酒呑あとらの怪異事件簿   作:瑞雨ねるね

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第六話 ゴーストタウン

 蔭洲升(インスマス)は沼沢地に囲まれた、文字通りの意味での陸の孤島のような村だった。

 村と道路を繋ぐのは木造の橋のみ。

 それも随分と古い代物で、手酷く老朽化しているのが見て取れる。自然と車を渡らせる名無しの運転はより慎重なものとなったが、それでも不穏な軋みがあちこちから聞こえてきた。

 

 どうにか橋を渡り、蔭洲升(インスマス)村内の道路を行く。

 

 案の定というべきか、道路は舗装されていない。固い砂利道が車体を揺らす。

 目に入るものといえば木でできた古屋と砂ばかり。古典的な時代劇や西部劇のような、妙に懐かしい錯覚を抱かせる景色。生きた化石とでもいうべきか、何故こんな村が平成の世に現存しているのか心底から不思議に思えてならない――そんな町並みだった。

 

「とりあえずこのままホテルに向かって、部屋を取って荷物を下ろそうかと思うんですけど。それでいいですか、フミヒコ叔父さん」

「ああ」

「ん? 名無し……さんは、ここに来たことあるんスか?」

「いえいえ。僕もここに来るのは初めてですよ。でも鳴子ちゃんが調べてくれた地図や情報がありますから、迷ったりはしませんのでご安心ください。―――ああそれと、僕にさん付けは必要ありませんよ。警察が怪異に関してアドバイザーを依頼しているのは、あくまで酒呑所長の方で、僕はオマケみたいなもんですから。それにイオリさんの方が年上ですし、無理して敬語を使って頂かずとも結構ですよ」

 

 バックミラー越しに気さくな笑みを見せる名無し。

 筍介はそれに「はあ」と曖昧に頷くことしかできない。

 

(……そういえば、そもそも『名無し』ってなんだ? 親戚の志渡先輩や鳴子ちゃんまでそう呼んでるよな。確か先輩が『名無しは陰陽師だか坊さんの末裔』って言ってたけど……みだりに本名を口にしてはいけない決まりがあるとか?)

 

 車窓越しに景色を眺めながら思索に(ふけ)る。けれど最終的には「まあ、どうでもいいか」と全て放り捨てた。

 剣呑な違法銃火器の存在は流石に無視できないが、それ以外のことはどうでもいい。それが筍介の本音だった。適当にこの狂人達のペースに合わせて、適当にやっていればいいと思っている。最早、職責への熱意など毛頭なかった。

 

 警察に入ったばかりの頃はこうではなかった。

 

 ただ、疲れた。伊織筍介はどうしようもなく疲れていた。熱意に溢れていた警官を左遷に追いやり、ここまで無気力にさせるような出来事とは――それは、実にありきたりな事件(スキャンダル)であった。

 

 ―――しかし、それはまだ語るべきことではない。

 

 廃墟も同然に荒れ果てた町並みを通過して、村の中央にある商業区へ。

 そこには――奇怪な建物があった。

 

「うわぁ」

 

 誰がともなく呆然と嘆息を漏らす。

 寂れた村の中央にあったのは金色の建造物だ。京都にある彼の有名な金閣寺を彷彿とさせつつも、あるいはそれ以上に奇怪で奇天烈で奇想天外な構えをしている。

 一度改築したのか、木造の建物は日本古来の建築様式を土台として西洋風に建て直した跡が見て取れる。窓はガラスで玄関は観音開き。その全てに金箔が貼られていた。

 二階から上は――筆舌に尽くし難い。

 屋根瓦などに使われる(シャチホコ)がそのまま建物になっているというべきか。(タコ)の触腕じみた形状の(ひげ)を生やした、(ナマズ)のような顔の、袈裟を着た半魚人がおどろおどろしく両腕を掲げている。太陽光を浴びて金色にきらきらと輝くソレは建物であり、そして同時に像でもあった。

 

 建物には『ダゴン秘密教団』と書かれた大きな看板がわざとらしいくらいデカデカと掲げられている。

 

 悪趣味にも程があった。

 

「半魚人……いや、海坊主ってとこかな。流石のボクもこらちょい引くなぁ」

「ちょっとで済むんです? まあいいや。とっととホテルに行きましょうか」

 

 うっかり徐行していたところを、気を取り直して先を急ぐ。

 物珍しさから、後部座席の筍介と鳴子は離れていく金色の建物をじっと見つめ続けていた。

 

「……あれを見る限り、この辺で金が採れるってのは本当みたいッスね」

「うーん……そうみたいですね。でもそれならどこで採ってるんでしょうか。近くには鉱山もありませんし……。でも精錬所はちゃんとあるんですよね。それに少量ですが蔭洲升(インスマス)の金を山本財閥が仲買している記録は今も続いているので、どこかで採掘しているのは間違いないと思うんですけど……」

「そんな記録どうやって調べたんスか……」

 

 恐々とする筍介を放置して、うーん、と難しい顔をして唸る鳴子。

 この寂れた村に金の臭いなど全くない。精々が潮と魚の生臭い悪臭くらいだ。それに村に入ってからこっち、通行人の姿すら(ろく)に見受けられない。家屋の扉と窓は固く閉ざされ、商店と思しき建物にも全て『閉店(CLOSED)』の札が掛かっている。

 とても人が住んでいる村には見えなかった。

 

 住人の姿が一切見えないのに反して、村の規模はそこそこ大きい。

 

 かつては外部から人を招いていたというのは本当なのだろう。村は建物が密集した構造をしている。

 村の中央――赤牟(アーカム)と似た、村を南北で二分する河の周辺には、レンガやコンクリートでできたモダンな外観の建物がある。行政施設に商業店、それから多数の工場が主だ。そして遠くには大正時代以前の古めかしい木造家屋が並ぶ様が見て取れた。

 海沿いには漁村らしく整備された港と倉庫群、灯台、それから鐘楼のある三本の尖塔が立ち並んでいる。教会か何かのようだ。

 

 無論、そのいずれもが半ば朽ち果てているのだが。

 

(……もう村人みんな怪異に殺されてたりして)

 

 口には出さず、名無しは最悪の推測を立てる。筍介と鳴子もまた、多かれ少なかれ、似たような考えが過ったことだろう。

 しかし酒呑と郁彦だけは別だ。

 

 ―――視られている。

 

 無人だなどととんでもない。二人はその事実に気付き、その上で各々の思惑から澄ました顔をしている。

 そこら中の家屋――板が打ち付けられた窓。分厚い雨戸で閉ざされた窓。カーテンで閉め切られた窓。あらゆる建物の窓という窓。窓、窓、窓――その隙間から、数多の“何者か”が、じっと息を潜めて名無し達の乗るライトバンを凝視していた。

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