酒呑あとらの怪異事件簿   作:瑞雨ねるね

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因習村伝説 Innsmouth
第一話 公安零課


 からからから、ざあざあざあ。

 

 風車が回るよいつまでも。潮風が吹くよどこまでも。

 寄せては返す波の音。貝を拾って高らかに。歌は響くよ、いつまでも、どこまでも。

 

 みんなで遊ぼうルルイエ・ランド!

 たのしく踊ろうルルイエ・ランド!

 

 紳士淑女の皆様方。そこの小さな可愛いらしいお子様も。

 

 ルルイエ・ランドは年中無休!

 

 いつでもおいで、遊びにおいで! ここは楽しい竜宮城! 素敵で愉快な極楽浄土! 乙姫様は留守だけど、浦島太郎も帰ったけれど! ぼくらはいつだって大歓迎! 笑顔でギョギョっとおもてなし!

 決してひとりにはしないから! さあ、ぼくらの手を取って!

 みんなで遊ぼう! みんなで踊ろう! 仲良く歌おうルルイエ・ランド!

 

 いあ! だごん!

 いあ! いあ! くとぅるふ・ふたぐん!

 

 帰る時は気をつけて! ぼくらのこと、忘れないでね!

 お土産にあげるよ玉手箱! 開いてびっくり、うれしいご褒美! 素敵な出会いにありがとう!

 

 おお、あんめいぞ! はれるや、はれるや!

 

 これできみも――ぼくたちの仲間だよ!

 ずっと、ずっとずっとずっと一緒だよ!

 

 * * *

 

 伊織(イオリ)筍介(シュンスケ)は、本日何度目かの溜息を吐いた。

 気分は完全に憂鬱。顔色もまた青い。

 

 彼は警視庁に勤める刑事であり、花形部署である捜査一課の一員だった。それがつい先程、千葉くんだりまで異動を命じられてしまった。しかも実に早急なことに、「今すぐに行け」と尻を蹴飛ばされた。

 完膚なきまでに左遷だ。

 当人としては仕方がないことだと納得しているが、それはそれとして気が重い。

 

「公安零課、ねぇ」

 

 警視庁の廊下をとぼとぼと歩きつつ、ぽつりとひとりごちる。

 

 公安こと公安警察は一般的な権力の埒外に在り、通常の警察とは異なり彼らの活動は原則として秘匿される。また捜査において高度な情報収集能力が要求されるため、公安に配属されるのは警察の中でも上位の人員だけだ。故に、一般人はおろか警察内部ですらその実態を知る者は少ない。

 

 しかし、零課だけは例外だった。

 筍介もまた噂として、その存在を耳にしたことがある。

 

 公安零課。またの名を()課。

 

 公共の安全と秩序を護るため、人間ではなく妖怪を取り締まるという――馬鹿みたいな話を大真面目に遂行する組織。創設されたのは三年前。所属する人員は両手の指で数えられる程度。そんな奇人変人の一人に、今日――筍介は加わることになる。

 

「はあ……」

 

 あまりにも気が重い。対照的に、窓から覗く景色は晴れやかだ。

 

 時は一九九九年。

 七月二十六日――夏真っ盛りの青い空は、どこまでも広く高く続いていた。

 

 * * *

 

 法外と言って差し支えないほど急な辞令だったが、組織に属する以上は従わなければならない。

 段取りも完了しているらしく、既に警視庁の入り口には迎えが来ているとのことだった。そしてその人物がそのまま新しいバディになるという。自己紹介を終えればそのまま千葉県まで子牛のように運ばれていくという寸法だ。

 

 ちなみに、まだ自宅の引き払いは済んでいない。引っ越しの準備も手付かずだ。

 

 警視庁を出ると、直ぐに黒塗りの高級車が目についた。

 目の前の道路に堂々と停めてある。

 左ハンドルの外国車。左右ではなく上下に開閉する特徴的なドアは、紛れもなくイタリア産の高級自動車ランボルギーニ。しかも八十台しか生産されることのなかった、悪魔(ディアブロ)の名を与えられた限定モデルである。

 そんな一般庶民は絶対にお目に掛かることのない高級車に寄りかかっている男が一人。彼があのランボルギーニ・ディアブロのオーナーで間違いないだろう。

 

 日本人には珍しい、二メートル近い恵まれた体躯の男だ。

 能面のような無表情。ぼさぼさに乱れた髪は白髪が多く、一瞬、五十歳を過ぎた高齢者と見紛うが、実際の年齢は四十の手前頃と思しい。右の口端には鋭い刃物で縦に斬り付けられたのだろう、縫合された深い切り傷の傷跡があった。

 服装は上下とも黒いスーツと同色のネクタイ。

 上着を脱いで左手に掛け、煙草を咥えたままぼんやりと佇んでいる。

 

 どう見てもヤクザかマフィアにしか見えない人物。

 彼こそが志渡(シド)郁彦(フミヒコ)。今日から筍介のバディとなる男である。

 

「お前が伊織か?」

 

 酒焼けした低い声。

 煙草を咥えたまま、郁彦は誰何(すいか)した。

 ぽかんと呆けていた筍介の意識が現実に引き戻される。

 

「は、はい……あの、凄い車ッスね?」

零課(ウチ)は給料がいいからな。三年もすればこれくらい買える。―――乗れ。さっさと行くぞ。あと傷付けたら殺すからな」

「はいッス!」

 

 無表情で言い放ち、さっさと運転席に乗り込む郁彦。

 不覚にも胸を躍らせつつ、筍介もまた助手席に乗り込んだ。

 

(へぇ~、三年でこれが買えるのか。公安も悪くないかも)

 

 車内をきょろきょろと見回しながら、俗物の極みのような思考が筍介の脳内でスキップを踊る。しかしそれも長くは続かなかった。己の愚鈍さを自嘲しつつ、筍介はシートベルトを締める。

 

 程なくして、時速八十キロで公道をカッ飛んでいくランボルギーニ。

 

 凄まじい速度で過ぎていく景色を恐々と眺める筍介に向けて、郁彦が(おもむろ)に口を開く。

 

「お前は零課の仕事についてどれだけ知ってる?」

「えっ? ええっと、その……妖怪を退治するって聞いてるんスけど……」

(おおむ)ねその認識で問題ねぇ。俺らの仕事は化け物退治だ。銃でも爆弾でも、なんでも使って『怪異』とかいう化け物を殺す。そのことだけ頭に入れとけ。刑事だった頃の常識は今の内に全部捨てろ」

「は? いや、ちょっと待って下さい! 化け物を殺すって、まさか本当に化け物がいるって言うんスか!?」

 

 郁彦は答えない。沈黙を以ってして肯定とした。

 顔色を窺うも、無表情のまま変化がないため何を考えているのか分からない。

 

「冗談……ッスよね?」

「お前が信じようが信じまいがどうでもいい。言われた仕事をやってりゃ文句はねぇよ。ただ土壇場で足を引っ張るのはやめろ。死にそうな時は一人で死ね。絶対に俺を巻き込むんじゃねぇぞ」

 

 いいな? と確認することさえしない、絶対的な命令だった。

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