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菅原道真と言う名は、己にとって誇りである。そして、姉上にとってもそうであると信じていた。
故に、彼女が自分を「菅原道真ではない」などと宣うのは実に腹立たしいことだった。この怒りは、悲哀にも似ている。
姉上の人生は結局、何者にもなれずに終わったのか?
……否。そんなことは認めやしない。
彼女の人生は素晴らしいものだった。素晴らしいものであるはずだった。
だから自分は、その人生がこれ以上踏み潰される前に彼女を殺さねばならない。
剣を握る。
かつては神刀であったそれは、今や自らの呪いの力に屈して禍々しい光を放っている。
「花君のところに行くのですか?」
「……后羿か。」
音もなく現れた狩人に目線を向ける。彼は静かな微笑みをたたえ、弓を構えることもせずにそこに立っている。
「だったらどうする。」
「残念ながら、貴方が彼女を殺すというのなら僕は貴方を止めなければならない。」
それが今回のルールですから、と。そこに情はない。ただし、冷徹と言うわけでもない。
不思議な男だ。甘くないが、薄情ではない。感情はあるが、理性が強い。
「邪魔をするなら叩き斬るが。」
「そうですね。……ですが、貴方の相手は僕ではないようです。」
刹那、背後から殺気。身を翻して攻撃を跳ね返せば、悪のアサシンの姿があった。
「……。」
取るに足らない存在だ。もとより、アサシンとセイバーでは地力に雲泥の差がある。
通常の聖杯戦争とは違うとはいえ、サーヴァントのクラス同士の力に差異があることは否めない。
「菅原道真。お前には二つの面がある。」
悪のアサシンは低く唸った。
「優秀だったがゆえに大宰府に左遷され、その地で死を迎えた姉。そしてその死に怒り、生きたままに祟り神へと化したお前。」
「……それがどうした。」
「お前の罪は重い。何せ、地獄をすっ飛ばして怨霊になったのだからな。」
指先が硬直する。知らず、刀を握りしめた。「何かが起こる」と本能が告げている。
ちらりと后羿を見れば、奴は肩をすくめて背を向けた。関わる気はないらしい。
「……貴様、」
思えばそうだ。奴は僕たちを知っていた。本来歴史から消え去ったはずの真実を知っていた。本来であればあの時気がつくべきだった。
だが、悪のアサシンにはそれが当然だと思わせる気風がある。自分を知っていて当たり前だとすら思うような。
……僕は此奴を知らない。知らないはずだ。
ではなぜ、僕は貴様を恐れている?この霊基は、魂は、なぜ悪のアサシンを嫌っている?
「お前の罪は雪がれていない。」
錫杖に似た槍を構え、悪のアサシンは言う。
この予感を振り切るべきか、あるいは思案し、謎を突き止めるべきか。
いや、分かっている。この予感を手放せば自分は死ぬだろう。悪のアサシンは、最も己の死に近い男だ。
「あの時貴様は名乗らなかったな、アサシン。」
「重要ではなかったからな。幸いにも俺たちの消費魔力は少ない。自分の真名を晒してまで魔力を得たいわけでも無かった。」
その言葉に嘘偽りはない、と直感した。
「それに、」
赤い双眸が射抜く。
「お前を殺すのに、名乗りは必要ない。俺がお前の罪を知っている。それだけで十分だ。」