのメモが添えられていた。

 

《ネルフの葛城ミサトです♥ 迎えに行くから待っててね♪》

 

そのあまりに軽い文体に、シンジは顔をしかめた。

「本当に、この人が来るのかな……」

 

「ピッカッ!」

 

ピカチュウは、すっと顔を起こして、シンジの胸元に鼻先を押しつけた。

――大丈夫、なんとかなるよ――と安心させてるかのようだった。

 

その動きがあまりにも自然で、シンジの口元がほんの少しだけ、緩んだ。

 

「ごめん、ピカチュウ。今更こんな事言ってもしょうがなかったよね…」

「ピカピッカ♪」

 

ピカチュウは尻尾をふるふると揺らしながら、シンジの膝の上で落ち着きなく身を動かした。

その小さな体は軽く温かく、毛並みは風に揺れてふわりと舞い上がりそうにすら見える。

尖った耳がぴくりと動き、黒い瞳が静かにシンジの顔を覗き込む。

 

――すぐそばにいる。何も言わなくても、ここにいる。

そんな安心を与えるように、ピカチュウは再び身体を落ち着け、しっぽを膝の上にたたんだ。

 

「……ねぇ、ピカチュウ」

「ピカ?」

「……覚えてる? あの日……僕がまだ、小学生だった頃。君はまだピチューだったね。

 あの橋の下で、段ボールの中に入ってたキミを見つけたんだ」

 

そのとき、ピカチュウが小さく鳴いた。

 

「ピィ……」

 

「ふふ、そう。……あのときのキミ、泥だらけでさ。

 でも、僕のこと見上げて、ちっちゃな声で“ぴー”って……それが、なんかすごく、嬉しかった」

 

シンジはそっと視線を落とす。

ピカチュウは彼の腕の中でおとなしく、ただあたたかく、そこにいた。

その存在が、まるで“肯定”そのもののように感じられた。

 

「……君がいなかったら、僕はどうなってたんだろう」

 

そう呟いた声は、かすかにかすれていた。

湿気を含んだ風が、制服の裾を揺らしていく。

 

「もしかすると……今よりもずっと、自分の殻に閉じこもって……

 誰とも関わらないようにして、きっと嫌な奴になってたかも」

 

言いながら、シンジは苦笑した。

自嘲にも似たその笑みに、ピカチュウが小さく反応した。

 

「ピッ……カチュ」

 

いつもの、何気ない鳴き声。

けれど、どこか違った。

それはまるで、

 

――“そんなことないよ。

  どんな君でも、君は君なんだよ”――

 

そんなふうに語りかけてくるようだった。

 

シンジは目を細める。

言葉は通じなくても、不思議と伝わるものがある。

ずっと一緒にいたからこそ、わかる“音”がある。

 

「……うん、ありがとう、ピカチュウ。………はぁ。でも、ここでこうしてても、しょうがないよね。近くのシェルターにでも…」

 

――バサバサバサッ!!

 

突如、木々の隙間から飛び立つ羽音。

近くのフェンスにとまっていたポッポたちが一斉に空へ舞い上がり、

続けざまにオニスズメの群れが、鋭い鳴き声を残して北の空へと逃げ去っていく。

 

ピカチュウがピンと耳を立てる。

シンジも、息を呑むようにして空を見上げた。

 

何かがおかしい。

空気が変わった。

温度が、風が、音が――すべてが。

 

そして、彼らのすぐ後ろで、

地の底から響くような、**ゴゴォォン……**という音が鳴った。

 

それと同時に、空気がぐらりと揺れた。

軽い衝撃波のような風が吹き抜け、バス停の看板がカタカタと震え、地面に落ちた落ち葉が小さく舞い上がる。

 

「うわっ!?」

「ピカッ!?」

 

シンジとピカチュウがほぼ同時に声を上げた。

思わず身を縮めながら、音のした方へと振り返る。

 

――その視線の先。

山の稜線の向こう、薄曇りの空を背景にして、数機の戦闘機が浮かんでいた。

灰色の機体。戦略自衛隊のマーク。

だが、その動きが妙だった。

 

――後退している。空中で、ゆっくりと、じりじりと。

まるで何か“得体の知れないもの”から、距離をとっているかのように。

 

「え……?」

 

シンジの眉が引きつる。

次の瞬間、戦闘機たちの影を、何かが覆った。

 

――巨影。

 

山の隙間から、それは現れた。

 

巨体。二本脚。

顔とも胴ともつかぬ体躯に、仮面のような部位。中央には、ぎらりと赤い核のようなものが覗いている。

無表情。無言。

ただ、存在そのものが“侵略”であるかのように、静かに一歩、そしてまた一歩と、前進していた。

 

「……っ、な……なんだ、あれ……」

 

思わずシンジは後ずさる。

ピカチュウも彼の肩から飛び降り、地面に降り立って前足をふんばるように構える。

 

風が強くなる。空が鳴る。

しかし、それでも“それ”は一言も発さず、ただ進み続けている。

 

「……ポケモン……? ……なわけ、ないよね……」

 

かすれた声で、シンジはピカチュウを見た。

だがピカチュウは、耳をぴんと張りつつも顔を横にぶんぶんと振り、

 

「ピカッ!? ピッカーーッ!!」

 

――『そんなの私に聞かれてもわかんないよ!!』

と言わんばかりの、慌てた鳴き声を上げた。

 

ピカチュウの叫びが終わらぬうちに――

 

――ズガァァァンッ!!

 

耳をつんざくような爆音が、空から降ってきた。

 

「……うわっ!?」

 

シンジがとっさに頭を抱える。

そのすぐ上空、閃光の尾を引いたミサイルが、轟音を伴って彼らの真上を通過していく。

 

「ピカッ!!」

 

ピカチュウも驚き、地面に耳を伏せながら身を縮めた。

シンジは反射的に膝をつき、片腕でピカチュウを庇うように抱きかかえる。

 

風が爆ぜる。空気が震える。

そして、山の向こう――第三使徒の巨体の正面に、着弾した。

 

ドォォォン……!

 

白い閃光。火花。揺れる大地。

だが――それだけだった。

 

シンジが恐る恐る顔を上げた時、そこにいた“それ”は、ほとんど微動だにしていなかった。

炎の中から姿を現したその巨体は、むしろ静かに、無感情に、ただ前進していた。

 

「き、効いてない……」

 

その瞬間――

 

「りゅうのはどうッ!!」

 

上空に咆哮が響いた。

戦略自衛隊の戦闘機の編隊、その周囲を囲むように、数体の大型ポケモンたちが飛行している。

 

その中にはボーマンダ、カイリュー、ファイアローといった、屈強な飛行戦力たちが混ざっていた。

それぞれの背に乗った隊員が指示を出し、ポケモンたちは次々と技を放つ。

 

「はかいこうせん!!」

「かえんほうしゃ!!」

「インファイトで強行接近!!」

 

閃光が空を走る。

ボーマンダの放った「りゅうのはどう」が真っすぐに怪物の胸部を撃ち、続けてカイリューが咆哮と共に「はかいこうせん」を叩き込む。

戦闘機の機銃も、重たい破砕音を響かせながら火花を散らせていた。

 

だが。

 

「ピカ……」

 

ピカチュウが震えながら、その様子を見上げた。

次の瞬間、使徒の腕がわずかに持ち上がる。

 

そして――

 

光が、収束する。

 

掌の中央に集まった赤白の輝きが、やがて細く、鋭く、槍のような光の刃となった。

 

――ズンッ!

 

それが放たれたのは、まるで「返答」のように一瞬だった。

 

光の槍が空を裂き、突き出される。

咄嗟にポケモンたちは空中で身をひねり、全力で回避行動をとる。

ボーマンダが羽根を僅かに抉られながら空を旋回し、カイリューが僅差で横に逸れる。

 

だが、遅れていた一機の戦闘機が――避けきれなかった。

 

ズバァッ――!!

 

鋼鉄が裂ける音と共に、戦闘機が串刺しになった。

火花を散らしながら、機体が回転し、煙を引いて落ちてくる。

 

「……えっ……!?」

 

それが、シンジとピカチュウのほうへ――真っすぐ、墜ちてくる。

 

「ピカアアアアア!!」

 

ピカチュウが叫ぶ。

シンジは立ち上がれない。ただ、爆風と衝撃の予感に目を見開くだけだった。

 

機体が地面に叩きつけられる寸前――

 

――キィィィィィイッ!!

 

横から別の轟音。

一台の車が、まるで弾丸のようにシンジたちの前に飛び込んできた。

タイヤが煙を上げ、ブレーキ音が鋭く鳴り響く。

 

「っっ伏せて!!」

 

運転席の中から怒鳴るような声。

その声と同時に、車体がシンジたちを覆うように滑り込んだ。

 

直後、戦闘機の残骸が地面に激突し――

 

――爆発した。

 

――爆風が地を揺らし、火の粉が舞い、炎の柱が空へと駆け上る。

だがシンジとピカチュウは、かろうじて――その車体の陰で無事だった。

 

車のドアがバンッと開く。

中から勢いよく飛び出したのは、サングラスを額にずらし、肩までの紫がかった黒髪を揺らした女性だった。

 

「お待たせ、シンジくん! こっちよ、早く乗って!!」

 

灼熱の風が髪をなびかせる中、その声だけが妙に明るく響いていた。

彼女はシンジを確認すると、躊躇なく手を差し伸べてくる。

 

「か……葛城さん……?」

 

爆音と衝撃の余韻が残る中、シンジは呆けたようにその名を口にした。

まるで現実感が追いついていないかのように、茫然とその顔を見つめる。

 

「いいから、急いで!!」

 

ピカチュウが「ピカ!」と鳴いたのと同時に、シンジはようやく我に返る。

「は、はいっ!」と答えると、ピカチュウをしっかりと抱え、車に駆け寄った。

 

「乗るのは後部座席にお願いね! 助手席はうちの子が座ってるから!」

 

シンジが思わず助手席に目を向けると、そこには――

どっしりとした体格に、青い羽毛、黄色いくちばしと顔のラインが特徴的なポケモンが、ちょこんと座っていた。

威厳のある顔で窓の外を睨みつけている。

 

「……あれって……」

「うん、ペンペン。ポッタイシっていう水タイプのポケモンで、私のポケモンなの。……今はちょっと機嫌悪いみたいだけどね」

 

その名を聞いたピカチュウが、ぴくりと耳を動かす。

助手席のポッタイシ――ペンペンは、ピカチュウに気づいたようで、一瞬だけシンジたちに目を向けると、「フンッ」と鼻を鳴らしてまた前を向いた。

 

「……そ、そうなんですか……」

 

「早くして、二発目来るかも!」

 

シンジは慌てて後部座席のドアを開け、ピカチュウを抱えたまま飛び込むように中へ滑り込んだ。

 

車は砂煙を上げながら猛然と加速した。

急ブレーキの名残で熱を帯びたタイヤが地面を滑り、煙が尾のように伸びていく。

 

リアウィンドウの向こう――

怪物はなおも進軍を止めず、上空では戦略自衛隊の戦闘機たちが旋回を繰り返していた。

その間を縫うように、ボーマンダ、カイリュー、ファイアローといった飛行型のポケモンたちが、連携を保ちつつ攻撃を仕掛けている。

「はかいこうせん」や「りゅうのはどう」の光線が空に閃き、機銃の火花と交差して爆発の火柱を生んでいた。

 

それでも、あの巨体はひるまず歩き続けている。

 

シンジは後部座席で、ピカチュウを抱えたまま黙ってその光景を見ていた。

ぽかんと開いた口。目は虚ろなまま、現実との距離を測れずにいる。

 

ピカチュウも同じように、窓の外を見つめていた。

ただならぬ気配に、ピクピクと耳を動かしながら、小さく鳴き声を漏らす。

 

「ピカァ……」

 

運転席のミサトが、ルームミラー越しにちらりとシンジを見た。

ハンドルを握るその手には力が入り、顎も僅かに固くなっている。

 

「国連軍の戦車隊……それに陸上の重ポケモン部隊も全滅したわ。

 “あいつ”に、ダメージを与えられなかった……」

 

吐き捨てるような口調だった。

唇をかみ、悔しげに目を細めたまま、ミサトはアクセルを強く踏み込む。

 

シンジは黙って頷くこともできなかった。ただ、その言葉の重さだけが胸に沈む。

 

「――って、あら?」

 

ミサトが、ルームミラーに映る後部座席をもう一度覗き込む。

 

「そのピカチュウ、シンジ君のポケモンよね?」

 

「えっ? あっ……はい、そうです」

 

不意に話しかけられ、シンジは少し慌てて答える。

視線を戦場から逸らせずにいた脳が、ようやく別の方向へ切り替わる。

 

「へぇ~、良いポケモン持ってるじゃない。可愛いピカチュウね」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

ピカチュウは、褒められたのが分かったように「ピカ♪」と満足げに鳴いた。

シンジの腕の中で尻尾を一度揺らし、少しだけ身を起こす。

 

「可愛い男の子のあなたにはぴったりのポケモンね」

 

「……は、はぁ……」

 

ピカチュウを褒められるのは素直に嬉しい。

けれど、自分のことまで“可愛い”と評されるのは、何だか居心地が悪い。

返す言葉に困って俯くと、ピカチュウが不思議そうにシンジの顔を覗き込んだ。

 

ミサトはくすっと小さく笑い、再びハンドルへ視線を戻した。

 

火花のように弾けていた戦闘音が、徐々に遠ざかっていく。

けれど、シンジの胸の中では、まだ何も終わっていなかった。

 

「あのう……いったい何なんですか、あれ……?」

 

ぽつりと、後部座席から声が漏れた。

シンジはピカチュウを胸に抱きしめたまま、窓の向こうに消えつつある巨影を目で追いながら問う。

 

ミサトは一瞬だけ目線をミラーに移し、それから簡潔に答えた。

 

「あれは――“使徒”よ」

 

「……使徒……?」

 

聞き慣れない単語に、シンジの眉がひそむ。

だが、ミサトはすぐに言葉を重ねた。

 

「詳しく説明してるヒマはないわ。今はまず、安全な場所に行くことが先よ」

 

その声には、余裕の笑みを隠しながらも、確かな緊張があった。

 

戦火は遠ざかっていく。

炎と煙が遠景に変わる頃、ようやく車は戦域を離れたのだった。

 

 

 

 

車は山あいの細い舗装道を抜け、ひとつの視界の開けた丘にたどり着いた。

周囲には建物もなく、戦闘地からも距離がある。

 

「――ふぅ、ここまで来れば……」

 

ようやく安堵の吐息が漏れる。

シンジも、ピカチュウを抱いたまま背もたれに力を抜いた。

助手席でポッタイシ――ペンペンが、こくりとひとつ小さく首を動かす。

 

だが。

 

「ポッ!」

 

突然、ペンペンが短く鳴いた。

くるりと首を回し、身を乗り出すようにして戦場方面を睨みつけている。

 

ミサトもすぐにその異変に気づき、反射的に顔を上げた。

 

「ペンペン……?」

 

その視線の先――

空に点のように散っていた戦闘機たちが、揃って一斉に後退を始めていた。

それだけではない。ボーマンダ、カイリューといった飛行ポケモンたちも急旋回し、使徒から距離を取るように退避している。

 

「……まさか……!?」

 

ミサトは反射的にアクセルから足を離し、ブレーキを踏み込んで車を急停車させた。

助手席の足元から双眼鏡を取り出し、窓を開けて一気に構える。

 

そして、視界に収まったその光景を見た瞬間、ミサトの顔色が変わった。

 

「……N2地雷!? 嘘でしょ……!」

 

視界の中で、使徒の足元に大型の装置が設置されていた。

彼女はすぐに理解した。

 

「伏せてッ!!」

 

怒鳴るような声が車内に響く。

ペンペンは素早く助手席から滑り降り、反射的に座席の下へと潜り込む。

 

だが、シンジとピカチュウは状況が読みきれず、顔を見合わせていた。

 

「えっ……? な、なにが――」

 

「ピカ……?」

 

「伏せるのよッ!!」

 

ミサトがシートを乗り越えるようにして、後部座席の二人に覆いかぶさる。

ピカチュウが「ピッ!?」と鳴いた直後――

 

――それは起きた。

 

一瞬の沈黙。

世界が息を詰め、時が凍りついたかのような静止ののち――

 

閃光。

 

それは“光”というにはあまりにも暴力的だった。

真昼の太陽を数十倍に濃縮したような白が地平線から溢れ、

目を閉じていても網膜を焼くような光量が、全方位へと襲いかかってくる。

 

「っ――!!」

 

シンジの意識が、視覚も聴覚も飛び越えて麻痺する。

そして、次の瞬間。

 

ドグゥゥゥンッッ!!!!

 

大地そのものが怒号を上げた。

空気が砕け、世界が軋む。

重力がねじ曲がったかのような爆風が、時間差で車を襲った。

 

シンジが悲鳴を上げる暇もなく、耳の奥がキィィンと痺れた。

ピカチュウが腕の中で必死にしがみつく。

 

 

爆心地近くの草原。

木陰に潜んでいたポッポ、オドシシ、メリープたち――

何も知らずにいた野生のポケモンたちは、その“光”に触れた瞬間、

一切の叫びも残さぬまま、影のように蒸発した。

 

命の気配が、空間ごと掻き消えていく。

 

 

爆風が迫る。

ミサトの車が、突風に叩きつけられたように軋みを上げ――

 

ガタンッ!!

 

「キャッ――!?」

 

車体が横に吹き飛ばされた。

 

地面に叩きつけられ、転倒する。

横倒しのままズザザザッと地面を引きずられ、ようやく停止。

 

中では、ミサトとシンジ、そしてピカチュウが、身を縮めながら必死に衝撃を受け止めていた。

 

「う、ぐっ……!」

 

シンジの腕の中でピカチュウが小さく鳴く。

「ピカ……」

 

助手席の床下に潜んでいたペンペンも、転がるように車内を揺すられながら、

しがみついていた脚を必死に踏ん張っている。

 

耳鳴りがする。世界が揺れている。

 

丘の向こう。

かつて“地形”だったはずの一帯は、

今や巨大なすり鉢状の“クレーター”に変貌していた。

 

そこにあった木々も、岩も、建物も、ポケモンたちも――

全てが、無かったことにされた。

 

吹き飛ばされ、横倒しになった車のドアがギィ……と音を立てて開いた。

 

最初に這い出してきたのはミサト。

上着には土と砂がこびりつき、髪も乱れている。

それでも息を荒げながら、周囲をすぐに見渡した。

 

「……シンジくん、大丈夫? ペンペン? ピカチュウも……」

 

「ぴかぁぁ……」

 

後部座席から、へにゃっとなったピカチュウが出てきた。

耳がふにゃりと垂れ、目はぐるぐるに回っている。

 

「ポッ……」

 

続いて助手席の床から出てきたペンペンは、

もともと険しい顔をさらにしかめ、まるで「くそが…」とでも言いたげな表情で外を睨んでいた。

 

シンジは膝をついたまま、震える手で車のドアを掴みながら顔を上げた。

 

「……い、今の……何ですか……?」

 

声が震えていた。

口の中が乾き、喉から先の言葉がうまく出てこない。

 

「……N2地雷よ」

 

ミサトが短く答える。

軽く埃を払いながら立ち上がり、息をつきつつ説明を加える。

 

「核兵器に匹敵する威力を持った、非核爆弾。世界中の兵器の中でも、最終手段の一つ……ってとこかしら」

 

その瞳には、どこか割り切れない影があった。

 

「……今ので倒せてれば、いいんだけど」

 

小さく呟いたあと、ふとミサトはそっと目を伏せる。

(――まあ、無理でしょうけどね)

胸の内でそう続ける。口には出さなかった。

 

ふと、視線を落としたその先――そこには、転がったままの愛車が横たわっていた。

 

「……っていうかさぁ……もう……」

 

ミサトは車に向かって歩み寄りながら、怒りとも悲鳴ともつかない声を漏らした。

 

「最低……レストアしたばっかだったのに……っ! 塗装も完璧だったのに……! それが爆風でベッコベコよ!?

 ローン、まだ33回も残ってんのに……!!」

 

拳を軽く握り、バンパーに一発ぺしっと叩きつける。

ペンペンが隣で「ポッ」と呆れたように一鳴きした。

 

そんなミサトの後ろ姿を見つめながら、シンジはふと、丘の向こう――爆心地だった場所を見た。

 

風が吹く。空気が熱を帯びたまま、静かに流れていく。

 

ミサトはようやく気づいた。

「……シンジくん?」と呼びかけながら、その視線の先を追う――

 

煙が風に流され、丘の向こう――爆心地の様子が、徐々にその姿をあらわにしていく。

 

真っ黒に焼けた地表。

溶けた大地が広がる、巨大なすり鉢状のクレーター。

だが、その中心には――まだ、いた。

 

第三使徒。

全身の表面はところどころ焼け焦げ、左腕がだらりと垂れている。

だが、それでも“立っていた”。

 

まるで再生を試みているかのように、動かず、微動だにせず。

それでも、確かに“生きて”いた。

 

ミサトが双眼鏡を下ろし、小さく息を吐いた。

 

「……やっぱりダメだったか……」

 

その声には落胆が滲んでいた。

けれど、その裏では――

 

(……まっ、そうじゃなきゃ、私たちネルフの存在意義なんてないんだけど)

 

そんな皮肉めいた思考が、静かに心の中をかすめていた。

 

(そのためにも――)

 

ミサトは息を整え、振り返る。

 

「さあ、早く行きましょう」

 

だが、シンジは動かなかった。

彼は丘の向こうを、ただじっと、見続けていた。

目を細め、焦点を合わせるように。

 

「シンジくん?」

 

そう呼びかけようとした、その直前。

 

「……葛城さん」

 

低く、けれどはっきりとした声で、シンジが口を開いた。

ミサトは少しだけ眉を上げ、柔らかく返す。

 

「“ミサト”で良いわよ」

「……あの爆弾の周りって……野生のポケモンたちって……いたんですか?」

 

その問いに、ミサトの顔から表情がすっと消えた。

返答を一瞬ためらい――それでも、正直に答えた。

 

「ええ……いたんでしょうね。たぶん、たくさん」

「……そう……ですか……」

 

シンジの声はか細く、すぐに喉の奥へと引っ込んだ。

 

ミサトは言葉を選びながら、少し遠い目で言った。

「……でも、それが……“あれ”を止めるための唯一の手段だったの。

 犠牲は……避けられないのよ。私たちは、それを承知で動いてる」

「……わかってます」

 

そう言うシンジの声に、反論や怒りはなかった。

けれど、あまりにも静かで、あまりにも……悲しかった。

 

ミサトはじっと、シンジの顔を伺う。

 

少年の瞳は、どこかを見ているようで、何も見ていなかった。

その顔に浮かんでいたのは、怒りでも恐怖でもない。

 

ただ――深く、深く、沈んだ“悲しみ”だけだった。

 

その顔を見た瞬間、ミサトの胸の奥に、ひと筋――

鋭く、小さな“棘”のような痛みが刺さった。

 

(……優しい子ね)

 

それは、ただの感傷ではなかった。

シンジは、自分自身や人間の命だけでなく、見えないところで消えた“野生のポケモンたち”のことまで、悼んでいた。

 

言葉にしなくても伝わる。

その沈黙の奥にある感情の深さに、ミサトは気づいていた。

 

――この子は、優しすぎるほどに優しい。

 

(そんな子を……これから、もっと過酷な運命に巻き込むのよね、私達は)

 

胸の内に、重たい罪悪感がのしかかる。

言い訳も、合理化もできる。

でも、それはどこまで行っても“言い訳”でしかない。

 

ミサトは、ほんの一瞬だけ目を閉じた。

そして、呼吸を整えて、目を開いたときには、いつもの明るい口調を装っていた。

 

「……シンジくん」

 

そう名前を呼んでから、彼の目線に合わせて言う。

 

「あなたの気持ち、わかる。……私も、本当は、つらいわよ」

 

微笑みを浮かべたが、その笑みにはどこか痛みが滲んでいた。

 

「でも、ここもまだ完全に安全とは言えないわ。……あの使徒がいつ動き出すか、わからないし。

 だから――ごめんね、でももう行きましょう。ここを離れなきゃ」

 

ミサトのその言葉に、シンジはしばらく黙っていた。

 

風が吹き抜け、熱気と焼けた土の匂いを運ぶ。

ピカチュウが後ろで、かすかに「ピカ……」と鳴いた。

 

「……はい。そうですね……」

 

ようやく、シンジが頷いた。

声にはまだ揺れがあったが、その足は確かに前を向いていた。

 

二人は、再び横倒しになった車に向かって歩き始めた。

その足取りはゆっくりと、けれど確かに――新たな戦いへの一歩となっていた。

 

 




【あとがき】
試験的に作った一話。
シンジは、口調や雰囲気は原作とあまり変わりませんが、ポケモンのおかげで原作よりもちょっとだけ前向きになり、優しくなっています。

希望があれば続きや、別のジャンルとの話も書いていこうと思います。
「あのキャラにはこのポケモンが合う」「この作品とポケモンを融合してほしい」とかありましたら、ぜひ教えてください。
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