酒呑あとらの怪異事件簿   作:瑞雨ねるね

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第四話 蔭洲升に行こう! 2

 翌日。

 

 訳が分からないまま酒呑霊能探偵事務所を後にし、赤牟(アーカム)市のビジネスホテルに置き去りにされそのまま一泊したのが昨日のこと。何もする気にならず一人寂しく夜を過ごし、日が昇ると同時に先輩である郁彦に叩き起こされた。

 

 あまりにも横暴だが、文句を言う気力すらない。

 

 そして再び子牛の如くランボルギーニ・ディアブロに乗せられて天文台へ。

 

 地下駐車場に下りると、三つの人影と出くわした。

 

 一人目は名無し。二人目は見知らぬ少女。

 そして三人目は――酒呑あとら。

 

 名無しと少女は、ドアを開け放ったライトバンに次々と荷物を積み込んでいく。後部座席は取り外されているようだ。その様子を、大型のクーラーボックスに腰掛けた酒呑が退屈そうに眺めていた。その眼差しは気怠げに細められている。

 手にはちょっとお高いアイスクリーム、ハーゲンダッツ・バニラ味のカップがあった。

 簡素なプラスチック製の匙を口に咥えて、如何にも不機嫌そうに遊ばせている。

 

「あ、フミヒコ叔父さんにイオリさん! おはようございます!」

 

 ランボルギーニから出てくる二人に元気よく敬礼する名無し。

 実に明朗快活だ。立ち振る舞いは非の打ちどころのない好青年である。

 

 ―――腕に抱えた重機関銃さえなければ、の話だが。

 

「おはようございまッス。……その、なにしてるんスか?」

「旅行の準備ですよ。昨日叔父さんが言ってたじゃないですか、『蔭洲升(インスマス)に行くぞ』って。ですので着替えと生理用品とレーション、パラソルにレジャーシートと浮き輪、それから銃と爆弾をありったけ。あっ、酔い止めもありますよ! 市内ですけどそこそこ距離がありますからね。いちおう人数分用意したので、イオリさんももし道中で気分が悪くなるようであれば言ってください!」

「そりゃどうも……―――で、どういうことッスか先輩」

 

 名無しは暢気過ぎて話にならなさそうなので、隣に立つ先輩に説明を求める。

 郁彦は口に咥えた煙草から深く紫煙を吸い、吐き出した。

 

「……赤牟(アーカム)の郊外には蔭洲升(インスマス)って寂れた漁村があってな。そこで神隠しだのなんだのって『怪異』があるってことで、零課(ウチ)の人間が調査に向かったんだが。そいつ等も二週間前から音信不通になってんだよ。後は察しろ」

「それにしたって重機関銃はないッスよね!? しかも持ってるの一般人じゃないッスか! フツー自衛隊でもなきゃあんなモン持てませんよ!?」

「おお、お目が高いですねイオリさん! こちら、その自衛隊からお譲りして頂いたブローニングM2重機関銃になります! 滅多に撃てるものじゃないですよ~! 他にも柄付きの収束手榴弾とかサブマシンガンとか。あと大正義ショットガンもあります! バックショットとスラグ弾を用意しました! お好きなのをどうぞ!」

「申し訳ないがあんたは黙っててくれませんかねぇ!?」

 

 違法火器のオンパレード。これから紛争地帯に向かって戦争に臨むかのような重装備だった。

 無論、日本は戦場ではないし、法律上発砲は禁止されている。

 こいつらを逮捕することこそが公共の安全と秩序を護ることになるのでは――と、そんな気がしてならない筍介だった。

 

 ライトバンに弾薬が入った箱を積み込み、一息吐いた少女が、筍介と郁彦の方へ駆け足でやって来る。

 

「―――おはようございます、お父さん!」

「お父さん!? えっ、嘘、お父さん!?」

「………………………………………………」

 

 噴飯に近い形相で、見知らぬ少女と隣の仏頂面な先輩とを何度も見比べる。

 

 まったく似ていない。

 

 少女の年頃は十代の後半――正確には十七歳だ。

 その顔立ちは綺麗に整っている。酒呑あとらと同格と言っていい。しかし方向性の異なる美貌で、可憐で愛嬌があった。それでいて飾り気がなく、楚々とした立ち振る舞いが見て取れる。髪も染めずアクセサリーの一つも身に着けていない姿は、本当に現代の子供かと疑ってしまうほどだ。

 長い黒髪を三つ編みにした、大きな黒い瞳が特徴的な美少女。

 頭頂部には月に吠えんばかりに天を目指して伸びる触手めいた癖毛があるが、髪質自体は極めて良好で、枝毛の一本も見受けられない。

 小柄ながらスタイル抜群で、出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んだ理想的な体形だ。

 服装はどこかの学校の制服と思しい。半袖の白いブラウスに、ニット生地のクリーム色のベスト。きっちりと膝上三センチの長さの黒いプリーツスカートに、同色のソックスと革靴を履いている。

 襟元を飾るリボンタイも黒。ただし十字架を象った銀色のブローチがあって、それだけが唯一輝いて見えた。

 

 まだ東京から来たばかりの筍介が知る由もないことだが。

 それは赤牟(アーカム)市の名門お嬢様学校、(セント)ウィリアムズ女学院の夏季制服である。

 

「はじめまして。お父さんの新しいバディの方ですよね。父がお世話になります、娘の志渡(シド)鳴子(ナルコ)と申します。これから父子共々よろしくお願いします」

「は、はいっ! はじめまして!」

 

 可愛らしいお嬢さんに上目遣いで挨拶され、不覚にも胸をときめかせる伊織筍介・二十六歳・独身。

 

「……いや、それにしたってなんで先輩の娘さんがこんなところに?」

「私は酒吞さんと名無し先輩の探偵事務所でアルバイトをさせて貰ってるんです。普段は学校に通っているんですが、ちょうど昨日から夏休みになったので。皆さんと一緒に蔭洲升(インスマス)旅行……じゃないですね。怪異退治のお仕事に参加させていただきます」

「怪異退治って……―――信じてるんスか? 化け物の存在を?」

 

 驚きと共に、思わず筍介の口から問いが投げられる。

 現代の若者は信心が薄く、怪談の類を真に受けるなんてことはない。精々が娯楽として楽しむ程度だ。筍介もそういったありふれた人間の一人だった。

 ならば、目の前の少女はどうか。

 自分よりも若い彼女であれば、怪異の存在など御伽噺(おとぎばなし)くらいにしか考えていないのが普通だ。それに彼女は普通の学生にしか見えない。酒呑は論外として、名無しや郁彦のような正気ではない人間とは根本から違うように思えた。

 

 その彼女ならば、怪異の存在を否定するのではないか。

 あるいは肯定したとしても、それは父や雇用主達の顔色を窺ったものになるのではないか。

 

 しかし―――

 

「怪異は実在しますよ。私も一度は被害に遭いましたから。―――……母や友達を、たくさん殺されたんです」

 

 俯きがちに、少女は言った。

 きゅっと拳を握り、静かに唇を絞っている。その仕草から、彼女の言葉に嘘はないと筍介は確信した。もしもこれが演技ならば大した役者だ。

 

「母親って、それじゃあ先輩の奥さんは……」

「…………」

 

 そっと郁彦の顔を覗き見る。

 能面じみた無表情に変わりはない。無言のまま、彼は娘を無視してライトバンの方へ歩き出した。

 

 沈黙は肯定の意だと、筍介は理解した。

 

 鳴子は一転して気丈な笑顔を浮かべて、筍介に告げる。

 

「受肉した妖――『怪異』を討伐するには、どんなに武器を揃えても準備のし過ぎということはないんです。最初は面食らってしまうかもしれませんけど、すぐに慣れますよ。私もそうでしたから。……ええと、その……」

「ああっ、すんません。俺は伊織筍介っていいます。コンゴトモヨロシク」

「はい、よろしくお願いします、伊織さん。貴方に幸福がありますように」

 

A'men(あんめいぞ)」と十字を切り、祈る。

 清楚に微笑む姿は白百合の花を連想させた。

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