迷宮の呪いによって突如“女性の身体”となったルーデウスは、母ゼニスを探すため、時折兄貴分のゾルダートに助けられながらも冒険者としての日々をこなしていた。
そんな折、エリナリーゼという父パウロの旧パーティメンバーが母ゼニスに関する情報を伝えに合流。
状況は差し迫っているが、雪に閉じ込められた北方大地から思うように動くこともできず、旅支度の合間にギルドでのんびりする時間もあった。
そして今日も、ギルドの片隅で繰り広げられるのは、ルーデウス(ルディ子)と愉快な仲間たちによる、ささやかなひと幕である。
・・・
迷宮都市へ向かう準備が進む中、ルーデウスはギルドの片隅で朝食を摂っていた。
スープに口をつけようとすると、長い髪が邪魔をする。
「ったく……面倒な身体になったもんだ」
ぼやきつつ髪を後ろに払っていると、軽快な声が耳に飛び込んでくる。
「ふふ、おはようございますわ、ルーデウス」
振り返れば、そこにはエリナリーゼ。相変わらずの貴婦人然とした佇まいで、こちらを微笑ましげに見つめていた。
「あなた、女の身でありながら、その立ち居振る舞いは如何なものかしら?
せっかくの麗しい姿、もう少し自覚なさってもよろしいのではなくて?」
「俺はこんな見た目ですけど、あくまで男です。振る舞いまで変えるつもりはありませんよ」
そう言ったところで、エリナリーゼが引き下がるわけもなく。
「時には愛嬌も必要ですのよ、ルーデウス。例えばお買い物ひとつ取りましても、女らしさを武器にすれば不思議と物事がうまく言ったりするもの。交渉ごとは、武器や魔術だけではありませんわ。
お願い上手は世渡り上手。さあ、練習いたしますわよ」
「急に何なんですか!」
全力で否定するも、エリナリーゼの勢いは止まらない。
気付けば両手を胸の前で組まされ、強制的に“おねだりポーズ”を取らされていた。
「ほら、もっと可愛らしく、上目遣いで!」
「いや、意味が分からないんですが……」
「つべこべ言わない!」
「……お、お願いしますっ!」(半ギレ)
そこへ、低い声が割り込む。
「朝からなにやってんだ、泥沼」
ゾルダート。
ギルドのいつもの面々に混ざり、呆れたような、それでいてどこか楽しげな表情を浮かべていた。
「ふふ、見ていてくださいまし。今、ルーデウスは『おねだり練習中』ですのよ」
「あんたがそそのかしてんだろ。泥沼がそんなことするキャラかよ」
「俺だって、やるときはやる。必要ならな」
ルーデウスはむっとして強がってはみたものの、顔の朱は誤魔化せない。
そんなルーデウスに、ゾルダートはニヤリと笑いかけた。
「“必要なら”って言いながら顔真っ赤じゃねぇか。無理すんなよ。どうせごますりの方が得意だろ?」
「言っとくけど、俺だって昔からある程度は愛嬌で生きてきたんだ。
……ただ、女の姿で“おねだり”は……慣れてないだけだ」
「そりゃそうだ。似合わねぇもんな。
……でも、まぁ。世の中、案外そういう“ギャップ”が効くんだよ」
意外な一言に、ルディ子はきょとんとする。
そんな彼女にゾルダートが指をさした。
「試しにやってみろよ。俺相手に」
「それ、いい考えですわね。ゾルダート、よろしくて?」
「はあ!? 勝手に話進めないで下さいよ!」
慌ててルーデウスが抗議するが、二人は期待のまなざしでこちらを見ている。
観念したルーデウスは、深くため息をつく。
そして、顔を伏せがちにしながら、ゆっくりと口を開いた。
「……ゾルダート。お願いがあるんだけど」
「おう?」
「今度の依頼、ちょっと無茶な値引き交渉が必要でさ。
……俺じゃ、うまくやれる気がしない。だから、その、コツを教えて欲しい」
ゾルダートは少し黙り、腕を組んでルディ子を見据えた。
「……いや、普通に頼めばいいじゃねぇか。
お前がそうやって素直に頼めば、大抵のヤツは動くぞ」
「……え?」
「愛嬌とか小細工とか、お前がやっても気色悪い。だが、“真っ直ぐ頼む”のはお前の得意分野だろ。
それが一番効くんだよ、バカ」
「…………なんか、いいこと言ってるっぽいですわ」
「……なるほど。わかった。じゃあ俺は、俺のやり方で行くよ。ゾルダート、ありがとな」
「別に? 見てらんなかっただけだ」
そっけない態度で手を振り、ギルドの面々の元へ戻っていくゾルダート。
その背中を見送りながら、ルーデウスはふっと笑った。
「……ほんと、素直じゃねぇ」
「お二人とも、似た者同士ですわね」
そんな他愛ないやり取りが、迷宮都市へ向かう前の、束の間のひとときだった。