酒呑あとらの怪異事件簿   作:瑞雨ねるね

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第十六話 Say hello to my little friend

 草木も眠る丑三つ時。

 僕達三人は、件の廃病院の前まで来ていた。

 

 運転してきた安物の中古車のバックドアを開け、トランクに積んでいた荷物を取り出す。ショルダーバッグともう一つ――黒い包みから伸びる負い紐を肩に掛け、廃病院の門前で待っているシュテンとタチバナさんの所に向かう。

 

「……聞いていいのか迷ってたんですけど。名無しさん、貴方って免許持ってるんですか?」

 

 胡乱な半眼で尋ねてくるタチバナさん。

 僕はそれを笑顔でやり過ごして、シュテンの隣に並ぶ。

 

「それで、段取りはどうします?」

 

 運転中にシュテンとタチバナさんから今回の怪異がどういったものか聞かされている。敵勢力は雪男――最低でも三体はいる――と、怪異に操られた人間が三十一人。そしてボスキャラの雪女が一体。

 

 妖とはこの星の旧き神々の零落した姿だ。それが人間に取り憑くことで受肉し、物質的な身体を持つ化け物――『怪異』となる。

 肉体を持つ以上、怪異は死ぬ。必ず死ぬ。

 不死身に近いものもいるが、この現世に在る以上――死は絶対に避けられない。そしてそれは敵だけでなく、こちらも同じことだ。

 

 酒呑あとらは鬼だ。

 

 神通力とでもいうのか。呪術に妖術と、不思議な力を行使する異能がある。しかしその肉体の耐久性は見た目相応だ。人間の子供と同様、ナイフの一本でもあれば簡単に殺せる。

 夜を待ったのにも理由がある。

 シュテンの異能は星が出ている状態でなければ使えない。退魔ノ剣に力の大部分を封じられているせいで、昼間のこいつはただの嫌な餓鬼になってしまっているのだ。だから夜になるのを待った。

 

 ちなみに、ウチの事務所が天文台にあるのはその辺の事情が絡んでいたりする。

 

 シュテンは門前――境界のこちら側から廃病院を見上げ、酒の注がれた盃に口を付けた。

 その胸には放射状に生える八つの柄を有した奇妙な形の黒い剣――八握剣(ヤツカノツルギ)の一振り、『退魔ノ剣』を抱いている。その柄の根元は三つの口を持つ異形の鬼蜘蛛の装飾が(あつら)えられており、決して刃が抜けぬよう鞘と柄が細い鎖で雁字搦めに縛られていた。

 漆塗りの紅い盃を干して、シュテンは言う。

 

「別に、いつも通りでええやろ。攻撃は名無し君、防御はボク。雪緒君はボクから離れんようにしとき。巻き込まれたら命はないさかいね」

「は、はい……」

 

 緊張した面持ちでサマギシさんが頷く。

 

「―――それじゃあ、始めよか」

 

 シュテンは(おもむろ)に両手を腰の高さまで上げた。すると袖の下から一匹ずつ、白い蜘蛛が肌を伝って現れる。

 それは紙でできた折り紙の蜘蛛だ。

 蜘蛛は掌の上にまで移動すると、空中に跳び上がる。そして浮き上がった状態のまま、自らの体を()()()(つぼみ)が開花するように、白い蜘蛛は面積を広げ、やがて札になる。

 独りでに現れた二枚の札。折り目どころか(しわ)の一つもないそれが、射出された弾丸のように勢いよく飛んで、それぞれが廃病院の左右の門壁に貼り付いた。

 

 白い札の表面に、黒い魔除けの紋様(エルダー・サイン)が浮かび上がる。

 

「これは……?」

「人除けの結界です。無関係の人間が怪異の領域に入ってしまうのを防ぐ効果があります。それにこれから騒がしくなりますからね。もし建物が派手に崩落したとしても、外界に異常が漏れることはないという寸法です」

 

 ちなみに路上駐車している車にも同じものが貼ってあるので問題ない。

 

「ほな、行こか」

 

 タチバナさんを連れ、シュテンと共に足を揃えて境界を踏み越える。

 生物的な膜を潜り抜けたような錯覚。

 一瞬、ぞわりと全身の肌が粟立った。もう戻ることはできないぞ――と、本能が(やかま)しく警鐘を鳴らしている。

 

 ちらりと見ると、タチバナさんの顔は真っ青になっていた。

 

「大丈夫ですか?」

「……はい、大丈夫、です」

 

 口ではそう言っているが、随分と具合が悪そうだ。少なくとも傍目には大丈夫には見えない。しかし彼女にばかりかかずらっていられる状況ではなさそうだ。

 

 廃病院の玄関から現れるピンク色の巨躯。

 

 あれが例の雪男か。確かに見た目は類人猿っぽい。しかし鋏を有した腕や腹から生える副腕は虫に似ていて、頭の渦巻き状の器官は茸を連想させる。

 

「なぁるほど。あれはミ=ゴやね」

「みご……?」

「コズミック・ホラーというジャンルの小説群に登場する怪物の名前ですよ。日本に西洋文化が流入したことの弊害(へいがい)と言いますか。最近の怪異はその辺りの要素を取り込んで、自分を強化したりするんです」

 

 初詣、節分、花祭り、お盆、ハロウィン、クリスマス。

 

 なんでもかんでも節操なく取り入れて自分達の一部とする、日本人特有の文化気質。それは怪異の素となる怪談とて例外ではない。

 あの江戸川乱歩を筆頭に、日本のクリエイター達は小説・映画と媒体を問わずコズミック・ホラー作品を創り続けた。それ故に、妖から生まれる怪異もまた、それまでとは異なる(カタチ)で現世に顕れる。

 

 此度は雪男とミ=ゴの習合。

 

 ミ=ゴ――それは宇宙人(エイリアン)の一種。ユゴスという架空の星から地球にまでやってきた、未確認生命体だ。

 高い社会性を持つ群生動物であり、生物学的には甲殻類や菌類に近いものとされる。地球上のあらゆる環境に適応可能で、雪山などで目撃された際には現地人に『忌まわしき雪男』と呼称されたという。

 その肉体は地球上に存在しない物質で構成されており、直接見たり触れたりすることはできるものの、写真などには一切写らない特性を持つ。

 他にも電気を操るとか、壁を擦り抜けられるなど、能力や生態に関して諸説ある。

 中でも最も有名なのは……―――

 

 その雪男(ミ=ゴ)が――三体。

 

「わざわざお出迎えという訳ですか―――!」

 

 肩に提げ、背中に預けている黒い布包みを手に取る。

 彼我の距離は十メートルもない。

 果たして先手を取ったのは――雪男(ミ=ゴ)達の方だった。

 

 青白い稲妻が大気を焼く。横向きに落ちる落雷。電気を操るという雪男(ミ=ゴ)の攻撃だ。放たれた電撃が、光の速度でこちらへと迫る―――!

 

「ハッ、甘いわ」

 

 既にシュテンは動いていた。

 袖の下から這い出した十二匹の蜘蛛が僕達の前方へ跳び、札へと広がって、空中で防御陣を形作る。そして敵の攻撃を受け止めた。

 

「―――名無し君」

「了解―――――ッ!」

 

 黒い布包み。全長にして一メートルを超える細長いソレに巻き付いていた邪魔な布を、一気に払い捨てる。

 取り出したるは、黒い鉄と合成樹脂の塊。ガンオイルに濡れた長大な機関銃だ。

 正式名称をブローニングM1918自動小銃。略称はブローニング・オートマチック・ライフルの頭文字を取ってBAR。第二次世界大戦時において分隊支援火器として使用された逸品。携行可能な火器の中では間違いなく最強格の傑物だ。

 

「オラァ! 僕の友達に挨拶しろー!」

 

 シュテンが手掌で札を操作し、防御陣を維持したまま『穴』を作る。簡易トーチカの完成だ。そこに銃口を据えて勘で照準を定め――引鉄を絞る。

 

 ―――ダダダダダダダダダダッ!

 

 連続して吐き出される死の(つぶて)

 フルオート機能によって放たれる凶弾の嵐が、瞬きの内に怪異を蹂躙する。三秒と経たず空になる弾倉。それを即座に落とし、ショルダーバックから替えの弾倉を取り出してリロード。直ぐさま乱れ撃つ。

 BARの使用弾種はみんな大好き・30-06スプリングフィールド弾。

 近年では主に競技や大型猛獣の狩猟などに使われている代物で、自動車やコンクリートブロック程度の障害物なら難なく貫通する高い威力を有する。それを一秒間に十発もぶっ放すのだ。対人兵器としてはまさにやり過ぎ(オーバーキル)な部類だが、しかし化け物相手にはそれくらいが丁度いい。

 

 都合十秒。

 ニ十発入りの弾倉を五つ撃ち尽くした頃には、雪男は原形を留めない肉塊へと変わっていた。

 

「す、すごい……」

「ふぅ。あとは見物してたんでよさそうやね」

 

 唖然とするタチバナさんと暢気なシュテンを横に、空になった弾倉を交換し再装填。敵の追加戦力の襲来に備える。

 

 雪男(ミ=ゴ)は物質を擦り抜ける能力を持っているらしい。

 霊体化能力とでも言うべきか。その状態の雪男(ミ=ゴ)は壁などの障害物は言うに及ばず、武器などによる攻撃も効かないらしい。しかし向こうがこちら側に何らかの『干渉』を行う際には実体化するらしく、先程のようにカウンターを狙えば殺すこと自体は簡単という訳だ。

 

「札の残りはあと幾つです?」

「十二枚やよ」

 

 つまりあの防御陣の展開はあと一回しかできないってことか。

 地面には大量の空薬莢と、先程使われた十二枚の札の残骸が落ちている。札は全て燃えた炭みたいに真っ黒に変色していて、とてもリサイクルできそうにない。

 

「むむ、ジリ貧ですね。さっきので在庫切れならいいんですけど……あ」

 

 噂をすればなんとやら。

 玄関からぞろぞろと出てくる雪男達。仕方がない、それじゃあ第二ラウンドいってみよう――とBARを構えるが。

 

「あれ?」

 

 雪男達から敵意が感じられない。彼等は五体ずつ玄関の前で左右に並び、ここを通れと言わんばかりに道を作っている。そしてそのまま彫像の如く、硬く仁王立ちして動かない。

 

「……ッ! 雪女の呼び声がします」

 

 顔を(しか)めて額を押さえ、苦し気な語調でタチバナさんが報せてくれた。ならば取るべき選択肢は一つだ。

 

「ほなら、お招きに預かるとしまひょか」

「……素人の私が言うのもなんですけど。罠とか、なんじゃ」

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってよく言うやろ。行くよ、名無し君、雪緒君」

「アイアイサー!」

 

 念のため僕が先行して突撃する。

 

 雪男達の前を通り過ぎても彼等に変化はない。オブジェみたいに無言で突っ立ったままだ。そのまま廃病院内部の玄関周辺がひとまず安全であることも確認し、悠々とした足取りで遅れてやってきたシュテンと、おっかなびっくりやって来るタチバナさんにOKサインを出す。

 

 さて、目指すは地下一階――怪異の巣、霊安室だ。

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