7
「サボりか?」
声が響く。
それは、低音の少女の声とも、高音の少年の声とも取れる。
悪のアサシンが声の方を見ると、花畑の中を踏み荒らすように立つ罰のキャスターの姿があった。
「…状況を把握している所だ。」
「へえ、そりゃ、仕事熱心だな。これだけ暇ならサボったってバレやしねぇのに。」
躊躇うことなく花を踏み潰して遊ぶ。
その瞳に悪意はない。明確な意思もない。
無邪気な子供のようですらあった。
「……お前は、召喚枠を奪った、と言っていたな。」
「ん?」
「なぜこの戦場に来た。」
罰のキャスターは足を止める。
花畑の中に立つ彼の姿は美しく、それだけで一種の宗教絵画のようなドラマ性を生んでいる。
ただ在るだけでそこに物語を生む存在。
それがどれほど恐ろしいことか。
悪のアサシンはそれを理解できるほどには聡く、それがどういうことかは分からない程度には無知だった。
罰のキャスターはしばらく目を閉じ、思案する。
そして、目を開き、蛇のような緑の瞳をうっすらと細めて嗤う。
「面白そうだったからな。」
「それだけか?」
「ああ、それだけだ。俺はそれだけでここに来れるくらいの力を持ってる。お前とは違ってな、――――。」
「……何故俺の真名を?」
「神、英雄、人間。それらすべては俺の前には等しいものさ、アサシン。」
刹那、瞬きの間に。罰のキャスターの姿が消える。
彼は悪のアサシンの肩の上にしゃがみ込むように座っていた。
咄嗟に反撃しようとして、体が動かないことに気が付く。
「進歩は罪か?求めることは罪か?
享楽は、正義は、願望は、恐怖は恋は勇敢は、それらは全て罪たり得るか?」
慈悲が滲むほどの意地悪い瞳で、罰のキャスターは悪のアサシンの目を覗き込む。
「喪失は、罪か?アサシン。」
「……時と場合による。」
「ああそうさ。それらを決めるのは俺たちじゃない。
罪を背負って進むのさ。罰を受けながら進むのさ。」
彼は、もう一度。瞬きの間に消えた。
「俺が、何故ここに来たか。そんなことは重要じゃない。真に重要なのはここで何が起きるか、さ。」
声の主はもう、そこにはいなかった。
8
赤い、赤いジャケット。
それを見るだけで胸がざわざわ、する。
「っねえ!」
「お?」
彼女は、花のアーチャーはウチを見て、びっくりしたみたいに微笑んだ。
「なんだなんだ、ケンカなら買うぞ?月のバーサーカー。」
「ち、ちがう!ケンカはしたくない!」
ぶんぶん首を振ると、彼女は笑った。
「そうかい。じゃ、私に何か用があるってこったな?」
あんまり、まっすぐに聞かれるから。
ウチはドキドキしちゃって、しどろにもどろになってしまった。
「え、えっと、その。あのね、えと…。」
花のアーチャーは、じいと黙って待っていた。
優しくてあったかな、あの、瞳で。
「ま、ママ!……って、その、よんでいい?」
「っ…ふはははは!!!」
心底おかしい、って言うみたいに大声で笑うから、なんだかちょっとむっとしちゃう。
「な、なんで笑うのっ!う、ウチ真剣だよ!」
「いーや、分かるさ、そんなこと。アンタの目を見りゃ分かるさ。」
「…………じゃあなんで笑ったの…?」
花のアーチャーは、また黙った。
もっときれいで、あったかな眼差しだった。
なんだか胸がきゅうとして、泣きたくなってしまう。
「お名前を聞いても?お嬢さん。」
「っ、ウチ、じゃないわたし、かぐやだよ。かぐや姫だよ。
…………ママが、書いてくれた…。」
「かぐや、?」
「そうっ!月からね、もう一回来たんだよ。ママに会いに、きたの。」
アーチャーは目をまん丸にして、それで、少し逸らして、目を閉じた。
まるで、噛みしめるみたいに。
それで、なんだか泣き出しそうな子供みたいに嬉しそうに、にこってわらった。
「……ありがとう、かぐや。私に会いに来てくれて。」
「っ…うん、うん!」
「アンタが呼びたいなら好きにすればいい。
ママでも母上でも、名前でも。好きなように呼んでいい。」
「ほんと、ほんとに!?」
「ああ。」
やった、やったって思ったら、思わずぴょんぴょん跳ねていた。
ママに、会えた。
ママって、呼べた。
すき、好き。
好きだなぁって。
その気持ちが胸にいっぱいで、心がきゅうとする。
そ、そうだ。
恋ちゃんとの約束、果たさなきゃ。
「っあ、あのね!ママ。」
「うん?」
「う、ウチね、その、ママのことっ……、」
う、うわぁっ!
二文字なのに、すっごく緊張する、なんで!?
胸がどきどきして、破裂しそうっ。
「す、すっ」
「伏せろっ!」
瞬間、雷轟だった。
真名開示
月のバーサーカー
真名 かぐや姫
日本最古の長編小説である竹取物語の主人公。月からやってきて月に帰っていった魔性の月人。