「はあ。それは分かったんスけど、俺はこれから具体的に何をすればいいんスか? 相手は化け物なんスよね?」
「何処の誰だろうと新人がやることは一つだ。『先輩がやってることを覚える』。それ以外にねぇよ。頭ん中を空にして従え。それ以外に俺が言えることも、要求することもねぇ。他に質問は?」
「……改めて、根本的な疑問なんスけど。本当の本当に妖怪っているんスか?
怪異の現物を見たことのない筍介は、半笑いで尋ねる。
対して。幾度も本物の怪異を目撃し、その度に屠ってきた歴戦の強者は、やはり表情を変えることなく若輩者に薫陶を施す。
「怪異は怪異だ。実際に肉を持った化け物。それが一般人様に迷惑を掛ける前に探し出して、ぶっ殺すのが俺達零課の仕事だ。……まあ、大抵はそれだけじゃないがな。怪異が関わっていそうな事件の精査、事後の処理も仕事の内だ」
「……つまり、本当に化け物がいるってことッスか」
「ああ。
能面じみた無表情で、殺す殺すと、そればかり繰り返す先輩に不安を覚える筍介。
当然、怪異の存在に関してはまだ半信半疑――正確には信が一割、疑が六割、どうでもいいのが三割――なままである。
ランボルギーニは高速に乗って、休むことなく東京都から千葉県へ。そして更に東へと進み、海沿いの地方都市に辿り着く。
今日からこの街が伊織筍介の生活の拠点であり、仕事場だ。
千葉県
人口およそ十五万人。
西の丘陵地帯から海港へと流れ南北を分断する大河――
高速道路を下りて
古い町並みを西へ向かい、なだらかな丘陵地帯へ。
標識には
如何にも寂れた寒村という風景。山の斜面と大河の間に挟まれたそこは、廃村寸前のように見える。
道路の整備状態はあまりよろしくない。
疎らに立ち並ぶ駒形切妻屋根の民家と農場、そして長く打ち捨てられた小さな廃工場が目立つ侘しい町並み。その真ん中を堂々と突っ切るランボルギーニの姿は場違いにも程があるだろう。しかしちらほら見かける村人達に、異物である外国車を気にする様子はまったくない。むしろ慣れた風に見送られる。
「……どこに向かってるんスか?」
「怪異の専門家の所だ。公安零課にはいわゆるアドバイザーがついててな、そいつらが住んでるのがここなんだよ」
ぶっきらぼうに言い放つ。
何本目かの煙草を灰皿に押し込み、郁彦は
傾いだ地面を進んだ先。
山の頂に建物があった。
一目見て天文台と分かる造りの大きな建造物。半円形の屋根からは巨大な望遠鏡が飛び出している。その隣には何故か円環状に並べられた岩の群れがあった。まるでイギリスのストーンヘンジのようだと筍介は思う。
天文台の傍らには広々とした駐車場があった。
駐車場の入り口には『一般駐車場』の看板が立てられている。元々この施設は隣のストーンサークルと合わせ、観光地として運用されていたのかもしれない。
その一般用駐車場をスルーし、郁彦は更に車を走らせる。
途中で奇妙な看板を発見した。
天文台の玄関に設置してある。
―――
なにかのジョークだろうか。
筍介は
突っ込む間もなく通過。天文台の手前にあるスロープ状の道路へ到着する。そこにはゲートが設けられており、職員用駐車場と銘打たれた看板があった。
危なげなくスロープを下り、駐車場に到着。
中はあまり広くない。しかし余りにもがらんとしていた。停まっている車といえば、国産の軽自動車とライトバンがそれぞれ一台ずつ。他には何もない。既にこの建物は天文台としては運用されていないようだった。
乱暴に車を停め、エンジンを切る。
「行くぞ」
「は、はい!」
相変わらず淡白な郁彦に戸惑いつつ、筍介は彼に従って車を降りた。
フロントトランクから大型の分厚いアタッシュケースを取り出し、片手に提げて郁彦が歩き出す。その後を筍介が追う。
地下駐車場から階段を使い、天文台の中へと直接入り込む。
中は無人だ。
誰もいない。電気も通っていないように見える。夏であるにもかかわらず、冷房すらついていないのがその証拠だ。
「あっつ……」
上着を脱ぎ、手で顔を仰ぎながら郁彦の後を追う。
郁彦の足取りには迷いがない。
向かうべき場所をしっかりと定めている。先程の言葉から察するに、もう何度も通っているのだろうと筍介は推測した。
やがて建物の一番奥――プラネタリウム・ルームへと辿り着く。
郁彦が観音開きの扉を押し開ける。すると、二人の体が冷気に包まれた。
「―――――」
中の光景を見て、筍介が絶句する。
天井の明かりは着いてない。起動するプラネタリウムの投影機が映す星々の光だけが、部屋を照らす光源だった。
上映中だが、しかし、外周を囲む客席は無人。
なにをトチ狂ったのか、投影機の手前には桜の樹が植えられている。そしてその根元には二人掛けのソファーが二つ用意され、真ん中には事務用の机が設置されていた。
ソファーにはそれぞれ一人ずつ、見知らぬ誰かが腰掛けている。
一人は二十歳か、それに近い年頃の青少年だった。スーツ姿の彼はソファーの肘掛けに頬杖を突き、すぅすぅと静かに寝息を立てている。
「―――先輩。なんなんスか、アレ」
背後から頭を殴られたような形相で目を見開き、筍介が呟く。
それを聞き、ここにきてはじめて、郁彦は筍介を見た。感嘆交じりに「ほぅ」と息を吐いてから、彼の目線の先に在るものを自らも直視する。
それは、子供だった。
絹のように滑らかな、艶のある長い黒髪。
それと同色の
腰には瑠璃細工の瓢箪が結ばれている。
そして胸には、柄が八本ある奇妙な形の黒い剣を抱いていた。細い鎖で雁字搦めに縛られたソレは、鞘も柄も全て金属でできており、古めかしく厳かな装飾がこれでもかというほど散りばめられている。
細い指先には黒く彩られた爪。陶器じみて滑らかで白く瑞々しい手には、血のように紅い
―――なんとも禍々しく、名状し難き退廃的なオーラを放つのか。
夏の碧い桜を眺めながら堂々と飲酒する子供。
ソレが人間ではないのだと、筍介は直感した。
子供は筍介達の来訪を最初から察していたかのように、一瞥もすることなく、しかし明らかに二人へ向けて出迎えの挨拶を述べる。
「ああ、いらっしゃい、郁彦君。折角やし、ぶぶ漬けでもご馳走しまひょか」
「黙れ化け物」
答えつつ、郁彦は足早にプラネタリウム・ルームを横断した。
無表情のまま彼らの下へ歩み寄り、酒を呑む子供ではなく、ソファーで舟を漕いでいる青年の肩を揺する。
「起きろ
「ん……あれ、フミヒコ叔父さん? おはようございます。―――っと、もう一人いらっしゃいましたか。すみません、お見苦しい姿をお見せしてしまって。こんにちは。そしてはじめまして」
筍介の存在に気付いた青年――名無しは、ソファーから立ち上がると
「僕は酒呑霊能探偵事務所の名無しと申します。以後、どうかお見知りおきを」
にこにこと人柄の良い笑みを浮かべる青年に半ば流される形で、筍介は名刺を受け取った。