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戦いなんて、したことがない。
杖を、ましてや剣を握ったことなんてなかった。
私はいつも、守られるだけの存在だった。
ただ、城の中であの人の帰りを待っているだけ。
あの人が何を背負っているのか、何を思って戦場に向かうのか。
ついぞ知ることはできなかった。
黄昏の空の下で、ガラスの温室は美しかった。
見たこともない花が咲いている。
この聖杯戦争を開いたキャスターは学者だったというし、もしかしたら新しく彼が作ったものなのかもしれない。
「あっ、あの!」
不意に軽やかな春に吹く風のような声が聞こえた。
振り返ると、春のランサーの姿がある。
どきり、と胸が震えるのを感じた。
「罪のキャスターさん、だよね。」
「ええ……。どうか、なさいましたか?」
なぜ、話しかけてきたのだろう。
攻撃するのなら、後ろから不意打ちで攻撃すればよいものを。
「えと、お話したくて。」
「お話、ですか?」
「うん。さっきお話できなかったから…。」
「私は構いませんが…。」
「やった!」
春のランサーは私の隣に立つと、にっこりと微笑む。
その笑みですら、柔らかで、かわいらしくて。
「なんだか、緊張しちゃう。」
「そうですね。」
「私、戦うのって苦手なんだ。
だから、この時間も何したらいいのかわからなくって。ターゲットも…。
分かってるけど、あんまり乗り気になれなくて。」
「……私もです。」
だって、ああ。
私のターゲットはあなたなのです、春のランサー様。
こんなに美しくて、綺麗なひとを、殺す。
そうすることでしか私の願いは叶わない。
――――聖杯戦争。
恐ろしく、おぞましい儀式だと思う。
けれど、本当におぞましいのは、自らの意志で参加しておきながら、いまだに彼女を手にかけるということを他人事のように思ってしまう、自分自身だった。
隣に立つランサーを見る。
桃色の髪は柔らかに揺れて、その姿がなんともかわいらしかった。
まるでおとぎ話に出てくる春の精霊のよう。
春のランサーと呼ばれるのは、それなりに理由があるんだなあなんてぼんやり思う。
「あの、ランサーさ」
「下がって!!!」
大声とともに、ランサーの槍から放たれた光線が顔のすぐそばを射抜く。
驚いて後ろを振り返れば、黄昏の薄闇の中から一人の青年が顔を出した。
「ふ、ふふふ!バレちゃった、ねえ?」
甘えたような、震えたような独特な話しぶりの青年。
あの時影のアサシンと呼ばれていた青年だった。
…すぐに狙ってきた、ということは。
きっと私が彼のターゲットなのだろう。
「ねえ、ねえ?春のランサー。どうして庇ったのかな。
きみには関係がないはずだろう、罪のキャスターは。」
「今、お話し中でしょ。黙っててよアサシンさん。」
「黙るのはきみのほうだランサー。どいてくれないと、おれ困るなぁ。」
ふふふふ、と不気味な笑い声をあげるアサシンに一歩も引くことなく、ランサーは睨みつける。
戦うということを、実感する。
でも、想像以上の恐怖はない。
魂が知っているのだ、この戦いが何であるかを。
この霊基に刻み込まれているのだ。
戦いの、意志が。
震える手で杖を構え応戦に備えた時、新たな声が響く。
「あらぁ、もう始まってるのぉ?」
恋のバーサーカーだった。
「っか、カルメンさん。」
春のランサーが名を呼ぶと、彼女は満足そうに笑った。
いつの間に、真名を開示していたのだろう。
「あらぁ、名前、覚えててくれたのねぇ。嬉しいわぁ。」
カルメン様は大きく伸びをすると、アサシンとランサーのほうを交互に指さし、最終的にアサシンに向けて指をさした。
「うん、決めた。影のアサシンさん。」
「どうかした?」
「お手伝いするわよ、ここ。」
まさか、このサーヴァントは今、指さしで決めたのか、どちらの味方につくかを。
「あは、驚いてる?でもね、恋ってそういうものよ、罪のお嬢さん。
気の向くままに、赴くままに。心に従い生きていく。」
…理解は、できた。
彼女はそういう生き方で、そうして英霊になったのだと。
だからこそ、彼女は「恋のバーサーカー」なのだと。
でも、共感はできなかった。
「ま、気が変わったらやめるわよ。」
情熱の女カルメンは、茶目っ気たっぷりにウインクをした。