Fate/Last waltz   作:高堂でにむ

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幕間 起
罪の記憶


かつて、私がお姫様だった頃。

淑女たれと厳しい教育を受けて息もつまりそうだった幼い少女のころ。

 

世間を知らない小娘だった私の、ほんの小さな記憶の欠片。

 

 

その日の私は、息抜きと自国の見学を兼ねてとある港町にやってきていた。

 

夜、皆が寝静まった時間にそっとベッドを抜け出す。

王家所有の屋敷を抜け出して、浜辺を駆けた。

 

ほんのひと時の、自由の時間。

誰にも縛られずにいられる、私だけの時間だった。

 

波がさざめく。

きらきら輝く白い砂。

銀色の月の下では、世界に私しかいないような、そんな幻想だって抱けた。

 

ふと、ふと。

人影。

 

普段なら、侍女に告げ口されないようにすぐに隠れるところだった。

あるいは逃げ出すところだった。

 

私は昔から体が小さかったけれど、足の速さには自信があった。

 

 

でも、だめだった。

だって、その人はあまりに美しすぎたから。

 

 

当時の私が見慣れているような、王族貴族の華やかな恰好ではない。

……寧ろその逆だった。

 

その人は、たとえ庶民だったとしても着ないようなボロボロの服を身に纏っていた。

悪い言い方をすれば、みすぼらしかった。

 

流離の最中にあるのだ。

 

月の光に輝く髪が、さらさら靡く。

手入れの行き届いていない髪はひどく痛んでいて、本来の輝きを失っている。

 

それを差し引いても尚、その美しさが失われることはなかった。

 

その輝きは、きっと魂からのものだったのだろう。

 

私は、それに魅了されてしまった。

静かで高貴なその光に、私は。

 

ふと、その人はこちらを振り返った。

宝石よりも淡く、星よりも鮮やかな瞳。

優しげで凛とした目元には誇りと矜恃が浮かんでいた。

 

視線が絡み合っていた時間は、きっと数秒にも満たなかったでしょう。

けれど私にとっては、人が生まれて死ぬほどの長い時だったのです。

 

その人はゆっくりと瞬きをした。

そこでようやく、気が付く。

無遠慮にも後ろから他人を盗み見るなんて。

 

 

「あっ、あの…。」

 

 

私のような子供がこんなところにいると知られたら、侍女に告げ口されてしまう。

 

そう思った私は、慌てて声を上げた。

しかしどんな言い訳をしたらいいのかわからなくて、すぐに口を噤んだ。

 

その人はゆっくりと私に近づいてくる。

 

怒られるって思った。

でも。

 

 

「こんなところに一人でいては危ないですよ、お嬢さん。」

 

 

その人は私の手の甲に口づけを落とすと、柔らかに微笑むのだ。

 

 

「お送りします。どちらから?」

「ぅえ、えと、あ、あそこから、です。」

 

 

ぽそぽそと話す私を抱き上げて、その人は軽やかな足取りで歩き始める。

まだ、男でもなく女でもない境のからだ。

子供でも大人でもない、神秘のからだ。

 

とくんとくんと脈打つ胸が、その人に知られないことを願うことしかできなかった。

 

軽い足取りで夜の中を駆けていく。

 

警備の目を突いて、私の部屋のバルコニーへと降り立ったその人。

 

 

「どうか、これからもお気をつけて。かわいらしい人。」

 

 

そう言って、音も立てずに夜の中へと消えていく。

 

その姿はまるで、おとぎ話の王子様みたいだった。

 

これが最初。

私の愛したたった一人の騎士。

 

 

そんな、そんな、どこにでもある昔話。

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